【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
原作デクと共演とか世界の破壊者がやってくるとか五代雄介と共演とか、色々なくはないですが全然まとまりそうにありません。だれかたすけて。
――ポレポレ
扉に臨時休業を知らせる紙を貼りつけた店内で、おやっさんはお茶子の口から「誰かを殺してやりたい」という仄暗い思いに囚われた理由を聞き出していた。
「そうか……知ってる子たちがね……」
「………」
おやっさんはたまらず小さく唸った。間もなく初老を迎える大人として、「死ね」だの「殺す」だの唾棄すべきことばを平気で使う昨今の風潮を厭う気持ちはある。だがこの麗日お茶子という若者は、プロヒーローであるだけに高い道徳性を保っていて――そんな彼女ですら堪えられないのも、無理もないできごと。
ああだこうだ説教めいたことばを吐いたところで、いまの彼女にはなんら響かないだろう。そんな結論に至ってから、やおら口を開く。
「さっきの質問……誰かを殺してやりたいって思ったことがあるかどうかだけどな、」
「………」
「――あるさ、そりゃあ」
「!」
至極当然のことのように言い切るおやっさんに流石に面食らったのか、俯いたままだったお茶子が初めて顔を上げた。
「だけど実行には移さなかった。当たり前だよなそんなの」
「………」
お茶子がため息を吐き出すのがわかった。それが安堵なのか落胆なのかはわからない。
ややあって、
「……でもそれは、相手が同じ人間だからでしょ?」
同じ人間を殺すことは、現代社会において余程の例外でない限り許されるものではない。絶対的な"悪"なのだと価値観に刷り込まれている――だから殺意を抱くことは容易かれども、一線を越える人間はそうそう多くはないのだ。
けれどお茶子の場合は違う。相手は未確認生命体であって、法的には野生動物と同じ――殺したところで咎める人間はおらず、社会的にはむしろ正しい行為として認識されうる。それを率先して実行していた"第4号"は、仲間割れを引き起こしているだけの未確認生命体の一匹扱いだったのがヴィジランテに、そしていまでは警察の協力者として世間ではヒーロー同然の扱いだ。大河が好きなヒーローとして、彼を挙げたように――
「あいつらは、死んだほうがいい奴らなんや……!」
「お茶子ちゃん……」
お茶子のあまりにも強烈な殺意を、おやっさんはまざまざと感じ取った。それを頭ごなしに否定することはできない。できないけれど――
おやっさんが再び口を開こうとしたとき、折悪く店の電話が鳴ってしまった。経営者として無視するわけにもゆかず、いったん会話を中断するほかなかった。
「はい、オリエンタルな味と香りの……あぁなんだ、おまえか出久」
「!」
お茶子が弾かれたように顔を上げるが、背を向けているおやっさんは気づかない。
『実はこっちの用事に少し空き時間ができたので、その間だけでもお手伝いに行こうかと……あ、かえって迷惑でなければですけど………』
「ああ……いや、ちょっとでも来てもらえるんだったらありがたいよ。ちょうどいま――」
そのときだった。ガタンと椅子が揺れる音が響いたかと思うと、お茶子が一目散に店を飛び出していってしまったのは。
「あっ、ちょ……お茶子ちゃん!?」
『え……麗日さん、来てるんですか?』
怪訝そうに尋ねる出久。お茶子は今日、ヒーロー・ウラビティとして活動しているはずだが。
「あ、ああ……いま飛び出していっちまったけど。――そうだ、出久も一緒に行ったんだっけか、幼稚園」
『!、もしかして44号の事件のことで……?』
「おまえももう知ってたのか……。惨いよな、本当に」
『……はい』
犠牲となった子供たちとたった数日前に触れあった身としては、惨いなどということばではとても片付けられはしないが……おやっさんなりに気遣ってくれていることはわかる。きっと、お茶子のことも。
「そうだ出久。お茶子ちゃんのこと、おまえに任せてもいいか?部外者のおじさんがああだこうだ言うよりさ、同じ当事者のおまえが話をしたほうがいいと思うんだ」
『!、……そう、ですね。わかりました、麗日さんのこと捜してみます』
「頼んだよ。……おまえにも酷な話だよな、ごめんな」
『いいんです。独りで抱え込んだままでいるのは、つらいと思うから……』
お茶子も――自分も。
いずれにせよおやっさんの頼みを承った出久は、新たな相棒であるビートチェイサーとともに駆け出した。
*
敵対者たちが躍起になって捜査を続ける一方で、ゴ・ジャーザ・ギは薄暗い水族館の中、水槽を優雅に泳ぐサメを眺めていた。深い藍色のパンツスーツを纏った人間としての彼女の風貌が、周囲の来場客にとって奇異に映ることはない。この場にスーツがふさわしいかはまた別の問題だが。
そんな彼女の隣にもうひとり、女が並んだ。年齢は同じくらい、美貌も匹敵するものをもっている――しかし、友人という雰囲気ではない。額に刻まれた白いバラのタトゥに紅色のドレス、ジャーザとは対照的に浮いた服装であるにもかかわらず、人々の視線はその姿を素通りしているようだった。
彼女――バルバは冷たい瞳で水槽を見上げ、口を開いた。
「ゴロギゾ、ゴシビググンゼギス……ジョグザバ」
グロンギ同士でしか通じない語りかけに、ジャーザは満足げに笑みを浮かべて応じた。
「ログググ、ガゲス……ドヅダゲ、デゴギデ、ゼベ……ザギバス・ゲゲル」
「……ガンゴドボビ、ゴンビパバギゾ」
そんなことはわかっている、とばかりにジャーザがいっそう笑みを濃くする。
「バセパギラ、ゾボビ?」
「ドボソザソグン……ザジオ」
その頃水族館とは打って変わって荒廃した廃工場の奥深くで、サングラスをかけたひとりの老人が何か作業にふけっていた。白い布でしきりに何かを拭いている。黄金に発色するそれは、勾玉のような形状をとっていて。
と、彼を除いて人っ子ひとりいないはずの工場内に、砂利を踏みしめる音が響き渡った。にもかかわらず彼は驚くこともなく、それどころか皺の刻まれた頬をゆがめて、笑った。
「ジガギヅ……シザバ……」
「………」
彼の背後に立つ男。かなり大柄ではあるが、目深に被ったフードから覗く口元にはやはりいくつもの皺があって、この男も老齢に達しているのだと如実に示していた。
やおら振り向き、立ち上がる老人――ヌ・ザジオ・レ。グロンギ唯一の職人としての誇りをもって磨きあげたそれを掌にのせ、そっと差し出す。しかしもう一方の老人は、受け取るのを躊躇している様子だった。
「ボンバロボ、ビバビン、ギリグガス……」
「ボセパ、ゴビデザジョ」
「………」
「……残念だ。おまえはよき友人であったのに」
男が日本語でそうつぶやくと、ザジオは暫し呆けたような表情を浮かべていたが、
やがてそれは、微笑みへと変わった。
「ビリロザジョ、――ガミオ」
*
捜査本部に戻った飯田たちは、殺人ゲームの手がかりを掴むべく情報収集を行っていた。ジャーザ自身が語ったというヒント――"5時間で567人"。同様の形で犯行がなされるとすれば、16時までにどこかで、324人もの命が奪われることになる。それだけはなんとしても阻まねばならない。
――しかし現状、手がかりはないに等しかった。
「ひとまず羽田と成田を離発着する便については、すべて運航をとりやめるよう手配してある」
おそらく敵も、その程度は折り込み済みで動いているはずだ。それは報告者である塚内管理官自身もよくわかっているのだろう、表情に安堵は微塵もない。
「標的が飛行機だとも限らない。ここはやはり、奴の犯行の形態に着目すべきではないでしょうか」
犯行の形態――まずは場所、次いで被害者。
「44号は乗客として機内に乗り込み、離陸直後に犯行に及んでいる……そして主として狙ったのは子供、ただし大人も標的としていないわけではない」
「子供をターゲットにしなければならないのではなく、そうしたほうが都合が良かったということね」
つまり"縛り"ではなく、かのグロンギにとってはそのほうが都合が良い……つまり、楽だったということ。
「これは推測ですが、第44号は計画どおりに、かつできるだけ楽にゲームを進めようとしているのではないでしょうか。子供を優先して殺害したのは、抵抗が少ないと考えたから。離陸後の旅客機を犯行現場としたのも――」
「閉鎖空間で、外に逃げられないから……か」
「つまり次に狙われるのも、子供など弱者が大勢いる閉鎖空間……」
ただ先に管理官が述べたとおり、東京近郊の旅客機はすべて動きを止めている。それと近しい環境があるとすれば――
息を切らした森塚が会議室に飛び込んできたのは、ちょうどそのときだった。
「ハァハァ、フゥ……皆さん新情報です新情報!!」
若さでは片付けがたい騒々しさに一同は顔をしかめたが、森塚の口からもたらされたのは確かにそれだけ衝撃的なものだった。
「ネット民……もとい一般市民からの通報です。匿名掲示板に今回の事件の犯行予告めいた書き込みがあるって!」
「何!?」
室内が色めき立つ中で、森塚は該当のページを印刷したものを読み上げた。
「まず"午前11時、空を渡る虹の上で243が消える"……本日10時13分の書き込みです。レインボー航空407便の事件とぴったり一致しますよね?」
「……確かに」
「"予知"の個性をもつ人物の悪戯……よりは、第44号自身による書き込みと考えたほうが現実的だな」
いまのグロンギたちなら、インターネットの世界で活動していたとてなんら不思議ではない。仮に前者だとしても、書き込みが現実になっている以上大きな手がかりになる――
「まず、ということは……次の犯行を予告するものもあると?」
「うん。もうひとつ、これはまた別のスレッドに書き込まれていたものだけど――」
「――"午後4時、海に浮かぶ太陽の上で324が消える"……」
「324……!」
ジャーザが出したヒントと、人数も時間も完全に一致している――間違いない。
「あとは、海に浮かぶ太陽か……」
「海、閉鎖空間……太陽……?」
有力な手がかりであることは確かだが、かと言って暗号めいたそれらの単語の羅列だけで容易く答は出ない。再び沈黙が場を支配する――
「ああっ!」
大声をあげたのは、またしても森塚だった。
「わかった!わかっちゃいましたよ僕ッ、海に浮かぶ太陽!!」
「なんですって?」
「一体なんなのですか!?」
「ふふん、それはね――」
*
「――ごめんね梅雨ちゃん……急に押しかけたりしちゃって……」
「いいえ、気にする必要はないわお茶子ちゃん」
「私たちお友達だもの」と朗らかに応じるのは、ヒーロー・フロッピーこと蛙吹梅雨。言わずもがな、お茶子のかつての同級生である。以前にも語ったとおり彼女は現在事務所等に所属しないフリーランスの立場で活動しており、荒川ほど近くにあるマンションの一室を借り上げて活動拠点としているのだった。
「でも、44号の事件はもちろん知っていたけれど……まさかそんなことが……」
「………」
お茶子がこれまでに見たことのないような恐ろしい表情を垣間見せるのも、無理からぬことだと蛙吹には思えた。
不意にお茶子が問いかけてくる。
「……梅雨ちゃんなら、どうする?知ってる子供たちが、こんなふうにされたら……」
「ケロ……」
すぐには答えられなかった。そもそも安易に受けていいものではない。暫し考え込んだうえで、蛙吹は口を開いた。
「もちろん……絶対に許せないわ。復讐を考えたりも、するかもしれない」
「………」
「けれど、私たちがプロヒーローであることだけは忘れてはいけないと思うの。私たちに与えられた権限は抑止力であって、自分の感情のままに振るっていいものではない。義憤と憎悪の区別は……必要だわ」
たとえ仇が、未確認生命体であったとしても――
蛙吹の考えを聞き届けたお茶子は、ややあって、
「……そう、やね。梅雨ちゃんの言うとおりやわ……」
力ない笑みとともにそうつぶやくお茶子を認めて、蛙吹はほっと胸を撫で下ろした。ヒーローの卵だった三年間、苦楽をともにしてきた友人が、ヒーローたることをあきらめる姿はもう見たくなかった。――轟焦凍のように、戻ってこられるとは限らないから。
と、折悪く蛙吹の携帯が鳴った。仕事に関するものだったらしく、「ちょっとごめんなさい」と言って部屋を離れていく。残されたお茶子はというと、出してもらったホットココアにそっと口をつけた。随分ぬるくなってしまっている。
「………」
ほどなくして彼女は、やおら立ち上がり――
「――ごめんなさいお茶子ちゃん、私、出動要請が……」
電話を終えて戻ってきた蛙吹。しかし、そのことばに応える者はなかった。
つい先ほどまでこの部屋にいたはずのお茶子の姿が、忽然と消えうせていた。ベランダに通じる窓が開け放たれ、カーテンがたなびいている。
「お茶子ちゃん……?」
お茶子は走っていた。――蛙吹の……ヒーロー・フロッピーの愛用している、"潜れるくん"を抱えて。
(ごめん……梅雨ちゃんの言うとおりやけど……)
(私やっぱり、――許せない……!)
汚水のような黒い感情はあふれ出し続け、とどまることを知らなかった。