【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
面会を許された一時間が過ぎた。
かなうなら四六時中こいつを見張っていたい――そんな思いすら抱いていた焦凍だが、当初の約束には逆らえない。オールマイトの古いフィギュアで楽しそうに独りぼっちで遊んでいた死柄木弔に別れを告げ、ちょうど病院を出てきたところだった。
「………」
まるで名残惜しむように、未練がましく施設を見遣る焦凍。あの男は世界のことも自分のことも何ひとつわからないまま、この箱庭の中で一生を終えるのだろうか。
(死柄木……俺はおまえが憎かった。いや、いまでも憎い)
(けど、それ以上に……)
(おまえに……
幼児退行してしまった彼は、オールマイトを見て喜んでいた。血のいろをした瞳をきらきら輝かせて、その躍動を見つめていた。
けれどそれは、むしろ焦凍の想いの敗北だった。彼はきっと、あの決戦で死んでしまった。残っているのは容れ物だけ。――死柄木弔のかたちをしているだけの木偶人形が条件反射のような英雄への憧れを示したところで、なんの意味もありはしない。
そんな思索に囚われているところに、携帯が鳴った。――着信。グラントリノからだ。
「……はい」
『おう、焦凍。――どうだった?』
「………」
沈黙は本意ではなかった。しかしあの姿を、それに対して抱いた自分の想いを、形にして伝えることは容易ではないのだ。それを察してか、グラントリノは急かすこともなく待ってくれている。
結局、三十秒ほどの時間を要して、焦凍はありのまま自分の目にしたできごとを伝えた。死柄木弔のことを――
『そうか……残念だがどうしようもねえな、それは。俺たちには何もできん』
「……あいつももう、死んだ人間なんですね」
『実際、世間的にはそういう扱いになってるしな』
"敵連合のリーダー"である死柄木弔としてだけではない、彼の正体である志村転孤も公にはずっと以前に失踪した人間として扱われている。これでは志村菜奈も、転孤を更生させたいと願っていたオールマイトも浮かばれない。
「……俺、あいつをどうすればいいのか、まだわかりません。ヒーローを憎むのはあいつの勝手だ、けど、それで罪のない大勢の人々を傷つけたことは許せない。正直……殺してやりたいとさえ、思っちまった」
『まあ……思うぶんには自由だな。本当にやっちまったら話は変わってくるがよ』
それに……平和の象徴の後継者として、その感情がふさわしいかどうか――
悩んでいても仕方がない。自分はこれまで色々なことで苦悩し、立ち止まってきた。でもいまは、とにかく足を止めたくない。
「……俺、あいつのことで今さら何ができるかわからない。けど、何かしたい。……しばらくは毎日でもここに来て、あいつに会おうと思います」
『フム。ま、おまえがそうしたいならそれでいいんじゃねぇか?』
なげやりなようにも聞こえるが……それが実質的には肯定なのだと、焦凍はよく知っている。だから病院を出るときよりも凪いだ気持ちで通話を終えることができた。
「………」
携帯をポケットにしまって歩きだそうとしたときだった。
――ぐう、
「……あ」
大きな音をたてたのは……焦凍自身の、腹だった。
空腹を感じている。もうすぐ昼どきだから、それも致し方ないことだろう。
せっかくだし、今日の昼食はポレポレでとろう。確認しているわけではないが、緑谷が働いているかもしれないし、本業の合間にアルバイトをしている麗日もいるかもしれない。でなくとも、焦凍はあそこの雰囲気が嫌いではなかった。欲を言えば蕎麦を使ったメニューがあるとよかったが。
「ふ……、」
思わず笑みがこぼれる。――刹那、
脳裏で光がスパークし、次いで激しい悪寒が襲ってきた。
(これは……!)
久方ぶりに覚えた感覚、しかしその正体を忘れるはずはない。――未確認生命体が、近くで人を殺した。
「……ッ!」
バイクに飛び乗った焦凍は、本能のままに駆け出した。空腹のことなど、もう忘れ去っていた。
*
一方、出久もまたトライチェイサーを走らせていた。だが焦凍と異なり、こちらの表情は険しくはなく、むしろまろい頬がほのかに弛んでいる。彼はまだ、新たなグロンギが出現したことを知らないのだ。
しかしそれも、もう時間の問題だった。
『――緑谷くん!』
「!」
鷹野警部補からの無線。個人的な会話をあまりしたことのない彼女からの連絡ということは、その理由はひとつだ。自ずから表情が引き締まる。
『四谷で事件よ。被害者はタクシー運転手、駆けつけた救急隊員も二次被害に遭っている。いずれも体組織の80%をなんらかの力で溶かされた状態だったらしいわ』
「……四谷ですね、わかりました!」
もっと詳しい情報が欲しくないといえば嘘になるが、鷹野たちのもとにもそれ以上の報告はまだ上がっていないのだろう。ここは続報を待つしかない。
「――変身ッ!!」
浴びる疾風の音を切り裂くように叫べば、腹部からアークルが出現し――赤い輝きが出久の全身を包み込む。
そうして次の瞬間には、彼は赤い鎧の戦士クウガ・ マイティフォームへと変身を遂げていた。同時にトライチェイサーも、隠密のような黒一色から黄金と赤に発色し、カウル部分にはクウガの紋章たる古代文字が刻まれる。
グリップを力強く捻り、一気に加速――仲間たちとともに宿敵に立ち向かうべく、クウガは
――そして勝己と飯田もまた、一報を聞いて現場へ向かっていた。
「電車、プールと来て今度はタクシーか……40号は除外するにしても……」
「……まだタクシー狙いと決まったわけじゃねえだろ、先入観捨てろや」
「きみに言われると釈然としないな……」
もっと言えば、グロンギかどうかも確定したわけではない。ただ尋常でない殺傷能力による殺人またはそれに類する行為はまずそのように仮定され、合同捜査本部に出動要請がなされる。であるから、駆けつけてみたら模倣犯であったという前例もないわけではない。そういう輩に対しては、主に爆心地がきつい制裁をお見舞いしてやるわけだが。
「それはともかく、人の身体をどろどろに溶かすなどと……芦戸くんの個性を思い出すが」
「……"酸"か」
これも仮定の話として、モノを溶解させると言われて真っ先に思い浮かぶのは酸だ。しかし一般的に強酸性、取り扱い注意と言われて思いつく塩酸なども、そこまでの殺傷能力はない。芦戸の個性も本気になればかなり強力だが、それ以上だとすれば――
「ッ、いま考えても仕方がないか……。まずは未確認生命体を捜そう、爆心地!」
「……おぉ」
ただ、タクシーというある意味密室内で犯行に及ぶ敵だとすれば。自分たちの力で発見するならば、現場を押さえるしかない。それが相当に困難なことであると知りつつも、彼らはひた走るしかないのだ――ヒーローである以上。
*
"タクシー""酸"――彼らの読みは当たっていた。
「ぐぉおおおおオオ……ッ、ガァ、アアアア………」
もうもうと立ち込める白煙の中、くぐもったうめき声をあげるタクシードライバー……だったもの。現在進行形で、その身はどろどろと溶け崩れていく。
恐ろしいことに、彼は自身の肉体が破壊されていく状況を知覚していた。皮膚が、筋肉が、内臓が、すべてごた混ぜの有機溶液と化していくさまを。
「だ……れ゛がぁ……た、ふへ――」
そこにはいない"誰か"に救けを求め、手を伸ばそうとする。しかしもう、彼には手どころか身体がなかった。
やがてその顔面、脳まで侵され、彼は完全に溶けてなくなった。もはや肉塊とすら呼べない有機溶液が、底まで貫通したドライバーシートから地面にこぼれ落ちる。
そんなさまを無感動に見届けたあと、ザザルは後部座席から降り立った。ぱたぱたと扇子で扇ぎながら、気だるげにその場を立ち去っていく。
「………」
その様子を見届けていたもうひとり、仮面の男――ドルド。
彼は標的たるリントの死が確実なものとなったことを確認して、バグンダダの珠玉をひとつ、移動させる。
「ボセゼ、ドググビンバ……。ギガガバ、ボグシヅグパスギバ」
設定されたルール上、ザザルが次の標的を見つけるまでには少し時間がかかる。だがリントも無能ではない、早晩対抗策を練ってくるだろう。それをいかにして乗り越えていくか。
「"プルス・ウルトラ"か……ククッ」
ドルドが思わず嘲笑をこぼしたとき、背後からバイクのエンジン音が迫ってきた。
「………」
「!、おまえは……」
バイクを急停車させ、颯爽と飛び降りるライダー。メットを脱ぎ捨てて露になったのは、紅白くっきり分かたれた頭髪に、痛々しい火傷痕が左目の周囲を覆う端正な顔立ち。――まさかまた、こんな形で遭遇することになろうとは。
「アギトか……久しぶりだな」
「……やっぱりテメェ、あの病院のときの奴か」
あのときは怪人体での邂逅だったが、それでも纏う雰囲気で察知したのか。流石はアギト、以前にも増して鋭くなっている。
ドルドの背後で白煙をあげ続けるタクシーを認めて、彼の表情はますますきつくなった。
「あれは……テメェがやったのか?」
「フム……」肩をすくめるようなしぐさを見せ、「キミはどう思う?」
挑発するような問いかけに腸が煮えくり返りそうになったが、同時に頭の冷静な部分で違うとも思った。この男は37号以降、グロンギのゲゲルの現場で時折目撃されている。手にした算盤のようなもので、何かを数えおろしている姿。数えているのはなんということはない、プレイヤーたちが殺害した標的の人数だろう。上位の集団に移ってルールが複雑化したゆえに、"
それを確信したうえで……焦凍は、変身の構えをとった。腹部から黄金の輝きを放つ"賢者の石"、それを包み込み保護するベルト"オルタリング"が出現する。
「……キミは正解を叩き出したと思ったんだが、誤解だったかな?」
「ンなことねェよ。審判でカウント役のおまえを倒すか最低限ここに縛りつけておけば、一時的にでも今回の奴はゲームを中断せざるをえない。違うか?」
「なるほど。一応、筋は通っているな。ただ……」
ドルドの姿が、ぐにゃりと歪む。背中から漆黒の翼が生え、仮面は尖りに尖って嘴を形成する。
「キミが、私と対等に戦りあえるかな?」
「……ッ」
あかつき村近くの病院で対峙したときと同じ、禿鷹のようなその姿。グロンギとは思えない紳士的な口調とは裏腹に、獰猛さをまざまざと示している。
あのときの戦いを思い出す。乱舞する羽根の攻撃に、自分は翻弄されるばかりだった。ドルド本体はクウガという増援が現れるまで一歩たりとも動かず、高みの見物を決め込んでいたのだ。――こいつに本気を出させて、そのうえで勝つ。いまの自分の実力で、果たしてそれができるか。
(やるしかねえんだ、俺は)
もう、後戻りはできない。
「変……身――ッ!!」
両手をクロスさせるようにして叫び……オルタリングの起動スイッチを、叩く!
覚醒した賢者の石が眩く発光し、焦凍の身体を俗世から覆い隠す。
光が収まったときにはもう、焦凍は三つの力をもつ戦士・アギトへの変身を完了していた。
かつて手に入れようとした敵に対し、ドルドは淡々とした口調で言い放つ。
「――3分だ」
「……なに?」
「3分で決着がつかなければ、私は私の仕事に戻らせてもらう。そのあと、キミがザザル……今回のプレイヤーを追うのも自由だ」
「俺らがゲームを邪魔すんのはいいのか」
「それをどう乗り切るかもゲゲルの要素だ。ただ、職務放棄は私の沽券に関わる」
「そうか。……心配しなくても、長引かせるつもりはねえ」
静かに宣言しながら、全身に光流を纏わせていく。
(ワン・フォー・オール……フルカウル……!)
「フム……やはり大きな力だ。――惜しいな」
獲物に狙いを定めた獣のごとく、姿勢を低くしていくアギト。翼を広げ、迎撃の体制をとるドルド。
張り詰めた静寂。――それを切り裂くようにして、傍らを走る線路のいずこかで警笛が鳴り響く。
刹那、
「――はッ!」
アギトが跳躍し、寸分違わずドルドが無数の羽根を発射する。互いにとってのリベンジマッチ、その幕が切って落とされた。
*
そうして都内が、再びグロンギの恐怖に震えはじめた頃。
バラのタトゥの女――バルバは、ズ・ゴオマ・グを従えてとある場所に向かっていた。
「ゾボビギブンザ、バルバ?」
「………」
問いかけに対し、答えはない。ゴオマは不満げに顔をしかめたが、それでも黙って付き従うほかない。
いずれにせよ、答えはすぐに出た。
「ヅギダゾ」
「!」
ふたりの前にそびえ立っていたのは、現代のリントたちが怪我や病気を治療するという施設――病院だった。こんなところに一体なんの用が?病気はしないし怪我も自力ですぐに治せるグロンギである以上、首をかしげざるをえないゴオマ。
無論……バルバには、まったく別の目的があった。
(これでなすことができる……――"究極の闇"を)
真珠色の唇をほのかに歪めながら、彼女は己が目的のために悪夢をもたらそうとしている。
そのはじまりの地となるのが、つい先ほどまで轟焦凍が訪れていた病院なのは……果たして、ただの偶然であろうか?
つづく
黒霧「次回予告。……ヴィランでは地味に私が初ですか、緊張しないといえば嘘になります」
黒霧「次々にタクシーを襲う未確認生命体、一方で人間側はタクシー会社に営業を自粛させるという当然すぎる対抗措置をとります。早くもゲームは八方塞がりか……どうなのでしょうね。そんな甘い女性だとは私には思えませんが」
黒霧「それにしても死柄木弔……あんなことになってしまって……。オールマイトのビデオを見て無邪気に喜んでいるなどと原作の彼が知ったら、世界線を飛び越えて自分を殺しにやって来そうですね」
EPISODE 35. 死柄木 弔
黒霧「次回、死柄木弔がリンチされてプルス・ウルトラします。……三途の川の向こうにではありません、念のため」