【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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今回また文字数エグイことになりそうです。
それもこれもかっちゃん達が別行動してるせいだ。


EPISODE 41. 汚水 3/4

 険しい表情を童顔に張りつけた出久は、ビートチェイサーを走らせ続けていた。お茶子の行方を捜す。早く彼女を見つけなければ、第44号が再び行動を開始する前に――

 

 そんな折、懐の携帯電話が揺れた。咄嗟にマシンを路肩に停車させ、画面を確認する。

 

 表示されていた名は、お茶子の元同級生の女性プロヒーローのものだった。

 

「――もしもし」

『ケロ……もしもし。直接お話しするのは久しぶりね、緑谷ちゃん』

「う、うんそうだね……あすっ、つ、梅雨ちゃん」

 

 落ち着いた口調に反して焦りがあるのだろう、蛙吹は早速とばかりに用件を切り出した。

 

「麗日さんが……?」

『……ええ。きっと、自分の手で仇討ちをするつもりなんだわ』

「……そう、だろうね」

 

 対人と違い歯止めとなるものがない以上、憎悪に囚われた彼女がそんな行動に打って出るのも予想できないことではなかった。彼女は実際に一度、グロンギとの交戦経験があるのだから。

 

『不幸中の幸いと言うべきかしら、潜れるくんの発信器でお茶子のいる場所はわかるわ。緑谷ちゃん、いまから言う場所へ行ってもらってもいい?』

「もちろん。……けど、どうして僕に教えてくれたの?」

 

 出久も殺された子供たちと交流をもったことはお茶子から聞いたにしても、こうして捜し回っていることまではわからないはず。

 

 わずかな沈黙のあと、

 

『……私ね、ダメだったの。私なりに説得したけれど、お茶子ちゃんのこと止められなかったわ』

「!、………」

『前にお茶子ちゃんが悩んでたときも、お友達なのに気づいてあげられなかった。あの娘を救けたのは、知り合ったばかりのあなただったわ、緑谷ちゃん』

 

『あなたのことばだったらきっと、お茶子ちゃんに届くと思うの。だから……』

 

 哀しく響く、蛙吹の声。友人を救えない不甲斐なさへの嘆きを押し込めて、彼女は出久に"それ"を託している――

 

「……わかった。僕に任せて」

 

 精一杯、相手の信頼を揺らがせないために堂々とした口調で、出久は応えてみせた。そして蛙吹の教えてくれた地点へ向かい、再び走り出したのだった。

 

 

 

 

 

――牛三市内 山中

 

 人間の形をしたものが、崖の上から投げ捨てられる。墜落し、岩肌に強く打ちつけられた身体からはべしゃりと血があふれ出る。しかしそれは"モノ"が傷ついたという程度のことで、重大な事態とはいえない。

 

 なぜなら墜落するより先に、それは既に息絶えていたからだ。……首から上が崩壊し、残骸が辺り一面に転がっている。

 

「………」

 

 無感情にその骸を見下ろす、白銀の異形――"ダグバ"と呼ばれるグロンギ。かつては死柄木弔と名乗るヴィランであって、さらにその正体は志村転弧というかわいそうなこどもであった。もっとも彼は、そうした記憶を心の奥底に封じているらしかった。

 

 過去の……ひとりの人間だった頃に感じたこと、思っていたことが、封印の隙間から漏れだしてくる。それが彼の心の重荷となっていたけれど、

 

(殺すと……すっきりする)

 

 獲物を殴り、締め上げ、切り裂き……そして"崩壊"させ、死に至らしめる瞬間。その瞬間だけ、そうした感情の一切を忘れることができるのだ。

 

 だから彼は、通算160体もの"同族"を殺害してきたのに飽きたらず、さらなる血を求めて動きだす。仲間たちが虐殺される中、ひとり逃げ出した最後の一体――

 

 

「……ヒヒっ」

 

 そんな弔の姿を木の上に腰かけて眺めつつ、ゴ・ジャラジ・ダはひとり下卑た笑みを漏らしていた。彼はこの旅のナビゲーターを務めながらも、虐殺においては傍観を決め込んでいる――そういう掟だから仕方がないし、自分が殺したいとも思わなければ弔もそれを望んではいない。ジャラジにとって何より大切なのは、弔……ダグバを成長させること。そして、最後には――

 

 そのために誰が犠牲になろうと、構わなかった。最後の一体は自分と同年代の少女で、顔見知りでもあったけれど……彼女がどうなろうと興味も湧かない。ゲゲルの権利すら与えられなかった最下位の"ベ"の者たちなど。

 

 

 恐怖をその幼い顔立ちに張りつけながら、少女は必死に逃げていた。その細腕に刻まれた動植物のタトゥは、彼女もまたグロンギのひとりであることを示している。だが常人とは比較にならない異形の力をもっているといえど、かの白銀の死に神を前には無力に等しかったが。

 

 不意に目の前を白い影が横切ったかと思うと、彼女は木の幹に叩きつけられていた。

 

「かは……っ」

 

 背中から臓器をシェイクされるような痛みに、うめく。だがこれははじまりに過ぎないのだと、少女は嫌でも知ってしまっていた。

 

「………」

 

 迫りくる死に神から、逃げるすべはない。ゲゲルも許されず、ひっそりと暮らしてきた結末がこれか。少女は己の運命を呪った。

 

 "ダグバ"の手が伸びてくる。その五つの指が触れたところから、死に等しき"崩壊"がはじまる――

 

――刹那、

 

 

「死柄木ィイイイイッ!!」

 

 雄叫びのような呼び声とともに、爆炎が彼に襲いかかった。

 

「……ッ、」

 

 わずかに息を詰めて、ダグバの身体が後退する。そのためにできた焦げ臭い空間に、ふたつの影が降り立った。

 

「ようやっと見つけたわ……!手間取らせやがって……!」

「……もう逃がさねえ」

 

――爆豪勝己に、轟焦凍。弔を追い続けてきたふたりのヒーローが遂に、戦場へとたどり着いたのだ。

 

 既に凶行も佳境へと至っているのだろう、辺り一面に血の臭いが漂っている。たまらず舌打ちを漏らしつつ、勝己はちらと背後を見遣った。座り込んだまま、震えているいたいけな少女。だが彼女は紛れもなくグロンギだ。その浮世離れした服装も……腕に刻まれた、タトゥーも。

 

「タ、スケ、テ……!」

 

 涙すら浮かべて、たどたどしい日本語で救けを求めてくる――ヒーローとしてそれを拒むことはできるはずもない。

 

「……とっとと失せろ。そうすりゃ助かる」

 

 そう告げて、逃げるよう促す。シンプルな日本語なら理解できるのだろう、少女はぶんぶんとうなずいて立ち上がり、足をもつれさせながらも走り去っていく。

 

 獲物が逃げていくそのさまを……弔は、見ようともしなかった。その視線は一心に、焦凍のみに注がれている。

 

「待ってた……来てくれないかと思った」

「………」

 

 そう言われることに驚きはない。この男はわざわざ"整理"を実行することを報せに来たのだから。むしろこの瞬間を待ち望んでいたのだろう。

 

「遊んで、くれるよね?」

「ああ……でも、今日で終わりだ」

 

 構えをとる焦凍。その腹部に顕現する"オルタリング"。

 

「ははッ……じゃあ、終わらせてみろよ!!」

 

 あの瞬間移動のごときスピードで焦凍を急襲せんとするダグバ。しかし再びの爆破が、それを阻んだ。

 

「このクソヴィランが……さっきから俺は無視かコラ!!」

「………」

 

 人間体と変わらぬ血のいろをした瞳が、勝己を捉える。しかし今度は、焦凍が動いていた。

 

「変、――身ッ!!」

 

 オルタリングの起動スイッチを押し込むと同時に、"半冷"によって氷結を奔らせる。ダグバは焦ることもなくすかさず掌をかざし、迫る氷山に押し当てた。五本の指が触れた途端、ヒビが瞬く間に広がり"崩壊"が起こる。無数の氷の粒が辺り一面に散らばり、血生臭い戦場とはかけ離れた幻想的な風景がつくり出される。

 

 その向こうに、やはり現実のものでないような異形の戦士が立ち尽くしていた。黄金の鎧に、アイスブルーの右腕、クリムゾンレッドの左腕。それらすべてが混ざりあったような虹色に輝く瞳はまるで芸術のようだ。そこに浮かびあがる烈しい感情が、容赦なく敵を射抜く。

 

 それを全身全霊で受けて、弔は歓喜を露にしていた。まるで帰ってきた主人を迎える大型犬のように飛びかかる。ただ彼の場合、その感情が殺意と直結しているのだが。

 いずれにせよあの五本の指で触れられれば、いかに"アギト"と言えども死は免れない。

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

「――フル、カウルッ!!」

 

 師より受け継いだ"第三の個性"を発動することで、超人と化した肉体の能力をさらに強化する。スピードも、パワーも。かつてのオールマイトはこの力を使いこなし、"平和の象徴"と呼ばれるまでになった――

 

 だが弔の変身したダグバは、それに匹敵するほどのスピードをもって仕掛けてくる。いずれにせよ彼を止めるのだと決めた以上、逃げてばかりもいられない。

 

「KILAUEA SMAAAASHッ!!」

 

 左腕に火炎を纏い、拳を叩きつける――

 

 

 そんな、文字どおり人間離れした異次元の死闘。その渦中に"爆破"の個性をもつというだけの常人もまた、躊躇なく割り込んでいこうとしていた。死柄木弔を止める……今度こそ救けるのだという気持ちは、誰よりも強い。ただの人間であっても、彼はまぎれもなくヒーローなのだ。

 

 しかし彼が爆速ターボの構えをとろうとしたとき、別方向から殺気が飛んできた。

 

「ッ!」

 

 まだ感触だけ。それでも勝己は迅速に動いた。振り向くと同時に、背後に爆炎を放つ。

 炎に灼かれた空間の中から、何かがからんと音をたてて落下する。――それは、黒焦げになったダーツのような鋭い針だった。

 

「……やっぱりすごいね、爆心地」

「!、テメェ……42号……!」

 

 ヤマアラシに似た怪人体に変身しながらも、木の上に腰かけたままのジャラジ。ゆっくりと拍手までしてみせる。露骨に馬鹿にした態度に、元々気の長くない勝己は怒声を浴びせた。

 

「邪魔すんなネクラ野郎が!!」

「酷いな……本当にヒーロー?」嘲いつつ、「やめたほうがいいよ……。アギトとダグバの戦いに、ただのリントが混ざれっこない……」

 

 ジャラジのことばは、残念ながら正論と捉えられるべきものだっただろう――相手が、爆豪勝己でなければ。

 

「ハッ、ただのリントだァ?俺を誰だと思ってやがる!!」

「……爆心地じゃないの?」

「合っとるわ!爆心地はなァ、あのオールマイトをも超え、いずれNo.1に君臨する最ッ強のヒーローなんだよ!!そこまで調べとけやカス!!」

「………」

 

 暫し呆気にとられたように固まるジャラジ。やがて、

 

「ひ、ヒヒ……ヒヒヒヒッ……ヒヒィヒャハハハハハグッ、ゲホゲホゲホッ!!」

 

 笑いに笑いすぎて、思わず咳き込んでしまうジャラジ。嘲笑の極みのようだったが、必ずしもそれだけではない――強がりでなくそこまで言い切れるこのリントを前に、沸きたってきたのは歓心だった。

 

「いいね……いいねぇ……!キライじゃないよボク、そういうの……!」

「そいつぁどーも、とっとと死ねぇ!!」

 

 すかさず最大級の爆破を仕掛ける勝己。木が黒焦げになって粉々に吹き飛ぶが、標的としたジャラジは素早く身を翻していた。

 

「……ほんとに残念だけど、キミの相手はボクじゃない」

「ア゛ァ!!?」

「ちょうどいいのが、いるよ……――来い」

 

 空気が、ざわりと揺れた。肌が粟立つような錯覚。

 

 

「ガァアアアアアアアッ!!」

「ッ!?」

 

 咆哮とともに頭上に現れる巨大な影。突然のことに、勝己もまた身をかわすより他になかった。

 

「グルゥウウウウ……グォオオオオオ……!!」

「!、こいつは……」

 

 見るからに怪物然とした姿。しかしどこか機械的な面影のある赤い鎧は、まさか――

 

「G2……!?」

 

 科警研から奪われた、G2の鎧。忸怩たることながらこいつらが使用していること自体は不自然ではない。だが、その姿は変わり果てたものとなっていた。

 

「敵連合……元とはいえ、リーダーがいるってだけで力を貸してくれるものなんだね。ボクらグロンギとは、違う」

「な……テメェらまさか……!」

 

 敵連合壊滅に際して、捜査網をすり抜けて逃げ延び、地下に潜った残党たち――その中には脳無製造などのノウハウをもつ科学者たちもいた。彼らの協力を得たというのか――死柄木弔の健在を示すことで。

 

「ガァアアアアアアアアアッ!!」

 

 G2のメットと一体化した口を開き、再び吼える怪物。その鋭い牙には見覚えがあった。

 

(こいつ、3号か……!)

 

 3号――ズ・ゴオマ・グが生体改造を受け、G2の鎧と一体化させられた姿。おそらくそのままでは足手まといになるだけだからと、文字どおり生物兵器へと貶められてしまったのだろう。

 哀れみはないではなかったが……もとより大勢の人間を自らの意志で手にかけたグロンギ、躊躇う理由はどこにもない。

 

「コウモリ野郎がッ、昼間に出てくんじゃねえ!!」掌をかざし、「閃光弾(スタン・グレネード)ッ!!」

 

 ただ爆炎を放つだけでなく、それに伴って周囲に強烈な閃光をばらまくこともできる。光を苦手とするゴオマは、勝己と対峙する度にこの技で悶え苦しんでいたのだが、

 

「ゴン、バ、ロボ……ビババギ……!」

「!?」

 

 閃光をものともせず、襲いかかるゴオマだったもの。勝己は驚愕しながらも小規模な爆破を浴びせて牽制し、その隙に後退するしかなかった。

 

「ダメだよ……そいつも、前とは違うんだから」

「……クソがっ!」

 

 たまらず吐き捨てたとき、背後から「爆心地!」と声が響いた。

 

 水棲生物そのままの風貌に反して俊敏な動作でやってくるベテランヒーロー――ギャングオルカ。規格外の化け物を目の前にして、流石の彼も「ム、」と声を漏らした。

 

「周辺住民の避難は完了させた。……しかし、こいつは一体――」

「……3号だ」

「何?」

「脳無と同じ改造を受けてンだ」

 

 一瞬目を丸くしてのち、「なるほどな」とうなずくギャングオルカ。経験豊富なだけあって、動揺は最小限に抑えているらしい。

 

 そうこうしている間に、怪人から"改人"となったゴオマが再び喰らいついてくる。ふたりとも同時に跳躍し、その魔手をかわす――

 

「ッ、まずこいつをなんとかしなければ、轟の援護もできんか……!」

「3分で片付けたらァ!!」

 

 そのことばに違わず、勝己は積極的に爆破を仕掛けていく。少年時代と変わらぬ獰猛さ、しかしより精緻になった戦いぶりをギャングオルカは買っていた。そして、無論使命感が大部分を占めてはいるものの、そんな逞しく成長した勝己と焦凍の連携を見てみたいという欲求が頭をもたげていることもまた、否定できそうになかった。

 

 

 

 

 

 麗日お茶子はスクーターを駆っていた。向かう先は――東京湾。第44号、ゴ・ジャーザ・ギは旅客機から飛び降りてそこでクウガと交戦後、消息不明となっている……そこまでは情報として得ていた。水中で戦闘を行ったというから、水棲系の動植物の能力をもつ未確認生命体――まだその近辺に潜伏している可能性があると、彼女は結論付けた。

 

 だがそれはあくまで、可能性の話。実際には異なっていたし、事実に至るための手がかりを得るすべなどない。彼女がヒーローとしてでなく、私情で動いている以上は――

 

「……ッ、」

 

 思わず唇を噛み締めた、そのときだった。

 

「麗日さんっ!!」

「!?」

 

 上ずった呼び声に思わず振り向けば、銀と青に彩られたマシンが迫ってくる。それを操るライダーの姿は――フルフェイスのヘルメットを被っていても、よくよく知っているものだった。

 

(で、デクくん……っ)

 

 おやっさんから話を聞いて、追いかけてきたのだろうか。いずれにせよいまは捕まりたくないと思った――まして、彼には。

速度を上げて、振り切ろうとするお茶子。しかしそれは無謀な試みであったというほかない。市販のスクーターと警視庁最新鋭の白バイ、その発展型のマシンとでは、性能差など論じるまでもなく。

 

 容易く出久とビートチェイサーに追い抜かれたうえ、回り込まれ、お茶子は停止を強いられた。

 

「ッ、どいてよ……!」

「……その前に、話がしたいんだ」

 

 バイザーが上がり、露になったエメラルドグリーンの瞳。潤んでいっとう煌めきを増したそれを、振り切ることはできそうもなかった。

 

 

 それからほどなくして、ふたりは芝生に覆われた広い公園にいた。ピエロの恰好をした軽業師が、集まった子供たちを前に曲芸を披露している。朗らかな音楽が、距離があってもなお耳に届く。

 

「……あの子たち、楽しそうやね」

「!、あ、うん……そうだね」

 

 どこか遠くを見ているようなお茶子のつぶやきに、出久はやや不意打ちを受けた気分になった。話しやすい場所を、とたまたま近場にあったここを選んだのだが、失敗だったか。

 

「ヴィランが暴れたり、未確認が人殺したりしてても……みんながみんな、怯えて閉じこもってるわけじゃないんだよね……。こういう平和な場所だって、あって、当たり前なんだよね……」

「麗日さん……?」

「ねえ、デクくん――」

 

「――なんで陸くんたちは、殺されなきゃならなかったんだろう」

「……!」

 

 出久はたまらず息を呑んだ。楽しげな音楽が、いやに耳障りに感じられてしまう。

 

 思い出したのだ。かつて、第35号――メ・ガルメ・レに狙われた小学校の児童たち。そのうちのひとりが、出久に対して言ったこと……「なんで自分たちが、殺されなければならないのか」――

 

 そのときと答が、変わるはずもなかった。

 

「理由なんて、ない。……あいつらはきっと、自分たちの快楽のためだけに人を殺すんだ。だから――」

 

 言いかけて、お茶子のほうを見遣る。――握られた拳が、震えていた。

 

「そんなの……許せるわけ、ないやんか……!」

「……だから、44号(あいつ)を殺しにいくの?」

「ッ、……」

 

 「殺す」という、出久にしては剣呑なことばに一瞬鼻白む様子を見せたお茶子だったが、うなずくまでにさしたる時間はかからなかった。

 

「……そっか」

 

 出久はやおら立ち上がった。握った右拳を、そっと胸に当てる。

 

「そうだよね。できるものなら、そうしたいに決まってるよね……」

「………」

「僕にもあるよ、そういうこと。――実際にそうしたこともね」

 

 お茶子が「え、」とかすれた声をあげる。自嘲めいた笑みを浮かべて、出久は右拳をそのまま左の掌に叩きつけるようなしぐさを見せた。それがどんな意味をもつのか、お茶子にわからないはずがない。

 

「殴って、殴って、ぶん殴って……それをしてる間はね、正直言って、愉しくてしょうがなかった。泣いて許しを乞う相手のこと、ざまあみろって思った」

 

「……けどね、そんなの一瞬なんだ」

 

「我に返った瞬間からずっと、自分がこわくて、おぞましくてたまらなくなる。――僕はきみに、そんな思いはしてほしくない……」

「デク……くん……」

 

 二の句が継げない様子のお茶子に向かって、出久はへらりと微笑みを張りつけた。それは一見弱々しいようでいて……もはや、何か覚悟を決めてしまった者の笑みだった。

 

「未確認を倒すのは、他の奴がやってくれるよ!……だからきみには、もっと他にやることがあると思う。きみはその力で……ヒーローとしてこれから先もずっと、大勢の人たちを救けなきゃいけないんだ」

「………」

 

 沈黙が、場を覆う。軽快な音楽も、子供たちの歓声も、どろどろとした沈澱の中にいるふたりには別世界のできごとのようだった。

 

 そして、

 

「……ずるいなあ、デクくんは。自分は、あいつらと戦ってるくせに……」

「……!」

 

 目を見開く出久、力ない笑みを浮かべるお茶子。表情が逆転する中で……出久はもはや、誤魔化しはきかないのだと直感した。

 

「……気づいて、たんだ」

「だってきみ、未確認出る度に急用って言って飛び出してくんやもん。初めて会った日も、7号の出た茨城の山ん中おったし……マスターくらいだよ、未だに気づいてないの」

 

 思わず乾いた笑みが漏れた。お茶子は心操ほど鋭くないけれど、それでもいつか気づかれる日が来るとは予感していた。本当はそうなる前に、自分から告げるべきだったのかもしれないけれど――

 

「デクくん、無個性じゃなかったん……?」

「!、……無個性は無個性だよ。この力は個性じゃなくて――」

 

 かくなるうえはと、自分がクウガになった顛末を話そうとしたとき。不意に、傍に駐めてあったビートチェイサーの無線が鳴った。

 

「あ……」

「………」

 

 お茶子がそっと目を伏せる。出久の心は一瞬迷ったけれど、それでも身体は動いていた。

 

「デクくん!」

「!」

 

 呼び止める声に、足が止まる。

 

「……やっぱり、おかしいよ。プロヒーローの私がなんもできなくて……デクくんが、あいつらと戦うなんて……!」

 

 その心根が誰よりもヒーローであることは、お茶子自身よく知っている。――けれどそれでも、この青年はひとりの市民だ。自分が命を懸けて、守らなければならない存在のはずなのに。

 

 その場に立ち尽くしたまま、出久はわずかに振り向く。その瞳には、どこか哀しげないろが浮かんでいて。

 

「……逆だよ、麗日さん」

「え……」

「僕にはそれしかできないだけだよ。だからきみに、僕にはできない人助けを続けてほしいんじゃないか」

 

 グロンギと戦うための力――どんなに強力になろうとも……いやなればこそ、その先に未来はない。あってはならない。

 

 再びお茶子がことばを失っている間に、出久は颯爽とビートチェイサーに跨がっていた。

 

「すみません遅くなりました、緑谷です」

『緑谷くん、俺だ』相手は飯田だった。『捜査の結果、第44号の次の標的は大型フェリーの"さんふらわあ"である可能性が浮上した。今しがた大洗を出港して苫小牧に向かった船舶に、子供たちの団体が複数乗船している……その他乗員乗客を合わせると、概ね44号の目標人数どおりになることがわかったんだ』

「さんふらわあ……でも、なんで――」

『ネット上に第44号によるものとおぼしき犯行予告が書き込まれていて、それを基に判断した。……最初に気づいたのは森塚刑事だったんだが、よもやアニメ知識が役に立つとは――』

 

 数年前に公開された、少女たちが戦車に乗る某アニメの劇場版――森塚がそれを観ていたことが捜査を進展させたのだから、本当に何が役立つかはわからない。

 ともかく、

 

『次の犯行が行われるだろう16時まであまり時間はない。すまないが急いでくれ、緑谷くん!』

「わかった。任せて」

 

 堂々と応えて、通信を終える。メットを被ったところで、出久は改めてお茶子に視線をぶつけた。

 

「仇はとるよ、絶対に」

「!」

「そしてもう、誰も殺させない!!」

 

 決然とした叫びに、エンジンのいななきが重なった。ホイールが激しく回転し、マシンを一気呵成に前進させる。

 一陣の疾風のごとく駆け抜けていく青年を、お茶子はただ見送ることしかできなかった。

 

 





キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドグシギ

バッタ種怪人 ゴ・バダー・バ/未確認生命体第43号※

「ゴセパ、キョグギンサギザザ……"ゴ・バダー・バ"ザ(俺は、脅威のライダー……"ゴ・バダー・バ"だ)」

登場話:EPISODE 22. チャイルドゲーム~EPISODE 39. BEAT HIT!

身長:206cm
体重:176kg
能力:
類いまれなライディングテクニック
双子の弟(ズ・バヅー・バ)をも凌ぐジャンプ力

行動記録:
バッタの能力をもつグロンギ。人間体・怪人体ともに第6号=ズ・バヅー・バに酷似しており、実際に兄弟関係がある模様。ただしまったく言及がないことから、特に親愛の情などは持ち合わせていない様子。弟と異なり、格闘よりも専用バイク=バギブソンでの戦闘を好む。
グロンギには珍しくキザで社交的な性格であり、クウガをはじめ敵に対しても親しげに話しかけることが多い。"ゴ"のプレイヤーとしては最も早く登場し、第35号=メ・ガルメ・レに対するペガサスフォームの攻撃を妨害したり、第39号=ゴ・ベミウ・ギによる事件発生時に現場へ向かう出久のもとへ再び現れ、戦闘を吹っ掛けたりもした。
その後満を持して行われた己のゲゲルにおいては、7時間のうちに99人のライダーを殺害しようとする。圧倒的な性能とライディングテクニックによって着実に殺害人数を積み重ね、神奈川県警の白バイ隊員をも得点に加えたばかりか、元々満身創痍の状態だったトライチェイサーを大破させ、G3を戦闘不能にまで追い込んだ。ライジングスプラッシュドラゴンに耐え(かすった程度だったということもあるが)、ライジングブラストペガサスをバギブソンでかわしきるなど、素の頑丈さと反応速度も卓越していることがうかがえる。
最終的にあと一人でゲゲル成功というところまでたどり着くものの、捜査本部の面々による猛攻に耐えかねてルートに乗せられたのち、新型マシン"ビートチェイサー"を駆るクウガと一騎討ちになる。流石のバギブソンもビートチェイサーの前には通用せず、振り切られたことで焦燥のあまり突撃を敢行したことが災いし、ライジングビートゴウラムの牙によってマシンもろとも胴体を捻じ切られて倒された。

作者所感:
強くてイケメン、京水おばさんが嫌いじゃなさそうなキャラ。バイクでしか戦わないのももったいないので、バヅーの上位互換な描写も入れてみました。ン・バダー・ゼバになった姿が見てみたい。
地味に4フォーム全部と戦わせることができたのがよろこび…ライジングもタイタン以外は出せたので惜しかった。全フォーム対決してるのは原作だとガドルくらい?超古代含めばゴオマもそうですかね。

※原作では第41号

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