【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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2/3にかっちゃん冬コスのくだり加筆しました。大勢に影響はありませんが気になる方は確認いただけると幸いです。

会議シーンはクソ長くなる法則。


EPISODE 42. 戦場のjunction 3/3

 とあるアパートの一室。カーテンの閉めきられた薄暗く手狭なワンルームに、ひとりの青年が佇んでいた。

 

「………」

 

 落ちくぼんだ目つきに鈍い光をたたえて、壁のポスターをじっと見つめている。彼くらいの年齢でポスターといえばアイドルを写したものなどが妥当であろうところ……貼られていたのは、千葉市内で開催されるフルートの演奏コンクールの宣伝用ポスター。主催者である大企業"ARIKAWAジャパン"のロゴが大々的にあしらわれ、さらには代表取締役である蟻川社長の蟻そっくりの顔写真まで掲載されている。意外やフルートに関心がある……わけでないことは、一目瞭然だった。

 

 青年は暫しそのまま立ち尽くしていたが……やがてポスターに手をかけ、乱暴に剥ぎ取った。それでも気が収まらないのか、びりびりに破り捨てる。蟻川社長の誇らしげな顔が、真っ二つに割れていた。

 

「………」

 

 見下ろす青年の口許が弧を描く。それはゴ・ジャラジ・ダに劣らぬほど邪悪で、下卑た笑みだった。

 

 

 "リント"であるはずの人間がそうである一方で、グロンギである"彼女"は、純粋にフルートそのものに興味を示してポスターを見つめていた。

 

(私の求めているものが……ここにこそ、あるだろうか)

 

 彼女――ゴ・ガリマ・バが求める、心を震わせるような演奏。とうに失われたゴ・ベミウ・ギの奏でるしらべに代わるものを求めて、彼女は生きがいだったゲゲルすら放り出して放浪を続けてきた。しかしいかに巧みな演奏を聴こうとも、ベミウのそれほどに心を動かすことはなかった。

 

 今度こそと、ガリマは歩き出す。心に響く演奏に再び触れるその日まで、万が一にも命を落とすわけにはいかない。しかしいずれにせよ、もう猶予はないのだ。バベルも倒され、残る"ゴ"は自分を除いてふたりしかいない。究極の闇がもたらされる日は、近い――

 

 

 

 

 

 戦闘の後処理までつつがなく終えた合同捜査本部の面々は、所轄署に引き継ぎを行って警視庁へ戻っていた。出久と焦凍、心操といった捜査本部に所属していない面々も同行している。

 

 まず彼らを出迎えたのは、管理官でも本部長でもなく。

 

「ご苦労だった、諸君」

「あ……エンデヴァー」

 

 にこりともせずにずい、と迫る巨駆は、ほぼ引退状態であってもなかなかの迫力である。出久などは色々な意味で未だに恐縮してしまうのだった。

 

 そして元No.1ヒーローであると同時に、仮にも彼はひとりの父親だった。その視線が、2ヶ月ぶりに再会した息子へと向けられる。

 

「焦凍、」

「……親父」

 

 息子の瞳が、気まずげに逸らされる。勝己には悪いが、流石に今度ばかりは父にも顔向けできない思いだった。目的を果たせぬまま、帰ってきてしまった。どんな厳しいことばも、当然のものとして受け入れる覚悟だ。

 

 なのに、

 

「よく、無事で帰ってきた」

「!、え……」

 

 そのことばはそんな覚悟をある意味粉々に打ち砕くもので。焦凍は思わず目を丸くして、父の表情を仰ぎ見た。いつもの仏頂面、だけれど――

 

 今度はエンデヴァーの目が、ふいと逸らされた。

 

「……と、おまえの母から伝えるよう言われた」

「親父……」

「伝言は以上だ。早く席に着け」

 

 そう言い切って、踵を返して自席へ戻っていくエンデヴァー。伝言、という体裁をとっているが、いまのは……。

 

「はん、ツンデレオヤジが」勝己が鼻を鳴らし、

「……あんたも他人のこと言えないと思うけどな」心操がぼそり。

 

 そのひと言に勝己がまなじり吊り上げてキレるという当然すぎる流れのあとで、面構本部長が入室してきて会議が始められることとなった。出久たちばかりでなく、玉川三茶と発目明――G3ユニット所属のふたりもゲストとして呼ばれていたらしい。少し遅れてやってくると、皆に一礼して着席する。

 

「さて……玉川班長と発目研究員も到着されたことだし、そろそろ始めるとしようか。――まずは爆心地、ショート」

「!」

「X号を筆頭とする一団の追跡調査、ご苦労だった。無事で帰ってきてくれてまずはほっとしているワン」

 

 管理職として型通りの挨拶ではあるが、かと言って心がこもっていないわけでは決してない。ふたりのことは信頼しているが、父親ほどの年長者として純粋に案ずる思いもあったのだ。

 

 そんな彼と入れ替わりに、進行役の塚内管理官が口を開く。

 

「疲れているところすまないが爆心地、調査の総括を頼む。報告は逐一受けているから、簡潔にで構わない」

「……っス」

 

 小さくうなずいて、やおら立ち上がる勝己。彼にしては所作にどこか覇気がないと、一同は感じた。会議のときなどは、普段から静粛にしているのも確かだが――

 

 彼は捜査員らをぐるりと見回すと……深々と、頭を下げた。予想だにしない行為に、室内がざわつきはじめる。

 

「か、かっちゃん……?」

「まず皆さんに、謝らせてください。――申し訳、ありませんでした」

「!」

「爆豪……」

 

「俺は結局、死柄木を止められなかった。161体も未確認を殺させて……結局、野放しにしちまった。……これじゃあ2ヶ月間、遊んでたのと同じだ」

「そんな……!」

「ッ、爆豪!」

 

 抗議めいた声をあげて立ち上がったのは、焦凍だった。

 

「おまえッ、この2ヶ月死に物狂いで戦ってきたじゃねえか!!嫌味言われても何言われても、色んな人たちに頭下げて……!なのに遊んでたなんてッ、自分でもンなこと言うなよ!!」

「……関係ねえよ、ンなこと」返す声はあくまで冷静だ。「遊びじゃねえんだよ、頑張りましたなんて通用しねえ。……目的を果たせなかった、それがすべてだ」

「ッ、……だったら俺こそ、遊んでたのと一緒だ。何もかも……それこそ宿探しまで全部おまえに任せて、着いてってただけだ」

 

 肝心要の戦闘では、どうにか弔に競り勝つことはできたけれど……ワン・フォー・オールを受け継いだ者として、ベストを尽くせていたとは到底思えない。

 

 拳を握りしめる焦凍。俯いたまま、立ち尽くす勝己。誰もが彼らにかけるべきことばを見つけ出せない中で、思わず声をあげたのはやはり"彼"だった。

 

「か、かっちゃん!轟くん……!」

「!、緑谷くん……」

 

 焦凍に続いて、猛然と立ち上がる出久。その勢いはおよそ、戦闘に臨んでいるときにも匹敵する激しさで。

 しかしそれに反して、立ち上がったあとの出久の口からは何も出てこない。目を泳がせて、額に冷や汗を浮かべている。

 

「え……と、その……」

 

 見かねた心操が、ぽつりとひと言。

 

「……おまえ、ひょっとして考えなしに立ち上がった?」

「!」

 

 訊かれた出久の表情が一瞬、人には見せられないようなものになる。どうやら思いきり図星だったらしい。森塚などは大げさにずっこけるようなリアクションをとっている。

 

「す、すみません……。――でも、やっぱりイヤなんだ。ふたりばっかり、そんな表情(かお)してるのを見るのは……」

 

 自分だって、これからは力になりたい。彼らが帰ってきたらそうすると決めたのだ。死柄木弔を……志村転弧を救けたい――幼なじみの願いを、僕がかなえてみせるのだと。

 

「かっちゃん、轟くん、僕は……」

 

 その想いを改めて表明しようとしたとき、勝己がフッと笑った。嘲りはもちろんのこと平素の獰猛さもうかがえないその表情に、出久は思わずどきりとする。

 

「バカデク。勘違いしてんなよ」

「へ……?」

「俺ぁウジウジ後悔して立ち止まるつもりはねえよ」

 

「半分野郎はどうか知らねーけどな」とわざわざ付け加えつつ、続ける。

 

「何があろうと俺はあきらめねえ。けどここまでのことにけじめは必要だ、だから謝った。そんだけだ」

「かっちゃん……」

「爆豪……」

 

 今度はじろりと一同を見渡して、勝己はふんぞり返るようにして腰掛けた。

 

「だからこれ以上文句は一切受けつけねー。謝罪じゃ足りねえってンなら減給でも除名でもなんでも持ってこい。以上!」

「え、えぇ……」

「ば、爆豪くんきみという男は……ハァ」

 

 飯田が怒りを通り越して呆れ……いやそれすら通り越して苦笑している。爆豪勝己という男はこうでなくては、という気持ちも多分にあった。出会った頃の彼だったら絶対に許容できなかっただろうが。

 

 立ち尽くしたまま目をぱちくりさせていた出久と焦凍が、勝己の「つーかとっとと座れや邪魔くせぇ」のひと言で悄然と着席したところで、管理官がようやく口を開いた。この場合、"開けた"というほうが正しいか。

 

「……ま、まあ、責任はこれからの働きでとってもらうとして。――問題はその、161体もの未確認生命体を虐殺したという事実だ」

 

 出久たちが倒してきたグロンギは、この7ヶ月で40体強……条件が大いに異なるとはいえ、たった2ヶ月で四倍もの数を。

 

「ショート。牛三市内での戦闘では、一騎討ちに勝利したそうだが……」

「……はい。でも、実際にはほとんど互角でした。あいつの力は、いま殺人ゲームをしている連中に匹敵する……そう思います」

「……そうか」

 

 ただ匹敵する、というだけならまだしも――

 

「緑谷くん。関東医大の椿医師によれば、きみの体内にある霊石は時間をかけて体内に神経を張り巡らし、肉体を強化していくんだったな」

「……はい」うなずく。「金の力を抜きにしても、戦うごとに力が増しているのは間違いないです。もちろん僕自身が鍛えてる成果も多少はあると思うけど……それだけで、最近の奴らに太刀打ちできるとは思えないし」

 

 もっとも、その強化が脳まで侵食したとき、"戦うためだけの生物兵器"になるかもしれないリスクは、未だ拭いきれてはいないのだけれど。

 

「そして奴らもまた、ほぼ同じ方法によって変身能力を得た存在であると」

「……はい」

「だとすれば……死柄木弔の力も、時を追うごとに強化されていく可能性があるということか」

 

 焦凍がたまらず目を伏せる。やはり彼は、勝己ほどには割りきれていないのだ。次もまた撃ち破れる保証なんて、どこにもありはしない。

 

 息子の憂いを知ってか、エンデヴァーがさりげなく話題を転換する。

 

「その死柄木を仲間に引き入れた、連中の意図も目下わかってはおらんのだろう。……そもそも奴らは以前、焦凍を手中に収めようと画策した」

「あかつき村の一件ですね」

「そうだ。単に大きな力をもつ者が必要なだけというなら、奴らの中にいくらでもいるはずだ」

「………」

 

 父の話を神妙に聞いていた焦凍は……ふと、あかつき村事件の翌日、病院でのドルドとの戦いを思い起こしていた。――あのとき初めて、"アギト"の名を告げられた。

 そして、

 

「……我らの、理想」

「何?」

「あのカウント役のハゲタカみたいな未確認が、俺……アギトを指してそう言ってた」

「アギトが、奴らの理想……?」

「具体的に理由まで聞いたわけじゃない。だからあくまで推測だが……奴らは霊石を埋め込むことで肉体を強化している、つまり石を失っちまえばただの人間と変わらない。対してアギトは、肉体そのものが超人へと"進化"してる……霊石なしでな」

 

 と同時に、"ゴ"クラスのグロンギたちと同等の力を発揮することができる。自分の場合、強力な個性をふたつも身に宿していることもあるだろうが。

 

「奴らはその"理想の超人"を手に入れようとした、ということ?」

「はい。少なくとも、あのときは」

「……あのときと言うからには轟くん、きみもわかってはいるのだろうが、死柄木はアギトではないんじゃないか?」

「現状はそうかもな。でも俺とあいつにはふたつ、共通点がある」

「共通点?」

 

 右手を見下ろしながら、

 

「ひとつは、オールマイトとの関わりが深いこと」

「!」

 

 出久と塚内――ワン・フォー・オールの秘密を知るふたりが、一瞬目を見開くのがわかった。焦凍がオールマイトの直弟子だったことは大っぴらにはされておらずとも隠していたわけではないが、ワン・フォー・オールのことは当然別である。ここでオールマイトの名を出してしまって大丈夫かと肝を冷やしているのだった。もうひとり、爆豪勝己はそうでもないようだが。

 

 ただ焦凍が重要と考えているのは、"もうひとつ"のほうだった。

 

「もうひとつは……強い憎しみを、抱き続けていたこと」

「!」

 

 それは会議室内の気温を何度も押し下げるようなことばだった。"憎しみ"というワード自体もそうだが、轟親子の間に根深い確執が存在していたことは、焦凍失踪後のゴシップ記事などで既に公のものとされてしまっている。ゆえにこの場どころか、ヒーローに関心のある日本人でその事実を知らない者のほうが少ないともいえる。ただ当事者であるエンデヴァーは、感情を波立てることもなく静かに瞑目していた。

 

「そのせいで俺は、進化した肉体を化け物に貶めて……でも自分じゃどうにもできなくて、逃げ出して、何もしないことを選んじまった。――あいつも、ある意味じゃ同じだ」

 

 認めたくない現実に向き合うことをせず、形は違えども逃げ出した。その弱さ醜さを、奴らにつけ込まれてしまった――

 

「あいつと俺が違うのは、手を差しのべようとしてくれてる人の存在に気づけたかどうか……それだけだ」

「轟くん……」

 

「奴らはきっと、その闇を育てようとしてるんだと思う。果てに何があるのか……」

「――なんもねえよ」勝己が断じる。「"究極の闇"だ、奴らが目指してんのは。そこには何もねえ」

「それって確か、B1号が言ってたっていう……」

「ああ。死柄木弔……奴らの言うところの"ダグバ"との関係をあの女が示唆した。だから、そうなる前に――」

「――彼を救けなきゃいけない……だよね」

「!、………」

 

 皆の視線が集う中で、出久がふたりに意志の強い瞳を向けた。

 

「そうするって、決めたもんね」

「緑谷……」

「……フン」

 

「……奴を救いたいと言うなら、」

 

 そのことばを呑み込むのに皆がまだ躍起になっている状況で、冷静な声をあげたのはやはりエンデヴァーだった。

 

「まずは奴の取り巻きを排除せねば、どうにもならんだろう。42号と改造されたという3号……それにB1号、焦凍が交戦した未確認生命体もだ。まずは居所を掴むなりして、そのうえで作戦を練る必要がある。貴様らふたりで失敗したのだ、まずはそこから始めるんだな」

「………」

「……俺はもう力にはなれんが、知恵は出せる」

「!、親父……」

 

「うわぁ……ツンデレ大盤振る舞いかよ親父ィ」森塚がぼそり。

「馬鹿、失礼よ……ふふっ」注意しようとしつつ、こらえきれない鷹野。

 

 本来場を引き締めるはずの叱咤激励が奇しくも散発的な笑いを巻き起こす。困惑して威厳も何もなくなってしまったエンデヴァーに代わり、トップの犬男が本来の役割を果たしにかかった。

 

「プフッ……言い様はあれだが、エンデヴァーの言うことにも一理あるワン」

「面構……いま貴様も笑わなかったか?」

「気のせいだワン。その作戦の幅を広げるためにも、G3ユニット……とりわけ発目研究員には努力してもらって――」

「――ようやく私の出番ですかっ!」

 

 面構が最後まで言い終わらないうちに猛然と立ち上がったのは、言うまでもない発目明当人であった。

 

「待ちくたびれましたよぉ~ウフfFF!!」

「こ、こら発目くん……!すみません面構本部長、彼女は少々エキセントリックなところがありまして……」

 

 慌てて謝罪する玉川警部補だったが、面構は「き、気にしなくていいワン」とややどもりがちに許した。怒る以前に引いていたのと、発目の開発した新装備への好奇心が勝ったのだった。

 

「……発目研究員、今回の戦闘でG3が使用した武器について説明をお願いします」

「お任せを!えー、まずこのベイビーちゃんのコンセプトといたしましては――」

(……ベイビーちゃん?)

 

 彼女と個人的な付き合いのない面々は独特の"発目語"に困惑するのだが、そんなことはお構い無しにつらつらと説明を述べていく。

――それによればかの新装備"GGX-05 ニーズヘグ"は、"GG-02 サラマンダー"が単純に破壊力のみ高めた結果、グロンギ相手には一時的なダメージを与えるのみですぐに回復されてしまった反省を活かし、「グロンギの治癒能力を封じ、確実にとどめを刺す」ことを目標としているのだという。

 

「治癒能力を封じるって……具体的にどうやって?」出久が訊く。

「ウフfF、いい質問ですねぇ!」

 

 どこぞで聞いたようなフレーズを口にしながら、資料のあるページを開くよう指示する発目。そこには彼女の専門分野とは大きく異なるであろう医学的な用語の数々が並んでいた。

 

「こちらは関東医大病院の椿医師から提供いただいた、X号に殺害された未確認生命体の解剖データです」

「あ、やっぱり……」

 

 "医学""未確認生命体"のふたつのキーワードが示す人物といえば、椿秀一その人を置いて他にはいまい。

 

「未確認生命体の細胞は、破壊された際の治癒速度が我々常人の比でないことは皆さんご存知のとおりです」

「前置きはいいから早よ本題入れや」

「相変わらずせっかちですねえ爆豪さん……話は最後まで聞きましょう」

 

 ウフfF、と怪しい笑みを漏らしつつ、発目は続ける。

 

「ハンパない頑丈さにハンパない治癒能力とまあ、ハイパームテキな未確認生命体の体組織です、が!様々な実験を繰り返した結果、大きな弱点が見つかりました!」

「弱点?」

「はい!」

 

「破壊された細胞の修復が開始されるまでの短時間にさらなるダメージを与えると……なんと、治癒能力が失われてしまうのです!」

「!」

 

 にわかに面々がざわめきはじめる。治癒能力が失われる……つまりは大きなダメージが死に直結するという生物の当然の原則が、奴らにも適用されるということ。クウガの能力によらずとも、人間の力で、奴らを殺せるということだ――

 

「そこでこの"ニーズヘグ"は、貫通力を高めることで未確認生命体の頑丈な皮膚を突き破って体内に無数の小型炸裂弾を侵入させ、時間差で爆発を起こすようセッティングしましたウフfFFF!」

「うわぁエグっ……笑い方もこえぇし」ぼやく森塚。

 

 一方で、

 

「……けどそこまでやって、轟が一撃浴びせてもなお45号は死ななかった」

 

 冷や水を浴びせるようなことをはっきり言う心操だったが、発目は既にその原因についても推測を立てていた。

 

「サンプルとなったのは第45号はじめ直近の未確認生命体に比べると、こう……まだ発展途上な感じですからねえ」

 

 要するに"ベ"や"ズ"といった下位のグロンギであれば間違いなく致命傷になるのだが、"ゴ"相手ではそこまでのダメージになるとは言い切れないということ。「それじゃ意味ねえだろアホか」と勝己が毒づく。並の科学者なら心が折れそうなところ、発目はどこ吹く風である。

 

「何をおっしゃりますか爆豪さん、科学にとって試行錯誤は付き物なんですよ!Gシリーズがそうだったように!ニーズヘグの反省点を活かし、さらに強力かつ汎用性の高いベイビーちゃんを生んでみせますよ!」

「なぁんか生々しいなぁ……ベイビーちゃんを生む、って」

「いい加減黙りなさい。それより、汎用性の高い装備ということは……G3だけでなく私たちにも支給される可能性があると考えてもいいのかしら?」

「もちろんです。小型かつ軽量化を行い、皆さんの使用なさっているピストルに合わせた弾丸も現在科警研の特別チームで製作中です!」

 

 その発言は、警察官の面々に大きな希望を与えるものだった。自分たちが本当の意味で、グロンギに対する抑止力となれる。一方で"個性"を活かして戦ってきたヒーローたちには、不満とまでは言わずともやや複雑な思いもあったのだが、

 

「すごいじゃないか、発目くん!」

 

 そんなものを微塵も感じさせない朗らかな声をあげたのは、そのヒーローのひとり"インゲニウム"こと飯田天哉だった。

 

「Gシリーズだけでも大変な力作だろうに、慢心することもなくさらに研究開発に邁進する……その努力が実ったというわけだな。同じ雄英高校出身者として、俺も鼻が高いよ」

「!」

 

 過大ともいえる褒めことばだが、彼にとっては心から出でたものに違いはない。その真心が伝わり、少なからず嫉妬心を抱いていた他のヒーローたちは己の不明を内心恥じることになる。

 そして褒められた当人はというと、

 

「あ、あ、あ、ありがとうございましゅ……」

 

 顔を真っ赤にしていた。玉川警部補が思わず二度見してしまうような、彼女らしからぬ乙女な表情。空気がしんとなる。

 

(え、何あれ?)

(まさか……)

 

「ははーん、発目ちゃんとインゲニウムってそういう……」

「?、なんのことです?」首を傾げる飯田。

「朴念仁……」焦凍がぼそり。

「……だね」これは出久。

「どの口が言ってんだテメェら」呆れる勝己。

 

 会議室が一転して笑いに包まれる。もう会議も終盤に差し掛かっていたこともあって、上役ふたりもそれを咎めたりはしなかった。

 

 

 

 

 

「なんかよかったね、最後のほう。なんでもない集まりみたいな感じで」

 

 散会となったあと、廊下を歩きながら、出久。隣を歩く焦凍が「確かにな」とうなずいた。

 

「正直、もっと非難されるって覚悟してた。……特に、親父には」

「そんな。皆、ふたりが全力で頑張ってたことはわかってるんだよ。いくら結果が一番だって言っても……ね、かっちゃん?」

「……フン」

 

 勝己の反応は相変わらず冷たい。しかし今後のことを建設的に話し合えたこと、何より彼らの無事を喜ぶ声が占めたことは満更ではないだろう。彼だって人の子だ。

 

「あ、そうだかっちゃん。実加さんの出るコンクール、余裕で間に合いそうだけど……もう向かう?」

「コンクール?実加さんって……確か夏目教授の娘さんだよな?」横から訊く心操。

「うん、フルートのコンクール。前々から来てほしいってお願いされててさ。一緒に観に行く予定なんだ」

「へぇ……」

 

 しきりにうなずきつつ、心操は意外に思った。出久はともかく、勝己が律儀にお願いを受けるとは。

 

「そういや言ってたな、爆豪。……俺も興味はあるが、生憎これから約束があるんだ、八百万と」

「あ、そうなんだ」

「約束なかったら来る気だったのかよ、キメェ」

「キモくない」

 

 相変わらず漫才のようなやりとりだと心操は思った。と同時に、あることを思い出して。

 

「……そういや緑谷、おまえも沢渡さんと約束してたんじゃなかった?」

「あっ!」

 

 鳩が豆鉄砲食らったような表情で、しまった、とつぶやく出久。今日は元々、桜子とランチをする約束をしていたのだ。ただグロンギの出現があったから保留となっていたことも事実なのだが、時間に余裕ができたのにうやむやにするのも失礼だろう。

 

「ご、ごめんかっちゃん、そういうわけだから……」

「おーおー好きにしろ。テメェと並んで行くことにならんで清々するわ」

 

 相変わらずの物言いに苦笑しつつ、早速電話をかけに行く出久。それを見送った焦凍も、すぐに暇を告げて去っていった。

 

 残されたふたり。心操が訊く。

 

「……あんたはメシどうすんの?」

「あ?テキトーに済ませるわ」

「ふぅん……あんたとメシ食いたそうにやってくる男が約1名いるけどな」

 

 心操がそうぼやくのと、飯田が大声でふたりの名を呼びながら迫ってくるのが同時だった。

 

「ムッ、緑谷くんと轟くんは?もう行ってしまったのか?」

「約束あるって」

「そうか……よかったら昼食を一緒にと思ったんだが。きみたちはどうだい?」

「行かねえ」

「悪いけど俺もパス。大学行くし」

 

 「そうか……」と残念そうに縮こまる飯田。なんだかんだこの男も人懐こいというか、なんなら寂しがりやなのである。

 

「俺らより発目のこと誘ってやれば?緑谷と轟見習ってさ」

「発目くん……いややぶさかではないが、なぜ?緑谷くんと轟くんを見習うとはどういうことだ?」

「……あー」

 

(やっぱこいつ、朴念仁……)

 

 引きつり笑いをするしかない心操だった。

 

 

 

 

 

 ようやく動き出した電車を乗り継ぎ、夏目実加は千葉市内のコンクール会場にたどり着いていた。

 

「………」

 

 会場となるARIKAWA記念ビル。その佇まいを見上げると、道中、解消しようと四苦八苦していた緊張がむなしくもぶり返してしまう。

 

(……がんばらなきゃ。緑谷さんと爆豪さんが、観に来てくれるんだもの……)

 

 ならばこんなところで、怯んでなどいられない。すう、はあと何度も深呼吸を繰り返し……歩きだす。

 

――そんな彼女のすぐ背後に、黒塗りのバンが停車した。運転席から現れたのはキャップを目深に被り、作業服を着た青年。トランクから取り出したカートには清掃用具が積まれている。しかしその下に敷かれた白布が、彼の目つきと相まって不審だった。

 

 彼はカートを押して、足早にビルへ近づいていく。その進行方向には、夏目実加の背中。それでも速度を緩めることはない。詰められていく距離。そして彼の手が、実加へと伸ばされて――

 

 

つづく

 

 

 




真堂「どうも皆さん、俺のこと覚えてる?傑物学園の真堂揺です」
爆豪「覚えとらん失せろ」
真堂「酷いな相変わらず、ってか覚えてるだろ絶対」

真堂「突然だけど爆豪くん、きみは最近見た夢を覚えてるかい?」
爆豪「ああ?即忘れるわンなもん」
真堂「はは、きみらしいね。でも時々は夢に浸る時間があってもいいと俺は思うんだ。きみのような人間こそ、尚更ね」
爆豪「そんなもん、俺にはもう必要ねえ」

EPISODE 43. トロイメライ

真堂「現実に向き合うことは大切だ。でもそれだけじゃ、呼吸がしづらいと思わない?」
爆豪「それでも俺は、立ち止まるわけにはいかねえんだよ……!」

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