【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

180 / 187
EPISODE 49. ワン・フォー・オール 3/3

 

 飯田と別れた勝己は、ひとり廃墟の群れの中、かのバラのタトゥの女の痕跡を追っていた。

 やむことのない土砂降りが絶えず打ちつける。もとより寒波が首都圏を襲っている中、これは確実に体温を奪っていくものだ。悔しいが飯田の言うとおり、己の個性とはまったく相容れない環境下に置かれている。

 

「………」

 

 それでも勝己は、自らがB1号を発見することに拘った。運命なんてものは信じないし、ましてそれを敵に対して感じるほど夢見がちではない。ただこの感情が、理屈では説明できないものであることも確かだった。

 恩師に知れたら、「合理的じゃない」と叱られるのだろうか。

 

 無駄な思考を切り捨てながら、慎重に周囲を探る。──と、鈍色と茶色ばかりに覆われた空間に、ぽつりと鮮烈な赤が浮かんだ。

 

「!」

 

 即座に駆け寄り、その場に屈み込む。拾い上げたそれは……まさしく、薔薇の花弁。

 

「………」

 

 確信を胸に抱き、目前の建造物を見上げる。それはなんの変哲もない古びた木造アパートだったが、もはや素通りするという選択肢があるはずもない。

 一歩を踏み出そうとして……不意に、飯田の声が脳裏をよぎる。

 

──もしもB1号を発見したら……必ず、俺を呼ぶこと。

 

──たとえどんな状況でもだ。

 

(……まだ、発見したわけじゃない)

 

 言い訳じみたそのことばは、誰に向けたものだったか。いずれにせよ勝己は、飯田に連絡を入れることなくアパートへと足を踏み入れた。

 

 

 長年修繕もされていないせいで、アパート内部は酷い雨漏りで水浸しになっていた。そんな中、懐中電灯一本で階段を上っていく。昼間といえどこの天候で、他に光源もない。この心許ない光を頼みに進んでいくほかなかった。

 二階にたどり着いたあと、各部屋の扉を手当たり次第に開けていく。中を照らす……そこは当然のごとく空き部屋ばかりで、家具のひとつもない。部屋はワンルームのため、隠れるスペースもほとんどなかった。

 

「………」

 

 それでも警戒を怠ることなく、奥へ奥へと進んでいく。

 

──最奥の部屋の扉が、わずかに開いていることに気づいた。

 

「!」

 

 勝己は即座に壁に背を寄せた。わずかに顔のみ出し、隙間から室内を窺う。気配はないが……わずかに鼻腔をくすぐる、残り香のようなものがあった。──間違いない。

 

 勢いよく扉を押し開き、中へ飛び込む。果たしてそこにバラのタトゥの女の姿はなかった。

 しかし予想どおりと言うべきか、そこは他の部屋と様相を異にしていた。生活必需品のひとつもない代わりに、打ちっぱなしの床にうず高く積まれた書籍の数々。それらは雨漏りを避けるように置かれており、何者かが蔵書としている可能性を窺わせる。

 

 ここが奴の根城だとしたら。他に何か手がかりとなりうるものはないか、勝己は探ることを決めた。あちこちをライトで照らしつつ、目を細める。

 

──そして"それ"は、ほどなくして視界に飛び込んできた。書籍の群れの上に無造作に置かれた、古びた羊皮紙。この空間にあっても、明らかに異質なもの。

 

「……ンだ、これ」

 

 思わず勝己は、そう声を漏らしていた。

 そこに描かれていたのは、生まれてこのかた見たことのない文字列……そして、生物を象ったような図画。

 

 まず一番下に描かれた白薔薇に見覚えがあった。かの女──ラ・バルバ・デの額に刻まれたタトゥ、そのままだ。

 次いで、そのすぐ上のふたつ。四本角の甲虫のようなそれは、以前下級のグロンギを虐殺した際に死柄木弔が遺した署名──おそらく、"ダグバ"としての──と同じものと思われる。その隣の、角が強調された紋章は、アギトが必殺キックを放つ際に浮かび上がるものによく似ていた。

 

 ならば、頂点に描かれた梵字のような紋は一体何なのか。これだけは唯一見覚えがなく……アギトの紋章以上に、周囲の文字や図画とは明らかに浮いているように感じられた。

 

 

 その真の意味を知るものはもはやこの世でただひとり、この羊皮紙の持ち主しかいないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 次なる目的地へ向け、ビートチェイサーを走らせ続ける緑谷出久。冷たい雨に容赦なく身を打たれるのにも、いつの間にか慣れてしまった。──"あの夜"も、そうだったから。

 

 ふと我に返ると、彼はどこか既視感のある景色の中を走っていた。なんの変哲もない一般道。ただ異様なまでに自分以外の生命の息吹が感じられないのと、周囲の建造物があちこち焼け崩れているのを除けば。

 

「………」

 

 出久は自ずとマシンを停車させていた。ゆっくりと半ば水没した地面に足を降ろす。ヘルメットのバイザーを上げ、視線をやった先。

 

 ガードレールの片隅に、花束が置かれていた。花束だけではない、ペットボトルや菓子……ぬいぐるみなどもそこにはあった。

 立ち尽くす出久の脳裏に、もう何度目になるかもわからないあの惨劇の夜の記憶が甦ってくる。

 

 

 未確認生命体第0号──ン・ガミオ・ゼダが姿を消してからほどなくして、各地で発生しはじめた人体発火事件。被害者たちは体内から焼き尽くされ、原型をとどめぬほど"崩壊"してしまっていた。そしてその現場で空疎な笑みを浮かべていた、痩身の白髪の青年。

 

──死柄木、弔。

 

 何度も犯行を繰り返されながら、合同捜査本部の面々による懸命な追跡によって出久たちはようやく彼を捕捉することができた。

 

「変──「変身ッ!!」──身!!」

 

 いままでと変わらぬ、勇ましい声を響かせたのだ。同じ"仮面ライダー"たる、轟焦凍とともに。

 グロンギの王たるガミオすら、撃ち破ったふたりの戦士。決して慢心していたわけでも、油断していたわけでもない。ただ、なんとしても弔を止めなければという想いがふたりを突き動かしていた。彼が本当の化け物になってしまう前に──

 

 いまにして思えば、自分たちは甘かったのだ。ガミオを殺して"王の証"を取り込み、"究極の闇"を開始した──彼は既に、新たなグロンギの王たる"ン・ダグバ・ゼバ"と化してしまっていた。

 

 その力は圧倒的だった。アメイジングマイティフォームの、ワン・フォー・オールをもつアギトのあらゆる攻撃がまったく通用しない。そうしてたった数分のうちに、自分は身体ごとアークルをずたずたに引き裂かれ、焦凍は両腕を焼き尽くされた──

 

「……ッ、」

 

 ことばもなく、出久は独り拳を握りしめた。何より悔しくつらいのは、敗北そのものではない。自分たちが必死で立ち向かう中でさえ、奴は……ダグバは殺戮を続けていた。彼がひと睨みをしたただそれだけで、居合わせた大勢の人々が生きながらにして焼かれていった。あれが負った傷の見せた悪夢でしかなかったのなら、どんなによかっただろう。

 

 再びダグバの笑い声が脳裏を掠めて、出久は息を詰めた──そのときだった。

 

 

『──緑谷少年、』

 

 誰もいないはずの背後から、壮年男性の呼び声が響く。それでも出久に驚きはなかった。彼が現実の存在でなく、その声が自分にしか通じていないことは、既にわかっているから。

 

 

 ダグバに敗北を喫し、意識を失ったあと。

 気づけば自分は、見渡す限り真っ白な世界に独り立ち尽くしていた。

 

(ここは……)

 

 身体がふわふわと頼りない感覚。見下ろしてみれば、首から下が影に覆われたようになっていてよく見えない。まさか、と出久は思った。自分はあのまま落命して、ここは既に死後の世界なのではないか。

 そんな考えが頭をよぎったとき、まず浮かんだのは友人たち……そして、爆豪勝己の顔だった。自分が死ねば、彼らは自らダグバと戦おうとするだろう──皆を守るために。その結果がどうなるかなんて、想像するまでもない。自分と焦凍のタッグの末路を思えば。

 

「ッ、そんな……!」

──……ねん。

「僕は、僕はまだ……!」

──……少年。

「まだ、死ねないのに──!」

 

 そのときだった。

 

『少年!』

「!?」

 

 いきなり大声で呼ばれて、出久はもう飛び上がらんばかりに驚愕した。幸いにして──存在するかも曖昧な──身体を動かすことはできるようなので、声のした背後に慌てて顔を向ける。

 

「!、あ……」

 

「あなた、は……」

 

 目前に立つ、病的なまでに痩せた大男。二本角のようにまとまって前髪を垂らしたブロンドに、白と黒が逆転したようなつり目が、こちらをじっと見据えている。

 その姿を、忘れようはずもなかった。

 

「オール……マイト……?」

『久しぶりだね、緑谷少年』こけた頬を弛め、微笑む男。『6年……いや、7年ぶりかな』

「!!」

 

 『そう考えるともう少年じゃないか』などと思案するオールマイトに対し、出久はもうただただ困惑するばかりだった。憧れの英雄との邂逅という意味では彼の言うところの7年前と同じだが、取り巻く状況があまりに違いすぎた。

 

「な、7年前にちょこっと救けただけの中坊だった僕のことを覚えてくれてる……?いやちょっと待て、オールマイトはかなり前に亡くなってるんだこんなところにいるわけ、いややっぱりここが死後の世界だとしたら辻褄は合……う……ってことはやっぱり僕、もう死んで……」

 

 久しぶりに思考がマシンガンのごとく漏れ出す。ひとりで考え込むより友人・仲間と話し合うことが増えたこの頃は鳴りを潜めていたが、少年時代より染み付いた悪癖はそう簡単に消えないのだった。

 その様を目の当たりにして、オールマイトは苦笑と同時に懐かしい思いに駆られていた。

 

『HAHAHA……思い込みの激しいところはあまり変わっていないようだな、しょ……青ね……やっぱり少年でいいか』

「あ……す、すみません」

『いや無理もないさ、確かに私はとうの昔に世を去った人間だ……肉体的にはな』

「……?」

 

 意味深な物言いに、出久は怪訝な表情を浮かべた。

 

「どういう……ことなんですか?ここは死後の世界とかじゃないんですか?」

『違うよ。ここはキミの精神世界……いわば心の中さ。轟少年の決断のおかげで、私は目覚めた。そしてキミに、こうして話しかけられるようになった』

「轟くんの、決断……?」

 

 懸命に手繰り寄せた記憶には、ダグバの虚ろな笑い声と燃えさかる劫火ばかりが色濃く残る。ただ朦朧とする意識の中で、両腕を失った焦凍の声が聞こえたような……気がする。あのとき彼が、何かしたのだろうか?

 

『──"ワン・フォー・オール"』

「!!」

 

 目の前の"平和の象徴"がにわかに紡いだことばに、出久は思わず目を見開いていた。

 

『キミはもう知っているね、少年』

「は、はい」

 

 確かに、その所持者である轟焦凍の口からすべてを聞いた。しかしそれと、いまこの状況に一体なんの関係があるのか。

 抱きかけた疑問は、すぐにある結論へと至った。

 

「!、まさか……」

『そう、そのまさかさ』

 

『轟少年は、キミにワン・フォー・オールを託したんだ』

「……!!」

 

 ニヤリと笑うオールマイト。対する出久は、笑うことなんてできなかった。ただ驚いたからというだけではない。焦凍は()()()()()()()()()身体になってしまったのだ。

 

『キミが案じていることはよくわかる』

 

 無念の表情を浮かべる出久に、彼は理解を示した。いきさつもそうだが、一度は夢を諦めるよう強いている。そのことを忘れたわけではない。

 

『あの日からキミが何を思い、どうやって生きてきたか……私はもう知っている。だからはっきり言うよ』

 

『キミにワン・フォー・オールを託した轟少年の決断は、間違いなく正しいものだと』

「!」

 

 声も出せない出久を前に、オールマイトは淀みなくことばを紡いでいく。出久の"これまで"を、肯定することばを。

 

『私はね、緑谷少年……あの日のことが最後まで、心のどこかに引っ掛かっていたんだ』

「え……」

 

──相応に現実も見なくてはな、少年。

 

 あの日告げられたことば、出久だって忘れてはいなかった。その直後、幼なじみがヘドロのヴィランに辱しめられている姿を前にして、尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった──その状況が、自分のせいでもたらされたものであるにもかかわらず。

 だが、仮にあのとき自分が飛び出していったとして、何が変わったか。最悪人質がふたりに増えただけだったかもしれない。──それが、"現実"だ。

 

「……何も間違ってなんかなかった。あなたの、言うとおりだったんだ」

『そうだね、私のそれは確かに正論だったろう。……だが、ずっと私に憧れ、私のようなヒーローになりたいと願っていた少年の夢を、踏みにじってしまったことに変わりはない。そのためにどれほどキミが傷ついたか……キミの未来を指し示すどころか、その可能性を潰してしまったんじゃないか……思い至ったときには、もはやキミを捜す術もなかった』

「………」

 

 オールマイトがその可能性に愕然としたのは、死柄木弔の真実を知ったあとだった。あのときの少年が、ヒーローを……己を嫌悪する弔と重なってしまった。だがヴィランとして対峙することになった弔はともかく、たった一度偶然出会っただけの出久のことなどどうしようもなかった。爆豪勝己の幼なじみと知れば、あるいは手の打ちようもあったかもしれないが。

 だが、もういいのだ。こうして出久の心のうちに住まう者となって、オールマイト──俊典は胸のつかえがとれたような気持ちだった。

 

『だがキミは、ヒーローをあきらめながらも歪まず、善良な青年へと成長したんだね。そして手にした力に溺れることなく、皆の笑顔を守るために戦い続けてくれた。……轟少年のことを救ったのも、キミだった』

「……僕が、そうしたかったから」

『それだよ、緑谷少年』穏やかに笑う俊典。『キミは他者の笑顔を己の幸福と感じられる、そういう人間だ。ワン・フォー・オールを受け継ぐには、十分すぎる資格さ』

 

『緑谷少年、頼みがある』

 

『この力……そしてクウガの力で、死柄木……いや、志村転弧を救ってやってほしい』

「!」

 

 いまの弔は、"究極の闇"そのものとなっている。彼をも救える力──ただワン・フォー・オールを受け継いだというだけでは、焦凍の二の舞になりかねない。

 出久の脳裏に浮かぶかの漆黒の姿を、俊典もまた共有している。その不安も。

 

『大丈夫、ワン・フォー・オールは意志ある力だ。私()()が、キミを支える』

 

 俊典の背後に、いくつもの人影が浮かぶ。彼らもまた、かつてワン・フォー・オールを手にした者たちか。その姿はぼやけて性別すら判然としないけれども、俊典と同じ思いでいることは不思議と感じ取れた。

 

『今さら何を、と思うかもしれない。だが、……』

「オールマイト、あなたにならわかってるはずです。僕はもう、とっくに決めてる……それは、僕ひとりの願いじゃないから」

『……そうか、そうだったね』

 

 焦凍ともうひとり、"彼になら"とまで思わせてくれた教え子。およそヒーローらしからぬ言動をとりながらも、彼は誰より自分の志を継いでくれていると俊典は思う。そして出久は、そんな彼の幼なじみで、彼をヒーローたらしめるものだ。

 

 ふ、と笑った俊典は、己の身体が先代たち同様にぼやけはじめていることに気づいた。

 

「オールマイト……?」

『そろそろ時間のようだ。魂だけでこうして身体を具現化するのは骨が折れてね……まあもう骨は墓の下なんだけど』

「………」

 

 ブラックジョークに頬をひきつらせる出久。ただそれも、湿っぽい別れを好まぬ俊典なりの配慮だった。

 

『少年、最後にひとつだけ言わせてくれ』

「!、はい」

 

 世界ごと消えかかる中で、その声だけは鮮明に響いた。

 

『キミは、ヒーローに──』

 

 

 意識が、現在に戻ってくる。

 雨の中に佇んでいた出久は、静かに愛馬のもとに戻った。そして再び、走り出す。

 

 オールマイトの願いをかなえるために。そして何より、皆の笑顔を守るために。

 

 

──たとえ、かの漆黒の異形へと姿を変えてでも。

 

 

 *

 

 

 

 死柄木弔はひとり、暗闇の中にいた。膝を曲げ、じっと背を丸める。その姿はおおよそ、"究極"の称号とはかけ離れた姿。

 

「……あぁ、わかってるよ」

 

 唐突に、彼はそうつぶやいた。周囲には彼のほか、人間どころか生ける者の気配すらなかった。

 

「今度こそ、壊してやる……オールマイトも、クウガも……」

 

「全部、全部──!」

 

 立ち上がったその痩身が、白く硬い皮膚で覆われていく。背中には、マントのようにたなびく黄金の装飾。

 

 何より彼の特徴ともいえるものだった真っ赤な瞳は……完全な、漆黒へと変わっていた。

 

「ははははは、ハハハハハハハハハ……!!」

 

 響き渡る哄笑は、空疎そのもの。いまの彼は、邪悪ですらない。

 

 

──虚無。

 

 ただ、それだけでしかなかった。

 

 

 つづく

 

 







出久「じゃあ……見ていて。僕の――変身」


EPISODE 50. 空我


勝己「出久――――ッ!!」





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。