【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
どんな役割になるかはお察しくだされ。
夏から秋へ移り変わった。
昼間こそ夏の残り香である厳しい残暑が肌をじりじりと灼こうとする一方で、夜は冷たくすらある風が吹きつけ、木々を彩る緑を紅く染めぬこうと目論んでいる。
そんな季節と季節の接ぎ目となるある日のこと、轟焦凍は大師匠――実質的には師匠そのもの――であるシルバーエイジヒーロー・グラントリノとともに、とある墓地を訪れていた。
「――ったく、盆で向こうに送り返してやったと思ったらもう彼岸だ。こうしょっちゅう墓に来とると俺も引っ張られそうだわい」
「冗談でもやめてください、そんなこと」
ときどき記憶障害を――おそらくわざと――起こすくらいで、所作にせよ健康状態にせよ衰えをまったく見せないこの老人だが、やはり"死"は身近なものなのだろう。きっと、過酷な戦場に立っている自分以上に。
あるいは身近な、それでいて自分より圧倒的に若い人間が先に逝ってしまったことも影響しているのかもしれない。
――この墓の、主だ。
焦凍が個性で線香に火をつけている間に、グラントリノが花瓶の花を入れ換えている。前に挿さっていた花はもう、萎れて元気がなくなっていた。これでは見る者も楽しめまい。
「……不思議ですね」
「ん?」
「あれだけ"平和の象徴"と持て囃された人なのに、こんな、静かなところにいるなんて」
墓地には自分たち以外の生者の姿はなく、頭上より時折カラスの鳴き声が響くばかりだ。夕暮れに染まりつつある空と相俟って不気味ですらある――カラスは死者の魂を冥府へ導く鳥なのだと、以前どこかで聞いたことがあった。そうした伝承はそもそも、この日本という国を形作る起源ともいえる神話がルーツであることも。
「そんなもんさ」こともなげに応じる。「死ねばみんな逝く場所は同じだ。平和の象徴だろうとその辺のジジイだろうと、ヴィランだろうとな」
「……そんな」
「だから、死んだあとのことなどなんの意味もない。死んだ人間に、俺たちがしてやれることもない。こんな墓参りだって、しょせん俺たち生きてる人間の自己満足だしな」
「自己、満足」――口の中で復唱してみる。死んだ人間は笑いもしないし、怒りもしない。ただ想い出のなかの存在として残るだけだ。個性というものが跋扈する超常社会、一般市民の宗教への関心は薄れていく一方だし、焦凍自身もその例に漏れない。ただ殊更に神や霊魂を否定する思想もないから、こういう場所を訪れるとどうしても考えてしまう。常に最上の英雄であろうとした男。彼は死してなお、安寧を得ることはできないのだろうか。ただその亡骸が冷たく暗い土の中に在ることだけが現実だというのなら、俺は。
そんな焦凍の暗い思いを見透かすかのように、グラントリノが言った。
「だからおまえさんは、自分のやりたいようにやればいい」
「!」
「あいつはもういない、いるのは俺たちの心ン中だけだ。おまえさんが本当に正しいと思うことなら、おまえさん中のあいつは背中を押してくれる。そういうモンだ」
自分の、本当に正しいと思うこと――
「――決めました」
「俺、"奴"に会いに行ってこようと思います」
帰る道すがら、焦凍はつぶやくように、しかし毅然と決意表明をした。
一歩先を歩いていたグラントリノが立ち止まり、振り返る。
「正直、奴らとのことはもう終わったもんだと思ってました。でも最近、あの頃を夢に見ることが増えた。それだけですけど……妙に胸騒ぎがするんです」
「……いまのおまえさんのそれは、馬鹿にできねえな」
「ええ。だから俺が見てなきゃならないと思うんです。万が一にも、奴がまた野に放たれることがないように。爆豪……それに緑谷たちにも、これ以上負担をかけたくないから」
「そうか……」
それが孫弟子の望みなら、自分はついていくだけだと老人は思った。比喩でなく超人となったこの青年だが、精神的にはまだまだ脆いところがある。だからこそあの弟子が後継者に選んだのだということも、わかってはいるのだが。
(おまえの弟子はなんだかんだ、ちゃんとヒーローやっとるぞ……俊典)
すまなそうにぺこぺこと頭を下げる弟子が、脳裏に浮かぶ。ただ頭の中の彼は、No.1ヒーローにふさわしい筋骨隆々の姿でも傷つき痩せ細った姿でもなく、徹底的にしごいてやった頃のまだ未熟だった少年の姿をしていた。それは孫弟子の青年も与り知らぬ、グラントリノこと空彦老人の小さな秘密だった。
*
翌日。科警研内、実験場。
「――オラァッ、死ねぇえええッ!!」
響き渡る罵声、次いで爆発音。防音処理が完璧になされているからその心配はないが、万一事情を知らぬ部外者が耳にすれば、爆弾テロでも起きたのかとパニックが起きてしまってもおかしくない。――実際にはただ、ヒーロー・爆心地が思いのままに暴れているというだけなのだが。
彼が一切の容赦ない爆破を差し向ける相手は、異形の戦士・クウガ。公には"未確認生命体第4号"という名称で発表されているが、もはやかの怪物たちと同一視する者は少なく、世間的には縮めて"4号"が愛称になりつつある。そのせいで、焦凍が変身するアギトは"4号弟""4号その2""アナザー4号"などいまいち締まりのない呼び名を並べられてしまっているのだが……。
――閑話休題。
「くっ!」
紫――タイタンフォームに"超変身"し、かわすのではなく全身を使って爆炎を受け止めるクウガ。鎧はもちろんのこと全身の皮膚が鋼鉄のように強化されているからこそできる芸当だが、一方でその身体はずりずりと後退させられていく。
「ッ、前より威力上がってないか……!?」
「たりめーだクソナードォ!テメェひとり強くなってると思ってんじゃねえ!!」
「お、おっしゃるとおり……!」
だが、負けてはいられない。爆豪勝己は最強クラスのヒーローだが、人間だ。グロンギと第一に戦うべき自分が負けていては話にならない。
「きみに……勝つッ!」
「叩き潰す!!」
負けじと張り合うふたり――サシでの真剣勝負のようだが、実際はそうではなく。
「――うわっ!?」
突如鎧に着弾を示すペイントが散り、クウガは爆心地への攻撃を中断せざるをえなくなった。
「俺
「ッ、心操くん……」
スコーピオンの銃口をこちらに向け、佇む心操人使……が装着したG3。みっちり鍛えあげた、狙撃部隊顔負けの精密射撃。それを容赦なく叩き込んでくる。仮に実弾が頭部などウィークポイントに命中すれば、タイタンフォームといえども脳震盪は免れまい。
だがあちらがふたりがかりであるように、こちらもひとりではない。
「忘れてなんかないよ。――飯田くんっ!」
「了解だッ!」
クウガの背後から躍り出た、大柄な影。それはフルアーマーのコスチュームに身を包み、ふくらはぎから唸りをあげるターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉だった。
「肩を借りるぞ緑谷くん!!」
クウガの肩をバネに、さらに高く跳ぶ。勝己の頭上を飛び越し、G3へと迫る。
「!」
咄嗟に撃ち落とそうとする心操。急降下してくる相手というだけならそれも不可能ではないだろうが、あいにく飯田の個性は"エンジン"だった。
――DRRRRRRRR!!
「――ッ!」
スコーピオンを蹴りあげられ、武器を失うG3。そのチャンスを逃すまいと全力で攻撃を仕掛ける飯田。そのスピードを最大限に活かした格闘戦を仕掛ける。――たとえ生身の人間であろうと、その威力は侮れない。アギトとの連携攻撃だったといえど、ゴのグロンギにすらダメージを与えたのだ。
だが心操もさるもの。彼は装着員に志願するずっと以前、それこそヒーローを目指していた高校生の頃から、精神作用系の個性を補うべく格闘術は磨いている。科学の粋を集めた鎧を身に纏ったいま、かつての夢の象徴相手にだってひけをとらない。パンチやキックをいなし、即座に反攻を仕掛ける。
「やるな心操くんッ!俺はいま、きみのたゆまぬ努力を感じているぞ!」
「そりゃどうも……!――そういやあんた、G2のテスターだったんだよな?」
「ムッ、そう――」
「――答えるなインゲニウム!!」
「!」
出久のがなり声を浴びて、飯田は慌てて口をつぐんだ。
「チッ……緑谷め、余計なことを……」
あと一歩で"洗脳"の個性を発動し、飯田をこちらのマリオネットに変えることができたというのに。
「油断ならない奴だな、きみは!」
「そういうのも必要だろ」
(それは認める!)
新旧装着員対決が白熱する一方で、
「よそ見たァ余裕だなクソナード!!今度は両目とも焼き潰してやらァ!!」
「40号より酷いじゃないか!?」
幼なじみの相剋もいよいよ白熱する。共通するのは、いずれも相手を本気で打ち負かしてやろうという気迫に溢れていながら、この死闘をどこか楽しんですらいるようだった。
「おぉ、大したもんだニャ……」
モニタールームにてそうつぶやくのは、G3ユニットの責任者である玉川三茶。猫頭から生えた三角の耳がピンと立って、その感嘆を表している。
「4号……緑谷くんにウチの心操は当然としても、爆心地とインゲニウムがあそこまでやるとは……」
「思ってもみなかったか?」
茶化すように聞くのは、ともに観戦している塚内管理官。
「正直。どちらも才能にあふれた前途有望なヒーローですけど、それこそオールマイトのような規格外の存在と並べて語れるものではないと思ってましたから」
それは塚内にも否定はできないし、勝己も飯田も"いまは"同じだろう。だがオールマイトが引退して時が流れ、グロンギの脅威に社会が震撼する中……その動揺を最小限に食い止められたのは間違いなく彼らの功績である。グロンギがすべて滅びたとしても悪は蔓延り続ける、それでも未来に希望をもてるのは彼らの存在があってこそ。
もっとも、グロンギと戦うための戦士であり、戦うほどに肉体がヒトでなくなり闘争本能に支配される危険性が高まるクウガ……緑谷出久は、その後の世界において英雄で居続けることはできないだろう。かつてヒーローを夢見ていたとはいえ彼は元々"無個性"の一般人、戦場に身を置くことは許されない。心操ではないが、"ひとを救けたい""みんなの笑顔を守りたい"というその思いはもっと、平和な場所で活かしてほしいものだと思う。
(俊典……きみはどう思う?)
想い出の中にいる友人は、是とも非とも言いはしない。ただ静かな面持ちで、一緒になって彼らを眺めているだけだ。
塚内の物思いとは裏腹に、模擬戦はいよいよクライマックスへ到達する。
「爆ぜろやクソデクゥ!!」
勝己が右腕を大きく振りかぶる。来た、と思った。鈍重なタイタンフォーム相手なら大技で勝負だと考えたのだろうが、そうはいかない。
「――超変身ッ!」
「!?」
ぶつかる寸前に身体が青く変わり、横に避ける。爆炎はむなしくも空気のみを焦がすに終わった。
「はっ!」
ドラゴンフォームとなったクウガはそのまま勝己の横を走り抜け、ターボヒーローである飯田すら凌ぐスピードでG3に迫った。
「おりゃあッ!」
「ぐぁ!?」
飯田の相手に専念していたG3は対応が間に合わず、そのドロップキックをもろに受けて吹き飛ばされる。いくら打撃力に劣る形態といえど、スピードを乗せて放てばそれなりの威力になるのだ。
「み、緑谷くん!?」いきなりの援軍に驚く飯田。「爆豪くんは!?」
「かっちゃんはあと!まずは心操くんを迅速に仕留めよう」
「なるほど……了解した!」
一対一での小競り合いふたつを延々続けていても埒が明かない。まずは敵の数を確実に減らしていく。決して怖じ気づいたわけではなく、ひとつの戦略だった。
ふたりがかりに追い詰められた心操はというと、
「お、おい……やめとけよ、それは……」
出久も飯田も答えない。"洗脳"を警戒しなければならない以上は当然のこと。しかしそうした意識が先行していたために、このときばかりは本気で心操の声はひきつっていることに気づけなかった。
――ぽかんとしていた爆ギレヒーローがわなわなと震えはじめるさまを、彼はしかとその目に見ていたのだ。
「あーあ……もう知らね」
「三茶、インカム切れ!」
え、と出久と玉川が素っ頓狂な声をあげるのと、
「死ねクソデクがぁあああああッ!!」
ひときわ凄絶な爆炎が、実験場を覆い尽くすのがほとんど同時だった。
やがてその閃光が収まったとき、露になったのは見るも無残な有り様になった場内。そして、あちこち黒焦げになって倒れ伏すクウガとインゲニウム。
「……爆豪、やりすぎだろ」
心操だけは唯一甚大なダメージを免れたものの、あと一歩でふたりの死屍累々仲間になっていたことに違いはない。
「フン、うぜェのまとめてブッ殺しただろうが」
「………」
完全に私怨としか思えなかったのだが、心操は口をつぐんだ。勝己が本気を出したことで、勝利を手にしたことは事実だからだ。
ただ心操はともかく、公平な立場の"彼"には見過ごせないわけで。
「爆心地……修理代は報酬から差し引いておくからな」
『どうぞお好きに。そんならデクに奢らせまくって補填するんで』
『マ……マジか、かっちゃん……』
呆れてものも言えない塚内の横で、爆発音をもろに聞いてしまった玉川は目をぐるぐる回してのびていたのだった。
*
轟焦凍はとある病院を訪れていた。関東医大病院ならここ三ヶ月ほどで頻繁に顔を出しているが――誰とは言わないが、主に仲間の付き添いで――、ここに足を踏み入れるのはまったく初めてのこと。オールマイトの後継者としてそれではいけなかったのだろうと思うが、もう後の祭りだ。
昨日のうちにグラントリノが早くも連絡を入れてくれておいたおかげで、本来関係者以外立ち入り禁止の区画にもすんなり入れてもらうことができた。――それ以上に、公式には行方をくらましたままのヒーロー・ショートの来訪を受け入れてもらえたのが大きい。
「先にお話ししておきますと、」先導してくれていた医師が切り出す。「彼は昔のことを何も覚えていませんし、人格も以前の彼とはまったく異なるものです」
「……記憶喪失、ってことですか?」
「記憶に限らず、脳全体が正常には働いていない状態です。検査等で明確な異常が発見されたわけではありませんが、少なくとも演技をしているわけではないようです」
「………」
思わず顔をしかめそうになったが、どうにかそれはこらえた。隠遁し、一年以上も怯えるばかりの日々を過ごしていた自分以上に、"あの男"は世界から置き去りにされている――
両脇に立つ制服警官らを門番とし、厳重に封鎖された扉。医師が10桁のパスワードを入力することによってそれは開け放たれ、いよいよ、彼の待つ部屋へと足を踏み入れる――
窓のひとつもない、真っ白な部屋。
一台のテレビと小さな子供用の玩具に囲まれて、彼は佇んでいた。
「――死柄木、弔……」
低い声でその名を呼べば、
「だあれ?」
幾度となく人々を苦しめてきたその顔に天使のような微笑みを張りつけて、彼は焦凍を迎え入れた。