【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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"ビラン"と"ヴィラン"……

ややこしいんぢゃあ!


EPISODE 9. 血漑戦線 2/3

 品川区の一角にある倉庫街。運送業者以外出入りする者のないこの地のある倉庫内に、業者とは思えない異装の若者たちの姿があった。

 

「………」

 

 そのうちのひとり――十数色で構成された奇抜なストライプシャツに身を包んだ十代前半の少年。彼は塗装の剥げた古いポータブルラジオにイヤホンを繋ぎつつ、何かをブツブツとつぶやいていた。

 

「バビゾギデギス、ガルメ?」

 

 その背後から、大柄な青年が声をかける。色の濃いサングラスに長い茶髪、網状に素肌を露出させた黒いタンクトップを纏っている。やはり、奇抜な服装だ。

 問われた"ガルメ"と呼ばれた少年は、イヤホンを片方外し、男に差し出した。見よう見まねで耳に差すと、淡々とした女性の声が聞こえてくる。

 

『一連の殺人事件を起こしている未確認生命体について、警視庁は公式に、人間とは異なる未知の生命体であると……』

「……ミ、カ、ク、ニン、セイメイタイ。ゴセダヂン、ボドザダダバ」

「そうだよ」日本語で応じるガルメ。「いまのリントのほうが、よっぽど未確認な姿してる気がするけど。羽生えてたり」

「???」

 

 首を傾げる大男。日本語がよく理解できていないのだ。ガルメは小さく溜息をついた。

 

「バヂス……アンタもいい加減、リントのことば覚えなよ。こうやって情報もとれて面白いのに」

「????」やっぱり伝わっていない。

 

 ガルメがもうひとつ溜息をついていると、倉庫の入口方向から複数の足音が迫ってきた。顔を上げてみれば、ふたりの女の姿。一方はショートカットに男勝りな服装、もう一方は長い黒髪に漆黒のドレスに薔薇のファーと、服装は対照的だが、どちらも別種の美しさ、気高さを醸し出している。その後ろからコバンザメのようにくっついてくる黒づくめの痩身の男など、自動的に意識の外に追いやられてしまうほどには。

 

 ドレスの――バラのタトゥの女が、淡々とした口調でつぶやく。

 

「ザジレスゾ」

 

 そして、もうひとりの女も、

 

「ビランパ、ゾグギダ?」

 

 また質問を受けたガルメは、億劫そうに倉庫の奥めがけて顎をしゃくってみせた。そこにはもうひとり、ウエットスーツの男の姿があって。

 

 彼は素手で生肉を引っ掴んでは、おいしそうに食いちぎっていた。かと思えば、残骸を半ば焦げた角のような物体の前に置いている。

 

「グラギバ……ザイン?」

「――ビラン、」

「!」

 

 呼びかけられて、ビランは初めて彼女らの来訪に気づいたようだった。

 

「バンザゴセパ?」

「リントの真似事だってさ」代わってガルメが答える。「くよう?とか言うらしいよ。意味わかんないけど」

「………」

 

 親しかった者を悼み、死後の冥福を祈る――彼らグロンギにはない文化のようだった。実際、それを実行していたビラン自身も、既に関心をバラのタトゥの女に移してしまっていて。

 

「ゴセン、ダンザバ!?」

「ゴグザ」

 

 ニヤリとゆがんだ笑みを浮かべるビラン。黒づくめの男――ゴオマの差し出すボードのような物体を引ったくると、何やらくねった線を書きはじめた。

 

「バギングバギング、ドググ……バギングドググ、ビンザバ」

「二日で……180人か」

 

 確認するようにつぶやいたバラのタトゥの女が、珠玉がいくつもついた腕輪を差し出した。それを受け取ったビランの姿が歪み――青緑色のぬめった肌をもつ、ピラニアに似た怪人の姿に変身した。その腹部に出現した銀色のバックルに、女は指輪についた爪を突き刺す。一瞬、ビランの顔に不可思議な交流が奔る。

 

 それが収まるや、人間体に戻ったビランは倉庫から去っていった。その際にボードを押しつけられたゴオマは忌々しげに背姿を見送ったあと、バラのタトゥの女に詰め寄っていく。

 

「ゴセパ、ゴセパギヅ!?」

「………」

 

 もはや女は体罰すら与えなかった。彼のことばを無視し、背を向ける。怒りに握り拳を震わせるゴオマだったが、次の瞬間背後に殺気を覚え、振り返る――

 

――そこには、カメレオンに似た怪人が立っていた。

 

「ギャッ!?」

 

 その怪人が伸ばした舌に顔面を叩かれ、ゴオマは剥き出しの鉄柱にしたたかに打ちつけられた。

 

「いい加減黙れよ。お前らにはもう"ゲゲル"の権利はないんだからさぁ」

「グ、アァ……」

 

 自身のバックルを指で叩きながら、カメレオン怪人――メ・ガルメ・レはせせら笑う。

 

「"ズ"から"メ"……時代は移ったんだよ。ふふふふふっ、アハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 ポレポレでのお勤めを終え、午後から講義の入っていた出久は城南大学を訪れていた。少し時間に余裕があるということで、考古学研究室にまで足を運ぶ。

 

「失礼しまーす……」

「あ、いらっしゃい出久くん」

 

 年上の友人・沢渡桜子が笑顔で迎えてくれる。相変わらずというべきか、彼女以外の研究生や教員の姿はない。

 

「今日はバイト、朝から?」

「うん、さっきまでやってきたとこだよ。――あ、それでね、麗日さんからクッキーもらったんだけど……」

 

 包みを差し出すと、桜子は「ありがと」とクールに受け取った。――のだが、お腹がぐう、と音をたてている。

 

「……お昼、もしかしてまだ?」

「お昼どころか日付変わってからなんにも食べてないですー」

「す、スミマセン。お忙しい……んですか?」

「お忙しいですよー。出久くんご所望の古代文字の解読の他に、本業の修士論文……"古代アッシリア文字に関する発生論的考察"も進めないといけないし、二足のわらじ履いてる状態だもん」

「重ね重ねすみません……」

 

 さすがにつらく当たりすぎたと思ったのか、 力なく落とされた出久の肩を、桜子はポンポンと叩いた。

 

「ごめんごめん、私は大丈夫だから。実際に命かけて戦ってる出久くんに比べれば、座ってパソコンいじってるだけだしねっ」

「沢渡さん……ありがとう、本当に……」

「どういたしまして。……とはいえ、解読があまり進んでないのもまた事実なのよねえ」

 

 がくっ。クッキーを貪る桜子を前に、出久は再び肩を落とさざるをえなかった。

 

「まあ、その代わりと言っちゃあれなんだけど……九郎ヶ岳でジャン先生が進めてる発掘のほうは、色々出てきてるみたいよ」

「ああ……アークルと同年代の破片だっけ?」

「そう、かなりの数。それでもまだ全部じゃないみたいなの。中には古代文字らしき紋様が刻まれてるのもあって、解読、正直どこから手をつけようか迷ってるのよ」

「……そっか、」

 

 暗に意見を求められている――そう判断した出久は、口許に手をやってつぶやいた。

 

「個人的には、クウガ自体の能力を優先して調べてもらえると嬉しいかな……」

「どうして?」

「うん、僕の推測でしかないんだけど、もうひとつくらい変身できる形態がありそうな気がするんだ。たとえば空を飛ぶような敵が出てきたりしたら、赤や紫どころか青でも厳しいと思うし。そうだな……飛び道具を使うような形態があるんじゃないかと思うんだよね」

「な、なるほど……」

 

 やはり、伊達にノートをつけていたようなヒーローオタクではない。桜子は内心そう思った。出久は出久なりに、いつも様々な事態を想定、シミュレートしているのだろう。ヒーローより研究者向きじゃないか、と思う今日このごろである。

 

 ともあれ、

 

「わかった、じゃあそういう碑文が出てこないか探ってみる」

「ありがとう!――それじゃ僕、そろそろ行くね」

「うん」

 

 次の講義は心操とともに受ける予定なのだ、急がなければ。

 去ろうとした出久の背中に、再び桜子の声がかかる。

 

「ん、どうしたの?」

「えっと……このクッキー、麗日さんからもらったって言ってたけど……」

「うん。手作りなんだってさ」

「!、そ、そう……。もしかして、ちょっと怒ってなかった?」

「えっ!?な、なんでそれを……」

 

 図星だったようである。桜子は溜息をつきつつ、出久をシッシッと手で追い払った。

 

「……もうよろしい。行きなさい」

「アッハイ……失礼、しました」

 

 おっかなびっくり立ち去る出久を見送りつつ――桜子は肩をすくめた。

 

(ニブいのも考えものよね……出久くんの場合、事情が事情なんだけど)

 

 無個性の彼は、小中高と恋愛どころではなかったことが容易に推測できる。それゆえ奥手になってしまったのだろうことも。

 だがせめて、親しくなった異性の発するサインを自力で察知する能力、そして何よりもう少し自己評価が高ければ。自分たちの関係ももう少し違ったものになっていただろうにと、思わずにはいられない桜子であった。

 

 

 

 

 

 快晴の下の荒川流域は陽光をきらきらと反射して美しかった。白いかもめが飛びかい、その中心にはやはり白い遊覧船が漂っている。

 平和。実に平和な風景。その船上――甲板にて、景色には目もくれず、一心不乱に肉を喰らう男の姿があった。

 噛みちぎる度に血しぶきが跳ね、甲板も男の身体も汚す。そんなもの彼は気にとめない。なぜなら、

 

 刹那、ざばんと音をたて、男は躊躇なく川に飛び込んだ。――どんなに汚れたとて、水中で洗い流してしまえば済む話ということだ。

 

 そうして彼――メ・ビラン・ギの"ゲゲル"開始を祝うオープニングパーティーは幕を閉じた。参加者は皆、主役に全身の肉を食い散らかされ、もの言わぬ骸と化してしまっていた――

 

――から、ほどなくして。

 

 偶然、流域をパトロール中だった水難ヒーローたちが、その異変を発見して遊覧船に乗り込んでいた。

 

「これは……こんなことが……」

 

 まだ若いとはいえ、よく訓練され、現場においても絶望的な状況というものには慣れたはずのヒーロー。そんな彼女ですら思わず呆然としてしまうほど、甲板の上は凄惨たるありさまだった。

 流血の海と、死体の山。言うまでもなく、その"死体"というのは人間たち。その全身にはメ・ビラン・ギの餌とされた痕がくっきり残されており、もはや生存者はいないことがひと目でわかる――わかってしまう。

 

 しかしながら、ひと目見ただけでは彼らを殺した凶器が何かはわからない。彼女は一番近くに崩れ落ちている肉塊の前に屈み込むと、その傷痕をじっくりと観察しはじめた。

 

「ケロ……」

 

 それはまぎれもない驚愕の声だった。

 彼女がそう漏らすのとほぼ時を同じくして、「フロッピー!」とその名を呼ぶ声が、船室内から響く。

 従って下りていくと、内部も甲板にひけをとらない惨状が広がっていた。その奥――操舵室から、同僚の水難ヒーローが手招きしている。床を埋め尽くす死体を避けるようにして、彼女は進んでいった。

 

「どうしたの?」

「この船の監視カメラの映像が残ってた。……とんでもないぞ、こりゃあ」

「……ええ」

 

 よく日焼けした同僚の顔色は心なしか青い。既にある程度察しのついている彼女にとり、その心情は察するに余りあった。

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 確認のことばののち、船室内を映した映像が再生される。右上に表示された時刻表示は数十分前、その時点ではまだ皆生きていて、外ののどかな風景を楽しんでいたことがうかがえる。

 が、ある時点でそれが一変した。ひとりの女性が悲鳴をあげたかと思うと、人々は我先にと一目散に逃げ出していく。何かから。

 その"何か"は人々を追うようにしてすぐに姿を現した。二本の足で床を踏みしめるそのシルエットは、ほぼ人間のもの。でありながらディテールはむしろ魚――ピラニアにそっくりだった。醜く裂けた口には、鋭い牙が見え隠れしている。

 

「この怪人、どう思う?異形型のヴィラン……じゃ、ないよな」

 

 異形型にも彼女自身のように身体の一部が異形であるものもいれば、面構警視長のように獣人と形容すべき容姿のものもいる。……が、それにしてもその姿、そして人々を次々切り裂き、噛み殺す躊躇のなさはあまりに怪物じみていた。

 そういった存在がいまや社会に潜伏していることは、彼女らも承知していた。

 

「――未確認生命体。私はそう思うわ」

「ッ、やっぱりか……。きみ、確か同級生が未確認事件の捜査本部にいるんだったよな?連絡はとれるのか?」

「ケロ、そちらは任せておいてちょうだい。あなたはここをお願い」

「わかった。その子たちが来るまで無理しちゃダメだぞ――"フロッピー"」

「ケロ」

 

 水難ヒーロー・フロッピー。彼女は本名を蛙吹梅雨といった。雄英高校出身の若手ヒーロー――もはや言うまでもなく、勝己や飯田の同級生である。

 

 

 

 

 

 品川区内を、一台のオフロードマシンが走行していた。黄と黒をメインカラーとする目をひくマシンである。目をひく、といえば何より、そのマシンのフロントにはSDのような大きな瞳があしらわれていることか。

 このバイクは、マシンであってマシンでない。れっきとした生命体……もっといえば人間だ。警視庁巡査・森塚駿刑事が、自らの個性"駿速(レーザーターボ)"によって変身した姿なのである。

 

『まさかふたりぶんの男のケツ圧を感じる羽目になるとはねー。仕事とはいえ複雑な気分でありますよ森塚捜査官といたしましては』

 

 車体のどこからともなくそんな声を発する森塚。ともに拠点探索を行う飯田・柴崎を念頭においての発言なのであるが、前者の反応はというと、

 

「?、血圧を測る機能もついてらっしゃるのですか?」

 

 この調子である。その飯田の腰にしっかり手を回している柴崎は、くんくんと鼻を動かすことに夢中で森塚のぼやきなど聞こえていない様子であった。

 

『……ナンテコッタイ』

 

 肩をすくめたくとも、身体の構造が激変してしまっているからそれもできない。ならば走行に集中するほかないかと森塚が思い直した矢先、飯田のスマートフォンが着信を告げた。

 

「!、すみません、少し停車を」

『えぇ?しょうがないなあ……』

 

 マシンがゆっくりと減速し、路肩に停車する。

 

「……蛙吹くん?」

 

 表示された相手の名を、飯田は思わずぽつりとつぶやいていた。かつての同級生。やりとりはそれなりにあるが、相手の都合を慮らずにいきなり電話をかけてくるようなことはない。――それだけの事情があるのだと瞬間的に察知して、彼は電話に出た。

 

「もしもし、飯田です」

『ケロ。お久しぶり、飯田ちゃん』

 

 その少しとぼけたような声色も、学生時代から変わっていない。しかし常よりも緊迫感がにじんでいることに気づかぬほど浅い関係ではなかった。

 

「久しぶりだな、本当に!――いきなりで悪いが、何かあったのかい?」

『ケロ、さすがに察しがいいわね。実は――』事情を明かし、『飯田ちゃん、出動をお願いできないかしら?』

「うむ……そうしたいのは山々だが……」

 

 ちょうどそのとき、背後の柴崎が「ワン!」と吠えた。

 

「捉えました!奴らの匂いだワン!!」

「!、……わかった、蛙吹くん。俺は別命あるから行けないが、とにかく捜査本部には伝えておく。すぐに人員を向かわせてくれるはずだ」

『そう……ありがとう、飯田ちゃん』

「いや、こちらこそ連絡ありがとう。言うまでもないと思うが、くれぐれもひとりで無茶をしないでくれ。――では!」

 

 電話を切るや、森塚が声をかけてくる。

 

『どしたの?』

「同級生の蛙吹くん……フロッピーからの連絡だったのですが、荒川流域に未確認生命体が出現したとのことで」

『……マジかこのタイミングで。僕らの動きが読まれてるみたいでイヤんなるね』

「……ええ」

 

 珍しく森塚の声に感情がにじんでいる。それに同意しつつ、飯田は今度はインカムをオンにした。感情は抑え、いまは目の前の事件に対処していくしかないのだ。

 

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