【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
新宿区内、第41号の出現予想ポイントである一角に、鷹野警部補をリーダーとするチームの面々が集っていた。出現予想と言っても、敵が標的を変更した可能性がある以上実際に現れる可能性は限りなく低い。実質的にはここを基地として、情報収集および分析に努めているような状況だ。鷹野自身もパトカーの運転席にこもり、手帳と鋭く睨みあっていた。
「新宿、渋谷……違うな。でも北区と世田谷区で同じタクシーが被害に遭っているわけだから……」
ブツブツとつぶやきながら、ザザルのゲゲルのルールを推理し続ける。思考が独り言となって漏れ出すのは、何も出久に限った話ではないのだ……出久の場合激しすぎるのと、場所を選ばないのが問題であるだけで。
そんなことを暫し続けていた彼女も、お腹がぐう、と音をたてるのを聞いて我に返った。とっくに昼食どきは過ぎている。刑事たるもの適切な時間に食事を摂れないのはやむをえないのだが、人間である以上空腹にはなる。
ため息をつきつつ、常備しているゼリー飲料に手を出そうとしたとき、運転席のドアが控えめに叩かれた。部下かと思いぱっと警部補の表情に切り替えた鷹野だったが、そこにいたのは意外な人物で。
「!、緑谷くん……」
遠慮がちに会釈する緑谷出久の姿。なんでここに、と口に出しかけて、そういえばこちらに合流することになっていたのだと思い出した。ウィンドウを開けたところで、彼が白いレジ袋を差し出してくる。
「……これは?」
「あ、お昼まだですよね?よかったら食べてください」
「あら……ありがとう。きみもまだでしょう、その様子だと」
「そうですね……」
鷹野がん、と助手席を指し示した。
「外じゃ食べにくいでしょう。一緒にいかが?」
「あ……じゃ、じゃあ、おことばに甘えて……」
出久が頬を赤らめたのは、自分個人へのどうこうではなく単に女性への免疫が薄いからだろう。鷹野はすぐにそう判断したし、実際そうだった。桜子やお茶子という親しい友人ができてもなお、長年の積み重ねは崩せないのだ。
ともあれ素直に隣に入ってきた出久から、袋に入ったパンの類いを受けとる。それはことごとく肉を挟んだタイプのものだった。
「これ……」
「あ、肉が好きだとうかがったので」
「……森塚ね」
あのおしゃべりな後輩、歳が近いせいか出久ともほとんど友人に近い関係を築けているようだ。他人の趣味嗜好まで無断でしゃべるのはどうかと思うが、こういう形で役に立つならやぶさかではない。
遠慮なくパンをかじりつつ、鷹野は気遣わしげに声をかけた。
「爆心地の件……大変だったわね」
「あ……いや、僕はそんな……。怪我をしたのはかっちゃ……勝己くんですから」
出久の表情が曇るのを見て、鷹野はしまったと思った。せっかく気持ちを切り替えようとしていたのに、水を差してしまったかもしれない。
しかしその心配は杞憂だったというべきか、彼はすぐにきりりと眉を吊り上げた。頬にそばかすの浮いた地味な童顔だが、そうしていると内に秘めた意志の強さが浮き出てくるようだ。
「自分を責めて、立ち止まっているわけにはいかない。かっちゃんのぶんまで、僕ががんばらなきゃいけないんだ……」
吐露というより、ほとんど独り言に近いつぶやき。とともに、出久は自身のぶんのパンに大口を開けてかぶりついた。発する熱量は、それでも補いきれるのかわからないほどだ。
それを目の当たりにした鷹野はふと、この青年と出会った日のことを思い出していた。"緑谷出久という人間と知り合った日"ではなく、"未確認生命体第4号と遭遇した日"。未確認生命体第5号――ズ・メビオ・ダから、人々を守るため孤独の中でも戦いを挑んでいった出久。そんな彼に、自分は――
「……ごめんなさい」
「へ?」
いきなりの謝罪のことばに、出久は目を丸くしている。それはそうだろう、まったく脈絡がない。
「きみに対して、銃を向けてしまった……三度も」
「あ、あぁ……ありましたね、そんなことも」
「あのときはきみを、ただの同族殺しの未確認と思い込んでいた。きみが何を思って戦っているのかなんて、考えもしないで……」
「本当に、ごめんなさい」――狭い車内でできるだけ身体を出久のほうへ向け、鷹野は頭を下げた。もっと早くこうすべきだったと思う。
「やっ、やめてくださいそんな!僕は、自分のやりたいことをやってるだけです……あの頃もいまも。それに鷹野さん、僕に銃を貸してくれたことがありましたよね?僕を信じてくれるようになったんだってわかって、すごくうれしかったです」
「緑谷くん……」
「だから、その……これからもよろしくお願いしますっ」
出久のほうも身体の向きを変え、一礼する。車内で行われていることを鑑みれば、どうにも異様な光景だ。近くにいた警官がこちらを怪訝そうに見ていることに気づき、ふたりは慌てて前方に向き直った。
「ハハ……でも、ちょっと意外でした」
「何が?」
「鷹野さんって……その、もっと怖い人なんだと思ってました」
「すいません」と、食傷気味の謝罪。鷹野はふ、と笑った。
「……よく言われるわ、上の年代の人からは"かわいくない女"なんてふうにも」
そんなのはまだいいほうで。"出世しか頭にない冷血人間"と陰口を叩かれたこともある。確かに彼女は、ノンキャリアの身でありながら二十代の若さで警部補にまで昇進し、既にこうしてユニットリーダーを任される身でもある。それはすべて、警察官としての理想の在り方――市民の安全の守護者たること――を追求するがゆえだ。その志をうまく他人に伝えられない、ただ黙々と必要なことにだけ取り組んでしまうのが、自分の悪癖だと理解してはいる。
「なんかそんな感じの人、知ってる気がする……」
「え?」
「い、いやこっちの話です」誤魔化しつつ、「……昔ネットで調べたんですけど、警察の昇任試験ってものすごい難関なんですよね?」
「ものすごい、かどうかはわからないけど……まあ、倍率は高いわね」
「それをどんどん突破していくなんて並大抵の努力じゃできませんよ、ましてちゃんと仕事をこなしながら。他人に理解されなくても自分の夢のためにひたむきにがんばれるのって……すごいことだと思います」
「僕にはできなかったなぁ」と、出久は自嘲ぎみに笑った。詳しいことは知らないにしても、この青年が幼い頃からずっとヒーローを夢見ていて、破れたことは鷹野も小耳に挟んでいる。それでもねじ曲がることなく心優しき青年としてこの場にあるほうが、鷹野にはまぶしく思える。
「緑谷くん、きみそろそろ就活の時期でしょう」
「う……、耳が痛い」
「仕方ないわ、こうして全力で協力してくれてるんだもの。――警察に入るなら、協力してくれる人はたくさんいると思うけど?」
「実は……心操くんにも誘われました。正直まだ、考え中です。クウガじゃなくなったあと、クウガとして皆さんと一緒に戦った日々にどう折り合いをつけられるか……まだわからないから」
「……そう、そうね。いいわ、心が決まったらいつでも言って。そうしたら私の部下にしてこき使ってあげる」
「あ、はは……お手柔らかに……」
やっぱり怖い人なのかもしれない――悪い人ではないけれど。
出久が苦笑する横で「ごちそうさま」と手を合わせた鷹野は、再び手帳を手にとった。腹ごしらえも済んだところで、推理再開というわけである。
なんとはなしにめくられていくページを見つめていた出久だったが、妙にカラフルに彩られた部分を見つけて「あ」と声をあげた。
「いまのってなんですか?」
「ああ、これ?」
それはなんの変哲もないカレンダーだった。過去の月日の要所要所が、文字列と赤、青、紫、緑の四色で埋められている。例外的に白もある。つまりこれは――
「僕がどの色でグロンギを倒したか……ですか?」
「ええ。ずいぶん色々な色で戦ってるわね、きみ」
はは、と笑いつつカレンダーをめくる出久。――ふと脳裏にもやもやが浮かび上がる。小さな、違和感。手帳自体に瑕疵があるわけではない、これはなんだ?
「緑谷くん?」
出久の表情が変わったことに気づいた鷹野が怪訝そうに呼び掛けたのと、車内に無線が鳴り響くのが同時だった。
『鷹野くん、聞こえるか?塚内だ』
「!、はい」
『練馬区桜台にあるオフィスビルのエレベーターで、41号によると思われる事件が発生した』
「エレベーター!?」
『所轄の署員が現着して捜査を開始している。きみたちも向かってくれ』
「了解しました。――緑谷くん、」
「はい、また現場で!」
パトカーを飛び出し、トライチェイサーに騎乗する出久。つい数時間前にも見たような光景。出久自身の頭にもそれがよぎったが、また同じことの繰り返しになるとは流石に思わなかったし、思いたくなかった。
*
「ゼビダジョ、バルバ」
まるで工作を完成させた子供のような口調で、ゴ・ジャラジ・ダが言い放った。
この薄暗い洋館からはゴの三強も去り、いまは彼とバルバ、そしてその従僕であるズ・ゴオマ・グしかいない。
――いや、"彼"もいた。ジャラジの背後から幽鬼のような足取りでついてくる、痩せた半裸の男。やや青みがかった白髪の隙間から、爛々と光る紅い一対が覗いている。ひび割れた唇はゆるく開かれたまま、何も発しようとはしない。この世のものであるのかすら疑わしい、そんな姿。
だがバルバは、満足げにこの男に声をかけた。
「気分はどうだ、死柄木弔?……いや――」
「――"ダグバ"」
「………」
"ダグバ"の名を与えられた元・死柄木弔は、ことばのうえでは何も答えない。ただ唇がわずかに歪み、怖気の走るような笑みが浮かぶ。それだけで、バルバには十分だった。
「……ねぇバルバ、」ジャラジが口を挟む。「こいつに"整理"、やらせるんでしょ……?」
「そうだ」
「ぼ、ボクも、一緒に行きたい……。ダメ……?」
軽く言っているが……それ即ち、ゲゲルへの挑戦権を破棄すると言っているに等しい。本来なら審判としてこの場で罰を与えねばならないところ、バルバはむしろそのことばを望んでいた。
「"観測者"は必要だ。だが、おまえが手を汚すことは許されない」
「……ん、わかった」
ジャラジとしてはその"観測者"の役割こそが重要なのであって、下級のグロンギどもなどどうでもよかった。そもそも殺しがしたいなら、ゲゲルに挑めばいいだけの話だ。
これで自分は、リントがグロンギに染まっていくさまを見届けることができる――ジャラジが静かに卑しい笑い声をあげていると、「ねえ」と声をあげた者がいた。
言うまでもない、弔だ。
「そいつ、欲しい」
「!?」
指を差されたのは、バルバの後ろで忌々しげな表情を浮かべていた黒づくめの蝙蝠男だった。ジャラジが初めて無表情でも卑しい笑みでもない、呆気にとられたような表情を浮かべている。当の本人は尚更だったのだが。
「こいつに利用価値があると思うなら、好きにするといい」
バルバは冷徹にそう言ってのけた。ゴオマは自分にとっては所詮、ただの小間使い。だが彼は、敵連合で凶悪なヴィランからチンピラ崩れまで多くの配下をまとめあげていた男だ。――"災厄の象徴"は決して孤独ではなかった……"平和の象徴"とは対照的に。
だが勝手に下げ渡されたゴオマ自身が、はいそうですかとそれを受け入れられるわけがない。低い階級とは不釣り合いなほどに肥大化したプライドが、彼の病的なまでに生白い顔を紅潮させる。
「ズザ……ズザ、ベスバァァァッ!!」
そして、怪人体へと変身する。翼を広げ、口から鋭い牙を覗かせて、弔と対峙する――
バルバもジャラジも、彼を制止しようとはしない。ただ冷たい表情で成り行きを見守っている。――なんなら、弔自身も一歩も動こうとはしなかった。
「ギベェッ、リントグゥゥゥゥッ!!」
憤懣のままに、そんな弔へ襲いかかるゴオマ。牙に負けじと鋭く尖った爪を振り上げ――振り下ろす、眉間めがけて。
刹那、弔の姿がゆがんだ。
「――!?」
ゴオマの一撃はむなしく空を切った。代わりに背中を襲う重量。それが一瞬にして消えたかと思えば、いままで感じたことのないような激痛が襲ってきた。
「ガ……ギャァアアアアアアアアッ!?」
ゴオマの左翼が……跡形もなく、消失していた。純白に変わった掌、それに握り込まれたというだけで。
死柄木弔が異形へと姿を変えていたのは一瞬のこと、たった数秒のうちにもとの人間の姿へと戻っていた。
翼というアイデンティティを半ば奪われたゴオマには目もくれず、ジャラジは首を傾げる。
「……なんか、昔のダグバと違う」
ダグバ――かつてそう呼ばれた、同族。純白の身体、鋭く天を仰ぐ黄金の四本角は変わらない。だが、これは……。
「……アギト」
その姿は、アギトによく似ていた――
キャラクター紹介・リント編 バギングドググドギブグ
出水 洸汰/Kouta Izumi
個性:水の発生
年齢:10歳
誕生日:12月12日
身長:145cm
好きなもの:一人旅・爆心地グッズ
備考:
ディテールは原作参照だ!
本作においてはいじめられていた同級生を――当人に拒絶されたとはいえ――見捨てた結果自殺未遂を起こされたことに絶望し、徹底的に自分を貶めようと万引きに手を染めようとしたぞ!(幸いにして出久に阻止されたおかげで未遂に終わった)
しかも口が悪く無愛想なので誤解されがちだが、本当はとても繊細で優しい子なのだ……なんか、デジャブ……。
ちなみに"この世界線では"自分を救けてくれた爆心地に対しては、ファンというにはかなり複雑な感情を抱いている一方、グッズを密かに収集するなど年頃の男の子らしいこともしていなくもないぞ!これはトップシークレットなのだ!(マンダレイ談)
作者所感:
アニメで見て絶対出そうと心に決めたキャラ。こういう男の子すごく好きなんです。不器用な……成長したら高倉健ばりになりそうな。原作では5歳にして12、3歳くらいの台詞回しだな~という印象を受けたので、10歳になった拙作では意識して大人っぽく、でも根っこはまだ子供な感じで描いてみたつもりです。出久がいなかったために「僕のヒーロー」がかっちゃんになってたり、if感出てますかね?轟とグラントリノの師弟関係もそうですけど。
あとエピソードの初期案として、洸汰の学校に教育実習で来てた実習生としてかっちゃんの取り巻き(刈り上げの奴)が出るというのもありました。折寺時代を代表するような奴に、あの幼なじみコンビが協力して奔走する姿を見せてみたかったんですが、なんか不自然だし尺も足りないのでボツに。そんな悪い奴に見えないんですよね、かっちゃんを妙に優しい目つきで見てるシーンとか。……って洸汰くん関係ねえや。