【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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今回はちょっと短めです。1/4とほぼ連続投稿なのでゆるして


EPISODE 6. 吼えよドラゴン 2/4

 未確認生命体ことグロンギたちは、水族館から移動し、再び廃墟を拠点としていた。どこからか盗んできたのだろう小さなテーブルや椅子を部屋に置き、そこで酒盛りをしている。バラのタトゥの女はひと言もことばを発しないが、筋骨隆々の大男と黒づくめの小男は並んで酒を飲みながらあれこれ雑談している。独特の言語であること、恰好が奇抜すぎることに目を瞑れば、ありふれた若者たちの姿。――彼らが異形の殺人者たちであるとは、とても思えない。

 

 そこに、ライダースーツの男――ズ・バヅー・バが戻ってきた。薄暗がりでもわかる、勝ち誇ったような表情を浮かべている。

 

「ゾセブサギジャダダ?」

 

 大男の問いに、バヅーは右手を掲げてみせた。親指以外をすべて立て、"4"を形作っている。それが"4人"を意味するのでないことは明らかだった。

 

「バギングズゴゴビンバ……」

 

 大男は納得したように頷き、黒づくめのズ・ゴオマ・グは憎々しげに顔をしかめると思いきり酒を煽った。

 同時に、バラのタトゥの女が口を開く。

 

「ザグガド、パパンビヂザ。ルボグゼパバギゾロ、リント」

「フン、バンベギバギ」バヅーが鼻を鳴らす。「ガギダビパ、ゴセパ"メ・バヅー・バ"ザ」

 

 何かを確信したように言い放ち、興奮した様子で自らも酒瓶に手を伸ばすバヅー。バラのタトゥの女が向ける冷たい視線に、彼が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝。まだ太陽の昇りきらない時間帯から登庁した勝己は、同じく既に出勤していた捜査本部の鷹野警部補とともに昨日の戦闘の現場へ向かうことになった。

 その際、こんなことを言われもしたが。

 

上層部(うえ)がどう考えてるか知らないけど、私は4号を認めるつもりはないわ。何か妙な動きを見せれば即刻排除する」

「………」

 

 勝己はあえて喰ってかかったりはしなかった。正体を知らなければ、その意図だってわからない。いまは未確認生命体相手にのみ振るわれている力が、いつ人類に向けられるか恐れるのは当然なのだ。森塚のように寛容な人間が現時点で多数派を占めないのは、組織としてむしろ健全なあり方だと思った。

 

――クウガのことは別にして、いまは捜査本部の同僚として協力して捜査にあたらねばならない。また、第6号が突如逃走を図ったことについて勝己も鷹野も疑念を共有していた。

 

 現場に到着して、車から降りる。つい半日前が嘘のような、穏やかな静寂がそこにはあった。

 

「あなたとインゲニウム相手に意気軒昂だった6号が、突然咳き込んで逃げたって言ってたわね」確認するように、鷹野。

「ええ」肯く勝己。

 

 考え込む鷹野。咳き込んで、という部分に引っかかりを覚えているようだ。確かにそこは、奴が逃亡を選んだ理由として重大なファクターになると勝己も思っている。

 相手は人外の怪であるから一概には言えないが、自分たちに仮託して考えれば、咳き込むのは有害な――たとえば煙草などの――煙を吸ってしまったときなど。だとすると――

 

「あれかもしれないわ」

 

 そう言って鷹野が指差した先、そこには工場の排気筒が存在し、風にまかせて白煙を振りまいていた。

 

 

 

 

 

――城南大学

 

 平日と比較して明らかに閑散としたキャンパスに、沢渡桜子の姿があった。

 

「………」

 

 向かう先は当然、考古学研究室。しかしその足取りは重い。昨夜、勝己が語ったことを咀嚼すれば、出久を死なせたくないなら彼の力になるしかないという結論になる。だが、まだそれを認めたくない自分がどうしようもなくいてしまうのだ。

 古代文字の解読を進めるべきだと頭ではわかっていて、そのためにキャンパスまでやってきた。しかし、実行に移したくない――

 

 逡巡し、遂には立ち止まってしまったそのとき、背後から低い声がかかった。

 

「――沢渡さん?」

「!」

 

 振り返ると、背の高い逆立った紫髪の青年がやや遠慮がちな面持ちでそこに立っている。出久の友人である彼とは、桜子も面識があった。

 

「心操くん……」

「……ども。朝飯、食べました?」

「まだだけど……」

 

 桜子がそう答えると、「ご一緒しませんか」と誘いをかけてきた。彼の個性と同時に人柄も認知している桜子は、素直に応じることにしたのだった。

 

 

 学内のカフェテリアは休業中だったので、ふたりは結局キャンパスすぐそばのチェーン展開しているカフェに移動した。それぞれ適当にコーヒーと軽食を注文し、窓際の席に座る。

 口火を切ったのは、意外にも桜子のほうだった。

 

「今日、どうしたの?日曜日なのに」

 

 研究上必要なら平日も休日も関係ない桜子に対し、学部生の心操に日曜の講義があるはずがないと思った。

 そうした質問が飛んでくることは想定済みだったのか、心操は淀みなく答える。

 

「終日予定もなくて暇なんで、法律科目の復習でもと思って図書館に。警察官採用試験でも必須なんで」

「そう……偉いね」

 

 それは偽らざる本音だった。心操はまだ三年生になったばかりで、試験本番までは一年以上の猶予がある。それをいまから備えておこうという態度は本当に立派だと思った。

 比べて、自分は――

 

「そういう沢渡さんは、研究ですか?この前あんなことがあったばかりなのに、修士って大変なんですね」

「あったから余計よ。それにまあ、好きでやってることだから……でも……」

 

 そこまで言ってはっとした桜子は、心操が訝しむでもなく先を静かに待っていることに気づいた。他人の機微に敏感な彼は最初から桜子の沈んだ様子に気づいて、それで誘いをかけてきたのだろう。

 誰とも共有できない懊悩を、この際彼と共有してしまいたい気持ちはある。だが、当然出久がクウガ、未確認生命体第4号であることを暴露してしまうわけにはいかない。

 

 迷った末、桜子は、

 

「……ねえ心操くん。もし、友達が危ないこと……それでもやらなくちゃならないことをしてたら、どうする?」

「危ないけどやらなくちゃならないこと?……ヒーローとか?」

 

 やはり元ヒーロー志望、冷めているように見えて真っ先に出てくるのはやはりヒーローである。

 

「元々はヒーローじゃないただの民間人なのに、人知れず敵と戦ってるとか……たとえばだけど」

「……わりと特殊な状況っすね。そうだな……」

 

 少し考えこんだあと、

 

「ふつう、止めるんじゃないのかな。だって、いくらすごい個性をもってたとしても、そいつは民間人なわけでしょう。世の中ヒーローだらけなんだから、そいつが危ない目に遭う必要なんかないと思うし」

「そう……よね……」

「――でも、」心操のことばには続きがあった。「それでもそいつが本気でやりたがってるなら、結局認めるしかないと思います。そのうえで、できるだけ助けになってやるしかないんじゃないですか」

「………」

 

 やはり、そうか。心操はヒーローを渇望し挫折した雄英高校の三年間で、多くの悲喜こもごもを経験している。彼にとって挫折は無駄なものではなく、揺らがぬ心の強さという果実をもたらしてくれる大いなる糧だったのだ。

 桜子には、その強さが羨ましかった。

 

「沢渡さんはどうなんですか?」

「私は……――頭では、そうしなきゃってわかってる。でも、だめなの。逃げてるのよ、自分だけ……」

 

 出久は言わずもがなだし、彼の幼なじみである勝己もまた、様々な葛藤を乗り越えて戦っている。皆が、自分にできることを精一杯やり遂げようと努力しているのだ。それなのに、自分だけ逃げたいなんて思っている――

 

 そんな桜子の自己嫌悪に、心操は、

 

「……いいんじゃないかな、そう思ったって」

「え……」

「俺だって、逃げたいと思わないなんて言ってないですし。ただ結局、ふつうに考えて、ふつうにやることやればいいんだって……それだけです」

 

 ふつうに考えて、ふつうにやる――心操にとって、それを基に出しうる結論が"友を支える"なのだろう。

 

 ならば、桜子は、

 

 

「――心操くん、私もう行くね。これ、話聞いてくれたお礼も入ってるから」

 

 そう言って桜子がふたりぶんのコーヒー代を差し出すと、心操はフッと笑ってそれを受け取った。

 

「じゃ、おことばに甘えておきます」

「うん。ありがとっ、心操くんも勉強がんばって!」

 

 慌ただしく走り出す桜子。目的地はただひとつ――考古学研究室だ。

 

 




心操くんが今んとこみのりっちポジションになってて草生えます。登場タイミングからして……

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