【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
そのせいで椿先生の出番はカット(ベミウによる被害者の死因は次回持越しになりました)。おじさんだからしゃーない()
そして地味に投稿開始一周年となりました!これだけ沢山のお気に入り、および高評価をいただけて嬉しい限りです。まだまだ終わりは遠いですが、今後ともお付き合いいただけたら嬉しいです。
「デクvsかっちゃん2」放送の日が一周年になるのは運命的な気がしなくもない……今回投稿分は出久の出番ゼロなんだけどね!!
鷹野警部補の案内でミラージュホテル内のプールに入った勝己は、眼下に横たえられたふたつの骸をじっと見下ろしていた。
「被害者はこの二名、これまで同様明確に死因とわかる外傷はないわ。ただ気になるのが、胸元の小さな火傷のような痕。すべての被害者共通のものよ」
「………」
確かにごくごく小さな痕が、左胸のあたりにぽつりと浮かんでいる。それ以外に手がかりらしい手がかりはない、死に顔も安らかだった。
既にこれまでの被害者が関東医大病院に送られ司法解剖に付されている以上、死因については早晩明らかになるだろう。ひとまずそちらは置いておくとして、いまこの場で思いを致すべきはやはり今回のゲームの法則性である。
「……ふたりだけ、か」
「やはりそれが気になるところね……」
これまでの三ヶ所に比すれば小規模なプールではあるが、それでも客はもっと大勢いたのは確認済みだ。このふたりという人数も、狙ったものであると考えるべきだろう。
鷹野が自らの手帳に目を落とし、読み上げる。
「ドルフィンプール、16人。レクサススイミングスクール、24人……うち子供が16人。みずさわウォーターパーク、16人。一応偶数ってことは共通してるわね。あと法則に則っているとすれば……」
「――!」
その瞬間、勝己はバラバラだったパズルのピース同士が繋がるような錯覚を覚えた。すべてではない、一部分も一部分だが、だとしても――
「襲ったプール。それも何かの法則になってるはずだ」
「……断言する根拠は?」
「移動の効率の悪さ。あんた言ってたろ、最初の犯行場所からここならすぐだって。奴はわざわざ文京区にまで移動したあと、こっちに戻って来てる。東京23区を五十音順に襲った37号もそうだった」
「なるほど……確かに」同意しつつ、「しかし少なくとも、五十音でないことは確かよ」
それは勝己としても認めざるをえないところ。だが五十音順でないなら、別の順番ということも考えられるはずだ。ドルフィンプール、レクサススイミングスクール、みずさわウォーターパーク、そしてこのミラージュホテル。その頭文字が、何かの順序――
「……まさか」
はっとする鷹野。彼女もまた、勝己と同じ答えに達したようだった。
「――音階?」
「ああ」
「まさか、奴らが音楽まで……」
「いまの連中ならありえないことじゃない。……考えてみりゃ、そもそもあんなピアノ以外なんもないホールに留まって何してたんだっつー話だ」
ピアノを弾いていたのではないか――先行した焦凍に確認すればすぐにわかることだ。
「でも仮にそうだとして、ただ音階を順々に並べているだけではないでしょう。"ミ"が重複してる、こんなルールを設定する奴なら凡ミスということもないでしょうし」
「……そこら辺、殺す人数とも関係してるのかもしれねえ」
音階の順序、殺害人数――それらが複雑に絡みあった、極めて複雑なルール設定がなされているのかもしれない。ただここで悩んでいてもこれ以上の解明は期待できないだろう、まずは仮説が正しいかどうかも含め焦凍から詳しい情報を聞き出すことが先決、勝己はそう考えた。
「なら、私は防犯カメラの映像をチェックしてくるわ。あなたたちのおかげで39号の人間体も判明したことだし。そっちは頼むわね」
「っス」
鷹野と別れて歩き出す……と、再び焦凍の尋常ならざる様子が思い出されてくる。苛立ちながらも自分にはわからない苦しみを気遣う気持ちもあって、どう接してやればよいのか悩ましくもある。
ここまで他人のことに振り回されるなど、高額納税者ランキングがどうのとのたまっていた頃の自分なら不本意どころの騒ぎではなかっただろう。いまだって、意図して抑えなければ舌打ちが止まらなくなりそうだった。
*
「あれっ、もしかして……心操!?」
警視庁。心操人使が候補者待合室に入るなりそう声をあげたのは、彼にとって予想だにしない人物だった。
「尾白……」
尾白猿夫――雄英高校ヒーロー科のOBであり、地味ながら実力派と通の間では名高い武闘派ヒーロー"テイルマン"。そのヒーロー名に違わず、背部からは太く巨大な尻尾が見え隠れしていて。
この青年とは、因縁があった。といってもほとんど心操が一方的に悪い。雄英高校、一年生のときの体育祭、自分の個性を知られていないのをいいことに不意打ちで洗脳し、騎馬戦に"利用"したのだ。結果的に自分も彼らも個人戦へ進出したが、彼らは苦々しい思いで辞退した――
そんな過去があるゆえ、心操は尾白に対して後ろめたい気持ちを捨てられずにいた。ルール違反をしたわけでもないのに謝罪するのはおかしい――そんな言い訳をして、なんらコンタクトをとってこなかったことがまさかこんなところで災いするとは。
しかし一方で、尾白はそのときのことを引きずっているようなそぶりをまったく見せない。まるで古い友人に再会したかのように、「久しぶりだな!」と朗らかに声をかけてくる。
「まさかここで会うとは思わなかったよ。でもすごいな、学生で最終選考まで残るなんて。たぶんおまえくらいだと思うよ」
「……あぁ」
自分でもそこは素直に自賛したいところだった。ここまでの試験は書類に面接、簡単な体力テストとありふれたものだったが、プロヒーローや現役警察官なども大勢志願していた中でよく残されたと思う。無論、そうなるように全身全霊をかけたのは言うまでもないが。
過去のことに思考を囚われる心操。それを知ってか知らずか、尾白はさらに驚くべき事実を耳打ちしてきた。
「あと、風の噂……っていうか事務所の先輩から聞いたんだけどさ。この選考、試験官として招かれたプロヒーローの中に――いるらしいよ、相澤先生」
「……は?」
この男との邂逅の瞬間以上に呆気にとられる心操。「間違っても贔屓なんて期待できないだろうけどさ」と続ける尾白はどこか懐かしそうに目を細めている。彼ら旧A組の面々は、"相澤先生"とヒーローの有精卵としての三年間をともにしている。厳しくも的確にプロヒーローへと育てあげてくれた恩義は、誰ひとりとして例外なく感じているのだろう。あの爆豪勝己も含めて。
普通科ながらヒーロー科編入を目指していた身で、心操にとっても非常に感慨深い存在であることは確かだ。だが――
「先生の前なんて緊張するけど、お互いベストを尽くそう……なんてな!――もちろん、勝ちを譲るつもりはないけどな」
「……それは俺だって同じだ。全力で、獲りに行く」
そう宣言したのは、ほとんど反射のようなものだった。口が思考を離れて勝手に動いたとでもいうべきか。そのことばに尾白は嬉しそうにすら頬を緩めて「ああ!」とうなずき、座席に戻っていった。
心操もまた、自分に割り当てられた座席へ腰を下ろしたが……その心に宿っているのはもはや、熱情だけではなくなりつつあった。恩師に対する罪悪感――尾白に対するそれとは比較にならない。
自分は、裏切った。それなのにまた、彼の前に立つ資格はあるだろうか。――今さら抱いてしまったこの志を、認めてもらうことができるだろうか。
(……それでも俺は、もう逃げるわけにはいかない)
たとえ理解されなかろうと、白眼視されようと――守るべきものが、ある以上は。
ややあって、説明役の警察官が入室してくる。いよいよ最終選考が始まる――震える手をぐっと握りしめ、心操は前方を見据えたのだった。
*
午前中はからりと晴れていた夏空が、昼過ぎから鈍色の雲に覆われている。
まるで自分の胸中を代弁しているかのようだと、テラスにひとりたたずむ焦凍は思った。
(何やってんだろうな……俺は)
出久が不在にしている以上なおさら気を引き締めてヒーローたらねば――そんなふうに意気込んですらいたというのに、母のことひとつでこのざまか。
凍りついたこの心を出久に救われ、ヒーローとしてもう一度歩き出したあの日が遠い過去のようにすら思えてしまう。あの日自分は母と再会し、そのぬくもりに触れ、すべての蟠りを解くことができたと信じていたのに。
「おい」
不意に背後から声がかかる。
「また行方くらましやがったんかと思ったら、こんなとこにいやがったんか半分野郎」
「……爆豪」
舌打ちしつつ、勝己が迫ってくる。
殴ってくれたらいいとさえ、思った。――同時に、いまのこの男はそんな楽な逃げ道、決して用意してくれないであろうこともわかっている。勝己は確かに落ち着いて丸くなったが、そういう意味では厳しくもなった。その振る舞いにかつての担任の影がちらつくのは、G3装着員の最終選考試験官にその担任が起用されているから、だけではあるまい。
「……あの未確認、お母さんに似てたんだ」
それでも聞いてほしくて、気づけば焦凍はそうつぶやいていた。
やはり勝己は目を丸くしたが、それも一瞬のことだった。血のいろをした瞳が鋭く細められる。
「見た目が似てたから、攻撃できませんでした……ってか?甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ」
言い方は厳しいが、正論だ。焦凍とて反論の余地がないことはわかっている。
「家族に似てようが似てまいが……本当に家族だったとしても、犯罪者である以上戦わなきゃなんねえのが俺たちヒーローだろうが。まして相手はグロンギ、テメェの感傷に絆されてくれるような連中相手だと思ってんのか」
「………」
「……テメェこの前言ったよな。"次はちゃんと役に立つ"って」
確かに言った。「テメェなんざそもそもお呼びじゃねえ」と挑発されて半ばムキになって言い返した際のことばだが、その気持ちは本物だった。
「自分の言ったことも守れねえなら、ヒーローなんざやめちまえ」
「……ッ、」
ヒーローを――"平和の象徴"の後継者を、やめる。雄英の仲間では唯一"ワン・フォー・オール"の秘密を共有する勝己のことばだからこそ、それは重く響いた。
そしてふと、彼の宣言を思い出す。――"もしも
本当にそれができるのかなんて、訊くのは無意味だ。この男は絶対に意志を曲げない――ヒーローだから。
「……俺は、やめねえ」
「もう決めてんだ、なりてぇもんになる――お母さんの……いや、みんなの笑顔を守れるような、最高のヒーローになるんだって。だからもう……何からも逃げねえ」
その双眸には、未だ迷いの残り香があった。しかしそれでも逸らされることなく、勝己の目を見据えている。――だったらもう、これ以上言うべきことは何もなかった。
「フン……そーかよ」吐き捨てて踵を返そうとして、「あ……、チッ!テメェがグダグダしてるせいで危うく忘れるとこだったわ」
「……?」
小首を傾げる焦凍に、勝己は思わぬ問いをぶつけてきた。
「テメェが見つけたとき、39号はあそこで何してた?」
「は……何って――」
「とっとと答えろや」
そんなこと、その後の衝撃のせいで忘れかけていたが――
「ピアノ……弾いてた」
記憶を頼りに焦凍がそう答えると、勝己は「やっぱりな」とつぶやいた。
「それと奴のゲームに、何か関係あるのか?」
「あるなんてモンじゃねぇわ」
勝己から具体的な"仮説"についての説明を受け、焦凍は先ほどまでとは違った意味でことばを失っていた。信じがたいことだが……自分の証言によって、その仮説はかなりの信憑性を帯びてしまった。
「あとは音階の順序と殺す人数の法則性……――おい半分野郎、なんか他に覚えてねえんか」
焦凍に手がかりを求めつつも、あまり期待はしていなさそうな口ぶり。質問も彼にしては曖昧で、とてもこれ以上を引き出せるものではない――本来なら。
だが焦凍の奥深いところに眠っていた記憶は、ベミウの演奏をただの音の羅列から具体的な曲目へと昇華させるための知識を保持していた。
「"革命"……」
「あ?」
「奴が演奏してた曲だ」
「ショパンのやつか?」
確信をもって、うなずく。焦凍自身にピアノの経験があるわけではない。幼少期は触れることすら許されなかったし、成長してからは興味もなくなった。
ただ自分が生まれるより前、幼い頃の姉が習っていたらしく、成長してからも家でよく弾いていたのだ。息苦しい屋敷の中で、あるいは彼女なりの気晴らしだったのかもしれないが。
そのレパートリーのひとつが、"革命"のエチュード――
「………」
暫し考え込んだあと、勝己はおもむろにスマートフォンを取り出し、何か検索しはじめた。気になった焦凍はなんとはなしに画面を覗き込んでしまうが、特にどやされることもない。
やがて彼が捜し出したのは、"革命"の楽譜だった。それをじっと睨みつけ……口許だけは、ニヤリと弧を描く。
「……テメェにしちゃお手柄だわ、半分野郎」
「ビンゴか」
「おぉ」
これで100パーセント、敵の狙いが読めた。青年たちの確信のこもった瞳が、交錯した。
*
「エンデヴァー、現場の鷹野から犯行当時の監視映像が届いた。あなたも一緒に確認してくれ」
塚内管理官の要請を了承してともに映像を観たエンデヴァーは、思わず息を呑んでいた。
「………」
「39号人間体の姿は確認できたが、殺害の方法まではわからないな……。潜水している間に怪人体に変身し、なんらかの能力を行使していると考えるべきなんだろうが。それにしても……」
犯行現場の当時の様子はそれとして、気になったのはホールでベミウと対峙する轟焦凍の姿。所詮は監視カメラの映像だから仔細は不明だが……なぜか棒立ちになり、敵に対してまったく無防備な姿を晒している。ベミウの手が触れそうになってもなお、攻撃どころか飛び退くことすらしない――妙だ。
「どうしたんだろうな……彼は」
独りごちるように、隣に座る彼の父親に尋ねる。――と、返ってきたのは思わぬ答えで。
「……似ているせいだろう。自分の、母親に」
「母親……は?」
部下たちが周囲にいなかったことが幸いした。呆気にとられたようなその表情は、普段どうにか彼が絞り出している威厳を無に帰すものだったから。
「それって、例の……?」
「なんだその言いぐさは、他人の妻を指して」
「自分だって"アレ"とか呼んでるじゃないか……」
「自分の家内をそう呼ぶのとは訳が違うだろう」
それはそうかもしれないが、そもそも妻を"アレ"呼ばわりすること自体どうなのか。
塚内が釈然としない思いに駆られていると、備えつけの電話がけたたましく鳴り響いた。すかさず受話器をとる。
「はい、警視庁未確認生命体関連事件……あぁ、爆心地か。いまこちらでも映像を確認したところだ。――何?」
「犯行の法則が判明した」――塚内の耳に、そんな勝己の断言が届いた。
「最初の犯行がドルフィンプールでド、次がレクサススイミングスクールでレ、みずさわウォーターパークでミ……んでここが、ミラージュホテルでまたミ」
『つまり……音階に則ってるってことか?』
「っス。そんで、殺害人数は音符の種類を表してると考えられる。ドルフィンプールとみずさわウォーターパークの16人が16分音符、レクサススイミングスクールの24人……大人8人子供16人は8分音符に16分音符の長さを足したもの、つまり付点8分音符、そんでここミラージュホテルが2分音符……ってな具合です」
『……にわかには信じがたいな』
それは致し方あるまい。グロンギの手口が複雑かつ高度なものとなったのは以前からだが、今回は次元が違いすぎる。
その疑心を確信へと変えるべく、勝己は駄目押しに続けた。
「この推察に従って、ここにあるピアノを弾いてみます」
言うが早いか、勝己は白い鍵盤に指を滑らせた。彼の性情とは対照的な軽やかな音色が、指の動きにしたがって流れる。
それはひとつの曲のさわりもさわりだったが、塚内には伝わった。
『その曲……ショパンの"革命"だな?』
「ええ。39号がこれを弾いていたのを、轟が確認してます」
『……そうか』
数秒間息を詰めたあと、管理官は「わかった」と明言した。
『間違いなさそうだな。その推測に従って、次の予想出現ポイントを絞っていこう』
「っス」
話はこれで終了――と思いきや。
『?、あ、ああわかった。……爆心地、ショートに代わってくれ。エンデヴァーが話したいそうだ』
「……わーりました」
眉間の皺を濃くする勝己だったが、文句は言わず渋々隣にいる焦凍に携帯を渡した。塚内のことばをそのまま伝達して。
「……俺だけど」
『ああ。――映像は確認した。39号の姿かたち……おまえが戦えなかったことも』
電話越しに響くいかめしい声に、焦凍はあちらに届かないよう密かに嘆息した。今回ばかりは、叱責されても仕方がない。この携帯の持ち主である青年ヒーローが先んじているなどと、相手は知らないのだから。
しかし父の声音は、意外にも穏やかなものへと変わった。
『……人間、そう簡単にすべて吹っ切れるものではない。"アレ"……いや、"冷"もそうだ』
「は……?」
何もかもが予想外と言うほかなかった。焦凍の迷いを肯定するかのようなことばも、母の名――"冷"――をはっきり呼んだことも。
『冷が家に戻ってから……それなりには、うまくやっているつもりだ。だがあいつは夜、時々魘されている。俺が起こしてやると、決まってひどく怯えたような目を向けてくる。まだ俺を、完全に許せてはいないんだろう』
当然だ――それは焦凍ではなく、他ならぬ轟炎司が続けたことばだった。
『だがいつかきっと、乗り越えられる日が来る……俺たちはそう信じている。その日のために後悔はしたくない。おまえもそうだろう、焦凍』
「………」
『俺がいまのおまえに言えるのはそれくらいだ。……期待している』
「……ああ」
お互いに、それ以上は必要なかった。通話を終え、勝己に電話を返す。彼は何も訊いてはこなかった。
ここからは、戦士として。エチュードが示す手がかりから、かの女グロンギを追い詰めるだけだ。