【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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拙作には珍しく女性のお色気シーン入りました。でも会話の内容がアレなので打ち消されぎみ。メンズパートはぐらんぶる見ながら書いてたんですが意味なかったです。
リントもグロンギも肌色多いな今回!海来てない心操くんも上脱いだしね。映像化してぇ~。


以下こぼれ話↓

今日からいよいよジオウスタート!主演の子がクウガでいうとガメゴがゲゲル開始したあたりの生まれだと聞いて戦々恐々としてます。18年って……18年って……。
それでふと出久=ライダー主演ネタを思いつきました。実際に変身するんじゃなくて、ドラマの主演俳優になるっていうネタ。ヒーローあきらめて塞ぎ込んでるのを見かねた引子ママが内緒で応募したら通っちゃって……みたいな。中3~高1での主役抜擢はフィリップやタケル殿を抜いて史上最年少ですね。ウルトラマンギンガも当初は小学生主人公にする予定だったって言うしへーきへーき。
オーズでイメージしてるので山下大輝ボイスで挿入歌歌ったり放送終了後にりょんくん宛てに怪文書執筆したりしてくれたらいいな~と思います。





EPISODE 30. それぞれの波紋 2/3

 夜の洋館に、美しいしらべが流れ続けていた。

 

 部屋の中心に置かれたグランドピアノ。白く細い指が鍵盤を叩くたび、その音色が奏でられる。

 

「………」

 

 演奏に意識を集中させているのは黒いチャイナドレスを纏った美女だった。長く垂らした黒髪に隠れた表情はとても穏やかだ。――彼女が殺人狂グロンギ族のひとり、それも高位にあるゴ・ベミウ・ギであるなどと、誰が信じられるだろうか。

 

 室内にいるのは彼女ひとりではなかった。すぐそばの安楽椅子に背を預け、うっとりと目を閉じている軍服姿の女性。彼女もまたグロンギのひとり――ゴ・ガリマ・バ。

 ベミウが演奏を終えると、彼女は目を開け、おもむろに立ち上がった。

 

「いかがだったかしら」

「……ああ、悪くなかった」

 

 それが彼女なりの最大限の賛辞であることを知っているベミウは、嫋やかに微笑んだ。

 こうして夜にピアノを嗜むことは、ふたりの習慣となりつつあった。血生臭いゲゲルとはほど遠い、穏やかな時間。

 

 しかしそれも、今日で終わりだ。

 

「……いよいよ、おまえの番だったな」

「ええ。楽しみだわ」

「勝算はあるんだろうな?」

 

 ベミウが不思議そうに首を傾げる。

 

「あるに決まっているわ。なければゲゲルの意味がない」

「ああ……そうだな」

 

 「私も楽しみにしている」――そう告げて、ガリマはベミウの部屋を辞した。

 

(……私はいったい、どうしてしまったのだ?)

 

 グロンギたちは総じて頂点に自分ひとりを置いていて、多少の関心や仲間意識はあれど究極的には他人の去就などどうでもいいと思っているふしがあった。気の合う仲間が殺されようと、悲しみもしなければまして復讐に燃えるなどということもない。多少惜しむことがあったとしても、自らのゲゲルのことを思えばそんなこと容易く吹き飛んでしまう。ガリマも例外ではなかった。

 

 しかしベミウがゲゲルに挑むと聞いて感じたのは、高揚感でもライバル心でもない。ただ彼女が万が一敗れるようなことがあれば、この美しいしらべ流れる穏やかな夜が永遠に失われてしまう――それを想像すると、ただただ胸が締めつけられるような思いに駆られる。それはいくら自身のゲゲルについて考えようとも、振り払うことのできない感情だった。

 

 

 

 

 

 穏やかな夜を過ごしていたのは、グロンギを宿敵とみる彼らもまた同じだった。

 

 炭酸の抜けるぷしゅっという音が響き、ややあって飯田が音頭をとる。

 

「では、皆様のますますのご健勝を祈念いたしましてッ!」

 

 

――かんぱ~い!!

 

 缶と缶を軽くぶつけ合う。そんなどこにでもある光景、プロヒーローが混ざった彼らも例外ではないのだった。

 

「ぷは~っ!」おやっさんが大きく息を吐く。「久々のこの一杯、やっぱ生き返る~!って感じだね!」

「そんなにですか?」

「あたぼうよ!おまえはまだまだお子さま舌だからわかんないだろ出久ぅ~」

 

 既にもう酔っているかのようなテンションを、出久は苦笑いで受け止めるほかなかった。実際、お子さま舌なのは否定できない。もう成人した身としてそれなりにアルコールは嗜んできたが、ビールの独特の苦味はまだまだ好きにはなれそうもない。

 一方で、隣に座る飯田は積極的に楽しんでいるようだった。悪酔いせぬよう配慮しているのかちびちびとではあるが、確実に体内に流し込んでいく。

 

 その様をなんとはなしに見つめていると、不意に目が合ってしまった。

 

「どうかしたかい、緑谷くん?」

「!、あ、いや……飯田くんって、お酒飲むんだなって思って……」

「はは、よく言われる。一切手をつけないタイプにみられるのは自分でも承知しているよ」うなずきつつ、「だが成人を迎えた以上、飲酒そのものは道に外れたことではないからな。節度を守りほどほどに楽しむぶんには何も問題ないだろう?」

「そうだね……うん、確かに」

 

 まっすぐで生真面目な硬骨漢――2代目インゲニウムとしての彼の一般的な印象はそれに尽きる。ただ生身の彼と実際に付き合ってみて、存外に柔軟な目で物事を見ていたり、きめ細かい気配りができたりと、ただの石頭ではない性格がよくわかってきた。あの爆豪勝己やマイペースな一面のある轟焦凍と良好な関係を築けているのも、それが一因なのだろう。

 

「緑谷くんも頻繁に飲むほうかい?」

「うーん……まあそこそこかな。飲み会があったり、沢渡さんとか心操くんとか友達と飲みに行ったり。ただ、その……がっつり年齢確認されることが多くて……」

「ああ……」

 

 飯田が納得した様子なのがちょっぴり悲しかった。高校生どころか中学生でも通じる外見なのはもうあきらめている。最近は多少筋肉もつけたから気持ち大人びたと思いたいが、どうだろう。もとが華奢だからさして影響していないかもしれない。

 

 出久が思わず溜息をついていると、隣でノンアルコールのビール缶を片手にしている森塚に軽く背中を叩かれた。慰めてくれようというのだろうか。

 

「わかるわ~……超わかる」

「あ、やっぱりあるんですね……森塚さんも」

「そりゃあるなんてもんじゃないっスよ、いまみたいにシャツと半ズボンなんかで酒買おうとするとスゲージト目で睨まれるの店員さんに。ムカつくから免許証突き出してやったこともあるよ。こっちはもうお肌の曲がり角だってーの!」

 

 ぷりぷり怒っていたかと思えば、ころっと表情を変えて「まあこの見た目で得することも多いんだけどね~」なんてのたまっている。出久はまた苦笑するほかなかった。

 

「じゃあ今日は……すみません、僕らばっかり飲んじゃって」

「ん?あー、いいっていいって。万一なんかあったとき、運転手いないと困るしね。そこは年長者の役目さ」

「……ありがとう、ございます」

「フッ、その代わりきみらも泥酔はしないでね。まー釈迦に説法でしょうけど」

 

 三人でそんな会話をかわしていると、怪訝な顔をしたおやっさんが会話に入ってきた。

 

「それって、未確認関係の話?」

「ええ、そうですけど」

「インゲニウムさんはわかるけど、出久まで気をつけなきゃいけない感じなのはなぜ?」

「!」

 

 三人揃って「しまった」と思った。おやっさんは出久が未確認生命体第4号=クウガであることを知らず、当然事件に関わっているとは思っていない。森塚との関係も勝己や飯田を介したものであると解釈しているのだ。

 嘘や誤魔化しの極めて不得手な出久と飯田に代わり、貼りつけたような笑みで森塚が応じる。

 

「いやー、一般論ですよ。人が緊急で戻らなきゃってときに横でベロンベロンになられてたら、ゲロンゲロンな気分になっちゃいますし」

「そうなの~?」

「そうです~」

 

 押し切る森塚。果たしてこれで納得してもらえるだろうかと出久が戦々恐々としていると、さっきまで心ここにあらずの様子だった峰田が割り込んできた。話題はまったく違うもので、ある意味おやっさんのそれより出久を困惑させるもの――

 

「緑谷おまえ、風呂覗きに行かなくていいのか?」

「ブッ!?げふっ、げほっ!!」

 

 課題やらなくていいのか、くらいの軽いノリでとんでもない質問をぶつけられ、出久は思わず盛大にむせてしまった。

 

「なっ……何言ってんだよ!?行くわけないだろ、そんな……」

 

 当たり前のことを言い返す。それなのに峰田はさっと表情を変えた。冷たい瞳で出久を睨めつけてくる。

 

「あぁ、そうか……そうだよな、わざわざ覗く必要ないよな。ヤオヨロッパイ以外は見放題だもんなぁぁ……!」

「え、あ、いや……ほんと何言って……」

「あんなイチャイチャしといて言い逃れできるとでも思ってんのか!何か、堂々と二股かあ!?人畜無害な顔しておまえってヤツぁ……!」

「ふ、二股なんてかけてない!そもそも僕ッ、沢渡さんとも麗日さんともつきあってるわけじゃないから!……あ、いや、ふたりともすごく魅力的だとは思うけども………僕なんかじゃ釣り合わないし………」

 

 出久がもごもごと言い訳するが、そんなものはもはや峰田の耳には入っていなかった。「もうたくさんだ!」と憤然と立ち上がる。何をする気かと思っていたら、彼は一心不乱にある方向へ進みはじめた。

 

「かくなるうえは、緑谷のぶんまでオイラが――」

「捕まりたいの?」

 

 緑谷のぶんまでオイラが覗く――そんな峰田の野望は、居合わせた童顔刑事によってあえなく阻止されたのだった。あの飯田天哉ですら呆れきったような表情を浮かべているのが一同の印象に残った。

 

 

 一方、峰田が切望してやまない浴室。別荘とありきたりに形容するにはどこもかしこも豪勢すぎるつくり、ここも決して例外ではなかった。まるで旅館の大浴場のような広々とした室内に大きな檜の浴槽、そこに三人の美女が浸かっている。

 

「あ゛~ッ、生き返るー!!」

 

 水気を得て反響する桜子の声に、隣に腰掛けるお茶子がくすりと笑った。

 

「桜子さん、おじさんみた~い」

「えー、お風呂ってそうなっちゃわない?取り繕わなくていいっていうか、ありのままの自分を解放できるっていうか……」

「ん~………確かに!」

「でしょ?」

 

 笑い合うふたり。そこに八百万も浴槽に入ってきた。

 

「ご満足いただけて何よりですわ」

「ほんとだよも~!サンキューヤオモモ~!」

 

 わずかに舞う水飛沫とともに、その抜群のスタイルに抱きつくお茶子。素肌と素肌が擦れ合う感触に、八百万がくすぐったそうに笑う。峰田に限らず、世の中のあらゆる男垂涎の桃源郷が確かにここにあった。

 

「あ……そういえば覗きに来ないね、峰田さん」

「え゛っ!?」さっきまでの甘い声が一転、蛙の潰れたような声。「覗かれたいんですか!?」

「まさか。でも別にいいかな~って、見られたからって減るもんじゃないし。古い地層から出てきた遺骨なんか、みんな裸みたいなもんだしね」

「それ服どころか肉まで脱げてるやないですか……」

 

 "出久と親密な関係にある美女"という印象が先行しすぎているせいで忘れがちだが、彼女は考古学専攻の大学院生……研究者の卵なのだ。一概に決めつけてしまうのは憚られるが、やはりマニアックな性質をもっているとみていいだろう。そこが出久と友人関係を築けている所以なのかもしれない。

 

(それにしてもデクくん、カッコよかったなぁ……)

 

 昼間の出久の姿を思い出す。ビーチバレーはそつなくこなしていたという感じだったが、本領発揮はその後の競泳だった。個性無しでの真剣勝負だったということもあるが、森塚はもちろん飯田にも喰らいつき、まったく遅れをとっていない。服の上からだとわからない筋肉質な身体つきも相俟って、たゆまず鍛えられていることがよくわかる。

 未確認生命体のこともあり、物騒だから自分の身くらいは自分で守れるようになりたい――鍛えはじめた理由を以前そんなふうに語っていたが、それだけだろうか。少なくとも幼なじみである爆豪勝己との交流が復活したことと、友人である心操人使の存在が多大に影響していることは間違いなさそうだった。

 

 ただ彼のことを考えると、必然的に隣でくつろぐ女性のことも意識せざるをえないわけで。

 

「ねえ桜子さん、」

「ん~?」

「デクくんとは、もう付き合い長いんですよね?」

「そうねぇ……出久くんが大学入ってすぐだから、二年ちょっとかな。長いって言ってもそんなもんだよ」

 

 いや、十分だ――お茶子はそう思った。二年も交わっていれば、出久のあらゆる表情を見てきているはずだ。

 普段の彼は穏やかで、心優しい青年――でもそれは表層にすぎないのだと、お茶子は出会ったその日に思い知らされた。

 抑制ぎみな振る舞いの奥の奥に秘められた彼の魂は、ぎらぎらと烈しく燃えている。それこそ彼の幼なじみにも負けないくらいに。

 

 ただ、出久の場合――その炎を表出させるのは決まって、他人を想うときだ。誰にも頼れず、ひとりぼっちで悩んでいたお茶子。冷えきりそうだった心を、彼の炎が照らし出してくれた。その温かさを忘れられない。

 

 だから自分よりよほど彼の近くにいる桜子が、それを知らないはずがない。――好きにならない、はずがない。

 流石にそこまで言いきるのは憚られたお茶子は、ことばを選びながら慎重に切り込んだ。

 

「もっと仲良くなろうとは思わなかったんですか?友達以上に、なろうとか……」

「……なかなかストレートな質問だね」

 

 お茶子の中では慎重だったつもりでも、常識的にはそうではなかったらしい。ただ、

 

「正直、わたくしも気になっていましたわ」八百万がお茶子に同調する。「緑谷さんが素晴らしい方なのはもちろんですし……緑谷さんを見る沢渡さんのお顔は、いつにも増してお綺麗だと感じました」

「百ちゃんまでそういうこと言うの?なんか照れちゃうなぁ……雄英の子ってみんなこうなの?」

 

 茶化すようなことを言いつつ、桜子は長い溜息をついた。湯気にぼやけた天井を眺めつつ、やがて口を開く。

 

 

「うん。……なりたかったよ。出久くんのこと、好きだもん」

「………」

 

 あぁ、やっぱりそうか。お茶子の心に驚きはなく、ただ納得ばかりが広がっていた。

 

「でも、好きなだけじゃダメなのよね……」

「……どうして、ですか?」

「私は出久くんからたくさんのものをもらったけど……大したものはあげられなかったし、これからも多分そう。――出久くんの心の特別なところに置いてもらうには、それができなきゃダメなんだ」

 

 そのことばがどういう意味なのか、お茶子にはまだはっきりとは理解できなかった。ただ感慨深く切ない桜子の表情ばかりが、鮮烈に印象づけられた。

 

 

「――でもよ緑谷、おまえマジでふたりのことどうとも思わねーのかよ?」

 

 いったんは収まった話を蒸し返すような峰田のことばに、さしもの出久も辟易した表情を浮かべた。

 

「……まだその話引っ張るの?」

「そろそろ度が過ぎるぞ、峰田くん」

 

 本気で叱責する調子の飯田。実際、下世話な話を続けるのであればそれも致し方のないことではある。

 だが峰田とて、なんだかんだ女子にだって受け入れられたA組の仲間だ。エロだけの男ではない……それが大部分なのもまた事実ではあるが。

 

「いや、これはエロ抜きの真面目な話なんだって。沢渡さんはマジモンの美人だし麗日もまあなんだかんだカワイイ系だし……何よりふたりとも、おまえのこと好きだぜ?」

「!、い、いやいやいや……そんなわけ……」

 

 誤魔化すようにぐい、とチューハイを煽る出久。だがその目は明らかに泳いでいる。さらにおやっさんと森塚が逃げ道を塞いだ。

 

「そーだよ出久。気づいてないとは言わせないぞなもし!特にお茶子ちゃんなんか、びっくりするくらいわかりやすいのに」

「ウラビティと今日初対面の僕でもわかったよね、ぶっちゃけ。いっくらニブちんさんでも、気づいてないのは無理あるんじゃない?」

「………」

 

 黙り込む出久。見かねた飯田が「そのようなことは第三者がとやかく言うものではない」と三人を押しとどめようとするが、多勢に無勢だった。

 

「で、どーなんだよ緑谷?そこんとこ、はっきりさせようぜ」

「………」

 

 しばらく沈黙を保っていた出久は、やがて残ったチューハイを一気に流し込んだ。そのまま掌に力を込めれば、ぐしゃりと缶が潰れる。さすがに怒らせたかと思ったが、そうではなく。

 

「……気づくよ、そりゃあ。僕は鈍感なほうだって自覚はあるけど、ふたりとも色んな積み重ねがあるから、結論はもう出てる」

「じゃあなんで気づかないふりなんかしてんだよ?迷惑なら迷惑ってはっきりしたらいいだろ、曖昧なのよくねーぞ」

「迷惑なんて……嬉しいよ、すごく。ふたりとも僕にはもったいないくらい素敵な人で、そういう人たちが僕を真剣に好きになってくれて」

「だったら――」

「でも駄目なんだよ。……峰田くんも知ってるよね、僕が無個性だってこと」

「!、そりゃまあ、もう聞いてるけど……」

 

 言いよどむ峰田に代わって、珍しく静かな声でおやっさんが諭すように言う。

 

「無個性でもおまえはおまえだろう。桜子ちゃんもお茶子ちゃんもおまえだから好きになったんだよ。前にも言っただろ、これからはそういう人間がどんどん現れてくって」

「……うん、わかってます。だから、駄目だと思うんです」

「どういうことだよ?」

 

 ぷしゅり。もうひと缶。

 

「僕も相手ももう成人してるんですよ。それで恋愛って話になったら、結婚とか……その後の色々とか、そういう話にだって繋がってくるでしょう」

「いや学生のうちなんてもっと軽いっしょ……あぁでもきみ真面目だからなぁ、彼女たちも」

 

 「僕が真面目とは思いませんけど」と謙遜しつつ、出久は続ける。

 

「結婚して、子供ができて……。そうやってできた家族を幸せにするのは……僕には、きっと無理だ」

「緑谷くん、そんなことは――」

「あるよ。――だって僕、言っちゃったことがあるんだ。お母さんに」

 

 オールマイトから現実を見ろと諭され、ヘドロヴィランに囚われ"救けを求める顔"をしていた勝己を見捨てて。自宅に逃げ帰った出久は、初めて母を面と向かって詰ったのだ。

 

『なんで僕を、無個性なんかに生んだんだよ………!』

 

 

「――個性ってさ、どうやって遺伝するのか……そもそも突然変異みたいなもので、何がどうなってそんなものが発現するのか、まだ解明されてないんだよね。だから僕が無個性で生まれてきた理由だってわからない。もしかしたら生まれてくるとき、お母さんのお腹に置いてきちゃったのかもしれないし……僕ってそそっかしいから」

「………」

「仮にお母さんに何か原因があったとしたって、それはお母さんが望んだことじゃない」

 

 「わかってたんだ」と、かすれた声でつぶやく。

 

「お母さんのせいじゃない、お母さんは何も悪くない。そんなこと小さいうちからわかってた。なのにお母さんを責めた。誰かを呪わなきゃ、やってられなかった。――無個性の遺伝子が子供に受け継がれてしまうかもしれない以上、また同じことを繰り返しちゃうんだ。奥さんや子供が傷つくことがあるとしたら、それは間違いなく僕のせいなんだ。そうなるかもしれないって、最初からわかってるんだから」

 

 飯田たちはもう何も言えず、ただ酒の力を借りた出久の独演に耳を傾けるほかなかった。ほのかな波音以外寝静まった夜の帳に、まだ少年の面影を残した声が穏やかに響く。

 

「それなのにね、厄介なことに、父親って逃げられるんだ。家以外に、自分の居場所をつくれちゃうんだ。仕事を言い訳にして家族に寄り添わないのは多分、すごく楽なんだ。そうしない自信は……僕にはない」

 

 静かな、しかし揺らぎのない声で出久は言いきる。アルコールを流し込み、深く溜息をつく。その姿は決して澱んではいない。深淵まで澄みきったそれは、ひとりの男としての彼のまっすぐな決意を示していた。それを過ちと捉えることは、この場にいる誰にもできない。ゆえに、正せない――

 

「……オイラ薮蛇だった……?」申し訳なさそうにつぶやく峰田。

「まあ酒飲んでりゃこういう話もあるっしょ。僕はよかったと思うよ、緑谷くんの抱えてるものちゃんと知れて。二次元を愛してるから結婚する気ゼロな年長者としては色々突き刺さりましたけども」

「あ……すいません、なんか……」

「謝んないでよ余計せつなくなるぅ~」

 

 くねくねとおどける森塚の姿に、ようやく散発的な笑いが漏れる。

 その筆頭だったおやっさんはややあって、つぶやくように言った。

 

「ソクラテスもプラトンもみんな悩んで大きくなったって言うけど、おまえの場合は格別だもんなぁ……父親どころか夫にもなったことないおやっさんには偉そうなコトは言えんけども」

「あとニーチェとサルトルも」

「おっ、さすが刑事さん話がわかるぅ!」

 

 古いネタが若者に通じた喜びのあまりはしゃぎかけるおやっさんだったが、

 

「ま、それは置いといて……。ひとつ言えるのはな出久。おまえがそうやって詰ってくれて、お母さん、むしろ嬉しかったと思うぞ」

「え……」

 

 思ってもみないことばに、出久は思わず二の句が継げなくなった。

 

「そんな……こと………」

「おまえから話聞く限りだけどさ、お母さん、おまえを無個性に生んじまったことをずっと気に病んでたみたいじゃないか。そういうときって案外、"おまえが悪い"って言ってもらえたほうが、気が晴れるもんなんだよ」

「………」

 

 本当に、そうだろうか。

 詰ったあとの茫然自失とした表情を目の当たりにして、14歳の出久は自分が取り返しのつかないことを言ってしまったと自覚した。でも胸に渦巻く怒りと哀しみはおさまることを知らず、その場では何もできず自室に逃げ込むしかなかった。ひとりベッドの上で夜通し泣いた。

 夜が明けたあとに見た母は泣き腫らしたような目をしていた。けれど、笑顔だった。――あの笑顔は、本物だったのだろうか。

 

「それでも気に病むってんならさ、たまには実家帰ってやりなさいよ。それだけで親孝行になるんだから」

「……そう、ですね。がんばります」

「うむ、がんばりたまえ!by文京の父!」

「ウルトラの父みたいっスね、それ」

「………」

 

 そんな不毛なやりとりがかわされたところで、風呂からあがった女性陣が戻ってきた。頭からほかほかと湯気をたてている。

 

「お待たせ~。もうできあがってる?」

「あっ……チクショウ出てきちまった……。オイラとしたことが!」

「何っ?まさかまだあきらめてなかったのか峰田くん!?」

「当たり前田のクラッカーよ!この海水浴は二泊三日だからなッ、明日に賭けるぜ……!」

「予告するのは悪手だと思いますわ……あら?」

 

 冷蔵庫を覗いた八百万が、怪訝そうな声を発した。

 

「どしたん?」

「底を……尽きかけていますわ………」

「あ……ほんとだ………」

 

 前置きしておくと、桜子もお茶子も八百万も飲酒は不得手ではない。この時間を楽しみにしていたのだ。

 それが思っていた以上に酒の残量が減っている――男性陣が先に飲んでいる以上、原因は明らかで。

 

「……誰、こんな飲んだの?」

 

 じとりと睨みつける女たち。ぶるりと身を震わせた出久。息ぴったりの男どもによって指差されたことで、彼は絶体絶命の窮地に追いやられるのだった。

 

 

 

 

 

 短い夜は過ぎ、また灼熱の太陽が天を焦がす。

 出久たちが海水浴を楽しんでいるように、東京都内、ヒートアイランドにとどまる人々の中にもまた、早くからプールに出向いている者が大勢いた。

 

――品川区内、ドルフィンプール。

 

 ここもまた、そうしたプールのうちのひとつ。ただそれだけであったはずだ。

 "彼女"さえ、現れなければ。

 

「………」

 

 漆黒のチャイナドレス姿で現れた美女――ゴ・ベミウ・ギ。その手には楽譜が握られていた。ひとつ目の音符をなぞりながら、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「ゲンゴグ、バギギレ」

 

 誰にも聞かれないか細い声でつぶやくと、彼女は堂々と足を踏み入れていく。――すれ違う者も同道する者も皆、このあと彼女が憩いの地を地獄へと変えてしまうなどとは、想像だにしていないのだった。

 

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