【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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(たぶん)今年最後の投稿になります。次回は元旦に投稿できたらええがなと思ってたり。

この作品での二度目の年越し!これだけ長く続けられて我ながらうれしいね!皆、ありがとう!!


EPISODE 39. BEAT HIT! 2/4

 逃走を図るゴ・バダー・バを、ガードチェイサーを駆るG3が追跡していた。

 

 バダーの操るバギブソンの推定最高時速は400キロ、対してこちらは350キロ。一時的に追いつけたとしても、あちらが本気になれば容易く振り切られてしまう。ましてこちらは従来の白バイに近い大型のオンロードタイプであり、小回りがきくことが必須となる格闘戦では遅れをとることが最初からわかっている。

 

(正攻法じゃキツイってことか)

 

 一見悲観的な結論を出しながらも、心操は冷静だった。搦め手でいくのは、さほど苦ではない――俺はひねくれ者だからと、自虐しつつ。

 

 バギブソンとの距離を詰めた彼は、エンジン音にかき消されぬよう声を張り上げた。

 

「なあ、43号!」

 

 無視。これは予想の範疇だ。ナンバーより本名で呼びかけられたらより効果的だと思うのだが、まあ仕方がない。

 攻撃をあえて控えつつ、心操は努めて親しげに話しかける。

 

「俺、バイクが好きなんだ。あんたのバイク、一目見たときからいいなって思ってた」

「!」

 

 バダーの肩がわずかに揺れる。まだ警戒も窺えるが、もうひと押しだ。

 

「さっきはいきなり撃って悪かったよ。でもこっちも仕事なんだ。――なあ教えてくれよ、そのバイクどんな改造を施してるんだ?エンジンは?駆動系は?」

 

 矢継ぎ早に質問をぶつけていると、バダーのバッタそのままの顔がわずかにこちらへ向けられた。

 

「フン、しょうがねえな。そこまで言うんだったら……」

(………)

 

「――ちょろいな」

 

 途端、バダーの頭脳は心操によって支配された。――"洗脳"の個性を発動させる、そのために彼のプライドをくすぐり、応答を引き出させたのだ。

 

「そのままバイクごと、海にダイブしろ」

 

 人間相手だったらば、たとえヴィランだったとしても触法すれすれの命令を下す。だが目の前の敵は強力なグロンギであって、手段を選んでなどいられない。まずバイクを操縦不能にし、丸裸になった敵を打ちのめす――倒せるとまでは断言できないが。

 

 いずれにせよバダーは、命令に従って海へ進路を向けた。いったん緩んでいたスピードが、再び上昇へと転じる。落下まで、あと数秒――

 

 心操は己が策の成就を確信した。しかしゴ集団の中でもとりわけ実力者に食い込むゴ・バダー・バは、彼の個性の一枚上手を行った。

 

 強靭な意志をもってわずか、ほんのわずかに洗脳に抗う。通常の戦闘であれば趨勢になんの影響ももたらさなかったかもしれないその一瞬が、彼の命運を分ける。車体を傾け――もろとも、激しい勢いで地面に転倒したのだ。

 

「な……!?」

 

 想定外のことに動転する心操。ただ予想を外れたというだけではない、これはおよそ最悪の事態でもあった。

 

――心操の"洗脳"は、被洗脳者が強い衝撃を受けることによって不随意に解除されてしまうのだから。

 

「……てめえ、」ゆらりと立ち上がるバダー。「性根、腐ってンな」

「……お前らにだけは言われたかないね」

 

 やり返しつつ、ガードチェイサーの収納に手をかける。状況を打開すべく素早く装備したのは、"GA-04 アンタレス"だ。その鋼のワイヤーをバダーめがけて射出する。拘束し、あらん限りの攻撃を叩き込む……強敵を相手にする以上はそれしかないと心操は考えたし、事実そのとおりだったのだけれど。

 

 問題は、バギブソン抜きのバダー自身の能力も、心操の……否、G3単独で対処できる範疇を大きく超えてしまっていたということだ。

 

「フンッ!」

 

 その場で大きく膝を曲げたかと思うと、バダーはまっすぐに跳躍した。――自ら"脅威のライダー"を名乗るほどのライディングテクニック。そればかりに特化していると思われがちだが……同時に彼は本質的にバッタ種怪人であり、"脅威のジャンパー"としてクウガに辛酸を舐めさせたあのズ・バヅー・バの双子の兄だった。

 

 つまり。そのジャンプ力は、弟のそれすらも凌駕するのだ。

 

「……ッ!?」

 

 ワイヤーはむなしく空を切り、心操はただただ呆気にとられるほかなかった。人体への負担を極力抑えるためにロースペックとなったG3の運命は、もはや決してしまっていた。

 

 刹那、急降下してきたバダーのミサイルキックをまともに胴体に受け、心操は大きく弾き飛ばされた。

 

「ぐあ゛ぁッ!?」

 

 そのまま道路脇の街路樹に背中から叩きつけられ、火花が散る。バッテリーが損傷し、出力が大きく低下したことを知らせる発目明の切羽詰まった声が通信機から響くが、ほとんど耳に入っていなかった。

 

「ッ、ぐ……」

『心操くん、これ以上の戦闘継続は危険だ!速やかに離脱するんだ!』

 

 今度は、玉川の声。そんなことは心操にだってわかっているけれど、かといってそのとおりにできる状況かといえばそうではない。

 バダーは既にバギブソンに跨がり、エンジンを吹かして威嚇を始めている。心操はもう、蛇に睨まれた蛙も同然なのだ。

 

「俺に生身を使わせたからには、覚悟はできてんだろうな?」

「……ああ、来るなら来いよ」

 

 無論、むざむざこいつの得点になってやるつもりはない。命懸けで、生き残る――そんな矛盾を孕んだ決意とともに、心操はその場にぐっと踏みとどまった。

 

 同時に――走り出す、バギブソン。他の犠牲者同様、そのホイールの一撃で、心操の肉体を破壊するつもりなのだ。

 だと、しても――!

 

「――ッ!」

 

 凄まじい衝撃が、心操の身体を襲った。時速数百キロを保ったまま振り下ろされたホイールが、胴体を襲ったのだ。膨大な火花が周囲に撒き散らされ、銀色の装甲の破片がわずかにこぼれ落ちる。

 

「が、ぁ……ッ!」

 

 激痛に脳が悲鳴をあげる。呼吸すらも阻まれ、ゆえに絶叫することすらできない。本能に従えば、このまま気絶してしまっていたかもしれない。それ即ち死に直結する。ゆえに心操は、半ば麻痺した両腕を振り上げ、ホイールを全力で掴んだ。

 

「ッ、粘んなァ……!」

「ぐ、うぅぅ……ッ」

 

 装甲のあちこちから火花が散り、うるさいくらいにアラートが鳴り響く。自分の命が風前の灯火であることなどわかっている、それでも逃げ出す手立てすらない以上は、G3を……自分の身体をぶっ壊してでも、押し返すか耐えきるか……どちらかしかありえない。

 

(俺は、まだ……こんなところで……ッ)

「ギベ!!」

 

(死ね、るかぁ――ッ!!)

 

 刹那、G3のパワーがわずかに殺戮マシンを上回った。

 

「ッ!?」

「う、オォォォォォッ!!」

 

 雄叫びとともに、力いっぱい車体を押し返す。がしゃんと音をたてて、マシンが後退する。

 

「ッ、ゴラゲ……」

「ふーッ、ふ……ぐ、ぅ……ッ」

 

 筋肉や骨が軋み、苦痛という名の悲鳴をあげている。それらを抑制する役割を果たしていた装甲のショックアブゾーバーは完全に破損してしまったようだ。――これ以後のダメージは、死に直結する。

 

「往生際が悪ぃな……!」

 

 押し返されようとも、バギブソンは健在だ。唸り声をあげ、仕留め損ねた獲物に今度こそとどめを刺そうというつもりでいる。

 まだ死ねない――そんな強い思いの発露は、たった数秒寿命を伸ばすにすぎなかったか。もう指一本動かすのも億劫な心操は、たまらず瞑目した。

 

 そのとき、いまにもマシンを発進させようとしていたバダーの身体すれすれを、旋風のようなものがかすめた。     

 

「――心操くんっ!!」

「!」

 

 頭上から響く呼び声。心操とバダーが揃って顔を上げると、巨大な甲虫のような飛行体が、翅を広げて急降下してくるところだった。声の主は……その前肢にぶら下がる、人型のシルエット。

 

 緑の金――ライジングペガサスフォームに"超変身"した、クウガだ。

 鋭い黄金のブレードを装着したボウガンを構え、バダーめがけて空気砲を発射する。

 

「ッ、ボンゾパ、リゾシバ!」

 

 咄嗟に反転し、逃走を図るバダー。クウガは一瞬心操に気をやるようなそぶりこそ見せたが、すぐにゴウラムともども追跡に転じた。それでいい。緑谷出久(しんゆう)は自分の意志を、余すことなく汲んでくれている。

 

 

――しかし結果が伴うかは、残念ながら別の話だった。

 

 疾走するバダーとバギブソン。追いすがるクウガとゴウラム。空中という絶対的に有利なポジションを確保し、ライジングペガサスボウガンによる射撃を継続するクウガ。常人の数千倍にまで強化された超感覚のために、たとえ彼方にいる敵であったとしても正確に撃ち抜くことができる……本来ならば。

 

 しかしバダーのスピードとテクニックは、ライジングペガサスの能力すら上回るものだった。推定最高時速である400キロ近い速度を出したまま、巧みに蛇行を繰り返し、弾丸をかわしていく。

 

「フン……当たらなけりゃ、どうってことはねえんだよ!」

 

 緑に制限時間があることを超古代の戦いの経験からバダーは知っていたし、ライジングの状態ではそれよりさらに短い。

 

「ッ、く……!」

 

 流れ込んでくる膨大な情報を処理できなくなり、頭痛が襲ってくる。こんな状態で無理に攻撃を続けたところで弾丸を命中させられるわけもないし、いずれにせよすぐにエネルギーを失って白――グローイングフォームに退化してしまう。そうなれば二時間は変身できなくなる。

 

 「くそ、」と悪態をつきながら、クウガは通常のマイティフォームに戻った。鼻を鳴らしながら、走り去っていくバダー。――奴のことは、いったんは捜査本部の面々に託すほかない。

 

「ゴウラム、心操くんのところに戻るんだ!」

『ソーテー・ター』

 

 クウガと手を繋げたまま、急旋回するゴウラム。戦闘続行が不可能になってしまったいま、ただ傷ついた友人を純粋に心配する――そんな主の心を汲み取ったのだろう。バダーの追跡と変わらぬスピードで、彼は飛翔を続けてくれた。

 

 

 

 

 

――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 がらんとした会議室にて、各所から流れ込んでくる情報の濁流を、指揮者たる管理官である塚内直正警視はひとり懸命に泳ぎ続けていた。

 

「………」

 

 昼食代わりのゼリー飲料を口にしながら、作戦プランの修正を秒単位で行い続ける。入ってくる情報をもとにしているゆえだが……それらのほとんどが好ましからざるものなのが塚内の精神にのしかかっていく。誰も聞いていないのをいいことに、たまらずため息をついた。

 

『ため息なんてついてるから未だに春が来ないんですよ』

「!?」

 

 いきなり無線から響いた声に、思わず椅子を蹴り倒しそうになる。指揮官としては情けない行動だが、素の性格は変えようがないのだから仕方がない。

とはいえモニターに映った猫顔を目の当たりにして、彼はとりたてて特徴のない童顔を盛大に顰めた。

 

「なんだおまえか三茶……それはあれか、幸せが逃げてるって言いたいのか?」

『ニャア』

「……じゃあおまえもしょっちゅうため息ついてるんだろうな」

『!、じ、自分はまだぎりぎり三十代なので……っと、それはともかく』

 

 ゴホゴホと咳払いをして、玉川は『悪いニュースがあります』と告げた。塚内のため息がまたひとつ、増える。

 

「おまえからの通信ってことは、心操くんに何かあったのか?」

『はい。……第43号の攻撃を受け、負傷しました』

「………」

 

 やはりか。であればむしろ、ため息などついている場合ではない。冷静に、必要な情報を聴取せねば。

 幸いなことに彼らはツーカーの仲だったので、塚内にそんな努力をさせるまでもなく玉川は現況について語った。

 

『命に別状はありませんし、いまのところ骨にも異状はありません。打撲と捻挫……全治一週間といったところだそうです』

「……そうか」

 

 それを聞いて、ため息に安堵が混じる。無論怪我などないほうがいいに決まっているが、相手は凶悪な未確認生命体――G3を剥げば少し鍛えているだけの学生である心操の命など、いつ喪われても不思議ではない。

 

『ただG3は重傷です。修理に丸一日かかる。申し訳ありませんが、これ以上の作戦参加は……』

「いやいい、わかった。こちらはなんとかする、心操くんには病院でゆっくり休むよう伝えておいてくれ」

『……了解』

 

 通信が切れ、再び静寂に包まれる室内。玉川に言わせれば、塚内の幸せがまたひとつ逃げていく。

 ただこの現実とは、否が応にも向き合わざるをえない。アギトが離脱し、G3を欠いた状況――切り札となりうるのはクウガ・緑谷出久をおいて他にはいない。ただその出久も、虎の子であるトライチェイサーを失ったばかりなのだが。

 

(奴を止められるとすれば、やはり……)

 

 出久がこれからどうするのか、連絡は既に入っている。――祈る思いで、待つほかない。

 

 

 

 

 

 その頃。緑谷出久は、森塚駿の運転するパトカーの助手席に座っていた。

 

「まいったねえ」本当に参っているのか怪しい口調でつぶやく。「よもやミドキンwithゴウラムたんでも逃げきられちゃうとは」

「……はい」

 

 ゴウラムにぶら下がって、空から追跡――そして、ライジングペガサスによる連続狙撃。次善の策としては悪くなかったはずだが、三〇秒という短い制限時間に対して、バダーはあまりに手強い難敵だった。

 

「そうなってくるとやっぱ必要だよねアレが、たとえ一時離脱してでも」

「すみません……かっちゃんも轟くんもいなくて、心操くんも怪我してるいま、悠長にそんなことやってる場合じゃないのはわかってるんですけど」

「きみはやれることをやったんだ。あとは、それしかないならやるしかない……これっしょ」

「………」

 

 ふと黙り込んだ出久が、唇に指をやるようなしぐさを見せる。その癖は決まって考えごとをはじめようというときに見せるものだと、それなりに親しく付き合っている森塚はよく知っていた。

 

「どした?」

「あ、いえ……さっき心操くんが言ってたこと……森塚さんの言ってたことと、同じなのかなって」

 

 出久の脳裏に、担架で救急車に乗せられる心操の姿が浮かぶ。自力で歩けないほどの重傷を負いながら……彼は駆けつけた自分に対して、言ったのだ。

 

『ビートチェイサー……使うしかないな』

『……うん。でも――』

 

 逡巡する出久に、心操は、

 

『なあ覚えてるか?おまえが自前のバイク買って、初めて一緒にツーリングに出掛けたときのこと』

『!、うん……』

 

 あの頃の自分はようやく免許をとったばかりで、生来の不器用さもあってまだまだ運転が危なっかしかった。そんな状態で曲がりくねった山道を走ることになって……道すがら、何度も引き返したいと思ったけれど。

 

『頂上で見た夕陽、さ……綺麗だったよな』

『……うん』

 

 忘れない。忘れるはずがない。あの茜色の光景は、何年経ってもずるずる引きずっていた煮え切らない思いを吹き飛ばすほど、鮮烈だった。

 

『大丈夫、』

 

『おまえならできるよ緑谷。あそこにたどり着けたおまえなら、きっと……』

 

 

「――僕、いまならできる気がします」

 

 独り言のように、しかし明確に、出久は断言した。見下ろすその手には……トライアクセラーが握られている。トライチェイサーのグリップ。本体は科警研に回収されていったが、これだけはその前に引き抜いてきた。

 

 本来、そんなことをする必要はないのだ。ビートチェイサーにだってまったく同じものが挿さっている。――けれども、モノにだって魂が宿るという。

 

(トライチェイサー……僕はおまえを、決して忘れない)

 

 その魂は……絆は、決して失われることなく受け継がれていく。それこそがいまの自分に最も必要なものなのだと、出久は確信していた。

 

 

――ビートチェイサーを安置したままのサーキットが、いよいよ目と鼻の先に見えてきた。

 


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