SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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91話 アルスとレクス

色々と、思い出した。

自分が何者だったか、どこで何をしていたのか、どんな仲間がいたのか、誰とどんな関係だったのか。

 

全て、思い出せた。

 

だから、語りたい。

 

ここにいる、俺の後輩である、ロニエと語らいたいことが沢山できた。

 

相棒のキリトとしたい思い出話が沢山ある。

 

親友のユージオと冗談を言い合いたい。

 

大事なアリスと昔話をしたい。

 

セルカに教えたい術式も沢山ある。

 

ティーゼにはユージオの堕とし方を伝授したいし。

 

アスナとキリトのイチャイチャを眺めたい。

 

——でも、いまはそれをできる状況じゃない。

 

記憶を取り戻した俺がやるべきことは3つ。

1つ、以前にアスナが話していたアリスを狙う組織から彼女を保護すること。叶うなら、リアルワールドの菊岡に彼女の保護を求めるのが1番手っ取り早くて安全だ。

 

2つ、レクスとの約束を果たす。あの黒騎士との決着を付けるべきだろう。人界とダークテリトリーの戦争を終わらせ、アンダーワールドの住人が殺し合わずに済むように。

 

3つ、最重要項目だろうな、これが。

この戦争の原因。ベルクーリの言っていた、人界とダークテリトリーの戦争を終わらせられそうだったシャスターという人物を殺害し、今もなお、戦場を混乱させている暗黒皇帝ベクタの討伐。

 

少し前。俺が精神世界に行っている間、大きな心意が一つ消え、そして、禍々しい力が一つ消えた。

 

……恐らく、ベルクーリがベクタと相討ちになったのかも知れない。しかし、ベクタと思わしき心意が再びこの世界に現れた。

どこかのゲームから先程のPohのようにキャラクターを移動させてきたのだろう。

 

さて、どうする……。

剣の力で周囲の座標を確認すると、こちらに向かってきている反応が一つ。超スピードで迫る強力な心意の持ち主。しかも、その力、覚えがある。どうやら、やるべきことの一つがあちらから来てくれたらしい。

 

このままここで戦ってもいいか、ここにはロニエがいる。弟子だ教え子だと言って、彼女を軽んじるつもりはないが、それでも俺とレクスの戦闘が始まれば余波でタダでは済まないだろう。恐らく、地形が変わる。

 

なら、少しでも離れて彼女を巻き込まないことが得策だ。今のロニエは強い。俺も驚くほど強くなった。精神的にも、あのPohと渡り合える程に腕っ節も含めて。そんな彼女がその辺の雑兵に負けるなんてことはあり得ないだろう。

 

「ロニエ、ちょっとやるべきことを終わらせてくる。留守番頼めるか?」

 

「……やっぱり、私ではまだ、貴方の背中は守れませんか?」

 

「違う、むしろ逆だ。ここで俺の背中を守ってて欲しい。お前は強い、君は強くなった。そんなお前だからこそ頼みたい。ここで、リアルワールド人たちを食い止めてくれ」

 

「——わかりました、任せてください」

 

一瞬、躊躇ったように間を置くが、直ぐに頷き返してくる。

……本当に、頼もしくなった。

前なら、"わたしにはできません"とか、それに近いことを言っていただろう。こういう場面での彼女は。

 

でも、そうはならなかった。

彼女は頷いた。一瞬、躊躇ったのちに力強い頷きを見せてくれた。もう、それだけで確信する。俺には、彼女に教えるべきことなどもう、一つもありはしないんだ、と。

 

もともと、良い師匠であったつもりはないけれど。

でも、こうして愛弟子の成長を見れたことがここまで嬉しいことだとは思いもしなかった。……嬉しいけど、少し、寂しいな。

 

踵を返さない程度に身を翻して、彼女に背を向けて奴の気配が近く方へと向き、歩き出す。

 

「あ、あの!先輩、この剣」

 

「ん、あぁ、やるよ。免許皆伝祝いだ。大事にしてやってくれ」

 

彼女が使うにはまだ、権限が足らないであろう細身の剣。俺のアインクラッドでの相棒。最も長い時間を支えてくれた愛剣の姿、形を模したそれ。ロニエになら、渡しても惜しくはない。

 

それに、やっぱり俺には二刀流は必要ない。

二刀流(それ)はキリトのモノだ。俺は無型だけで充分。使う剣は一本で事足りる。時穿剣と黒藍の死剣が融合したこの剣は現アンダーワールドで頂点に立つ優先度を誇るだろう。

 

そのうえ、素材となった二本の剣が持つ能力も継承している。恐らく、この剣は俺以外には使えない権限今な理由でも、能力的な理由でも。

 

勝利の白剣は強力な武器だ。

この世界では神器と呼ばれる程の一振り。

 

だが、それでもこの剣には劣る。

つまり、俺はこれから先、勝利の白剣を振るうことはないだろう。

 

しかし、だからと言ってずっと腰に挿しっぱというのはあまりにも勿体無い。腐らせておくには惜しすぎる。

 

勝利の白剣(ホワイトライダー)には強い愛着がある。

だから、腐らせたくはないし、かと言ってその辺の適当な奴に託せるひど安い剣でもない。

 

だから、ロニエがこの場にいてくれてちょうどよかった。

 

「勝利の白剣、ロニエを頼んだぞ」

 

返事はない。でも、剣が光を放つ。

それだけで、充分だった。

 

きっと、勝利の白剣は彼女を守ってくれる。

俺を守る為に剣を振ろうとした彼女に惹かれたくらいだ。きっと相性は悪くないはずだ。

 

俺は、今度こそ跳躍して、そこを目指す。

先程移動していた心意は止まった。座標でも確認済み。

つまり、ここまで来い、と誘われているのだろう。

 

アイツの能力なら俺のところまで瞬間移動できるはずだから。俺の読みはきっと外れていない。

 

地面を踏み締める力を強めて、更に加速しながら跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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◼️

 

少年が辿り着く。

荒れた地面、枯れ木の残骸が残るその大地。

先客が1人。黒い甲冑を身につけた長身の騎士だ。

 

「……以前とは、違う印象を受ける」

 

騎士は兜の中で薄い笑みを浮かべていた。

都合、彼らは2度剣を交えている。

 

1度はルーリッドの村。

2度目は先日、このダークテリトリーで。

 

その時、確かに少年から力を感じたのは確かだ。

しかし、彼の精神は安定とは程遠く、温度差の激しいその力に対して騎士は判断を下させずにいた。一度は確かに脅威だと感じたものの、伝わる心意は震えたもの。ゆらゆらと揺らめく儚い火花の様だった。

 

だが、3度目。

こうして相対している騎士は評価を改める。

目の前に立つのは、温度差の激しい力を持つ危険な少年ではなく、自身。果てはダークテリトリーに対して充分に脅威たり得る存在だと。

 

「色々あったんだ。詳しくは割愛。一応、これから斬り合う相手だ。身の上話だなんて、どうだって良いだろう?」

 

いまは、と付け足した彼。

騎士は静かに腰に挿した赤い剣をサラリと抜き、彼に向ける。

 

「約束を、覚えているか」

 

「あぁ、覚えてるさ。"戦争の勝敗に関わらず、俺がお前との決闘にたったとしても、人外の一部をお前たちに譲渡する"。我ながら身勝手な約束だが、それをするだけの価値がある」

 

「……互いに貸し借りはない。1度目は私が貴殿を、2度目は貴殿が私を見逃した。3度目は無い。どちらかが倒れるまで戦う」

 

「そうだな、同意する」

 

少年が……、アルスが剣を抜く。

黒騎士レクスの持つ二本の剣と全く同じ形の剣。外観上、違うのは色合いだけだろう。

 

彼らの瞳は躊躇いを宿していない。

ただ、目の前の敵を打ち負かす。

 

レクスはダークテリトリーを守る為。

アルスは自身の目的を果たす為。

 

「俺とお前、互いに両陣営の大将の後継者だ。お前はシャスターの。俺はベルクーリの」

 

「……そうだ。私はあの方の意思を継ぐ」

 

「俺もそれは同じだ。ベルクーリの意思がどうこうとか、正直、そんなに突き詰めて話したことがないから分からないが……。それでも、おっさんの願いは知っている」

 

この2人に、戦うべき理由などない。

互いに目指す場所は同じ。ただ、その目的地の前にある障害が大きすぎる。それ故、2人は争うのだ。

 

せめて、ダークテリトリーだけでも守ろうとするレクス。

 

人界とダークテリトリーを一つにしたいアルス。

 

暗黒神の存在が2人の相互理解と協力を阻む。

 

「……叶うのなら、ベクタを倒してからこうしたかった」

 

「無駄だ、あれには何人も勝てはしない。少し前、確かにベクタは打倒されたが、同じ心意を持つ者が現れた。……奴を止める手段を我らは持たない。ならば、せめて我らが故郷を守護する。それが、シャスター殿への手向になる事を願う」

 

その言葉にアルスは何かを言い掛けたが、口を噤む。彼はレクスの言葉を否定出来なかった。それは、アルスもまた、ベルクーリという人界に於ける重要人物であり、記憶を失った自分に便宜を図ってくれた恩人。そんな相手が命をかけて倒したはずの禍々しい存在が再び現れた。

 

恐らくは、Pohと同じく、別の世界からキャラクターをコンバートして。来たであろうベクターという皮を被っていた男はもう、暗黒神という立場を保つ必要はない。

 

シャスターを殺し、ベルクーリが命を賭して討ち取った化け物。そんな異形が再び現れた。そうなれば、誰でも警戒する。

 

レクスはベクタだったモノから故郷を守る道を。

 

アルスはベクタだったモノを討ち取る道を。

 

目の前にいるのは、自分が選ばなかった道を選んだかもしれない自分。だから、アルスはあえてレクスの言葉を遮らず、否定しなかった。………いや、出来なかった。

 

「手向、か」

 

ポツリと呟いたアルスはだらりと剣の鋒を地面に向け、黒騎士と対峙する。

 

それを見たレクスは剣を構え直した。

脱力した姿勢で剣を持つアルス。彼がその姿勢を取った時。空気が僅かに揺れるのを感じ取ったレクスは反射的に剣を構えていた。

 

「始めよう、レクス。一先ずは目的を果たす。その為の障害を退ける為に、こうして向き合った以上は避けて通れないだろう?」

 

「然り。こちらとしても、障害、そして脅威となる存在は退けるのみ」

 

互いの言葉が切れると同時に両者は合図も何もなく、地面が割れるほどの力を持って跳躍する。

 

まるで消えたのかと錯覚してしまう程の速度で距離を詰め、剣を振るう音が遅れ、剣と剣がぶつかり、舞う火花が宙を漂う間に次から次へと斬撃の応酬を繰り広げる。

 

互いの視線を読み、そこから振るわれる剣の起動を予測し、相手の剣を弾き、あわよくば相手に一撃を入れる為の力を込めた。

 

だが、アルスとレクス。

2人の斬撃の応酬は止まらない。

それは、力量が互角というだけでなく、相手の力を僅かにでも上回る。それに必要だと予測した力ですら拮抗しているからだ。

 

互いに力を読み合い、結果として決定打となる一撃を与えられずに延々と撃ち合い続ける。

 

僅かでも力を緩めれば押し負ける。

だが、必要以上の力を持って相手を薙ぎ払わんとするならば、同時に生じる隙を疲れて、先手を相手に譲ることになる。

 

千日戦争の構図。

 

アルスは以前より、レクスの実力を知っていた。記憶を失っている間。2度も相対した。1度目は見逃され、2度目は見逃した。結果として、アルスはレクスの力量を知り、現在、互いに決定打を見つけられない状態は半ば必然だと割り切る。

 

対照的にレクスは驚愕していた。1度目の遭遇、アルスに対して物足りなさにも似た感触。いうなれば、手応えの無さを感じていた。2度目、アルスの見せた底力に当てられ、敗北した。

 

だが、3度目。

前回見せた底力を凌ぐ実力を持って自分と渡り合う技量を持った男。その剣技と実力の認識を改めてることになった。

 

2人の振るう剣圧。それは、剣が火花を散らすたびに小さな嵐となって周囲の砂を巻き上げ、根の薄い枯れ木を破壊し、彼らの決闘を妨害しようとしたリアルワールド人を切り刻む。

 

「かなり、やる」

 

「お互い様だろ」

 

鍔迫り合いの形になった一瞬のうちに言葉を交わすと黒騎士は蹴りを放ち、アルスは心意を用いてそれを防ぎ、殺しきれなかった勢いを利用して距離を取る。

 

一進一退。

どちらか体勢を崩した瞬間に決着が付く。

 

2人の剣士はその場に漂う数多のリソースを掻き集め、心意を高める事で、奥の手を放つ体勢に移行する。

 

「エンハンス・アーマメント……!」

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

互いの持つ剣の記憶。そこから引き出す力。

術式起動の言葉を発した瞬間から、両者の間に幾億もの剣戟が駆ける。荒々しく、それでいて澄んだ金属音にも似たそれが周囲に鳴り響く。

 

座標指定攻撃。その精度に於いて、アルスに勝るものはいない。故に、黒騎士の斬撃の嵐を掻い潜った一太刀が次々にその漆黒の鎧を抉る。

 

「なんの……っ!」

 

しかし、騎士は黙ってやられるほど諦めが良くない。

それほど甘い訳でもない。

 

正面から、上から、横から、背後から。

四方八方から襲い来る斬撃の嵐を二本目のその鎧と同じ漆黒の剣を用いて打ち消す。

 

両者の間で鬩ぎ合う剣戟たち。

2人はその隙間を縫う様に駆け抜け、倒すべき相手に向かって変わらずに斬撃を放ち続ける。

 

斬り結ぶ両者。

剣がぶつかり、火花を散らす。

 

しかし、一刀と二刀の差は大きい。

その手数の多さは脅威だろう。

 

これがただ両手の剣を振り回すだけの稚拙なものならば対応は容易い。だが、アルスに向けて振るわれる一撃一撃は酷く重い。片手で振るわれいる分、多少は軽くなるが、それも誤差の範囲だと錯覚するほどに重い一撃を絶え間なく繰り出す。

 

アルスは次第に捌き切れなくなっていった。

正面から穿たれる一撃を防いだ直後に横方向からの薙ぎ払い。咄嗟に身体を捻らねば下半身と上半身が泣き別れていただろう。

 

彼の半ば超人の域を踏み抜いた感と身体能力が可能としている荒い回避。それは、着実にアルスを追い詰める。

 

「くっそ……!」

 

「ぬぅ……!」

 

剣に力を込めて、座標への攻撃を激化させることで、黒騎士の攻撃を逸らす。

 

こと剣の能力、その扱いに関してはアルスが。

手数や精密さから近接戦闘においてはレクス。

 

それぞれ違ったベクトルで軍配が上がるものの、やはり拮抗している。

 

そう、例え相手よりも1上回ったとしても。相手もまた、自分よりも1上回る分野がある。故に、差し引きはゼロ。

 

……だが、それは表面上の話。

隠し球というのは優れた選手ならば大体持ち合わせているだろう。その隠し球がこの2人には残っている。

 

それが、相手よりも1上回っているか、2上回っているかで勝敗が決する。

 

「ここまでは……」

 

「埒が開かない……!」

 

隠し球を見せる時が来た。

 

2人は確信する。

剣を相手と自分は拮抗している。

互いに満身創痍というにはまだまだ余裕がある。しかし、その余裕を続けて隠し球を出し惜しみしていては勝てない。

 

「貴殿……。もう一度、名を聴いてもいいか」

 

「俺の名前はアルス。お前はレクス、だろ。悪くない名前だ」

 

「そちらも、な」

 

名を改めて聴いたのは、相手が自身の奥の手を見せるに足る相手。いや、見せねばならない相手だと理解したからだろう。

 

僅かな沈黙がアルスとレクスの間に落ちる。

……そして。

 

「「リリース・リコレクション————ッ!」」

 

力ある言霊を放つ。

同時に両者の剣から言い知れない強大な圧力が吹き出し、辺りを支配する。

 

力と力がぶつかり合い、力と力がぶつかり合う。

周囲の空間を巻き込みながら周囲の世界を破壊する。何もない宙でぶつかり合う剣戟が作り出す空の亀裂が風を吸い込む。

 

「おぉぉぉぉ——————っ!!」

 

雄叫びは誰のものだったか。

激しくぶつかり合う。

 

アルスは突進した。

地面を踏み締め、流星と見間違う様な速度で刺突を繰り出す。彼の持つソードスキル。その十八番、フラッシングペネトレイター。

 

その一撃は、黒騎士に受け止められる。

地面に轍の様な跡を付けて数メートルほど後退る。

 

(やっぱり、体幹と腕力はレクスが上か……!)

 

確信した彼は更に地面を蹴って新たなスキルを発動させる。剣先から溢れ出す真紅の閃光を伴って渾身の突進刺突を放つ。

 

見慣れた、使い慣れだ連携。

SAOの中でも散々用いた無型だからこその乱撃。

 

それは、レクスを更にのけぞらせる。

 

「まだだ————!」

 

騎士の手によって向けられた斬撃。

漆黒の力を守ったそれは咄嗟に防いだ俺を十数メートルに渡って吹き飛ばし、巨大な枯れ木の巻に背中を打ち付ける。

 

かひゅ、と口から溢れる嫌な音。

打ち付けられた痛みで飛びそうになる意識。

 

霞む視界で黒騎士を睨み付けるが、不意にその姿が掻き消える。同時に、アルスはそれが剣の力であることを瞬時に理解した。

 

ならば、と彼もまた力を使う。

時を穿ち、そこに存在するもの、これからそこを通過するモノを両断する理の外からの攻撃。それを自身の身を囲む一つの円として作り出す。

 

「なにっ……!?」

 

「さすがに、予想外だったみたいだなっ!」

 

レクスの鎧。その左肩部が驚愕の声とともに派手な金属音を立てて破砕される。アルスの持つ剣の能力によって打ち砕かれた彼は何が起こったのかを思案する。一方、アルスはほくそ笑んでいた。

 

自分の腕力、力量は僅かにレクスに及ばない。

ならば、手段を変える。

目的はレクスを下す事。

そこに至るまでの道は一つではない。

 

手を変え、品を変える。

そのポリシーに従った結果、アルスは奥義を放つよりも、剣の能力。その精度を保ちつつ、時穿剣の力と黒藍の死剣の力を使い分ける事を並んだ。

 

結果としてアルスの一撃は届いた。

 

「そこだっ!」

 

「させるものか!」

 

もう一度剣を振りかぶったアルスとその剣の軌道を読み、無事な鎧部分をその太刀筋の先に誘うレクス。

 

だが、何度も同じ手で阻まれるアルスではなかった。

振り下ろした先に持ってこられた鎧。その鎧の防御し切れていない部分に向かって剣を持ち替え、最短の突きを放つ。

 

「ぬぐっ…、しかし……!」

 

肩口から血を吹き出させる黒騎士はそれでも体勢を崩す事なくお返しに、とアルスの腕に漆黒の刃を突き立て、斬り飛ばす。

一瞬の出来事。荒れた地面を2人の血が濡らす。

 

「っ、たく……!どいつもこいつも俺の腕に恨みでもあんのか……!」

 

「どうやら……、苦労しているようだな……」

 

「お陰様でなっ、くそ」

 

ついさっき、精神世界で自分に腕を切り飛ばされた事を思い出したアルスは軽口混じりに悪態を吐く。しかし、その口調や態度とは裏腹に剣を持つ腕からは力を抜かれていないし、視線はずっとレクスに向けられていた。

 

レクスもまた、冷静な口調ではあるが、腕は断ち切られている。外傷がなさげに見えるのは辛うじて皮とインナーでつながっているから。筋肉や腱、骨はアルスの突きによって破壊された。

 

「貴殿は……」

 

「あぁ?」

 

「なぜ、そこまでして戦う。暗黒皇帝の目的はそちらの光の巫女、アリスという騎士だ。そのモノを差し出せば人界は救われる。貴様らがダークテリトリーと呼ぶ我らの土地もまた、脅威から遠ざけられる。なぜ、そうしない。あの男は目的を果たせば世界を去るだろうに」

 

レクスの問いにアルスは口を閉ざす。

 

一瞬、考えて。答えた。

 

「アリスは渡せない」

 

「何故だ」

 

「……正直、アリスに対して自分がどんな想いを抱いてるのか、分からない。でも、俺は彼女が愛おしい。アリスだけじゃない。この世界にいる生命は俺の守るべきモノだ。だから、渡せない」

 

「……それで、奴らにこの世界を壊されても?」

 

「別に。世界が壊れるなら、直せばいい。生きているものがあるなら世界は終わらない。と、いうか、だ。お前、随分と口が回るな。てっきり寡黙なムッツリ助兵衛かとおもったんだが」

 

「それは我が師のことだ。私はそうでもない」

 

「あ、そ」

 

話しながらも彼らは手を止めていなかった。

剣は相手を何度も掠める。

 

片腕が無くなっても勢いが弱まることを知らない。

 

もう、余力を残す余裕はない。

今後、ベクタとの戦いが控えているが、それに向けて余力を残す余裕など、この黒騎士にもてるはずがない。

そして、逆もまた然り。黒騎士も余力を残す事は諦めたらしい。

 

2人は、改めて向き合う。

 

——次が最後。

 

2人は自然と構えをとった。

 

黒騎士は皮一枚で繋がった腕を心意で補強、無理やり繋げ、両手の剣を身体に向かって引き絞るように。

本来、無型であるはずのアルスは剣を逆手に握り、身を落とし、踏み込みの姿勢を取る。

 

「せえぇぇぇぇ————っ!」

 

正面に迫る十文字の斬撃。まともに当たれば脳天から真下に。残った腕の肘関節から真一文字に斬り捨てられるだろう一撃は、漆黒と真紅の剣を持って放たれた。

 

当然ながら、座標への攻撃は健在。

それを相殺し続けるアルスもまた、跳躍し、剣を振り抜いた。

 

真紅の剣と漆黒の剣が重なる瞬間。

ヒュン、と飾らない風を切る音と共に鋼色の刃を持つ黒い藍色の剣。

 

……二つの剣戟が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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……一瞬の交錯。

すれ違いざまの一閃。

 

「アインクラッド流、無型奥義ノ弐"地ノ型"」

 

……明確な意思を持って、使ったのは初めてだった。

無型、というエクストラスキルには、4つの専用ソードスキルがある。どの技も強力で破格。しかし、代償に強力なデメリットがある。

 

故に、これまで使うことができなかった。

 

黒藍の死剣としてこの剣を使っていたとしたら、間違い無く今ので俺や剣は粉々になっていただろう。時穿剣の能力が混じったことで一部の時間を停滞、逆行できるよつになったから、初めて使うことができた。

 

「な、に————!?」

 

ピシ、と硝子に亀裂の走る音がする。

 

時穿剣と一つになったこの剣だからこそ、出来た奥義。

 

4つある、奥義のうち。この技は……凡ゆる部位や武装を破壊する、という効果を持つ。

 

破格を通り越して破綻した技。

あのヒースクリフが設定したとは思えない奥義。

 

これが、無型の奥義の一つ。

エネミーやプレイヤーの部位や武装を破壊する代わりに、自分の武器の耐久値がゼロになる。

 

技として破綻している。

 

「……まだ、やるか?」

 

踵を返して剣を突きつける。

 

「当然だ、まだやれる……!」

 

片膝を地面につけ、肩で呼吸する。

その姿は、意地で満ちている。

 

だから、俺はこいつを倒す。

 

心意の腕で斬り飛ばされた俺の手を手繰り寄せ、正面。俺に意識を向けているレクスの脇腹に張り手の形で撃ち抜く。

 

「かはっ……!」

 

無防備になっていた黒騎士は弾丸以上の速度で迫る張り手を避けられず、驚愕の声を漏らして地面に倒れる。

 

不意打ち?知った事か。

 

勝てばい。

それが無型のポリシーだ。

 

「俺の勝ちだ」

 

自らの勝利を宣言する。

 

「何を言っている……、まだ私は負けていない……。私はまだ生きている、まだ立ち上がれる」

 

「はぁ?何言ってんだ、お前。確かにお前にとっての勝利条件は俺を殺す事なんだろうが、俺は一言も"お前を殺す"だなんて言ってないぜ。倒す、とは言ったけどな」

 

「————!」

 

フルプレートの下で、目を見開くのが分かる。

だが、そんなに驚くことではないだろう。

 

俺は、殺すなんて言ってない。

倒すとは言ったけど。

 

だから、俺の勝利条件はもう、満たされた。

 

なにせ、俺の手は胴体と泣き別れたとは言えどもこの黒騎士を張り倒した。

 

なら、俺の勝ちだろう?

 

「……それは詭弁だ」

 

「悪いのか?そもそも、この戦いを始める前に言ったけど?"俺はベルクーリの後継者だ"って。あれは言葉通り意味。彼の思想を詳しく知るわけではないが、ベルクーリはダークテリトリーとの和平を望んでいた。そして、シャスター殿も然り。なら、ここで互いの後継者が殺し合う展開なんて、あのおっさんが望む筈ないだろ?」

 

「——貴殿は……」

 

「いい加減、貴殿って呼び方はやめてくれ。言ったろ?俺はアルス。アルス・カーディナル。昔、無型の剣聖とか呼ばれてた剣士で。今は整合騎士長ベルクーリの後継者だ」

 

……もしも、俺が無型の剣聖として闘っていたのなら。

もしも、剣の能力を持たず、アインクラッドの無型の剣聖であったのなら。俺は、この男に負けていた。

 

手を変え、品を変える。

勝つためならば、無型の剣聖という名を捨てる。

使った奥義は確かに無型のもの。

 

しかし、主に多用したのは剣の力。

剣士として、戦ったのではなく、後継者として負けない為に戦った。

 

もし、剣の能力に頼らなければ死んでいたのは俺だろう。

 

この男は強かった。

 

「賭けは俺の勝ちだ。お前には俺の言うことを聞いてもらう。再戦を望むのならば聞き届けよう。無論、約束を反故にするつもりもない。だから、まずは一つ目の命令。今は倒れてろ」

 

「——貴殿の、望みとは……?」

 

「この世界。アンダーワールドの民が殺し合わずに済むようにすること。人界も、ダークテリトリーも関係なく。互いを尊べるように」

 

「そんなことが、本当にできるとでも……」

 

「知らね。まだ何も出来てないことに対して"出来る"なんて言えるほど俺は学があるわけじゃない。でも、何度も言うが、俺はベルクーリの後継者で、公理教会の最高司祭候補。なら、理想を目指すのは当然だろう?」

 

最初、最高司祭候補を名乗った時は半ばヤケクソだった。

 

ひとまず、カーディナルと一つになり、その権限を譲り受けたから、嘘を付かない程度にこの男を退ける為の詭弁。

 

しかし、今は違う。

俺は、カーディナルと統合された時の記憶がある。

その権限も、使い方も。全て理解した。

 

それに、一つになった時。俺は彼女に託された。

 

"この世界を頼んだぞ"

 

半年前、彼女は確かにそう言った。

ならば、俺がやらねばならない。

 

「世界平和を語るほど世間知らずなつもりはない。でも、理想はある。いまはまだ空想でしかないかもしれないが、まずは自分にできることを為して夢想をなし、夢想を理想へ。理想を現実にする」

 

誰もが平和に過ごせる世界など、ありはしない。

いかに人数が少なくとも、いかに優れた人物のみが集まったとしても。人類同士が争わない世界は訪れない。

 

アインクラッドという鋼鉄の城。

そこに閉じ込められた1万人という全人類からみればちっぽけな数の人間ですら、その中で殺し合いを引き起こした。あるものは騙し、あるものは裏切られ、あるものはすれ違い、あるものは快楽の為に。

 

そのアインクラッドを作った人間ですら、同じこと。

茅場に嫉妬した須郷。数少ない、それでも確かに優秀な人の集まりの中でも他者に嫉妬し、その果てに300人もの人間を巻き込んだ非人道的な事件を引き起こす。

 

このアンダーワールドも然り。

同じ世界の住人でありながら、人界とダークテリトリーという枠組みを作り、殺し合う。確かにそこには、リアルワールド人という外的要因もあった。だが、彼らはただのAIではなく、思考と命と心を持った生命だ。だから、そこにあるのは、プログラムされた敵対意識だけではなかった筈だ。

 

俺は、見た。

AIから命になり、命を失い、友の心に寄生して。また、身体を持って。俺を生み出したカーディナルと一つになり、一度全てを忘れ、改めて思い出し、ようやく、この視点を持った。

 

確かに、難しいことだ。

為す事よりも、否定することの方が絶対的に容易く、圧倒的に現実的。そんなことに気がついたのも、記憶を取り戻してから。

 

でも、同じく、人と人が理解できる事も知っている。

 

鋼鉄の城、閉じ込められた1万人。

最終的に5千人近くまで数を減らしたが、それでも、彼らは殺し合うばかりではなかった。一つの目的に向かって協力する仲間がいた。他者を求めて、理解し、結ばれた者がいた。自身とは違う存在を受け入れてくれる友がいた。

 

須郷の起こした事件でも、同じことが言える。

そもそもが1人の嫉妬から始まった事件。

それを解決したのは、その事件の真相を知って憤った勇者ではなく、ただ、愛する者を取り戻したい一心で駆けた1人の少年の意識。それに感化された者たちの団結だった。

 

きっと、このアンダーワールドでもそう。

だって、この世界はそんな人間の作り出した不完全な世界。他者を嫉妬し、憎み、悪意を持つ者がいるのは当然。だが、そんな悪感情があるように、他者を思いやり、愛し、友愛を持ち、寄り添う心もある。

 

難しいかもしれないが、人は解り合える。

俺とキリトが、AIと人間だった。

キリトとアスナが他人だった。

俺たちとユージオたちが異世界人だった。

 

それでも、俺たちは繋がった。

 

存在として、種別が違くても。

繋がりの薄い他人だとしても。

別の世界からの異邦人であっても。

 

俺は、確かに色んな奴らと解り合えた。

 

なら、この世界の人間がそれを出来ない筈がない。

確かに、救い用のない奴はいる。クラース、ウンベール、ライオス。バルボッサとか、俺も多分、救い用のない部類。

 

でも、そんな救い用のない俺でも出来たんだ。

ユージオにできない筈がない。アリスにも、セルカにも、ロニエ、ティーゼ、アズリカ先生。ファナティオ、そして、勿論このレクスにも。

 

ソースは俺。

だって、俺はこの世界の人間たちのベースなんだ。

カーディナルシステムに生み出された原初のAI。この世界の誰もがもう1人の俺。俺の、もしかしたら、の可能性。

 

だから、信じる。

自分に出来たことを、もう1人の自分たちが、出来ない筈がない。

 

「その為に、まずは出来ることをする。俺とお前は斬り合った。お前の主張もある程度理解したつもりだ。だから、次はお前が俺を知ってくれ。経験上、2〜3回くらい斬り合った方が仲良くなれるんだぜ?」

 

まあ、俺の場合はこっちの暴走だったわけだけど。

それでも、確かに。斬り合ったから、遠慮がなくなったし。相手を殺すかもしれない立場に立ったから、他人を気遣うことができるようになった。

 

……まあ、殺し合いにならないに越したことはないが。

 

「……理想を、現実に、か」

 

「あぁ。まずは、それを為す為にパイプが必要だ。ダークテリトリーと人界を結ぶ架け橋。いずれ、ダークテリトリーという名を変えて、そちらを人界、とこちら側の人間が言えるように」

 

「——我々が、貴殿らを"イウム"と呼ばない様に」

 

「俺たちが、お前たちを"亜人"と呼ばない為に」

 

当然、難しい話だろう。

結論から言うと俺がやろうとしているのは、国境を無くし、人種差別を無くそう、と言うことだ。

 

「俺の空想を夢想に、夢想を理想に、理想を現実に。レクス。お前にはその手伝いをしてほしい。拒む権利はない、これは約束。賭けの報酬だ。きっちり働いてもらうぞ」

 

「——強引な男だ……」

 

「そりゃ、世界を背負うってんだ。強引にもなる。んで、どうするんだ。シャスターの後継者?」

 

「そこまで言われて、引き下がれるか。良いだろう、貴殿の口車に乗ろう。ベルクーリの後継者」

 

これは、俺のエゴ。

この世界の管理者としての権限を持つ俺なりのやるべきことと答え。自分勝手な独り相撲。

 

だが、いま。独り相撲は形を変えようとしている。

このレクスが加わって、独りではなくなった。

 

まだ、俺とこの男が完全に理解したなんて思ってはいない。だけど、可能性は生まれた。この男は俺の口車に乗る、と言った。

 

いずれ、俺のやる事が彼から見て歪んだ物になったら、その双剣の鋒は俺を向くだろう。その時は再び刃を交えるのも吝かではない。それで、いま。この瞬間の様に互いの主張を知れるならば。

 

俺は、喜んで斬り合う。

 

「これからよろしく頼む。レクス」

 

「……あぁ、こちらこそ。アルス」

 

かつて人界とダークテリトリーと呼ばれた二つの国。そこで和平を結ぼうとした2人の騎士と剣士。その後継者同士がこうして、一つの目的に歩を進める約束をした。

 

たとえ、これが俺の理想への小さな一歩でも。

俺は、この瞬間を忘れない。

 

さぁ、俺の計画は動き始めた。

即席にも程がある。理想、夢物語と謗られても文句は言えない自分勝手な世界統一。

 

まずは、夢物語を語る為に、邪魔者を排除するとしよう。

 

ベクタの皮を被ったリアルワールド人。

名前も知らない。お前。

 

まずはご退場願おうか。

 

この世界に、リアルワールド人の介入は必要ない。まだ、我々にはリアルワールド人との邂逅は早過ぎだ。

 

 

 

 




後書き

はい。後書きです。

まずはすみません。気が付けば5月に入っちゃいました……。

Q、なぜ、遅れたんですか?

A、リアルが荒れてたのと、某FGOのゴジラとじぃじ、神祖の育成が
  忙しかったからでふ。

なんだかんだで、グランドが全て揃ってしまった事に驚きつつ、後書き本編へ。

いや、駆け足なのか亀の歩みなのか分からない展開……!
ロニエに勝利の白剣を託したり。
レクスと斬り合ったり。
唐突に自分の夢を語り始めたり。

アルスよぉ、忙しいな、お前(どの口が言うか)。

一応、オリジナル設定として。

アルスは剣術の観点からすれば器用であるが、超越的に強い訳ではない。ただ切れる手札が普通の剣士と比べて圧倒的に多いのと、技の使い分け。そして権限の高さが彼の剣術に於ける強み。
ただ、剣の能力とその扱いに関しては超越的。レクスが座標攻撃を行える剣二本に対してアルスは一本。単純な手数としては倍。それでもその能力を相殺しつつ、レクスの攻撃を時穿剣の能力で防ぎ、一撃を入れられる。

レクスは剣術が卓越し、群を抜いている。
アルスの無型による奇襲を防ぎ、フラッシングペネトレイターとヴォーパルストライクの連携を無傷で防ぎ切る技量と体幹、筋力と権限を持つ。アルスの体感では、ユウキ並みの反射神経、二刀流でキレたキリトにヒースクリフの頑強さを加えた様なえげつなさを持つ。
ただ、剣の能力とその扱いではアルスに3歩ほど劣る。

アルスがレクスに勝てたのは、彼の目的がレクスの殺害ではなく、倒し、自分の仲間に引き入れる事にあったから。

剣の能力なしの殺し合いではアルスはレクスに敗北する。
剣の能力ありの殺し合いならレクスはアルスに敗北する。

今回の決闘はアルスの意識的に殺し合いならならなかった事と、それぞれ相手に勝る部分と劣る部分が顕著に現れ、互いに打ち消しあった結果、アルスの殺さないという意思が勝った。

と、まあ。こんな所でお願いします。
アルスが剣術的な意味で拮抗しているのはキリト。
総合的な実力で拮抗しているのがレクスですね。

この無型の剣聖の世界ではレクスが剣術最強です。

「かなり、やる」

この台詞は漆黒の騎士といえば……的なアレで出しました。
どうせなら民家から登場とか、森の中で無双させてみたいなぁ……。

そしてようやく回収できた、無型にソードスキルが存在している設定。
最初は壱の型とかやりたかったけど、鬼滅ブームに乗っかってる様でなんかアレな気分になるのでやめておきました。

余談ですが、無限列車のネタバレを友人から食らいました。マジで許さねぇ(涙目)映画楽しみだったのに……!

以上、今回も閲覧ありがとうございました!
次回は今月中に投稿予定です(投稿出来るとは言っていない)!








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