【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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結論:詰め込みすぎ


EPISODE 31. エチュードの果てに 4/4

 いよいよ、この瞬間がやってきた。

 

 あふれる緊張を少しでも発散させるべく、レザースーツに全身包んだ心操人使は深呼吸を繰り返していた。

 

『準備はよろしいですか?』

「!、……はい」

 

 指示に従い、ヘッドマウントディスプレイを装着する。その際にちらりと見遣ったモニタールームには、こちらをじっと見つめる恩師の姿。

 過去を思い起こさないと言えば嘘になる。でももう、そんなことで気後れしてはいられないのだ。

 

『では、』

 

――試験、開始。

 

 

 真っ暗だった視界が、途端に拓ける。その眩しさに一瞬目を細める心操。少し視界が慣れてくると、そこがビルに囲まれた都市の一角であることがすぐにわかった。

 右横を見遣れば、そこにはウィンドウに映る青と白銀の機械鎧の姿。既に資料上では何度か確認している――

 

(G3……)

 

 求めてやまなかったその姿。仮想上とはいえ、自分がそれになっている。

 見とれかかっていた心操は、突如迫る風圧を感じて我に返った。咄嗟に飛び退けば、鎌のような物体が自身のいた空間を横薙ぎに切り払っていく。

 

「!、こいつは……」

 

 現れたのは、両手首から鋭い鎌を生やした、カマキリに似た異形の怪物。未確認生命体第32号――メ・ガリマ・バ。

 当然、直接相対したことなどはないが、心操の中ではとりわけ印象に残っている未確認生命体だ。何せ白昼の渋谷駅前スクランブル交差点で、99人もの人間の首を刈った張本人――しかもそのうちの多くは、立ち向かった警官やプロヒーローたち。一応は顔馴染みである雄英ヒーロー科卒業生の上鳴電気・耳郎響香もまた、危うくその仲間入りをするところだったと聞いている。

 

(バーチャルとはいえ、そんなヤバイ奴と戦わせるのか……)

 

 流石は相澤が試験官を務めているだけのことはある――焦燥がないはずがないが、そう思うと笑みすらこぼれてしまう。

 ともあれ――心操は頭脳を忙しく回転させる。この敵は外見どおり、鋭い鎌による斬擊を得意としている。いかにG3が頑丈といえど、それをまともに受けるのは避けなければならない。

 

 ならば間合いを詰めず、遠距離から着実に削っていく――そう結論づけた。

 

 右の太腿に触れる。現実には何もないが、仮想上のG3はそこに武器をマウントしている。"GM-01 スコーピオン"――G3のメインウェポンと形容すべきサブマシンガンだ。対未確認生命体を想定しているために威力は高く、そのぶん反動も大きい。

 そうした説明を事前に受けていても、心操に躊躇いはなかった。両手でそれを構え、銃口を向ける。構わず突進してくる標的目がけ――引き金を、引く。

 

「ッ!」

 

 仮想であるにもかかわらず、手から全身へ、強烈な反動が迸った。弾丸はわずかに逸れ、ガリマの横すれすれの壁に命中する。激しい火花に、その吶喊がわずかに鈍った。

 

「チィ……!」

 

 思わず舌打ちをこぼしつつも、すかさず深呼吸で塗りつぶす。焦りは自分のスタイルを崩し、致命的な失敗を招く一因となる。熱くなってもいいが、冷静に次の一手を考える姿勢を忘れてはいけない。

 

 脚をわずかに広げ、踵に力を込める。落ち着いて照準を定め――もう一度。

 今度は反動で弾道が逸れることはなかった。標的の胴体に弾丸がめり込み、火花と血潮とが飛び散る。

 

 のけぞるエネミー、しかしそれも一瞬のことだった。弾痕はみるみるうちにふさがり、弾丸ははじき出されてしまう。圧倒的な回復力……巷間語られている未確認生命体の特徴そのままだ。

 

(厄介な……)

 

 ちまちまとダメージを蓄積させていく戦法は意味をなさないということか。与えられた時間は限られている――雄英ヒーロー科の入試と同じ。

 

(ッ、あのときとは違う……ッ!)

 

 "洗脳"の個性が通用しない状況であることもまた、共通している。だが自分はもう、個性以外に何ももたないただの少年ではない。この日のために心身を磨き、バーチャルとはいえ武装も与えられている。なんとしてもこいつを、一刻も早く倒さなければ。

 

(なら"GG-02"を……いや駄目だ、万一狙いを外したら……)

 

 GG-02――G3の必殺武器たるグレネードランチャーだ。事前の資料説明によれば、戦車すら一撃で粉々にする威力があるという。いくら頑丈かつ卓越した回復力をもつ未確認生命体といえど、ただでは済まないだろう。

 だがそれも、命中すればの話だ。こんな街中で先ほどのスコーピオンよろしく狙いが逸れたら、大変なことになる。自分の視界に映ってないだけで、逃げ遅れた人だっているかもしれない。

 

――目に見えるものだけが、すべてと思うな。

 

 まだヒーローを目指していた頃、他ならぬ相澤から教わったこと。試験官として彼が見ているという意識が、彼の教えを自ずと脳裏に甦らせていく。

 スコーピオンでの牽制を続けつつ、G3に搭載されたサーチ機能を作動させる。自分自身と、目の前の敵を除く生命反応を捜索――

 

――ほどなくして、捉えた。

 

 ガリマのすぐ傍らのビルの影に、熱源あり。大きさからしてそれは、子供のようだった。逃げ遅れてしまい、動くに動けなくなってしまったのか――それとも怪我でもしているのか。ただ生命反応を発見したというだけで、それ以上のことはわからない。

 

(どうする、確認して救助にあたるべきか?だが……)

 

 この試験において求められているものはなんなのか――心操は考える。順当に考えれば制限時間以内に目の前の敵を倒すこと……だがこのG3の装備といまの自分の実力で、それができるか。

 

(俺の、すべきことは……)

 

 

 直後心操は、"第四の武器"でエネミーを縛り上げていた。

 

(GA-04、アンタレスか……)

 

 敵を捕縛する、強靭なワイヤーアンカー。武器というよりはサポートアイテムに近いそれが、これから自分がとる行動のうえで切り札となろうとは。

 上半身を拘束され、得意の鎌による攻撃を封じられたエネミー。それでも向かってくるその身体に、心操は勢いよくタックルを浴びせた。パワードスーツの重量とそれに見合わぬスピードの相乗効果によって、その身がアンタレスもろとも吹き飛ぶ。

 その隙に、彼は熱源のもとへ走った。そこでいよいよ直接目にしたのは、座り込み、震えている幼い少女。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 声をかけると反射的に顔を上げ、びくっと肩を引きつらせる。いやにリアルな反応、本当にバーチャルなのか疑いたくなるほどだ。

 怖がらせないよう声をかけながら歩み寄りつつ、少女の全身を観察する。

 

(目立った外傷はなさそうだが……)

 

 そこで再び、相澤の教えを胸のうちで唱える。何ごとも決めつけてはならない。

 

「歩けないか?どこか痛いのか?」

 

 わずかにラグがあって、ふるふるとかぶりを振る。やはり、怪我をしているわけではないようだ。だとすれば恐怖で身体が硬直してしまっていると言ったところか。

 

(まずはこの子を避難させることが先決か……)

 

 考えた末、心操は「一緒に安全なところへ行こう」と声をかけて少女を抱き上げた。この仮想空間においてどこまで行けば安全地帯と評価されるのかはわからないが、それはそれとして概ね現実を想定した行動をとる。

 が、振り向こうとした瞬間、G3に搭載されたアラート機能がけたたましく鼓膜を震わした。

 

「――ッ!?」

 

 背中に凄まじい衝撃が加わり、スーツが急に重くなる感触。少女を抱いたまま、心操はたまらずその場に片膝をついた。

 どうにか首だけ傾けて、背後を見遣る。そこには拘束したはずのエネミーの姿があった。引き裂かれたワイヤーが腕に絡みついている。鎌すら使わず、筋力のみで打ち破ったというのか。

 

(これが、未確認生命体……)

 

 目の前の敵が実際のメ・ガリマ・バの戦闘データを基につくられたバーチャルエネミーである以上――これから自分が参戦しようとしている戦場がいかに恐ろしいものであるか、心操は痛感せざるをえない。

 しかもいまの一撃で背部のバッテリーが破損してしまったらしい。エネルギー供給がストップしてしまったパワードスーツは、異様なほどの重量を心操の身体にかけている。無論、仮想のことではあるが、彼の脳は現実にその負担を強いられているのだ。

 

「ぐ……く、そぉ……ッ!」

 

 もはや、万事休す――あきらめがよぎるのも、仕方のない状況。実際、心操とてそうだった。彼は自分の"前科"を思った。

 

 だがその瞬間に脳裏に浮かんだのは、親友の煌めく翠眼だった。自分以上に、夢を踏みにじられて生きてきた――それでも、誰かを救けたいという心を失うことなくまっすぐに生きてきた青年。

 自分の推測が正しければ、彼はいま、その想いを成就させて戦っている。命がけで。

 

(俺、だって……!)

 

 

 動けないG3を尻目に、ガリマは少女を手にかけようとしている。少女はやはり、恐怖に支配されて動けないでいる。

 

 

「……うぉおおおおおおおッ!!」

 

 重い身体を引きずるようにしながらも、心操は割って入った。鎌の一撃が胴体に炸裂し、衝撃ばかりでなく骨が軋むような痛みも襲ってくる。いまのでショックアブゾーバーまで完全に破損してしまったらしい。

 それでも心操はその身を躍らせ、ガリマに組み付いた。彼自身と併せて150キログラムにも及ぶ体重に全力で押し込められれば、グロンギといえど即座には振り払えない。

 

(ッ、いまのうちに……!)

 

 少女を逃がさなければ。だが自分の意志――実際にはプログラムなのだろうが――ではそれも不可能な様子だ。やはり自分が連れて逃げるしかないのか。それが正解だとしても、こんな身体になってしまった以上それもできない。

 

 どうすれば――思考が袋小路に行き詰まりかけたそのとき、何かが不意に降って湧いた。

 

(!、………)

 

 いちかばちか。――でも、やってみる価値はある。

 

「――なぁ、好きなヒーローはいるか?」

 

 唐突にかけられた状況にそぐわぬ穏やかな問いかけに、少女の顔色がわずかに変わった。やはり、極めて精緻な反応。

 

「いたら、教えて……ッ、くれよ……」

 

 ゆっくりと、しかし確実に押し返されつつある。心操は神にも祈るような気持ちでその答えを待った。

 

 そして、

 

「よん、ごう……」

「……!」

 

 その名を聞いた途端、一瞬計画を忘れかけるほどに心が揺れた。――よりにもよって、ここで4号か。

 確かに未確認生命体の猛威が社会を動揺させている昨今、プロではないにせよ4号はヒーローにほかならない。最近では爆心地をはじめとしたプロヒーローや警察とも連携している以上、なおさら。

 

 わかっている。そうだ、あいつはやっぱりヒーローなんだ。だから俺だって、

 

――ヒーローに……なりたい。

 

 青年は己の個性を発動させた。怯えきった少女の表情がたちまち削げ落ち、無と化す。

 

(効いた……!)

 

 自分のことばに相手が反応することがトリガーとなる"洗脳"。バーチャル相手でも通用した――そのようにプログラムされていたということか。

 いずれにせよ、これで。

 

「……全力で走れ。ここから、離れろ」

 

 心操の命令を聞き入れ、少女は一目散にこの場から逃げ去っていく。

 それを見届けたのもつかの間、ついにガリマに振り払われた。そのまま殴り飛ばされ、地面に転がる。立ち上がることもできないまま、上にのしかかられ、首に鎌を突きつけられる。

 

「………」

 

 いよいよ、絶体絶命という状況。しかし心操は、まだあきらめていなかった。

 ガリマの腹部に、硬いものが押しつけられる。"GG-02 サラマンダー"――一度は使用を躊躇った、あのグレネードランチャーだ。

 

「この距離なら、外さねえ……!」

 

 

 ガリマの鎌が一閃するのと、引き金が引かれるのは、ほとんど同時のできごとだった。

 

 

 

 

 

 ベミウは次なるステージへと向かっていた。頭文字に"ソ"のつくプール。しかし都内のプールはすべて営業停止となっているはず。そんな彼女が見つけ出した"狩り場"が、ひとつだけあった。

 

「………」

 

――祖師ヶ谷センタープール。なんの変哲もない遊興用のプールである。警察からのお達しに逆らってまで営業しているとは考えにくい場所。

 あるいは……ゴの中でも知能の高い部類に入るベミウはその理由を半ば察していたが、それでも構わず足を踏み入れた。

 

 

 水着に着替え、プールに入る。やはり()()()()人の気配は、ない。

 

「……出てきなさい」

 

 それでもそうつぶやくと、自身を取り巻くように、四つの人影が飛び出してきた。それぞれが強烈な敵意を帯びている。

 

「ここまでだ、第39号!」

「ハッ、ノコノコ入ってきやがって」

 

 爆心地に、インゲニウム。彼らに比べると背の低い地味な青年は、クウガか。

 

――そして、真正面を塞ぐ紅白髪の青年。

 

「……焦凍」

 

 名を呼べば、鋭かったそのオッドアイがわずかに見開かれる。

 

「酷いわ、お母さんを騙すなんて」

「……ッ」

 

 しなやかなその身体が、震えるのがわかる。これで敵がひとり減った。そう確信して、ベミウは妖しく唇をゆがめた。

 だが――

 

「……やっぱり、違ぇ」

「……?」

 

 大きく息を吐き出したあとに放たれたことばは、どこまでも静謐だった。

 

「アンタなりに母親を演じてるつもりなんだろうが、なんもわかってねえ。俺のお母さんの個性は氷だったが、少なくともアンタみたいに冷たい目はしてなかった」

 

 本当はとても愛情深い、温かい女性(ひと)だ。だからこそ苦しんで、あんなふうになってしまった。――だからこそ彼女の不在が、家族の溝をいっそう深めてしまった。

 

「お母さんは、アンタとは違う」

 

「アンタは偶然俺のお母さんに似ているだけの、ニセモノだ。……ただの、化け物だ」

 

 「だから、ここで倒す」――はっきりと、焦凍はそう宣言した。

 

「……そう。ならば、仕方がないわね」ベミウは表情から笑みを消し、「ここにはあなたたち以外にも誰かいるのかしら?」

「外を我々の仲間が数十人体制で囲んでいる!ここからは絶対に逃がさんぞ!!」

 

 飯田の威圧的な宣言にも、ベミウはたじろぐことなく――むしろ、妖しい笑みをさらに深めていて。

 

「そう、ならよかったわ。あなたたち4人を始末して、あと12人……それでここも達成となる」

「!、貴様……まさか、それが狙いで」

「わかっててわざと誘い込まれたっつーことか。……大した自信だな、このクソアマが!」

「リントとは思えないことば遣いね。そうよ、あなたたちを始末できれば一石二鳥というところかしら。そうすれば、別にプールが閉鎖されていても構わない。水のあるところならどこでもいいの」

 

 自身のゲゲルのルールをひけらかしながら、ベミウはその姿を変えた。肌が薄い水色に変化し、硬い鱗が浮き上がる。柔な女性の肉体が、性別の面影こそ残しながらも大柄で筋肉質な"戦うための身体"となる――

 

「ギンボンザブダダ、ゴ・ベミウ・ギレ」

 

 宣戦布告のごときことばとともに、足首に巻いたアンクレットに手をかける。それはぐにゃりと歪んだかと思うと、長くしなる鞭へと変貌した。

 

「ッ、デク!轟!!」

「うん!」

「ああ!」

 

 

「変――「変身ッ!!」――身!!」

 

 出久と焦凍もまた、腹部から出現したベルトの放つ輝きによって戦士へと"変身"する。出久は身軽な青い鎧をもつクウガ・ドラゴンフォーム、焦凍は黄金の鎧と青き氷結の右腕、赤き紅蓮の左腕をもつアギトへと――

 

 四対一。包囲する側もされる側も、すぐには動き出さない。静かな緊張が、プールを包む。

 沈黙の時が、どれほど過ぎただろうか。

 

 最初に動いたのは、アギトだった。

 

「――ふっ、」

 

 床に右腕をかざせば、途端に巨大な氷山が生え出ずる。猛烈な勢いでウミヘビ種怪人と化したベミウへと向かっていく。

 その規格外の個性は、ゴのグロンギをして脅威を認めさせるに十分だった。軽やかに跳躍し、空中に躍り出ることで氷柱を避ける。ただ自分という標的を失ったそれは、プールに張られた水をも凍結させた。得意なフィールドを封じられ、ベミウは不愉快そうな声を漏らす。

 そこに、ドラゴンロッドを携えた青のクウガが追ってきた。

 

「うぉおおおおッ!!」

「クウガ……!」

 

 ほとんど天井に頭がぶつかりそうな高度。クウガはロッドを勢いよく突き出し、ベミウは鞭を振り下ろす。

 ふたりの身体が交錯し、そのまま位置を入れ替わる形で着地する。ベミウの胸には封印の紋が浮かんでいたが、彼女がその身に力を込めればすぐに消えうせた。

 

「……ッ、ぐ」

 

 一方のクウガが漏らしたうめき声は、悔しさだけから発せられたものではなく。

 その左肩の装甲が、凍りついていた。ドライアイスのように煙が漂っている。

 

「あの鞭、めちゃくちゃ冷たい……!」

 

 それも一瞬先端が触れただけで、こんなふうに凍りついてしまうほどの冷気。焦凍のそれとは異なり極めて限定された範囲の攻撃だが、殺傷能力は遥かに上だ。

 

「もしや、あれで被害者たちも……」

「ハッ、あんなモン吹っ飛ばしゃ終わりだわ!!」

「まっ、待ちたまえ爆豪くん!!迂闊に接近するのは危険だ、掠っただけでも致命傷になるぞ!!」

 

 そんなこと、勝己とてわからないはずがない。

 

「近寄らなきゃいいんだろうがッ、――死ねぇえッ!!」

 

 荒々しい台詞に反した、細かく作りあげられた爆炎弾。それは精密な射撃にも等しく襲いかかる。ベミウは素早くそれらを躱していくが、ついに一発がその身で爆ぜた。

 

「くぅ……ッ」

 

 わずかにうめき、その場に停滞する。その隙を、英雄たちは逃さない。

 

「ワン・フォー・オール……!」

「トルクオーバー……!」

 

 アギトとインゲニウムとが、挟み撃ちに迫り、

 

「KILAUEA SMASH!!」

「レシプロ・バーストッ!!」

 

 同時に炸裂し、ベミウを吹き飛ばした。

 

 

「ベミウ……!」

 

 その様を隣のビルの一室から目の当たりにして、ゴ・ガリマ・バは切羽詰まった声をあげた。

 ベミウが、追い詰められている。クウガとアギトを含めた4人がかりに袋叩きにされて。リントが群れるのは今さらだが、なぜだか耐え難い怒りが沸いた。

 

「ゴボセ……!」

 

 意志よりも先に、身体が動きかけた。当然、あの戦場へと自らも馳せ参じるために――

 

「ジャレデゴベ」

「!」

 

 我に返ったガリマが振り向くと、そこには漆黒の生地にストライプの入ったスーツとソフト帽を纏った青年の姿があった。

 

「ガメゴ……」

「どういうつもりか知らないが、あれはベミウのゲゲルだ。割り込もうものならルール違反になるぞ」

「……ッ、」

 

 いずれにせよ、ベミウは――唇を噛み締めながら、ガリマは戦況を見守るほかにすべはなかった。

 

 

「く、あぁ……ッ」

 

 弱々しくうめきながら、ベミウは床に這いつくばっていた。先ほどの連携攻撃は、予想以上の深刻なダメージを彼女の身体に与えていた。

 だがそれでもなお、彼女は立ち上がろうとする。ただひとつの相棒である鞭を握りしめて。

 

「ゲゲルは……完遂する……!」

「ッ、どうしてだ!?どうして、そこまで……!」

 

 焦凍は思わず詰問していた。人命をゲームの点数としてしか見ていない――理解は絶対にできないが、それはわかる。だがだとしても、たかがゲームじゃないか。自分がここまで傷ついて、なおもしなければいけないことなのか?

 

「お前たちリントには、永遠にわからない……。それが、我らグロンギの誇り……!」

「ッ、あぁ……わからねぇよそんなの……。わかりたくもねえ……!」

 

 拳を握り締めるアギト。彼よりも先に一歩踏み出したのは、クウガだった。

 

「そんな誇り、クソ食らえだ!僕が……僕らが、断ち切ってやる!!」

 

 その義憤に呼応するかのように、クウガの全身が電撃を帯びる。電光が染みついたかのように装甲の一部が黄金に染まり、ほとんど皮膚そのままの薄い肩の装甲は青と金に覆われた。

 ライジングドラゴン――ロッドもまた、両端に巨大なブレードという強力な武器を得ている。

 

 重量の増したそれを軽やかに振り回し――青の金のクウガは、高く跳躍した。

 

「終わりだ――ッ!」

 

 せめてもの抵抗にと鞭を振るうベミウだが、さらにリーチの伸びたライジングドラゴンロッドを前には届きすらしない。そしてそのまま、ブレードが腹部に突き刺さる――

 

「グッ、アァァ……!」

 

 刺し貫かれるばかりでなく、おびただしい封印エネルギーが注ぎ込まれる。激痛に鞭を取り落としながらも、ベミウは手でロッドを掴み、引き抜こうともがいている。

 その抵抗を無に帰すかのように、クウガはロッドに力をこめ、ベミウの身体を宙に浮かせていく。そのまま身体をぐるりと回転させ、

 

 その勢いのままに、投げ飛ばした。

 

「アアアアアア――」悲鳴をあげつつも、「パダギ、パ……ラザァ……!」

「……もう、終わりにしよう」

 

 宙に投げ出されたベミウの真上を、アギトは翔んでいた。

 

「――さよなら」

 

 ワン・フォー・オールと氷結、燃焼――三つの力を込めた両足の蹴りが、ベミウの胴体に炸裂する。

 

「――――」

 

 その一撃は、もはや彼女の意識を完全に刈り取っていた。力を失った身体が、キックの勢いと重力に従って氷の張ったプールへ墜落していく。

 その分厚い氷壁すらも破り水中に墜ちた"それ"は、次の瞬間なんの断末魔もなく爆散した。氷が熱に融かされ、屋内プールに雨が降る。

 

「………」

 

 その身を濡らしながら、ふたりの異形の英雄はただ沈黙のままに、消えゆく爆炎を見下ろしているのだった。

 

 

「ベミウが、まさかああも容易く敗れるとはな……」

 

 一部始終を見届けたゴ・ガメゴ・レは、たった数分間で終わった戦闘に驚きを隠せない様子だった。ベミウだけではない、ブウロにジイノ――これまで倒されたゴの者たちは、みな等しく強豪だった。リントが、それを上回りつつある。

 

「お前たちの言うとおりだったな、ドルド」

「……うむ」

 

 いつの間にか姿を見せていたドルド。ベミウのゲゲルの終了を告げるように、バグンダダを振ってリセットする。ガリマの忸怩たる視線にも目を向けることなしに。

 

「心してかかることだ、ガメゴ」

「フッ……奴らはツキがなかった、それだけのこと。俺は違うさ」

 

 死した者になど興味はないと、去っていくふたり。それがグロンギとして当然の姿だ。頭ではわかっているのに、ガリマは釘付けられたかのようにその場から動けない。

 

「ベミウ……」

 

 毎夜の、ふたりきりの演奏会。あの時間は、一瞬なりともガリマに戦士たることを忘れさせるほど穏やかなものだった。

 彼女の細く白い指から奏でられる美しいしらべ、意を通ずる者にだけ向けられる微笑み――それらすべてはもう、ここから先の未来には存在しない。

 

 気づけばガリマは、一筋の涙を流していた。他人の死に際してグロンギが見せた初めての涙だったが、彼女自身のほかにそれを見る者はなかった。

 

 

 

 

 

 戦場となったあとのプール内では、慌ただしく現場検証が行われていた。

 そうなれば戦士は邪魔になるだけ――ということで外に出ていた出久たち。

 

「………」

 

 その中にあって焦凍は、四散したベミウの骸が運ばれていくさまを見つめていた。

 そんな彼に、出久と飯田とが歩み寄る。

 

「あの、さ……轟くん」

 

 ふたりはどこか心配そうな表情を浮かべている。戦闘の前にかわされたベミウとのやりとりを聞いていた以上、もう事情を知っているも同然なのだろう。

 ならば、これだけは。

 

「――もう、大丈夫だ」

「!」

「心配してくれて……ありがとな」

 

 そう告げると、目を丸くするふたり。何かずれたことを言ってしまっただろうか?コミュニケーション能力に自信のない焦凍は少しだけ不安になった。

 だが彼らは、そのことばを笑顔を浮かべて迎えてくれた。――自分のことばが間違いでないと、表情ひとつで教えてくれたのだ。

 ならば、

 

「爆豪」

 

 ひとり静かに立ち去ろうとしていた勝己を、呼び止めた。

 

「ありがとな……おまえには、ずっと救けられてる」

「………」

 

 背中を向けたまま、

 

「テメェの"それ"は、聞き飽きたわ」

 

 静かにそう応じて、今度こそ去っていった。

 その背姿を見送りながら、焦凍は思う。今度は出久たちに留守を任せて、自分が東京を離れる番だと。そしてたくさん、話をしよう。母や、家族たちと――

 

 

 

 

 

 待合室で、心操人使は祈るように手を組んでいた。

 試験が順風満帆のうちに終わったとは、とても言えなかった。仮にそうだったとしたって、ライバルは現職のプロヒーローや警察官たち。自分の手際で喰らいつけていたとは――

 

(ここにいられること自体、奇跡だったんだよな……)

 

 ちらりと、近くに座る尾白を見遣る。せめて彼が、自分のぶんまで戦ってくれたら――そう思う。

 と、視線に気づかれてしまったのか、尾白がこちらを見た。

 

「どうかした、心操?」

「!、いや……別に」

「そっか。もうすぐだよな、発表」

「……ああ」

 

 もはや固唾を呑むこともない数分間が過ぎたあと、制服警官が入室してくる。場の空気が、さらに張りつめる。

 メモのような簡素な資料を持った警官は、入るなり淡々と声をあげた。

 

「1753番」

「……?」

 

 覚えのある番号。ふと心操は自身の受験票に目を落とす。――そこには、まったく同じ数字が刻まれていた。

 

「1753番!」

「!、は、はい」

 

 強い調子でもう一度呼ばれて、反射的に立ち上がってしまう。警官は特に表情を変えない。呼び間違えでは、なさそうだった。

 

「荷物をまとめてA-5小会議室へ来るように」

「……!」

 

 どういう、ことだ?ふつうに考えれば、いやでも――

 惑う心操。その背中を押すように声をかけてきたのは、他ならぬ尾白だった。

 

「行けよ、心操」

「!」

「きっと、いい報せだよ」

 

 笑顔の彼にそう言われては、動き出すほかなかった。

 

 

 かの警官の案内でたどり着いた先で待っていたのは、猫そのままの頭をした警察官だった。

 

「1753番……いや、心操人使くんだね。私はG3ユニット主任を務めることになっている玉川三茶と言います、はじめまして」

「はじめ、まして……」

「さて、早速だがキミをユニットの一員として迎え入れるにあたって色々と説明しなければならないことがある。警察官でもプロヒーローでもない民間人となると色々複雑でね、しょうがないことだけども」

「!、それって……俺、じ、自分が選ばれたって、ことですか……?」

 

 猫警官が「ンニャ?」と首を傾げる。

 

「もちろん、そうだが?」

「……ッ、」

 

 なぜだ。自分は警察官志望だが、コネはない。試験官である相澤の依怙贔屓という可能性は性格上ゼロだ。そもそも尾白がいるし、相澤ひとりが主張したところで、理がなければ通るはずもない。

 自分の頭ではわからない。――ならば、訊くよりほかあるまい。

 

「……どうして自分なのか、よろしければ教えていただけないでしょうか」

 

 丁寧だが、探るような問い。心操人使という人間について、これまでの試験や身辺調査によってみっちり蓄積されたデータを把握している玉川は、うなずきながら応じた。

 

「射撃や格闘術は学生にしては悪くなかった。肉眼では捉えられないよう配置した要救助者をサーチし発見した点も評価に値した。そして、個性の有効利用――」

「でも、それは……」

 

 自分にできて、プロにできていないとは思えない。

 

「確かに、ひとつひとつ抜き出せばキミより優れている者は多々あった。素早くエネミーを鎮圧したり、戦いを避けて素早く救助を行ったり。……だがヒーローたちはどうしても個性一辺倒のやり慣れた戦い方になりがちだったし、警察官たちは逆に秩序を重視しすぎている。キミはその点、バランスが良かったというのが一致した評価だ。いち学生の身でそれができるなら、誰より成長が期待できると考えられる。そして何より――」

 

 「ガッツが素晴らしかった!」――冗談なのか本気なのか、いまいち判然としないことば。

 未だ釈然としない心持ちは、しかし次のひと言で吹き飛ばされた。

 

「――と、イレイザーへッドも言っていたよ」

「え……?」

 

 このタイミングで飛び出すとは思わなかった名に、心操は取り繕うのも忘れて呆気にとられた。

 

「キミのあきらめない心……それを誰より、彼は推していた」

「……そんな、」

「それと、こうも言っていた。これは論評ではなく、キミに向けたことばだけどね」

 

『――おまえの成長、見せてもらった』

 

 

『今度こそヒーローになれ。おまえなら、できる』

 

 

「……ッ、」

 

 気づけば心操は、泣いていた。人目も憚らず。幸いだったのは、目の前の猫警官がそれを見て見ぬふりできる器量の持ち主であったことか。

 

――先生はいまでも、自分に目をかけてくれていた。

 

 

 男泣きに泣く心操人使が相棒となったことを祝うかのように、薄暗い保管庫の中、G3のスーツが橙色の瞳を輝かせていたのだった。

 

 

つづく

 

 




発目「ウフfF、次回予告です!」

発目「G3装着員は心操さんに決まりましたか。色々ありましたがこれでようやくG3ユニット発足と相成ったわけですねウフfFF!私もユニットの一員としてあんなコトやこんなコトに励みますよぉ!!」
パワーローダー「工房に入り浸ってた成果ってわけだな、くけけ……。だが未確認の連中はどんどん強くなってる、おまえの最高傑作がどこまで通用するかな?」
発目「流石先生、痛いとこ突きますねぇ~。でも大丈夫、緑谷さんや轟さんたちとの超連携プレーで……あれ?」

EPISODE 32. 心操人使:リブート

発目「ここに来てまさかの、緑谷さんと心操さんがケンカ!?」
パワーローダー「これじゃあプルスウルトラできないな、くけけ……」

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