【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
翌朝。澄みきった青空のもとにある公園は、休日ということもあって多くの親子連れで賑わっている。
そんな中にあって、爆豪勝己は人を待っていた。ニット帽に伊達眼鏡という定番すぎる変装でベンチに座っているのだが、これだけ人が多いとかえって目につきにくいらしかった。
まだわずかに冷ややかさを残しつつも、太陽光によってぽかぽかと温まっていく空気。自然と身体が弛んでいくのは生物の性。しかし勝己は、冬ほどでないにせよ春を嫌っていた。この時期はヴィランも調子に乗って活性化するのか、犯罪発生率が上昇する。ヒーローとしては腹立たしいことこのうえない。
──ヒーローとしてだけでなく爆豪勝己個人としても、春には良い想い出がなかった。自身の誕生日?確かにその真っ只中にあるのだが、そんなものは既に忘却の彼方だ。
「ふぁ……チッ、」
思わずこぼれてしまった欠伸を噛み殺しつつ舌打ちを漏らしていると、にわかに周囲がざわつきはじめた。
「──爆豪、」
「!」
ついに待ち人が訪れた。反射的に「遅ェ!」とがなりかける勝己であったが……相手が特徴的な紅白頭を露にしているのを認めて、集まるざわめきと視線の意味を悟った。
「おはよう。待たせちまったか?」
「テメェ……」
「アタマ隠せや半分ヤロォ!!」
「お」と呆けたような表情を浮かべる整った顔立ちの男。左目の周囲を覆う火傷痕が痛々しいが、当人に気後れする素振りはない。
──ヒーロー・ショートこと、轟焦凍。彼こそが、勝己の待ち人であった。
結局勝己の正体もばれて大騒ぎになりかけたので、大急ぎでその場を離れることにした。同時に、ニット帽も焦凍に貸し出す羽目になり。
「悪ぃ爆豪、帽子借りちまって」
「……チッ、洗って返せよ。言っとくがまんま洗濯機に突っ込むんじゃねえぞ!」
「わかってる、俺だってそのくらいは学習した」
頬を膨らませる焦凍。昔から腹立たしい表情だと思っていたが、もう年齢も年齢である。以前おっさんのそれは見苦しいぞと嘲ってやったのだが、あまり効き目はなかったようだ。
「おまえから誘ってくれることなんてそうそうないからな。つい舞い上がっちまった、悪ぃ」
「……そーかよ」
そう言われるとまんざらでもない気分になる。焦凍の場合、率直にものを言うから嫌味がないのだ。それは世間知らずに起因するものではあるが、焦凍の美徳であることには間違いない。
並んで遊歩道を歩きながら……沈黙が降りる。勝己の性格を理解しているからか、怪訝には思っていない様子の焦凍。ただ誘った側としてはそういうわけにもいかない。別に話がしたかったわけではないが、呼びつけた以上は怒鳴って終わりでは忍びない。その点、勝己には妙な律儀さがあった。
ややあって、
「……どーよ最近」
「ん?」
訊いてから、しくったと思った。切島や上鳴ならともかく、この男相手には抽象すぎる問いだった。
少し考えたあと、案の定頓珍漢な答が返ってきた。
「親父もグラントリノも元気にしてるぞ。ふたりして陶芸にハマってるらしくて、この前自作の茶碗と湯呑みを送ってもらった」
「陶芸て……年寄りかよ。グラントリノはともかくよ」
「まあ、親父ももう還暦だからな……」
しみじみとつぶやく焦凍。離れて暮らしてはいるが、良好な関係を保っているようだ。それは勝己からしても不愉快なことではなかった。
「それよか、テメェのことだよ。……
「おぉ、これか」
右手を掲げてみせる焦凍。かちゃりと、金属めいた音がする。
10年前の未確認生命体との戦いの中で、彼は両腕の肘から先を失っていた。いまここに存在するのは、鋼鉄と精密機械の集合体を人工皮膚で覆った義手だ。あまりに精巧に造られているため、見た目にはそれとわからない。指の動きも繊細かつ滑らかである。
「コイツのおかげで、どうにかヒーロー続けられてる。発目に感謝しねえとな」
「おーおー、感謝しねえとなんねえのは発目だけか?」
「……相変わらず意地悪だな、おまえ」
ふ、と溜息をついた焦凍が、ふと遠い目になる。彼の生活を支えてくれる女性が、いまはそばにいた。
「自力じゃメシも食えない俺の面倒、嫌な顔ひとつせず見てくれた。しかも、義手の材料まで用意してくれて……感謝してもしきれねえ、八百万には」
八百万百──ヒーロー・クリエティ。勝己も時折様子を見に行っていたが、彼女の献身ぶりは家族と同等かそれ以上に映った。それがただの博愛でないことは、誰の目にも明らかだ。義手を手に入れて日常生活はもちろんヒーロー活動も可能となった焦凍の、いまでもすぐそばにいる──それが答なのだろう。
勝己が口を閉ざしたのをどう勘違いしたのか、焦凍はやや焦った様子で続けた。
「あ、もちろんおまえにだって感謝してるぞ。……つーか、俺は本当に、大勢の人に借りをつくりすぎてる。一生かかっても、返していけるかわかんねえ……」
「………」
「なぁ爆豪。俺は、どうすればいいと思う?」
いくつになっても末っ子根性の抜けない野郎だと、勝己は思った。いまのこいつに、それがわからないはずがない。生来の──にもかかわらず幼少期は押し殺すほかなかった──甘えん坊気質ゆえ、背中を押してほしいだけなのだ。
問題は、勝己も頼られるのには弱いこと。本質的にこいつとの相性は悪くないのだと、認めざるをえない。
「轟焦凍。テメェがやりてェことはなんなんだよ」
「何って、そりゃあ……」
「……ヒーローで、あり続けたい。そしていつかは、オールマイトを──超えたい」
「………」
フッと、勝己は息を吐いた。
「……嘲うなよ。そりゃ、俺はこんな奴だけど──」
「違ぇよ。テメェの目指してるモンと、いままでテメェを支えてきたっつー連中が望んでるモンは変わらねえ。……そのまま進み続けりゃ、恩返しになるんじゃねーの」
「!、爆豪……」
「……ありがとな。何度も何度も立ち止まっちまった俺だけど……いつか、たどり着いてみせる。おまえのことも、越えていくからな」
「ハッ、やってみろや」戦友の挑戦を、獰猛な笑みで迎え撃つ。「半年どころか10年遊んでても追いつかれる気ィしねーけどなァ!!」
その返答は、焦凍の知っている爆豪勝己そのままだった。──彼がしばらくヒーロー活動を休止することは知っている。彼にとってそれは停滞ではなく、
「爆豪。俺、思うよ」
「あ?」
「おまえと緑谷が、幼なじみでよかったって。──だから、」
今度は焦凍が、勝己の背中を押す番のようだった。
*
飯田天哉にとって、科学警察研究所を訪れるのは実に10年ぶりのことだった。
それでもエントランスに足を踏み入れると、ここに足しげく通った日々が昨日のことのように思い出されてくる。そんなふうに感じてしまうのも、自分が歳をとったせいなのだろうか。
──インゲニウム事務所所長としての公用。今日ここへは、表向きそのような理由で来た。
合同捜査本部に所属していた頃に培った人脈を活かし、彼は警察との協力を積極的に進めている。もっともそれは、事件終息から時を経るごとにヒーロー業界のスタンダードになりつつある。警察はもう、かつてのような"ヴィラン受け取り係"ではないのだ。
それはともかく……"表向き"と言うからには、公用の裏には私人としての意志もあるのであって。
まだ約束まで時間はある。いま連絡して相手の予定を狂わせてしまうのも申し訳ないと思い、飲み物でも買おうと自販機めがけて歩きだそうとした──と、そのとき。
『ジュースくらい出すけど?』
「!」
シニカルな、しかしどこか雅やかないろをたたえているこの声。様々な思いが胸中に去来するなかで、飯田はやおら振り返った。
『よう。30分前行動は相変わらずだな、飯田』
「──心操くん……!久しぶりだな!」
逆立った藤色の髪に、彼が警察官であることを示す濃紺の制服。着痩せする性質なのは変わらないようだが、それでも以前よりさらに鍛えあげられていることが服の上からでもわかる。
──心操人使。10年前、当時学生の身ながら開発されたばかりの"第3世代型強化外骨格および強化外筋システム"──通称"G3"──の装着員に抜擢され、ともに未確認生命体と戦い抜いた青年だ。
事件終息後にいったんは身を引いたものの、大学卒業後に警視庁に入庁し、交番勤務を経て再びG3ユニットに配属。大幅な規模拡大が行われたチームの、副長兼一番隊小隊長を務めている。
「遅ればせながら、おめでとう!」──そう伝えると、心操ははにかんだような笑みを浮かべた。その表情は、昔と驚くほど変わっていない。
『ありがと。……柄じゃないんだけどな、副長だの隊長だのなんて』
「そんなことはない、極めて順当な人事だと俺は思うぞ!」
皮肉っぽい振る舞いが目立つが、心操は本質的には真面目な努力家で、挫折を経験しているだけあって思いやりもある。さらにいかなる事態を前にしても動じない冷静さもあるとなれば、これはもう資質に文句のつけようなどないだろう。実際、彼は警視庁内外で高い評価を得ているのだった──この様子を見るに、本人はあまり頓着していないようだが。
「しかし、きみとはなかなか縁がなかったな……。職務上、玉川班長と会う機会は多いんだが」
『お互い現場以外の仕事が増えちまったからな。たまには飲み行くか……まあ、俺は飲めないんだけど』
「!、………」
飯田は思わず口をつぐんだ。体質的にはむしろ、心操は酒に強いほうだった。学生時代にはそれなりに嗜んでもいたのだ。なのに──
「……喉の調子は、どうだい?」
『相変わらずさ、良くも悪くもならず。けど、"こいつ"のおかげでこのとおり、不便はしてないよ』
指差す喉元は、黒いデバイスで完全に覆われていた。首に巻かれたそれには、失われた心操の声を再現したデータがインストールされている。喉と口の筋肉の動きを感知して、コンマ数秒のずれもなく発声を行ってくれるすぐれものだ。ふつうに聞いているぶんには、機械によるものとはとても思えない──それほどまでに、自然な音声だ。
「話には聞いていたが……本当に、きみの声そのままだな」
『だろ?カラオケにだって行けるんだぜ。──ただ一点、個性は使えないのがタマにキズかな』
心操の個性である"洗脳"は、自身の声を聞いた相手が受け答えをすることによって発動する。──いかに完璧に再現していようとも、機械音声は個性のトリガーとしては不適格らしい。
「そうか……。それは、勿体ないな……」
『うん。まあ、"勿体ない"程度なんだけどな』
「あ……すまない。不躾な言い方をしてしまった」
『いや俺もそう思ってるから。不便はないんだよ、本当に』
微笑む心操。飯田はその表情から本音を探ったが、特に抑えているものは感じられなかった。元々あまり自分の個性を好いてはいなかったようだが、それでも彼のアイデンティティのひとつであったことに変わりはない。その実質的な喪失は、彼を苦しませただろう──少なくとも、過去においては。
『ただ、これから先どうなるかはわからない。治療もダメなりに続けてるし……このデバイスの開発者も試行錯誤してくれてる。慣れはしても、あきらめはしない。──そっちのほうが、ヒーローっぽいだろ?』
「心操くん……!」
心操のことばには、胸にこみ上げてくるものがあった。感情のままに、その両手をまとめて握る。
『お、おい……』
「心操くんッ、きみは本当に素晴らしい男だ……!ぼく、お、俺は嬉しい……!」
『……そういうとこ、相変わらずだな。あんたが万人に好かれる理由、わかる気がするよ』
『けど、喜んでていいのか?』──そう言って、心操は挑戦的な笑みを浮かべた。
『そりゃ協力はしてるが、俺たちはあんたらヒーローを潰しにかかってるんだぜ?もうちょっと対抗心剥き出しにしてもらわないと、こっちも張り合いがない』
冗談めかした物言いではあるが……心操のことばは、いま現在の社会情勢を端的に表していた。
G3の配備を含め、警察の戦力はかつてとは比べものにならないほど強化されている。凶悪なヴィランを、彼らG3ユニットが鎮圧する──10年前には存在しえなかった、日常風景。ヒーローがまったく必要とされなくなったわけではないが、相対的に存在感が低下したことは事実だ。活躍の場を失って引退に追い込まれたヒーローも少なからずいる。現場はともかく警察組織としてはそれを歓迎しているふしもある。"潰しにかかっている"というならある意味そのとおりなのかもしれない。
しかし、それでも──
「……何も足を引っ張りあっているわけではない、市民の安寧を守るためにお互い死力を尽くしているんだ。その結果がいかなるものであれ……時流、なのだろうな」
誰も大きな時の流れに抗うことはできない。この狂騒のごとき英雄の時代も、全体から見れば刹那の潮流にすぎないのだろう。遥か未来にはきっと、教科書の何ページかを飾れば上出来という程度の。
「それでも俺は……俺たちは戦う。人々の救けを求める声がある限り。俺たちの存在が時代の徒花であったとしても構わない。その瞬間、困っている誰かに手を差し伸べられるのなら」
『………』
飯田の宣言を、心操は呆気にとられたような表情で聞いていた。すべてのヒーローの総意と言うには、あまりに悲壮すぎる覚悟。しかしそれゆえにこの男は人々に望まれ、ヒーローであり続けるのだろうという予感があった。
『……まだまだ、敵わないわけだ』
「ム、何か言ったかい?」
『いや、こっちの話。あんたの言うとおり想いは一緒だ、これからも協力していければと思ってる。──よろしくお願いしますよ、インゲニウム所長?』
「こちらこそ!心操……警部補」
気心の知れた相手と役職で呼びあうのは、なんともこそばゆいものがあった──普段同級生ともヒーローネームで呼びあっているといえども。
『あぁそうだ、』いきなり素に戻る心操。『あんたの他にもひとりお客さんが来てるんだ。ダブルブッキングで申し訳ないけど』
「いや、構わないが……その物言いだと、俺とも面識がある人物のようだな」
『まあ。──実際、会ったほうが早いだろ』
ちょうど目的の研究室にたどり着いた。心操が黙って扉を開ける。──と、そこには確かに先客の姿があった。飾り気のないパンツスタイルに、長く伸びた桃色の髪を後ろで束ねている。振り向いた彼女の顔を認めて、飯田は「ああっ」と声をあげた。
「は、発目くん……!」
「……飯田さん、」
10年ぶりの再会……というわけではなかった。少なくとも心操とよりは頻繁に顔を合わせている相手。にもかかわらず流れるなんとも形容しがたい雰囲気は一体何か。
察した心操は、口許が綻びかけるのを誤魔化しつつ半歩下がった。
『あ……っと、俺、飲み物用意してくるから。ちょっとゆっくりしてて』
「あ、ちょ、心操くん──!?」
制止むなしく、そそくさと立ち去る心操。飲み物云々など建前にすぎない。彼とて馬に蹴られたくはなかったのだ。
『……リア充どもめ』
恨みがましいつぶやきを、相棒であるデバイスはいつもどおり受け止めてくれた。
キャラクター紹介 グロンギ編 バギンググシギドパパン
クワガタ種怪人 ン・ダグバ・ゼバ/未確認生命体第X号
身長:200cm→測定不能
体重:95kg→測定不能
能力:"崩壊"→超自然発火能力
備考:
超古代において王として君臨し、虐殺の限りを尽くしたグロンギ。現代においてはその力を死柄木弔が受け継ぎ、ダグバと呼ばれるようになった。
固有能力として瞬間移動めいた超スピードで動けるほか、弔のもつ"崩壊"の個性も使うことができる。弔の肉体と魔石の相性が良かったのか、当初からアギトと互角の戦いを演じるほどの力を発揮した。
怪人化して間もなくゴ・ジャラジ・ダ、ズ・ゴオマ・グとともに科警研を襲撃、G2を奪取することに成功する。その後は"整理"と称して各地で下位のグロンギを虐殺し続け、161体もの命を奪った。
東京へ戻ったのち、一度クウガを襲撃するが、復権したン・ガミオ・ゼダに咎められてしまい暫し表舞台から身を引くこととなる。しかしその恨みは忘れていなかったようで、戦いに敗れて深傷を負ったガミオを襲って殺害、奪い取った"王の証"を体内に取り込むことで究極の姿――ラ・バルバ・デ曰く"究極の闇"そのもの――へと進化する。大気中のプラズマを操る能力を得、"崩壊"と融合させて生み出した超自然発火能力により、数週間のうちに3万人もの人間を殺害。クウガとアギトにも重傷を負わせる。
最後は"凄まじき戦士"となったクウガと氷雪吹きすさぶ九郎ヶ岳で壮絶な闘争を演じた。互いにベルトを破壊して変身能力を失ってもなお続けられた殴りあいの果て、クウガこと緑谷出久は右足を失い、弔は……。
作者所感:
ラスボス~。当初はミラージュアギト化している設定だったんですが中途半端にボツになりました。「アギトと似た容姿をしている」というのはその名残だったりします。
超古代における本来のダグバは概ね原作どおりのやべー奴をイメージしていただければOKです。