【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
一番書くの楽しみなエピソードだったんですが蓋開けてみたら一番難しかったです。
捜査によって集められた情報は、すべて本部を指揮する塚内管理官のもとに集約される。鷹野たちだけでなく、他の捜査員も大きな収穫をもたらしている。――たとえば、親子連れの前で惨殺されたOL。彼女が男とどこかで会った様子だったという聴取内容を基に関係者に聴取を行ったところ、会社の上司から「業務の都合で有楽町線に乗ったと思う」との証言を得ることができたのだ。
積み上がった情報から、判断を下すのも管理官の役目――いけると確信した塚内は立ち上がり、総責任者である面構本部長に報告を行った。
「――以上から、被害者は13時ちょうど新木場発、和光市行きの有楽町線に乗車していた可能性が濃厚であると考えられます」
ほとんど断言する塚内の眼前、面構は手を組みグルルルル、と唸っている。相当な確証がなければ信じがたい情報、己の中で噛み砕くのに多少なりとも時間を費やしているのだ。
そしてそれを結論へと昇華させるまで、十秒とかからない。その迅雷ぶりがキャリア警察官の証左でもある。
「――承知したワン。マスコミ発表はこちらでやるから、その前提で動いてくれ」
そのひと言で、捜査本部の方針が確たるものとなった。
*
おやっさんことポレポレのマスターは、カウンター席で物憂げにコーヒーを啜っていた。机上にはかのショッピングモールの買い物袋がでんと置かれている。
「……置いてかれちゃったよおじさん、若者たちにさぁ」
その袋に向かってブツブツと愚痴を垂れる姿は、誰がどう見ても危ないとしか言いようがない。
とはいえ、彼の境遇を思えば致し方ないこと。――出久たちと海水浴に備えた買い出しに出かけ久々に若者気分を味わっていたところ、少し別行動をとっていた隙に誰もいなくなっていたのである。彼がもう少しネガティブな思考の持ち主なら、いじめと捉えてもおかしくはない。
と、そんな折、ドアベルがからんころんと音を鳴らした。来客を告げるそれにおやっさんは慌てて袋を床に放り出し、意気揚々と立ち上がったのだが、
「も、戻りました~……」
「!」
現れたのは客ではなく、彼を置き去りにした女性ふたりだった。当然、おやっさんはぷいとそっぽを向く。
「どこほっつき歩いてたんだヨ、おじさん置き去りにしてぇ!」
「すみません……」
「ちょっと色々あって、電話は入れようとは思ったんですけど……」
「ハァ……まあいいけどさあ。それより大変じゃなかった?未確認出たせいでどこもかしこも……お店もこのとおりスッカラカンだし」
ぼやきつつ、テレビのリモコンに手をかけるおやっさん。未確認生命体に関して何か情報があれば、という軽い気持ちでの行動だったのだろうが、それは結果的に重大な事実を彼らに知らせた。
『――番組の途中ですが未確認生命体関連のニュースをお伝えします。第38号被害者の共通点が判明しました!』
目を見開き、やや上擦った声で伝えるキャスター。原稿にいったん目を落とし、
『警察の発表によりますと、被害者の方々は本日13時新木場駅発、和光市駅行きの東京メトロ地下鉄有楽町線に乗車していた可能性があるとのことです。お心当たりのある方は、極力外出を控え、またはお近くの警察署に保護を求めるなど――』
「なんだぁ?」首を傾げるおやっさん。「なんでその電車に乗った人が襲われるんだよ?」
「ってか有楽町線って、今日行ったショッピングモールも……――!」
お茶子がはっとする。――洸汰はどうやって逃げたのか。あのとき、何時何分だったのか。
「お茶子ちゃん?」
怪訝そうな桜子の声を、お茶子はいったん無視せざるをえなかった。すぐさまバッグから携帯電話を取り出した。
――同じ頃、爆豪勝己と飯田天哉はともに都内の警邏にあたっていた。彼ら捜査本部所属のヒーローに限らず、都内のヒーロー事務所もパトロールを強化してくれている。それでもいの一番に自分たちが発見しなければならない――そう意気込む飯田の、ハンドルを握る手には力がこもっている。
それを横目で見遣る助手席の勝己が、ドアに肘をついたまま鼻を鳴らした。
「運転中に力んでんじゃねーよ、事故んぞ」
「心配してくれてありがとう。だが大丈夫、これでも安全には最大限留意しているからな!」
「それはともかく」と続く。
「第38号のゲームのルールが判明したのは大きな収穫だったが、第37号のときのように出現地点の予測がつかないのが痛いな……」
「前のは場所だったが、今度のは人間の種類だからな」
「うむ。該当する方々が皆、避難を完了してくれていればよいのだが――」
そんな願いも虚しく、無線が鳴り響く。
『全車に連絡、第38号が代々木上原駅付近で女性ひとりを殺害した模様。所轄の署員が現着し実況見分にあたっている。また第38号は人間体に変身し、道玄坂方面へ逃走中――』
「ッ、渋谷駅……よりにもよってそんな人の多い場所へ……!」
「だからだろ。あんだけモブどもが蠢いてりゃ獲物が混じっててもおかしくねえ」
「それはそうだが……。しかし、渋谷には洸汰くんも――」
世界のすべてに抗するようなかの少年の瞳が脳裏を過ぎったのと、飯田の携帯電話が着信を報せるのとが同時だった。
「ムッ、電話か。申し訳ないが爆豪くん、受けてくれないか?」
「……チッ」
舌打ちしつつ、渡された電話を受ける。
「――ンだ丸顔」
『!?、えっ、爆豪くん……?』
愛想も声の張りもいい飯田とは対照的な出だしに、相手は面食らった様子だった。
「飯田が運転中だから代わりに出てる。とっとと用件言えや」
『あ、そうなんだ……。いまニュースで未確認が有楽町線に乗った人襲ってるって見たんやけど、もしかしたら――』
洸汰もまた、乗車していたかもしれない――お茶子の信憑性ある推測に、勝己はもとより深い眉間の皺をさらに寄せるほかなかった。
「……わーった、すぐ保護させる」
『お願い……!』
縋るような声でも、勝己の心は揺らぐことはなかった。――いや既に、これ以上は揺らぎようのない状態だったと言うべきか。
「飯田、このまま借りんぞ」
「うむ!緑谷くんなら、履歴ですぐに出るはずだ」
自分の携帯電話を引っ張り出す時間も惜しい。勝己は飯田のことばどおり履歴から"緑谷出久"の名前を捜し出し、コールした。
「……デク、俺だ――」
――連絡を受けた出久は、表情を険しくして勝己の話を聞いていた。
「本当なの、それ……?」
『ア゛ァ?』
「いっ、いやごめんっ、だよね!……わかった、とにかく洸汰くんに確認してみる」
通話を切り、表情そのままに洸汰へ向き直る。表情からは鋭さがすっかりそげ落ち、ただただ当惑を露わにしていた。
「洸汰くん、あのショッピングモール出たあと、どうやって逃げたの?」
「え……」
「教えて。大事なことなんだ」
真に迫った出久の様子にただならぬものを感じたのだろう、洸汰は戸惑いながらも躊躇うことなく答えた。
「電車……地下鉄、そのまま乗ったけど……」
「地下鉄って……有楽町線、だよね」
それが何時何分だったか――はっきりした時間を覚えているわけではないけれど、一時を回ったくらいであったことは間違いない。――これ以上、検討している猶予はないと思った。
「落ち着いて聞いて、洸汰くん。いま現れてる未確認生命体は、もしかするときみが乗った電車の乗客を標的にしてるかもしれないんだ」
「は……?」
困惑をさらに深める洸汰。いくら聡明な少年であるといえど、得体の知れない怪物たちに自分がピンポイントで狙われてるというのは、うまく呑み込めないのだろう――無理もない。
納得してもらうのはあとでもいい。とにかく彼を、安全な場所へと避難させなければ。
そう決心して立ち上がった瞬間……ぞくりと悪寒がはしり、背筋がひとりでに粟立つ。
「!、あ………」
そして洸汰もまた、さっと顔を青ざめさせる。彼の視線が向かうは、公園の入り口――
――そこには電車で遭遇した、両親の仇に似た大男が立っていたのだ。
「あいつ……!」
出久もまた、既にその男と面識があった。男がイノシシに似たグロンギに変身する瞬間も、その目に焼きつけている。
「リヅベダゼ……」
そして再び、記憶のとおりに変身し、
「……ギベッ!!」
抜き取った顎髭を二叉の槍へと変え、洸汰目がけて力いっぱい投げつける。その間たった数秒、出久ですら対処が追いつかないのに、まだ子供である洸汰にそれができるわけがなかった。
「あ……」
半ば呆けたような表情で、迫りくる槍を見つめている洸汰。彼の清らかな魂は串刺しにされ、露とはじけて消える――そんな幻想が、出久の脳裏をよぎった。
「――く、そぉおおおおッ!!」
それだけは。それだけは、させてなるものか。気づけば出久は、半ば飛びかかるようにして洸汰を押しのけていた。刹那、右腕が灼熱する。ぶしゅ、というどこか小気味よくも聞こえる音が響いた。
「ぐぅ、あ……っ」
「!?、み、みどりや、さ………」
二の腕の肉がばっくりと切り裂かれ、滝のような血液が洸汰の想い出の地を穢していく。それをまともに見てしまった出久は思わずくらっと気が遠くなったが、己を叱咤して踏みとどまった。
「ッ、洸汰、くん……」
「え……――ッ!」
「大、丈夫……ッ!」
笑った。先ほどまでの幼げなそれとは違う、獰猛で、しかし見る者に安心感を与えてくれる笑み。――ヒーローの、笑顔。
「結局、僕には"これ"しかない……」拳を握りしめ、「"これ"できみを、守ってみせる……!」
「な……何言ってんだよ……!?」
拳に対する嫌悪感など、感じているどころではなかった。だってこの青年はヒーローでもなんでもない、ただの大学生だと言っていたではないか。彼に自分を守る義務などないし、それ以前に時間稼ぎもできず殺されるのが落ちだ。拳を振るう振るわないなんてどうでもいいから、さっさと逃げてくれ。死なないでくれ――少年はただただ、そればかりを願っているのだった。
しかし出久は、世間でいうプロヒーローではないけれど、脅かされている"誰か"を守り、救けるという意味で"
「ぐぅ、う……ッ、――変……!」裂けた肉から迸る激痛を堪え、右腕を突き出す。「……身――!」
腹部より浮き出でたアークルが紫の光を放つ。地割れの奔る音とともに緑谷出久の肉体が大きく膨れあがり――
――クウガ・タイタンフォームのそれに変わった。
「……!?」
洸汰はもはや、完全にことばを失ってしまった。巷では"同族殺し"とも呼ばれる未確認生命体第4号――目の前の異形がそうなのだとはすぐにわかったけれど、そんなものにあの人畜無害そうな青年が変身したという事実を現実として認めることができない。
洸汰の思いを、置き去りにして。紫のクウガは丸太のように逞しくなった腕を構える。しかしその右腕から絶えず血が垂れる状況は変わらない。呼吸が荒ぶっていることも。
「フン……」
鼻を鳴らすジイノ。再び顎髭を毟りとり、二叉の槍へと変える。今度はクウガを明確な標的として、投げつける。
クウガは避けない。避けるつもりならば紫は選んでいない。この手負いの状態では、仮に青などに変身しても本来のスピードは出せないと思った。だから、賭けたのだ。
そして、胸のど真ん中に、鋭い鋒が突き刺さる――
「あ……!」
洸汰がかすれた悲鳴のような声をあげる。クウガが敗れた、そう思ってしまったのだ。負傷した様子を目の当たりにしてしまった以上、それも致し方ないことかもしれない。
けれど、
「大、丈夫……!」
もう一度放たれたことばは、先ほどより幾分か落ち着いていた。
鎧の浅いところまでを侵した槍を、左腕で引き抜く。鎧にはわずかに穴が開いていたが、それもすぐに塞がった。タイタンフォームの堅牢な鎧は、たとえ屈強なゴの武器をもってしても簡単に破れるものではない。
槍をまるで己の武器のように構えれば、モーフィングパワーが発動……たちまち大剣へと姿を変えた。――タイタンソード。
利き手である右は腕の負傷もあって万全には扱えない。一計を案じたクウガは両手で柄を握り込み、構える。そこに電流が奔るのを感じながら、大地を踏みしめるように歩き出す。
対峙するジイノはまた新たな槍をつくり出す。そしてクウガとは対照的に唸り声をあげ、槍を振り回しながら走り出した。
閑寂の残滓をすべて切り裂く激突が、公園の中央で演じられた。
「ぐ、ぅ……っ」
「ヌゥ……」
音をたててぶつかりあう、剣と槍。本来の力は、ほぼ互角。だが手負いで全力を出せないクウガと猪突猛進を絵に描いたようなジイノでは、どちらに形勢が傾くかは明らかだった。
徐々に圧され、後退するクウガ。表情はわからないが、その吐息には苦痛がにじんでいた。痛みと出血が、彼の肉体を蝕んでいるのだろう。
だがそれでも、彼の戦意は失われることはなかった。踏みとどまり、喰らいつこうとするその姿。あふれ出すは凄まじい気迫。背後で見守るしかない洸汰ですらそれを感じているのに、ぶつかるジイノに伝わらないはずがなかった。
「ウゼェな……クウガごときが……!」
「……ッ、」
「テメェなんか、ゲゲルの駒でしかねぇんだ……!テメェの役割、自覚しろやァ……!!」
ジイノの意地が現れたがために、ついにクウガは地面に片膝をつかざるをえなくなった。このまま二重の意味で突き倒されるのも、時間の問題か――
「うる、せぇ……!!」
漏れ出たそのことばは、かの青年のそれとは思えないほど荒々しく、獰猛だった。
「僕もみんなも、お前らのゲームの駒なんかじゃない……!みんなの命を、笑顔を……絶対に、奪わせやしない……!」
「絶対に、守る――!!」
誰かを守るために、救けるために、どんな危機的状況であろうと決して竦むことを知らない背姿。
洸汰少年の目に映るのは、そんな姿。――いまこの瞬間も、あのときも。
『テメェごときに屈してたら、一番嘲われたくねえ奴に嘲われんだよ……!!』
マスキュラーに追い詰められ血みどろになりながら、凄絶な笑みとともに爆豪勝己が放ったことば。それが指しているのが誰なのか、いま、わかった気がする。
「……け……るな……」
「負けないでッ、4号――!」
そのことばは、ほとんど無意識に出でたものだった。守られたいわけでも、救けられたいわけでもない――ただその背中が敗北に沈む姿を、見たくないと思った。
だが現実は残酷だ。声ひとつで形勢が大きく変わることはない。殺人鬼の牙によって、たったひとりの英雄は確実に死へと向かっている。もはや、時間の問題か――
――刹那、
「
爆炎を纏う漆黒の影が、猪に喰らいついた。
「グォアッ!?」
完全な不意打ちに、なすすべなく吹き飛ばされるジイノ。直接受けなかったとはいえクウガにも衝撃は伝わり、その場に尻餅をついた。
「ハッ、ざまぁねぇなクソナード」
「……!」
巨大手榴弾のような装身具をはじめ、獰猛なコスチュームを纏ったヒーロー。その紅い瞳も荒々しい笑みも、すべて彼の人間性を明らかにしている。
(爆豪、さん……)
直接相まみえるのは本当に五年ぶりだった。電子媒体を介して見る姿はいつまでもあまり変わらないと思っていたが、こうして見ると一段と体格がよくなっていて、もう彼が少年ではなく一人前のプロヒーローであることを感じさせる。
そんな彼は、幼なじみだという第4号を嘲りながら、その右手をぐいと引っ張り、立ち上がらせている。かの未確認生命体が情けない悲鳴をあげた。
「ぐえぇ、痛っで……!」
「ア゛ァ?」
「み、右腕ケガしてるんだよ僕……洸汰くん庇ったときに、ちょっと……」
「……ケッ、マジでクソダセェ」
しゅんと項垂れるクウガの姿は、先ほどまでとは打って変わってあの童顔の青年そのままだった。しかしそれもすぐに勇敢さを取り戻す。早くも立ち上がるグロンギを相手に、ヒーロー・爆心地と肩を並べて対峙することによって。
その姿を洸汰が目を見開いて見つめていると、今度は大柄な影が超速で迫ってきた。
「――洸汰くんッ、怪我はないか!?」
インゲニウムこと飯田天哉だ。昼間も思ったが、理知的な風貌の割には落ち着きがない。どっしり構えているのだが、とにかく焦燥を感じさせる――それもまた、彼の正義感の裏返しなのだろうが。
洸汰が小さくうなずくと、飯田はようやくほっとした様子で、
「そうか、それは良かった……。言うまでもないがここは危ない、避難するんだ!」
「………」
「洸汰くん?」
少し躊躇ったあと……洸汰は小さく、首を横に振った。彼らしくない遠慮がちなものだったけれど、ひどく固い意志を感じさせる。その瞳はというと、ただ敢然と怪物に立ち向かうふたりの英雄へと向けられていて。
「……そうか、きみは見ておきたいんだな。彼らの戦いを」
「仕方ないな」と飯田は笑う。
「わかった、しっかり見届けよう」
「!、いいの……?」
「うむ。俺がここできみを守ればいい話だからな!」
己の想いを受け容れられ、洸汰の表情はわずかにほぐれた。そして再び戦場へと目を向ける。
ふたりの英雄は確実に、劣勢を覆そうとしていた。クウガがタイタンソードで槍との鍔迫り合いを演じている点は先ほどまでと変わらない。だがそこに爆心地による縦横無尽な撹乱と、一気に距離を詰めては放たれる爆破が足されれば状況はまったく変わってくるのだ。
「デクばっか見てんじゃねえよイノシシヤロォッ!!」
「グガァッ!?」
横から放たれる爆破で、ジイノは槍を吹っ飛ばされる。態勢が崩れたところで、タイタンソードの鋭い鋒に胴体を袈裟懸けに切り裂かれた。うめき声をあげながら後退する。
封印の古代文字が現れる。しかし――
「ボン、バロボォ……!」
「!」
グッと筋肉に力を込めれば、古代文字が傷もろとも失せていく。
「やっぱり、駄目か……」
「デク、」
「うん、わかってる」
ふたりが目配せしあう。一方のジイノはまた次なる槍をつくり出そうとしている。
それを許す勝己ではなかった。
「いい加減ウゼェ!!」
相変わらずの罵倒とともに、徹甲弾。球状に形作られた小さな爆炎が無数、ジイノに襲いかかる。ひとつひとつは大きなダメージではない……しかし、勝己の狙いは達せられた。
ジイノ自慢の顎髭に炎が命中、引火したのだ。
「グゥ!?ガァアアアッ!!」
のたうち回り、火を消そうと四苦八苦しているジイノ。しかしニトロのような体液を基に生み出されたそれは振り払うくらいでは消えることはない。
「………」
その様を見つめるクウガの身体に、電流が奔る。その中心に輝くアークルに黄金の装飾が施され、銀を基調に紫のラインが走っていた鎧が、紫を基調に黄金のラインに変わる。分厚さもより増す。
変化は武器にまで及んだ。タイタンソードの鋒が、さらに鋭く長い黄金の刃に包まれたのだ。
紫の、金。――ライジングタイタン。剛直なる地割れの戦士がいま、生まれ変わったのだ。
ライジングとなったクウガは、さらに重みを増した剣をジイノへと向けた。火を消せない苛立ちも相俟ってか、その挑発にジイノは乗った。"
「ギベェッ、クウガァァァァ――!!」
「――!」
クウガは逃げない、迎え撃つ。その突進がいよいよゼロ距離にまで迫るかという瞬間、剣を突き出し――
「グガ……!?」
「……ッ、」
ジイノの背中から、血に濡れた黄金の刃が飛び出す。それは彼の肉体を完全に貫き通していた。
「ギィ、グ……ゴボ、セェェェ……!」
苦悶の声をあげながら、苦し紛れに目の前の宿敵を殴りつけるジイノ。しかし強化された身体はびくともしない。そのうちに浮かび上がった古代文字から奔る亀裂が、バックルにまで達し――
「――ギャアアアアアアアッ!!」
抑えようのない断末魔の絶叫とともに、遂に爆発が起きる。ジイノの肉体は細かく砕かれ、その残骸があちこちに飛び散っていく。
ひとつの命が終わる光景。目に焼きついたそれを、きっと終生忘れることなどできないのだろうと少年は予感した。
爆炎に呑まれてもなお傷ひとつなく立ち尽くしていた紫の金のクウガ。しかし勝利が確たるものとなり気が抜けたのか、堪らずその場に片膝をついた。剣を地面に突き立ててることでどうにか態勢を保っている状態だ。その大きな背中が激しく上下している様子と併せて、ひどく疲労していることはすぐに察せられた。
やがてその背中が萎み、もとの青年のそれに戻る。同時に、剣は忽然と姿を消してしまった。実際にはジイノの顎髭に戻っただけなのだが、洸汰の目にそう映るのも無理はなかった。
出久はよろつきながらも倒れず、その脚を伸ばそうとする。隣に立つ勝己がそれを手伝った――首根っこを引っ張るという形で。
「い、痛いってば……服伸びちゃうし……」
「伸びちゃうもクソも、こんなのもう着れねーだろ」
「あ、そっか……」
Tシャツの右袖はジイノの槍で斬り裂かれたうえ血塗れになっている。勝己の言うとおりだ。
「フン、傷もう治ってんじゃねえかよ」
これも勝己の言うとおり。あと一歩で完全に肉がそげ落ち、骨まで晒されてしまいかねないほど深刻だった傷はほとんど塞がり、残るは大きなかさぶたのような痕だけになっている。数時間あればこれも完全に癒えるのだろう。――クウガであるというのは、そういうことだ。
出久が苦笑し、勝己が不敵に鼻を鳴らす。どこか不思議な幼なじみの雰囲気に洸汰が呑まれていると、第四の男がバイクで現れた。
「あ、轟くん」
「わりぃ、遅くなった。……もう終わっちまってたか」
心なしかしゅんとしている様子の焦凍に対し、勝ち誇ったような笑みを浮かべる勝己。
「ハッ!どォだ半分ヤロォ、テメェなんざそもそもお呼びじゃねえんだよ!!」
「ちょっ、かっちゃん……」
このひと言には流石に焦凍もムッとしたようで、
「次はちゃんと役に立つ。……大体、メインで戦って倒したのは緑谷なんだろ、おまえが勝ち誇るのはおかしい」
「ア゛ァ!?俺が来たときにはこのボケぁやられそうだったんだよ、俺の!おかげで!!勝ったんだ!!」
「う、うん……否定はできないけど……」
口ではぶつかりあいながらもどこか楽しそうな三人の雰囲気。あらゆる紆余曲折を、相剋を乗り越え、彼らの関係は形作られてきたのだろう。そこに寂しさはない。
彼らはもう独りぼっちではない。ふたりきりでもない。多くの仲間に支えられ、ともに立っている。
「彼らは、すごいんだ」飯田が言う。「皆、すごいヒーローなんだ。俺も、何度も救けられた」
「……うん」
そのことばに背中を押されるように、洸汰は自ずから一歩を踏み出した。三人の目がこちらを向く。そのすべてが、宝石のように煌めいていた。
「緑谷……さん。あんたが……」
「……うん、4号なんだ。びっくりしたよね」
確かに驚きはした。でもいまでは、すっかり納得してしまっている自分がいる。
「………」
今度は、鮮血のような紅と視線が重なる。相変わらず烈しいけれど、その表層の奥には底なしの深淵が広がっている。彼をヒーローたらしめるすべてがそこにあるのだと、いまならわかる――
「久し、ぶり……です」
「……おぉ」
小さくうなずく勝己。洸汰はそれ以上何も言えなくなってしまった。
本当は、胸を張って伝えたかった。俺、あんたみたいにはなれないけれど、あんたの背中を励みにがんばってきたよ。ひとを、救けてきたよ――と。
けれどもう、そんな資格はないのだ。己の想いを、己で穢してしまった。きっと彼には失望される。それが何より怖かったけれど……甘んじて受け入れなければならない罰なのだとも思った。
「聞いたぞ。テメェ、万引きしようとしたんだってな」
「……それだけじゃ、ない」
「あ?」
ポケットに突っ込んであったライターを取り出し、見せる。
「……火、つけようとした。昔の家に……結局、新聞が燃えただけだったけど」
「………」
「俺、救けられなかった……それどころか、傷つけちまった」
「なれなかったよ……俺、」
ヒーローに、なれなかった――
俯く洸汰。どれだけの時間そうしていただろうか、
不意に頭のてっぺんに、温かい重みがかけられた。それが勝己の掌であることがわかるまで、時間はかからなかった。
「え……」
「……おまえ、あれからずっと、独りで踏ん張ってきたんか」
その声は、信じられないくらい穏やかだった。すぐそばにいる轟焦凍ならまだわかる。けれど声質も口調も、まぎれもない爆豪勝己のものだった。
「おまえ、いくつになった」
「……10歳、だけど……」
「ハッ、まだガキじゃねえか」ようやく知っている声音に戻る。「ガキのくせにやりきったようなこと言って、訳知り顔で自己完結させてんじゃねえよ。だからおまえはマセガキだっつーんだ」
「でも、俺……」
「ああ、おまえがやらかしたことは消せねえよ。それをどうすっかは自分で考えろ。――でもな、」
「やり直せんだよ。人間は生きてりゃ、何度だってやり直せんだ。やり直して、今度こそおまえのなりてぇモン、目指せばいいだろうが」
そう言って頭を撫でる手つきは、荒っぽかった。けれど、けれども――
「――洸汰くん、」
そんな勝己の隣に、出久がそっとしゃがみ込んだ。
「きみがどう思っていようと……きみは、僕のヒーローだよ」
「え……」
「僕もいつかきみのようになりたいって、そう思ったから」
見開かれた切れ長の瞳には、眩いばかりの紅と翠がはっきりと映し出されていた。
やがて、大きく歪む。黒点のようなそれがゆらゆらと揺らぎながら、大きな雫をこぼしはじめた。
本当は、ずっと寂しかった。救けたいのと同じくらい、救けられたかった。でも自分は独りだから、独りで踏ん張り続けなければいけないと思っていた。
でももう、いいのだ。俺たちはいつだっておまえのそばにいる――孤独と寂寥の先にある未来を掴みとった彼らの、てのひらのあたたかさが、そう言ってくれている。
*
第38号事件が終息し、保護された洸汰が迎えに来たマンダレイのもとに帰ったあとの、夜。
少年の挫折と再起など知るよしもない心操人使は、下宿しているアパートに帰宅したところだった。
「………」
ベッドに腰掛けて見下ろすのは、"親展"と書かれた封筒。差出人は"警視庁"――
やや躊躇いを含んだ手つきでそれを開き、中を検める。入っていたのは素っ気ない白のA4用紙……しかしながら、内容を確認した青年の口許は、和らいでいた。
「書類選考……通過、か」
まだだ。まだ序の口にすぎない。この先の試練を乗り越え、必ず掴みとってみせる――今度こそ。
決意をかき抱く心操の脳裏に、ひとりの友人の顔が浮かんでいた。
つづく
相澤「先生が登場するまで29話もかかりました。この作品は合理性に欠けるね」
相澤「次回、海水浴に出かける緑谷たち。しかしその裏で次なる未確認生命体、39号は次々にプールを襲撃する。東京に残った爆豪たちが対応する中、轟はなぜか39号に対して攻撃できない。一方、事件の報を受け東京へ戻ろうとする緑谷は、あの漆黒のライダーと再会し……」
EPISODE 30. それぞれの波紋
相澤「走る心操、泳ぐ緑谷、視×する峰田……遡って除籍にするか?」
相澤「何はともあれ……さらに向こうへ、プルス・ウルトラ――だ」