【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
曇天の山中は、いかに真昼であっても逢魔ヶ時のごとく薄暗い。山には魔物が棲むとも言われているから、夜と昼とにかかわりなく四六時中逢魔ヶ時といっても過言ではないのかもしれない。それはきっと、科学も個性も超越した――
――爆豪勝己という人間は、そんなものを信じない。迷信を迷信と切って捨てるばかりでなく、仮にそうした存在が目の前に現れたとて叩き潰してみせると心の底から豪語できる強さがあった。
ただ目の前の光景は、そんな彼の自信を揺らがすほどの凄惨なものだった。
死体、死体、死体。数えるのも馬鹿らしくなるほどの無数の死体が、血の海の上に積み上がっている。目に入る限り、五体が残されているものはひとつとしてない。腕、脚が欠けているなんていうのはまだいい方で、首がない死体、酷いものでは本当に人間のかたちをしていたのか疑いたくなるようなものまである。
この光景は本当に、現実のものなのか。半ば呆然と立ち尽くしていた勝己は、「……爆豪、」という控えめな呼び声によって我に返った。
傍らに目をやれば、目深に被ったキャップ帽から左右くっきり分かたれた紅白の髪を覗かせる青年が、こちらを気遣わしげに見つめている……頬を幾分か青ざめさせながら。
「ンだよ」
「いや……顔色、悪いぞ。大丈夫か?」
「……このザマ見て平気な顔してられる奴ぁ、人間じゃねえだろ」
「確かにな……。――俺は、人間か?」
「安心しろや、テメェはクソムカつくくらい真人間だわ」
「そうか……」
――爆豪勝己……そして、轟焦凍。
"ダグバ"と呼ばれるグロンギとなってしまった死柄木弔、および彼に同行したとおぼしきゴ・ジャラジ・ダ、ズ・ゴオマ・グを追って、東京を離れたふたり。当初はあてどなきものになるかと思われた彼らの旅は、各地の警察署やヒーロー事務所からの迅速かつ重層的な情報提供によって支えられることとなった。合同捜査本部によるバックアップには、感謝するほかない。
そうした、死柄木たちらしき3人の目撃情報を得てこの地に足を踏み入れた矢先……この場の大量虐殺の報が飛び込んできて、いまに至る。
「これが、死柄木のやったことなのか……」
疑念のこもった面持ちで、つぶやく焦凍。死柄木弔はもとより凶悪なヴィランで、人を殺めることに不思議はない。ただ、違和感があった。彼が東京から姿を消した理由である"整理"――それがこんな大量殺人だとするなら、いままでのグロンギの"ゲゲル"となんら変わりないではないか。
「この殺し方、あいつ以外にありえねぇだろ」断言しつつ、「テメェの言いてぇことは、わかるけどな」
「爆豪……」
違和感を覚えているのは、勝己も同じ。――幸い自分たちより先に膨大な所轄の捜査員およびプロヒーローたちがここに来ていて、捜査・調査を行っている。現場に残された手がかりを見つけ出すには、その進展を待つしかないだろう。
ふたりが複雑に絡みあった思いにとらわれていると、「爆豪、轟」と呼ぶ声がかかった。当人同士を除いて彼らを本名で呼ぶ者は、ヒーローや警官たちにはほとんどいない。いるとすれば、
――現れたのは、リーゼントのようにした前髪で目元を、マスクで口元を覆い隠した体格の良い青年。その顔立ち以上に特徴的なのは、腕が左右に三本ずつ生え出ていること。常人と変わらぬ形の一対のほかは触手のような形状になっている。グロンギたち以上にクリーチャー感漂う容貌であるが、彼を奇異の目で見る者は少なくともこの場にはいない。
彼がその"複腕"をもって活躍するプロヒーローであると、皆、知っているからだ。
触手ヒーロー・テンタコル、本名は障子目蔵。
「ありがとな障子、情報くれて」
「気にするな、同窓のよしみだ」
そのことばどおり、勝己と焦凍にとっては固い絆で結ばれた、雄英の同級生である。異形型ゆえの特異な姿とは裏腹の寡黙で落ち着いた性格が、かえって付き合いやすい。
「しかしおまえのカミングアウトには驚いたぞ、轟」
「ああ……黙ってて悪かった」
弔を追うにあたって、もはやいまの自分の置かれている立場を黙っているわけにはいかない。そう判断した焦凍は、かつての同級生たちに打ち明けたのだ。自分が異能の超戦士アギトとして、勝己たちとともにグロンギと戦っていることを。
そんな重大な事実をいままで隠していた以上、強い非難を受けることも覚悟していた。しかし現実には、芦戸の「水臭いよ~!」という反応くらいで。皆、秘密を抱える焦凍を受け入れ、今後の協力を約束してくれた。本当に、感謝してもしきれない――
ふ、と息をつきつつ、障子が言う。
「さて、積もる話はあとにして、おまえたちに見てほしいものがある」
「見てほしいもの?」
「ああ。――奴らの犯行声明、かもしれない」
「!」
死柄木たちがこの場に残したもの――口ぶりからして明確に意味のわかるものではないのだろうが、なればこそふたりの心は色めきだった。あるいは、あとを追う自分たちに対するメッセージの可能性だってある。
「こちらだ、ついて来てくれ」
障子の案内に従って、歩きだす。彼の見せたいものはこの廃工場の奥にあるようで……つまり、幾重にも積み重なった屍の横を通りすぎていかなければならないということ。漂ってくる、凄まじい腐臭。羽音をたてて蝿が飛んでいる。さすがに吐き気がこみ上げてきて、焦凍は思わず手で鼻と口を覆った。ちら、と隣を見やれば、勝己は盛大に眉をしかめながらもずんずんと歩を進めている。死体の山を見て顔色を悪くする程度にはまともな神経をしているのだが、こういうところは流石、と思わざるをえない。
そのあとも、どれほど血潮に染まった地面を踏みしめ続けただろう。意識が遠のきかけたそのとき、再び障子から「爆豪、轟」と声がかかった。
「あれだ」
「――!!」
障子が、指した先……壁に血で描かれた"それ"に、勝己も焦凍も、思わずことばを失っていた。
「ばく、ごう……あれって……」
「……あぁ」
応じる勝己の声まで、心なしかかすれている。いや彼のほうが、自分よりよほど受けた衝撃は大きいだろう。そこに描かれたものを、よほど見慣れているのだから……。
「――障子、」
「なんだ、爆豪?」
「これを見せたい人間がいる。写真、撮っても構わねえな?」
「……おまえたちは合同捜査本部から派遣されてここにいることになっているんだろう。問題はないだろうが……誰に見せるつもりなんだ?」
スマートフォンのカメラをそこへ向けつつ、勝己は言った。
「城南大学考古学研究室の、沢渡桜子さん」
同時にぱしゃりと、焚かれたフラッシュ。光に照らし出されたその血の紋様には……四本角が、描かれていた。
*
クウガ――緑谷出久は、危機を迎えていた。
己が相棒であるマシン・トライチェイサーはいま、宿敵である未確認生命体第43号――ゴ・バダー・バの支配下にある。明確に、自分に対して害をなそうとしている。
「てめえのマシンに轢き殺されろッ、クウガァ!!」
本性を剥き出しにしたバダーが迫る。そのホイールがクウガの眼前に襲いかかる、
「ッ!」
どうにか態勢を立て直したクウガは、すんでのところで横に跳んで攻撃をかわした。空振ったホイールが地面に叩きつけられるのを見て、バダーはひとつ舌打ちを漏らした。
「チッ、逃げ足も速ぇな……だが、いつまで逃げられるかな?」
「……ッ、」
逃げる?いや、いつまでも逃げまどっているわけにはいかない。トライチェイサーを、取り戻さなければ……。
(だけど、どうすれば……)
その頃、出久のあとを追った飯田と森塚――"
『見つからないね、緑谷くん……』
「ええ……ッ、一体どこへ行ったんだ……!」
爽やかな風とは裏腹に、焦燥に駆られるふたり。――そんな折、背後からサイレン音が接近してきた。
「ムッ、この音は……」
『ひょっとしたらひょっとして、警視庁の青い悪魔かな?』
森塚がつぶやいたと同時に横に並んだのは、確かに青と銀に彩られた鋼鉄の異形だった。
「……森塚刑事、大袈裟です」
「心操くん!」
トライチェイサーと従来の白バイの発展型である専用マシン"ガードチェイサー"を駆り、現れたG3――心操人使。彼自身の淡い紫を覆い隠す橙の複眼が、クウガに酷似していることは……今さら言うまでもあるまい。
「悪い、遅くなった。……どうせこれに乗ってんだから、俺が囮役になれればよかったんだけど」
「G3には制限時間があるからな……仕方がないさ。――それより、」
「わかってる。緑谷を捜そう」
捜すといっても、あてどもなくあちらこちらを奔走する類いのものではない。この湾岸沿いのどこかに、出久と未確認生命体はいる――
――そして、見つけた。
「!、緑谷……!」
トライチェイサーを奪ったバダーに、執拗に追い込まれている出久……クウガの姿を。
彼は必死に攻撃をかわしながら相棒を取り戻す隙を探り続け……疲弊していた。
「ッ、はぁ……はぁ……!」
(……駄目だ!)
これではチャンスを掴めない。いまの自分にとりうる手段はひとつ、
「――超変身ッ!!」
全身の筋肉がひと回り膨れあがり、鎧も赤から銀と紫へ変わる。タイタンフォーム――スピードを犠牲にする代わりに、パワーと防御力の突出した形態だ。これを選んだ以上、もはや逃避はあきらめ、攻撃を受け止める方向へ舵を切ったということ。全速で迫るトライチェイサーの馬力に打ち勝ち、奪還の糸口を掴む――
「フン、ころころ色変えやがって」
せせら嘲うバダー。受け止める気でいるということは、つまりクウガは己の相棒をその程度と認識しているということ。
自ら奪いとっておきながら、彼はトライチェイサーを哀れに思った。主に信頼されぬマシンほど、可哀想なものはないと。
(だから、復讐させてやるよ)
「――ゴパシザ、クウガァ!!」
いよいよクウガを殺す、クウガのマシンで。最高に皮肉なトラジェディーを完結させるべく、バダーは身構える紫のクウガへ迫る。マシンの前輪が、彼の頭頂ほどまで持ち上がる――
刹那、
トライチェイサーのエンジンが、小さな爆発を起こした。
「ッ!?」
火と白煙を噴き上げ、コントロールを失ったマシン。突然のことに、バダーは混乱した。それはクウガ、そして救援に現れた者たちも同じだったのだが、
「緑谷!伏せろッ!!」
「!」
はっと振り向いたクウガが目の当たりにしたのは、"GG-02 サラマンダー"を構えるG3の姿。
そのことばに従って地に伏せると同時に、グレネードランチャーが爆裂する。それは動かなくなったトライチェイサーに跨がったままのバダーの胴体に、正確に吸い込まれていく。
――そして、爆発。
「グアァッ!?」
戦車すら粉々に破壊する威力の砲弾が直撃し、バダーはなすすべなく吹き飛ばされた。宙を舞ったその身が、荒涼とした岩肌に叩きつけられる。
その隙に仲間たちは、クウガのもとへと駆け寄った。
「無事かッ、緑谷くん!?」
「みんな!僕は、……だけど――」
トライチェイサーを見遣る。激しい白煙をあげながら打ち捨てられたような有り様と化しているそれは、素人目に見ても無事とは言いがたい。いよいよ取り返しのつかないことになってしまったという焦燥が、出久の心を支配する。
「トライ、チェイサー……」
「………」
その惨憺たるありさまを目の当たりにして、思わずことばを失う一同。――そんな彼らを現実に引き戻したのは、もう一騎のエンジン音で。
「!」
「わらわら増えやがって……このまま時間切れなんてのはごめんだぜ!」
「じゃあな!」と捨て台詞を吐いて、バギブソンとともに走り去るバダー。かの敵を追うか、ここにとどまるか……揺れる中でいち早く動いたのは、心操だった。
「俺が奴を追う。ふたりはここを頼む!」
「……わかった!」
出久のことはいざ知らず、あんな姿になってしまったトライチェイサーを放置しては行けない。とりわけ警察官であり造詣も深い森塚の存在はこの場に必要不可欠だろう。自分の脚で走ったとて追いつけるわけもない以上、飯田はこらえて託すほかなかった。G3を手放したのは自分自身で決めたことで、あとを受け継いだ心操のことも信頼している。
ガードチェイサーとともに追撃に出たG3を見送って、飯田もトライチェイサーのもとへ走った。変身を解いた出久と、その隣に森塚。彼らは揃ってしゃがみ込み、熱をもった車体にそっと手を触れていた。まるで、撫でるように。
(緑谷くん、森塚刑事……)
その背中からこぼれ落ちる哀愁めいたものを感じて、飯田はふたりの心を思った。出久にとってトライチェイサーは相棒であり、森塚にとっても思い入れの深いものである。かけるべきことばが見当たらず、飯田はぎゅっと目を瞑り、機械仕掛けの戦友の死を悼んだ。
――背後からでは見えるはずもなかったが……相棒を見下ろす出久の瞳からは、絶えず透明な雫が流れ、頬を濡らしていた。
「トライチェイサー……」
幼なじみから託され、初めてこのグリップを握った日のことを思い出す。あれから半年にもならない関係だったけれど……ともに戦場を駆けた日々は、一生分にも等しい濃密さだったと思う。
「いままで……ありがとう……っ」
しゃくりあげるのをこらえ、精一杯の笑顔で別れを告げる出久。そんな彼の背中に、森塚の左手が触れた。慰めるように、優しく動く。
彼のどんぐり眼にも涙が浮かんでいたのだけれど、傍らの青年のようにそれを溢すこともないだけ、やはり大人としての振る舞い方を身につけてしまっているのだった。
キャラクター紹介・リント編 バギングドググドゲギド
本郷 猛/Takeshi Hongo
※個性、年齢等一切不明
備考:
警視庁のトップである警視総監。コーヒーへの並々ならぬこだわりや特徴的な笑い方、制服の上からでもわかる鍛えあげられた肉体など、歴代の警視総監の中でも独特の存在感を誇ると言われている。
警視総監であるからにはいわゆるキャリア組のエリートであるはずなのだが、その経歴は謎に包まれているぞ!若かりし日の彼らしき人物が写った写真、その日付が一世紀以上も前のものであったのは、果たして……。
個性黎明期に活躍したと言われている伝説的なヒーロー"仮面ライダー"について造詣が深く、クウガやアギト、G3についてもそのように呼称し、支援している。その一方でG-PROJECTの推進によって治安維持の主導権をヒーローから警察に取り戻そうと目論んでいるなど、一筋縄ではいかない一面も見受けられるぞ!
作者所感:
ちょっとお遊びで出したつもりが、作者の手に負えない御方になりました。だってこれ、藤岡弘、だもん!