【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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一応もう事件が解決しちゃってるので好き勝手書いてます。
皆が好き勝手しゃべってるだけの回。

あと……ホークスファンの皆様どうもすみませんでしたと先に言っておきまする。


EPISODE 43. トロイメライ 1/4

 入れ物に包んだフルートをぎゅっと握りしめ、ARIKAWA記念ビルへ足を踏み入れんとする夏目実加。そんな彼女の背後に、怪しい風体の青年が迫り――

 

「――!」

 

 振り向いた実加が目の当たりにしたのは、こちらに伸ばされた男の手。当然ぎょっとして身構えた彼女だったが……よくよく見れば突き出された掌には、見慣れた薄桃色が乗っていて。

 

「……これ」

「あ……」

 

 合点が行った。亡き父からもらって、肌身離さず持ち歩いている桜貝のミサンガ。ちょうどいま紐が切れてしまったのか、落としてきてしまったのだ。この青年は、それを拾ってくれた――

 

「あ、ありがとう……ございます」

「………」

 

 ぎこちないながらお礼を述べた実加だったが、青年はにこりともせず足早にカートを押して去っていく。ただそれでも、不愉快な気持ちにはならない。"拾ってくれた"という実際の行為がすべてだ。態度や見かけだけで、判断はしない――

 

 微笑みながら自身もビルに入っていく実加。――青年がここに来た真の目的を、彼女は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、爆豪勝己は車を走らせていた。ヒーローコスチュームからは当然着替え、スタジャンに黒のスキニーといういかにも若者らしいいでたちに身を包んでいる。首から上はキャップに伊達眼鏡と、変装も完璧だ。元々容貌もすぐれているだけあって、若手人気俳優のプライベート姿に見えなくもない。

 

「………」

 

 音楽やラジオを聞くでもなく、ただ運転に専心するその表情は極めて穏やかだ。普段……ヒーロー活動時の彼しか知らない一般市民たちには、想像もつかないであろうほどに。

 

――14歳の少女のフルートを聴くために、彼はARIKAWAビルに向かっている。それもまた、市井の人々にとっては驚くべきことに違いない。

 

 これがあとから合流する幼なじみであれば、四六時中あふれ出している優しさ、あるいはヒーロー精神の象徴的行為だと――勝己にとっては非常に腹立たしいことに――持てはやされるのだろう。

 

 勝己にもそういう気持ちがまったくないかといえば嘘になる。ただ、彼の心には"負い目"という根深いものがあった。第0号の捜査が遅々として進まないことへの苛立ちを露にした実加に対し、正論と信じて放ったことば。いまでも誤りではなかったとは思っているけれども、結果的にはそれが彼女を深く傷つけ、自殺まで口にさせてしまった。謝罪でけじめはつけたが……どうしても割り切れない部分があって、滞留となって心の奥に渦を巻き続けているのだ。先ほどの捜査会議での態度とは矛盾しているようだが、人間というのはそんなもの。

 

 ヴィランやグロンギを相手に、思うままに己の力を振るい、誇示している。衆目にはそう見られているヒーロー・爆心地であるが、その実いくつもの負い目を抱えて生きている。ましてやそんな生き方をよしとしている自罰的な一面が彼には存在するなどと、一体誰が知っているというのだろう。最も親しい友人である切島鋭児郎に対してすら頑なに閉ざした、爆豪勝己の秘め事であった。

 

 

 表情と同じく穏やかなドライブを続けていた勝己だったが、行く先にあるものを見つけ、車を端に寄せて停車させた。運転席から降り……一瞬躊躇を覗かせながらも歩きだす。その視線の先にあったのは色とりどりの花に軒先から奥まで埋め尽くされた店舗。流石にその行動にまで深刻な背景はない、言うなればただの気まぐれ。少なくとも緑谷出久、あるいは他の誰かが同行していたらば、絶対にありえないことではあった。

 

 

 

 

 

 一方でかの緑谷出久はというと、無事(?)沢渡桜子とのランチに間に合っていた。

 

「ごめんね沢渡さん、ぎりぎりまで待たせちゃって」

 

 すまなそうに謝る出久。対して桜子は、

 

「いいっていいって、悪いのはグロンギだもん。ま、でも実加ちゃんのことで頭がいっぱいで完全に忘れてたってのは、ちょっと……ねぇ」

「う……ごめんなさい本当に……」

 

 わざと口を尖らせて非難めいたことを口にすれば、あからさまに萎びてしまう。この数ヶ月でひと皮もふた皮も剥けた出久だが、こういう根っこの性格は変わらない。それを確認するためにもつい、からかいたくなってしまうのである。

 

「ま、それが出久くんの良いとこでもあるしね。今日は男らしくおごってくれるって言ってくれたから、許す!」

「あ……ははは、お手柔らかに……」

 

 「なに食べよっかな~♪」と、嬉々としてメニューを開く桜子。いつもは様々な条件の良さからお食事といえばポレポレになってしまうことが多いのだが、今回は珍しく桜子から「イタリアンが食べたい」というお達しがあったのである。当然おしゃれなイタリアンレストランなど出久の偏った知識のうちには存在しないゆえ、探すのに苦労したのは言うまでもない。最終的にはプレイボーイな椿医師に泣きついてここを教えてもらったのだが、誘う相手が桜子と知ってわざと値の張るところを挙げたのだろう――財布がすっからかんになるのも覚悟しなければと出久は涙を呑むほかなかった。

 

「それにしてもだけど……出久くんと爆豪さんが揃って観に行けることになったの、ある意味奇跡的よね。45号が出たのもそうだけど、ちょうど今日爆豪さんたちが帰ってこられたのも」

「そうだね……確かに。かっちゃん何も言ってなかったけど、間に合うように帰ってきてくれたのかな……」

 

 そうであったとしても、後処理にいつ区切りをつけるか、という段階だからこそできたことだろう。仮に死柄木弔が都内で目撃されていなければ、彼は躊躇なくコンクールの観覧を断ったに違いない。

 いずれにせよ勝己の心中において、今日のことはそれなりに重点事項としてとどめ置かれていた――そう思うと、我がことのようにうれしくなる。

 

「爆豪さんたちとは連絡とってなかったの?」

「うーん、轟くんとは週1くらいでやりとりしてたかな」

「週1……男の子って感じだね」

「そうなの?」

 

 女の子はもっと頻繁に連絡を取り合うものなのだろうか。大学に入って桜子と出会うまでは女子事情なんて触れる機会もなかったので、よくわからない。

 

「轟くんとは……ってことは、爆豪さんとは?」

「……わかるでしょ、言わなくても」

「まあねえ……」

 

 苦笑しつつ。

 

「ってことは正真正銘2ヶ月ぶりの再会だったんでしょ。――どうだった?」

「どうって……そりゃあもう、相変わらず怖くて強くてすごくカッコイイよ!爆破もさらに磨きがかかってるし……そうそう、やっぱり寒くなってきたからかコスチュームが冬仕様になっててね、これがまた――」

 

 以下、爆豪勝己について……というよりヒーロー・爆心地について延々熱く語り続ける出久。声量はさほどのものではないが、息継ぎもすら煩わしげにブツブツブツブツとしゃべってしゃべってしゃべりまくる出久。かっちゃんかっちゃんかっちゃんかっちゃんかっちゃん――まるでお経のようなそれが店をひと回り循環すれば、他の客もウェイターの視線も自ずと集中する。桜子はたまらず額を押さえた。

 

(ああ、見えてる地雷に突っ込んでしまった……)

 

 これだから喫茶店やレストランなどでは話題に気をつけなければならないのである、悲しいかな。だから余計にポレポレが重宝するのであった。

 

 

 

 

 

 事務処理にも一段落ついたということで、捜査本部の面々にも昼休憩が与えられていた。

 捜査員たちの中では最年少の27歳巡査・森塚駿は、二次オタな若者らしく、パンでもかじりながらひとりせこせこスマホで現行アニメの無料配信を観ようと計画していたのだが、

 

「問題でーす……なぜこんなことになっているのでしょーか?」

「ピンポーン!」

「おっと森塚選手速かった!」

「飯田くんに無理矢理引きずってこられたから!」

「正解!また来週!!」

 

「……なんのつもりだ、その三流小芝居は」

 

 正面から呆れ顔で突っ込みを入れたのは、"あの"元No.1ヒーロー・エンデヴァー。強面にじろりと睨みつけられ、森塚は「うへぇ」と肩をすくめた。

 

「些か強引になってしまったことは申し訳ありません、森塚刑事。ひとりでいるとどうしても、色々と考えてしまうものですから……」

 

 神妙な表情でつぶやく飯田。ちなみに発目を誘う誘わないの話が出ていたが、声をかけに行ったときにはもう彼女は撤収済みだったのだ。――閑話休題。

 

 殺人ゲームの完遂を阻み、誰ひとりとして殉職者を出さずにグロンギを倒すことができたことは喜ばしい。しかしながら、多くの市民が殺害されたこともまた事実で。

 複雑に交錯する感情にどう折り合いをつけるか、学生時代から5年余、未だ模範解答の見つけられない課題である。そういうときはせめてひとりにならず、他人とことばをかわすことで気を紛らわせたい――その気持ちは、森塚にもわからないでもない。もっと何かできたのではないかとも思うし、大勢の人が理不尽に命を奪われ、家族や友人が深い悲しみに包まれている中で笑って何かを楽しむようなことがあっていいのだろうかと思うこともしょっちゅうだ。軽薄だと自覚のある自分すらそうなのだから、真面目でまだ非常に若いこの青年などはなおさらだろう。

 

「……まあ、そういう気持ちになるのはわかるけどねえ」うなずきつつ、「でも僕に声かけるのはいいとして、なぜこの新米パパさんまで?」

「……誰が新米パパだ、誰が」

「おや、聞こえてしまいましたか」

 

 ただそう言われてしまう自覚はあるのだろう、エンデヴァーは小さく鼻を鳴らしただけで、注文したざるそばをすすりはじめた。

 その様子を横目で見つつ、

 

「……この方ともこうして同じチームでともに戦うことになって久しいですが、やはり重鎮というか、まだまだ雲の上のお方というか、距離を感じるときが多々あるといいますか……」

「そりゃしょうがなくね?警察と違って明確な階級があるわけじゃないとはいえ、歳もキャリアも違いすぎるっしょ」

 

 自分のようなヒラ刑事と、面構のようなキャリアの管理職と同じようなものだ……年齢から考えても。ただその面構警視長どのは最近、部下をやたら飲みに誘いたがる。とりわけ標的になりやすいのは一番若く独り暮らしの自分だ。当然向こうの全奢りなので懐はまったく痛まないのだが、正直一分一秒たりとも気を抜けないのでありがた迷惑だと思わなくもない。話を弾ませたいのか、子供の頃観ていたというアニメの話などされれば尚更である。

 

(凡人がそんなこと思ってるのを尻目に自分から大先輩誘っちゃうんだもんなぁ、やっぱヒーローは違うや)

 

「そういうわけで本日は、その……色々とお話をうかがえればと!まず、ご趣味などは……」

「って、見合いかい!」

「趣味というほどのものはないが……強いて言うなら、最近はよく家内と一緒に映画を観ているな。古い作品だが"父帰る"などは、時間が短いこともあって複数回視聴している」

「"父帰る"と言いますと、確か……」

「あー、ろくでなしの親父がある日突然帰ってくる奴っスよね。映画化されてたのは初耳ですけど原作は知ってますよ。知ってるだけっスけどね」

 

 自ら家族を顧みなかったくせに、すべてを失っておめおめと帰ってきた父親。それでも温かく迎えようとする家族の中で唯一、子供の時分から一家の大黒柱とならざるをえなかった長男だけは父を許せない。拒絶し父を追い返す。しかし――

 

(長男……か)

 

 エンデヴァー……轟炎司は自ずと、我が子の顔をひとつひとつ思い起こしていた。焦凍、夏雄、冬美――そして、燈矢。自分なりに歩み寄ろうと努力はしてきたつもりだ。ばらばらに散らばっていたピースが、その努力に応えて少しずつ埋まっていく。――けれど、ひとつだけ。ひとつだけまだ、拾い上げることができないままだ……。

 

 ふぅ、と息をつきつつ、炎司は口許を弛めた。いまこの瞬間、そのことを憂いても仕方がない。

 

「現実は映画のように予定調和とはいかん。……が、だからこそ、少しでも大団円に近づけようと我々自身が努力せねばとも思える。――いいものだな、有り体に言って」

「そうですね、まさしく……!私も幼い頃からあまり創作物に接してこなかったのですが、学生時代のことなのですが、友人から兄弟が主役のファンタジー漫画を勧められまして……」

 

 当時、既に完結していた漫画ではあったのだが……主役の兄弟に兄・天晴と自分を重ね合わせてしまった結果、漫画全巻、さらにはアニメ版のDVD全巻(劇場版含む)まで買い揃えてしまった。グロンギ復活より以前のこと、某お笑いトーク番組がその漫画をトークテーマとした際、ゲストとして招かれるくらいにはもう立派なオタクである。放送後兄から苦情――本気の叱責ではなく、照れ隠しのようなものである――が来たのは言うまでもない。

 

「そうかあ……あんなことがあったんだもんな、きみのお兄さんも」

「はい。私もあの作品のように兄を助けられてはいませんが……せめて兄の名を汚さぬよう、これからも精進したいと思っています」

「うむ。……互いに、大切な者たちに胸を張れるようなヒーローとならねばな」

「はい!」

 

 がしっと手と手を取り合い握手……とまではいかないが、煌めく瞳をまっすぐかわしあうこのヒーローふたりは間違いなく意気投合したようだった。この昼食会をセッティングした飯田の目論見は、意図した以上の大成功を収めたと言えるだろう。

ならばここは自分もオイシイ思いをさせてもらおうと、森塚も動いた。

 

「なるほどなるほど。アレですね、つまりはおふたりも創作物の良さを思い知ったと」

「え、ええ」

「……否定はせんが」

「で、あるならば!」

「だからなんだその芝居がかった口調は」

 

 エンデヴァーの突っ込みを完全に無視し、子供のように目を輝かせて森塚は続ける。

 

「名作アニメ森塚セレクションの中から、炎司師匠には家族あるいは親子もの、飯田くんには兄弟ものを推薦しますから!是非観てハマって、おふたりともこっち側に来ちゃってくださいよぉ~!」

「こっち側……とは?」

「……おおかたアニメおたくになれということだろう。ヒーローがおたくなど不名誉もいいところだ……まったく、あの男を思い出す」

「あの男?」

「"ホークス"。知っているだろう」

 

 それはもちろん、知らないはずがない。"ウイングヒーロー・ホークス"――背中に巨大な翼を生やしたヒーローで、弱冠22歳にしてエンデヴァーに次ぐNo.2に名を連ねた男だ。協力して敵連合と戦ったこともある。

 慇懃無礼で上昇志向のあまりないいかにも今どきの若者で、炎司からするといけ好かない男ではあったのだが……そうした経緯から、それなりに交流が継続している。ゆえに知ってしまったのだが、彼は地味にオタクだった。積極的にオープンにはしていないため、世間にはほとんど知られていないが――

 

「あぁそれね。――あいつをこっち側に引っ張り込んだの、実は僕なんスよ」

「え?」

「な!?」

 

 衝撃的すぎる告白に、ふたり……とりわけエンデヴァーは鳩が豆鉄砲喰らったような表情で固まっている。食べかけの蕎麦が口からはみ出ているのが、威厳の欠片もない。

 

「ど、どういうことだ?奴と面識があるのか?」

「面識も何も……僕ら同級生ですもん。小中の」

「な、なんだと……!?」

 

 今世紀最大の驚愕を覚える轟中年。世間の狭さを痛感すると同時に、危機感を覚えた。森塚とホークス……ふたりがかりで来られたらば、自分に勝ち目はないかもしれない……。

 




森塚がヒーローズに勧める作品は何か!?(CM入りテロップ)

ちなみにデクとかっちゃんには「ツルネ―風舞高校弓道部―」を勧めてます。理由はまあ……言うまでもあるまい(十中八九かっちゃんは観てない)。
あっちの「かっちゃん」は声が飯田くんなんだよなぁ。

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