【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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ようやっと繁忙期的なやつが終わった…。

拙作も本編については来月いっぱいには終わりそうです。最終話だけ3ヶ月くらいかかることもあったので断言はできませんが…。


EPISODE 49. ワン・フォー・オール 2/3

 

 

 生まれ故郷たる科学警察研究所に、ビートチェイサーは帰還していた。

 

 

──彼の主がこの地を訪うことを決めたのは、ある人物に会うためだった。

 

「こんにちは、発目さん」

「おや、これはどうも緑谷さん!随分とまたずぶ濡れで。水も滴るなんとやら、ですか?」

 

 普通なら挨拶代わりの冗談なのだろうが、いまいち真意が読めないのは彼女──発目明の性格ゆえだろうと出久は思った。麗日お茶子あたりに同じことを言われれば、少しは照れもしたかもしれないが。

 

「G3の修理、ひとりでやってるって聞いたけど……その、僕なんかが心配するのはおこがましいけど、大丈夫?しっかり休んでる?」

「ウフfFF問題ありません、眠くなったら寝るようにはしています!」

「いやそれは……うん、きみらしいね」

 

 苦笑しつつ、勧められるままに座椅子に腰掛ける。常識が通用しない女史ではあるが、コーヒーを出すくらいの気遣いはしてくれた。

 それに口をつけつつ、

 

「進捗はどんな感じなの?」

「順調です!あとはどうにかこう、装甲を強化して防御力を高めたいところなんですけどねえ……」

「そうだね……」

 

 出久の脳裏に、二度と自分の声で話せないかもしれない友人の姿が浮かぶ。

 発目も同じだったのだろう、その表情にわずかな翳が差した。

 

「……G3自体はいいんです。けど、心操さんの復帰の目処は立っていません」

 

 明確な後遺症の残る重傷を負った心操。両腕を失った焦凍のように目に見える痕ではないといえど……今後も装着員を続けさせるべきか、上層部で議論が行われている真っ最中だという。ダグバこと死柄木弔の凶行に話題を浚われてマスコミでも取り上げられていないが、正式な警察官でない学生がこのようなことになったのは間違いなく大問題。班長である玉川三茶が「オレの首ひとつで済めばいいけど」とぼやいていたのを発目は聞いた。

 

 出久も、それはわかっている。だが、だからこそ──

 

「心操くんは、戻ってくるよ」

 

 淀みなく、そう明言した。

 

「もし今回のことで装着員を外されたとしても、今度は警察官になってまた装着員を目指す。そういう人なんだ」

 

 そういう人だから、友として尊敬してやまない。爆豪勝己が近くて遠い、幼き日の"憧れ"ならば、心操はもっと身近な手本とすべき存在だった。

 

「だから発目さんも、信じて待っててあげてほしい」

「……はい」

 

 うなずいた発目は、ややあって何か言いたげにあらぬ方向を見遣った。口を開きかけ……つぐむ。それを数度繰り返したあと、

 

「……緑谷さん。少しだけ、私のことを話してもいいですか?」

「うん」

 

 ありがとうございます、と小さく頭を下げてから、発目は語りはじめた。それは彼女の遍歴にまつわることだった。

 物心ついたときから、ヒーローより彼らの装備するサポートアイテムにばかり関心をもっていたこと。個性のおかげで幼少期から精緻な作業が得意だったこと。興味と能力が一致したために、どんどんのめり込んでいったこと。高じて雄英高校サポート科に入学し、それからは思うままにアイテムを発明してきたこと。

 

 後半は既によく知るところであるし、前半についても予想の範疇ではあった。彼女は一貫して、自分の思うままに生きてきた。

 しかしそれは、一切迷いがないことと同義ではなかった。

 

「こんなことを言うと驚かれるかもしれませんが、私なりに平和に貢献できればと思ってやってきたつもりです。──G3にしても神経断裂弾にしても、未確認生命体との戦いが早く終わればと思って、造りました」

「うん……わかってるよ。僕だけじゃない、みんな」

 

 発目が笑みを浮かべた。それは普段のようなマッドさを孕んだものではなく、どこか寂しそうなものだったけれど。

 

「でも……それが私の役目とはいえ、本当にこんなものを造ってしまってよかったのかな」

「え……」

「いままでもたくさん強い武器を造り続けてきたけど、それが通用しないような強い敵が出て来て、また新しい武器を造って。私のやっていることは本当に正しいのか……わからなくなるときがあるんです」

「発目さん……」

 

 グロンギをも殺せる武器、究極の闇に抗うための武器。必要だからそれらを造った。けれどこの戦いが終わったら、それらはどうなるのだろう。無条件に消えてなくなるわけではない。

 過ぎた力が何をもたらすか──歴史が証明している。

 

 それでも出久は、笑ってみせた。

 

「未来のことはわからない。けど、少なくともこれまで、きみの造ったものがたくさんの人の笑顔を守ったことは間違いないんだ。──もちろん、僕だってそうだよ」

 

「それに、あいつらとの戦いももうすぐ終わる。そうしたらさ、本当に自分が創りたいものを創ればいいじゃないか。発目さんならきっと、世界中のみんなを笑顔にできるような、すごいものを創れるよ……きっと」

「緑谷さん……」

 

 サムズアップをしてみせる出久。その笑顔はどこか、かの"平和の象徴"を思い起こさせた。容姿はまったく異なるにもかかわらず。

 

「よし、っと」不意に立ち上がり、「じゃあ、そろそろ行くよ。これからも頑張ってね、発目さん」

「……ありがとうございます、緑谷さん。何かあったらまた実験台をお願いしますよウフfFF!」

「アハハ……考えておくよ」

 

 はっきり"実験台"と言い切ってしまう正直さ。ここまで突き抜ければ美徳だと思った。それでいて、彼女の心根には自分たちと相通じるものが流れている。だから出久は、発目の未来の姿に明確な自信をもっていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 雨の国道を、黒塗りの覆面パトカーが走り抜けていた。乗車するは、未確認生命体関連事件合同捜査本部に出向中のふたりの若きプロヒーロー、インゲニウムこと飯田天哉と……爆心地こと、爆豪勝己。

 

「………」

 

 ふたりの間には、沈黙の帳が降りたまま。勝己は元々口数が多いほうではないが、飯田までことばを発さないのは珍しいことだった。降りしきる雨音、跳ねる水飛沫の音。彼らのほかに生命の気配はなく、終末に取り残されたような孤独感を掻き立てる。

 

 彼らはもとより性格的には対極にいると言ってもよく、間違っても馬が合うとはいえない。しかしそれでも、多くのものを得て失った雄英の3年間をともに過ごしてきたという確かな絆が存在している。

 そこには当然、死柄木弔のことも含まれていた。勝己は自分がオールマイトに託されたのだという重責を背負っているし、飯田はどうにか彼を支えてやりたいと思っている。そこにことばは要らなかった。

 

──不意に、無線が鳴った。

 

『爆心地、インゲニウム。いま江東区にいるな?』塚内管理官の声が響く。『辰巳5丁目の監視カメラに、B1号らしき影が映っていたという報告があった』

「了解しました。急行します!」

『気をつけてくれ。──緑谷くんには、知らせるか?』

「!、……」

 

 返答に迷った飯田は、ちらと助手席に目をやった。緑谷出久とはもはや親友と言って差し支えない関係になっているが、彼のことを判断すべきは自分ではない。

 

 勝己はまっすぐ前方を見据えたまま、答えた。

 

「いや、まだいい」

『わかった』

 

 勝己の判断を、塚内は咎めなかった。出久がこれから何をするつもりで、そのためにいま何をしているのか。それを思えば──

 

 

 一刻も早く現場へたどり着くべく、飯田はアクセルを踏み込んだ。

 

 

 *

 

 

 

 再び、関東医大病院。

 

 つい先日まで自身の病床もあったこの地を、出久は再び訪れていた。

 

「──正直、運び込まれてきたおまえを見たときは、今度こそ駄目かと思ったよ」

 

 慎むことなくそう告げるのは、椿秀一医師。若き監察医でありながら、あらゆる面において出久を医学的にサポートし続けてくれた男だ。

 

「おまえの生命力は、こっちの予想を遥かに超えたもんになってる。……なぁ緑谷、何かあったのか?」

「何かって……なんですか?」

「いや、なんつーか──」ここでぐい、と顔を近づけてくる。「個性が急に宿ったみたいな、そんな匂いがする」

「!」

 

 出久は思わず肩を強張らせた。自分はいま重大な秘密を抱えている。相手が信頼のおける主治医であれ、知られていいかはこの場では判断がつかなかった。

 

 が、椿はあっさりと元の姿勢に戻り、

 

「なんてな、冗談だ冗談」

「あ、ハハハ……」

 

 相変わらず読めない男である。冷や汗をかく出久をよそに、彼は真面目な表情になって貼られたレントゲン写真を見遣った。

 

「ただな……身体は大丈夫でも、腹の石が受けたダメージは回復しきってない。ベルトに攻撃受けねえように、気をつけろよ」

「……はい」

 

 出久の戦う力は、ベルト──"アークル"がすべて。椿はそう思っている。いまの死柄木弔と戦うにあたっては、それも誤りではないか。

 

「ま、それはそれとして。終わったらおまえ、どうすんだ?何かやりたいこととかあるのか?」

「やりたいこと……そうですね、あります」

「お、」

 

 再び身を乗り出してくる。少しはにかみながらも、出久は幼なじみとの約束を明かした。

 

「登山に行くんです。かっちゃんが、初心者でも登れるところに連れていってくれるって」

「爆豪が……そうか」

 

 「あいつにしちゃ上出来だな」と、笑う椿。出久は首を傾げたが、この医師は意味深に笑みを浮かべるばかりだった。

 

「確かに山もいい。けど、どちらかというと俺は海のほうが好きだ」

「?、はい」

「どうせ行くなら、冬でも泳げるような海がいいな。……おまえとふたりで見る海は、きっと綺麗だ」

「つ、椿さん……?」

 

 とてつもなく妖しい雰囲気を醸し出す椿。これまでも"そそる奴"だなんだと言われたが、それはあくまで医学的見地に立ってのものだった。だが、いまは明らかに違う感じがする。秘密を気取られかけたとき以上の冷や汗が、ぶわっと吹き出る。

 出久はやはり、この医師の前にはあまりに純情だった。

 

「アホ、本気にすんな」

「痛でっ」

 

 でこぴんをかまされる。

 

「おまえが爆豪と山登りしてる間に、沢渡さんを海に連れてく。降りてきてから悔しがるようなことになってても文句言うなよ」

「………」

 

 沈黙する出久。その意味は何か。

 あえて追及することなく、椿は続けた。

 

「ま……なんにしてもだ。この先何があろうと、俺はこの世界で唯一無二、おまえのかかりつけ医だ。忘れんなよ」

「……はい!本当に、お世話になりました」

 

 立ち上がり、深々と頭を下げる。この人には短い間に、随分と無理も聞いてもらった。医師としてのプライドを殺させてしまったこともあったろうに、彼は変わらず接してくれている。

 それは彼の人格によるところも多いが、何より──

 

「……この9ヶ月、奴らに殺された人の遺体を、数えきれないくらい見た」

「………」

「夢や希望や、可能性に満ちていたその人たちの命がもう戻らないと思うと、どうしようもなくやるせなくて、腹が立った。──だから、」

 

 出久は力強くうなずいた。立ち上がった椿の顔を、まっすぐに見上げる。

 

「大丈夫!……です」

「……だよな。頼んだぜ、ヒーロー」

 

 その称号を背負う覚悟を、出久は既に固めていた。送り出す椿もまた、そのことに気づいていたのかもしれない。

 

 

 *

 

 

 

 塚内より通信を受けておよそ10分、勝己と飯田は未確認生命体B1号が目撃されたというポイントに到着していた。

 

「このあたりか」

「………」

 

 そこは古びた木造アパートや平屋が立ち並ぶ場所だった。もう何年人の手が入っていないのか、どこもほとんど廃墟と化している。当然、人気もない。

 こうした場所をグロンギがアジトとすることは、今さら言うまでもあるまい。

 

「どうする、しらみ潰しに捜してみるか?」

「……いや、二手に分かれる」

「!!」

 

 思わず大声を出しかけた飯田だったが、文字どおり呑み込んだらしい。喉仏が動くのを見て、相変わらず大袈裟な奴だと勝己は思った。

 

「ッ、……この雨に、寒さだぞ。いくら防寒にすぐれたスーツといえど、きみの個性も機能しまい」

「………」

「それとも……使うつもりか、これを?」

 

 飯田の手には──拳銃が、握られていた。

 そこに込められている弾丸は尋常なものではない。"強化型神経断裂弾"──発目明も参加する科警研の有志チームが開発した、グロンギを殺すための武器。

 それは本来、彼らプロヒーローが扱うようなものではなかった。彼らの武器は己の身に宿った個性──と、それを補強するサポートアイテム──であって、よほどの戦地でもない限り銃を持つことなどありえないことだった。

 

 ゆえに飯田には躊躇いがあった。相手がグロンギといえど、人の形をしたものに対して銃口を向けること。同時に彼は、己を兄の名を受け継ぐヒーロー(インゲニウム)たらしめる己が個性に誇りをもっていた。戦場を駆け、人々を救う。そのために鍛えあげてきた己自身と鉛弾一発、価値が重いのは果たしてどちらか。

 

「………」

 

 勝己は、何も言わない。表情のないその整った顔立ちからは、なんの感情も読み取ることはできなかった。

 ただ、彼が己の意志を決して曲げないことは嫌というほどよく知る飯田である。B1号をみすみす逃がしたくない気持ちも相俟って、その意見を容れるほかなかった。

 

「爆豪くん、ひとつだけ約束してくれ」

「あ?」

「もしもB1号を発見したら……必ず、俺を呼ぶこと。たとえどんな状況でもだ」

 

 飯田の声は力強かったが……同時に、懇願するようでもあった。

 

「……別に、ひとりであの女とやりあうつもりなんざねえわ」

 

 そっぽを向いたまま、勝己はそう応じた。ただその声は、土砂降りにかき消される程度のものだったのだけれど。

 

 

 *

 

 

 

 病室、轟焦凍は再び眠りについていた。鎮痛剤の効用が、彼の意識を朦朧とさせるのだ。先立って経験者となってしまった心操人使には、医学的知識がなくともそれがわかる。

 

 不謹慎なようだが、生まれつき当たり前にあると思っていたものを失ってしまった同士となって、心操は焦凍に対してこれまで以上の奇妙なシンパシーを感じていた。戦うことばかりでなく、今後は日常生活にさえ大きな壁が立ちはだかることになる。両手を失った焦凍のそれは自分の比ではないはずだ、自分にできることならなんだって助けになってやらねば──そんな使命感すら湧き出でてくる。

 

 同時に、ひとつ悟ったことがある。

 瀕死の重傷を負った焦凍は、戦場で何か大切な……それこそ命にも匹敵するものを()()()た。それも棄ててしまったのではなく、誰かに託した──

 

 "何か"はわからない、しかし"誰か"は察しがつく。あの燃えさかる戦場にいたのはこの青年のほかに、ただひとりしかいないのだから。

 

──心操くん。いままでありがとう。

 

──きみとなんでもないおしゃべりするの、楽しかった。

 

(……緑谷、)

 

 それは、お互い様だ。

 そう言ってやりたかったけれど、ことばにできないのがつらかった。この先一生ことばを発することができなくてもいい、ただあの瞬間だけは、自らの声で惜別を告げたかった。

 

 

 マシンのいななきが、彼方へと去っていった。

 

 


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