【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
エグゼイド最終回みたいなシチュで見たかった……カシラァ……!
――渋谷区 松濤
駅前の喧騒をどこか遠くに聞きながら、沢渡桜子は閑静な住宅街を走り回っていた。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
いったん立ち止まり、息を整える。暑気にあてられ体力を消耗している――普段研究室にこもっていることが、こんな形で災いするとは思ってもみなかった。
いや……そうでもないかもしれない。緑谷出久というどこまでもヒーロー思考のお人好しと親しくしていれば、迷い子を捜して駆けずることくらいはあるのだ――それができるのは、むしろ誇らしいことだと桜子は思った。
と、
「桜子さーん!!」
「!」
元気のいい呼び声とともに、丸顔の少女――と形容していい年齢ではもうないが――が駆け寄ってくる。
「お茶子ちゃん……どう、何か手がかりはあった?」
訊きつつ、明るいとはいえない表情から答えは予見できていた。
案の定、
「聞き込みしてみたんですけど……なんも」
「駅前は人も多いし、すれ違ってたとしても覚えてるわけないよね……」
そもそもこの都会では、すれ違う他人の顔など――よほど奇抜でもない限り――見てもいないだろう。ここにいる確証すらない。
「でも可能性はあるし、こういう住宅街ならまだ見つけようもあるんじゃないかな。最悪、洸汰くんの家があった場所を見張ってれば――」
「えっと、それなんですけど……実はさっき轟くんから電話があって――」
歯切れ悪くもお茶子が伝えたのは、焦凍からの"未確認生命体が出たから、万全を期して避難しろ"という連絡。"洸汰は俺たちで見つけるから"とも――
「そっか……そういうことなら、従うしかないね」
「……はい」
うなずきつつも、お茶子の表情には忸怩たるものが滲んでいた。単純に、"ここまで来て"というのもあるだろうし――何より、彼女はヒーローだ。同級生である勝己や飯田は最前線で未確認生命体と戦っているというのに、自分は避難するというのはやるせないのだろう。民間人である桜子にすらそういう気持ちはあるのだ、ないはずがない。
だから桜子は、努めて笑顔を浮かべて言った。
「でもよかった、お茶子ちゃんがいてくれて。避難するって言っても、ひとりじゃ不安だもん。ヒーローがそばにいてくれれば安心よね!」
「!」
はっと顔を上げたお茶子。その表情がみるみるうちに明るいものになっていく。やっぱりわかりやすい娘だと、桜子は内心思った。
「ま、任せてください!万が一襲われても、私が命がけで守りますから!」
「うん……まあ、無理はしないでね?」
ともあれふたりの女子は、移動のため渋谷駅に引き返すことにした。もしも入れ替わりに出久が来ると知ったら、お茶子は意地でもこの場を動こうとはしなかっただろうが。
*
聞き込み捜査のためライターに印字されていた薬局の支店を訪れた鷹野と森塚は、意外な事実を知らされることとなっていた。
「まだオープンしてない?」
訊き返す森塚に対し、「うちは明後日オープン予定なので」と告げる店長の男性。
「では、このライターは?」鷹野が訊く。
「ああ、これなら宣伝用に配っていたものです。銀座駅と有楽町線の銀座一丁目駅の前で、アルバイト雇って」
「時間はわかりますか?」
「午前十時頃から午後一時半くらいまでですね」
他にもいくつか聞き出し礼を述べると、男性は忙しげに店内に戻っていった。鷹野も森塚も、それを見届けることなく背を向けていたのだが。
「駅前でこのライターを配っていたということは……」
「ガイシャは鉄道を利用していた可能性がある、ってことっすね」
あくまで可能性の話……なのだが、それを補強するための材料は既に揃いつつあった。
「有楽町線の定期券……被害者のうち何人かは所持していたわね。ライターを所持してない者も含めて」
「とすると有楽町線の利用者が襲われたと?ここで下車して銀座線に乗り換える乗客も多いでしょうし」
当たり前のことのように言ってのける森塚。――だが実際、グロンギはそれほどまでに人間社会に溶け込みつつある。特定の小学校の児童を標的にしたメ・ガルメ・レや、東京23区を五十音順に襲ったゴ・ブウロ・グ。今度は特定の鉄道の路線……何ら不自然なことはあるまい。
「そのセンで、他も色々当たってみましょうか。――ガイシャのご遺族とかね」
その童顔は珍しく、笑っていなかった。
*
トライチェイサーを駆り、緑谷出久は渋谷区松濤へと向かっていた。途中、グロンギの気配がないか、事件の様子がないかも当然探りつつ――そちらは不発に終わっている。幸か不幸か。
(洸汰くん……早く見つけ出さないと……!)
見つけて連れ戻す、何かしようとしているなら止めさせる――自分にそれ以上のことができるかはわからない。
けれど、
『一回くらい見たいもん、洸汰くんの笑った顔!』
(僕もだよ、麗日さん)
脳裏に甦る声に応えながら、出久は暑気を掻き分けて走った。
*
向日葵のにおいがする。
何もここでしか嗅げない香りではないのに、いまはただそれだけのことで洸汰の脳裏に幼い頃の記憶が甦ってくる。
住宅街を歩けば、まるで時が止まったかのような見慣れた景色が過ぎていく。けれどもよくよく見ればぽつぽつと新築らしい邸宅が建っていたり看板が増えていたりと、確実に時は流れているのだと教えてくれる。
洸汰の生家もまた、そうだった。
「………」
澱んだ瞳で見上げる屋敷の姿は、自分が暮らしていた頃と何も変わっていない。七年の歳月で外壁が少し煤けたくらいか。
だが少し周囲を窺ってみれば、そんなものまやかしにすぎないことがすぐにわかった。見慣れぬ車、自転車。わずかに開いたカーテンの隙間から見える室内の様子も、自分の知っている家ではないようだった。
――いや、それはもう否定しようのない現実なのだ。表札に記された名が"出水"でないことが、洸汰の心に最後の楔を与えた。
打ち捨てられていた新聞紙を握りしめ、遁走の途上に駅前でもらったライターに火を灯す。
微風が吹けば消えてしまいそうな、小さな炎。しかしひとたび燃え上がれば、すべてを呑み込む劫火へと変わる。
「……ッ、」
心臓が嫌な音をたてている。喉が異様に渇き、唾をうまく呑み込めなくなる。
こんなこと、してはいけない。わかっている、だからしなければならないのだ。決して後戻りできない場所へ行くために。
意を決し、新聞紙の端に火を触れさせる。瞬間的に熱を伝導させ、灯火を渡す。ゆっくりと、確実に、薄い紙が燃え上がっていく。
目を瞑ったのはほとんど反射的な行動だった。明確な方向も見定めず、ただ家のほうへ燃える新聞紙を投げつける。
ぱちぱちと、火花の爆ぜる音が響く。ゆっくり目を開けた洸汰の視界が捉えたのは、黒く焦げついていく新聞紙。炎は懸命に壁に燃え移ろうとしているが、あまりに不安定でさらなる移し火には至りそうもない。
「………」
身体から、力が抜ける。その火は結局、何も生み出さないし、殺さない。ただひとりで燃えて、ひとりで消えていく。
「……なんだよ、これ」
途端に、自分のやっていることがひどくくだらないものに堕していく。消えかかり、それでも懸命に抗い燃える炎に向かい、掌を向ける。
放出される水が、炎に襲いかかる。容易く熱は失われ、残るはわずかな白煙と原形をとどめなくなった黒焦げの残滓のみ。
「……はっ」
少年はただ、"覚悟"だと思っていた己の感情の末路を、嘲うことしかできない。嘲うことしかできず、その場に立ち尽くしていた。
*
木々に囲まれた涼やかな遊歩道を、親子連れが歩いていた。5歳くらいの小さな男の子を真ん中に、彼と若い両親が手をつないでいる。ありふれた、しかし間違いなく幸福な家族。
そんな彼らの前に――恐怖は、姿を現した。
「………」
タンクトップに迷彩柄のズボンといういでたちの、身長2メートルはあろうかという筋骨隆々の大男。かつて社会を震撼させた凶悪なヴィラン"マスキュラー"にも似た風貌の彼は、左の二の腕にイノシシのタトゥを彫っていた。
――それは、彼がどんなヴィランより恐ろしい殺戮民族グロンギのひとり、ゴ・ジイノ・ダであることを示していて。
くん、と鼻を動かし――我が意を得たりとばかりに、歩き出す。その確信をもった足取り、愉悦に歪んでいく表情。尋常ではない様子に、気づいた両親の身体が強張っていく。
「ひっ……」
何事かよくわかっていない幼子を咄嗟に抱き上げる父。恐怖に身が竦んで動けずにいる妻の手を引き、ジイノに背を向けて走り出す。
「………」
ジイノもまた、全速力で駆ける。その巨躯からは想像できないスピード。家族との距離がどんどん詰まっていく。
殺される――本能的にそう思った。自分だけでなく家族全員、逃れるすべはもはやないとも。
そんな折、向かいからOL風の若い女性が歩いてくるのが見えた。何事かとこちらを見つめている。
「に、逃げて……!」
そのひと言で、女性もまた尋常ならざる状況であることを認識したようだった。それと同時にジイノの顔を見て、「あっ、あの人……」とつぶやく。見覚えがあるかのように。
そしてジイノのほうも、酷薄な笑みをさらに烈しいものとしていて。
「リヅベダゼ……!」
その姿がさらに膨れあがり、
刹那、家族連れは頬にかすめる突風を感じていた。自然に起きたものではなく、質量のあるものが速度をもって通り過ぎたような――
目の前の女性の胸元に、巨大な杭が突き刺さる。華奢な身体はその衝撃に耐えきれず、赤黒い液体を撒き散らしながら後方へ吹き飛ばされていく。
街路樹に激突し、その飛翔はようやく止まった。
「あ……あ………」
何が起きたんだろう。あれは一体なんなのだろう。わかっているけれど、認めたくない。壊れたブリキ人形のようなぎこちない動きで振り返れば、もとの人間の姿に戻ったジイノが踵を返して歩き去っていく。こちらに一瞥もくれることなく。自分たちは助かったという安堵感もない交ぜになってしまったために、彼らは悲鳴すらあげることができずにその場にへたり込むことしかできなかった。
そしてそんな光景をじっと見つめながら、ドルドが無感情に算盤を操る。ジイノの歓喜もリントの恐怖・絶望も、彼にとっては己の役割に付随するものでしかないのだった。
*
出久はようやく、松濤の旧ウォーターホース邸へとたどり着いていた。
「………」
トライチェイサーを路肩に止め、屋敷の周囲を見て回る。ここには捜し求める少年の気配はない。
屋敷のほうには居住者がいるようだが、あいにく不在のようだ。もし誰かいれば洸汰を見ていないか訊くこともできたのだが。
まだ来ていないのか、それとも――そんなことを考えていると、裏手であるものを見つけた。
「!、これは……」
もとは新聞紙か何かだったのだろう黒焦げの燃え滓、そんなものが辺り一面に転がっている。
びしょびしょに濡れたそれらと地面を見て、出久は深刻な表情を浮かべた。同時に、ショッピングモールで洸汰が万引きしようとしていたものが何か、思い出した。
(洸汰くん……)
彼は間違いなく、ここに来た。そしてどこかへ行ってしまった。
でも撒き散らされた水の乾き具合を見るに、まだそう遠くへは行っていない……と、思う。
出久はすぐさまトライチェイサーに戻り、跳び乗った。急く気持ちとは裏腹に、ゆっくりとマシンを発進させる。
住宅街は本当に閑静そのもので、人の姿は見当たらない。時折、声や生活音らしきものが屋内から聞こえるから、住民たちは留守でなければことごとく家に引きこもっているのだろう。未確認生命体が出現していることと無関係ではあるまい。
だから洸汰は、独りぼっちでいるはずだ。誰かに守ってもらうことなく――自分で身を守ることもなく。そんな予感があった。
暫し生活道路を蛇行していると、T字路に出た。目の前に小さな公園がある。昨今の潮流によってか遊具もあまりなく、がらんどうの空間が広がっている。
なんとはなしに覗きこんでみると、残された数少ない遊具であるブランコに、たたずむ小柄な人影があった。
「……いた」
ぽつりとつぶやいた出久は、トライチェイサーをその場に駐め、公園内に足を踏み入れたのだった。