【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
多摩市内では、大捕物が行われていた。個性を使った銀行強盗のふたり組を管轄のヒーローたちが追っていく。
「こちらチームAタリアス、犯人は一ノ宮二丁目を逃走中!」
『了解。チームB、西から回り込む』
犯人たちの個性は強力かつ派手だが、そのやり口は当初から行き当たりばったりと言わざるをえない。対してプロヒーローたちは、常日頃からあらゆる状況に対応できるよう訓練されている。無理をせず、しかし確実に、包囲網を敷いていく――
――そして犯人たちが気づいたときにはもう、彼らに逃げ場は残されていないのだ。
「本部へ。ターゲット、包囲完了」
『了解』戦闘エリア外に設置された基地キャンプからの返答。『ターゲットの抵抗が想定される。安全に留意して捕縛……な、なんだおまえは?――ぎゃああああああああ!!』
「!?、本部?どうした本部、レムルズ!応答しろ!!」
基地キャンプを統括するヒーローの名を呼ぶが、応答はない。無線も壊れてしまったのか、相手からは耳障りな音が響くばかりだ。
「向こうで何かあったのか!?」
「わからん――ッ、!」
目の前のヒーローたちの動揺を感じとって、犯人たちが反撃を仕掛けてくる。それがかえって、彼らを引き締めることとなった。
「とにかく、まずはこいつらを捕縛して警察に引き渡す!」
「了解!」
激しい衝突が起こる戦場。――そこに、無謀にも足を踏み入れた男の姿があった。真冬にふさわしくない着流しを風にはためかせながら、じっと戦闘を見つめている。その姿に、ヒーローのひとりが気づいた。
「!、なんだ、きみは?民間人か!?」
「危険だ、早く避難しろ」――ヒーローとして模範的な警告であったが、男は従う様子を見せない。それどころか、そもそも危険を認識していない様子で言い放つ。
「その必要はない」
「は……?」
刹那、男の姿がぐにゃりと歪んだ。その様を見た者は皆、自分の目がおかしくなったのかと思ったがそうではない。もとより鍛え上げられた肉体がさらにひと回り膨れ上がり、漆黒に染まる皮膚は硬い外装を得る。そして、頭部から突き出す一本角。――カブトムシの能力をもつグロンギ、ゴ・ガドル・バの戦う姿だ。
「な……!?」
「おまえまさか、未確認生命体……!?」
ヒーローも銀行強盗も皆、最も恐るべき脅威の出現に捕物どころではなくなった。このような事態を前にどう行動すべきなのか、いかにプロといえども判断できるわけはない。
その迷いがあろうとなかろうと、彼らの運命は決していた。
「ビセギビ、ギベ」
瞳を紫に輝かせたガドルが、胸の装飾品を大剣へと変えた。標的とされた者たちの肌が恐怖に粟立つと同時に、地面に突き立てられた剣から雷が奔る。その美しい煌めきが、彼らの知覚した最後の光景だった――
*
関東医大を目指し、出久はビートチェイサーを走らせていた。これから椿医師を説得して、自ら電気ショックを受ける……骨が折れるどころではない苦労となろうが、躊躇いはさらさらない。――仲間を、友人を喪うことに比べたら。
「……ッ、」
グリップを握る手に、思わず力がこもる。ひと月前、死柄木弔の襲撃を受けたあのとき。桜子が殺されるという絶望的な確信に心が覆い尽くされたあの瞬間、振り返れば、自分はまた凄まじき戦士になりかけていたのだと思う。あれだけ憎しみに囚われはしないと誓いを立てても、目の前で友を殺されるようなことがあったらそんなもの容易く破れてしまうのだと思い知った。
桜子に語ったことばに嘘はない。ひとりで全部守るんだなんて大口を叩くつもりはないが、いざひとりで戦わねばならなくなったとき、何も守れないような無能になるわけにはいかない。――自分の中の"デク"を、認めればこそ。
そんなことを思っていると、目の前の信号が青から黄になった。急く気持ちはあれど、ヒーロー志望だっただけあって出久は法令遵守を志向している。ゆっくりと減速し、赤になると同時に停車した。
――そのとき、無線が鳴った。
『緑谷くん聞こえるか、塚内だ』
「!、はい!」
合同捜査本部の塚内管理官。親しいは親しいが個人的な付き合いのあまりない彼が無線で連絡を入れてくるとしたら、その理由はひとつしかない。自ずから、表情が厳しいものとなる。
『多摩市一ノ宮に未確認生命体第46号が出現した。逃走中の銀行強盗2名、及びその追跡の任にあたっていたヒーロー複数名が殺害されたという情報が入っている』
「ヒーローが……!?」
ショックを受けた出久の脳裏に浮かんだのは、渋谷で大勢のヒーローの首を比喩でなく刈った第32号だった。あのとき自分はあかつき村で轟焦凍とともにいて、直接事件にはかかわっていない。ただ今度の敵がヒーローを標的としているとまだ確定したわけではないし、明確にナンバリングが異なる以上別個体なのだろうと自分の中で決定付けた。第32号と呼ばれるゴ・ガリマ・バが、夏目実加のフルートを聴いて心動かされているなどとは想像できるはずもない。
『非番だった爆心地も既に現場へ向かっている。緑谷くん、きみも至急向かってくれるか?』
「もちろんです!」
ふたつ返事で了承する。と同時に、信号が青になった。幸いにして対向車もない。出久は多摩方面へ向け愛車を反転させた。
管理官は続いて、焦凍に対しても連絡をとっていた。特に予定もなかったため自宅でトレーニングに励んでいたところだったので、出動までのラグはほとんどない。
「行ってきます!」
「気をつけるんだぞ、焦凍!」
珍しく率直なグラントリノの激励。そのことばに背中を押されて、愛車に飛び乗る。出久のビートチェイサーなどと異なりまごうことなき市販品なのだが、それはある意味、彼――アギトがクウガに対して有するアドバンテージの証左と言ってもよかった。
「変、――身ッ!!」
腹部に出現したオルタリングから黄金色の輝きが放たれ、焦凍の身体をマシンごと包み込む。その光が収まったとき、彼はヒトの面影とどめぬ異形へと姿を変えていた。ただ異形といえども、黄金、アイスブルー、クリムゾンレッドの鮮やかな三色に彩られた鎧と虹色の瞳は、見る者が一瞬見とれてしまうような美しさだ。天から遣わされたようなその姿こそ、彼がヒトの純粋なる進化態であることを示していて。
そして彼もまた、クウガやゴのグロンギたちと同じモーフィングパワーを有していた。といっても周囲のものや装飾品を武器に変えられるわけではない。彼が相棒と認めた銀色のバイクが、アギトと同じカラーリングの"マシントルネイダー"へと姿を変えた。そのスペックは警察最新鋭のクウガ専用マシンである、ビートチェイサーにすら匹敵する。
彼もまた、人々を守るために戦う。――ヒーロー・ショートとして、"平和の象徴"の後継者として、仮面ライダーとして。あらゆるものを背負いながら、そうとわからぬほどの静謐を保って、彼もまた戦場へと走るのだ。
*
そうして超人英雄たちがたどり着くまでの間にも、未確認生命体第46号ことゴ・ガドル・バによる一方的な殺戮が続いていた。
襲われたヒーローたちを救出すべく、駆けつけた周辺地域のヒーローたち。しかしガドル相手に、彼ら自慢の個性は足止めにすらならない。紫の瞳の剛力体、その表皮ひとかけらさえも、彼らの猛攻は傷つけることができぬまま。
またひとり、五体を切り刻まれたヒーローが、糸の切れた人形のように地に伏せた。ガドルが武器とする大剣の切っ先から垂れる鮮血は、混じりに混じりあってもはや誰のものかわからない。剣ばかりでなく、アスファルトを覆う血の海もまた、同じこと。
しかしながらガドルは、この状況に対して微塵も満足していなかった。つまらなそうに鼻を鳴らし、つぶやく。
「……他愛もない。リントの戦士とは、この程度か」
これでは、せっかく標的とした意味がないではないか。ただ、既にゲゲルは始まっている以上、今さらルールを変更するわけにもいかない。
生き残りの――というより、まだ手をつけていない――ヒーローたちに、ぎろりと照準をつける。それに対する獲物たちの反応は様々だが、皆、総じて腰が引けてしまっている。いかに戦場を糧とする者たちといえど、鍛え上げてきた自分たちの力・技がまったく通用せず、磨きあってきた仲間たちが無惨に殺戮されているこの状況。戦意を保てというのは酷な話かもしれない。
中には、
「ひっ……う、うわああああああああッ!!」
絶叫とともに、戦場から逃げ出そうとするまだ若いヒーロー。それもまた、生物としては正常な判断かもしれない。
――問題は、その逃避すらガドルの前には無意味だということだ。
「ふん――」
剣を振り上げたかと思えば――そのまま、ジャベリンのごとく前方へ投げ出す。地面に水平に、疾風を切って飛んでいく殺戮兵器。それは運動能力にすぐれた青年ヒーローが全力で走る速度すら、圧倒的に凌いだ。
そして、
「か――ッ」
彼は一瞬、自分の身に何が起きたかもわからなかった。ただ背中に凄まじい衝撃を受けた直後、突き上げられるような感覚のあとに鋭く巨大なものが左胸のあたりから飛び出す。それがなんなのか脳が認識するより早く、彼もまた地面に倒れ込んでいた。
「が、ごはッ!!――……、………」
口から黒い血を吐き出し、それきりぴくりとも動かなくなる。
――その光景を付近のビルの屋上から見届けて、仮面の男……ドルドは"バグンダダ"の珠玉をまたひとつ、移動させた。抵抗するリントの戦士たちを、ガドルはなんの苦もなく殺し続けている。
「ガグ、ガザバ……」独り言のようにつぶやいたかと思えば、「おまえも、そう思うか?」
「――ガリマ」
「………」
ドルドは彼女の顔を見るのは久しぶりだと思ったが、ガドルと異なり彼女に対して競争心など微塵もないから、そんな陳腐な反応はしなかった。
「ガドルの力は、ゴの中にあっても圧倒的だ。……ザギバス・ゲゲルに進めるかもしれんな、彼なら」
ガリマがなぜゲゲルを放棄してまで離れたのか知らないが、プレイヤー階級である以上はそう言えば対抗心に火がつき面白い反応が見られるとドルドは思った。ガミオが支配者としての自覚を取り戻したいま、ダグバ=死柄木弔のことに関しては停滞期に入っている。それくらいの楽しみはあってもいいではないか。
確かにガリマの表情は少なからず愉快でなさそうだったが、ドルドの思い描いていた反応とは異なっていた。ひとり、またひとりと英雄が虚しく斃れていく様を目の当たりにして、釈然としないような、心にわだかまりを抱えたような反応を見せる。が、ドルドはその内面にまで手を突っ込もうとはしない。あらゆる事象に対して観測者たることが、彼の選んだ生き方なのだ。
ふたりがそうしている間にもガドルは着実に殺戮を続け、いよいよこの場にいるヒーローは残りひとりというところまで追い詰められていた。
「………」
「う、うぅ……ッ」
頼もしかった仲間たちの死体の山の中で、未確認生命体の標的が自分ひとりのみに絞られた。いかに勇敢で血気盛んなヒーローといえども、心身ともにすくみあがらないはずがない。何か逆転の一手があるならまだしも、自分の攻撃もまったく通用しないことはもう、まざまざと思い知らされているのだから。
ヒーローとしての理性が主張する抵抗。生物としての本能が主張する逃走。どちらを選んだとしても、彼の死はほとんど決定づけられたものだった。それがわかっているから、身体が動かない。目尻に生理的な涙がにじむ。
もはやその反応を情けないとすら思わず、ガドルは新たな剣を手に歩き出す。此奴を始末したらば、次はどこへ向かうべきか。より殺し甲斐のあるリントの戦士がいる場所は――
"次"のことで頭がいっぱいになっていたガドルは、率直に言って油断していたのだ。無論、実際目の前の標的がどう動こうが結果は変わらなかっただろう。――しかしその油断のために、背後から迫る殺気に気づくのが彼にしては遅れた。振り返ったときにはもう、漆黒の装いの戦鬼が、眼前に両手を突き出していて。
「死ィねぇえええええええッ!!」
グロンギ顔負けの罵声とともに放たれた爆炎は、至近距離でガドルに直撃した。もっとも、その一撃は彼の表皮を灼くことすらかなわなかったのだが。
「チィ……ッ!」
自身の攻撃が通用しないことは予見していたのだろう、舌打ちしつつも彼は素早くガドルの頭上を飛び越え、生き残りのヒーローを背に着地する。全身を漆黒の布地に包み、両肘から先には今しがた見せた爆破に似合いの巨大な手榴弾を装着している。フェイスガード越しに、真っ赤な瞳がぎらぎらと好戦的な輝きを放っていた。
「ビガラパ……」
ガドルは目の前の青年を知っていた。であればこそ血が沸き立ち、落胆が歓喜へと変わる。
「爆心地、だな」
「気安く呼ぶんじゃねえ汚れんだよ化け物が!!」がなりつつ、「おいテメェ、とっとと逃げろ」
「!、い、いやしかし……」
撤退を命じられた男は、ある意味躊躇するだけヒーローとしての精神性を失っていなかった。勝己のほかに援軍が来る様子はない。他の合同捜査本部の面々や4号などとは別行動だったのだろうが……なんにしても、この未確認生命体を相手に単独では危険すぎる。
そんなことは勝己も重々承知している。わかったうえで、不敵に笑むのだ。
「足手まといだっつってんだよ!こんなヤツ、俺ひとりで十分だわ!!」
「!!」
屈辱を感じないかと言えば嘘になる。勝己のそれが明らかに強がりであることも。だが図らずも後押しを受けたことで、理性よりも本能が勝った。
唯一の生存者がこの血生臭い戦場から離脱していくのを背に、猛獣のごとく姿勢を低くする勝己。対照的に、怪物の姿をしたガドルの行動は至って静謐そのものだった。武人のごとく、剣を構える。
その光景を高みの見物と決め込んでいたドルドが、感慨深げな声音でつぶやく。
「爆心地……クウガやアギトと並び立つリント。これは面白くなりそうだ」
「……ッ、」
掌にじわりと汗が滲むのを、ガリマは自覚した。爆心地。直接ぶつかり合ったことはなく、あいまみえたのはかのフルートのコンクールだけ。たったその一度が、ガリマの心を縛っていた。
――あの子の父親は、テメェの仲間に殺された。
そのことばが、ぐるぐると頭の中を廻る。そう言えるだけの感情を、彼はあの少女――夏目実加に対してもっている。それはガリマにとっても青天の霹靂だった。烈しさ、それと表裏をなす冷徹さ。何より戦闘においてこそ見せるあの悪鬼のような笑み、どこをとってもリントよりよほどグロンギにふさわしい。そういう精神をもつ男なのだと思っていた。戦闘以外に楽しみを見出だせず、特別に愛する者などないのだと。
(爆心地がもしも、敗れたら)
なぜなのかはわからない。ただその可能性を思うと、寒くもないのにぞくりとした。
地上では爆心地が、文字どおり火蓋を切っていた。
「オラァアアアアアッ!!」
咆哮とともに翔ぶ勝己。なんの躊躇いもなく一気に距離を詰め、再び爆破。その熱では傷つかないという絶対的な自信をもつガドルもまた、一歩も退くことなく剣を横薙ぎに振るう。狙うは目の前の男の首ひとつ。
ただ勝己は、どこまでも果断であると同時に慎重さを蔑ろにしてはいない。発破の勢いに乗じて綺麗に宙を回転し、距離を保ったうえで着地する。
それでもなお、コスチュームの袖の一部がわずかに裂けた。切っ先に触れてすらいない、剣圧だけでも切れ味をもつということか。
「チ……ッ」
何度目かの舌打ちが漏れる。周囲の惨状を見ればわかることだが、こいつは強い。ひとつとして間違いなどなくとも、自分もあの屍の群れの仲間とされるかもしれない。
退くわけにはいかない。それ以上に、ここで死ぬわけにもいかないのだ。自分のすべきことは、出久たちの到着まで時間を稼ぐこと。それもまた重要な役目と割り切った。一瞬青筋を立てて屈辱に震える学ラン姿の自分が浮かんだが、ぐしゃりと握り潰して脳のゴミ箱に捨ててしまった。
「――
次に放たれた爆破は、火力よりも光度に重きを置いたものだった。いかに肉体は頑強といえど、辺り一面が真っ白になるほどの閃光に、彼の視力は耐えきれない。
「ヌゥ………」
目を一時的に潰されたガドルが、初めて呻き声ともいえない声を漏らした。ただその所作に恐慌をきたした様子は微塵もない。たかが五感のうちのひとつ。万全であるに越したことはないが、失ったとて戦えないわけではない。
勝己もそういう相手であることは認識している。並みの敵ならここで一気に距離を詰めて最大火力をぶつけるところだが、
「
あえて距離を保ったまま、籠手の中で凝縮した汗を放出する。爆発し、火炎弾のようになったそれがまるで猛獣のように獲物に喰らいつく。それも、群れをなして。
「ヌゥゥ……ッ」
その衝撃に圧され、ガドルの身体が初めて後退した。いける!そう思った勝己は素早く背後に回り込み、火力をぶつける。そして爆破の勢いを利用して、敏捷に距離をとる。その所作は、まるで豹を思わせた。
「ほう……」
観戦していたドルドが、思わず感嘆の声を漏らす。数々のグロンギを見てきた彼すら唸らせる戦いぶり。ガリマも気持ちは同じだったが、それでもなお固唾を呑んで見守っていた。あのガドルが、そう簡単に追い詰められるはずがない。
――視力が回復すると同時に、ガドルは動いた。
「グボギパ、ジャスジョグザバ」
つぶやくと同時に……その瞳の色が、紫から青へと変わる。あまりにも些細な変化。しかしそれは重大な意味をもっていた。
彼が武器としていた大剣が、一瞬にして形を変えたのだ。彼の背丈ほどもある長大なロッド。クウガのドラゴンロッドを思わせるそれは、しかし両端に鋭い爪のような意匠をもち、より攻撃的に見せている。
変わったのは、武器ばかりではなかった。
「フン――」
「!?」
その漆黒の姿が突如、勝己の視界から消えた。全身が総毛立ち、ほとんど反射的に足がその場から逃げようとする。
その判断は極めて妥当だったが、いかに運動能力と個性にすぐれているといえども常人である彼に、"俊敏体"となったガドルのスピードを下すことはできなかった。
「がぁ――ッ!?」
脇腹のあたりを痛烈な衝撃を襲い、勝己の身体は紙のように弾き飛ばされた。そのままビルの壁面に激突、割れたコンクリート片が粉塵となって辺り一面に散らばる。
「ぐ、あぁ……ッ」
あのロッド状の武器を叩きつけられた。それもこちらの感覚を超越するほどのスピードで……おそらくは、クウガと同じように形態を変化させることによって。
じわりと脳を苦痛に侵されながらも、勝己は持ち前の精神力で耐えてそこまで分析した。ただ頭は働いても、身体はもう先ほどまでのようには動かない。ガドルを相手にその状態では、もはや趨勢は決したというほかなかった。
「"年貢の納めどき"……貴様らリントは、そう言うのだったな」
「……ッ、」
瞳を紫に、武器を大剣に戻して迫るガドル"剛力体"。
今どき時代劇でしか言わねえよ――内心そう毒づいた勝己だったが、呼吸すらままならないいま、声を出すのも億劫だった。ただ、戦意まで失ったわけではない。痛みをこらえて両手から絶えず小規模な爆破を放ち、威嚇を続ける。
「よく粘ったが、これで終わりか」
どこか名残惜しそうにつぶやきつつ、ドルドが珠玉に手をかける。ガリマは自身の心臓が嫌な音をたてるのに気づいた。脳裏に流れる、あの少女のフルートの音色。
――そしてガドルが、剣を振り上げた……。
*
ひたすらにビートチェイサーを走らせ続ける出久。戦場まであとわずかというところ、彼の心は逸って仕方がなかった。
(かっちゃん……!)
塚内の話によれば、勝己は誰よりも早く現着していることになる。いくら彼でも、ひとりで戦ってどうにかなるような相手ではない。急がなければ――
「――緑谷!」
「!」
不意に背後から響く声と、バイクのエンジン音。しかも複数。振り返るまでもなく、それらは出久の両隣に並んだ。
「轟くん、心操くん!」
マシントルネイダーを駆るアギトに、ガードチェイサーを操るG3。彼らが両隣を固めてくれている――その光景の頼もしさたるや。
「ふたりとももう聞いてると思うけど、かっちゃんが先行してる。……急ごう!」
「ああ」
「わかった」
そのために。完全に戦闘モードに意識を切り替えた出久は、全身、とりわけ腹部にぐっと力を込める。
そして、
「――変身ッ!!」
赤い輝きが騎上で放たれ、青年の姿がクウガ・マイティフォームのそれに変わる。同時に青と銀を基調としたビートチェイサーのカラーリングが、戦士クウガを表す古代文字の刻まれた赤と黒、そして黄金へ。
現代に生まれた3人の仮面ライダーが、ひとりとして乱れることなく並んで戦場へ走る。ただ彼らが力を合わせてなお、それを圧倒するグロンギも存在するのだった。
*
爆豪勝己は、ただただ目の前の光景に呆然としていた。一体何が起きているのかわからなかった。
結論から言えば、ガドルの剣は勝己の命を奪うことはなかった。間に割り込んだひとりの女が、その刃を腕ひとつで受け止めていたのだ。
「テメェ……」
その女を、勝己は知っていた。――そして、ガドルもまた。
「貴様……なんの真似だ」
「………」
軍服のような衣装をまとった、冷たい美貌の女グロンギ。肘から先をダークグリーンの異形へと変えて、そこから生えた鋭い鎌によって、ガドルの剣を受け止めている。
「血迷うたか」
ガドルのことばに、彼女は小さく笑った。そうかもしれない。こんな行動、かつての自分なら絶対にありえないことだった。
だが、是非もない。考えるより先に身体が動いてしまった。夏目実加――父をグロンギに殺された少女。それでもなお彼女が醜い感情のないうつくしい音色を奏でたのには、きっと少なからず背後の男が影響しているはずだ。
爆豪勝己までがグロンギのために喪われたとき……かの音色は、今度こそ泡沫のように消え去るのだろう。
(ならば、)
「ならばこれが、私の答だ……!」
肘先から肩、そして全身へ、異形の表皮が広がっていく。女性らしいボディラインを残しながら、カマキリの特徴を色濃く反映した姿。最後に変化を遂げた頭部では、一対の紅い瞳が、爛々と眼前の"敵"を睨みすえていた。
――カマキリ種怪人 ゴ・ガリマ・バ。
ゴに昇格して以来、初めての闘う姿への変身。かつてより邪悪に染まったかのようなダークグリーンの肉体で、彼女は同族と対峙する。
獲物であるはずのリントを、守るために――
つづく
ガドル「次回予告。……たまには我らグロンギが為すのも一興だろう」
ガドル「俺に対して刃を向けるガリマ。そして満を持してとばかりに戦場へ現れるクウガ、アギト……青いのはG3だったか。だが、有象無象が揃ったとてこの俺の敵ではない。ひとり、またひとりと倒れていく……これでは戦い甲斐もない」
ガドル「一方リントは、我らを殺すための新たな兵器を完成させるらしい。面白い、そうでなくてはな!」
EPISODE 45. ビートル・クライシス
ガドル「次回、ドルドが失態を犯す」
ガドル「その代価、血で贖ってもらう。さらに向こうへ……プルス・ウルトラだ!」