【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
ふわふわと揺蕩う意識の中で、緑谷出久は全身に心地よい痺れが奔るのを感じていた。その感覚が、己に新たな力を与えようとしているのを。
(………)
早く目を覚まさなければ。その気持ちは湧きあがってくるけれども、まだ思考は形にならず、意識が浮上する気配はない。――ただ、全身の細胞が鬨の声をあげている以上、その瞬間がくるのも時間の問題だった。
*
爆豪勝己とゴ・ガリマ・バは、ついに世田谷区内、セントラル=アリーナにたどり着いていた。
「こんなとこに連中が?」
「間違いない」断言するガリマ。「バルバだけではない。ガドル……そしてドルドもいる」
「名前で言われてもわからんわアホ」
大体こいつらは名前にしても言語にしても濁点が多すぎると、勝己は半ば真剣に思った。最近は日本語でやりとりできるからまだいいが、一方的にグロンギ語で話しかけられた日には意味不明だわグギグギうるさいわでひどく苛々させられたものだった。
閑話休題。
「で、連中は一体ここで何やってんだ?」
「ガドル……貴様らで言うところの46号が、ドルドを処刑しようとしているのだろう」
「は?」
思わず呆けた声が出てしまった。――処刑?
「貴様にバグンダダを破壊された責めを負ってな」
「……テメェらマジで血生臭ぇな。ま、いいわ」
勝己はいったん車に戻り、無線機をとった。通信の相手は――
「――こちら本部、塚内。……ちょうどこちらから連絡しようと思っていたところだ」
『そうすか』
「インゲニウムたちから話は聞いた。まだ32号と一緒にいるのか?」
あっさり肯定が返ってくる。塚内はたまらず頭を振った。
「……本来こういう個人的な所感を伝えるべきじゃないんだろうけど、あえて言う。――危険だ、いまからでも離れたほうがいい」
『命令じゃないなら断ります』
「………」
即答。ただ、そういう答が返ってくることもわかってはいた。だから命令という形で押さえつけるまではしなかったのだ。
「いまどこにいる?それだけは教えてくれ」
『世田谷のセントラル=アリーナの駐車場。32号はここに46号とB9号、それにB1号がいるっつってます。中はまだ確かめてませんけど』
「わかった。実は先ほど神経断裂弾の完成品が届いた。これから鷹野と森塚でそれを持ってそちらに行く。ふたりが着くまで突入は待ってくれ……こっちは命令だ」
『……わーりました』
命令ならば仕方ない、とばかりの返答。ただそれでもわずかばかり安堵して、塚内は通信を終えた。
「ふぅ……」ひと息つきつつ、ふと思い出す。「……そういえば、飯田くんはなんで心操くんと一緒にいたんだ?」
塚内管理官への報告を終えた飯田天哉と心操人使は、そのまま警視庁地下のGトレーラーへと足を踏み入れ、
「――お願いします!」
玉川班長の面前で、深々と頭を下げていた。その玉川はというと、猫そのままの面に困惑を浮かべていた。当然だ。装着員はなんとか動ける程度には快復していると言っても、肝心のアーマーのうち頭と胴は修理待ちである。出撃など正気の沙汰ではない。
「なに言ってるんだ、きみたちは……。武器だけでオペレーションなんて、許可できるわけないだろう!?」
「………」
まず心操が、顔を上げた。まっすぐに向けられる藤色の瞳は、彼のもつ"洗脳"の個性を抜きにしても不思議な魔力をもっているようだった。どちらかといえばドライで斜に構えたような、隈の色濃い双眸。それが内に秘めた情熱を発露している瞬間こそがいまなのだと、思い知らされる。
「ふつうなら、俺だってそんな無茶はしませんよ。……けどいまは、緑谷も轟も動けない。緑谷はともかく、下手したら轟は――」
それも、他ならぬG3の武装が直接の凶器となって。その咎を抱えたまま"次の機会"を待ってなどいられない。いまの自分にほんのわずかでもできることがあるなら、それをせずにはいられない――
「俺はG3がなけりゃただの人間で、武器のひとつもまともに扱えない。……それでも、警視総監に"仮面ライダー"の名前をもらったひとりなんです。……戦わせてください、班長」
「ッ、気持ちは……わかるが……」
なおも玉川がうなずけずにいると、今度は飯田が頭を上げた。彼もまたGシリーズの鎧を纏ったひとりであって、心操と同じものを持っている。
「玉川班長。彼のことは、このインゲニウムが全力でサポートします。無論、彼の身に危険が及んだときは命がけで守ります!ですから、どうか……!」
「ッ、――」
「命がけだなんて、簡単に言うな!!」
その烈しい声は、狭いトレーラー内を幾度となく反響した。
「玉川、さん……」
心操も飯田も、初めて目の当たりにするこの猫男の激昂に、思わずことばを失った。
ふたりが呆気にとられているのを見て玉川も我に返りはしたが……一度あふれ出した思いは、もう止められはしなかった。
「……そうやって血気に逸って死んでいった若いのを、何人も見てきたんだ。俺も塚内さんも……多分、面構さんもな」
「……!」
飯田は、面構と同じ犬頭で、旧知の若手警察官だった柴崎巡査のことを思い出した。彼の死を一度たりとも忘れたことはない。ただそのあと、面構はなんと言っていたか。
(……ッ、)
拳を握りしめる飯田。それを知ってか知らずか、玉川は続ける。
「命がけとか死ぬ気とか……言うのは簡単だよ。でもヒーローだろうがなんだろうが、人ひとりの命をそんなふうに扱っていいわけがない。自分の命を蔑ろにできるような奴に……大勢の他人の命を預けていいとは、俺には思えない」
ヒーローも警察官も、一般市民も。その命の重さは変わらない。無論、誰ひとりとして危険を冒してはいけないなどと言っていたら何もできなくなってしまう。けれど少しでもその綺麗事を実現するのが、自分たち大人の仕事なんじゃないか。普段安全圏にいるくせにと思われても仕方がないが、わかってくれ、若者たち。
すると、
「――大変申し訳ございませんでしたッ!!軽率なことを申しました……!」
深々と頭を下げる飯田。続いて心操も、おずおずと。
「……しかし玉川班長。それをいちいち口にせず、こちらに制止する機会も与えずに行う男がいるのです。現にいまも、彼は……」
「……緑谷くんのことか?」
「緑谷も、もちろんそうです」心操が引き継ぐ。「……けど、あいつの幼なじみも。似てるんですよ、あいつら。本人たちは絶対否定するだろうけど」
「………」
「爆豪くんはいま、未確認生命体第32号と行動をともにしています」
「!」
第32号――ゴ・ガリマ・バが勝己を救ったことは、G3のメモリーから玉川も既に知るところ。ただその目的まで知るわけはないし、あるいは獲物を浚っただけとも考えられる。相手が、グロンギである以上は――
「32号が信用できるできないは別にしても……どっちにしろ危険だ。爆豪は46号と戦うつもりなんだから」
「だから、少しでも彼の助けになりたい……。その気持ちをどうか、お汲み取りいただけないでしょうか……!」
大人には大人の論理があるように、若者にもまた若者の論理がある。独りでも突っ走っていく仲間を、捨て置けないという想い。
それをまざまざと感じとった玉川の心は、深い懊悩に囚われた。思わずシートに座り込み、うずくまるようにして首を振る。
ただ、決断に至るまでの猶予はもう、残されてはいなかった。
「……腕と脚のパーツは、損傷してないからここに残してある。防護面では気休めにしかならないだろうが……GM-01を扱うなら、多少負担を和らげることはできるはずだ」
「!、班長……」
「……ふたりとも、絶対に無理はしないこと。それだけは約束してほしい」
忸怩たる表情でそう告げた玉川三茶。彼の気持ちを、自分たちもまた汲みとらなければならない。その思いを同じくした飯田と心操は、同時に力強くうなずいたのだった。
*
ふたりのG3装着者を突き動かす爆豪勝己は、ひとまずはきちんと塚内管理官の指示に従っていた。どうせ中は無人だし、グロンギ同士で争っているならいずれかが斃れるのを待つのもいい。ガリマの話を聞く限りでは、同士討ちは望めないだろうが――
ともかくまだ待機だとそのガリマに伝えると、意外に反発はされなかったがフンと鼻を鳴らされた。なんというか……むかつく。
「なに鼻で笑ってんだクソが」
「……馬鹿にしたわけではない。貴様も、他人の命令に従うのだな」
「ア゛ァ?たりめーだアホ、こちとら社会人だっつーの」
まともな社会人というには、破天荒なことをやりすぎているという自覚もないではないが。
「仲間が新しい武器を持ってもうすぐここに来る。"神経断裂弾"っつー、テメェらグロンギを殺せる武器だ」
「……私たちを?」
それを聞いたガリマは一瞬目を丸くし……次いで、くくっと笑った。
「そうか……貴様らリントは、そこまで変わったか」
「……クウガを生み出したンだって、そのリントだろうが」
「だが奴らは、すべてをクウガに任せて自分たちが武器をとることはついぞなかった。クウガにしても、我らを殺すことなく封印した……ただひとりを除いてな」
「!、例外がいたってのか?」
そこには当然引っ掛かりを覚えたが……ガリマにとっての関心事は、そこにはなかった。
「リントからグロンギが生まれるのも……当然か」
勝己とガリマが地下駐車場で待機を続けている間にも、ゴ・ガドル・バとラ・ドルド・グの死闘は続いていた。
ハルバードを力強く振るい、ドルドの漆黒の皮膚を刃で突き破らんとするガドル"俊敏体"。しかしドルドは翼を翻してあっさりそれをかわし、
一瞬だけがら空きになった腹部に、力いっぱいトンファーを叩き込んだ。
「グゥッ!?」
鮮明なうめき声をあげ、身体をくの字に折るガドル。情け容赦なくその隙を突いて、ことごとく急所をトンファーで打つ。よろけてハルバードを手放したところで、両足での飛び蹴りを炸裂させる。
――ついに耐えきれず、ガドルは吹き飛び、柱に叩きつけられた。そのままずるずると床に座り込む。ドルドは鼻を鳴らしつつ、
「ボンバロボ、ゼパバ、ギザズザ」
「………」
そう、ガドルの青い目から剣呑な煌めきは失われてはいなかった。やおら立ち上がり、フゥ、と息を吐く。
「ガグガ、パラザバ。……だが、所詮は戦士でなくなった者の戦いだ」
本当の戦いはここから。そしていずれが勝利を掴むのか――ガドルには、確信がああった。
*
ようやく思念と肉体が通じ合った。その感覚とともに意識を浮上させた緑谷出久の視界に入ってきたのは、真白い天井、次いでこちらを見下ろす複数人の姿だった。その姿かたちをはっきりと認識し……次いで、脳内に"沢渡桜子""椿秀一""グラントリノ"の名が浮かんでくる。
「出久くん……!」
まずもって寄ってきた桜子に、ふにゃりと笑いかける。
「あ……おはよう、ございます」
「おはようって……もうおやつの時間だよ」
はは、と苦笑しながら身を起こす。ふと腹のあたりに手を当ててから、椿の顔を見上げた。
「やってくれたんですね、電気ショック」
「!、お、おう。……わかるのか?」
「はい!なんていうか、身体中に力の素が漲ってるような感じがします」
それは万人にわかるようで、実のところ出久自身にしかわからない感覚なのだろう。ともあれこれで、彼は己の目的を果たしたことになる。椿としては、素直に喜びがたい部分もあったが。
「よう小僧、半年ぶりだな」
「あ、お、お久しぶりですグラントリノ……。どうしてここに?」
「おまえと一緒に仲良くやられちまった孫弟子の見舞いに決まっとろうが」
「!、そうか……。椿先生、轟くんはどうしたんですか?」
「ああ……一応あいつも峠は越えた。だが、まだ目を覚ましてはいない」
キックという体外からの衝撃で重傷を負った出久に対し、焦凍は体内で起きた連鎖爆発で内臓を激しく損傷してしまったのだ。超人といえど、あとわずかでも処置が遅れていたらどうなっていたかわからない。
「とにかくもう、命の心配はない。……問題は爆豪だな」
「かっちゃんがどうかしたんですか?」
椿もすべてを知っているわけではなかったが、爆豪勝己が怪我の治療よりガドル追撃を優先したこと、そのために飯田天哉の反対を抑えてガリマと手を組んだことを出久に伝えた。
それを聞いた出久は暫し唇に親指を当てて考え込んでいたのだが、
「――わかりました」
静かにそう言って、立ち上がった。
「……行くんだね、出久くん」
「焦凍のぶんまで働いてくれよ、頼んだぞ!」
サムズアップとともに、出久は飛び出していった。
(かっちゃんは絶対、僕が救ける。クウガとして……デクとして!)
その決意に応えるように、ビートチェイサーが唸りをあげた。