【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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最近ようつべにアップされてる「すぐキレるポメラニアン」が、かっちゃんにしか見えない自分がいる。


EPISODE 30. それぞれの波紋 3/3

――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 森塚をはじめ休暇をとっている者が多く閑散としている会議室で、ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己はひとりA4用紙の束に目を落としていた。先ほどの会議で配布された、G-PROJECTに関する資料だ。

 

 急遽行われることとなった装着員の公募――案の定警視総監が裏で糸を引いているらしい――数万人にも及ぶ応募者に対して幾度の選考が行われ、今日が最終選考だ。

 三十名ほどにまで絞られた装着員候補者たち。プロヒーローや警察官から学生まで、様々な人種がいる。その中には勝己の見知った名前もあった、ふたつも。一方はまだ予想の範疇だったが、もう一方は――

 

(……まあ、流石に選ばれねえだろ)

 

 ふつうならそのように綺麗さっぱり切り捨てて終わりたいところなのだが、こればかりは自信がもてなかった。自信と自尊心の塊というべきこの爆豪勝己が、である。

 そもそも彼の人生、「これはあってほしくない」と思うことに限ってドンピシャで起きてしまうことが多々ある。ヘドロ事件、ヴィランの人質になった無様な姿を全国放送で晒してしまったのがケチのつきはじめだった。その後雄英に入学してからは余計に悪化し、敵連合に拉致されてオールマイト引退の原因をつくってしまった。――挙げ句の果てに、別離から五年、とっくにヒーローとは無縁の世界へ埋没したと思っていた無個性の幼なじみが超古代の戦士となり、否が応でも肩を並べざるをえない状況になってしまい。なんとかそれらを乗り越え受け容れここまで来たわけだが、神がいるとしたらおちょくられているとしか思えない。いつかその顔面に一発ぶちかましてやりたいとすら思う、いるとしたらだが。

 

 気を病んでいても仕方がない。そもそも今回はそこまで気を病むほどのことではない。仮に実現したとて驚きはあるだろうが、それだけだ。

 自分にそう言い聞かせ、勝己は立ち上がった。管理官に「パトロール行ってきます」と声をかけ、会議室を出る。コスチュームに着替えるべく更衣室に向かっていると、あまり見たくない顔同士が対峙しているところに遭遇した。

 

「――ンな時間ねえって言ってんだろ。いい加減しつけえ」

「別に何日もいろと言っているわけではない。少し顔を出せと言っているのがわからんのか」

「だから――」

 

 轟焦凍と、その父親である元No.1ヒーロー、エンデヴァー。後者は半ば隠居状態ながら未だご意見番として捜査本部に在籍しているのだが、前者も今日は会議に招聘されていたのだった。

 そんな親子はというと。人気のないのをいいことに、廊下で堂々と口論に及んでいるようだった。声はきちんと潜めているから、互いに理性は働かせているようだが。

 ただ、彼らの真横を突っ切っていかないと更衣室へはたどり着けない。気まずいという常識的な発想を持ちつつもそれを隅に追いやる大胆さで勝己は歩き出す。と、こちらをちらりと睨めつけたエンデヴァーが小さく溜息をついた。

 

「……とにかく、そういうことだ。わかったな」

「……ッ、」

 

 押しつけるように言いきると、エンデヴァーは勝己の横をすれ違い、去っていった。振り返り、忌々しげな表情でそれを見送る焦凍。となれば当然、勝己の姿も視界に入るわけで。

 

「あ」

 

 強く引き結ばれていた口許がぽかんと開くさまは、やや間抜けにも思われた。「ばくごう」と名が紡がれたあと、そのオッドアイが気まずげに逸らされる。普段は澄ましているし、戦闘時には当然鋭く眦を吊り上げているこの青年のこのような表情に、勝己はどうにも弱い。自分のあとをよたよたくっついていた頃のちいさな幼なじみを思い起こしてしまうからだろうか。

 捨て置くこともできたのだが、結局その顔に負けて、勝己は元ライバルのもとに歩み寄っていった。

 

「こんなとこで何してんだテメェら」

「悪ぃ。……聞いてたか、いまの話?」

「あー……まあ」

 

 焦凍の表情がさらに曇る。といってもそれは不快感ではなく、むしろ悪戯を見咎められた幼子のようであって。

 別に責めるつもりもない、焦凍の事情はA組の誰より……親友を自認する飯田天哉よりもよく知っているという自負がある。それは他ならぬ焦凍自身から語られたことでもあった。

 

「帰りたくねえんか、実家」

「………」躊躇いがちに、うなずく。

「ンでだよ」

 

 「時間がない」――先ほど父親にぶつけていた理由は、表向きのものとしか思えなかった。だから勝己は、単刀直入に訊いた。「言いたくねえなら言わんでいい」と付け加えつつ。

 暫し焦凍は沈黙していたのだが、ややあってその重い口を開いた。

 

「今さら……今さらどんな顔して会えばいいのか、わかんねえんだ」

「……母親にか?」

「ああ……」

 

 「ンでだよ」とは、繰り返さなかった。共感はできずとも、理解はできたから。

 

「別に……いつものクソ澄ましたウゼェ顔で会やいいじゃねえか。それとも何か、テメェが負い目感じるようなことしたっつーんか?」

「ここぞとばかりにひでぇ言いぐさだな……」ぼやきつつ、「負い目っつっていいのかはわかんねえ。……でも俺、お母さんに一度も会いに行こうとしなかった」

 

 幼少期はやむをえないことだったかもしれない。けれども高校時代、ヒーローになってから、会いに行こうと思えばいくらでも可能だったはずだ。

 それをしなかった。母をあんなところに押し込め目を背けていたのは父だけではない、他ならぬ焦凍自身もそうだったのだ。

 

 今さら、そのことに気づいてしまった。だから二の足を踏んでいる。

 

 勝己は小さく舌打ちした。嫌気が差した――この男にではなく、この男を放っておけない自分に。

 

「そーかよ。じゃあテメェ、そうやってウダウダ、どっちかが死ぬまで母親に会わねえつもりか?」

「!、それ、は……」

 

 極端なことを言っている自覚はあった。だが間違っているとは思わない。その証拠に、焦凍は反論もできず目を逸らしている。

 

「エンデヴァーは……テメェの親父は、逃げるのやめて向き合ったんだろ」

「!、………」

「なのにテメェは逃げんのか。――ならテメェは結局、親父以下のままじゃねえか」

 

 それは体育祭のときにぶつけられたことばとつながるものだった。父を否定したいあまり、ヒーローとしてのあるべき姿を憧れを見失っていた自分。そんな自分を強かに殴りつけるような。

 あのときのように烈しくはない。場所も状況も違うから当然といえば当然だが、勝己はどこまでも静謐だ。ただ焦凍の胸には、同じように響くのだった。

 

「おまえって……ほんと、不思議だよな」

「ア゛ァ?テメェに言われたかねぇわ!」

 

 打って変わっていつもどおり怒り出した勝己を見て、焦凍はくすりと笑う。何も解決はしていないが、気持ちが少しだけ楽になったのは確かだった。

 

 それに水を差す緊急放送が警視庁内に流れたのは、その直後だった。

 

『品川区東五反田322-5、ドルフィンプールに未確認生命体出現の通報あり。繰り返す――』

「……!」

 

 ふたりの表情がさっと引き締まる。

 

「奴らか……」

「チッ……テメェらに会わなきゃ着替え間に合っとったわ!」

「悪ぃ。先に行ってる!」

 

 コスチュームに着替える必要のない焦凍が、先んじて走り出す。その背中を見送ることなく、勝己もまた動き出したのだった。

 

 

――しかしその頃、ベミウは既に次なるステージへと移動していた。

 

「レクサス、スイミングスクール……」

 

 その地の名を復唱し、唇を歪める。何も知らず未だ冷水に歓ぶ人々に、もはや逃れる術はないのだった。

 

 

 

 

 

 まだ事件発生を知るよしもない出久たちは、海水浴二日目をいよいよ漕ぎ出そうとしているところだった。

 

「今日は趣向を変えまして、クルーザーを用意してみましたわ」

「く、クルーザー!?」

「あ、と言いましても、まったく大したものではございませんので……」

「そんなもん用意できる時点で大したもんなんだよヤオモモぉ!」

 

 かしましい女性陣。一方その傍らにて、いつの間に用意していたのかおやっさんが釣り竿を取り出している。

 今日も今日とて賑やかな一行。だが出久はそんな輪に入れずビーチパラソルの下で膝を抱えていた。当然ハブにされているわけではない、自主的にだ。

 

(……なんかすごい、余計なことしゃべっちゃった気がする)

 

 峰田に詰問されたことがきっかけとはいえ、素面なら絶対に人に言わないようなことを吐露してしまった。その副作用としてチューハイの缶を相当開けてしまい女性陣に怒られたりもしたが、それはまあ仕方がない。

 後悔……は、していない。普段は下半身と脳が直結しているような峰田も含め、他人の真剣な懊悩を茶化したり、馬鹿にしたりするような人間はここにはいない。

 

 ただあれは、自分の中だけで呑み込み、消化すべき想いだったと思うのだ。他人に吐き出したところで何にもならない、ただ彼らに無用な心配をかけてしまうだけ。

 もしも。もしもあの場にかの幼なじみも居合わせていたとしたら、一体どんな反応をしただろうか。出久がその信念を形作った大きな原因は、他ならぬ自身にある――はっきりそのことを自覚しつつも、厳しくもまっすぐなことばをぶつけてくれそうな気がする。いまの彼なら。そしてそれは、誰のことばより己の胸に響く、とも――

 

 そんなもしも、考えたって詮無いことだ。現実にあの場に勝己はいなかったし、これから彼の前で語ることもないだろう。

 

「……ハァ」

 

 出久がたまらず溜息をついていると、それを耳聡く聞きつけた飯田天哉が隣に腰掛けてきた。

 

「どうした緑谷くん、浮かない顔をしているな!」

「あ……飯田くん」

「昨日のことなら気にすることはない、ああいう話をしてくれて俺は嬉しかった。爆豪くんや轟くんに話しにくいことがあれば、あのようにどんどん俺に相談してくれ!」

「はは……そうだね、ありがとう」

 

 気持ちは嬉しいし、基本的にはそうさせてもらいたいと思ってはいるが。

 苦笑する出久。――その眼前で、飯田の大柄な身体が突然バイブレーションをはじめた。

 

「うわっ、何事!?」

「ムッ!すまない、電話のようだ!」

 

 シャツの胸ポケットから携帯を取り出す飯田。その表情が険しくなっていくのを見て、出久も自ずから用件を察せざるをえなかった。

 

「はい、飯田です。……わかりました、それでは予定どおりに。失礼いたします――、」通話を終え、「緑谷くん」

「……奴ら?」

「うむ。第39号が、品川区のドルフィンプールに現れたらしい」

「プール……」

 

 よりにもよって――水中で活動するタイプのグロンギなのだろうか。

 一秒もしないうちに出久はそれだけ考えたが、いずれにせよ立ち上がるほかなかった。

 

「――皆!」

 

 出久が呼びかければ、皆が一斉に振り向く。

 

「ごめんっ、僕また急用で……ちょっと行ってくる!」

「えっ……ちょっと、デクくん!?」

 

 当然それだけで納得できようはずもない。事情を知る桜子と森塚を除く面々が制止と説明を求める声をかけるが、出久はそれを無視して走っていった。

 

「緑谷さん……一体、どうしたのでしょう?」

「いつものことだよ、なんだけどなぁ……」

「ま、急用だってんじゃしゃーないでしょ。僕らは僕らで楽しむとしましょうよ」

 

 笑みを貼りつけて、森塚がそう皆を促した。彼も飯田も、すぐには出久のあとを追いかけない。一時間ほど間を置いて、彼らは動き出すつもりだった。自分たちが行動をともにしてしまえば出久が4号であると見抜かれてしまいかねない。気休めではあるが、カモフラージュだ。

 

「………」

 

 ただお茶子だけは彼らを不審な目で見ていたのだが、彼女にしては珍しくそれを口にしないから、飯田たちには知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 焦凍はドルフィンプールに向けてマシンを走らせていた。途中、覆面パトのサイレンを鳴らした勝己も追いついてくる。雄英時代のツートップが併走するというこれ以上なく頼もしい光景なのだが、一方は私服でフルフェイスのメットを被っているし、もう一方はパトカーの車内にいるから気づく者は皆無だった。

 

 それに彼らは未だ、詳細な状況を掴めていない。現時点でわかっているのは、目的地で未確認生命体によると思われる事件が発生したということだけ。その詳細については、先行しているであろう捜査員たちからの連絡を待つほかない。

 

――と、ふたつの無線が鳴った。正式に協力関係を結んだことで、焦凍のバイクにも無線が取りつけられているのだ。

 

『こちら鷹野。爆心地、ショート、聞こえる?』

「っス」

「聞こえてます」

 

「――いま現場の状況を確認してきたところよ。結論から言うと、もうここに犯人はいない」

『逃げられたんすか?』

「ええ……ただ、そもそも犯人の姿は目撃されていないわ。防犯カメラでも確認できない」

 

 ただ突然、元気に泳ぎまわっていた人々が身じろぎひとつせぬ骸と化した――数十秒のうちに、16人も。

 

「16……」

 

 数を復唱したのは、それだけの人数を一挙に殺害したことに対する驚愕と憤りもあれど、一方で"それだけなのか"とも思ったからだ。プールに居合わせた人数がそれだけということはあるまい。

 37、38号と同じ――今回の敵も、標的とする人間を選んでいる。

 

『どういうルールなんだろうな、今度のヤツは』

 

 無線越しに焦凍が話しかけてくる。

 

「知るか。そもそも連中の犯行と決まったわけじゃねえ」

『そりゃそうだが』

「……連中とするなら、場所か人間か。どっちかに繋がりがあるはずだ」

 

 改めてふたりは考える。16人……仮に狙ってその人数にしたなら、中途半端だ。自分たち人間だけでなく、グロンギとしても。

 と、再び無線が鳴って。

 

『本部から全車、大田区レクサススイミングスクールで事件発生の通報――』

「……少なくとも、プールを狙ってきてるのは間違いなさそうだな。パターン一緒なら、犯人はもう移動してそうだが」

『チッ!テメェ、お得意の超能力は?』

「……悪ぃ、なんも感じねえ」

『チッ……そーかよ』

 

 距離的な問題と、敵の静かな手口が理由としては大きいのだろうが。なんだか先ほどから頭痛がする、そうした不調も影響しているのかもしれないと自分を納得させつつ、焦凍はかつての好敵手とともにひとまずレクサススイミングスクールへ向かうことにした。

 

 

 

 

 

――文京区 みずさわウォーターパーク

 

 未確認生命体の出現などつゆ知らず、炎天下の中、それを打ち消す冷たい水の中を遊び回る人々。

 その中に、漆黒の水着を纏う美女の姿があった。プールサイドにしゃがみ込み、おもむろに水の中へ沈むその姿はどこまでも美しい。鍛錬を志向してか、ひたすらに泳ぎ続けていた逞しい身体つきの男性が、思わず四肢を働かせるのを忘れて見とれてしまうほどだ。

 

――己の胸元に、蛇のような何かが迫っていることにも気づかずに。

 

「!?、う゛………ッ」

 

 それが胸に触れた瞬間、彼は短く静かなうめき声をあげる。その全身からはまったく力が抜け、ゆっくりと水底へ沈んでいった。

 

「……?」

 

 そんな一部始終を目撃した別の女性がいた。怪訝な表情を浮かべ、男性のもとに近づいていく。

 そんな彼女もまた、数秒後には俯せに水に浸かっていた。

 

 彼らだけではない――気づけば16人もの人間が、透明な水面に浮かぶ死骸と化していた。そんな大惨事はほどなくして居合わせた人々の知るところとなり、瞬く間にパニックが起こる。

 

 自らがそれをもたらしたなどと匂わせることすらなく、漆黒の女――ベミウは、濡れた毛先を指で撫でつつ去っていく。

 そんな彼女のもとに、プールどころかごく一部の場所を除いては浮きに浮いているであろう仮面の男が現れた。算盤"バグンダダ"を見せ、嗤う。

 

「ゴラゲンルヂパ、ガバガサダブドザ」

「……グスパギ、ブギゾ、ババゼスザベレ」

 

 この程度は当然――そんな冷静な口ぶりで、ベミウは告げた。死の演奏は、誰にも止められない――

 

 

 

 

 

 やはりここはもう、かのプレイヤーにとってのステージではなかったらしい。

 

 わかっていたことではあったが、爆豪勝己は舌打ちせざるをえなかった。

 勝己は焦凍とともにレクサススイミングスクールに到着していた。前の現場同様、既に規制線が貼られ、パトカーのほかに救急車も数台敷地内を占めている。

 

 野次馬の存在もあることから仕方なく焦凍を規制線の外側に残し、勝己は所轄の捜査員から状況を聴取したところだった。

 群がる野次馬たちを「ウルセェ!!」と一喝し、バイクに寄りかかって待っている焦凍のもとへ走る。露呈を防ぐために被ったままのフルフェイスのメットが暑いのか、いつ戦いになるかもわからない状況としてはやや力ない姿だと思った。

 

「オイ、半分」

「……せめて"野郎"はつけてくれ。――どうだった?」

「前ンとこと大体一緒だ。……ただ、殺された人数がさっきより多い」

 

 今度は、24人――そのうち、子供が16人も含まれていて。

 

「子供が……16人も………」

 

 焦凍が呆然とした口調でつぶやいたとき、それをかき消すような金切り声が規制線の中から響いてきた。

 

「しょうちゃん、しょうちゃんッ、しょうちゃん――ッ!!いやぁあああああああっ!!」

「……!」

 

 シートに包まれ、運ばれていく担架。それに縋りつき、絶叫する若い女性。――殺害された16人の子供のうちのひとりと、その母親なのだろうことは容易に想像がついた。

 

「……ッ、」

 

 ギリリ、と歯を噛み鳴らす勝己。クソを下水で煮込んだようだなどと散々な言われようの人格の持ち主であれ、その光景に何も感じないはずがない。彼だって親には愛されて育ってきた。

 こんなこと、繰り返させてなるものか――そんな意志のもと向き直るのと、目の前の、自分よりわずかに小柄な身体が倒れかかってくるのが、ほとんど同時だった。

 

「うおッ!?――ッ、おい轟!?」

「……ッ、わ、りぃ」

 

 息も絶え絶えの、かすれた謝罪のことば。よもやと思ってメットのバイザーを上げると、端正な顔がいつもより青ざめていた。

 

「……テメェ」唸るような声で、「チョーシ悪ぃなら早よ言えや!」

「だいじょうぶ、だ……なんでもねえ」

「取り繕えるだけの余裕がある状態でそう言えや!無理あんだよ!!」

 

 焦凍の不調――先ほどまではなんともなかったのだから、風邪など外的要因ではないだろう。もしかするとあの母親の声で、昔のトラウマを喚起されてしまったのかもしれない。父親との関係がいくらか改善し、母親も快癒して穏やかに暮らしている現在でも、その傷痕は簡単に癒えはしない。

 

(……でもいまは、コイツしか)

 

 出久が戻ってくるまで時間がかかるだろう状況下、焦凍を戦力とできないのは痛い。自分にもっと力があれば――常日頃抱えている忸怩たる思いが、より激しく噴き出してくる。

 

 それらすべてを嘲うかのように、再び無線が次なる事件を告げる。文京区、みずさわウォーターパークで殺人事件発生――

 

「文京区かよ……遠いなクソが」

「……行こう」バイクに跨がろうとする焦凍。

「テメェっ!……ほんとに行けんのか?」

「言ったろ……だいじょう――!」

 

 刹那、焦凍の脳裏に電流が奔った。それは無線のような科学的かつ事後的なものではない。明確に、いまこの瞬間を捉えたもの――

 

「爆豪、違ぇ。そこじゃねえ」

「あ?」

「もっと近ぇとこに移動してる。急げば捕まえられるかもしれねえ!!」

 

 言うが早いか、焦凍は何かに取り憑かれたようにマシンを突き動かした。その"超人の本能"とでも呼ぶべき能力を勝己は承知している。である以上、そのあとを追うほかなかった。胸のうちにざわめきを抱えながら。

 

 

 

 

 

 一方、出久もまたトライチェイサーを走らせていた。全体無線で事件の様子が素がリアルタイムで伝わってくる。こうしている間にも増えていく犠牲者。勝己たちはどうしているのだろう、まだ敵を捕捉できていないのか。

 

(速く……!速く……!)

 

 焦燥ばかりが募る。ともかくもうすぐ東京には入れる。あと、少し――

 

 そんな彼と彼のマシンを、側道からじっと見つめる黒い影があった。

 

「……見つけたぜ、子猫ちゃん」

 

 漆黒のメット越しにニヒルに笑うと、青年はやはり漆黒に彩られたマシンを発進させた。みるみるうちにトライチェイサーとの距離を詰めていく。そして、

 

「よう!いいバイク乗ってんな、一緒に走らねえか?」

「!」

 

 メット越しの童顔が、険しいかたちでこちらを振り向く。

 

「ッ、悪いけど、そんな場合じゃ――!、あなた、どこかで……?」

「おいおい酷いな、こんな色男を忘れるなんて。――しかと見てくれてたんじゃないのか?()()姿()でよ」

「……!」

 

 そうだ、この青年……第35号――メ・ガルメ・レとの最初の戦闘において、空中からの狙撃をバイクで割って入ることで妨害した男だ。そして去り際、「またな、クウガ」と――

 

「おまえ、グロンギ……!」

「思い出してくれたか。嬉しい……ぜっ!」

 

 笑みを浮かべたまま、青年はマシンをぐっと近づけてくる。ぶつかる!出久は咄嗟にマシンをずらして回避する。

 しかしその隙を突かれ、出久は青年と青年のマシンに前方をとられてしまった。蛇行しながら進路を塞いでいる。

 

「クソっ、どけよ!!」

「つれねぇな。ひとっ走り付き合えよ、クウガ!」

 

 ギリ、と歯を噛み鳴らす出久。この男をどうにかしなければ、自分は前には進めない――そんな、望まぬ確信があった。

 

 

 

 

 

――港区 ミラージュホテル

 

 ゴ・ベミウ・ギは屋内ホールにて、グランドピアノを弾いていた。既にこの第四ステージはクリアした。本来ならば早急に次なるステージへ向かうべきところだが、ピアノを見つけてしまった以上、弾かずにはいられない。表情こそ静かなままであったが、間違いなく彼女は高揚していた。

 ホールの外では人々が慌ただしく動いている。先ほどベミウの行った殺人に気づいたのだろう。だがもうすべては終わったこと。そんな喧騒とは無関係であるかのように、ピアノを引き続ける。"革命"のエチュード――ピアノを弾くようになって、彼女が最初に習得した曲だ。と同時に、何よりのお気に入りでもあった。

 

 プロ顔負けの見事な演奏が、誰に聴かせるでもなくホールに響き渡る。やがてクライマックスへと差し掛かり、いよいよ所作に熱がこもる――というとき、

 

 ベミウは、唐突に演奏をやめた。

 

 何者がこちらに近づいてくる気配。ふつうであれば、その程度で演奏をやめることなどありえない。現実にそうした理由は、ただひとつ。

 

「あなた……ただのリントではないわね。さりとて、クウガでもない」

「……よくわかったな」

 

 ピアノ越しに覗く、中央でくっきり分かたれた紅白の短髪。その特徴的な色合い、ベミウには知見があった。

 

「ヒーロー・ショート……つまり、アギトか」

「わかってんなら、話は早ぇ」

「………」

 

 ベミウは溜息をついた。やはり演奏などせずに去るべきだったかもしれない――そう後悔しつつ、立ち上がった。遭遇してしまった以上、戦うことに躊躇いはない。

 だがベミウが顔を見せた途端、戦意漲っていた焦凍のオッドアイが、一気に見開かれていく。瞳は激しく揺れ、唇はぶるぶると震えはじめた。

 

「あ………」

「……?、どうしたの?」

 

「お……」

 

 

「お、母さん………」

 

 

 己の顔立ちが、目の前の男の母親に瓜二つ――そんなことはベミウの知ったことではなかったし……知られていいことでも、なかった。

 

 

 謎のライダーに行く手を阻まれた出久、母と瓜二つの未確認生命体を前に戦いを忘れた焦凍。

 

――そして、警視庁のいかめしい庁舎を見上げる、心操人使。その手に握られた一枚の紙に、"G-PROJECT"の文字が見え隠れしていて。

 

 

 投げかけられたそれぞれの波紋はとどまることを知らず、いよいよぶつかり合おうとしていた――

 

 

つづく

 




心操「次回予告」

心操「いよいよ始まるG-PROJECT専任装着員の最終選考。ここまで残れた以上……俺は全力で獲りに行く」
尾白「よう、久しぶり心操!」
心操「尾白……。まさかあんたも参加してたとはな」
尾白「そりゃこっちの台詞。未確認から市民を守りたいってプロヒーローはたくさんいる、俺もそのひとりってだけさ。だから今度は負けないぜ心操!」
心操「……負けられない理由は、俺にだってある」
尾白「だよな。お互いベストを尽くそう!」

尾白「ってわけで次回は目白押し!装着員に選ばれるのは俺か心操か、それとも別の誰かか?」
心操「緑谷と謎のライダーの対決の行方は……そして母親そっくりの未確認を前に動揺する轟は、立ち直ることができるのか。爆豪たちは?……ほんとに目白押しだな」

EPISODE 31. エチュードの果てに

尾白「さらに向こうへ!プルス・ウルトラ~!!」
心操「……ラ~」
尾白「声が小さい!そんなんじゃついてけないぞ心操!」
心操(……暑苦しい)

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