【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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な ん と !

この度推薦を書いていただけました!玄武Σさん、素晴らしい推薦本当にありがとうございました。

さらに読者が増えそうということで、残り8話より気を引き締めてかからねばなるまい。ここまで付き合っていただいた皆様方も、今後ともよろしくお願いします!



EPISODE 43. トロイメライ 2/4

 コンクールの用意が着々と進められているその裏で、いよいよ事件の火種が発芽の時を迎えていた。

 

 会場に入る前に小用を済ませようと、手洗いに入った蟻川社長。しかし彼が自らの意志でそこから出ることはなかった。

 あとから入ってきた作業服の青年によって用具入れに引きずり込まれ、壁に叩きつけられた挙げ句強い当て身を喰らわされる。

 

「うっ!?……く、ふっ」

 

 たまらず意識を失う蟻川。そんな彼の口許に、青年はガムテープを巻きつけようとする。蟻そのままの大顎が邪魔だったが、その程度のことで怯んではいられない。――もはや彼は、ルビコン川を渡ってしまったのだから。

 

 

 

 

 

「そういえばなんだけど、」

 

 大量のベーコンが乗ったパスタをくるくると巻きながら、ふと思い出したように出久がつぶやく。

 

「45号倒して戻るとき、ちょうど救助活動中だった麗日さんに会ったんだよね」

「ふうん……。ブレイバー事務所の担当地域ってあのあたりだっけ?」

「いや、応援に呼ばれたんだって。それだけの、大惨事だったし……」

 

 一瞬、出久の表情が苦々しげなものに変わる。その大惨事を止めうる力をもつからこそ、抱く悔恨だ。もしもクウガでないただの学生のままだったらば、それはそれで悔しかったかもしれないが。

 

 ただ、いまその感情を露にしたところで桜子に気遣わせてしまうだけだし、本題はそこではない。すぐに表情を努め弛めて、出久は続けた。

 

「実加さんのこと、色々と聞かれたよ。コンクールのことも知ってたみたいだし……あのふたり、結構仲良くなってたんだね」

「ふふ、まあ女の子は意気投合すると仲良くなるの速いから」

 

 かく言う桜子とお茶子もそうであった。出久を介しての関係であったはずが、いつの間にやら親しい友人関係を築いている。八百万百はじめ雄英OGの女子メンバーも呼んで遊びに行っている話などを時折聞くと、ほんのちょっぴり疎外感を覚えることがないではない。ただそれを匂わせようものなら、「じゃあ出久くんも来ればいいのに」と当たり前の顔をして言われてしまうのである。一度誘いを断りきれずにお茶会に参加したことがあるが、あれはもう針の筵と言うほかない状況だった。海水浴のときのような男女混合なら流石に慣れたが、あんな女子に囲まれて平常心でいられる男がいるものだろうか――

 

(かっちゃん、轟くん、飯田くん……そこそこいるな)

 

 あの3人が図太すぎるのだろうが。ちなみにそのときの話を聞いた心操はまず同情してくれたので、やっぱりこの人は僕の親友だと確信したりもした。

 

 それはともかく、

 

「麗日さん、すごく頑張ってるみたいだった。色々あったけど、そういうの、全部ちゃんと乗り越えて……」

「……うん」

「僕も、見習わなきゃな……」

 

 少し寂しそうな笑顔でそうつぶやく出久。いや良い表情ではあるのだが、桜子の脳裏には疑問符が浮かんだ。

 

「ん?」

「え?」

「その気持ちは大事だとは思うけど……お茶子ちゃんが、出久くんを見習ったんじゃない?」

「へ、……い、いやいやいや!」

 

 ぶんぶんと両手を振って否定を示す出久。過ぎた謙遜はときに嫌みである。というか自覚なしでやっていたのか――と、桜子は可笑しくなった。すかさず毛量が多すぎてジャングルのようになっている頭に手を伸ばす。

 

「へぁッ、ちょ、さささ沢渡さん!?」

「まったくもう、この子は!」

 

 わしゃわしゃわしゃわしゃ、撫でまくる。異性にそんなことをされるだけでもまろい頬が真っ赤になってしまうというのに、ここは衆目のあるところである。

 

「んふふふふふ」

「や、やめてよぉ……」

 

 やっぱり女性の気持ちは、よくわからない――

 

 

 

 

 

 出久たちがまだランチを続けている間にも、爆豪勝己はもうARIKAWA記念ビルに到着していた。

 

(チッ、早よ着きすぎちまった)

 

 少し寄り道をして時間を潰すなり、車中で仮眠をとるなりしてもよかったかもしれない。ただ完全にオフならともかく、一応仕事の合間となるとそういうことができないのが勝己の性であった。

 

 まあいい、カフェがあるようだからそこでコーヒーでも飲んでいこう。ため息混じりにそう考えていた勝己の横を、背広姿の男たちが慌ただしげに駆け抜けていった。

 

「!、………」

 

 揃って険しい表情を浮かべていることを除けば、さほど特異な光景ではない。しかし彼らが一般のサラリーマンなどとは異なる――どちらかといえば自分に近い人種であることが、勝己には直感的にわかってしまう。そしてそんな連中が出入りしているということは、このビル内で何か穏やかではない事態が進行している可能性がある……ということ。

 

 警戒するように、周囲をぐるりと見回す勝己。その風景の一部に己の予感を確信へと変える装いの青年の姿を認めて、盛大に顔をしかめた。ただしそこに表れた不愉快は、何も事態に対するものばかりではなくて。

 

 細身ながらも逞しい肉体を惜しげもなく晒したコスチュームを纏い、衆目を集めながらも凛とした表情で仲間と話しているかの青年。私人としてはかかわり合いになりたくない勝己だが、相手の職業を考えればいますぐ状況を聞きたい。どうしたものかと悩んでいると、青年の視線がこちらに滑った。

 

「では、何かあれば報告を」

 

 そんな型通りの辞を述べ、散開する青年たち。彼は一転して貼りつけたような笑みを浮かべ、こちらに向かってくる。――クソ、気づきやがった。勝己は咄嗟に花束を背中側に隠した。

 

「爆豪くん?……やっぱり!爆豪くんだよね!?」

「……真堂、揺」

 

 真堂(よう)――勝己より一年先輩にあたる、傑物学園出身のプロヒーロー"クエイク"。デビュー4年目にしてこの千葉市を管轄する大規模ヒーロー事務所においてチームリーダーを務める実力者であると同時に、その甘いマスクと爽やかな振る舞いから男女問わず高い人気を誇っている。

 そんな彼と勝己の関係は、勝己にとって屈辱的な結果に終った一度目の仮免試験から始まった。その後も高校同士の合同演習等で顔を合わせることも多々あったため面識が生まれるのは当然にしても、なぜかこの男、やたら馴れ馴れしく接してくる。こちらが拒絶を示しているというのに。そして、挙げ句には――

 

 現にいまも、こちらの苦い表情を慮ることなく「よう!……あ、いまのは駄洒落じゃないからね」などとクソサムいことをのたまっている。いますぐその笑顔の仮面を爆破で吹き飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、先述の理由からぐっと踏みとどまった。

 

「久しぶりだね、活躍は聞いてるよ。そうそう、18号事件の時は確かニアミスだったんだよね。きみと共闘できなくて残念だったなぁ……」

 

 つらつらと、にこやかにしゃべる真堂。勝己が露骨に舌打ちしても、態度を変えることはない。人当たりの良さがあふれんばかりだが、どこまでが本音なのか。心根に黒いものをもっているくせに、それを隠してどこまでも善人ぶるのが気に食わないのだ――初対面のときから。

 

「あ、例の件なんだけど……考えてくれたかい?」

「考えとらん、つーかなんの話だ」

「酷いな相変わらず……。にしてもその恰好、プライベート?どうしてここに――ん?」

 

 勝己の手が不自然に背中側に回ったままなのに気づいたのだろう、覗き込んでくる真堂。咄嗟に身体の向きを変えて誤魔化そうするが、花束などというサイズのあるもの、そうそう隠し通せるわけもなく。

 

「え、」爽やかな笑みが、間抜けに硬直する。「花束……は?え?ウソだろ、オイ……」

 

 もはや外面を取り繕うことも忘れた口調。呆けた面と相まって嘲ってやりたくなった勝己だが、あらぬ誤解を受けることは避けたかった。

 

「チッ、なに勘違いしてやがる。……0号被害者の夏目教授の娘が、今日のコンクールに出んだよ」

「!、な、なるほどそういう……いや、だとしてもだろ!?」

 

 ()()爆豪勝己がフルートのコンクールを観に来るばかりか、花束まで用意してくる?個性に反して肝は据わっているほうだと自認している真堂だったが、これは天地がひっくり返るほどの衝撃だった。

 

「ば、爆心地も……人の子かぁ……」

「ア゛ァ?なにワケわかんねえことほざいてやがる、すかし野郎」

「いや、こっちの話。……それより、ちょっといい?ここだと人目がある」

 

 真剣な表情で移動を促されれば、勝己に断る理由はなかった。――この男がここにいる理由、ここで何が起きているのか、見て見ないふりをすることなどできるはずもない。

 

 

 エントランスの人波から抜け出すふたりのヒーロー。ゆえに彼らは入れ違いに現れた軍服の女には気づかなかったし、気づいたとしてそれがゴ・ガリマ・バであることなど知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 出久と桜子はランチを終え、レストランを発とうとしていた。桜子のほうはお腹をさすりながらほくほく顔である。メインディッシュはもちろんのこと、デザートまでしっかり舌鼓を打って久々に大満足。やはり食事はこうでなくてはと思いつつ、明日からはまた栄養ドリンク漬けになることは目に見えているのだが。

 

 一方で出久はというと、普段の朝昼晩三食を優に越える出費に、心のうちで男泣きしていた。

 

(うぅ……財布がすっからかんだ。かっちゃんのポレポレカレーローンもまだ結構残ってるってのに……)

 

 対応策としては3つ考えられる。まず、母に頼んで仕送りを増やしてもらう。これはそう難易度は高くないが――母は自分に甘いので――、私大に行かせてもらっているのにこれ以上の負担を強いるのは忍びない。次に、バイトを増やす。学生としては一番現実的だろうが……いつグロンギが現れるかわからないうえ、トレーニングにも時間を割かねばならない現状、それもなかなか厳しい。というかできるならとっくにやっている。

 最後のひとつは……警察に、報酬を要求すること。

 

(いやいやいや、それは駄目だろ……。いや言えば通るかもしれないけど、なんか道義的に……)

 

 プロヒーローは皆報酬をもらっているのだからその権利は出久にもありそうなものだが、あくまでヴィジランテとして"戦いたいから戦っている"状況を好意で追認してもらったようなものだ。そのうえ対価をよこせと言うのは、根が小心者の出久にはとてもできそうにない。

 

(グッズ経費を抑えるしかないか……はぁ)

 

 憂いを込めたため息をつく出久を、桜子は気遣わしげに見た。

 

「出久くん……本当に奢りで大丈夫?きついなら自分のぶんくらい出すよ、今さらだけど」

「!、い、いやいいよそんなの!男に二言はないッ……な、なんてね!」

 

 そこはもう意地である。ただ、

 

「つ、次は……そうしてもらえるとありがたいかな……?」

「ふふ、OK。ていうか、次は私が奢るよ」

「うぅ……ありがたいけどプライドが……」

 

 そんな切実な会話を弾ませつつ、ビートチェイサーに跨がる。桜子も後ろにくっついて、出久の腹に腕を回した。かつては骨っぽかった感触が、ずいぶん分厚くなったと感じる。戦士クウガとして強敵と戦う以上、逞しく頼もしくなることは良いことなのだが……本音を言えば、少し寂しくも思う。小柄でひょろい身体に英雄の魂を秘めていた出久も、それはそれで嫌いではなかった。

 

「?、どうかした?」

「……ううん。――そういえば爆豪さん、もう向こうに着いてるかな?」

「そうだなぁ……かっちゃんあまり道草しないしね」

「そっか。少しは和めてるかな?」

「え?」

「だって滅多に笑わないでしょう、爆豪さんって」

「!、そ、そうかな……結構笑ってると思うけど……戦ってるときとか」

 

 あの凄絶な笑みを向けられた日には、並のヴィランはトラウマになってしまうのではないかと出久は前々から要らぬ心配をしている。中学生の頃、標的とされていた張本人が言うのだから間違いない。

 

「うーん……そういうんじゃなくて。ただ純粋に嬉しかったり、楽しかったりで笑うとか。そういえば見たことない気がしたの」

「!、あ……」

「爆豪さんのそういう表情、出久くんは見たことある?」

「………」

 

 暫しの沈黙のあと、

 

「……ないことはないよ」

「え、そうなの?」

「うん……――昔の話、だけどね」

 

 幼少期からして彼は意地悪だったが、快活だったし、優しいところもあった。そういう類の笑顔だって、たくさん見せてくれたはずだ。

 

 いつから彼は、笑わなくなったのだろう。ヘドロ事件のあとから?いや確かにあれは決定的なできごとだったかもしれないけれど、目減りをはじめたのはそれよりずっと以前からだ。反比例して嘲笑を向けられることは多かったから、ずっと気づかなかった……いや、忘れていたのだ。本当の、勝己の笑顔を。

 

 ただまさしく今日、捜査会議のときにほんの一瞬見せた笑み。あれが、その欠片なのだとしたら。

 

「僕も、見たいな……また」

 

 フルートの音色がそれを呼び起こしてくれると、信じたい。

 

 

 

 

 

「――ARIKAWAジャパン(ここ)の社長が?」

 

 関係者以外立ち入り禁止の区域を歩きながら、勝己は確認するように訊き返していた。

 

「ああ。コンクールの開会にあたって挨拶をする予定だったそうなんだが、姿を消してしまったらしく、連絡もとれない」答える真堂。「ARIKAWAジャパンといえば、海外事業の失敗に伴う今年度のリストラで、かなりの数の社員をクビにしてる。そのことで恨みをもってる人間は大勢いるだろう。実際脅迫状は頻繁に届いてるそうだし、怪しい奴がうろついていたなんて目撃情報もある」

 

 背景を理解した勝己は、「ケッ」と心底から馬鹿にするように吐き捨てた。

 

「くだらねえ。自分の無能棚に上げた逆恨みじゃねえか、ンなもん」

「おっしゃるとおり。けど、そうでもしなきゃ生きていけない人間も世の中には大勢いるんだよ、爆豪くん」

「………」

 

 一瞬の沈黙のあと、

 

「……ハナシはわぁった。けど、仮に社長が拉致されたんだとして、なんでいきなりテメェらが出てきてんだ?初動捜査は警察の仕事だろ」

 

 実際、先ほどエントランスにいた背広姿の男たちは十中八九刑事だろう。まだ事件かどうかすら確実でない状況で、なぜヒーローが動員されるのか。

 

 率直に疑問を呈した勝己に対し、真堂は意味ありげな笑みを浮かべてみせた。

 

「……ARIKAWAグループはウチの事務所の大口スポンサー、ただし業績悪化を償うために投資規模を縮小しようとしている。そうならないよう、ウチは可能な限り恩を売っておく必要がある……ここまで言えばわかるよね?」

「……あァ、そういうことか」

 

 二度目の「くだらねえ」は、声になる前に喉元にとどめ置かれた。もう子供ではないのだ、事務所を経営するにあたって、そうした努力が必要なことも理解している。

 

「ま、そういうワケでして……せいぜい無駄足になるといいんだけどね」

 

 軽い毒を吐きつつ――この男、勝己の前では若干開けっぴろげになるのだ――、仮本部となっているスタッフルームへ引っ込んでいこうとする真堂。その姿をただ見送ることもできず、勝己は彼を呼び止めたのだが。

 

「あれ、きみが今日ここに来た目的はなんだったっけ?」わざとらしく嘯く。

「ッ、だったらテメェ、なんで俺に話した!?」

「さあ、なんでかな。……じゃ、また追々」

「てめ、すかし野郎――!」

 

 ばたん。無情にも閉じられた扉は、勝己を廊下に置き去りにしたのだった。

 

「……クソがっ」

 

 たまらず吐き捨てる。本当は扉を爆破してやりたかったが、それは言い訳しようもない器物損壊であり、勝己はそういうことはしない。昔からみみっちいと言われる所以だった。

 

 是非もなく、肩をいからせて踵を返す。――それとほぼ同時に、スマートフォンがぶるりと振動した。表示されたメッセージ……その送信者は、つい今しがた自分をすげなく追い出した男で。

 

『いざってときはまた連絡する。頼りにしてるよ、ヒーロー』――

 

「……けっ」

 

 これだからあの男は嫌いだと、心の底から勝己は思った。

 

 

 

 




ヒロアカあるある言いたい~♪

(中略)

真堂パイセンのフルネーム、真堂圭(耳郎さんの中の人)と言い間違いがち~♪

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