SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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89話 懐かしい人

死んだ。

 

当然だろう。自分もろとも越えるべき、そして受け入れるべき相手を貫いたのだから。これで死なない訳がない。自分の周りには誰もいない。

そりゃあ、唯一近くにいた相手と心中したのだから当然か。

 

ただ漠然とした孤独感が俺を満たす。

 

誰もおらず、何も聞こえず、何も感じ取れず。何より何も見えない。

 

今回は実は目蓋を開けてませんでした、なんて下らないオチではなく。本当に何も見えない。

 

でも、このままはいけない。

また、約束を果たせない。

 

キリトやユージオ、アリス。今も俺を守る為に剣を振るっているロニエ。怪我人の治療に奮闘しているセルカ、俺たちのサポートをしてくれるティーゼ。俺を信じてくれたベルクーリ。俺やキリトと同じ世界から来たというアスナ。

 

俺はまだ、何も出来てない。

 

倒すべき敵はまだいる。

約束をした相手がまだいる。

 

報いるべき相手が沢山いる。

 

もう、これ以上待たせられない。

俺は、やり切りたい。

 

この戦いで死ぬとしても、これまで関わって来た色んな人たちにせめて一言。やり切ったと叫びたい。

 

だから、諦められない。

この虚しい孤独。されど懐かしい虚無を踏み越えて、過去の自分を受け入れ、今の自分を肯定し、未来の自分を作る為に。

 

感覚のない身体で必死に手を伸ばす。

手が千切れる、これ以上は伸びない。そんな感覚すら残されてはいないけれど。手を伸ばし続ける。

 

きっと、今の俺は相当醜く足掻いているだろう。

それでも止まられなかった。

手を伸ばして、あるかも分からない自分以外の存在を求めて手をジタバタと動かし続ける。

 

「ッ————!」

 

声にもならない叫びを上げて手を伸ばした直後。

ふと、何かに触れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……さい!」

 

……お、さいってなんだよ。

 

「……き……さい!」

 

聞き覚えのある声が俺の鼓膜を叩く。

何も感じなくなったはずの体から熱を感じる。胸に痛み、両腕に違和感、そして頭の下に柔らかい何か。

 

懐かしい声な気がする。

 

ずっと昔……いや、最近もこの声の主と話した。でも、最近の俺が知るものよりも幾分か若い声。鼓膜を叩くあまりにも懐かしい声。

 

「アリ、ス………?」

 

意識が明瞭になる。

視界に線が走る。やがてそれは輪郭を形成し、モノクロの絵になり、最後に色が付く。こうして俺の視界は回復した。

 

回復したばかりの視界に映るのは懐かしい彼女。

もう、何年も前に守りたかった懐かしい人。俺たちの無力さで守ることができなかった大切な幼馴染。

 

ポツリ、ポツリと蘇る。懐かしい記憶。

まだ幼かったあの頃、手を引かれ、あっちこっちに連れ回され、時に泣かされたけど。それでも一緒にいたいと思った少女。

 

キリトやユージオとギガスシダーの幹を打ち付けていると、彼女が良く弁当を持って来てくれたっけ。彼女の母に手伝ってもらいながらも精一杯作ってくれたパイ。

 

何もかもが懐かしい。

枯れたはずの井戸から次々に記憶が湧き出してくる。一度湧き出したら止まらない。そんな記憶の奔流に流されながらも瞳に映る彼女の顔を眺め続ける。

 

「久しぶり……は、少し変ね。一応はあの子も私の記憶を持っているのだし」

 

「……その姿で会うのは数年振りな訳だし、久しぶりでも良いんじゃないのか」

 

——そうだ、俺を支えてくれたアリス。

彼女はカセドラルでの戦いの折に記憶を取り戻した。でも、彼女の抜き取られた記憶はモジュールとして残り続け、それを俺が持っていた。

 

「それもそうね、ちなみに見た目はこんなでも中身はあんたらと同じ年なんだからね。年下扱いは許さないわよ?」

 

「そんなことしないよ……多分」

 

断言しかねる。

アリスを前にしたら、次から次にやりたいことというか、してみたいことと言うか。色んなものが記憶と共に溢れ出す。

 

思い出話もしてみたい。俺が経験したことを伝えたい。彼女に色んなことを話したい。

 

「なあ、アリス」

 

「ん?なに?」

 

でも、その前にはっきりさせるべきことがある。

 

「ここは、何処?」

 

無型の剣聖として立ち塞がった自分もろとも俺は死んだ。あの時、確かに痛みはなかったが、今胸にある痛みがあの時の行動は妄想でもなんでもなく、実際に行われたことだと訴えかけて来る。

 

しかし、死んだのも本当だろう。

あの感覚。思い出した。

キリトをヒースクリフから(・・・・・・・・・・・)庇った時に(・・・・・)今回と似た感覚を感じた(・・・・・・・・・・)事がある。

 

「ここはまだアルスの中よ、過去のあなたはそもそも私のモジュールと一体化して入ってきた侵入者を迎撃することが本来の目的。なら、侵入者の目的は?自分の中に入って終わりなんてウイルスはないでしょ?」

 

「……お前、いつの間に英語なんて覚えたんだよ。ウイルスとか、ユージオ辺りに言ったら"ういるすってなんだい?"とか言われるぞ」

 

ウイルス。微生物や病原菌などに使われる呼び名。この世界では神聖語として扱われる単語。それがリアルワールドでは英語と呼ばれるものである事。

 

どうやら、俺は思い出したらしい。

今なら分かる。この世界の剣技で奥義と呼ばれるものの正体はアインクラッドでのソードスキルと呼ばれる技であること。この世界はザ・シードによって造られた仮想現実の一つであること。

 

アスナやキリトの言葉を何処か他人事の様に覚えていた部分が切り替わり、自分もその当事者であることを思い出す。

 

自分が本当は何者だったのか。

どうしてこの世界にいるのか。

なぜ、自分が生きているのか。

 

全部、自分の中で繋がった。

 

「……アルス」

 

黄金の少女に声をかけられる。

俺は、身体に力を込めて立ち上がる。頭の下に感じていた違和感は、彼女の膝だったらしい。自分よりも一回り小さい少女にずっと膝枕させていたのか。

 

少し申し訳なく思いながら、自分の腕を見下ろす。

さっき切り落とされた腕は実体を持ってそこにある。片腕の違和感はこれ。

 

そして、もう片方の腕の違和感もすぐに分かった。すっかり見慣れた黒藍の死剣。その失われたはずの刀身がそこにはあり、かつてと同じく片手剣とは思えないずっしりとした重さが伝わる。

 

「あなたは、なんで戦うの?」

 

「————」

 

アリスの不意打ちにも似た質問に一瞬、言葉が詰まる。

 

生きる為?違う、生きる為に戦おうとする奴が相手と心中なんて道を選ぶはずがない。

 

守る為?違う、確かに守りたいものは沢山ある。でも、アイツらはみんな俺なんかに守られる程弱くない。だから、守る為の戦いではない。

 

なら、何のために——?

 

記憶を振り返る。

キリトと出会ったあの日、クラインとも出会った。冒険が進むに連れてアスナとエギルに出会ったし、月夜の黒猫団のみんなとも出会った。シリカにリズ。ニシダさんとか、ついでにヒースクリフやキバオウなんかも入れても良い。

 

SAOの外ではリーファやシノン。ユウキたちとも出会った。

 

この世界ではユージオ、アリス、セルカ。お世話になった先輩方やロニエにティーゼ。アズリカ先生。ベルクーリ……。

 

挙げたらきりが無い。

それだけ多くの人に出会って来た。

 

これまで出会った色んな人たちの顔が脳裏に浮かび続ける中で、アリスの問いに対する答えはさして時間も掛からずに思い浮かんだ。

 

「自分と、自分に関わった人達に報いる為に」

 

無論、全ての人達に報いるかなど毛程もない。

オベイなんたらさんと、上位修剣士3人。Pohとかこの戦争を引き起こした連中とか。アイツらを許すつもりなどない。

 

報いるべき人に報い、斬るべき相手は斬り捨てる。

 

それでいい。

だから、自分に関わった"全ての人達"とは言わなかった。

 

「そう、手が届く全ての人達を助ける。とか格好いいことは言わないのね」

 

「言えないさ、俺は無差別に他人を救えるほど器量が良くない。助けたかったけど助けられなかった大切な人達もいる。だから、俺は誰でも救えるほど全能でも万能でもない」

 

サチを、月夜の黒猫団を殺したのは俺とキリトだ。

俺たちの思い上がりが彼らを殺した。

 

だから、俺は誰でも救うなんて格好のいいことは言えない。

でも——————。

 

「自分の手の届く範囲に大切な者がいるなら手を伸ばすよ」

 

手を伸ばして、たとえ助けられないのだとしても手を伸ばし続ける。そんな場面はないかもしれない。もしくは、手を伸ばす以前に間に合わないこともあるかもしれない。

 

でも、手を伸ばし続けて見せる。

 

無駄な足掻きだとしても、それを続けて見せる。そうすれば、仲間たちが俺の足らなかった分を補ってくれるかもしれない。他力本願よりな願い。しかし、全部丸投げする訳じゃない。

 

そうだな、ザックリと噛み砕くなら。

 

「要するに"ベストを尽くす"ってことね」

 

「そういこと。さっきの俺もそうだったけどこの世界の連中は俺の心を読めるのな?」

 

「というか、この世界自体があんたの心だからね。分かると言うより、正しく言うなら伝わってくるのよ」

 

便利な様な、場合によっては不便な様な。

まあいい。言い切る前に全部言われたことは正直に言って悔しくはある。けど、まあ、この子ならいいか、見たいな気持ちになってる自分がいる。

 

昔からアリスには頭が上がらないというか。

子供の頃は寝癖を治されたり、人見知りを克服させるべく暗躍されたり、俺が嫌がらせを受けたら俺の為に怒ってくれた。そんな当時の姿をした彼女を前にして、もう少しこのままで居たいと感じる自分と外で奮闘しているロニエに合流するべきだと叫ぶ自分が鬩ぎ合う。

 

「……あなたはさっさと現実に戻りなさい。鬩ぎ合うとかいらんことしないで自分のするべきことをさっさとしなさいよ」

 

「——分かってはいるんだけどね」

 

そうしたら、お前とはもう会えないんじゃないのか。

 

前にアリスの記憶を本人に戻そうとしたら、欠片が拒むように彼女から弾かれたという。なぜ、この子が自分の中に戻ることを拒むのか。俺には分からないけど、俺が現実に戻ったらこの子はまた1人になる。そんな気がする。

 

俺の中に彼女の欠片があるからこそ、今俺はアリスと邂逅しているのだから。

 

「え、いや……。心配してくれるのは嬉しいけどごめん。私は1人じゃないのよ。あなたまだ思い出してないの?もう1人いるでしょ」

 

「………もう1人」

 

言われて首を傾げて、パッと答えが浮かび、周囲を見渡す。俺とアリスの他には誰も居ないように見えるこの世界。しかし、意識してから辺りを見渡すと、もう1人……いや2人か?正確に感じ取れるのは1人分だが、確かに視線を感じる。

 

眼を凝らし、辺りを凝視する。

凝視している俺の表情がツボに入ったのか、アリスが俺を見て笑い出すが、構わず続けると景色の中に一部だけ霞みがかった空間を見つけた。

 

がっつり違和感を覚えた俺は、首を傾げつつそこへと歩を進める。だが、違和感を覚えた空間は俺が歩を進めると俺から遠ざかる。

 

「どういうこと?」

 

「あなたが分からない事を私が知る訳ないでしょ、この世界の基礎というかシステムに干渉できるのは多分、あんたくらいよ」

 

……システムに干渉。

そもそも、なんで俺がそんな事できるんだっけか。そんな問いが全ての答えを握っていた。

 

俺が神聖術を必要以上に扱えるのも、コマンドリストを開けるのも。それらの恩恵を与えてくれた存在があるからだった。

 

呆気なく解決した問い。その答えとなる人物の名前を呼ぶ。

 

「いるんだろ、出て来てくれよ。リセリス」

 

「やれやれ……」

 

名を呼ぶことで漸く観念したように出て来た彼女。鼻の上にちょこんとなった小さな眼鏡といつか見た三つ編みのおさげ。たった数秒前に思い出した幼賢者の姿がそこにあつた。

 

「久しいな、アルスよ」

 

「お前もな、リセリス」

 

「その名で呼ぶでない。私にはカーディナルという名があるというのに」

 

「それを言うなら、俺もカーディナルだろ。紛らわしいから俺はアルス・カーディナル。お前はリセリス・カーディナルって事にすれば良いじゃん?」

 

「なんと大雑把な……」

 

俺自身、リセリスと触れ合った時間はかなり少ない。

彼女はシャーロットと呼ばれた蜘蛛の瞳を通して俺たちを見ていたそうだが、俺が新たな管理者としてアドミニストレータ……クィネラの前に立ちはだかったとき。俺とこの幼賢者は初対面だった。

 

だと言うのに、この懐かしさはなんだろう。

同じくカーディナルシステムから生まれたAI。カーディナルシステムの作った最初のAIは俺。しかし、目の前の少女の姿をした賢者は俺より後に生まれた存在でありながら、カーディナルの意志を持っていた。

 

システム的に母であり、年齢的には姉でもあり、製造番号的には妹。なんともごちゃごちゃした関係。しかし、彼女に感じる愛郷にも似たモノはきっとそんなごちゃごちゃした関係から来るモノだ。

 

「まぁ良いわ。ひとまずお主に伝えるべきことがある」

 

「伝えるべきこと……?」

 

「そう。記憶喪失の原因について」

 

聞き逃さない話だった。

俺の記憶喪失の原因。なんとなく、キリトを庇ったあの時に空から降って来た光の柱がそうであると思っている。

 

「厳密に言えば、最たる要因はわしとお主の統合によるデータ及び権限の移行じゃな。無論、それだけではない。データの移行中にあのSLTからのダメージを受けたこと」

 

「……データが完全に俺のモノになる前に、邪魔が入ったからってことか」

 

「うむ」

 

前に現実でキリト……和人が嘆いていた。PCのデータをUSBに移し替えてる時にUSBが抜けて、データが消えた事がある、と。

 

俺に起きたのはそれに近い事だと思う。

 

「しかし、今しがた破損してあったお主のメモリーを修復し終えたところでな。お主による過去の自分との死闘は、ウイルスとファイアウォールの衝突であると同時に過去のデータから記録を再生させる作業でもあった訳だ」

 

「ごめん、難しくて付いていけないわ」

 

「右に同じく」

 

ファイアウォールなるものが何者なのか分からないが、どうやら自分との戦いは無駄ではなかったらしい。

 

これでいよいよ俺の中では準備ができた。

いつでも現実世界に戻れる。

 

「それで、俺はどうやったら帰れるんだ?」

 

「帰りたいと願えば帰れるし、来たいと思えばまたここに来ることも可能だろう」

 

そいつは便利なこって。

一度入れば出入り自由っと。

 

「俺がまたここに来た時。お前たちはここにいるのか?」

 

最後の疑問。

この世界に対する俺の最後の心残り。カーディナルも、アリスの記憶も。俺の中で一つになった。

 

でも、彼女らがこの先どうなるのかは知らない。分からないのだ。

 

「心配せんでも残っておるわい」

 

「まあ、あんたが"邪魔だから消えろ"とか願わない限りは消えないから安心なさい」

 

「……そう、安心して良いんだな」

 

心残りが消えた。

また会えるなら、それでいい。

 

幼賢者と幼いアリスを視界に入れて少し眺めてから、なんとなく小さく笑い、俺は一言告げてから現実世界に戻った。

 

「またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボヤける景色の中。

剣戟の音が聞こえる。少女の苦しそうな喘ぎと男の下品な笑い声。どちらも良く聴き知った人物のもの。

 

ようやく視界に捉えたモノの輪郭がくっきりと見え始める。渇いた地面と豊とは言い難い物寂しい自然。その中で剣を振る少女と彼女に詰め寄る包丁を持った男。

 

右腕には半ばから先を失った剣。そして、俺の覚醒に合わせて現れた無骨な鋼色の大剣を無造作に掴み、瞬時に状況を理解し、それを体に引きつけるように持つ。

 

俺は、手にしている折れた愛剣を上段に構え、奥義(スキル)を発動。上段から振り下ろしながら男目掛けて突進する。

 

刃を振り下ろす瞬間。引き付けていた大剣も同時に振り抜く。水平と垂直の斬撃が僅かに遅れて交わり、少し遅れて突風が剣を振るった方向に吹き抜ける。

 

その一撃は、男の首を落とすことは無かった。しかし、男の左腕を斬り飛ばし、水平からの一撃はその体を十数メートル先まで弾き飛ばす。

 

その突然の出来事に少女と男は戸惑った様な表情を浮かべる。そんな両者の視線が自分に向けられていることなど理解しているが、こんな時。何を言えば良いのか分からない。

 

だから、ひとまずは何を言うでもなく剣を構える。

 

黒藍の死剣と時穿剣が鈍く光る。

なぜ、この大剣が俺の元に現れたのか。その理由は想像に難くない。しかし、その理由を思って俺が泣き崩れることなど、あのオヤジが望む筈がない。

 

笑顔を浮かべる。先程相対した憎たらしい笑顔を。

 

「まずは、お前を叩き斬るぜ。Poh」

 

きっと今の俺は相当ムカつく顔で笑っていることだろう。

 

 

 




後書き

はい、復活のA。
今後、更なる予想外が待ち受けることでしょう。なんか後半がだいぶ急展開な気がしますが、前回の執筆から三週間は経とうとしてますので悪しからず。

それでは閲覧ありがとうございました。
次回も不定期ですのでよろしくお願いいたします。

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