【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
一週間は何事もなく過ぎ、出久21歳の誕生日である7月15日を迎えた。
誕生日会は午後六時開始。とはいえその時間まで悶々としているのも精神的に厳しいものがあり、出久は会場準備を手伝うという名目で午後四時過ぎにはポレポレに来てしまっていた。
(はぁ……緊張するなぁ……)
メットを脱ぐと同時に、溜息をつく。さすがに現時点で店内にいるのはおやっさんとお茶子くらいだろうが、それが二時間後には十人近いヒーローに埋め尽くされるのだ。そこで自分は"主役"などという恐れ多いにも程がある肩書を背負うことになる。素直に喜んでいられないのも当然だった。
「大丈夫、出久くん?」
「あ……うん」
気遣うように訊いてきたのは、タンデムシートに座っていた沢渡桜子。
さらに、
「気が進まないのか?」
もうひとり――自前のバイクを運転してきた、心操人使。
彼女らが同行しているのは言うまでもなく、出久の誕生日会に出席するためだ。
「そういうわけじゃないんだけど、やっぱり相手はヒーローだし……失礼があったらどうしようとか、色々考えちゃって」
すると桜子と心操、ふたり揃ってぷっと噴き出した。
「わっ、笑わないでよ!僕は本気で……」
「わ、わからなくはないけど……」
「別に目上の人間じゃないんだからさ……ふつうにしてりゃいいんじゃないの。大体、今日来る面子の半分はもう知り合いなんだろ?」
「そう、だけど……」
「じゃあ気にすることないじゃん。ぶっちゃけオタク丸出しで迫っても引かない……むしろウェルカムな奴ばっかだと思うよ」
「そ、そっか……それなら、まあ」
それならよかったと、出久の肩は少しだけほぐれた。自分のことだ、ヒーローたちに囲まれるとなれば鼻血が出るくらい大興奮してしまいかねない。
「それにしても、ごめんねふたりとも。付き合ってもらっちゃって……しかもこんな早くから」
「別にいいよどうせヒマだし。それにこの前の俺の誕生日、おごってもらったしな」
「私も、せっかく出久くんの誕生日なんだからお祝いしたいもん。その代わり、私の誕生日もお願いね!」
「う、うん。……ほんとに、いつもありがとう」
改まって言うと、ふたりは顔を見合わせたあと……また、くすりと笑う。今度はおだやかな微笑だったから、出久も抗議はしなかった。
――さて、店内に入ると「おっ、来たか一同!」という朗らかなおやっさんの出迎えが待っていた。
「こんにちは。今日はお世話になります、おやっさん」
「オーケーオーケー。にしてもアレだね、この三人組ってのもチョベリグな絵面だねえ。青い三角定規みたいで!」
青い三角定規――約40年前の名作ドラマの主題歌でスマッシュヒットを飛ばしたフォークグループだが、三人とも当然のごとく元ネタがわからずスルーした。
「それよりおやっさん、まだ他に誰も来てないんですか?」
「それより……。いや、お茶子ちゃんがいまバースデーケーキ買いに行ってるよ。あともうひとり、彼がトイレに――」
そこまで言いかけたところで、化粧室の扉がギィ、と音をたてて開いた。現れた青年の姿を目の当たりにして……出久たちは、一瞬硬直してしまった。
「おっ、緑谷、来てたのか。沢渡さんに心操も」
こともなげに言う青年の名は、轟焦凍。痛々しい左目周囲の火傷痕を加味しても、涼やかな美貌をもつ青年――なのだが、
「ブッ!」堪らず噴き出す。「と、轟くん……その恰好……っ」
服装自体はいつものシンプルなもので、おかしなところはどこにもない。
その上から"本日の主役"とでかでか書かれたたすきを身につけ、頭に煌びやかなコーン型の帽子を被ってさえいなければ。
「あぁ、これか。お誕生日会ではこれを身につけるのがマナーだとおやっさんに教わった」
「ブフッ!」
心操が後ろを向いて背中を震わせている。あと何かひとつ駄目押しがあれば爆笑してしまいそうだ。キャラ崩壊の危機である。
「あ、あのさ轟……冷静に考えてみろよ……。あんた、本日の主役か……?」
「?、いや、主役は緑谷――!、確かにおかしいな……」
「気づきましょうよ……。マスターも轟さんからかったら駄目ですよ……本気にしちゃうんだから」
「いやぁ、ショートさん面白いんだもん!」
からからと笑うおやっさん。大真面目な顔で「これ結構気に入ったんだけどな……」とぼやく焦凍。完全に平時であるためか、いつにも増してボケボケしている"平和の象徴"の後継者、兼"超人"アギト――ついひと月ほど前まで彼が怪物と化していたことを知っている出久は、ただただ力なく笑うほかない。
が、気の抜けた雰囲気もそこまでだった。出久の携帯電話がポケットの中で振動をはじめたのだ。――幼なじみからの着信によって。
「――轟くん」
「!、……ああ」
呼びかければ察したのか、焦凍が表情を引き締めてうなずく。それを見届けたうえで、出久は電話をとった。
「もしもし。……うん……うん、わかった。轟くんも一緒だから大丈夫。じゃあまた、現場で」通話を終え、「皆ごめん。僕たち、ちょっと急用が……」
「えぇっ?本日の主役ふたりがいなくなっちゃったらパーティーどうすんだよぉ!?」
「だから、轟は主役じゃないですって」きっぱり否定しつつ、「急用じゃしょうがないけど……戻ってこられないなら連絡くらいは入れろよ」
「――うん!」
力強くうなずいた出久は、グッと親指を立ててみせた。サムズアップ。少し前に失われかけていた笑顔もより頼もしく輝いているように、心操には感じられた。
「じゃあ行こう轟くん!」
「おう」
「……あ、たすきと帽子は外していってね」
「そうか、悪ぃ」
ふたり揃って飛び出していく。この中で唯一、事情を明確に把握している桜子は、とにかく彼らが無事に帰ってくることだけを望んだ。誕生日を祝うことならいつだってできる。
……のだが、入れ違いに帰ってきた主催者からすれば、事情を知らない以上そうもいかないわけで。
「戻りましたー!」
「あら、おかえりお茶子ちゃん」
「ただいま!――さっき出てったのってデクくんと轟くんですよね?どうしたんですか?」
「あぁ……実はかくかくしかじかで……」
おやっさんが気まずそうに事情を説明すると、お茶子は一瞬フリーズしたあと、へなへなと崩れ落ちた。ケーキ入りのビニール袋がかさりと音をたてる。
「うそやん……なんでよりによって……」
「……まあ、気持ちはわかるけどな」
宥める声に、お茶子はぱっと顔を上げた。
「あっ、心操くん来てたんだ……。いま気づいたわ」
「……あぁそう。大概だなあんたも」
心操が参加することは当然お茶子も既知である。"彼女"についても。
「ってことは、そっちの方は……」
「あ、はい。――はじめまして、沢渡桜子です」
「う、麗日お茶子です……はじめまして……」
型通りの挨拶のあと、なぜかじぃっと桜子を凝視するお茶子。桜子が訝しげに首を傾げるのと、せっかくもたげた頭がまた重力に負けるのが同時だった。
(あかん、負けとる……!)
重力にではない――桜子に。美貌、スタイル、知性。どれをとっても自分より勝っているとお茶子には思えてしまった。これほどの女性と親しくしておきながら、出久は恋愛に昇華させるつもりがないというのか?それほどまでに恋愛事に免疫がないのか、意外やああ見えて理想が高いのか。
それともまさかまさかの、女性に興味がない?ありえない話ではない……かもしれない。前に遊びに行ったときも、出久は口を開けば「かっちゃんは」「かっちゃんが」「かっちゃんの」だった。そのときのお茶子は勝己の話題にノリノリで乗っかっていて、まったく違和感を覚えなかったのだが。あのふたりの特殊すぎる関係性を鑑みると、余計に信憑性が増してきて――
(いやいやいやいや!それはさすがに排除しよう……そうしよう)
でなければキリがない。お茶子はいったん同性愛者説を忘れることにした。
ともかく。お茶子にとり、思わぬ苦境であることに違いはない。
だが、
(でも……そう簡単にあきらめない……。ヒーローなんだから……!)
これもまた、プルスウルトラ。あっさり奮起したお茶子は、立ち上がると同時に桜子の手をがしっと掴んだ。
「これからよろしくお願いします!できれば色々教えてくださいっ、デクくんのこととか!!」
「え?あ、うん、私でよければ」
お茶子としては挑戦状のつもりでもあったのだが……幸か不幸か桜子はどこまでも大人の女性であった。ことばどおりの目的は達成できそうだが。
その逸る姿を傍らで見つめる心操はというと、
(難敵だぞ、麗日……)
桜子も、出久本人も。双方とそれなりに長く付き合っているがために、彼はふたりの関係性について造詣が深いのだった。
*
ポレポレを飛び出して約一時間、出久と焦凍は呼び出しを受けた現場にようやくたどり着いていた。
「!、あれか……」
野次馬が集う向こうに、黄色い規制テープと彼らを押しとどめる警察官の姿が見える。さらにその向こうからは、この超常社会においては半ば日常と化している騒擾が響く。そういう連絡があった以上、それはグロンギによるものなのだと出久も焦凍も信じて疑わなかったのだが。
「緑谷くん、轟くん!」
「!」
妙に発音の角張った声に振り返れば、そこには元々良い体格をさらに大きく見せるフルアーマーのヒーロー・インゲニウム――本名・飯田天哉――の姿があって。
彼に手招きされ、呼ばれたふたりは人目を忍んで駆け寄っていった。
「すまないふたりとも、爆豪くんから連絡したんだろう?」
「謝られることじゃないよ。未確認生命体が出たなら、僕らだって――」
「あ、いや……そうではなくてだな………」
「?」
妙に歯切れの悪い飯田。そもそもグロンギがすぐそこで暴れているなら、ここで悠長に話している場合ではないと思うのだが。
と、
「ンだテメェら、来たのかよ」
「!、かっちゃん……」
相変わらず不機嫌極まりない表情で現れるヒーロー・爆心地こと、爆豪勝己。それはいつものことなのだが、「来たのかよ」とは――
「来たのかっておまえ……おまえが連絡してきたんだろ」
苦笑する出久に代わって至極まっとうな突っ込みを入れる焦凍。いくら傍若無人な勝己でももっともだと思ったのか、舌打ちひとつかましたうえで事情を説明した。
「結論から言や、誤認だった」
「誤認?未確認生命体じゃなかったってこと?」
「あぁ……めんどくせーから詳しくはコイツから聞け」
「……なんだか釈然としないが。いま暴れているのは、未確認生命体ではなくヴィランのようなんだ。駆けつけたヒーローや警官隊に対し未確認生命体を自称していて、実際容貌もそれらしい異形型だったがために、我々に出動要請がかかったという流れでな……」
「そ、そうだったんだ……。でも、鎮圧はまだなんだよね?」
「ああ。……考えていることは手に取るようにわかるが、対ヴィラン戦闘にプロヒーローではないきみを参加させるわけにはいかないぞ」
きっぱりと宣言され、先手を打たれた形の出久は悄然と黙り込むほかなかった。36号事件のあと改めてきちんと対面し、友人と呼べる関係にまで親しくなった飯田であるが、線引きをなあなあにするつもりはないらしい。それが彼の良いところなのだが。
「それに、きみたちの力を借りるまでもなさそうだ。地区担当のヒーローたちだけで鎮圧可能、我々は撤収してよいという指示も出ている。――きみの誕生日会には問題なく出席できそうだ」
「そ、そっか……。ありがとう、忙しいのにわざわざ」
「何、気にすることはない!きみはもう大切な友人だ、その友人の誕生日を祝うのは当然のことだ!」
友人――少しは慣れたつもりでいたが、やはりその二文字を向けられることには胸が詰まるものがあった。すぐ目と鼻の先でまだヴィランが暴れていることを思い出して、どうにか表情だけは取り繕う。
「それはともかく爆豪くん、きみはどうして出席しないんだ?何か予定があるわけでもないんだろう?」
「!」
出久が目線を移すと、お互い様だったのか勝己と目が合った。なぜかじろりと睨みつけられる。
「行くわきゃねーだろアホか。ンなクソみてぇな集い」
「く、クソみたいとはなんだ!?緑谷くんはきみの幼なじみだろう、少しは祝う気持ちを持ちたまえ!」
「違うぞ飯田。こいつ、本当は祝いたくてしょうがねえんだ」
「ハァ!?」
「へぁ!?」
素っ頓狂な声をあげる凹凸幼なじみコンビを意に介することなく、焦凍は眉ひとつ動かさず続ける。
「でも案外みみっちくて人目気にする性格だから、人前じゃ素直になれねえんだよ。そのせいで十年も緑谷のこといじめたり挙げ句に自殺教唆かましたり、損な性分なんだ。せめて俺たちくらい、わかってやらなきゃ可哀想だろ」
「そ、そうだったのか……確かにきみは振る舞いのわりに人情味があるものな!しかしいくら幼かったとはいえ、自殺教唆は許されないぞ!きちんと謝罪はしたのか!?していないのならいまこの場でしたまえ!さあ!」
「………」
「ちょちょちょ、ちょっ!?」
慌てた出久は、小声で焦凍に喰ってかかった。
「何言ってくれちゃってるの轟くん!?ここでかっちゃん怒らせてなんの得があるんだよ!?」
「怒らせる……?なんでだ、俺はただ、」
「……まさか、素でやってるの?」
「素ってのがよくわかんねえけど、多分そうだ」
(ま、マジでか轟くん……)
出久は率直にそう思った。自分も無自覚に勝己を怒らせてしまうことばかりだが、さすがにここまで客観的にみて挑発めいたことばを吐いたことはそうそうない……と思う。
飯田も飯田でお坊ちゃん的おとぼけが発動しているのか、余計に火に油を注いでいるありさまだ。――これはまずい。
わなわな震えていた勝己。その震えが一瞬ぴたりと止まり、
「テメェら全員死ねぇええええええっ!!」
――BOOOOM!!
爆破。焦凍が咄嗟に氷壁をつくり出したことで実害は免れた。
「なっ、なんてことをするんだ爆豪くん!?」
「危ねえだろ」
「ウルセェ防いでんじゃねえよ……!殺す、マジで殺す……!」
獣じみた吐息とともに迫りくる勝己。このままだと二度目の爆破が執行されかねない。出久は心臓をバクバクさせながらこのボマーを宥めにかかった。
「おっおっおっ落ち着いてかっちゃん!近くに人いっぱいいるから!これ以上暴れるとまずいって――」
「――じゃあ緑谷、先戻ってるぞ」
「!!?」
なんて!?――振り返ると、焦凍と飯田が仲良く立ち去ろうとしていた。
「ちょっ……ねえ僕きみたち怒らせるようなことしたかなあ!?ねえ!?」
無論そうではなく、むしろ焦凍も飯田も出久に気を遣ってくれたのだが……悲しいかなずれている。徹底的に。
「………」
「……ア、ハハハハ……。じゃ、じゃあ僕も、お暇しようかなあなんて……」
ぴたりと静かになった勝己のほうを振り向くこともなく――というか振り向けない――ぎこちない足取りで去ろうとする出久。しかし次の瞬間、
「!?、ぐえっ」
不意に首に力がかかり、後ろに引きずられる。悶絶しかかる出久。Tシャツの上から羽織っている半袖パーカーのフードを思いきり引っ張られたのだと理解するのに、数秒を要した。
「な、なにすんだよぉ……」
「別に」
「別にってアナタ……」
特に理由もなく他人様の首を責めるのか。まあいまに始まったことではないのだが。
(まあ、いいけど……)
焦凍の言はさすがに誇張しすぎにしても、勝己なりに自分を想ってくれていることはもうわかっている。勝己の言動に振り回されて、一喜一憂する必要は、もうない。
「え、っと……行っていいかな、僕……?」
もしかするとまだ何か話したいことがあるのかもしれない。そう感じて尋ねると、
「……嬉しいかよ」
「えっ?」
「連中に祝ってもらえて嬉しいかって訊いてる」
さっきとは打って変わって、凪いだ表情で尋ねてくる勝己。前言、一部撤回。やはり彼の機微をうかがうのは難しい。まだまだ振り回されはしそうだった。
「うん、嬉しいよ」
それでも出久は、素直に純な思いを伝えた。
「いままで僕の誕生日を祝ってくれる人なんて、お母さんと父さんくらいしかいなかったから。あ、大学入ってからは別だけどね」
「……当てつけかよ」わずかに目がきつくなる。
「違うよ。……かっちゃんも、4歳の誕生日までは祝ってくれてたよね」
「!、………」
勝己の思いを知ってから、出久は昔のことを振り返ることが増えていた。"4歳の誕生日"――それもまた、そうして思い出した記憶のひとつ。
個性が出ずに鬱ぎ込んでいた出久に、勝己は当時子供たちの間で大人気だったオールマイトチョコをひとつくれた。「こせいがあろうがなかろうがデクはデクだろ!」ということばとともに。
いまならそれが、不器用な気遣いから出たものなのだとわかる。でも幼い出久には到底受け入れることができず、せっかく勝己がくれたチョコを突っ返してしまったのだ。勝己は当然激怒して……それ以降、彼が誕生日に何かをくれることはなくなった。
「……覚えてねぇわ、ンなモン」
「……そっか」
それでもいい。出来事そのものは忘却の彼方にあったとしても、そのときの想いは失われたわけではない。いまだから、それもわかる。
「もういい。早よ行けや」
「うん。……またね、かっちゃん」
「……あぁ」
ぶっきらぼうながらもはっきりと応答がある。それだけで、出久には十分だった。
やっとヒロイン同士を対面させられた……。
麗日さんをサゲるつもりはまったくないですが、やっぱり桜子さんの大人の美女っぷりはライダーヒロインでも群を抜いてると思います。