その愚者は誰がために 作:夢泉
評価・コメント待ってます!
「はぁ…はぁ…くそッ……」
額に汗を浮かべ、息は上がり、とても焦った様子で走る一人の男。
彼はグレン=レーダス。アルザーノ帝国魔術学院の講師であるが、いい加減でやる気ゼロ。魔術師としても三流であるが、実は元帝国宮廷魔導士団特務分室の一員であったりもするという、かなり謎の多い男である。
彼は普段、やる気は常にゼロであり、脱力省エネスタイルで生きている。
しかし、今の彼の顔には、一切の余裕がなく、酷く追い詰められていることがわかる。
一体何が彼をここまで追い詰めているのか?
それは、それこそは……
「授業に間に合わねぇッッーーーーー!」
そう。時間である。
彼は、旧知の女性、ニーナの来訪により昼休みを使い果たし、午後の講義に間に合うように、学院の廊下を走っているのである。
「セリカのバカヤロー!何が、『授業遅刻は給料に響くぞ♪』だよッッ!?」
先程別れ際に、ニマニマと楽しそうな笑みを浮かべつつ、自分に死の宣告を叩きつけた女性、セリカ=アルフォネアに悪態を吐きつつ、彼は走る。走る。ひたすらに走る。
「結局昼飯も食えてねぇしッ!あーッッ‼くっそがあぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!」
「遅いね…グレン先生」
「そうね……」
小さく漏らされたルミアの呟きに応えるシスティーナ。応えるシスティーナもそうだが、ルミアもまた、悲しげな顔をして元気がない。
そんな二人とは対照的に、クラスは酷く騒がしく、完全に無法地帯だ。クラス中が騒いでいるが、話している内容は全て同じだった。
「グレン先生の育て親はあのアルフォネア教授なのでしょう?なら、商会の有力貴族と懇意になっていても不思議はありませんわ」
「いや、それだとニーナさんとアルフォネア教授のやり取りが説明できない」
「そうだ!路地裏がどうこうとか言ってたぜ!」
「じゃあ!じゃあ!ニーナさんが商会が嫌になって、家出をしたときに、街の路地裏で会って、先生が傷心のニーナさんの心につけ込んだってのは!?」
「なるほど!それなら説明がつくな!」
「けど……」
授業なのに先生が来ない。そういう状況であれば、生徒は次第に騒がしくなるのものだ。ただこの教室が騒がしくなれば、黙っていない少女がいる。
「ん…。システィーナもルミアも…元気ない。…どうしたの…?」
「何でもないよリィエル。心配してくれてありがとう」
そう言ってリィエルの頭を撫でるルミア。
しかし、やはり彼女の笑顔はどこかぎこちなかった。
そう。いつもであれば、システィーナ=フィーベルが怒って場を無理矢理抑えるのだが、今の彼女には、そんな気力は残っていなかった。
先程の一件は、少女たちの心にあまりにも大きな動揺を与えていた。
「今までこんなことなかった、よね……?」
「そうね。先生は、いつも不真面目でやる気の無い人だけど、無断で授業遅刻することだけはしなかったわ……」
そう。システィーナの指摘通り、彼は基本不真面目であるが、リスクリターンの判断は適切であり、セリカ=アルフォネアに、
『授業遅刻なんてしたら……わかってるよな?』
と言われてる以上、そんな愚かなことはしないはずだった。
それが、今日に限って、授業が始まって五分たつのに未だ顔を見せない。これは何かあったと思うのが普通というものである。
「ん…皆を黙らせればいいの…?」
そう言うリィエルの手のひらに光の粒子が現れ、収束し、ある形にまとまっていく。
そして……
「「わーーーー!ダメーーーッッ!」」
間一髪、システィーナとルミアが気づいて彼女を羽交い締めにする。
そこに、
「ハァハァ…わりぃわりぃ。遅くなった。さ、授業始めるぞー!」
肩で息をしているグレンがやって来て、
「「「「……………」」」」
教室中が一斉に静まり返り、
そして次の瞬間には、
「おい先生!さっきのどういうことなんだよ!」
「結婚ってなんだよ!」
「説明してください!」
皆が口々にグレンに質問を浴びせたために、教室は今世紀最大に騒がしくなった。
しかし、
「だぁーーーッッ!!うっせぇぇぇぇッッ!?まずは授業だって言ってんだろうがぁぁぁぁぁーーーッッ!!」
クラスの騒ぎを上回る大声でグレンが制し、強引に授業を再開した。
グレンを問い詰めたかった、システィーナやルミアといった恋する乙女たちは、納得等到底できないが、授業だと言われては仕方なく、モヤモヤとしたまま授業に臨むのだった。
ちなみに、この時の騒ぎがうるさすぎて、ハーレイがぶちギレるのは余談である。
「いーかー?ここの術式が…こう…変化すると…」
(どうしよう。全然集中できない!)
システィーナは、あまりにも昼のことが頭に残って、授業内容が全く頭に入ってこなかった。ただ板書をノートに写すのが精一杯である。
先程少し目を向けると、ルミアも同じような状況であるのがわかった。
(もう!もうっ!こうなったらなにがなんでも、洗いざらい吐いてもらうんだから!)
そう心に誓うシスティーナ。
恋する乙女は色々と大変なのである。
そんなこんなで午後の授業は進んでいき、遂にその日の終了を告げる鐘が鳴った。
いざ、グレンを問い詰めようとするシスティーナにルミアとその他生徒たち。
しかし……
「グレン、ちょっといいか?」
そう言いつつ顔を出したのはセリカ=アルフォネアだった。
「…セリカ?助かった!じゃあお前ら今日は終了だ!さっさと帰れよー!」
生徒たちの鬼気迫る表情にただならぬことになると感じていたグレンは、そこに飛び込んできた救いの蜘蛛の糸に飛び付いた。
「「「「え…………」」」」
生徒たちも、流石に第七階梯セリカ=アルフォネアの用とあれば押し黙るより他はない。
焦らされた分、彼ら彼女らは余計にモヤモヤとするのであった。
「助かったぜセリカ」
廊下を歩きつつ、グレンはセリカに礼を言う。
「別に助けたつもりはないぞ」
「え……?」
「私は留学の話があると伝えに来た」
「……また、リィエルが!?それはおかしい!退学は回避したはずだ!」
前回、リィエルは、その生い立ちと政治的な対立に、本人の成績不振が重なって、退学処分を言い渡されていた。しかし、聖リリィ魔術女学院への短期留学を経て、それは撤回されたはずだった。
「落ち着け、そうじゃない。こっちに来るんだ」
「……はい?」
「聖リリィ魔術女学院の生徒がこっちに来るんだよ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?何でそんなトラブル案件引き受けたんだよッッ!?」
聖リリィ魔術女学院の生徒たちは、優雅可憐な御嬢様達……なんてことはなく、手のつけられない猛獣だということを知っているグレンは、声を荒げて必死で抗議するが……
「こっちの留学は良くて、向こうは駄目なんてこと出来るわけもないだろう?」
セリカに正論で一蹴される。
「おいおいマジかよ……ストレスで死にそう……」
グレンはか細い声でそう言いつつ、廊下に膝をついた。
「ハハハッ!まぁ精々頑張るんだな!!」
「笑い事じゃねぇよッッ!?」
グレンが再び声を荒げ、セリカの方へ顔を向ける。
すると、急にセリカがグレンに近づき、グレンの耳元へ顔を寄せ、小声で、
「…あそこの生徒は皆、物凄い御嬢様達だ。もしかしたら、ニーナを取り巻く状況についても知れるかもしれんし、協力をこじつけられるかもしれんぞ?」
「!」
耳打ちをしたセリカは踵を返して去っていく。去り際に、
「じゃあ、まぁ、色々と頑張るんだぞ」
と言っていったのに対しグレンは、
「出来る範囲でな!後で後悔しても知らねぇぞ!」
と、いつも通り、卑屈な返事をするのであった。