【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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EPISODE 48. HEROES 3/4

 

 再び、静かな夜が訪れた。

 

 しかしそれがかりそめのものでしかないことは、絶えず響く救急車のサイレンの音、合わせて運び込まれてくる傷ついた人々の姿を見れば明らかなことだった。

 

──緑谷出久と轟焦凍は、関東医大病院にいた。連戦で疲労してこそいるが、彼ら自身は傷ついてはいない。

 彼らの友人ふたりが、死の淵に瀕している。

 

「…………」

「……緑谷、」

 

 沈黙のままに立ち尽くす出久。そんな彼を気遣おうとする焦凍だったが……名を呼んだきり、ことばが出てこない。口をつぐみ、俯くほかない。

 

 どれくらいそうしていたか、ほとんど彼らの主治医のようになっている椿医師が白衣を翻して現れた。その表情も彼らに負けじと厳しいもので。

 

「椿、先生……」

「よう。……大変だったな、お前らも」

「…………」

 

 気遣いに無言でかぶりを振る出久を後目に、焦凍が訊いた。

 

「先生、爆豪と心操の容態は……?」

「……ああ」

 

 訊かれるまでもなく、椿はそれを伝えにここに来た。……ただ、訊かれないうちにこちらから告げるには覚悟の要ることでもあった。

 

「心操は現在オペの最中だ、腕のいい執刀医だから命は助かるだろう。ただ、」

「……ただ?」

 

 一瞬の逡巡のあと、

 

「……声帯にまで、傷が達している」

 

 

「あいつはもう二度と、声を出せないかもしれない」

「……!」

 

 ふたり……とりわけ出久は、奈落の底に叩き落とされたような気持ちになった。心操ははにかみ屋で、元々それほど口数も多くはない。けれどもあの低く落ち着いた声と語り口は、出久にとって好ましいものだったのだ。つい数時間前にかわした会話が、ひとりでに思い起こされる。

 

 ふたりの気持ちを慮りつつも、椿は半ば強引に話を進めることを選んだ。

 

「それで、爆豪は……」

「……わかってます」出久が遮った。「あのガスのことは、どうにもならない……ですよね」

「緑谷……」

 

 人間をグロンギへと変える死のガス──それに対する特効薬など、現状存在するわけもない。いかなる医療機関であろうと、できるのは対処療法だけだ。その現実を、彼もまた悟っている。

 しかし顔を上げた出久の翠眼は、わずかに濡れてはいても、虚無に堕ちてはいなかった。

 

「椿先生、お願いがあります」

「なんだ?」

「僕たちを、かっちゃんのところに連れていってもらえませんか」

 

 乞うと同時に、ちらと目配せする出久。それを受けた焦凍もまた、躊躇うことなくうなずいた。──すべてを受け入れたわけではないけれど、それでも彼らは前へ進もうとしている。

 

「──わかった」

 

 ふたりの想いを、椿は汲み取ってくれた。

 

 

 *

 

 

 

 じめりとした狭い路地裏。深夜にはそれこそヴィランないしその予備軍が潜むようなこの場所が、ただいまは大勢の警察関係者で埋め尽くされていた。

 その中心に座するのは、わずかに盛り上がったブルーシート。その隙間からはみ出た白い手は、まだ少年のものだった。

 かの少年をその手で殺めた刑事もまた、ここに留まっていた。鑑識作業が進んでいく様子を、どこか茫洋とした表情で眺めている。

 

 年端もいかない少年を手にかけたなど、本来なら警察官失格どころかまごうことなき殺人犯である。しかしここにいる小柄な刑事を糾弾する者は誰もいない、なぜか。

 

──ここで死体となって転がっている少年は、人間の姿かたちをしていようとも、社会的には人間とみなされていないからだ。グロンギ……未確認生命体。"第42号"とナンバリングされた、邪悪な怪物でしかない。

 

「……ふー」

 

 ため息をつく下手人・森塚駿はふと、煙草でも吸いたい気分になっていた。生まれてこのかた喫煙などしたことはないのに、ふと湧いてきた欲求。当然こんなことは初めてだった。以前、第47号──ラ・ドルド・グを射殺したときと何が違うかといえば、あのときは鷹野警部補も一緒だったこと。そして、人間の姿をしたものを殺めるのは初めてだったということか。

 "二人目"ともなると、流石に思うところはある。この戦いが終わったらばICPOに派遣されて、世界的な大怪盗と追いかけっこに興じたいものだと半ば真剣に思ってしまう。ソフト帽を脱いで坊っちゃん狩りの頭を掻きながら、森塚は醒めた笑みを浮かべた。

 

「森塚刑事!!」

「!」

 

 いきなりぴしりとした大声で叫ばれて、森塚は思わず肩を強張らせた。声の主が誰なのかすぐにわかって、はあぁ、と身体の力を抜いたが。

 

「……びっくりさせんといてよ、インゲニウム」

「失礼いたしました森塚刑事!!」

 

 駆け寄ってきたインゲニウムこと飯田天哉。その屈強な体格も相俟って威圧感が凄まじいが、不変のそれにかえって安心感を覚える。

 と、わずかに遅れて鷹野も現れた。ふたりが同じ場所にいたことを思えば、連れ立ってやって来たということなのだろう。

 

「森塚、お疲れ様」

「どーも。……おふたりさん、病院のほうはよかったんです?」

「緑谷くんとショートに任せてきたわ」

「それ以上大人数に看られるのは、爆豪くんも心操くんも嫌がるかと」

「ハハッ、確かにねぇ。特に爆豪氏、"ンな暇あったら仕事しろや!!"ってキレそうだし」

 

 誰もが容易に想像できるその様子。いや再びそうやって威勢良く怒鳴る姿を見せてほしいものだと皆、心の底から思っている。こんなところで終わるには、彼の存在はあまりに鮮烈すぎた。

 

「──それにしても、まさかあなたひとりで42号を仕留めるとはね」

 

 鷹野の視線の先には、シートをかけられたまま担架に乗せられるゴ・ジャラジ・ダの骸があった。少年の姿をしていようともグロンギ、運ばれてそのまま荼毘に付されるわけもあるまい。

 森塚は小さく笑い、かぶりを振った。

 

「そりゃトドメ刺したのは僕ですけど、タイマン勝負で倒したわけじゃないですし。……"究極の闇"とやらに通用するかはまた、別問題ですしね」

「そうね……」

 

 いつ第0号が行動を再開するかわからない、厳しい状況下が続いていることにはなんら変わりなかった。──緑谷出久と轟焦凍、ふたりの仮面ライダーの心身に、重い負担がのしかかっていることも。

 

 

 一方、損傷したGトレーラーおよびGシステムは、科警研に送られて修理が行われていた。

 それをほとんど独りで引き受けているのは、発目明だった。科警研にはG3開発に携わった研究員らが常勤しており、大規模な修理は彼らが担当している。Gトレーラーを任されている発目の職域は管制と日常のメンテナンスであり、本来ここでこうしているべきではないのだ。

 

 当然、班長である玉川三茶も容認してはいなかった。

 

「発目くん、どういうつもりなんだ?G3は大破も同然の状態なんだぞ、それをひとりで修理しようだなんて……」

「ウフfF、なんてったってこの子は私のベイビーちゃんですからねぇ!放ってはおけませんし……それに今回の一件を考えるとついでに防御力を高めたほうがよいかと思いまして!」

「だからって、いまきみが無理をしてどうなる?……いずれにせよ、心操くんはしばらく戦場には出せない」

 

 発目の手が止まった。背中越しのその表情は見えないけれど、おそらく翳ったのだろうことは容易に想像できる。

 

「……わかってます。取り返しのつかない傷を、負ってしまわれたんですよね……」

「発目くん、……」

 

 そうそう表には出さないけれど、発目もまた責任を感じて苦しんでいる。「きみのせいじゃない」──そのような陳腐なことばは簡単に思い浮かぶけれど、真に彼女の心を晴らすことはできそうもない。ふと、かつて上司だった塚内の顔が浮かんだ。あの頃の彼も、自分と同じような懊悩を抱えていたのだろうか──いや、捜査本部の指揮官として奔走している現在のほうが余程重責がのしかかっているだろう。

 

 いずれにせよいま玉川にできるのは、心操の後遺症ができるだけ軽く、日常生活に支障のないものになるよう祈ることだけだった。

 

 

 *

 

 

 

 分厚い強化ガラスで外と区切られた、窓もない殺風景な部屋。その中心に置かれた白いベッドの上で、爆豪勝己は眠っている。被せられた酸素マスクと時々苦しげにゆがむ表情が、痛々しい。

 出久と焦凍は、ガラス越しにその姿を見守っていた。勝己が肉体的に傷ついた姿は何度も──とりわけ雄英時代をともにした焦凍は──目にしているが、今回は見た目にわかる怪我ではないだけに心細かった。何より、治療のしようもないのだ。

 

(爆豪……)

 

 半冷半燃にワン・フォー・オール、挙げ句に超人アギトの力を得ようとも、いまはただ見守ることしかできない。それが"個性"というものなのだと割り切ってはいても、無力感は沸き立ってくる。

 緑谷はずっとこんな気持ちだったのだろうかと、焦凍は思った。大切な人が苦しんでいても、何もしてやれない──そして、目を背けるしかない。

 

 でもいまは、違っていた。出久はまっすぐに、勝己を見守り続けている。ただその大きな瞳は、泣き出しそうな色を孕んでいたけれど。

 

「緑谷、……こんなこと言っていいかわかんねえけど、何か気分転換したほうがいいんじゃねえか。ありすぎるだろ……色々」

 

 勝己のこと、心操のこと。極めつけに、黒い霧の中から現れたグロンギたちの正体が、守るべき市民たちだったという真実。

 守るべき市民を、そうと気づかず数百体も殺してきたのだ。ガミオの言ったとおり彼らが既に死した者なのだとしても、出久の心に大きな楔が打ち込まれたことは想像に難くない。──彼は、拳を振るえなかった。

 

「そうだね……。正直に言えばさ、すごくつらいよ……いま」

 

 "つらい"とはっきり言ってくれたことに、焦凍はわずかばかり胸を撫でおろした。ヒーローは守るべき市民の前で弱音を吐いてはいけない、けれど戦友としてともにいる自分に対してまで、押し殺したような笑顔で「大丈夫」だなんて言ってほしくはなかった。

 

「でもね、僕……わからないんだ」

「わからない……何が?」

「その"色々"っていうのがさ……ごちゃごちゃになってるんだ。僕らが殺してきたグロンギがなんの罪もない人たちだったこととか、取り返しがつかなくて、すごくこわいことだと思う。……けど、こうしてかっちゃんや心操くんのそばにいると、ふたりがいなくなるかもしれないってこわさが混ざって、わけがわからなくなる。こんな気持ち、知らなかった……」

 

──知りたく、なかった。

 

 出久の吐露した思いを、どう受け止めてやればよいのか焦凍にはわからなかった。でも、受け止めてやりたいと思った。出久と、友人であり続けるために。

 

「当たり前だろ、そんなの。目の前で大切な奴が死にかけてんだぞ。それを切り離して考えるなんてこと、できるわけがない」

「グロンギにされた人たちにも、大切な人がいたかもしれない。それを、僕らは……」

「だとしても、やらねえわけにはいかない。そもそも0号の言ってたことが本当なら、あれは……死体だ」

「そんな──……ッ、」

 

 そこで唇を噛みしめるようにして口をつぐんだ出久だったが、焦凍には彼の押し込めた本心が自ずと察せられた。冷徹にすぎることばを吐いた自覚はある。優しい出久には到底受け入れがたいのもわかっている。

 けれど、

 

「……人殺しならもうとっくにしてる、俺も爆豪も。プロヒーローになる前からな」

「え……」

 

 目を見開いた出久が、こちらを仰ぎ見るのがわかった。"プロ"になる前──つまり、雄英高校に通っていた頃。

 

「──"脳無"、奴らはAFOに複数の個性を与えられて、薬物と手術で生物兵器に改造された人間だった。……敵連合と戦う中で、繰り出される奴らを何体も殺してきた。俺も爆豪も、親父たちヒーローも」

 

 あのグロンギたちがン・ガミオ・ゼダのガスを吸って息絶えた人間の遺体なら、脳無たちはまごうことなき生きた人間だった。それがわかっていても……手を下すしかなかった。これ以上、誰ひとりとして犠牲になどさせないために。

 

「だから俺は、どんな敵とだって戦う。もしも爆豪や……家族が、グロンギになっちまったとしても」

 

 焦凍の脳裏に、母の美しい面影が浮かんだ。彼女を守るためならどんなことでもするけれど、もしも彼女が人々に仇なす存在になってしまったなら話は別だ。この手で決着をつける。それがヒーロー・ショートとしての答だ。

 

「けど、何が大切かはそいつだけのもんだ。俺や爆豪と、おまえの答が違ったとしたってなんも悪くねえ。……どっちにしろ、0号をどうにかしなきゃなんも解決しねえしな」

「…………」

「いいんだ、緑谷。つらいことから目を背けんのが、いつでも悪いわけじゃねえ。そのぶんだけ、他に目配りできるってことでもある」

 

 ただ、選んだ道が悔いの残らないものであれば、それでいい。焦凍の決意は、奇しくもここで眠っている男と同じものだった。

 

「僕は……──」

 

──緑谷出久は、果たして何を選ぶか。それは未だ、彼自身にもわからない。

 

 

 *

 

 

 

 深い闇に包まれた洞穴の中で、ン・ガミオ・ゼダが目を覚ました。

 それと同時に、かの黒霧が周囲を覆いはじめる。

 

(さあ始めよう、我らグロンギ、"ザギバス・ゲゲル(最後のゲーム)を")

 

 響き渡る遠吠えは、始まりを告げるサイレン。──決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドギブグ

カブトムシ種怪人 ゴ・ガドル・バ/未確認生命体第46号

「ゴセパ、ザバギンバシグラ、"ゴ・ガドル・バ"ザ(俺は破壊のカリスマ、ゴ・ガドル・バだ)」

身長:209cm
体重:238kg(格闘体/俊敏体/射撃体)/252kg(剛力体/電撃体)
能力(武器):素手(格闘体)/ロッド(俊敏体)/ボウガン(射撃体)/剣(剛力体)
※その他極めて高い身体能力を誇る。

行動記録:
絶対的な強さをもつゴ集団のリーダー。着流しに武士のような言葉遣いと、古風な言動が特徴。常に冷静沈着かつ豪胆に振る舞い、ゴ集団の面々の"ゲリザギバス・ゲゲル"を見守ってきた。一方でラ・バルバ・デらが進める策謀や、ゲゲルから離れたゴ・ガリマ・バやゴ・ジャラジ・ダについて苛立ちを露にするなど、グロンギの本流を外れた事象に対しては苦々しく思っていた様子。
ゴ集団最後のプレイヤーとして、"強者たるリントの戦士"=プロヒーローを標的としたゲゲルに挑み、某事務所の所属ヒーローを短時間で全滅させた。直後に現れた爆心地こと爆豪勝己、さらにクウガ&アギト&G3を形態変化を駆使して圧倒し、3大仮面ライダーを全員戦闘不能に追い込む。ライジングマイティキック&ライダー・トライシュートの同時攻撃を受け止めきるほどの防御力と、クウガのライジングフォームに相当する電撃体の規格外の破壊力を見せつける恰好となった。
その後ラ・ドルド・グが爆豪によってバグンダダを破壊されてしまったことでゲゲルがリセットされ、その責めを負わせるべくドルド、次いで爆豪と協力関係を結んだガリマと、同格クラスのグロンギと矢継ぎ早に戦うことになるが、いずれとも互角以上の力を見せつけ、後者は自ら斬首して殺害した。
以上のように、これまでのグロンギと比較にならないほどの恐るべき強敵となったガドルであったが、再度電気ショックを受けたことで発現した黒の金のクウガ・アメイジングマイティフォームとのキックの激突においてついに敗北し、壮絶な討死を遂げた。

作者所感:
絶対的強者を意識しました。G3のニーズへグを跳ね返してアギトに当てたあたりは水のエルオマージュなんですが、3大ライダー完封は少しやりすぎた気もします。
武士っぽいキャラに設定したのは登場時にちょうどニコ動配信のギンガマンでブドー編だったから……しかしいざ出番となったときにはブドーどころかギンガマンが終わっていました。かなしい。
3大ライダー、かっちゃん、ドルド、ガリマと色んな奴と戦ってくれたのは流石と自分で思っておりまする。



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