僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん
<< 前の話 次の話 >>

170 / 175

最終章、開幕


EPISODE 47. 死を呼ぶ咆吼 1/3

 それは、遠い昔の風景だった。

 

 コンクリートのビルも、精巧な部品の集合体である電子機器もいっさい存在しない。緑に覆われた自然の中を、簡単に布を継ぎ合わせただけの衣服を纏った少年たちが駆け抜けていく。

 

――ザジャブボギ、ザジオ!

 

――ラデデジョ、ガミオ!

 

 活発そうな少年と、やや内気げな少年。対照的なふたりは、しかし親しい友人同士だった。

 彼らは遥か超古代の狩猟民族。部族単位で移動しながら獲物を狩り、暮らしている。その友誼は、一生変わることなく続く――そう信じて疑わない。

 

 確かに、それは事実だった。彼らの友情は老年に至るまで失われることはなかった。

 変わってしまったとすれば……彼ら"グロンギ"という民族そのもの。ガミオはン・ガミオ・ゼダとなり、ヌ・ザジオ・レをその手で殺めた。グロンギの掟ゆえに――それに従うことを、他ならぬザジオも望んだのだった。

 

 

 

 

 

 街を、黒い霧が覆う。

 

 通り雨のように突如現れては消えていくそれは、しかしあまりにおぞましい置き土産を残していく。

 

「ウ゛ゥゥゥゥ……!」

「ウオォォォォォ……!」

 

 霧の中から現れる、異形の怪人たち。彼らは人語を発することなく、獣じみた咆哮とともに目についた人々に襲いかかっていく。逃げまどう人々。その波に乗りきれずに、親とはぐれたのだろう幼い少女が転んでしまう。

 

「グオォォォォッ!!」

「ひ――ッ」

 

 目ざとく彼女を獲物と見定め、姿勢を低くして迫る怪人。恐怖におののく少女の身体は動かないし、動いたとて逃げおおせることはかなわなかっただろう。

 

 そして――襲いかかった。その鋭い爪によって、己の命はずたずたに引き裂かれる。本能的にその現実を感じとって、少女は目をぎゅっと瞑った。

 

 刹那、響いたのは……金属同士が、ぶつかり合うような音。少女自身には、痛みも衝撃もやってこない。

 

 おもむろに目を開けた少女が見たのは――青い鎧に銀が散りばめられた、鋼鉄の戦士。右手に装着した巨大なブレードが、怪人の爪を受け止めていた。

――その姿を、少女は見たことがあった。直接ではなく、映像としてだが。

 

「じー……すりー……?」

 

 そう、警視庁の造りあげた、次世代のパワードスーツ――G3。

 "彼"はモデルとなった存在に似た橙色の複眼をわずかに傾け、少女を見遣った。

 

「逃げろ、早く!」

 

 そして、そう指示を出す。安堵感からかようやく身体が動き、少女は一目散に逃げ出していく。――その胸に、自分を救ってくれたG3の勇姿を刻みながら。

 

 一方、戦場に残ったG3。彼はデストロイヤーの刃を振動させ、怪人の身体を押し返していく。

 

「グォォォォ……ッ!」

「ン、の――!」

 

 焦れた彼は、左手に保持したサブマシンガン"GM-01 スコーピオン"を、怪人の腹部に突きつけていた。――引き金を、引く。

 

「グガァッ!?」

 

 吹っ飛ばされる怪人。必ずしもハイスペックとはいえない――でなければ常人には扱いがたい――G3だが、装着者である心操人使、発明者の代表者である発目明など、関わる人々の努力もあってこれだけの力を発揮できるようになっていた。

 

 しかしそれを嘲笑うかのように、どこからともなく現れる怪人たち。気づけばG3は、四方八方を怪人に囲まれていた。

 

「ちっ、多勢に無勢ってやつか……」

 

 舌打ちしつつ、打開策を考える心操。ただ、自分ひとりでこの場を切り抜けられる公算は皆無に等しい。

 

――それでも悲観していないのは……援軍の到来を、予見していたからだ。

 

 

「McKINLEY SMASH!!」

 

 勇ましい声が響く……刹那、コンクリートの街並みに、氷原が広がっていた。ひしめいていた怪人たちもまた、氷像と化し――

 

――粉々に、砕け散る。

 

 その幻想的ですらある光景を前に、息を詰める心操。その一瞬の間に、黄金の影が舞い降りていた。

 

「悪ィ、待たせたな」

「別に。もう少し遅れてきてもよかったぜ?――轟」

「そういうわけにはいかねえだろ」

 

 大真面目に応えるは、異形なる虹色の瞳。黄金の鎧に左右がそれぞれ紅、蒼と異なる色に染められた腕――それはパワードスーツなどではなく、ヒトの肉体そのものが変化……否、進化したもの。"アギト"と呼ばれる、轟焦凍が自らの意志で得た姿だ。

 

 背中を合わせるふたり。いまのアギトの攻撃でかなり数は減ったが、まだ生き残りがいて、怯んだ様子もなくこちらに向かってくる。ならばこちらも、全力で迎え撃つまで。

 

「Gトレーラー、GA-04、GGX-05の使用許可を」

『了解』インカムから応答があった。『GA-04"アンタレス"、アクティブ』

 

 装着と同時に、特別製の合金でできたワイヤーアンカーを射出――数体を、まとめて拘束する。

 同時に、アギトも動いていた。再び"右"を発動させ、怪人たちの足場を凍らせて動きを封じる。

 

 そして、

 

『GGX-05"ニーズヘグ"、アクティブ!』

「ワン・フォー・オール……!」

 

「ふ――ッ!」

「はぁ――ッ!!」

 

 G3がニーズヘグ――ミサイルランチャーを発射し、跳躍したアギトが己のすべてを込めた両足キックを放つ。

 それらは同時に炸裂し、怪人たちを粉々に吹っ飛ばした。刹那、双方で起こる激しい爆発。

 

 爆炎が収まったときにはもう、怪人たちの姿は跡形もなかった。

 

「鎮圧、完了」

「………」

 

 ふう、と息を吐くふたり。もう耐えきれないとばかりに、心操はその場でメットを脱いだ。大粒の汗に濡れて、いつもは逆立っている藤色の髪がやや垂れぎみになっている。同時にアギトもまた変身を解き、もとの轟焦凍の姿を晒した。

 

「俺たち、これで何体倒した?」

「わかんねえ。合計すりゃ、300は超えるんじゃねえか」

「……おかしいだろ、絶対。未確認が、こんな大量に――」

 

 彼らが戦っていた敵……それはほぼ間違いなく未確認生命体――グロンギだった。

 "ほぼ"と注がつくのは、不可解な点がいくつもあったからだ。一度に現れる数があまりに多すぎること、行動に知性をうかがえないこと、グロンギの特徴ともいえるベルトのバックルの形状が崩れて不鮮明になっていること、これまでに倒したはずのグロンギが混ざっていること――それも何体も――。

 

 何より彼らは必ず、突如として街に立ち込める、黒い霧の中から現れる。それと引き換えにして、霧に包まれたとおぼしき人々は皆、ひとりの例外もなく行方不明になっていた。出現したグロンギたちに殺害されたとしても、なぜ遺体が残っていないのか――

 

 しかし、彼らにそのことを推考する暇は与えられなかった。今度は未確認生命体関連事件合同捜査本部、塚内管理官から通信が入ったのだ。

 

『――本部から全車!高輪署管内、高輪台駅付近にて未確認生命体出現。……またあの、黒い霧が出た』

「……!」

 

 思わず渋面をかわしあうふたり。いま彼らがいる地区からはかなり距離がある場所……しかし、そうしたことも既に一度や二度ではなかった。

 

『――僕が行きます!』

「!」

 

 疲労をうかがわせない勇ましい声が、無線越しに響いた。彼が警察官でもヒーローでもない学生であるなどと、事情を知らぬ者には信じられまい。

 

「緑谷……」

 

 

 ビートチェイサーとともに、緑谷出久は往来を駆け抜けていた。昼と夜と、場所を問わずに発生する黒い霧。そこから現れる大量のグロンギのために、街はさながらゴーストタウンの様相を呈している。まるで、人類が滅びたあとのような光景。

 

 表向き動揺を押し殺して、出久は無線で告げた。

 

「たまたま近くにいるから、そこは僕がどうにかする。轟くんと心操くんは次に備えて休んでいてほしい!」

『だからって、おまえひとりで……』

「ひとりじゃないよ。現地でプロヒーローも戦ってる、彼らにサポートしてもらえれば……――塚内さん!」

『わかっている』応じる塚内。『現場に出ているヒーローたちに、協力を要請しておこう』

「ありがとうございます!」

 

 通信を終えると同時に、身体に力を込めて出久は叫んだ。

 

「――変身ッ!!」

 

 閃光が、彼を包み込んだ――

 

 

 戦場へ駆ける異形の戦士の姿を、雑居ビルの一室にて見下ろすふたりの男の姿があった。

 一方は学生服を着た陰気な風貌の少年で――もう一方は、陰気などということばでは片付けがたい、死に神がヒトの形をとったらまさしくこうだろうという典型のような姿をしていた。骨が浮き出るほど痩せた身体に、ひび割れた唇。無造作な白い髪の隙間から覗く、血のいろをした眼。

 

 彼らが未確認生命体――"グロンギ"であると言われれば、ほとんどの人間が納得するだろう。しかしより常人から離れた側が、実は元々ふつうの人間であった。"ふつう"と言ってもそれは肉体の話で、その魂はグロンギになる遥か昔から、邪悪な怪物に魅入られてしまっているのだが――

 

「……きゅうきょくの、やみ」

 

 そんな彼……かつて"死柄木弔"と呼ばれていたものが、ぽつりとつぶやいた。あの黒い霧の中で、一体何が起きているか……それを知っていればこそのことば。

 しかし彼は、この光景に対して満足などしていなかった。こんなもの、自分の望んだ世界の終わりではない――

 

「ヒヒッ」

「……ジャラジ?」

 

 少年――ゴ・ジャラジ・ダが意味ありげに嗤うのに気づいて、弔は訝るように声をあげた。この状況をよしとしていないのは、彼とて同じであるはずなのに。

 

「大丈夫だよ、ダグバ」

 

「キミこそ、究極の闇そのものなんだ。……ぜんぶをこわせるのは、キミしかいない」

「ぼくが……」

 

 どこか陶然とした表情になった弔の頬を、白い掌でゆったりと撫で……ジャラジは、もう一度嗤う。

 

「だからいまは、一緒に見届けよう。"裸の王様"の、行く末をね……」

 

 

「――うぉりゃあッ!!」

 

 勇ましい掛け声とともに、跳躍する赤の金のクウガ。握った拳を、地上にいるグロンギめがけて振り下ろす。「ガァ!?」とうめき声をあげ、吹っ飛んでいくグロンギ。

 しかし、敵はその一体ではない。おびただしい数のグロンギが街路にひしめき、襲いかかってくる。

 

「ッ!」

 

 彼らをいなしつつ、拳や肘、さらにキックを叩き込んでいく。時折受けるカウンターも、強化された肉体の前にものともしない。

 

「あれが……4号……」

 

 協同して戦っていた中で、最も年若いヒーローが思わずそうつぶやいていた。第4号――クウガの戦いには、自分たちの武器である個性のような華やかさはない。その身ひとつで泥臭く戦う姿は、異形でありながらこの場にいる誰よりも人間臭く感じられた。だからこそ、頼もしくも。

 

――そんな彼に、魔の手が迫る。

 

「ウゥゥゥ……」

「ウオォォォォォ……!」

「!!」

 

 路地裏からぬるりと姿を現したグロンギたちが、彼を取り囲む――

 

 

「はぁッ!!」

 

 赤から青――ライジングドラゴンフォームへと"超変身"を遂げたクウガは、武器のロッドを一閃していた。流麗に弧を描いたそれは、先端のブレードによって同時に周囲のグロンギを切り裂いていく。封印の古代文字が身体に浮かぶと同時に、一斉に爆発が起きた。その身が四散し……黒い粒子となって、消滅する。

 

「……ッ、」

 

 一瞬息を詰め……吐き出す。しかし、彼に与えられたこの場での休息はそれ限りだった。

 

「う、うわぁああああ!く、来るなぁぁぁ!!」

「!」

 

 かのヒーローの悲鳴のような声が響き渡る。個性を使ってグロンギたちを追い払おうと奮闘しているが、通用しているとは言いがたい。もっと落ち着いて対処していればやりようもあるのだろうが……そうするには、彼はまだ若かった。

 

 対するクウガは、

 

「ッ、数が多すぎる……。――ゴウラムっ!!」

 

 出久が変身すると同時に科警研から飛び立っていたゴウラムが、呼び声に応じて姿を現した。凄まじいスピードで地上すれすれを飛翔し、グロンギたちに体当たりを敢行する。その大顎のパワーによって、怪人たちは団子のようになって弾き飛ばされた。

 

 青年ヒーローの救出に成功したところで、すかさずビートチェイサーに跨がるクウガ。すると旋回して戻ってきたゴウラムが、頭上で上下真っ二つに割れ――体内を露出しながら、マシンとの合体を遂げた。まるで別物になったかのように、ビートチェイサーから形状が大きく変化している。

 "ビートゴウラム"と呼ばれる形態を完成させるや、クウガはマシンを発進させた。その身に電光が奔り、車体をも覆い尽くしていく。

 

「うおおおおお――ッ!!」

 

 雄叫びをあげるクウガ。同時に電光から生成された黄金の強化パーツがビートゴウラムの前面を彩る。ーー莫大なエネルギーが大顎に流れ出し、電撃、火炎として顕現する。

 

 そして、グロンギの群れを挟み込み――封印エネルギーを浴びせかけると同時に、まとめてその身を捻じ切った。複数の断末魔が虚空に響き渡り……刹那にして、耳をつんざくような爆発音にかき消される。

 

 マシンをわずかに左に向けて停車し、クウガは爆炎を仰ぎ見た。炎の中から黒煙が浮き上がり、消失する。グロンギたちの死体とおぼしきものは、欠片も残っていない。

 

(なんだ……この感じ)

 

 これまで戦ってきたグロンギたちとは、何かが違う。様々な点からそれは明らかだったけれど、しかし決定的な正体はわからないままだ。それを掴めない限り、この戦いの終わりも見えない。

 ひとまず思考を収めた出久は、無線で本部に通信を入れることにした。

 

「塚内さん、みど……4号です。こちらは全滅させました」

『ご苦労様。現状、これ以上の事件発生の報告はない。いったん本部へ戻ってもらえるか?』

「わかりました」

 

 通信を終えると同時に、深々と息をつく。ライジングビートゴウラムを発進させようとしたところで、救けたヒーローたちと目が合った。

 

「………」

 

 普段の自分――緑谷出久としてなら、最低限握手くらいは求めるところ。しかしその気持ちをぐっと堪えて、彼は"未確認生命体第4号"として一礼するにとどめた。ことばは発することなく、黙ってマシンを警視庁方面に向ける。

 

 そのとき、

 

 

――ウオォォォォォォン……!

「……!」

 

 彼方から響いた、声。それはまるで、狼の遠吠えのようだった。

 

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。