【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
真堂パイセンの個性、うまく扱うのムズカシイネ。
「……くん、出久くん!起きてっ、出久くん!!」
「……ッ、ん」
必死に呼ぶ声と揺さぶる手の感触に、出久は目を覚ました。視界に映るのは気遣わしげな表情の桜子と……白雲の隙間からわずかに覗く青空。
意識がはっきりしてくると同時に、記憶も手繰り寄せられる。出久は慌てて身体を起こした。
「死柄木と、42号は……!?」
「……わからない。あの雷に打たれたあと、黒雲と一緒に消えちゃった」
「……そう」
一体あれはなんだったのか。ビルの上からこちらを見下ろしていた影も。あの強烈なプレッシャーは……?
「あ……沢渡さんは大丈夫?怪我はない?」
「うん……なんとか」
「……ごめん、守れなくて」
握りしめた拳を地べたで震わせて、出久は己の不甲斐なさを詫びることしかできない。あの謎の現象がなければ、桜子は今頃――
「……大丈夫!」
あのとき確かに感じた死の恐怖。それを押し殺して、桜子は笑った。
「私、生きてるから。大丈夫……大丈夫だから、ね?」
「……ッ、」
未だ腕を震わせながら、それでも出久の身体を抱き寄せる。瞳の奥から熱いものが溢れ出そうとしてくる。右の拳で、強引にそれを拭う。とっくに痕だけになった傷に、なぜかひどく滲みて痛かった。
一方で雷を浴びて戦闘不能に陥った弔とジャラジは、気づけば殺風景な荒野に倒れ伏せていた。
「う、ぅ……ッ」
全身が痺れて、指一本すら満足に動かせない。先ほどまでの愉悦が嘘のように歯を噛み鳴らす彼らの前に、ざり、と砂を踏みしめて現れた老人。
「バゼゴ、ラゲグ……ッ、――ガミオ……!」
そこにいたのは――グロンギの"現在の"王でありながら、いままでその使命すらろくに果たさずに来た男だったのだ。
「……我が戻った以上、これよりは貴様らに勝手は許さん」
「……今さらだね。ダグバに整理、やらせておいて……」
「関係ない。いまもこれより先も、我こそがグロンギの王である」
高らかに宣言しつつ、ガミオの内心はその実自嘲にまみれていた。ジャラジの言うとおり、今さら何を言っているのか。王たることに悦びを見出だしたのならいざ知らず、この圧倒的な力を秘めた老骨は諦念に支配されているというのに。
(だがもう、後戻りなどできはしない)
この世界に、究極の闇をもたらす――その使命を自らが果たすと、そう決めたのだ。
一方で、ジャラジは。
「……ヒヒッ」
圧倒的な支配者の力に苦杯を舐めさせられたにもかかわらず、唇を歪めていた。隣で自分と同様に這いつくばる弔は己が赤目に、凄まじい殺意を込めてガミオを睨みつけていたからだ。
純白の姿とは裏腹に、どす黒い憎悪と殺意に染まっていく死柄木弔の心。それを思えば、いまこの瞬間とて無駄ではない。己が望む真なる"究極の闇"に、むしろより近づいたのだとジャラジは確信していた。
*
爆豪勝己が観客席に入ったときにはもう、座席はほとんど空いていなかった。大企業にふさわしくそれなりに規模のあるステージにもかかわらず、この埋まり具合。数百人もの観客の前でフルートを演奏するとは、実加もああ見えてなかなかの胆力をもっているものだ。ごくふつうの14歳の少女への評価を、勝己は少しばかり上方修正した。
(つーかデクの野郎、何やってんだ)
一応合流できたほうがいいかとぎりぎりまで律儀に待っていてやったというのに、結局姿を見せなかった。苛立ちながらも、あの幼なじみと沢渡桜子が揃ってなんの連絡もなく遅刻するという愚を犯すとも思えず、勝己は気を揉んでいた。ただ何かあれば向こうから連絡があるだろうとも思い、自分から電話をかけるのは避けた。そこはもう、愚かだと言われても意地でしかない。
ともあれ座席を探してうろつくこと数分、立ち見でも致し方ないかと嘆息していた矢先、ようやくひとつだけ空きを見つけることができた。そこ目掛けて一直線に進む――と、すぐ傍らにショートカットに黒い軍服姿という、奇異ないでたちの美女が座っていた。まっすぐに背筋を伸ばした凛とした佇まいは、少なくとも勝己に嫌悪感を与えない。
「ここ、空いてますか」
「!」
顔を上げた女の瞳に……一瞬、驚愕と憤懣めいた感情が滲む。その唇が「爆心地」と己のヒーローとしての名を紡ぐのを見て、勝己は内心ため息をついた。気づかれたこともそうだが、何より気づいたうえでのこの忌々しげな表情。爆心地というヒーローに対してよい印象をもっていない人間であることは容易に想像がつく。
まあ、下手にミーハーなファンに捕まって騒がれるよりは余程マシだ。隣席を拒否する意思もないようであるし、勝己は黙ってどかりと座り込んだ。
そのまま暫しは沈黙が続いたのだが、
「……驚いたな。貴様のような男が、このような場所に来るとは」
「ア゛ァ?」
一応は初対面の人間を「貴様」呼ばわりとはこの女、なんと無礼なのだろう。己のことを棚に上げて、勝己はそう思った。
「……関係ねえだろ、話しかけんなやウゼェ」
「ふん……」
鼻を鳴らす女。そして、
「――貴様に比べれば、ベミウのほうが余程リントに……」
「……は?」
この女、いまなんと言った?――リント?
「!、テメェまさか……」
「始まるぞ」
「!」
有無を言わせぬことば。彼女の言うとおりステージに、かのいたいけな少女が姿を見せた。緊張気味の面持ちで一礼し、フルートを構える。
――そして、紡がれる穏やかな音色。曲目はシューマンの"トロイメライ"。経験の浅い中学生らしくやや粗さも残ってはいる。だがそれでも勝己は、その演奏に聴き入っていた。父を喪い、それでもまっすぐ歩もうとする少女。その心根が表れたような、うつくしい演奏だと思う。音楽に造詣はほとんどないけれど。
トロイメライ――"夢"。確かにいまこの瞬間だけは、勝己の心はその甘く優しい響きにとらわれていた。
――そしてそれは、ゴ・ガリマ・バにとっても同じことだったのだ。
*
そんな穏やかな時間に身を置く彼らの頭上――ARIKAWA記念ビルの屋上は、物々しい空気に包まれていた。
大勢の制服警官や刑事、そしてプロヒーローたち。その中にはクエイクこと真堂揺の姿もある。彼らの険しい視線が向けられた先には……ガムテープで口と手の自由を奪われた蟻頭の男と、彼を背後から抱えて拳銃を突きつける若者の姿があった。
「――現場は幕張1丁目3028―5、ARIKAWA記念ビル。拳銃を持った男が、蟻川社長を人質に立てこもっています」
警官のひとりが冷静に無線で状況報告を行う一方で、人質をとった青年は誰よりも動揺しているようだった。しきりに目が泳ぎ、来るな、あっちへ行けと叫んでいる。
「まずいな……ありゃいつ撃っちまうかわからんぞ」
ベテラン刑事が渋面をつくる。真堂も同感だったが、それを表に出すほどにはまだ焦っていない。とにかく落ち着いて、チャンスを探るほかない。
と、背後からやってきた刑事のひとりが小声で報告する。
「
「やっぱり、そのことを逆恨みしての犯行か……」
「………」
とするとあの拳銃、闇ルートで手に入れたものか。組織犯罪も個性を用いて行われることが増えた昨今だが、旧来の武器も需要がなくなったわけではない。絢釣のように、戦闘に役立てようのない個性をもつ人間は大勢いる――無論、無個性も。
膠着状態が続く中……不意にびゅうと強い風が吹き、どこからともなく飛んできた紙が絢釣の視界を塞いだ。
「!」
まさしくこれがチャンスと捉え、咄嗟に動こうとした真堂。――誤算だったのは、その事態が極度の緊張状態にあった絢釣の心を暴発させた。
「ひぃあああああっ!!」
上ずった悲鳴をあげながら、引き金を引く。不幸中の幸いだったのは、その銃口が蟻川社長に突きつけられていなかったことか。頭部を撃ち抜かれていたら、即死は免れなかった。
しかしあらぬ方向に放たれた弾は金属板を跳ね返り……警官のうちひとりの、膝を貫通した。
「ぐぁあああっ!」
たちまちその場に倒れ込み、激痛にのたうち回る警官。何名かが救護に走ったせいで陣形が崩れる。その穴めがけて、絢釣は移動を開始した。
「……ッ、」
飛びかかれば手が届きそうなほど至近距離を、足を這わせるように逃げていく犯人を前に……警察もヒーローも、何も手出しができない。依然として蟻川社長が人質とされており、個性の使用も含めて迂闊なことはできない。既に相手は一発放っている、発砲への躊躇はそれ以前に比べれば遥かに薄らいでしまっているだろう。
結局そのまま、絢釣は扉を開けてビル内へ逃げ戻っていった。釘付けにされていた追跡者たちが、弾かれたように動き出す。
疲労困憊で抵抗もできない蟻川社長を引きずるようにして、絢釣は走る。そしてエレベーターまでたどり着く。滅多に人の来ない屋上フロアで籠が待っていてくれるはずもない。舌打ち混じりに上昇ボタンを押し、焦れながらその到着を待つ。――十数秒もしないうちに、敵が追いついてくる。と、ドアが開いた。
「ッ、くそっ!」
もはや是非もなしと、咄嗟に蟻川を放り出す。そして再び、追跡者たちめがけて発砲。幸いにして弾は命中せず、ただ彼らを一瞬怯ませるだけに終わったのは彼自身にとってもむしろ幸運だったろう――末路を思えば。
いずれにせよエレベーターに乗り込まれてしまい、追跡むなしくも扉は閉ざされた。
「ちぃッ、1階の配備固めろ!急げ!!」
「桂木さん!」ベテラン刑事の名を呼ぶ真堂。
「なんだ!?」
「私は非常階段から追います。あと、応援をひとり呼んでもいいですか?」
「応援?そんなのを待ってる時間は――」
「たまたま来てるんですよここに、とっておきのがね。――じゃあ、そういうわけで!」
こんな状況でも爽やかな笑みを絶やさず、身を翻す。もっともその笑顔の裏にやや屈折した内面が隠されていることは、ベテラン刑事にかかれば容易に読み取れてしまうのだが。
*
いつの間にか演奏は終っていた。そのことにもすぐには気がつかないくらい、爆豪勝己は音色の紡ぐ世界に心をとらわれていた。
我に返ったときには、会場を割れんばかりの拍手が覆い尽くしていた。隣に座る女すらも、満足げな表情を浮かべて手を叩いている。
実加は緊張を残した表情のまま一礼し、おもむろにステージを去っていく。奥に引いた途端にその相好が崩れるところまで、容易に想像がついて。
「………」
目的は果たした。にもかかわらず、勝己は暫し立ち上がることもできない。起きながらにして、夢を見ているような錯覚があった。まだ個性が目覚めるか目覚めないかという幼き日々――ただ純粋にオールマイトの強さに憧れ、あの強さを超えていくのだと信じて疑わなかった、無邪気な自分。目の前に現れて消えていったその姿が、果たして幻だったのかすらわからない。
残された余韻は、機械的な携帯のバイブレーションによって脆くも葬り去られた。
「!、………」
発信者は、「いざというときは連絡する」などといけしゃあしゃあとのたまっていたあの男。そのことばが現実になったのだろうという確信とともに受話する。
『来てくれ、状況は――』
簡潔に用件と作戦のみ伝えられ、切られる。この間十数秒ほど。勝己はもう舌打ちすることもなく、淡々と立ち上がった。
「余韻に浸る間もないのか。せわしいな、ヒーローというのは」
「!」
隣の女が、皮肉めいたことばをぶつけてくる。その正体についても確信をもっている勝己は、射殺さんばかりの目で彼女を睨みつける。――が、女は冷たい目で一瞥するばかりだ。
「……仮に私が貴様の考えているとおりの存在だとしても、貴様が危ぶんでいるようなことをするつもりはない」
「ア゛ァ?」睨み続けたまま、「それが嘘じゃねえって証拠でもあんのか?」
「ない」即答。「……ただ、私は美しい音色が聴きたかった。そのためにここに来たのだ」
「………」
互いに視線を外すことなく、睨みあうふたり。――やがて根負けしたのは、勝己のほうだった。いつまでも睨みあいを続けてもいられないし、さりとてここで戦うわけにもいかない。
何より、実加の演奏に惜しみない拍手を送っていたあの姿……直感よりさらに深いところで、嘘だとは思えなかった。
「……チッ」
舌打ちして去りかけ……ふと、立ち止まる。
「ひとつだけ教えといてやる。……あの子の父親はテメェの仲間に……0号に殺された」
「!」目を見開くガリマ。
「テメェらグロンギはひとり残らずブッ殺す。必ずな」
吐き捨てるようにそう言って、勝己は去っていく。ガリマは暫し、その場から動くことができなかった。
*
真堂揺は自らの判断に自信を深めていた。
エレベーターで逃げた絢釣は予想どおり一気に1階までは降りず、2階から非常階段を伝って逃亡を図ったのだ。
「やっぱり、その程度の知恵はあるよな!」
必死の形相で階段を駆け下りる犯人。対して真堂はほとんど段を踏むことなく、踊り場から踊り場へと飛び降りていく。犯人も若く学生時代は何かスポーツくらいやっていたのかもしれないが、さらに若い青年プロヒーローに身体能力で敵うはずもない。距離はみるみるうちに詰まっていく。堪らず放たれた3発目の弾丸は、照準も何もあったものではない。
「チッ、扱えもしないオモチャ振り回しやがって……」
苛立ちを露にした真堂は、建物内であることから控えていた個性を使用することにした。手すりを掴み――発動。
「ッ!?」
途端に非常階段を揺れが襲い、絢釣は逃走を中断せざるをえなくなる。あとわずかで地上なのに――だからこそ真堂は、万一の墜落のリスクを押して個性を発動したのだが。
これで地上を仲間が囲めば、もはや趨勢は決する。そう確信した真堂だったが、同じ危機感を抱いたのだろう絢釣が先んじて賭けに出た。踊り場の手すりを登りあがり、そのまま地上へと身を躍らせたのだ。
「ッ、マジか!?」
高さは2メートルほど。常人でも飛び降り不可能ではない……が、躊躇なくそれができるということはつまり、彼の精神状態がそれだけ窮まっていることの証左だろう。真堂は再び舌打ちを漏らした。
「どんだけ往生際悪りィんだよ、クソっ!!」
完全に仮面をかなぐり捨てて悪態をつきながら、自身もまた一気に地上へ飛び降りる。犯人は息を切らし、それでも速度を緩めることなくひた走る。いずれにせよ身元は割れているのだし、こちらもヒーローである以上とって喰おうというわけではない。そんなに追い詰められるならいっそ、捕まってしまえばいいのに……と思うのはきっと、自分が追う側の人間だからなのだろう。
一方で現実は、進退窮まった絢釣がいよいよ最後の手段に打って出ようとしていた。
演奏を終えた夏目実加は、ほっとした表情でビルを出てきたところだった。少なくとも己の最善は尽くせた……と思う。できれば勝己の批評を聞きたかったのだが、観客席が広すぎてどこにいるのかわからなかったし、出てくるときに捜そうとしたがロビーが妙に慌ただしくそれもかなわなかった。出久と桜子の姿も同じく、である。
なんとはなしに周囲を行きかう人々を見回し、彼らの姿を捜す実加。――そんな彼女めがけて、絢釣は突っ込んだのだ。
「きゃ!?」
身体がぶつかり、ふたり揃って倒れ込む。実加の手からは花束が、絢釣の手からは拳銃が、それぞれ地面に落下した。
「!!」
目を剥いた絢釣は咄嗟に拳銃を拾い上げ……何を血迷ったか、それを実加の頭に突きつけた。さあっと血の気が引き、身体が硬直するのが自分でもわかった。
一方、追いついた真堂。怯える少女に銃を突きつける絢釣の姿を目の当たりにした彼の表情と一瞬、焦燥と強烈な憤懣とが滲んだが……通行人たちが固唾を呑んで状況を見ていることを思うと、ポーカーフェイスを演じざるをえない。
ただ、
「……おいおい、それだけはやっちゃダメだろ」
周囲の気温を何度も押し下げるような声だった。
ヒーローとしてはともかく真堂揺個人としては、極端な話、蟻川社長がああして脅かされたのは因果応報といえる部分もあると思う。経営の失敗はトップの指導が拙かったからにほかならない、社員の首を切ってのうのうとしているようでは恨まれるのもやむをえない。
また、撃たれた警官についても。彼らはそうした危険を承知で職務に臨んでいる。
――目の前の少女はどちらにも当てはまらない。なんの咎もない、守られるべき無辜の子供だ。害することなど絶対に許さない……ヒーローとしても、ひとりの人間としても。
だが、怒りだけで状況が打開できるわけでもない。一度深呼吸をした真堂は犯人が文字どおり暴発せぬよう、表向き慰撫のことばを繰り返す。
ほどなくして。絢釣の背後から目当ての姿が迫るのを認めて、真堂はようやく心にもない態度を引っ込めることができると思った。
「……これが最後だ。銃を捨てて、おとなしく投降しろ」
「うるせえ!!」
この瞬間、絢釣源吾の運命は決した。
「……救えないな」
――BOOOOM!!
耳をつんざくような爆発音が、絢釣に襲いかかった。その炎は彼の右手を焼き、銃は融解して使い物にならなくなった。
「ぎゃああああああッ!!?」
悲鳴をあげ、その場に倒れ込む絢釣。至近距離にいた実加は……幸いにして、爆炎の被害は受けていなかった。
「う、ぐぅうううあぁぁぁ……」
「……ふさけやがってクズが、千切れなかっただけありがたいと思えや」
右手に大火傷を負い苦しむ犯人を見下ろし、血も涙もない罵倒を繰り出す勝己。瞳はかっと見開かれ、額には青筋が浮かんでいる。その身の毛もよだつような表情を目の当たりにして、実加は思わず息を呑んだ。
「まったく、遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
「るせーわ三流ヒーロー。むざむざ人質とられてんじゃねえよ」
「三流は酷いなぁ……まあ今回は反論できないね」
すっかり飄々とした態度に戻った真堂を前に、勝己はたまらず舌打ちを漏らした。野次馬たちから時折「爆心地」の名が漏れている。邪魔な帽子も伊達眼鏡も打ち捨ててきたから、いま彼の顔を隠すものは何もないのだ。正体が、露呈してしまった――
ようやく駆けつけてきた刑事たちによって、絢釣は立ち上がらされ、連行される。そのとき彼の口から、すべてを呪うような悪態がこぼれた。
「クソクソクソクソっ、なんで!なんで!!」
「俺の個性はすごいんだ、役に立つんだ!お前らヒーローの戦いにしか使えないようなクソ個性なんかよりずっと!!」
「!、………」
「なのにッ、なのになんでお前らばっかり!俺のほうが、俺だって――」
絢釣が声を発することができたのはそこまでだった。勝己の手が、彼の胸ぐらを力いっぱい掴みあげていたのだ。
「ヒッ……」
「すげえ個性?俺らのなんかより役に立つ?そうかそうか、そりゃよかったなァ……だが、」
「テメェは今日からモブどもにすら遥かに及ばねえクソゴミ犯罪者だ、すげぇ個性だろうがムコセーだろうがなんも変わりゃしねえ。塀の中じゃ使う機会もねえんだからな」
「!、あ……」
「テメェみたいななんでも他人のせいにして逃げてる奴ぁ、一生地べた這いずり回って惨めに生きてくしかねえんだわ。……カワイソーにな」
哀れみすらこもった勝己の捨て台詞は、彼の心を完全にへし折ったのだった。
力なく引きずられていく犯罪者に早々に見切りをつけると、勝己は一転気遣わしげな表情を浮かべ、へたり込んだままの実加を見下ろした。
「……大丈夫、か」
「………」
おずおずと伸ばされた手。実加はそれをとることを……躊躇ってしまった。いまはただ、勝己の顔を見るのが怖かった。
そんな実加の態度を見て、勝己は何も言わない。催促することもしない。――人質がいるのに容赦なく激しい攻撃を加えたこと、その後の犯人への罵倒をひそひそと非難する声が群衆から漏れ聞こえる。純粋にその手際を評価する者の声は、そうした非難の中に埋もれてかき消えてしまう。いまこの瞬間は、そのままヒーロー・爆心地に対する世間の縮図だった。
「………」
そうした声が聞こえないわけがないだろうに、勝己は怒鳴り散らすこともしない。表情すら、ない。ただじっと、痛みに堪えるようなその姿を、どれだけの人間が見ているのだろうと真堂は思った。
「……爆豪く――」
「かっちゃん!!」
爆心地に不似合いな呼び名が響く。それとともに群衆を掻き分けて現れたのは、
「……デク、沢渡さん」
「ごめんッ……遅くなって!これ……いったい何があったの?って、あ……クエイク!?」
「ああ、どうも」
にっこりと微笑むクエイクこと真堂。爆心地と彼が決定的に異なるのはこういうところだ。
いつもなら空気を読まずナード根性を発揮してしまう出久だが、流石にいまは幼なじみと実加のほうが気がかりだった。
「……あとで話す」
「!」
絞り出された声は、信じられないくらいか細かった。出久たちが呆気にとられる一方で、真堂が勝己に耳打ちする。ヒーローとして活動した以上は、まだやることがある――
「そいつ、駅まで送ってってやれ」実加を指差して言う。
「え、あ……でも……」
当然のことだが、バイクは3人も乗れない。そんなこと言われてもと出久が困っていると、桜子が助け舟を出した。
「出久くん、私なら大丈夫だから。行ってあげて」
「……わかっ、た」
「立てる?」と、硬い表情のままの実加に手を伸ばす出久。傷痕のあるそれを……一瞬躊躇しながらもとった少女の姿を認めてもなお、勝己は何も言わなかった。それを当然のことと受け止めているかのように。