【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
当初の年越し番外編のお話候補
①原作時空にここのデクが飛ばされる話
②五代くんと共演する話
③ピ…マゼンタの悪魔がやってくる話
④???「平成ライダーなど認めん!!」
なのにどうしてこうなった…。
――某県 九郎ヶ岳遺跡
かつてグロンギたちが眠っていたこの地は厳重に封鎖され、一部の研究者等を除いては立ち入りを禁じられていた。
しかしながら、そこからは既にすべてのグロンギが甦り、現代に解き放たれて久しい。ゆえにもう、何事も起きるはずがない……と、思いきや。
仲間たちに後れること9ヶ月弱――目覚めるはずのなかった"幻のグロンギ"が、突如として覚醒を遂げたのだった。
……だった?
*
大晦日。
言わずと知れた1年の終わりである。年明け――元旦を含めた正月三が日と合わせて、一般企業や官公庁などは休みとなるところが多い。すべてが、と言い切れないのが、日本という国の悲しい性かもしれない。
それはともかく、いかに年末年始と言えども完全休眠状態となるわけにはいかない職種もある。
――たとえば、彼らのような。
「大晦日だな、爆豪くん!」
警視庁内の廊下にて、そんな揚々とした声をあげたのは――ターボヒーロー・インゲニウムこと、飯田天哉。分厚い筋肉をまとった身体をかっちりとしたスーツに包み、すれ違う人ひとりひとりに「おはようございます!!」と元気よく挨拶するその姿は、ヒーローとしてもそうだが警察官としても違和感がなく、模範的である。
一方でその隣を歩く男はというと、同じくスーツ姿ではあるがネクタイも結んでいない着崩した恰好で、目つきも鋭くまっすぐ前を睨みすえている。彼は間違っても警察官になど見えず、どちらかといえば連行されてきたチンピラのようである。ただ彼――爆豪勝己もまた、インゲニウム以上の実力派若手ヒーロー"爆心地"であることは間違いない。
飯田の大晦日コメントに対し、
「わかりきったこと言うなクソメガネ、だからなんだってんだ」
この調子である。
「……常日頃思っていることだが、きみの口汚さは本当に改善されないな」呆れつつも、「まあそれは置いておくとして……きみはお正月、ご実家に帰省するつもりはないのかい?」
「……逆に訊くけどなクソメガネ。ブラコンのテメェも帰んねえのに、俺がそうすると思うんか?」
「ぼ、俺はブラコンではない!ただ兄を尊敬し、かくありたいと背中を追い続けているだけだ!!」
「ブラコンじゃねえか」
そう評しているのは何も、"口汚い"自分ばかりではないのだ。轟焦凍のようなボケボケした奴を除けば、かつてのクラスメイトの大半が勝己に同調することだろう。
「まったく……そんなことを言っていると、またお母様が押し掛けてくるぞ」
「ヤなこと思い出させんなカス」
彼らには大晦日も、正月もありはしない。1年365日、蔓延り続ける悪と戦う、彼らの人生は常在戦場なのである――
*
一方、一度はそんなヒーローになる夢をあきらめながら……グロンギと戦う数奇な運命を自ら選びとった無個性の青年、緑谷出久。
表向きはふつうの学生であるゆえ、彼の日常はそこまで苛酷なものではない。ただ学生ゆえにたっぷりある時間を活かしてトレーニングに充てているおかげで、身体つきは童顔に似合わない程度には引き締まってきている。あわよくば憧れの"平和の象徴"オールマイトのようになりたいと口にしたところ、友人たちが口を揃えて「その童顔でオールマイトの身体はヤバい」と反対してきたのはつい最近のことである。出久だって好きで童顔に生まれたわけではないのだが。
それはともかく。
本日の彼は戦いやトレーニングを一時的なり忘れ、1年最後の日をとことん楽しむ予定だった。戦友であり、何より親友でもある青年とともに。
「心操くん!」
待ち合わせ場所で己の愛車に寄りかかっていた心操人使のもとへ、手を振りながら駆け寄っていく。彼は自分と違って長身で、さらに藤色の髪を逆立てているので、多少の人混みなら簡単に見つけることができる。
若者らしくスマホを弄って時間を潰していた心操は、出久の姿を認めると薄く笑って迎えてくれた。
「おー、緑谷。早かったな」
「いやいや心操くんこそ……お待たせ。朝ごはんもう食べた?」
「実はまだ」
「やっぱり?僕もそうなんだよね」
「じゃあどっかその辺で食ってくか」
「うん!」
久々にプライベートで、ふたりきりで出かけることにした彼ら。クウガとG3――ともに未確認生命体に立ち向かう"仮面ライダー"の称号をもつ者同士であることは、ひとまず忘れようと合意していた。
気の合う友人同士として振る舞うことも、ときには大切なのである――
*
仮面ライダーといえば、彼もそのひとりである。
「ふぁ……」
左右くっきり分かたれた紅白頭をニット帽で隠し、オッドアイと火傷痕をサングラスで誤魔化し、マスクで端正な顔立ちを覆い……完全武装をしている割には、まったく無防備にも程がある欠伸っぷりである。
彼の名は、轟焦凍。かつてのNo.2ヒーロー・エンデヴァーの息子であり、かつてのNo.1ヒーロー・オールマイトの後継者という、稀有な重責をいくつも背負い――そしてまた、それゆえに"仮面ライダー"へと"進化"した青年である。
ただ今日の彼は、そうした重荷をいったん置いてきたかのように浮つきぎみだった。その脳内を占めている単語はただひとつ。
「蕎麦……」
そう、大晦日といえば蕎麦――年越し蕎麦である。
思わず口に出してつぶやいてしまうくらい、焦凍はかの粉の集合体に焦がれていた。冷たい蕎麦は彼の何よりの好物なのだ。
そしてなんと、今年の彼は自ら手打ち蕎麦にチャレンジしようと心に決めていた。同居人のグラントリノこと空彦老人の勧めもあってのことだが、焦凍自身、以前からやってみたい気持ちはあったのだ。実行に移すだけの心の余裕がなかっただけで。
――前置きが長くなったが、彼はそのための買い出しに出ている真っ最中だった。どうせなら素材も自分で直接選びたいなどと、殊勝なこだわりを発揮してみたのである。いかに好物に対してとはいえ、彼がそんな辨えをもっているかはやや疑問ではあるが。
空彦老人によってはじめてのおつかいよろしく送り出され、揚々と街を歩く焦凍だが……どういうわけか、先ほどから眠気が襲ってくる。昨日はやや激しめのトレーニングをしたから、そのせいかもしれないが。
ふぁ、ともうひとつ欠伸をこぼしたそのとき――前方から、群衆の悲鳴が響いた。
「!」
その瞬間、彼の表情は戦士らしく引き締まったものへと早変わりする。彼は仮面ライダーであると同時に、プロヒーロー・ショートでもある。悲鳴の原因たる存在がなんであれ、無視するなどありえない。
走り出す焦凍。しかし現場にたどり着いた彼が目の当たりにしたのは、あまりといえばあまりに予想外の光景だった。
仰向けに倒れ伏す人々……とだけ書けば、惨劇の痕のようだが。実際には彼らは傷ひとつなく生きており、口から何かをはみ出させてうめいているだけだった。
「大丈夫ですか!?――こいつは、一体……」
近くにいた男性の口から、物体Xを引っ張り出す。それはやや黄みがかった赤色をしていて、黒い皮がくっついている。手触りはぬめっとしているが不気味さはなく、むしろ食欲をそそる――
「……これ、鮭か?」
「ん、ゴホゴホッ、うぷっ」
「!、一体何があったんだ?」
男はふくれた腹をさすりながら、かすれた声で答えようとする。そのとき、
「シャーッケッケッケッケ!!」
「!?」
突如として響くふざけた笑い声。と同時に、太陽を背に降り立つ異形のシルエット。魚の骨のような頭部に、鮭の切り身を彷彿とさせるサーモンピンクの四肢。極めつけに、首から胸元まで大量の赤い球体を抱えている。
「オレは超古代より甦ったグロンギのひとり、ベ・サモーン・ギ!突然出てきてナンだが……愚かなるリントどもよ、大晦日にはシャケを食え~!!」
「……なんだおまえ」
"グロンギ"という固有名詞が聞こえなかったわけではないし、特異なビジュアルながら腹部には特徴的なベルトのバックルも確認できる。
が、腑に落ちなかった。死柄木弔によりほとんどが"整理"されたいま、こんな奴が残っていたなんて――
「シャーッケッケッケッケ!!そこのおまえ!」
「!」
「お忍び芸能人みたいに気取ったカッコをしてらっしゃるが、蕎麦の匂いは誤魔化せていないぞ!!蕎麦なんかよりも鮭を食え~!!」
勢い込んで大ジャンプ――なぜか腰を捻っている――したかと思えば、鮭の切り身を投げつけてくるサモーン。そこでようやく焦凍がマスクをしていることに思い至ったのか、しきりに「マスクを取れ~!」と叫んでいる。まあ、従うわけがない。
「ッ!」
咄嗟に"右"を発動し、落ちてきた鮭を生成した氷で呑み込む。焦凍のつくり出す純な半透明の氷山の中に、濃いサーモンピンクの塊がいくつも浮かんでいる光景はシュールのひと言である。
「ああッ、冷凍されてしまった~!!鮮度が落ちてしまう~!!」
「……鮭はおせちでなら食うが、大晦日には食わねえ」
「ふざけるなよッ!!」なぜかキレるサモーン。「正月のみならず大晦日にも食え!主食主菜副菜デザート、ことごとく鮭を食え!!」
「大晦日には蕎麦だ!!――変、……身ッ!!」
跳躍する焦凍。腹部から現れたオルタリングが光を放ち、彼の全身を包み込む。雲ひとつない青空をバックに、黄金・蒼・赤の三色に彩られた超人戦士が登場した。
「シャケッ!?その姿はもしやアギト!?」
「正解、だッ!!」
そのまま急降下し、拳を叩きつける。「トロサーモンッ!?」という悲鳴だかなんだかよくわからないことを叫んだサモーンは、吹っ飛ばされて地面を転がった。同時に、辺り一面に大量のイクラがこぼれ落ちる。
「ああっ、大事なイクラちゃんが……!児童虐待反対!!」
「イクラは児童じゃねえだろ。……つーかおまえ、ずっとふざけてんな。本当にグロンギか?」
「お恥ずかしながら!!」
即答。外見上の特徴も合致しているのは先に述べたとおりだが、それでも焦凍の脳内から疑念が消えないのも無理はない。
「グロンギだってんなら、なんで皆に鮭を食わせる?」
「ハァァァァ~!!?そんなの美味しいからに決まってるに決まってるだろバカチンがァ!!」
イラッときた焦凍――アギトは、ワン・フォー・オール"フルカウル"を発動させてサモーンに再び迫った。ふざけた奴だが、グロンギはグロンギ。血生臭くはないが、生臭い被害を撒き散らそうとしていることには変わりない。ならば、これしかない――
「KILAUEA……SMAAASHッ!!」
「シャケケケケッ!そんなパンチ、オレには効かシャケェッ!!?」
火炎を纏ったパンチが直撃、サモーンは"く"の字になってぶっ飛んだ。「ゴロゴロゴロ~!」と自分で叫んでいる。
「う、ウグググゥ……お見事ォ!!」
「……そりゃどうも」
「だがしかぁ~し!!」跳び跳ねるように起きるサモーン。「その程度の攻撃では、せいぜい生サーモンが炙りサーモンになる程度のダメージしか受けないのだ!!」
「………」
こいつ、常時ふざけている割には硬い――焦凍は少しばかり焦りを覚えた。頑丈さをタテにゴリ押ししてくる敵は厄介だ、その前に決着をつけなければ。
キックの構えをとろうとするアギト。しかし溜めの途中で、サモーンが待ったをかけた。
「次はこっちのターンだ、喰らえッ!!」
「!」
「 氷 頭 な ま す !!」
「は?」
耳慣れない固有名詞に、ぽかんとしてしまうアギト。次の瞬間、周囲の景色が変わった。
「うおっ!?な、なんだこれ……?」
そこはボウルの中だった。足下には鮭が敷き詰められており……そのぬめりで、彼はつるんと転んでしまった。すぐさま態勢を立て直そうとするも、このときを狙って"脅威"は牙を剥いたのだ。
いきなり頭上から降り注ぐ白い粉。それは尋常でなくしょっぱかった。
「し、塩かこれ!?」
と思ったら、今度はややとろみのある液体を浴びせられる。
「ぶはっ!?す、酸っぺえ……ぉえっ」
思わずえずくアギト。彼は酸っぱいものがダメだった。お弁当に入っている梅干しは周りのご飯ごと避けるタイプである。
甚大な(?)ダメージを受けた彼は、気づけばもとの場所に倒れ伏していた。身体に塩や先ほどの液体――お酢のようだ――はかかっていない。どうやら幻覚を見せられていたらしい。
「シャーッケッケッケッケ!!見たか、鮭料理の真髄!!」
「く……っ」
この敵、ふざけているばかりでなく普通とは違う――焦凍はそう強く思い知らされた。グロンギは皆、純粋なパワーと頑丈さの他には対応する動植物のもつ特徴、その殺傷力を強化した能力をもっている――ズ・ゴオマ・グの吸血や、ゴ・ザザル・バの強酸性の体液などがわかりやすい――。少なくともあんなわけのわからない幻覚を見せる能力が鮭にあるだろうか、あるはずがない。
「シャケシャケ、次はどうしてくれよう?ムニエルか、鮭茶漬けか?それともシンプルに焼き鮭か!?うう~ん、悩ましい!」
「ッ、舐めやがって……!」
1週間前、第46号との戦いを思い出す。最初の敗北で重傷を負った自分は、結局リベンジに臨むことができなかった。行くなと懇願する父の手を振り払うことができず……クウガ=緑谷出久が46号を、鷹野藍と森塚駿の警察コンビが47号を倒したと、のちに病室で聞かされて終わり。
これが"平和の象徴"を継ぐ者の現実なのだと思うと悔しいし、みじめでもあった。それなのに、轟炎司の息子であることを選んだことを後悔していない自分もいて――
(俺はもう……負けられねえ……!)
拳に力を込めて、立ち上がる。相対するサモーンはというと、
「ンンン~決めた!シンプル・イズ・ベスト!!ここは焼き鮭を大根おろしとポン酢でいただこう!!」
「テメェ……」"左"が燃え上がる。「焼き鮭になんのはテ「焼き鮭になんのはテメェだ!!」!?」
いきなり罵声が被ったかと思えば、どこからともなく漆黒の影が飛び込んでくる。それはサモーンの頭上をとったかと思えば、
――BOOOOOM!!
発破。直撃。サモーンはまたしても綺麗に吹っ飛んだ。
「あじゃぱッ!?」
「ふん……」
「!、爆豪……」
爆豪勝己――戦友ということばで片付けるにはあまりに深い因縁を結んだ男が、援軍に現れた。
「おいコラ半分野郎ッ、こんなシャケのバケモンに遊ばれてんじゃねえよ!テメェの蕎麦への愛情はその程度か!?」
「お、おぉ……いや、悪ィ」
焦凍はやや戸惑いがちに応じた。振り向きざまに怒鳴りつけてくるのはいつものことだが、なんだか今日の叱咤は方向性がズレているような気がする。それを指摘すると爆ギレされそうだったので黙っていたが。
と、サモーンがそそくさと立ち上がった。
「ヒグマみたいなリントが襲いかかってきた!このままじゃオレが喰われちゃう!?」
「誰がヒグマだゴラァ!!」キレる勝己。
「イヤァアアア、イクラだけは、この子たちだけは……と見せかけてドーン!!」
身体に抱えたイクラを庇うしぐさを見せたかと思えば、そのひとつを毟りとって投げつけてくる。勝己たちの目前で地面にぶつかってバウンドするや、それは弾けて大量の赤い液体を噴出した。
「ッ!」
「爆豪!」
アギトが咄嗟に氷山をつくり出して防壁としたことで、飛散した液体が勝己にかかることは避けられた。
――しかしその向こう側では、既にベ・サモーン・ギはのうのうと逃げおおせているのだった……。