【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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一万字超えちゃった\(^o^)/


今回に原作の副題をつけるなら「デクvsかっちゃん」であり「爆豪勝己:オリジン」でもあり…かっちゃんの出久に対する気持ちは一応わかりやすいところに落ち着けましたが、それでも内訳でいうと今回の半分を費やしました。出久も出久で一度あきらめさせられたがゆえに屈折してますしね…。これ以上複雑にしようとすると井上脚本みたいになっちゃうよ!

前半に入れ込み過ぎたので後半のメビオとの決戦パート(飯田vsメビオ含む)はやや駆け足気味です。描写のバランスは今後の課題ですね…がんばります

それはそうと総合評価が1000pt超えました!ここまで読んで楽しんでいただけてほんとに嬉しいです。これからもよろしくお願いします!






EPISODE 4. TRY&CHASE! 4/4

 無線による連携で、警官隊はズ・メビオ・ダの包囲に成功していた。四方八方の道路を何台ものパトカーで塞ぐことによって、彼女の脱出を不可能としている。十数名の警官と、一匹の怪物。ボディの大部分には拳銃が通用しないとはいえ、昨夜左目を負傷させた実績がある。そうした弱点を集中攻撃すれば、射殺できるのではないか。

 

 ようやく見出した希望に奮起していた彼らは、

 

 ひとり残らず、もの言わぬ骸と化していた。俯した頭部からはことごとく左目が抉り出されている。

 やはり手に付着した鮮血をべろりと舐めあげていると、再びパトカーのサイレンが耳に入ってくる。メビオはそれを脅威とは認識していない。むしろ、獲物が自分たちから集まってきてくれるのだ。こんなに楽なことはないと思っていた。

 

「――メビオ」

「!」

 

 そのとき背後から女性の声が響き、動き出そうとしていたメビオはその場に縫いつけられたかのように動きを止めた。

 次の瞬間、まるでテレポーテーションでも行ったかのように、薔薇の花弁の嵐とともに女が現れる。額に、薔薇をかたどったタトゥが刻まれている。

 

「バ、ビバ、ジョグバ?」不愉快さを隠そうともせず、メビオが訊きただす。

 

 それに対してバラのタトゥの女は、怪物と怪物が屠った死体の山に微塵も心動かされた様子なく、言い放つ。

 

「バゼ、グゼパゼバグンドギバギ?」

「!」

 

 そのことばに、メビオははっとした様子で自身の左手首を見やる。腕輪に通した銀色の珠玉、昨夜を最後に動かしていない。それは彼女にとって、致命的な失敗だった。左目の復讐にこだわりすぎるあまり、頭に血が昇ってしまった――

 

「ッ、ラザザ!」吼える。「ガドギブグジバン、ゴセザベガセダジュグヅンザ!!」

「………」

 

 強情にそう宣言すると、メビオは女の頭上を跳び越え、サイレン音の方向へと走り去っていった。

 

 それを見送りつつ、バラのタトゥの女は、

 

「……ジャザシザレザバ、ゼパ、ズ」

 

 呆れた様子でそう呟くと、薔薇の花弁に包まれて忽然と姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己によって、強引にメビオ追跡を中断させられた緑谷出久。

 彼はその勝己によって、建物の壁に背中を叩きつけられていた。

 

「………」

「痛……ッ、な、何す――」

 

 何すんだ、と抗議の声をあげようとした出久は、ゆっくりと迫る勝己の表情を見て凍りついた。

 

 凪いでいる。いつものような烈しい感情は表れておらず、レッドというよりはブラッドカラーと呼ぶほかない紅い瞳も、表面的には穏やかにみえる。

 しかし、出久は知っていた。この男は常に怒っている。しかし激情のマグマをどろどろと流し続けているのであって、結果的にすべてを呑み込むような噴火を抑制するかたちとなっている。彼はふだん、きちんと感情をコントロールしているのだ。

 だが、いまの状態はそれがない。意図的にコントロールを放棄してしまっている。そうして、あふれんばかりのマグマを噴火させようとしているのだ。幼少期から少年期にかけて、ずいぶん彼の怒りを買ってきた出久だが、こんな姿は数えるほどしか見たことがなかった。

 

「デク。テメェ、あの白バイは一体どうした?」声まで落ち着いている。

「ど、どう、って、それは………」

 

 落ちてたから拾いました、なんて言い訳が通用しないのは明白だった。

 

「奪ったんだな?乗ってた奴が5号に襲われたかコケたかして、その隙に」

 

 案の定、勝己はまるでどこかで見ていたかのようにほとんど正確に察知している。出久は否応なしに頷くほかなかった。

 

「……何考えてやがる。頭にクソでも詰めてやがんのか、テメェは」低く唸るような声の罵倒だ。「俺以外のヒーローや警察に捕まったら、どうするつもりだった?」

「どうするって……」

「どう言い訳すんだ、"怪物を退治したくて"、それとも"遊び半分で"か?どっちにしても逮捕は免れねえな。テメェは前科(もん)だ」

 

 そんなこと、わかっている。心の中で母に何度も謝って、そのうえで実行したことだ。仮にそうなったとて、覚悟の上だ。

 しかし、出久が予想の範疇としていたのはそこまでだった。

 

「人間の姿で見つかるぶんにはまだマシだ。万一変身するところを見られたらどうする?テメェは一生まともな人間としては扱われなくなる。いや、その場で殺されて終いかもな。警察……いや、テメェの大好きなヒーローによ」

「……!」

 

 ごくりと、出久は唾を呑んだ。実際に昨夜、警官隊の銃撃を受けているのだ。ヒーローたちがどうして同じように攻撃してこないはずがあろうか。自分はいま、憧れのヒーローたちにまで敵視されている――

 

 出久が明らかに動揺したのを見て、勝己は深い溜息を吐き出した。そして、彼にしては長い躊躇を経て、低い声で切り出す。

 

「……デク、今回限りだ。テメェのために忠告してやる」

「な、に……?」

 

 出久のため――確かに彼自身の言うとおり、彼の発言にそんな枕詞がつくことは未だかつてなかった。勝己としても、まったく不本意なことなのだろうが。

 

「その力、俺によこせ」

「……ッ」

 

 やっぱりか。壁に押しつけられたまま、出久は唇を噛んだ。

 

「テメェだって遺跡のミイラからベルトを受け継いだんだろうが。テメェが戦う気をなくせば、そいつは別の宿主を探すだろう。腹ん中で腐ってくのはごめんだろうからな、そいつも」

「………」

 

 噛んで言い含めるようにことばを紡ぐが、出久は納得できない様子で俯いたままだ。頭が沸騰しそうになるのを、勝己は懸命に堪えた。

 

「……俺じゃ嫌だってんなら、別の奴でもいい。烈怒頼雄斗とか、インゲニウムとか」

 

 切島は既に出久と悪くない出会いを果たしているし、インゲニウムこと飯田天哉も、出久からすれば人格的に信頼のおける男だろう。

 勝己はここまで、最大限の譲歩をしてやったつもりだった。できるだけ冷静に喋ってやったし、次善の案まで提案してやった。あとは出久が、どう出るか――

 

 やがて、出久は絞り出すように、

 

「……確かに僕なんかより、ヒーローの誰かに使ってもらったほうがいいのかもしれない……この力は……」

「じゃあ――」

「ッ、でもやっぱり……それは、できない……」ぶるぶると脚を震わせながらも、きっぱりと言い放つ。「僕はもう決めたんだ、"僕が(みんな)の笑顔を守る"って……。それを、この力は認めてくれたんだ……っ」

 

 だから出久は、赤い戦士になれた。かつて捨てざるをえなかった夢を、もう一度拾いあげることができたのだ。

 

「だからもう、僕はあきらめたくない……()()()()みたいに……」

「――!」

「ごめん、かっちゃ――」

 

 出久が最後まで言い終わらないうちに。勝己は、彼の頬を殴り飛ばしていた。

 

「ぐッ!?」

 

 頭と背中を壁にしたたかに打ちつけ、出久はうめき声をあげながらその場に崩れそうになる。しかし勝己はそれを許さず、胸ぐらを思いきり掴みあげた。

 

「……テメェは、やっぱり()()なんかよ」

「う……か、っちゃ……」

「誰もテメェの救けなんか求めちゃいねえのに、誰にでも救いの手を差し伸べようとして。振り払っても振り払ってもテメェは、変わろうとしなかった」

 

 怒鳴って、脅して、殴って。どんなに勝己が心を砕いて手の届かない夢を捨てさせようとしても、出久はあきらめようとはしなかった。"ワンチャンダイブ"――自殺教唆すら、意味をなさず。

 その転機が、"ヘドロ事件"だった。オールマイトが逃がしてしまったヘドロの敵に、中学生だった勝己が囚われたあのとき。それを目の当たりにした出久は、結局尻尾を巻いて逃げ出した。そうしてようやく、現実を知った。勝己ははからずも、自分の命を賭けることで幼なじみに夢をあきらめさせたのだ。

 

 それなのに、偶然力を手に入れてしまったせいで、こいつは――

 

「人の笑顔を守るため、だ?――ふざけんじゃねえッ、テメェのそれは昔ッから、自分のためだろ!?」

「……!」

「何もできねえでただ手を差し伸べてもらえるのを待ってる、テメェは自分がそんな人間だって認められねえだけだ!――デク、テメェが本当に救けたいのは他人じゃねえ、テメェ自身だろうが!!」

 

 あふれ出る激情に任せて、勝己は叫んでいた。幼き日、川に転落した自分に出久が手を差し伸べたとき。ヘドロ事件のあと、ヒーローをあきらめたことを告げられたとき。出久がズ・グムン・バの手で致命傷を負ったとき。――決意のことばとともに、赤い戦士に変身したとき。あらゆる光景が、心をぐちゃぐちゃにかき回す。

 

 

 勝己の心が感情のやり場を失ってさまよっていると、不意に出久がぽつりと呟いた。

 

「……何が悪いんだよ」

 

 我に返る勝己。――目の前の翠が、まるで激情が伝染したかのように荒れている。

 

 

「自分を救けたいと思って!!何が悪いんだよ!?そんなの当たり前じゃないか、自分を見殺しにしたまま生きていくなんてそんなの、死んでるのと何も変わらないのに!!」

 

「ねえかっちゃん、きみにわかるの?ずっと憧れ続けてきた人たちに自分を否定されるみじめさが。現実に何ひとつできなくて、きみたちの言うとおりだったって認めるしかなかったみじめさが。あいつさえいなければよかったのにって、憧れを呪うように生きてくしかなかった僕のみじめさが!最初からなんでも持ってたきみに、何も持ってない僕の何がわかるんだよ!?」

 

 縋りつくように、喰らいつく。餓死寸前の獣のようなこの幼なじみを、勝己は知らない。しかし間違いなく、これは幼なじみの緑谷出久だ。出久がずっと、抱え込んできたものなのだ。

 

 それがわかっても、勝己には許せなかった。この馬鹿は、なんでも持っている人間は何ひとつみじめな思いなどしないと勘違いしている。

 

「わかんねえよンなもん!!」吼え返す。「テメェこそ、俺の何がわかるってんだ!?俺がずっと満ち足りてたとでも思ってんのか!?俺だってなァ、テメェのせいで散々みじめな思いしてきたわ!!テメェさえいなけりゃもっと楽に生きられたのにって、俺が何度思ったと思ってる!!」

「ッ、だったら、僕のことなんか最初っから相手にしなけりゃよかったじゃないか!僕がなるべく避けるようにしてても、きみのほうから絡んできたくせに!!」

「それは――!」

 

 感情を剥き出しにして叫びかけて、勝己は不意に冷静さを取り戻した。自分はいま、なんと言おうとした?

 

 そもそも、出久の言うとおりなのだ。無個性のくせにヒーローになりたいと、ろくな努力もせずのたまっている奴。そんなの、馬鹿だと嘲って視界に入れなければ済む話だったのだ。

 それができなかったのは、あの日手を差し伸べたこの男に、どうしようもないくらい腹が立ったから。あれがきっと原点(オリジン)だ。

 

 なら、どうして腹が立った?

 

――いっちゃんすごくねえくせに、ヒーロー面するから。

 

 ヒーロー"面"?いや、違う。

 

 緑谷出久は間違いなく、その心根からヒーローそのものだったのだ。沢渡桜子の言ったとおり、誰かを救けるためなら、自分のことなんて放り出して突っ走る――そうしなければいられない人間として、生まれてきてしまった。

 それがいかに危ういことか。平和の象徴たるオールマイトですら生死の境をさまよう大怪我を負ったほどだ。――無個性の、弱っちい出久がどうなるか……幼い勝己はきっと、気づいていたのだ。

 

 だから、やめさせたかった。でも理を尽くして真摯に出久を説得するには、勝己はあまりに幼く、また不器用で。

 

――どうしてわからねえんだよ、出久……!!

 

 心の奥底で、幼い自分が悲鳴のように叫んでいる。ああ、そうか。そうだったのか。

 

 

 自分はただ、出久を守りたかっただけだったんだ。

 

「……ッ」

 

 勝己はもう、激情を保てなかった。胸ぐらを掴んでいた手が力を失い、だらんと垂れ下がる。

 出久はそれを怪訝な表情で見たが――そのとき、幼なじみの相剋に終止符を打つかのごとく、トライチェイサーの無線が鳴り響いた。

 

『全者に連絡。未確認生命体第5号は本郷通りから方向を西に変え、外堀通りから青梅街道に入り現在多摩市付近を逃走中、現在までに人的被害23名、車両被害11台、繰り返す――』

「……!」

 

 自分たちがここで言い争っている間に、メビオは殺戮を進めている。ふたりは揃って愕然とした。

 

「ッ、……かっちゃん、僕は――」

 

 やっぱり、行かなきゃ。出久の決意はまったく揺らいでいないようだった。いや、あの炎の教会で赤い戦士に変身したときから、彼の心は固まっていた。

 

 彼はもう、何もできない無個性のデクではなく――戦士、クウガなのだ。勝己は血がにじむくらいに拳を強く握りしめて……そして、ふっと力を抜いた。

 

「――デク!!」

 

 再び白バイに跨がろうとしている出久に、怒鳴り声を浴びせる。そればかりはもう癖になっているのか、彼はびくっと身体を揺らした。

 

「テメェ言ったよな、"中途半端はしない"って。フツーの白バイでそれができんのか?追いつけもしねえのに」

「!、それは……」

 

 確かに駆けつけたところで、逃げられてしまったらそれで終わりだ。追いかけるだけでまともに戦いに持ち込めないなんて、それこそ"中途半端"。反論の余地もなく、出久は唇を噛む。

 

 次の瞬間、勝己は思わぬことを言い放った。

 

「こっち、使え」

「……へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。理解に時間を要した出久に構うことなく、勝己はさらに続けた。

 

「トライチェイサー、最新型の白バイの試作機だ。とりあえず時速300キロまで出せる」

「さ、300キロって!?ちょっと……」

「他にも色々機能はあるらしいが、それはあとで教える。これで5号に追いつけ……そんで、ぶち殺せ」

「かっちゃん……」

 

 ようやく出久は、勝己の意図を完全に理解した。未確認生命体との戦闘を、止めるどころか、託してくれたのだ――彼は。

 信じられない思いでいる出久に痺れを切らしたように、勝己は言い募る。

 

「どうすんだ。やんのか、やらねえのか」

「や、やる!やるよ!」

 

 慌てて走り、トライチェイサーに跨がる。機能よりも聞きたいことは山ほどあったが……いまは封印することにした。

 

 両手を腹部にかざし、アークルを体内から顕現させる。突き出した右腕に力をこめながら、構えをとり――

 

「――変身ッ!!」

 

 アークルの起動スイッチを、押し込む!

 途端に、出久の肉体は赤い戦士――クウガ・マイティフォームへと変身を遂げた。

 

「調布ICから中央自動車道に追い込む手筈になってる。捕捉したらソッコーケリつけろ。死んだら殺す。――以上」

 

 簡潔でつっけんどんな伝達と、物騒ながら、彼なりに搾り出したのだろう激励のことば。それを胸に刻み込みながら、赤い戦士は深く頷いた。

 そしてグリップを力いっぱい回し、トライチェイサーとともにリスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

――中央自動車道 調布IC付近

 

 ズ・メビオ・ダは逃走を続けていた。もっとも逃げ一辺倒ではなく、進行方向から現れるパトカーを逐一潰しながらである。いまもちょうどボンネットに跳び乗り、フロントガラスを破壊して運転席の警官の左目を貫こうとしているところだった。

 

「――待てッ、未確認生命体!」

「!」

 

 勇ましい青年の声が響き、メビオはその殺人行為を中断する。振り向いた彼女が見たのは、重騎兵のような白いフルアーマーを纏ったヒーローだった。

 

「バンザ、ゴラゲパ?」

 

 問いかけるメビオ。残念ながら彼女らの言語は通じず、かのヒーローは一方的に宣言する。

 

「それ以上の殺戮はこの俺、ターボヒーロー・インゲニウムが許さん!兄から受け継いだこの名にかけて、貴様を止めさせてもらう!!」

 

 口上を流し見ていたメビオは、彼――インゲニウムの脚が絶えず唸り声をあげていることに気がついた。彼もまた、脚への絶大な自信においては自分と共通しているのだろう。それを認め、だからこそ自身の実力を見せつけてやろうと思った。

 

「ギギザソグ……ショグヅザ!」

 

 ボンネットから勢いよく跳躍し、頭上から踵落としを見舞う。インゲニウムは持ち前のスピードで、辛うじてそれを躱してみせた。

 

「ジャスバ……」

 

 メビオは感心しているようだったが、当のインゲニウム――飯田天哉は、パワーとスピードを併せ持つ敵の攻撃に圧倒されていた。

 

(なんという力だ、僕の実力では……いや、だとしても――!)

 

 先ほど述べたとおり、これ以上の殺戮を許すわけにはいかない。ヒーローである自分が、止めなければならないのだ。

 

「いちかばちか……決めさせてもらう!トルクオーバー――」

 

 ドルルル、と、ふくらはぎのエンジンが激しく駆動する。飯田自身もゆっくりと背中を屈め、姿勢を低くした。

 そして、

 

「――レシプロ、バーストッ!!」

 

 一瞬にして、トルクの回転数が限界まで上昇する。その瞬間、飯田天哉は文字どおり疾風怒濤となって、メビオに突進を仕掛けた。

 

「ッ!?」

 

 突然のことに対応できず、直撃こそ避けたものの吹っ飛ばされるメビオ。逆に言えば、掠っただけで未確認生命体を跳ね飛ばす威力とスピード。爆豪勝己ともあろうものがクウガの後継者として提示するだけの実力が、彼にはあった。

 

 一方でメビオは即座に態勢を立て直し、

 

「ザジャギバ……ザグ、ゴギヅベスババ……ビ、パダギンゾンビ!」

「!」

 

 未知の言語で捲したてたかと思うと、メビオは飯田に背を向けて逃走を再開した。一瞬呆気にとられた飯田だが、すぐさま追跡を開始する。

 

「待て!!」

 

 叫びながら、彼は焦燥に駆られていた。敵のトップスピードは時速270キロ、レシプロバーストよりも速い。

 

 それに、何より――

 

「――ッ!?」

 

 発動から十秒ほどが経過した瞬間、ふくらはぎのそれが煙を噴いた。エンストを起こしたのだ。

 

「しまっ――」

 

 ハイスピードから急にゼロになれば、どうなるかは目に見えている。彼の大柄な身体はまるでミサイルのように空高く打ち上げられ……直後、道路へと墜落を開始した。自分よりも脚の速い敵を目の当たりにし、冷静さを欠いてしまった結果の、極めて初歩的なミス。

 

(なんたるザマだ……!)

 

 兜の中で飯田は唇を噛むが、現実に路面はもう目前に迫っている。ヒーロースーツのおかげで致命傷にはならないだろうが、怪我は免れない。この場はもう、戦えなくなる――

 

 そのとき不意に、馬の嘶きのようなエンジン音が耳に飛び込んできた。それが何か分析する間もなく、胴体にずしんと衝撃が走る。だが、身体のどこも地面には接していない。浮いたままなのだ、落下速度がゼロになったにもかかわらず。

 

「……?」

 

 何者かが、自分を受け止めている?恐る恐る顔を上げた飯田が見たのは、モノトーンのトライアルマシンと――それに跨がる、鮮烈な赤い複眼の異形。

 

「な、な――!」

 

(未確認生命体、第4号!?)

 

 自分を間一髪救けた相手が未確認生命体であることも忘れ、混乱した飯田はクウガの腕の中から転がり落ちた。それに対して、

 

「あっ、だ、大丈夫ですかインゲニウム!?」

「!!??」

 

 混乱は混沌へと進む。その異形の容貌からは想像もつかない優しい声音と口調。冷酷なモンスターそのものだった5号とは、あまりに違いすぎていると思った。

 飯田の心中を知ってか知らずか、クウガは一瞬前方に目をやったあと、再び向き直って言った。

 

「任せてください。5号は、僕が必ず!」

「な、なんだって!?きみは、一体――」

 

 この場で、疑問への答えが示されることはなかった。クウガは右手に握ったスロットルを思いきり捻り、自らの駆るトライチェイサーを急発進させた。

 遠ざかっていく背中は、殺人狂の怪物のものではなく。むしろヒーローのそれに近いと、飯田は感じていた。

 

 

 

 

 

 高速道路を疾走するズ・メビオ・ダ。彼女は現代に甦って以来最高の高揚感を味わっていた。インゲニウムすら撒いたいま、封鎖されたここは文字どおり彼女の独擅場なのだ。地上を走るあらゆるものの中で、自分は一番速い。何ものも自分に追いつけはしない。そう思い込んでいた。

 そんなときだった。背後から、エンジンの駆動音が聞こえてきたのは。

 性懲りもなく追いかけてきたのか。余裕綽々で振り向いたメビオは、次の瞬間色を失う羽目になった。

 

「クウガ……!?」

 

 トライチェイサーに乗ったクウガが、追跡してくる。それはいい。しかしなぜ、彼はこちらとの距離を着実に詰めてきているのか。誰より速いはずの自分より、速いというのか?

 

(ダババ……ゴンバザズパバギ!!)

 

 現実を受け入れられないメビオは、さらにスピードを上げようと脚に力をこめる。しかし、彼女は既にトップスピードを維持している。それ以上は望むべくもない。――トライチェイサーのほうが速いのだ、圧倒的に。

 そしていよいよ数メートルの距離まで詰まったとき――クウガは、突飛な行動に打って出た。スピードを保ったまま前輪を持ち上げ、それをメビオの頭上に振り下ろしたのだ。

 

「ウギャアッ!?」

 

 痛々しいうめき声とともに、メビオは転倒、半ば叩きつけられるように地面を転がっていく。それを見たクウガは、ブレーキを強く握った。時速300キロからの急停車は、尾部から自動的にパラシュートが射出されることで為された。これだけの無茶なトライアルが予め想定されていることが、この試作機の最大の強みだった。

 

「グ……クウガ……ジョブロ……!」

「………」

 

 ゆっくりと路面を踏みしめるように、マシンから降りるクウガ。対してメビオはかろうじて立っているような状態だった。もはや、趨勢は決したと言っていい。

 しかしメビオはそれを認めない。剥き出しのプライドとともに跳躍、クウガに襲いかかろうとする。だが、満身創痍の彼女の攻撃は、クウガの動体視力をもってすればあまりに緩慢に映った。

 再び、右足が熱を帯びてくる。決着のとき。直感した彼はおもむろに姿勢を低く、下半身に力をこめる。

 

「ギベェェェェッ!!」

「――!」

 

 振り下ろされる爪を、寸前で躱し。直後に着地したメビオが振り向いた瞬間に、クウガは回し蹴りを腹部に打ち込んでいた。

 

「ガ……!?」

「ッ、お、りゃあッ!!」

 

 苦痛に呻くメビオを、そのまま殴り飛ばす。吹き飛ぶその身体に件の紋様が浮かび、放射状のヒビがベルトのバックルに向かって伸びていく。それが、到達した瞬間――

 

「グアァァァァ――ッ!!」

 

 断末魔の絶叫とともに爆発、その胴体、四肢、頭部――何もかもが爆風によって吹き飛ばされていった。

 

「……ッ」

 

 熱風とともに破裂したメビオの破片が身体を掠り、彼は息を呑んだ。あれだけ頑丈な未確認生命体すらも、粉々にしてしまう――まるでオールマイトのようだと思った。破壊力だけなら。自分の何もかもがオールマイトに匹敵すると思えるほど、流石に自惚れてはいない。

 

 気を取り直したクウガは、この場を離れるべくトライチェイサーのもとに向かおうとする。しかし、一瞬の遅れが仇となった。背後から、パトカーのサイレン音が響いてきたのだ。

 数秒もしないうちに現れた複数のパトカーは困惑するクウガの目前で急停車、中から拳銃を構えた刑事たちが姿を現す。

 

「第4号……!おまえがなぜTRCSを!?」

 

 女性刑事が、憎々しげに詰問してくる。当然クウガは口を噤むほかない。

 

「鷹野警部補、どうしますか?我々の任務は5号の――」

「4も5も一緒よ、まずはこいつを排除するわ」

「……!」

 

 再び向けられる拳銃。彼女たちに発砲への躊躇がないことは、昨夜の戦闘で思い知っている。やはり、逃げるしかないのか。そうして"逃走中の未確認生命体"として、扱われ続けるのか。

 

 彼が拳を握りしめたそのとき、

 

「待てッ、撃つな!!」

「!」

 

 炎のような烈しさをにじませる、青年の制止の声。それとともに刑事たちの前に立ち塞がったのは――

 

(かっちゃん!?)

 

「爆心地……!?」

 

 奇しくも驚愕という意味では、対峙する者たちの感情は一致していた。

 

「どういうつもり?そこをどきなさい!」

「それはできねえな」

「ッ、どけ!」

 

 業を煮やした鷹野警部補は、なんと4号を庇う爆心地にまで銃口を向けた。流石にまずいと思った部下の刑事たちが止めようとするが……その必要はなかった。

 

「お待ちを――――ッ!!」

 

 特徴の大声とともに全速力で駆けつけてきたのは……インゲニウムこと、飯田天哉。彼は呆気にとられる勝己の隣に並び立つと、両手を大げさに広げて叫んだ。

 

「警察の皆さん方!第4号への攻撃は、このインゲニウムに免じて中止していただきたい!」

「な……!?」

「クソメガネ、テメェ……」

「爆豪くん、きみがどういうつもりで第4号を庇うのかは知らないが……俺は彼に救けられた身だ!彼が奴らと同じ怪物だなどとは思えない、だから撃たせてはならないと考えている!」

 

 他人を救おうという志を同じくする者に、銃弾を浴びせるわけにはいかない。飯田はやや石頭ではあっても、ものごとを公平に見る目をもつ男だった。

 しかし、どうしようもなく石頭なのもまた事実であり。

 

「だがしかし!」いきなり振り返り、「第4号、ヒーロー登録をしていないきみを正規のヒーローである俺が黙認するわけにはいかない!速やかに警察に出頭して身元を明らかにしたまえ!!」

「へぁ!?」

 

 切島同様にこのまま見逃してくれるものとばかり思っていたクウガは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。一方で勝己は盛大に溜息をついた。こういう男なのだ、この元同級生は。

 

「勇気が出ないか!?気持ちは理解する、実際こうして銃を向けられたりすればな……」

「い、いや、その……」

「よしわかった、俺が付き添ってあげよう!さあ、来たまえ!」

 

 話を勝手に進め、挙げ句の果てにクウガを追いつめていく飯田。これはまずいと思った勝己は、すかさず彼を羽交い締めにした。

 

「!?、な、何をする爆豪くん!放したまえ!!」

「チッ、おいデ……テメェ!5号はぶっ殺したんだな!?」

「アッハイ……」

「だったらとっとと去ねや!どうなっても知らねえぞ!!」

 

 こればかりは反論の余地なしとみた出久は、居合わせた全員に深々とお辞儀をしたあと、トライチェイサーを発進させた。

 

「あっ、待ちなさ――」

「――待ちたまえッ、4号くーーーん!!」

「………」

 

 面倒くせぇのと同僚にされちまった。これからのことを思って、勝己は頭を抱えたくなった。

 

 

 そんな幼なじみの憂鬱を背に受けながら、異形のライダーは地平線の彼方へ去ってゆくのだった――

 

 

 

つづく

 

 

 




桜子「沢渡桜子です。未確認生命体を二体倒した出久くん、これからずっとクウガとしてやってく気みたい。私は戦ってほしくなんかないんだけど……。ていうか、止めてくれるはずだった爆心地はあの子にバイクまであげちゃうし、もう最悪!解読なんかしなきゃよかった……なんて思ってたら、第6号が出現!?だめ出久くん、赤いクウガじゃ6号のジャンプ力には敵わない!そんなとき、ベルトの霊石が青く光って……!?」

EPISODE 5. 沢渡桜子:ブルース

桜子「プルスウルトラなんてしなくていい!ふつうの男の子のままでいて、出久くん……」

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