【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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最後の戦い。クウガとやってることは大体同じですが、趣はだいぶ異なると思います。

あとは皆様の目でお確かめください。


EPISODE 50. 空我 3/3

 夜が明けようとしている。

 

 九郎ヶ岳の頂上付近は吹雪が吹きすさび、すべてが白一色に覆われている。命の萌芽すら埋もれたその光景は、既に終末を迎えたあとのようで。

 そんな世界の中に、死柄木弔はひとりたたずんでいた。薄気味悪い笑みをたたえた瞳は、吹雪の遥か向こう側を捉えている。

 

 憎悪に彩られた、赤。雪原の中でただひとつ、それはルビーのような輝きを放っていた。

 

 

 同時刻、九郎ヶ岳の山道を駆け上るふたつのマシンがあった。──緑谷出久の操るビートチェイサーと、爆豪勝己のトライチェイサー。轡を並べるようにして、彼らは吹雪に立ち向かうように走り続ける。

 

 死柄木弔を追って、彼らはここまで来た。深い雪に閉ざされた山中、この二大マシンでなければ進んでゆけない。捜査本部の面々の援護はありえず、彼らは完全にふたりきりだ。

 

「………」

 

 それでも彼らは、進んでいく。

 

 景色のいっこうに変わらぬワインディングロード。しかし積雪は先へゆくごとにうず高いものとなる。やがてビートチェイサー、トライチェイサーの性能をもってしても、突破困難な地点が現れた。

 

 合図するでもなく、ふたりは各々のマシンを停車させる。純白の大地が、彼らを冷たく迎え入れた。吹きつける風と、積雪を踏みしめる音だけが響く。

 

「──椿さんに聞いたんだけど、」

 

 ややあって、出久がそう口火を切った。

 

「ベルトの傷、まだ完全には治ってないんだって」

「………」

「だから……万が一のときはここ、お願い」

 

 己の腹部を指し示す。対する勝己は、是とも非とも言わない。しかしその表情は、彼とこうして強固なつながりをもつ以前であれば絶句しかねないようなもので。

 

「……そんな表情(かお)、しないでよ。きみにしか頼めないことなんだ」

「……ッ、」

「かっちゃん……」

 

 何も言おうとしないということは、頭では理解ってくれている。出久はそう解釈した。決戦の地はもうすぐ目と鼻の先にある。行かなければ──

 

──そのとき、絞り出すようにして、勝己が声をあげた。

 

「……テメェを、こんなところまで来させたくなかった」

「え……」

 

 ひどく静かで、それでいてよく通る声。これも再会してから知った、爆豪勝己の姿のひとつだった。

 

「何度も何度も突き放したっつーのに……結局、ついて来やがって。馬鹿だわ、テメェは」

 

 「本当に、馬鹿だ」──吐き捨てるように、言う勝己。その心中に渦を巻く感情に、出久は思いを致した。

 

 それができなかったから、自分たちの道は分かたれた。

 それができるようになったから、こうしてここまで来ることができた。

 

「それでも僕は、クウガになれてよかったと思ってる」

「……ッ、」

 

 

「だって──かっちゃんにまた、会えたから」

「!」

 

 わずか数十センチの距離で、向かい合う出久。その大きな瞳がひどく潤んでいることに、勝己は気づいた。

 微笑む出久は、ややあっておずおずと右手を差し出してきた。一瞬目を丸くしながらも、勝己はその行動を訝しくは思わない。それが彼なりの、最大限の親愛の情を込めた惜別であると、いまならわかるから。

 だから勝己は、躊躇いながらもその手をとった。出久の手にこうして触れるのは、いつ以来だろうか。あんなに小さくふくふくとしていた掌が、随分と硬く、骨ばったものになっていることに勝己は気づいた。そんなことわかりきっていたのに、どうしようもなく胸が詰まった。

 

──どれだけの時間、そうして幼なじみの手を握りしめていただろうか。彼の想いを察して、勝己はゆっくりと絡ませた指をほどいた。

 

「……じゃあ、行ってくるね」

「……あぁ」

 

「見ていて──僕の、変身」

 

 勝己の脳裏に、劫火の教会の記憶が甦る。向けられた背中も、あのときと同じもので。

 出久は静かに、右腕を突き出した。ゆっくりとそれを左に滑らせ……右の腰に、押し当てる。

 

 "アークル"が起動し、ついに最後の変身が始まった。出久の全身が光を放つ。アークルから胴に脚に、雷のような紋様が血管状に広がっていく。

 

「ッ、………」

 

 全身を襲う痺れるような痛みに、出久は歯を食いしばった。身体がこれまでにないほどに作り変えられていく感覚。これに流されてはいけない……"凄まじき戦士"になることを決意した理由を、今一度思い出す。

 そして遂に、身体が黒く膨れあがった。首から上──楕円形の翠眼も、もさもさの頭髪も、すべてが異形のそれへと変わっていく。顔の大部分を形成する巨大な複眼の色は……幻に現れたのと同じ、黒。

 

 いや、違う。

 

 闇の殻を突き破るようにして、内側から眩い輝きが放たれる。黄金──"平和の象徴"たる力と、彼自身が完全に融合した証だった。

 

 究極のクウガ──"アルティメットフォーム"への変身を遂げた出久は、やおら後方を見遣った。そこに立つ幼なじみに、輝きを示すために。

 

 そして、

 

──吹雪の向こうへ、彼は走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 未だ氷雪の中に立ち続ける、死柄木弔。彼は既に寒さも感じない身体となっていた。ゆえにこの地に居続けることもまったく苦ではない。ただ、ほの暗い笑みを浮かべていた。

 やがて吹雪の向こう側に浮かび上がった漆黒のシルエットを認めて、彼の秘めた歓喜は頂点に達した。

 

「同じになったんだな……オレと」

「………」

 

 オールマイトの力を受け継いだというだけでは足りない。──同じ究極の力をもつ者を叩き潰したあとの快楽は、想像するに余りある。

 笑顔を浮かべたまま……弔は、"変身"を始めた。もとより白い皮膚が完全なる純白へと変わり、黄金の意匠が施される。瞳は赤から、虚無を表す漆黒へ……。

 

 それはただの"ダグバ"でない、グロンギの王たる"ン・ダグバ・ゼバ"の姿だった。

 対峙するふたり。いずれもすぐには動かず、吹雪の中で虚無と光輝とが交錯する。

 

 やがて……どちらともなく、ざり、と一歩を踏み出した。一度動き出した足は止まらない。雪原を踏みしめるようにして、徐々に距離を詰めていくふたつの異形。

 ダグバが、やおら右手をかざした。途端、クウガの身体が炎に包まれる。

 

「……ッ、」

 

 3万人以上の人間を虐殺した劫火。体内から発火し、人体を構成する細胞を"崩壊"させる──弔のもつ個性が作用したそれに、クウガは息を詰めながら……己もまた、同じように右手をかざした。すると、今度はダグバの身体が燃えあがる。ワン・フォー・オールが作用したそれは、殺傷能力でいえば劣るが、純粋な炎の勢いでは勝っている。

 

 しかし己の個性を除けば、彼らのもつ力はまったく同じものだった。ゆえにもとより耐性が生まれており、致命傷を受ける前に細胞が修復されていく──互いに。

 究極たるこの形態は、人智を超越したあらゆる能力を発揮することができる。が、それらは互いに対しては通用しない。この劫火のぶつけ合いだけで、そのことは理解できた。

 

──ならば如何とするか。結論は、最初から出ていた。

 

 無意識に発動させた念力で炎をかき消すと同時に、ふたりは全速力で走り出していた。100メートル以上あった距離が一挙に詰まっていく。

 

 そして、

 

「──ッ!」

 

 クウガの、ダグバの拳が、互いの胴を打ち貫いた。硬質化した皮膚は容易く突き破られ、どちらのものかわからない鮮血が飛び散り雪原を汚す。

 

「ぐ……ッ」

「……ッ、」

 

 測定などしようもないが、ふたりの打撃力は黒の金のクウガやアギトの必殺キックすら凌ぐものとなっていた。ゆえに彼らの受けた衝撃は凄まじく、たまらず雪の中に倒れ込む。

 しかし、ふたりは即座に立ち上がった。そして再び、拳を振るう。そこでわずかに距離ができたとみるや、クウガが回し蹴りを放った。

 

「グガ……!」

 

 腹部を貫かれたダグバが吐血する。ワン・フォー・オールを発動させたアルティメットフォーム、その一撃はオールマイトの面影を浮かび上がらせる。

 ダグバの……死柄木弔の中に澱む憎悪が、燃えあがった。

 

「──殺す殺す殺すッ!!」

 

 激情のままに拳を振り回すダグバ。型も何もあったものではなく、子供の癇癪のようなそれが嵐となって目の前の敵に襲いかかる。胸を、腹を、顔面を打たれ、クウガもまたおびただしい量の血を流した。

 

「ぐぅ、う……ッ」歯を食いしばったような声をあげ、「う、──らぁあああッ!!」

 

 かつて何百、何千と繰り返し見た、オールマイトの一撃が自ずと脳裏に甦る。アルティメットフォームの肉体もまた、その動作を完璧に再現していた。

 拳を引き、突き出す。憎しみのあまり防御を疎かにしていたダグバの……その腹部に、それは突き刺さった。

 

「──!?」

 

 声にならない悲鳴を、彼はあげた。──閃光を纏った漆黒の拳は、バックルに直撃したのだ。黄金のそれに放射状のヒビが入り……瞬く間に、崩れ落ちていく。

 

「が……く、そがぁ……ッ」

 

 激痛とともに、全身から急速にエネルギーが失われていく。弔の憤懣は頂点に達した。このまま敗けて終わりなど、認められるものか。こいつだけは、なんとしてでも殺す──!

 

「がぁああああッ!!」

 

 変身を保てなくなるより寸分早く、ダグバはクウガの腹部に膝蹴りを叩き込む。果たして彼の執念は成就し、ダイヤモンドより硬いそれはアークルを直撃した。

 

「ぐぁ──!」

 

 焼けつくような痛みが、クウガを……出久を襲った。

 

 

 一方で、勝己もまた吹雪に逆らって戦場へ向かっていた。出久のことは見送ったが、それで役割を終えたとは思っていない。まだ、やらねばならないことがあるのだ。

 それがヒーロー・爆心地としてなのか、爆豪勝己というひとりの人間としてなのかは、彼自身判然としてはいなかったが。

 

「……ッ、」

 

 苛立ちが、彼の心を支配する。こんな極寒の環境下でなかったら、爆速ターボで翔ぶことだってできるのに。現実はただ、雪を一歩一歩踏みしめるようにして緩慢に進むことしかできない。

 

(デク……ッ)

 

 吹雪の果て──そこで行われている死闘がいかなる局面を迎えているのかさえ、いまの彼に知ることはできない。

 

 

 力の源であるベルトが、粉々に砕けて雪に埋もれている。

 その傍らで、ふたりの青年が激しい殴り合いを演じていた。緑谷出久と、死柄木弔。互いの殴打によって変身能力を失い、ただの人間でしかなくなっても、彼らの戦いは終わらずにいた。

 

「は、ハハハハ……ハハハハハ……っ!」

 

 血反吐とともに笑い声をあげながら、目の前の童顔を殴りつける弔。その一撃の重さ以上に、彼がいつ個性を振るおうとするかを血まみれの出久は案じていた。彼が終わらせようとすれば、そのとおりになる局面に来てしまっている。

 そうなる前に。そうなる前に──

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 振りかぶった右拳に、光流が現れる。

 

「──ス、マァァァァッシュ!!」

 

 力の奔流に耐えきれず、服の袖が弾け飛ぶ。もはや後戻りはできないのだと心して、彼は思いきり弔の頬を打った。

 

「グハァ……ッ!」

 

 顔をひしゃげさせながら、吹っ飛ぶ弔。変身時のそれにすらひけをとらない威力──オールマイトが"平和の象徴"たる所以の力、当然だ。

 だがずっと"無個性"で、クウガの力も失ってしまった出久の肉体は、その反動をもろに受けた。

 

「!?、うぐ、あぁぁ……ッ!」

 

 激痛が奔り、殴った右腕が赤黒く変色していく。筋繊維が千切れ、骨が折れた。受け継いで間もないこの力、コントロールできるはずもなかった。

 そしてそれほどの力をもってしても、弔の憎悪と執念を断ち切ることはできなかった。

 

「ふざけるなよ……ヒーローが……!」

 

 ぺっと折れた歯を血とともに吐き出しながら立ち上がり、殴り返すために向かっていく。それぞれが流した血が雪を赤く染め、降りしきる雪に覆い隠されてもまた、新たな血が流される。

 

──そのメビウスを、勝己はようやく視認できる距離にまでたどり着いた。

 

「デク……死柄木……!」

 

 果てしない暴力の応酬を続けるふたり。勢いだけで拳を振るい続ける弔に対し、自らの放った一撃のために右腕を損傷した出久は防戦に追い込まれつつある。

 あれはもう、究極の名を冠する者たちではない。ヴィランと、オールマイトの力を持ってしまった一般人。自分が見守っていなければならない理由は、もうない。

 

「……ッ、」

 

 それなのに、身体がかじかんでうまく動かない。爆破どころか、走ることすらおぼつかない。勝己は割れそうなほどに歯を食いしばりながら、必死に前へ前へと進もうとする。

 そのとき、出久が賭けに出た。使いものにならない右腕を盾にして、今度は左手を突き出したのだ。

 

「ス……マァァァッシュ──!!」

「……!」

 

 中指を曲げ……接着した親指に滑らせるように、放つ。いわゆる"でこぴん"というものだった。子供の戯れのような攻撃だが、ワン・フォー・オールを発動させたその威力は侮れない。

 まともに喰らい、再び吹き飛ばされる弔。だが右腕ほどではないとはいえ、反動で出久もダメージを受けた。中指の骨が粉砕され、それでも衝撃を殺しきれず手の骨にヒビが入る。

 

「ぐ、ああああ……ッ!」

 

 出久の心身も、ついに限界を迎えた。雪の中にそのまま、仰向けに倒れ込む。変色した裸の右腕に、吹雪が容赦なく降り積もっていく。

 倒れ伏したまま、動かないふたり。決着はついた──そう思われた矢先、弔の身体がごろりと転がった。

 

 這うようにして、彼は動き出した。雪をぐしゃりと握り潰しながら、出久へと迫っていく。

 

「おまえ、だけは……」

 

「おまえのそれだけは、消す……!」

 

 消えない執念。対する出久は、もう這って逃げることさえできない。勝己の心臓がどくりと嫌な音をたてる。早く、早くあそこにたどり着かなければいけない。そう思ったところに、ひときわ強い吹雪が吹きつけてきて、彼は一瞬ながら足止めを食らった。

 

 そして、

 

 死柄木の手が……出久の右脚を、掴んだ。

 

「!!」

 

 声も、出せなかった。

 

 一瞬の硬直のあと、5本の指が触れた箇所から崩壊が始まっていく。脛を包む布が、皮膚が、筋肉組織が、

 

 弔の個性によって、崩れ去っていく。

 

「や……めろ………」

 

 "それ"は、無個性のそいつが唯一持って生まれてきたものなんだぞ。

 

 そいつから、これ以上何かを奪うな。

 

──願いも虚しく、

 

 

 出久の右脚……膝から下が、跡形もなく崩れ去った。

 

「────、」

 

 弔が、笑っている。

 

 その声を聞いて、身体がかっと熱くなった。

 

 

──BOOOOOOOM!!

 

 響く、爆発音。自分でも意識しないうちに、勝己は宙を舞っていた。

 右手を振りかぶる。放たれる爆炎に、弔の身体が呑み込まれる。

 

「テ……メェ……!」

 

 勝己の真っ赤な双眸が、憎悪に染まる。瞬間的に、弔のそれを上回るほどの激情。いまの勝己の中に渦を巻くのは、ただそれだけだった。

 

──こいつを救けたいなんて思った自分が馬鹿だった。

 

──こいつは、殺しておくべきだった。

 

 だから、

 

「殺す──ッ!!」

 

 全身に火傷を負って、もう意識もない弔。彼に引導を渡すべく、勝己は一歩を踏み出そうとする──

 

──刹那、

 

 右脚に力が加わり、勝己はその場に押し止められた。

 

「!!」

「かっ……ちゃん……」

 

 勝己の脚を掴んでいる、力のこもらない左手。痛々しく変色したそれは、考えるまでもなく出久のものだった。あれほど憤怒に支配されていた頭が、すうっと冷えていくのを感じる。

 

「デ、ク」

「だ、め……駄目だ……それ以上は……」

「……ッ、」

 

 虚ろな目で、それでも縋るように訴えかける出久。状況もここに至る経緯もまったく違うのに、かつて自分に歯向かってきた幼い日の出久を思い出す。

 

 

 なんでだ、デク。なんでおまえは、そんなふうに──

 

 勝己がことばを失っていると……かすれた声で、出久は続けた。

 

「きみが……くるしいから……だから………」

「……!」

 

 刹那、いったん冷えきった勝己の中にどうしようもない感情が湧き起こってきた。

 

 ほとんど勝手に身体が動く。──雪に塗れた出久の身体を、彼は抱き上げていた。

 

「ッ、デク……!」

「ごめ……ん……。山、登れなくなっちゃった……」

「馬鹿野郎……!」

 

 なんでテメェが謝るんだ。やり場のない苛立ちとは裏腹に、勝己は自分より幾分も小柄な身体をきつく抱きしめる。──冷たい。

 一瞬、己の個性が頭をよぎった。爆破──確かに熱をもたらす個性だが、使えば温める以前に出久を傷つけてしまう。これが轟焦凍の個性なら、少なくとも右半身は温めてやれるのに。ままならない己の力を、勝己は生まれて初めて恨めしく思った。

 

 その感情が伝わったのか否か、出久がそっと肩に凭れかかってきた。

 

「か……ちゃ……、なかな……いで……」

「ッ、泣いて、ねぇわ……」

 

 吹き付けた雪が融けて、もとより顔も濡れている。それ以外にあふれ出すものがあるのかなんて、自分自身ですらわからない。

 

 もう一度、出久が名を呼ぶ。

 

「かっ……ちゃん、」

「……ンだよ」

 

「ぼく……きみのやくに、たてたかな……?」

「……!」

 

 勝己は息を詰めた。そのたったひと言が、すとんと胸に落ちた。

 

 

 あぁ、そうか。

 

 そうだったのだ。

 

──だいじょうぶ?たてる?

 

 幼き夏の日、川に落ちた自分に手を差し伸べてきたときも。

 その後、自分がどんなに暴言を吐き、暴力を振るい、彼の心身を傷つけてきても……ずっと。

 

 

 出久が抱いていたのは、そんな単純で、当たり前のものだったのだ。

 

「……あぁ、」

 

 

「ありがとな……、──いずく」

 

 あらゆる後悔を押さえつけて、勝己は応えた。本当はあの日、差し伸べられた手をとって、伝えるべきだったことばを。

 

「………」

 

 出久はもう、何も言わない。ただ肩口に押しつけられた口許がわずかに弛んだように感じるのは、都合の良い錯覚だろうか。

 

 そうであったとしても。

 

「出久……っ」

 

 背中に回した両腕に、力がこもる。

 

 やまぬ吹雪の中。

 冷たくなっていく幼なじみの身体を、いつまでも勝己は抱きしめ続けていた。

 

 

 つづく

 

 

 





勝己「昔ッから、デクはよく迷子になった」

かつき「デクはどんくせーし、なんもできねーでくのぼうだから!」

勝己「いつも、俺はあいつをさがしてた」

かつき「あいつは、バクゴーヒーロージムショのショチョーであるおれがまもってやんねーとな!」

勝己「あいつを見つけるのは、俺じゃなきゃいけないんだ」

かつき「あいつには、おれがヒツヨウだから!」
勝己「俺には、あいつが必要だから」


EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン


かつき「デク!」
勝己「……デク、」



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