【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
かっちゃんとの会話シーンだけで5000文字埋まっちまいました。
1話目に比べてどんどん描写が濃くなっていく……僕の悪い癖……
シャワーを浴び、切り裂かれて血のついた服から着替えた出久。彼はというと、
「♪~」
なぜか、カレーを煮込んでいた。焦げ茶色のどろっとした液体に野菜や豚肉が沈み、それらとスパイスの香りが混ざりあって絶妙なハーモニーを奏でていた。昨日から何も受け容れていない胃が、先ほどからぐるぐると音をたてている。唾液もこぼれそうになる。
それが出来上がると、あらかじめ炊いておいた白飯とともにふたつの皿に盛りつけ、キッチンからリビングルームへと運んだ。
「できたよ」
「ん、ありがと」
桜子がノートパソコンを閉じる。朝食としてはかなり重めだが、彼女は特に何も言わない。彼女も彼女で、昨日は食事をしていなかった。それどころではなかったのだ。
「色々ありましたけど……いったん忘れて、食べよっか」
「ま……そうね」
「「じゃ、いただきまー……」」
――ピンポーン
鳴り響く、インターホン。その軽快な音が、室内に白けた雰囲気を形成した。
「だ、誰だろ?こんな時間に……」
「警察、かも」
「!、ま、まさか……」冷や汗が流れる。「そんなわけないよ……変身するところももとに戻るところも、沢渡さん以外には見られてないし……」
半ば自分に言い聞かせるように出久が反論した直後、またしてもインターホンが鳴った。それも一度ではなく、二度、三度……数えきれないくらい、何度も。連続で。
いくら警察でもこんな嫌がらせのような鳴らし方はすまい。だとすると何者なのか、余計不安になるわけだが、万一宅配などだったらいけないので、出久は渋々玄関へと向かった。
「誰だよ、もう……」
愚痴りながら、覗き穴から外を見遣り――次の瞬間、出久は元々大きな瞳を、いっぱいに見開いていた。
抜けるような白い肌に、天めがけて尖った薄い金髪。全身の印象に儚い印象を受けたところで、今度は鮮烈な紅い双眸が飛び込んでくる。吊り上がったそれは、内面の烈しさをそのまま浮き立たせていた。
(か、かっちゃん……!?)
「なん、で……」
昨日向けられた鬼神のような表情を思い出し、ひとりでに脚が震え出す。でなくても、彼とともに過ごした少年時代は本当に幼いころを除いて暗澹たるものだった。散々暴力を振るわれ、無個性であることを馬鹿にされ、虐げられた。中3の春――"ヘドロ事件"まで、それは続いた。
事件のあと、勝己はそれまでが嘘のように出久には絡んでこなくなった。ヒーローになるという分不相応な夢を捨てた無個性の少年など、彼にとってはもはやいじめる価値もないモブでしかなかったのだろう。そうして勝己は雄英高校、出久は公立の進学校に進んで、それきり交流はいっさいなくなった。彼はいまでは若手トップヒーロー、雲の上の存在だ。
それがなぜ、いま、扉越しの目の前に仁王立ちしているのだろう?
思考の海に沈んでいた出久は、思いきり扉を殴りつけられる音で我に返った。ひとりでに身体がすくみあがる。
「いるんだろ、開けろやデクゥ!!さっきからブツブツブツブツ声がうるせえんだよォ!!」
「!!」
やってしもた、と出久は思った。昔からあれこれ考え込んでいると勝手に独り言として漏れ出てしまう悪癖があるのだが、よりによってそれが発動してしまったらしい。
「ちょっと、なんなの一体?」
怒声を聞きつけた桜子が怪訝な面持ちでやってくる。
出久は考えた。部屋にいることがバレてしまった以上、勝己があきらめて帰ることはないだろう。下手すると扉を爆破で吹っ飛ばされかねない。そんなことになったら桜子にも迷惑がかかる。勝己もなんだかんだできちんとヒーローをやっているようだから、まさか危害までは加えないだろうが――
いずれにせよ、無視もできないと、出久は恐る恐るドアを開けた。
「………」
「こ、これは……どうも……」
間近で相対するその姿は、中学時代よりも、そしてテレビやスマートフォンのディスプレイ越しに見るよりも圧倒的に迫力があった。背丈は出久よりひと回り大きいし、事務所の支給品なのだろうロゴ入りのミリタリージャケット、及びヒーローコスチュームに包まれた上半身は厚く盛り上がっている。自分と同い年の男だと、彼のことを知らなければ信じられなかっただろう。
「ば、爆心地?なんで、どういうこと?」
桜子が困惑している。実のところ、彼女には勝己が幼なじみであることを伝えていなかった。それを明かしたら、きっと、勝己から受けた仕打ちの数々も話さねばならなくなる。そうしたら桜子は出久のために怒ってくれるだろう。それが嫌だった。まるで、告げ口しているみたいで。
そんな出久のなけなしのプライドなどお構いなしに、勝己は死刑宣告を下した。
「ちょっとツラ貸せや」
「う、うん……」
不安そうな桜子に力ない笑顔を向けたあと、出久は勝己について部屋を出た。というより、半ば引きずり出されたのだった。
*
「ひ、久し、ぶり、だね……」
「………」
「元気だった……って、元気に決まってるよね……アハハ、何言ってんだろ僕……」
「………」
冷や汗をかきながら、出久はひたすらに心にもないことばを紡いでいた。そうでもしないと、一歩前を歩く男から絶え間なく発せられるプレッシャーに、押しつぶされてしまいそうだったのである。
それに対して、勝己はいっこうに口を開かない。眉間に皺を寄せたまま黙りこくっている。大津波の直前、波が一気に引いていくあの現象を連想して、出久は背筋の凍る思いだった。
やがて、人気のないアパートの裏手、ゴミ捨て場前までやってきて、勝己は歩を止めた。自分の意志とは関係なく、出久も停止した。足が攣りそうになる。
「デク。俺から言いてえこと、訊きてえことは色々ある」
「は、はい」
「だからその前に、いみじくもテメェの抱いているであろう疑問に答えてやる。ありがたく思え」
相変わらずの物言いである。小学校高学年からヘドロ事件の前まで、機嫌がいいときの勝己はこんなだった。上から目線の、施し。
もっともそれを断ったり無碍にすると機嫌は急降下し、一気に大魔王と化す。嫌というほど身にしみている出久は、一も二もなく「ありがとうございます」と心にもない礼を述べた。
「ひとつ、なんで俺がテメェの住処を知ってるか。昨日あのあと、おばさんに連絡して聞き出した」
「………」
うすうす予想できていた事実に、出久は内心嘆息する。
「ふたつ、なんでわざわざおばさんに連絡したか。言っとくが住所聞き出すのは電話かけてから思いついたことだ」
「……?」
首を傾げる出久に――勝己は、無機質な声音で自らの問いをぶつけた。
「テメェ、なんで生きてる?」
「……へ?」
一瞬、呆気にとられてしまう。瞬間的に思い出したのは、ヘドロ事件のあったあの日、勝己にぶつけられたひと言。
――来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!
「………」
別に、根にもっているわけではない。ヒーロー志望にあるまじき酷いことばだとは思うし、一歩間違えば自殺教唆になりかねないが……出久がそんなことをするわけがないとわかってそう言ったに決まっている。出久は結構図太いのである、昔から。
が、当然というべきか、勝己は生きていることを責めるためにそんなことばを吐いたのではない――純然たる、疑問だ。
「テメェは昨日、あの蜘蛛みてえな怪物に殺されたはずだ」
「……!」
そうだ。自分は桜子を庇って致命傷を負わされた。息を引き取っていないにしても、生死の境をさまよっているはずだ。こんなふうにふつうに生活しているのはどう考えてもおかしい。
「病院に運ばれてもいねえんだろ。おばさん、何も知らねえでのほほんとしてたんだからな。重傷なら家族に連絡が行くはずだ」
「………」
「どうやって一日で治した?教えろや」
「そ、それは……その………」
出久は嘘やごまかしが極めて下手だった。こうして問い詰められると、目を泳がせてしどろもどろになってしまう。勝己はそれを知っていた。
そして、疑念を確信へと変えようとしていた。
「さすがは怪物ってわけか。あの蜘蛛野郎も、テメェも」
「!?」
出久が弾かれたように顔を上げる。血の気が引いて真っ青になっていた。ああ、やはり、こいつだったのか――
「……やっぱりな。テメェが未確認生命体第2号か」
「みかく、にん……?」
聞き慣れないことばに出久は訝しげな表情を浮かべるが、勝己はそれにまで応えてやるつもりは毛頭なかった。とにかく話を進めたかったのだ。
「どうしてそうなった?」
出久が無個性なのは重々承知している。実は元からもっていて、ずっと隠し通してきた――嘘のつけない出久に、そんな芸当ができるわけがない。それに、あとから自然に、あんな姿に変身する個性が芽生えるとも思えない。それらの可能性は最初から排除して、勝己は出久の答えを待った。
しらを切るには、相手は確信をもちすぎている。それを悟って、出久はぽつぽつと説明をはじめた。
「……九郎ヶ岳遺跡の件、知ってるかな」
「ああ……確か、テメェの大学の調査団が全員死んだんだったな」
事件事故についての情報は、ヒーローである以上イヤでも耳に入ってくる。
「さっき部屋にいた彼女……沢渡桜子さんも大学の考古学研究室の人でね。昨日、遺跡から出土したベルトみたいな装飾品を預かってたんだ。そのベルトを、身につけたら――」
身体の中に、入っていった。そして鮮やかな色を取り戻したベルトを中心に、出久は"変身"した――
勝己は絶句した。にわかには信じがたいことだった。だが、出久が嘘をついていないことも間違いはないようだった。
しかし、勝己の当惑はすぐにおさまった。出久の、独り言に近いつぶやきによって。
「イメージを見せられたんだ、誰かがあの姿に変身して、怪物たちと戦う姿……。僕にも、それを求められた気がした……。"おまえが、
「――!」
次の瞬間、出久は、思いきり胸倉を掴み上げられていた。
「!?、か、かっちゃん……?」
「……ヒーロー気取りか、一般市民」
「……!」
"一般市民"――"デク"や"クソナード"に比べれば、淡々とした"事実"でしかない呼称。しかし、出久は悟った。それがかつてのような単なる罵倒には、おさまらないことばであるのだと。
「あの程度の力で、"人を守る"だァ!?調子こいてんじゃねえぞ!!」
反論は、できなかった。変身したって、出久はグムン相手に太刀打ちできなかったのだ。それがすべてだった。
「……っ」
出久が歯を食いしばった、そのとき。
「何してるのよっ!?」
鋭い女性の声が飛んでくる。ふたり揃って顔を向けると、険しい表情を浮かべた桜子が駆け寄ってくるところだった。
「沢渡さん……」
「出久くん、大丈夫?――ちょっと、どういうつもりなんですか!?ヒーローが一般市民に暴力振るうなんて!」
桜子に詰め寄られた勝己は、意外にも反論することもなく胸倉から手を放した。身体にかかる力がなくなり、出久は思わずつんのめりそうになる。
「うわ、っとと……、ち、違うんだ、沢渡さん」
「違うって……何が?」桜子が訝しげな表情を向けてくる。
「実は、かっちゃ……彼は僕の幼なじみで……」
「幼なじみ!?何それ……聞いてないんだけど……」
桜子が怪訝な思いをさらに深めるのは当然だった。ヒーローオタクの出久が、ヒーローと幼なじみであることを明かさないなんて不自然だった。
もっとも、彼女は聡明である。爆心地の普段の行状といまの不穏な様子から、ふたりの関係がそう良好なものではないことを、察してしまっていた。
桜子が睨みつければ、勝己も負けじと睨み返す。一触即発。勝己はともかく、桜子の普段は見せない迫力ある姿に出久が戦慄いていると、赤髪の青年が割り込んできた。
「ちょっ……バクゴー、おめぇ何してんだよ!?」
「あっ、烈怒頼雄斗……」
烈怒頼雄斗――切島は勝己を押しのけると、出久と桜子に向かって申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。そして相棒へと向き直り、
「ったく、おめぇそんなだから支持率上がんねーんだよ……。つーか、いい加減急がねーと大目玉喰らっちまうぜ?重要度高い案件なのわかってんだろー?」
「……チッ」
切島の正論に怒りも萎えたのか、ひとつ舌打ちだけすると勝己はこちらに背を向けてさっさと歩き出してしまった。
「っと……おふたりとも、爆心地がすんませんした。あれでいいところもあるんで、今回は大目に見てやってください」
「あ、まあ……はい」
「ありがとうございまっす!じゃ、急ぎますんで、それじゃ!」
もう一度大きく頭を下げ、切島も勝己のあとを追って走っていく。「早よしろカス!」という勝己の怒鳴り声が遅れて聞こえてきた。理不尽である。
切島のとりなしむなしく、桜子の怒りは収まることはなかった。
「なんなのあれ!?爆心地が俺様で売ってるのは知ってたけど……あんな人じゃ、幼なじみだって隠したくなるのも当然よね」
「そういうわけじゃ……」
言いかけて、勝己との関係を明かさなかった理由を思い出す。
(……いや、そういうわけなのか?)
なんにせよ、自分はもう関わりあいになるべきではないのかもしれない。勝己だって、それを望んでいるに決まっている。
だが、だとしたら、自分の得た力は――
(このベルトはどうして、僕を選んだんだろう)
この話のかっちゃんはプロ&成人済みで高校入学時よりは幾分か冷静にモノを見られるので、デク=クウガを知ったところで「俺を騙してたのか!!」とはなりません。ただし別の方向でキレます。
そして一条さんとは違って良好な関係を築けそうにない桜子&かっちゃん、ふたりの関係がどう転がるかは作者にもわかりません。
それではまた次回……