【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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2話目にして早速文字数が激増するという愚挙。
グムンとの戦闘描写が回想&テキトーなのはすいません。
合成が…(オダジョー談)なヘリをカットするとあんまり書くことがなかったのでげす。



EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ 1/4

 

 ズ・グムン・バが街で凶行に及んだ、その日の夜のこと。さらなる災厄が、文字通り牙を剥こうとしていた。

 飛来したそれは、蝙蝠のようなシルエットをもっていた。同時に、筋肉質な四肢はヒトの特徴を表している。人間離れしていながら、人間らしくもある。そのどっちつかずの姿が、純然たる獣以上におぞましかった。――"彼"は個体名を"ズ・ゴオマ・グ"と言った。

 

 もっとも……彼にとって獲物でしかない者たちが、その名を知ることは永遠にないだろうが。

 

「ヅギパ、ガギヅバ……」

 

 携帯端末で通話しながら歩く女性を見つけたゴオマは、そう呟き――潜んでいた路地裏から、翼を広げて飛び出した。女性は通話に夢中で、己に忍び寄る影に気づかない。

 そのために――目の前に彼が現れた瞬間、驚くことすらかなわなかった。

 

 声を出す間もなく、女性はゴオマによって路地裏に引きずりこまれ……二度と、出てくることはなかった。

 

 

 

 

 

 ワンルームアパートの一室。そのベッドの上に、朝日に照らされた男の屍が転がっていた。

 

 いや――よくよく見れば、それは死んでなどいない。すう、すうと規則正しい呼吸に合わせて、うつ伏せ姿勢のために露わになった背中がわずかに上下している。

 屍のように見えてしまったのは、青年が呼吸のほかに身じろぎひとつしないこと。それに、明らかに寝間着としては不自然な、着の身着のままで横たわっているせいだ。靴だけは脱いでいるのが、唯一の救いか。

 

 そんな生ける死体のすぐ傍らに、地味な風貌の青年に不釣り合いな、美しい女性が座っている。彼女は机にノートブックを置き、液晶を難しい表情で睨みつけていた。

 

「はぁ……」

 

 溜息をつきつつ、コーヒーを口にする。砂糖もシロップもいっさい入っていない苦い液体が舌を刺激し、脳を活性化させる。そのあと、またキーボードを叩く。そんなルーティーンを何度かくり返していると、

 

「ん、んんん……っ」

「!」

 

 寝息しか漏らさなかった喉が、ようやくというべきか唸り声を漏らす。女性がちらりと目線を上げるのと、青年がうっすらと目を開ける――覚醒する――のと、同時だった。

 

「………」

「おはよう、出久くん」

 

 起きぬけの挨拶を、ぼんやりと聞いていた青年――緑谷出久であったが、やがて思考が鮮明になると、

 

「うわぁあああああっ、さっ、沢渡さんんんん!!?なんで――ッ!?」

 

 どしーん。

 バランスを崩し、出久は盛大にベッドから転がり落ちた。桜子が「大丈夫?」と、心のこもらない口調で訊く。

 

「痛ててて……ま、まあ……。ってか、なんでここにいるの!?」

 

 桜子を部屋に上げたことは何度かあるが、合鍵などは渡していない。一体、どうやって上がり込んだというのか?

 

 答えは極めてシンプルだった。

 

「だって鍵、開いてたんだもん」

「え……マジ?」

「マジ」

 

 やってしまった。疲労困憊の極みだったせいで、ドアの開閉までがせいぜいだったらしい。"らしい"というのも、帰宅時の記憶が曖昧だから。

 出久がちょっとだけ落胆していると、桜子がいきなり詰め寄ってきた。堰を切ったようにまくしたててくる。

 

「それより、本当に心配したのよ!?あれからどれだけ連絡しても返信ないし、電話にも出ないし……心配してここに来てみたら、そのままのカッコでベッドに倒れてるし!死んでるのかと思って口から心臓が飛び出しそうになったわよ!!」

「う、ご、ごめん……。えっと――」端末で日付と時刻を確認する。「18時間も寝てたのか、僕……。ほんとごめん、心配かけちゃって……」

 

 申し訳なさそうに肩をすぼめる出久を前に、桜子は力なく溜息をついた。

 

「こっちは眠れなかったわよ……。いきなり変なのに襲われて、出久くん、私を庇って……あんなことになっちゃって……」

 

 蜘蛛の怪人――ズ・グムン・バの攻撃から桜子を庇い、出久は致命傷を負った。本当なら今ごろ、出久は霊安室の住人となっていたはずだ。

 

――あのベルトを、身につけていなければ。

 

「まあでも、なんとか死なずに済んだしさ……」

「気楽すぎ!」ぴしゃりと撥ねのけられる。「その代わり、あんな姿に変身しちゃったのよ!?そのまま出久くんじゃなくなっちゃうんじゃないかと思って、ほんとに不安だったんだから!」

 

 "あんな姿"――出久は、昨日のことを思い起こしていた。

 

 

 

 ベルトを体内に取り込んだ出久は、イメージで見た、あの異形の戦士に似た姿へと変身したのだ。違ったのは、鎧の色が赤ではなく白だったこと、二本の角が、半分ほどの長さしかなかったこと。

 それでも全身に漲る力を感じ、勝己たちとグムンの戦闘のさなかに割り込んだところまではよかった。この力があれば、自分はヒーローになれる。あの怪人だって、倒せる――

 

 

 そんな目論見は、あっさりと潰えた。

 

 殴っても、敵は怯まない。

 

 蹴りを直撃させても、敵はせせら笑っている。

 

 戸惑っているうちに出久はグムンの糸に左腕を絡めとられ、ビルの屋上まで投げ飛ばされた。

 

『ぐっ!?あっ、あぁ……っ!』

 

 叩きつけられ、全身に激痛が走る。――痛み。戦うための身体になっても、そのリアルな感触だけは避けられるものではなかった。

 それでも自分を奮い立たせ、出久は追ってきたグムンと必死に組みあった。敵の攻撃をぎりぎりのところで避け、殴る、殴る、殴る!それは傍から見れば、まるで小学生の喧嘩のような、まったくなっていない戦いぶりだった。

 

『ゾンデギゾバ、クウガッ!!』

 

 こちらの殴打はほとんど効き目がないのに、グムンの反撃には吹っ飛ばされ、視界に星が散る。

 

『ゴパシザ……』

『……ッ』

 

 出久の脳裏に、あきらめがよぎる。こんなはずじゃなかったのに。この力さえあれば、怪物を撃退して、みんなを守ることができると思っていたのに――

 

 だが、そんな彼に意外な救いの手が差し伸べられた。――もっとも、当人は救けたという意識など微塵もないだろうが。

 

『オラァアアアアッ!!』

 

 咆哮とともに、飛翔してきた爆心地――勝己が、グムンに不意討ちの爆破をかましたのだ。

 

『グオォッ!?』

 

 最大級の威力のそれをまともに受け、全身黒焦げになってグムンはビルとビルの隙間に転落していった。

 追尾すべく、すぐさま下を覗きこんだ勝己だったが――やがて、盛大に舌打ちを漏らした。風になびく蜘蛛の糸だけを残して、グムンは忽然と姿を消していたのである。

 

『クソが……』

 

 つぶやく勝己は、ゆっくりと、こちらを振り向いた。かっちゃん、と呼びかけて、出久ははっとする。自分はいま、異形の姿をしている。そのことに思い至るとむしろ、嫌な予感がよぎった。

 

 そして、それは的中する。

 

『テメェもアイツの仲間か……』

『へぁ!?ちっ、ちが――』

『死ね化け物がァァッ!!』

『ヒィイイっ!!?』

 

 鬼神のごとき表情で迫る勝己は、自分の知る少年時代のそれとはまったく比較にならないほど恐ろしいもので。出久は弁解もできず、脱兎のごとくその場を逃げ出すことしかできないのだった。

 

 

 

「………」

 

 回想からいまこの瞬間に意識を戻した出久は、気遣わしげな桜子の視線に気づいて、慌てて笑顔をつくった。

 

「ま、まあ、なんとか逃げ延びてさ、ほっとひと息ついたらもとに戻れたし……。たぶん、自由に変わったり戻ったりできるんじゃないかな」

「それはまあ、不幸中の幸いだけど……。でも出久くん、これからも変身して、戦うつもりなの?」

「………」

 

 答えは、沈黙。

 てっきり肯定が返ってくるものと思っていた桜子は、怪訝な表情を浮かべた。出久がヒーローオタクであり、中学3年生という、決して幼いとはいえない年齢になるまでヒーローを夢見ていたことは知っていた。そのヒーローに比肩するだけの力をもった以上、彼ならばそれを使わないはずがないと思ったのだが。

 

 

 出久の脳裏に浮かぶのは、昨日の"負け戦"ばかりではなかった。

 

 

 幼なじみを見捨て、夢に背を向けた、過去。そんなものが、彼の心を縛っていた。

 

 

 

 

 

 都心の一等地に、とある実力派ベテランヒーローを長とするヒーロー事務所が存在している。規模自体はさほど大きくないながら、優秀なヒーローばかりを集めたこの事務所に、爆心地こと爆豪勝己、烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎も所属していた。

 ふたりがこの事務所に所属することを決めた最大の理由は、少数精鋭であるがゆえに即戦力として扱ってもらえることだった。大規模なヒーロー事務所の多くは、デビューして四、五年は先輩ヒーローの相棒(サイドキック)として補佐に徹することになる。本格的に売り出してもらえるのはその先だ。勝己は、そんなのんびりとしたキャリア形成に甘んじるつもりはさらさらなかった。できるだけ早く独立して、かつての平和の象徴・オールマイトをも超えるトップヒーローになる。その野望は、少年時代から変わっていないのだった。

 

 それに比べればひどく些末なことに、いまの彼はとらわれていた。――昨日遭遇した、二体の怪物。そのうち、あとから出現した一体のこと。

 その立ち振る舞いは、同じ怪物であってもグムンのそれより遥かに人間臭かった。そして、震えながら、それでも自身より強力な敵に立ち向かおうとする姿。それは幼き日の幼なじみを思い出させるものであった。――戦場で数年ぶりの再会を遂げた、幼なじみに。

 

 大学生になった幼なじみ――緑谷出久は、かつてと驚くほど変わっていなかった。地味で頼りなさげなその風貌も、他人のためなら、平気で己の身を投げ出す自己犠牲も。その結果、彼は、グムンに身体を引き裂かれ――

 

 勝己が白い怪物と出久とを重ね合わせ、疑念へと昇華させているのは、実のところそこに一因があった。戦闘終了ののち、勝己はすぐさま出久の斃れた現場へ舞い戻った。そこには多量の血痕こそ残されてはいたものの、出久の姿はなかった。近隣の病院や救急へも問い合わせたが、緑谷出久という青年が運び込まれたという事実は確認できず。

 

 もしも、なんらかの方法で出久が奴らと同じような怪物と化す力を身につけて、生き延びたのだとしたら?ひと晩かけて考え出した仮説に、勝己は絶対の自信をもっていた。無論、証拠はまだ何もないが。

 

 

「バクゴー、なに考えてんだ?」

 

 隣からかかる声に、勝己は意識を引き戻した。素っ気なく「なんでもねえ」と答える。

 

 いま、勝己は事務所の社用車の助手席に背を預けている状態だった。運転は切島が担当している。警察からの要請を受け、彼らは現場へと向かう真っ最中だった。

 

「にしてもよぉ」不意に切島が口を尖らせる。「なんか納得いかねーよな、あの怪物が"(ヴィラン)"扱いなんて」

 

 今朝、出勤して早々、所長を介して告げられた警察の要請を思い出す。昨日の事件を引き起こした存在は、正体不明の敵と表向きには断定すると決定された。直接戦闘を行った自分たちにも、口裏を合わせてほしい――

 

 もっとも、あくまで表向きの話。秘密裏には、既に敵とは別の名が与えられていた。

 

「結局、"未確認生命体"第1号も第2号も逃亡して行方知れずだ。んなワケわかんねえ化け物が二匹も潜んでるなんて知れたら、どんなパニックになるかわかったもんじゃない。同じ大量殺人でも、敵が起こした事件ならいつものことで済む」

「……まあ、確かにな。俺の硬化も破られちまうし、おまえに爆破されてもすぐ回復されちまうし……。色々規格外だったもんな」

 

 切島が大きな溜息を吐き出す。そして、

 

「"アイツ"だったら、あんな化け物だろうがブッ飛ばせたんだろうな……」

 

 そんなつぶやきが漏れた次の瞬間、勝己は切島の左肩を思いきり殴りつけていた。

 

「痛でっ、あ、ぶっ!?あぶねーなっ、何すんだよ!事故るとこだったろ!?」

「ウルセェ!!アイツの話すんじゃねえ胸くそわりィわ!!」

 

 倍以上の声量で怒鳴り返され、切島は悄々と黙り込むことしかできなかった。"彼"の話題が勝己の逆鱗に触れることを知っていたのに、うっかり口にしてしまった自分の落ち度だと思った。

 勝己はなおも苛々している。こうなってしまった以上は、一刻も早く現場にたどり着いてしまいたいところだが。

 

 そんな切島の願望とは裏腹に、勝己は思わぬ要求を口にした。

 

「次、左」

「は?いや、現場はこのまま直進だって……」

「いいから曲がれやカス」

 

 親友(ぼうくん)の手前勝手な物言いに、本来は対等な関係であるはずの切島は逆らえず、ハンドルを左に切った。学生時代より圧倒的に色々と気を揉むことも増え、ハタチそこそこの若さで胃薬を手放せなくなりつつある彼だが――いちばんの問題は、そんな境遇から離脱する気は当分起きそうにないことであった。

 




デクくんがグローイングになってしまった理由が五代くんとは変わりました。
ヒーロー志望&意外と好戦的(だと勝手に思ってる)なデクくんなので、あくまで暴力をふるうことをよしとしない五代くんが赤になれなかった理由をそのまま持ってくるのは不自然な気がしたのです。

そして不憫な切島くん…。高校時代は派閥メンバーがいましたし、A組はみんな何だかんだでかっちゃんを理解してくれていたのでさほど苦労はありませんでした。しかしプロになっても相変わらず唯我独尊を貫くかっちゃんをひとりで支えるのは一筋縄ではいかないでしょう。彼の剛毛も20年後にはどうなっているかわかりません(笑)
まあそんな感じで、レギュラーキャラでないからこそちょっと濃いめに描写してみました。

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