【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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最終回です。


EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン 1/4

 

 古びた神社の軒下で、ちいさな男の子がすすり泣いている。

 独りぼっちで、膝を抱えているその姿。痛ましくあったけれど……それ以上に、どこかほっとするような気持ちがあった。ああ、こいつはやっぱり──

 

『なにやってんだよ、デク』

『……かっちゃん?』

 

『──ほら、かえろうぜ』

 

 おずおずと、手を伸ばす。近頃は繋ぐより、自分を傷つけることのほうが増えてきたてのひら。

 それでも"デク"と呼ばれた子供は、その手をとった。はぐれた自分を探して、見つけてくれたという事実。彼には、それだけでよかった。

 

──そうだ、

 

──俺たちには、それだけでよかったんだ。

 

 

 *

 

 

 

―─池袋駅前

 

 昼と夜とを問わず大勢の人々が行きかうかの繁華街はいま、なんの前触れもなく降って湧いた災禍によって騒然としていた。

 

「ウオオオオオオオ!!」

 

 常人の3倍はあろうかという背丈に、屈強な身体つき。頭の両側面から生え出でた角と尖った口吻は、牛のそれに酷似していた。

 牛の獣人……というよりほぼ怪獣といって差し支えない容貌ながら、彼は戸籍の存在するれっきとした人間であった。ただ生まれもった"個性"のパワーに溺れ、衝動的に破壊行動に及んでいるだけの犯罪者。彼のような者は"ヴィラン"と称され、この超常社会においては日常の存在となりつつある。

 

 しかしいかに日常であるといえど、彼らの存在が大いなる脅威であることに変わりはない。とりわけその場に取り残された人々は、迫り来る死の恐怖に怯え、救世主の到来を祈るほかなかった。

 

「たすけて……」

 

「たすけて、ヒーロー……!!」

 

 そう、個性を悪用して人々を傷つけるヴィランが存在するように。

 

 

 この世界には、ヒーローがいた。

 

 

──BOOOOOOOM!!

 

 響く、爆音。つられて頭上へと視線をやった人々の目に飛び込んできたのは、まぶしいほどの青と白のコントラストのもとに飛翔する、漆黒の影。

 同時に現れた爆炎が、ヴィランの巨体を跳ね飛ばした。

 

「あ……あれは……!」

 

 逃げ遅れた市民のひとりが、声をあげる。

 

「好き勝手できんのもここまでだクソヴィラン。……何故かって?」

 

「俺が、勝つからだ!!」

 

──爆心地!

 

 誰からともなく、響く称号。それはこの日本社会において、知らない者はいないと言っても過言ではないヒーローの名前だった。

 その苛烈な性格と劫火に彩られた戦いぶりから、火星の神格であるマルスになぞらえ"戦神"と一部であだ名されてもいる──そんな彼の"爆破"の個性が、容赦なく振るわれようとしている。

 そうなれば、取り残された一般市民を巻き添えにしてしまうかもしれない。かなり危うい戦い方だが、彼は曲がりなりにもトップランカー入りしている実力派ヒーローだ。彼らの守護に、思いを致していないわけがない。

 

 爆破の衝撃で吹き飛ぶコンクリート片。その一部が逃げ出そうとする市民らめがけて飛んでいく──それを、

 

 筋骨逞しい上半身を晒した赤髪のヒーローが、受け止めた。

 

「ッ、お、らァッ!!」

 

 そのまま、弾き飛ばす。背後に守られた人々が歓声とともに、新たなもうひとりのヒーローの名を呼ぶ。

 

烈怒頼雄斗(レッドライオット)……!」

「烈怒頼雄斗!」

 

 守るべき人々を振り向き、八重歯を覗かせて笑う。かの戦神とは対照的な王道の振る舞いだが、彼は爆心地の唯一無二の相棒として知られるヒーローでもあった。

 唯一無二の相棒、なのだが……。

 

「遅せェぞクソ髪ィ!!とっととそいつら退けろや!!」

 

 この言われようである。慣れっこなのだろう、苦笑いを浮かべつつも素早く人々を避難させ、サポートする警官に引き渡していく。その際に「よろしく頼んます!」とひと言添える人当たりの良さもあるのだが、爆心地の罵倒を一身に受ける姿は同情の目で見られることも多い。

 

 いずれにせよ、これだけは間違いなくいえる。──爆心地が心おきなくヴィランと戦えるのは、彼の存在あってこそなのだと。

 

「さぁて三下ァ……ブタ箱行きになる前に言いてぇことはあっか?」

「こ、コノ……!舐メテンジャネ「聞かねえよブァーーーカ!!」」

 

 罵り終わる前に、ヴィランは爆炎に呑み込まれていた。

 

 

 *

 

 

 

 事件の後処理を終えた爆心地こと爆豪勝己と烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は、目白の一等地に居を構えるヒーロー事務所に帰還した。真新しい3階建てのビルに、"爆心地ヒーロー事務所"の看板が掲げられている。

 

 エントランスから階段で2階に上がり、こじんまりとしているがよく整頓された執務室に入る。──と、メッシュの入った金髪の特徴的な男が、彼らを迎え入れた。

 

「おつかれ所長、烈怒頼雄斗!今日も流石の活躍だったなぁ!」

「おー、チャージズマ。今日来るの早ぇな、シフト交代までまだ時間あるぜ?」

「い、いやそれがぁ……」

 

 チャージズマと呼ばれたヒーローがことばに詰まっていると、

 

「そいつ昨夜、嫁さんに雷落とされたんだとよ」

 

 奥で肘のロールを手入れしていたテーピンヒーロー・セロファンが揶揄うような声をあげる。駄洒落のつもりなのか素なのか、いまいち判然としない。

 

「上鳴が雷……ぷっ、な、なんで?」

「……それがさぁ、先週息抜きに行ったキャバクラの名刺見つかっちまって。おかげで愛しの娘ちゃんといってきますのチューもできずに出勤ってわけよ……ハァ」

「すげーテンプレ……。でも意外だな、耳郎ってそういうの気にしなさそうだと思ってたけど」

「昔はそうだったんだけどなー。ま、やきもち焼かれんのも悪くねーんだけどなブフォッ」

 

 いきなり両頬を掴まれ押しやられる。そんなことをするのはかの所長どのくらいしかいないわけで。

 

「ノロケなんざ聞きたかねーわ。口閉じらんねーなら素数でも数えてろアホ面」

「ふぉ、ふぉふぁえふぁあいふぁふぁわずらよなふぁくごぉ(おまえは相変わらずだよな爆豪)……」

 

 ドカドカと大股開きで進み、窓際のデスクにふんぞり返る勝己。その姿を目にした3人は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

 

 爆豪勝己がこの事務所を立ち上げたのは、いまから3年ほど前のことだった。

 かつて社会を震撼させた未確認生命体関連事件の終息をもって、勝己は警視庁への出向を解かれた。切島とともに当時所属していたヒーロー事務所で数年活動したあと、国際テロリズム対策部隊の一員に選抜されて鮮烈な海外デビューを果たし、任務終了後は帰国せず単身渡米。2年ほどロサンゼルスを拠点に活動したのち日本に凱旋した。既に米国でも名の知れたヒーローとなった彼は帰国後ほどなくしてトップランカー入りを果たし、現在ではNo.1の座も遠くないと言われている。ヒーローらしからぬ言動は相変わらずだが……その揺るぎない強さと烈しさによって、蔓延る悪への抑止力たりえていた。

 

 そして、彼のもとに所属するプロヒーロー3人。皆、雄英高校で同じ釜の飯を食べた仲であり、勝己が事務所を立ち上げると聞いて誰が号令をかけるでもなく集まってきた。相棒を自任してきた切島はともかくとして、チャージズマこと上鳴電気は当時娘が生まれたばかり、セロファンこと瀬呂範太に至っては10年近く所属していたアメリカの事務所からの移籍である──しかも帰国の便をちゃっかり勝己と同じにしていた──。

 そのような経緯もあり、4人の小所帯は順調に活動を続けているのだった。

 

 

「にしても爆豪。例の式典、出席しなくて本当によかったのか?」

 

「ちょうど始まったぞ」と続けつつ、瀬呂がテレビをつける。──映し出されたのは日本武道館。敷き詰められた椅子に大勢の人々が座しており、厳粛な雰囲気に包まれている。

 と、アナウンサーの硬い声が流れた。

 

『多くの犠牲者を出した未確認生命体関連事件の終息から、今日で10年となりました。ここ日本武道館では、犠牲となった方々を偲ぶ追悼式典が始まろうとしています──』

「ほら」

「………」

 

 フン、と鼻を鳴らす勝己。そっぽを向く素振りを見せつつも、彼の赤い瞳はしっかりと液晶を捉えていた。

 

「お、いま映ってるの飯田じゃね?」

 

 画面を指差す上鳴。中継のカメラがズームアップしてゆき、彼のことばが正しいことが示された。背筋をぴんと伸ばして座っている、体格の良い眼鏡の男。

 

──飯田天哉、ターボヒーロー・インゲニウム。彼もまた、雄英でともに学んだ学友であり……勝己にとっては、未確認生命体との戦いで肩を並べた戦友でもある。

 勝己と同じく、彼もまた自ら事務所を差配する身となっていた。兄の初代インゲニウム・飯田天晴のサポートを受けつつ、所属ヒーロー十数人規模で活動している。生真面目ながら柔軟性もあり、面倒見の良い彼はリーダーとしての素質を十分に備えている。同級生たちからすると、所長というよりいつまでも"委員長"なのだが。

 

「あいつが出てんのに爆豪いねーってなると、また色んなとこから叩かれねえ?だいじょぶ?」

「ハッ、今さら誰に何言われようが関係ねえわ。……それに、適材適所なんだよ。こういうンは」

 

 過去の悲劇を偲び、犠牲者の冥福を祈る──飯田のような優しい人間にこそ、ふさわしい役割。

 ならば自分には何ができるか。その答が先ほどの戦いだ。片時も立ち止まることなく戦い続けることだけがヒーロー・爆心地のレゾンデートル、そう心して今日この日まで来た。

 

 そんな生き方を変えるつもりは毛頭ない。……ただ、ひと区切りをつけるつもりでいた。爆豪勝己として、やりたいことができてしまったから。

 

「……もう帰る。半年は戻らんからそのつもりで」

 

 こともなげな物言いとは裏腹の衝撃的な発言だったが、所属ヒーローたちはすんなりと受け入れた。所長は本日より無期限の長期休暇に入る──あらかじめわかっていて、数ヶ月前から準備してきたことだ。

 

「任せとけって!オメーがいなくても事務所はちゃんと回してくからよ。……だから、」

 

「また、"アイツ"に会わせてくれよ。バクゴー」

 

 切島の双眸が、いつの間にか真剣な輝きを帯びている。勝己はそれを真正面から受け止めた。

 

「……わぁっとるわ」

 

 去っていく勝己。その背中を見送りつつ、瀬呂がぽつりとつぶやく。

 

「No.1目前にしての休業……マスコミがああだこうだ憶測を書き立ててるけど、まさかあんな理由とは誰も思わねーよな」

「そりゃそーだろ」上鳴も同調する。「俺だって腰抜かしそうになったもん。あいつ、特定の誰かにンな拘りあったんだって。な、切島?」

「……まあな」

 

 曖昧にうなずきつつ、切島は相棒の過去に思いを致した。それは"拘り"などということばで片付けられるものではない。爆豪勝己をヒーロー・爆心地たらしめる根幹をなすものであって、ヒーローであることをなげうってでも拾い上げようと、唯一彼に思わせることのできるもの。

 そこは切島ですら未だ入り込むことのできない深淵だったが、すべてを知ったいま無念とは思わなかった。独りで行くことを選んだ勝己が、帰ってくるときには隣にあの青年を連れていてくれるなら、それでいい。

 

 

 *

 

 

 

 爆心地は徹底した合理主義者だと言われることがある。

 

 逃げ遅れた一般市民の救出を烈怒頼雄斗はじめサイドキックに委ねて戦いのみに集中する、式典のような行事やマスコミ対応には一切気を配らない──この日の一連がそれを象徴している。本人の言動も相俟ってルーキー時代は批判を受けることも多かったが、而立の齢を過ぎて円熟味が出てきたためかそう評されることが増えてきた。

 

 そのイメージからか、帰国後一度だけ受けたインタビューでこんなことを訊かれたことがある。

 

──いままでの人生で一度でも、神頼みをしたことはありますか?

 

 インタビュアーとしては、「ンなモンねえ」という返答を期待していたのだろう。だが、

 

──ある。一度だけな。

 

 当然関心を引かれてか、いつどこで、どんなことでと、怒涛の勢いで質問が続いたのを覚えている。勝己としては嘘をつかなかったまでのことで、それ以上己の想い出をさらけ出すつもりは毛頭なかった。

 

 そう、あれは幼き日の想い出だ。探検の最中はぐれた幼なじみをひとり探して、ようやく見つけたその場所でのこと。

 

『なぁデク、しってるか?ふたりいっしょにここでおいのりすると、はなればなれになってもかみさまがまたあわせてくれるらしいぜ!』

 

 どんくさく木偶の坊な幼なじみにしてはよくやったと、当時の勝己は真剣に思った。彼がたまたま迷い込んだ神社には、そんな謂われがあったのだ。

 

『これでおまえがまいごになっても、もうだいじょうぶだな!』

 

 そう告げてやると、『もうならないもん』と頬を膨らませる幼なじみ。最近こうして歯向かってくることが増えてきて、その度に苛立って突き放してしまうようになりつつあったが……このときばかりは、気持ちは凪いだままだった。"離れ離れになっても、また会える"──そのことばを喜ばしく思っていることが、態度から伝わってきたから。

 

 なけなしの小遣いからひねり出した10円玉を賽銭箱に放り込み、うろ覚えの作法で手を合わせる。いまにして思えば間違いだらけだったのだが、何も知らない幼なじみはいつものように『かっちゃんはなんでもしってるね!』と目をきらきらさせていたし、勝己自身も鼻を高くしていた。

 

 あのときの勝己は、確かに神さまの存在を信じていた。それは彼が案外とふつうの子供だったからなのだけれど、現在に至るまであの神頼みが無駄なものだったとは思わない。

 幼い願いは、いまでも胸の奥にある。神が存在しないならば自らの足で進んでゆくだけだ。子供でなくなった勝己の、それが答だった。

 

 





キャラクター紹介・グロンギ編 バギンググシギ

バラ種怪人 ラ・バルバ・デ/未確認生命体B群1号

「……ビビギダダ。ゴラゲド、パラダ、ガギダ……ギ、ロボザ(気に入った。おまえとはまた、会いたいものだ)」

※怪人体のデータなし

行動記録:
"ゲゲル"の管理者である"ラ"の称号をもつ謎めいた美女。グロンギの復活当初から一貫してゲームマスターのような役割を担っており、プレイヤーたちに指示を与える。その一方で同じ"ラ"のドルドと共謀してアギトや死柄木弔を手中に収めようとするなど(後者は成功し、のちに惨禍をもたらすこととなる)、役割とも一線を画した動きも見せてきた。 
爆豪勝己とは幾度となく対峙し、その度に意味深なことばを投げかけてきた。一方で彼の攻撃を受けてもまともに応戦したことはなく、催眠作用のある薔薇の花弁を浴びせて眠らせたり、腕の一部を蔦に覆われた異形に変化させて突き飛ばす程度の行動しかとらない。怪人体は一度たりとも見せたことはなかった。
古代から甦ったグロンギの中では最後まで生き残り、"ン・ダグバ・ゼバ"となった死柄木弔による"究極の闇"を見守っていたが、そのさなかに爆豪と遭遇。神経断裂弾に貫かれて海中に没した。
その際に上記のことばを残している……妖艶な微笑とともに。

作者所感:
原作のイメージそのままですが、アギト&死柄木関連もあってより謎度合いが増したんじゃないかと思います。実際何を企んでいたかは明らかになりませんでしたが、例の羊皮紙がヒントになってる……と思います。グロンギのタトゥや文字とは明らかに異なる梵字のような紋様……人が人を殺してはならない(戒め)

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