【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
まあ終盤あるあるでもあるんですけども。
関東医大病院の廊下を、一台のストレッチャーが滑走していた。周囲を複数の看護師と、1名の女性刑事──鷹野藍警部補が囲んでいる。
「爆豪くん……!」
そこに横たわる、青年の名を呼ぶ。ン・ガミオ・ゼダの発した黒煙をわずかながら吸ってしまったがために、彼──爆豪勝己は脂汗を浮かべ、苦しんでいる。
鷹野が祈るような気持ちでその手を握っていると、白衣の男性が駆け寄ってきた。
「椿先生──っ」
「こいつの状態については聞いてます。くそっ、爆豪、死ぬんじゃねえぞ……!」
「おまえがいなくなっちまったら、緑谷はどうなる……!」
かの幼なじみの青年。その名を聞いた勝己の手に、わずかばかり力がこもる。
彼の肉体は、背負ったもののために生きねばと足掻いている。その強靭な意志が究極の闇にさえ打ち勝ってくれると、いまは信じるほかなかった。
*
牙が、爪が、襲いかかる。
この怪物──ズ・ゴオマ・グの猛攻を懸命にいなしながら、G3を装着した心操人使は反攻の機会をうかがっていた。敵が飛べばスコーピオンの弾丸を撃ち込み、急降下して襲ってくれば果敢に格闘を挑む。
約半年前までいち学生でしかなかったとは思えない奮戦ぶりだが、それでもなおゴオマに対してはまったく歯が立たない。
(くそっ、せめてこいつからG2を剥がせれば……!)
発目明の発明したものには前々から唸らされてきたが、いまこの瞬間ほど骨身に滲みたことはない。安定性と引き換えにクウガ・マイティフォームに限りなく近い性能を実現したG2は、グロンギと融合することによって凄まじい脅威となり果てている。恨み言のひとつも言いたかったが、対抗すべく自分の振るう武器も彼女の発明品なのだ。
余分な思考を収めて戦っていると、それに水を差すがごとく陰湿な声が響いた。
「頑張るね……早くやられちゃえば、楽になれるのに」
「ッ、てめぇ……!」
安全圏で人間体のまま、フィクサー気取りで喋っているゴ・ジャラジ・ダ。とことん腹立たしい奴だと心操は思ったが、それでもここまで生き残っているだけの戦闘力はあると実際に交戦した友人から聞いているし……何より実際に襲いくるゴオマに四苦八苦している状況では、ぶつかる敵を増やすような行動ができるわけもない。
一方でジャラジも、いつまでものんびりと見物に浸っているつもりはなかった。
「……そろそろ、邪魔が入る頃かな。ヒヒッ」
椅子代わりにしていたガードレールから立ち上がり……その身が、怪人体のそれに変貌する。
漆黒の細身に鋭く天に刺さる白銀の毛髪を光らせながら、戦場を離れるジャラジ。──サイレンの音が迫る方向へ、跳躍する。
一方で、
『GA-04 アンタレス、アクティブ!──お時間かかってすみません!』
「いや……助かる」
攻撃を受けてしまったGトレーラーのサポートが、ようやく完全なものとなりつつある。それでも状況が好転したわけではない。自分自身で切り開くしかないのだと心して、心操はワイヤーを放った。あのイレイザーヘッドからも手ほどきを受けたのだ、拘束術には長けているという自負がある。
その意識に違わず、アンタレスのワイヤーはゴオマの片翼を捕らえることに成功した。力いっぱい下に引っ張れば、重力に従って地上に墜落する。轟音が響き渡り、コンクリート片が砕け散った。
「っし、──発目!」
『了解ですっ!GGX-05、アクティブ!』
敵の動きが鈍っているいまを好機と確信して、彼はニーズへグを構えた。土煙の中に蠢く影めがけて、トリガーを引く。
拳ほどの大きさもあるミサイルランチャーが吸い込まれていき──爆発を起こした。
(当たった……!)
どっと疲労が押し寄せてくる。自分の肉体もそうだが、G3の残存エネルギーも半分を切っていた。
が、まだ決着がついたかは定かではない。それが確認できるまで、戦いが終わったとは言い切れないのだ。
ニーズへグを分解してスコーピオンに戻し、さらに右手に"GS-03 デストロイヤー"を携え、粉塵の中へ歩を進めていく。
──そこに、ゴオマの姿はなかった。
「……!」
「グォアァァァァ!!」
振り返ったとき──いつの間にか背後に回っていた怪物が、爪を振り下ろしていた。
「!?、ぐぁあっ!」
直撃は避けても、かわしきれない。装甲から激しい火花が散り、G3はそのまま弾き飛ばされた。
「が、ぐ……ッ」
痛みにうめく心操の耳に、装甲の破損と出力低下を知らせる発目の声が響く。言われるまでもなく、肌で感じていることだったが。
ただ、間違いなくゴオマもダメージを受けていた。G2の装甲が破壊されているばかりか、幾度となく吐血を繰り返している。それでも足を引きずりながら迫ってくる頑丈さは、強化改造されているためか。
(なら、あと一撃で……!)
もうまともには動けない。ならばとその場に片膝をつき、デストロイヤーを構えた。敵が喰らいついてくるその一瞬、刺し違えてでも。
「おまえは、ここで倒す……!」
「ガァ──」
「グガアアアアアアッ!!」
鮮血を撒き散らしながら、ついに飛びかかってくるゴオマ。その瞬間、G3もまた立ち上がり──
──デストロイヤーを、振り下ろした。
同じ頃、心操の救援のため駆けつけようとしていた捜査本部の面々は、ゴ・ジャラジ・ダによる妨害を受けていた。
彼の放つ針、また瞬間移動めいたスピードからの掌打を喰らい、大勢の捜査員が気絶に追い込まれている。
殺さないのは、彼らの命は真なる究極の闇の餌食になるべきものと考えているから。ただそれだけだ。その瞬間のことを思うと、戦闘中にもかかわらず甘い陶酔に浸りそうになる。それでも付け入る隙を与えるようなへまはしないが。
「あと……ひとり」
「……!」
最後まで残った捜査員が拳銃のトリガーを引こうとするが、ジャラジからすればあまりに緩慢に映った。
結局、彼もまた鳩尾に一撃叩き込まれ……発砲する間もなく昏倒したのだった。
「終わり……いや、」
元々いた敵を全滅させたことは間違いないが、間髪入れずに増援が現れたことをジャラジは認識した。迫る2台のバイク。操るのは──自分と同じ、異形の戦士たち。
「ッ、42号……!」
「今度はキミたちか……しばらくぶり」
「……邪魔だ、そこをどけ」
アギト──轟焦凍が唸るような声で威嚇するが、ジャラジはまったく動じる様子を見せない。彼らとぶつかることも予見しえたことだったのだ。
「どかない。……ボクらの邪魔、しないでよっ!」
距離を保ったまま、ジャラジはすかさずダーツを投げつけて仕掛けた。既に身構えていたふたりのライダーは咄嗟に回避行動をとったが、そのために一瞬注意が逸れる。
そして、ジャラジは姿を消していた。
「!?、どこに──」
「……ここ」
「!」
振り向いた彼らが目撃したのは、ビートチェイサーに背を預けたかの少年グロンギ。その姿は、主である出久の頭に血を上らせるに十分だった。
「この野郎ッ、それに触るな!!」
勢いよく跳躍し、殴りかかる。腹立たしいことにビートチェイサーを蹴倒して防波堤とすると、ジャラジはまたもダーツを飛ばしてくる。その殺傷能力を知っているクウガは、回避に専念するほかなかった。
「近づかせない気か……!」
「わかる……?」ヒヒ、と笑い、「ガドル殺した黒の金と、殴り合いなんてしたくないもの」
「だったら──俺がぶん殴ってやるッ!!」
ワン・フォー・オールを発動し、ジャラジと互角以上のスピードを発揮するアギト。投げつけられるダーツをことごとくかわしていく。あきらめの早いジャラジは、すぐに逃げの一手に移行した。それでもアギトは追いついてくる。
「ッ、……しつこい」
「テメェにだけは、言われたくねぇなッ!!」
その"左"に灼熱が宿り……燃えあがった。
「KILAUEA SMAAAASH!!」
「グゥッ!?」
咄嗟に身を捩って避けようとするジャラジ。確かに直撃はしなかったが、吹っ飛ばされるほどの衝撃を受けたのは間違いなかった。
「……い、たい。流石、アギト……」
既に勝利を得るつもりで構えている、クウガとアギト。ジャラジはそれを腹立たしいとも思わず、当然のこととして認識していた。ゴ・ガドル・バを倒したアメイジングマイティと、進化を続けるアギト。いまのこのふたりを相手に完封できるとするならやはり、"究極の闇"しかないだろう。
(さあ……どうしようかな)
普段ならさっさと逃げ出しているところだが、今回はまだ足止めを続ける必要があった。そのためには──
彼にとっては幸運なことに、傍に昏倒している警官の姿があった。躊躇なく彼の襟首を引っ掴み、立ち上がる。その行動の意味を、ふたりは即座に理解せざるをえなかった。
「これ以上、動かないでよ。……刺しちゃうよ?」
「ッ、テメェまた……!」
警官のこめかみにダーツを突きつけるジャラジを目の当たりにして、焦凍の脳裏に憤懣やるかたなき記憶が甦る。こいつをリーダーとする一団が科警研を襲撃した際……こいつは、八百万百に対して同じことをした。
彼らを挑発するように、ジャラジは滑らかにことばを紡ぐ。
「この人の脳味噌、
「……ッ!」
ふたり、とりわけクウガの拳に力がこもり……震えだす。そのさまを見て、再びジャラジは嘲った。黒の金──色こそは"凄まじき戦士"に寄っているが、姿かたちはまだ程遠い。この正義ぶった怪物が究極の闇と化すのも、それはそれで面白いと思った。
「ヒーローは大変だね……守るものが多くて……ヒヒッ」
ジャラジの恍惚と、出久たちの憤怒が臨界に達しようとしたときだった。
──耳をつんざくような轟音が、突如として響き渡ったのだ。
「!?」
予想だにしない出来事に、思わず身構えるクウガとアギト。
それはジャラジも同じだったが……彼の場合、音に驚かされるばかりでは済まなかった。
「え……?」
焼けるような痛みが背中から走り抜ける。同時に、濡れた感触。
──背中から、鮮血が噴き出していた。
「バビ、ボセ──」
戸惑うジャラジの背後から、大柄な影が高速で迫る。それに気づいた彼が振り向いたときにはもう、全体重をかけた回し蹴りが炸裂していた。
「グアァッ!?」
吹っ飛ばされるジャラジ。解放された警官の身体を受け止めたのは……フルアーマーにその身を覆ったヒーローだった。
「──すまない、遅くなった!!」
「い、」
「飯田くん……!」
飯田天哉──ふたりの戦友であるターボヒーロー・インゲニウム。
彼が来たということは、ジャラジの背に風穴を開けた攻撃の主は──
「ちっ、アタマ吹っ飛ばしてやろうと思ったのによう!鷹野さんみてーにはいかないか……」
ビルの屋上にて。狙撃用ライフルのスコープを覗き、舌打ちする森塚駿。彼が放った神経断裂弾が、ジャラジの肉体を侵していたのだ。
「う、ウグゥゥッ、ガハッ!?」
体内で起きる連鎖爆発に耐えかね、吐血するジャラジ。その姿を目の当たりにして、多少なりとも哀れみを覚えないといえば嘘になる。
しかし彼のしてきたことを思えば、そんなものは容易く義憤に塗りつぶされるのだ。
「貴様の企みもここまでだッ、42号!!」
勇ましく叫ぶ飯田。それ以上に発せられるべきことばはなく、ふたりの仮面ライダーはただ必殺の構えをとる。この敵を討つことが、死柄木弔……志村転弧を人間に戻す、その大きな一歩になると信じて。
しかしジャラジは、彼らの考えている以上にしぶとかった。
「ハァ……──ッ!」
握ったままのダーツをその場に叩きつけ、白煙を巻き起こす。そうしてクウガたちの目を眩ませて、ジャラジは逃走を図った。
「!、また逃げるのか!?」
「往生際の悪い奴、今度は逃がさねえ」
すぐさまあとを追おうとする3人。ちょうどそのとき、飯田のインカムに森塚から通信が入った。
『42号は僕が追う、きみたちは心操くんの救援を』
「!、しかし……おひとりで大丈夫ですか?」
『どーせ奴は死にかけだし、こっちには神経断裂弾がある。それでもヤバけりゃ個性で逃げるさ』
そう言いながらも突っ走りがちなヒーロー組と異なり、彼の場合そのことばに嘘はないだろう。心操の救援という本来の目的のため、森塚のことばに従うことにして彼らは走り出した。
──その果てに見たものは、
「あ……」
「……!」
身体を袈裟懸けに切断されたズ・ゴオマ・グの姿と、血塗れで立ち尽くすG3。
それが勝利でなく相討ちの光景であったことは、程なく後者が倒れ伏したことで理解せざるをえなかった。
「ッ、心操くん!?」
焦燥に駆られるままに詰め寄る3人。ヘルメットが半壊し、喉もとから酷く出血していることがわかる。──ゴオマの鋭い牙は断末魔代わりに、心操の首を餌食にしたのだ。
「心操くんッ!!」
友人の無惨な姿に、悲鳴のような声をあげる出久。彼に比べればまだほんのわずかに冷静さを保っていた焦凍と飯田は、意識のない心操にかすかながら呼吸はあることに気づいた。心操は、生きている。
──生きているのは、彼だけではなかった。
「ウ、ガァアアアアッ!!」
「!?」
胴体のちぎれたゴオマが、咆哮とともに飛びかかってくる。──強化改造された彼の肉体は、脳と心臓が生きている限り生命活動を停止しない。むしろ生命の危機によってリミッターが外れ、彼はもはや完全なる魔獣と化していた。激しい闘争本能に支配された、彼の思考。
──
ただそれだけのシンプルな矜持。ゆえに、彼の執念は尋常なものではない。命ある限り、それこそ原型をとどめぬ肉塊になったとて止まらない殺戮マシーンであり続けるだろう。
「……哀れだな」
焦凍の吐き出したことばは、そんな彼を真っ向から否定するものだった。
同時に、彼は振り向きざまに全力を込めた回し蹴りを放っていた。その一撃はゴオマの頭部を貫き……打ち砕く。
刹那、注ぎ込まれた膨大なエネルギーによって、彼の全身は粉々に爆散していた。飛び散る肉片を、"左"の力で燃やし尽くす。──G2もろとも。
「……悪ぃ、飯田」
「いや……これでいいんだ、きっと」
またひとり、グロンギが死んだ。いまここで深く傷ついた、戦友と引き換えに。
いつの間にか、玉川三茶と発目明もやって来ていた。救急車のサイレン音が聴こえてくるその瞬間まで、彼ら全員、ただただ無力な存在でしかないのだった。
*
ついにゴオマが斃れた一方で、虫の息のゴ・ジャラジ・ダは往生際悪く逃げおおせようとしていた。もはや怪人体を保つこともできず、少年の姿をした人間体の状態で、ビルの谷間に隠れ潜む。
「……ヂグド、ラサバギ」
体内には焼けつくような激痛が渦を巻き、吐血も断続的に続いている。グロンギの並外れた回復力が、破壊に追いつかない──それ即ち"死"につながるのだと、彼は理解していた。
だが、まだだ。助かる方法はある。死柄木弔を媒介に結んだ、死の科学者たち。人体改造の裏返しに、彼らは生物をどんな姿かたちになろうとも生かし続ける技術をもっていた。たとえ内臓が損壊していようと、完全な死を迎えてさえいなければ延命することができる。
「……ひ、ヒッ」
光明を見出だしたジャラジの行動は素早かった。身を捻じ切るような苦痛を押して立ち上がり、壁に手をついて歩き出す。己が大願の成就まで、あと少し。
「ハイ、そこまで~」
「!」
そんな彼の行く手を阻んだのは、一台のバイクだった。派手なイエローの車体に、SD調のコミカルな瞳がカウルに輝いている。
"彼"がバイクの姿を見せたのは一瞬のこと。全身が光に包まれ、小柄な人影が形作られる。ジャラジと同じくらいの背丈に、輪をかけた童顔。しかし服装や手にした拳銃から、彼がいわゆる刑事であることはすぐにわかった。その銃口がこちらに向けられている以上、ジャラジのとりうる手段は限られていて。
忌々しさを内心に押し込めて、彼は両手を上げて無抵抗の意志を示した。
「……降参、するよ。どうせもう……すぐに死ぬ」
放っておいても自分はこのまま死ぬ──だから撃っても無駄だと訴えかけたつもりだったが、目の前の童顔刑事はまったく意に介することなく撃鉄を起こす。ならばと、ジャラジは戦法を変えることにした。
「……撃つ気?──人間を?」
「………」
「たすけてよ……お願いだよ」
弱々しい少年を装い、懇願する。魔石を体内に埋め込むことで変身能力を得たというだけの、ただの人間──グロンギとは所詮そんなものだ。生まれながらに"個性"なる特殊能力をもって生まれてくる現代のリントと一体何が違うというのか。
人が人を殺してはならない──リントを縛るつまらないルールを、この子供のような男に破る度胸があるか。そんなものあるはずがないと、ジャラジは心のうちで嘲っていた。
ジャラジは知らなかった。この男──森塚駿は既に、ラ・ドルド・グを射殺しているということを。
「──すべてはシュタインズ某の選択のままに。エル・プサイ・コングルゥね」
「……は?何、言──」
──最後まで言い切るのを待たず、響いたのは銃声だった。
今度こそジャラジの額に風穴が開いていた。棒立ちになったまま、彼の意識は途絶えていた……永遠に。
やがて司令塔を失った肉塊が木偶人形のように倒れ伏す。それを見届けて、森塚は小さくため息をついた。彼の心には後悔が宿っていた──ジャラジを撃ったことではなく、愛好するアニメの台詞を餞にしてしまったことについて。
「……やっぱ仕事で使うもんじゃないや」
その瞬間、アジトでジャラジの帰りを待っていたダグバこと死柄木弔の胸に、抑えがたい喪失感が広がっていた。
「ジャラジ……?」
ジャラジはもう、帰らない。確信めいた予感を得た彼は、やおら立ち上がった。そしてふらりと、幽鬼のように消えていく。
彼を止める者はもう、ここにはいなかった。