【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン 3/4

 

 コバルトブルーの海原が、どこまでも続いている。打ち寄せる波のこえ、真珠のような白い砂浜。

 

 そして、彼方を見つめる瞳。

 

 雲ひとつない青空と融け合い、境界をなくした水平線。その彼方に存在する決して消えることのない悲嘆の記憶──そして、未来への希望。

 

 

 車輪の廻る音が、静かに響いた。

 

 

 *

 

 

 

「おまえ、いい加減浮いた話のひとつもないのかよ?」

 

 椅子に落ち着くなりそう言い放った椿秀一に、勝己は呆れるほかなかった。

 

「あんたはいくつンなってもそれだな……。大体、40過ぎて未だ独身のおっさんに言われたかねえよ」

「ばーか。俺はおまえくらいの頃は遊んでたし、いまは一途にある女性を想ってる。おまえだってその気になりゃ引く手あまたなんだから、騙されたと思って恋のひとつでもしてみろ。くだらないと思うかもしれんが、意外と人生に深みができるもんだ」

「……あーハイハイ、ご高説どーも椿センセー」

 

 こういう手合いに対してキレたところで無意味と学習している勝己は、適当に受け流すことを選んだ。相手はそれを察して恨みがましい表情を浮かべているが。

 

「……ま、それはそれとしてだ。──これが見たくて来たんだろ、おまえは」

 

 真面目な表情に戻った椿。その手にあった数枚のレントゲン写真が、順々とボードに貼り出されていく。人の腹部を写したもの……なのだが、そこにはベルトのような形状をした物体が存在していた。そこから伸びる無数の神経。左から右へと行くごとに、その数は明らかに増殖している。

 

「一番右が、最後に撮影したものだ」

「……アイツ、こんなに」

 

 当時も目通ししていたが、時を経て見ると改めてことばを失う。外見的には若干逞しくなったという程度の幼なじみ、彼の体内ではここまで劇的な変化が起こっていたのだ。

 

「"凄まじき戦士"になったあいつの身体は、これよりさらに変化が進んでいたはずだ。それでもあいつは何も変わらない、緑谷出久のままだった……だろ?」

「………」

 

 口にはせずとも、小さくうなずく勝己。あの戦いのあと、冷えきった彼の身体を抱きしめた感触。いまでも鮮明に残されている。

 

「緑谷は間違いなくヒーローだった。……でも、それってどうなんだ。あいつがヒーローにならなきゃいけない世の中なんて……おかしいと思わないか?」

 

 そんな世の中をつくったのは、グロンギなのか。彼らが復活する以前はどうだった?滅びたあとは?──そんなの、考えるまでもない。

 

「……なんつってても、俺には世の中を変える力なんてない。こんなとこでわかったような口きくのが関の山だ。ガキの頃はもっとなんでもできて、どこへだって行けたはずなのにな……」

「そう思い込んでただけだろ、ガキは了見狭ェから」

 

 だから脇目も振らずに走っているつもりでいて、その実どこへ向かっているのかさえ知らずにいる。自分ひとりの力では幼なじみひとりぬくもりに包んでやれないことくらい、初めからわかっていたかった。

 

「……かもしれねえな」

 

 曖昧に笑いながら、椿は立ち上がった。レントゲン写真を見るために閉め切っていたカーテン、次いで窓を開け放つ。途端にふわりと春風が吹き込み、陽光が降り注いできた。その眩さに、思わず勝己は目を細める。

 

「ただ、救いがないわけじゃないかもな」

「……?」

 

 椿がこちらに振り向き、

 

「行くんだろ、迎えに」

「!」

 

 ニヤリと笑う。相変わらず、この男にはなんでもお見通しのようだった。

 

「今度は笑って会えるといいな、──爆豪?」

「……フン」

 

 鼻を鳴らしつつも、勝己が浮かべる穏やかな微笑。それは彼なりの白旗だった。

 

 

 *

 

 

 

 関東医大を辞した勝己が次に向かったのは、首都の治安維持の要である警視庁。捜査本部の解散後も折に触れて訪れる機会はあったが、もっぱら公用であったし、かつての仲間のもとに顔を出すなどという殊勝なことを彼がするわけもなかった。

 

 そんな中にあって唯一、塚内直正とだけは奇妙な縁が続いていた。彼は捜査本部の解散後、いくつかの部署を異動したのち、現在では国際テロ対策を職掌とする公安部外事第三課に所属している。テロ対策部隊への所属経験のある勝己とは、職務上接することも多い。

 

「──とはいえ昨日の今日だと、どうしても10年前を思い出すよな。きみは行かなかったんだろう、追悼式典には」

「仕事だったんで」

「ハハ……きみらしい。変わらないよな、本当」

 

 そう言って笑う塚内のほうが、よほど変わっていないんじゃないかと勝己は思った。年齢的には壮年どころか初老に差し掛かる頃合いのはずだが、若干恰幅がよくなった程度で老いは感じられない。雄英高校に入学して間もない頃に敵連合の関係で聴取を受けたのを皮切りに、もう16年の付き合いになるのだが。

 

「俺も都合がつかなくて行けなかったんだが……。どうしても気になってしまって、結局仕事が手につかなかった。いい歳してこれじゃあ、きみに嘲われちまうな」

「………」

 

 別に嘲うつもりなどなかった。勝己とてまったく気に留めていなかったわけではない。34,624人──犠牲となった人々の総数は、常に頭の中にある。

 

「しかし、10年か……。長いよな、きみや飯田くんが立派なベテランヒーロー兼経営者になるんだものな。他の連中も──」

 

 遠い目になる塚内。彼の上司であった合同捜査本部長・面構犬嗣はさらに出世して現在では警察庁警備局長を務めているし、鷹野藍警部補(当時)も一線で活躍を続けているようだ。

 

「まあ、まさか森塚がああなるとは思わなかったけどな……」

「……あー」

 

 捜査員の中では最年少──といっても勝己よりそこそこ年長だが──だった森塚駿。現在、彼は警察を辞め……なんと、脚本家になっているそうだ。驚きの転身ではあるが、らしいと言えばらしい。手近なところで例えるなら、轟焦凍がヒーローを辞めて蕎麦屋になるようなものか。

 

「どういう仕事してんすか、あの人」

「あー……いまは子供向けのヒーロー番組やってる。怪盗と警察の二大ヒーローで、それとは別にヴィランがいるっていうややこしい設定の」

「……ふぅん」

 

 ゼニガタリスペクトは継続しているのだろうか。そこまでいくと大したものだと勝己は思った。番組を観てみようとまではならないが。

 

 

 そうして暫し続いた捜査本部にいた面々についての話題。ひと段落した折、塚内がぽつりとこぼした。

 

「……"彼"は、どうしてるんだろうな」

 

 "彼"が誰を指しているかなど、いちいち確認するまでもない。皆、考えることは同じなのだ。

 

「確かに緑谷くんは貴重な存在だった、彼がいなければもっと大勢の犠牲が出ていたかもしれない。……それでも、彼を巻き込むべきじゃなかったんだろうな、本当は」

「………」

「もちろんきみを責めてるわけじゃない。……考えてたんだ、ずっと。緑谷くん以外の人間がクウガだったら、どうなっていたのか──」

 

 ヒーロー、警察官──あの強大な力を行使するにふさわしい者は、他に大勢いただろう。しかしそうした人間がクウガになったとて、より良いifはどうしても想像できない。それが尚更悔しかった。

 

「……しょうがねえだろ。確かに最初は巻き込んじまったも同然だが、そのあとしつこく首突っ込んできたのはあいつだ」

「それは……そうかもしれないが」

「あいつは聖人君子なんかじゃねえ、最後まで自分のエゴ貫き通しただけだ。あんたも知ってんだろ、そういう人間」

「!、………」

「だから、デクを戦わせたことを今さら悔やんだりしねえ。俺もやりてェようにやるだけだ……最後の最後までな」

「……爆豪くん」

 

 この男がそう言い切るまでにどれだけの歳月がかかったか。独り背負った重荷に押し潰されそうになりながら、足掻くように一歩一歩と進んでいたあの少年はもういない。遥かに逞しくなった背中は、まっすぐに天を指している。それを喜ばしく思いつつ……一抹の寂しさもあった。

 

 

『……また来たの。きみもいい加減しつこいね、爆豪くん』

 

 液晶越しにそう吐き捨てるこの男もまた、あるいは根底に共通する感情をもっているのかもしれない。

 

「あんだけ人のこと付け狙っといてよーンなこと言えんなクソカスが」

『あの頃は口説けばコロッとオトせそうな美少年だったし。おっさんはいらない』

「テメェよか若ェわ」

 

 古くからの友人のように、軽口を叩きあうふたり。しかし背後で見守る塚内は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた──液晶の向こう側にいる、車椅子の男の正体を思えば。

 

『キミよりおっさんのところに足繁く通ってるなんて、よっぽどヒマなんだね。それとも……オレに惚れちゃった?』

「ッ、さっきからいちいちキメェなァ!今度はなんだ、BLにでもハマったんか?」

『バレちゃった?ヒヒ……世界は広いんだね、知らなかったよ』

「……ヒマはテメェじゃねえかよ、クソヴィランが」

 

 そう吐き捨てると、『なんでそのクソヴィランに会いに来てるわけ?』と嘲笑を浮かべる男。勝己よりさらに色濃い赤い双眸が、ぎょろりとこちらを睨む。

 

『忘れちゃったの?オレは大勢の人間……リントを殺したんだぜ』

「………」

『あとは……そうだ、きみがタイセツにしてたアイツ。元気にしてる?まあ、右足はオレが壊しちゃったんだけどさぁ……はははははっ』

「……ッ、」

 

 勝己の拳に、自ずと力がこもる。

 この男──死柄木弔のしてきたこと、忘れるわけがない。オール・フォー・ワンの後継者として、"ダグバ"の名を継ぐグロンギとして……彼はその生涯において、一環して邪悪であり続けた。オールマイトの師匠である志村菜奈の、血脈に連なる者であるにもかかわらず。

 

『でもおあいこだろ、オレだってこんな身体にされたんだ。せっかく頭はまともになったってのにさ』

 

 魔石ゲブロンを粉々に砕かれたショックに肉体が耐えられなかったのか、弔の身体はほとんど動かなくなっていた。ゆえにごく一部の人間しか知らない某施設に収容された彼の楽しみは、予め選別された映像を観るくらいしかありえないのだ……弔の話が本当なら、かなりザルだと言わざるをえないが。

 

『サイッアクだよな本当。あーあ、悪いことしたいなぁ……街ひとつくらい皆殺しにすれば、多少はすっきりするのに』

「テメェ……」

 

 いよいよ勝己の表情が険しくなりはじめたとき……不意に弔は、俯きがちに息を吐き出した。それはかつての称号などあってなきかのごとく、覇気のない姿で。

 

『……冗談だよ』

「あ?」

『ホントはもう、全部どーでもいいんだ。何も愉しくないし、憎くも感じない。生きてても意味ないやって思うけど……自分で死ぬのも面倒なんだ』

 

 こんなことならと、弔は過去を悔やみ続けていた。グロンギになどならず、警察病院の奥深くに壊れた頭で在り続けたなら、こんな気持ちにならずに済んだ。

 いや、それ以前に。そもそも"先生"に拾われることなく、どこかで野垂れ死んでいれば。

 

『なぁ爆豪くん。どうしてあのとき、殺してくれなかったの』

「………」

『……まあいいや。いまからでもこっち来て、殺してくれよ。オレのこと憎いだろ?ラクに死なせてくれるとは思ってないからさぁ……お願いだよ』

 

 できないとわかっていて、こういうことを言う。勝己でさえ、弔のいる施設がどこにあるか……その見当すらついてはいないのだ。

 

 面会を止めるべきか、塚内は迷った。何度もこの場に立ち会ってはいるが、今日の弔はいつにも増して挑発的だ。おそらくそこに策略の類いはない、ありのままを吐露しているだけなのだろう──それが却って厄介だった。

 

 勝己は暫し口を閉ざしていた。その背中がわなわなと震えている。激昂するか、それとも──

 ややあって、

 

「……あァ、俺もあんときはそれしか考えてなかったよ。テメェを殺してやりたくてたまらなかった」

『へぇ……じゃあ──』

「けどな、俺ァヒーローなんだよ。……思い出させられちまったんだわ、あいつに」

 

「だから一生かけてでも、テメェに理解らせてやる。これからもしつこく顔出してやっから覚悟しとけや、──転弧?」

『………』

 

 悪どい笑みを浮かべて宣言する勝己。弔は押し黙るほかなかった。決して心動かされたわけではない……ないはずなのだけれど、負け惜しみすら返せないような気迫があった。

 

「爆豪くん、そろそろ時間だ」塚内が耳打ちする。

「……ああ」

 

 席を立つ勝己。そのまま別れも告げずに立ち去ろうとしたところで、彼はもうひとつ伝えるつもりでいたことを思い出した。

 

「デクが元気にしてるかっつってたな。──今度は連れて来てやるよ」

『……楽しみにしてるよ』

 

 その返答が皮肉であったのか、あるいは──それは当人にすら、判然としないことであった。

 

 

「──ありがとうございました、塚内さん。また世話ンなっちまって」

 

 部屋を出たところで、勝己はそう述べて頭を下げた。既に死亡したものとして極秘の存在となり果てている弔とこうして会うには、いかにトップクラスのヒーローといえども一筋縄ではいかない。警察内外に様々なパイプをもつ、塚内の協力あってこそだ。

 

「気にすることはないよ、俺にはこれくらいしかできないからな。緑谷くんも同席させるとなると、骨が折れそうだけど」

「スンマセン……でも、頼みます」

「わかってる、任せておいてくれ」

 

 彼が弔を救けようと戦い続けるなら、自分もできることをする。いまは亡き友人も、それを望んでいるはずだから。

 

「ん……もうこんな時間か、道理で腹が減るわけだ。よかったらまた一緒に食べるか?」

「あー……」

 

 勝己は少し迷った。この男とはともにいてさほどストレスがないので、何も予定がなければ承諾するところなのだが。

 

「……もう予約入れてあるんで。文京区の店に」

「文京区か……仕事抜け出してくにはちょっとキツいな、そりゃ」

 

 苦笑しつつ、「じゃあまたの機会だな」とつぶやく塚内。それがかなり先のことになると、既に彼も理解している。

 

「じゃあ、元気で。爆豪くん」

「……っス」

 

 差し出された手を、すっと握りしめる。こんな取るに足らない行為でさえも、これから会いに行くつもりでいる"彼"を想起させるのだった。

 

 

 





キャラクター紹介・クウガ編 バギンドドググ

アルティメットフォーム

能力:
戦士クウガの最終形態であり、リントの碑文においては"凄まじき戦士"と呼ばれている。アマダムの宿主が優しさを失い、憎悪に囚われたときに発現する暴走形態であるとも。ゆえに変身者は理性を失い、すべてを破壊し尽くしかねない危険性を秘めてもいる。その性質を表すかのように全身が漆黒に染まり、アマダムから広がる血管状組織が体表に浮かびあがった禍々しい姿をしている。
他の形態とは比較にならないパワーを有しているばかりか、大気中の原子を操り物質をプラズマ化、標的を発火させる能力をもつ。他にもあらゆる超能力を秘めていると思われるが、詳細は不明。

本来のアルティメットフォームは複眼まで真っ黒に染まっているが、死柄木弔=ン・ダグバ・ゼバとの決戦において緑谷出久が変身した際には、黄金の輝きを放つ"ゴールデン・アイ"となり、理性も保たれた。彼に宿った個性"ワン・フォー・オール"に一因があると思われるが、果たしてそれだけだろうか?


(おまけ)
マイティフォーム・ダークアイ

未確認生命体第35号=メ・ガルメ・レへの憎悪に支配されたクウガが、アルティメットフォームの片鱗を見せた姿。通常のマイティフォームとの変化は複眼のみだが、本来スペックで上回るはずのアギトでさえ抑えきれないほどのパワーを発揮する。アルティメットフォームの力を一部引き出しているという意味では、ライジングフォームに連なる形態であるともいえるだろう。







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