【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

41 / 187
昔書いてた半オリジナル戦隊の設定集を見返してたんですが、デクくんっぽい性格のレッドとかっちゃんっぽい性格のブラックの身長がまるまる一緒でびっくりしました(166cmと172cm)
設定作ったのは4年前なので多分まだ連載始まってない、少なくとも全然ヒロアカのこと知らない時期のはずなんですが…

ちょっと運命的なものを感じましたまる


EPISODE 10. ディープ・アライアンス! 4/4

 面構警視長と塚内警視は、品川区のとある病院の霊安室にいた。

 

「………」

「………」

 

 沈痛な面持ちで見下ろす先には、白布をかけられて眠る警察官の姿があった。顔のそれからはみ出るふさふさとした体毛が、彼も面構と同じ犬頭の異形型だったことを示している。

 

「柴崎……」

 

 彼の生前の呼び名をつぶやく上司の背中を前に、塚内はやりきれない思いに駆られた。面構は猟犬部隊の設立者として、階級の分け隔てなく隊員たちと親しく交わり、信頼関係を築いていたと聞く。若い柴崎も例外ではなかったはずだ。

 沈黙の中で、背後からわずかに光が差し込む。振り返るとほんの少しだけ扉が開かれ、そこから坊ちゃん刈りの童顔刑事が覗きこんでいた。

 

 

 面構をその場に残し、塚内はその若い刑事――森塚とともに場所を移動した。いずれにせよ、霊安室の前で事務的な話はしにくい。

 

「とりあえず現場は鷹野さんとエンデヴァーがまとめてくれてます。鷹野さん、内心じゃ相当堪えてるみたいですけど」

「………」

 

 それは、そうだろう。鷹野には現場の指揮を任せてあった。柴崎を先に警視庁に帰す判断を下したのも彼女だ。無論、それが誤りであったと糾弾するのは結果論でしかない。未確認生命体があの場にいた捜査員やヒーローではなく、わざわざ柴崎を追って手にかけるなどと誰が想定できるだろうか。

 そしていまは、彼女の精神状態のみにかかずらっていることはできない。

 

「"念写"の結果は出たのか?」

 

 この病院には、塚内たちに先んじて"念写"の個性をもつ捜査官が呼ばれていた。柴崎とともに襲われたもうひとりの警官――幸い彼は命に別条なかった――の記憶を読み取り、当時の状況を映像として森塚に見せたのだ。

 

「あとでご覧になると思うんで端折ってお伝えしますけど……ふたりを襲ったのは爬虫類っぽい未確認でした」

「爬虫類?ということは、第8号じゃないのか?」

「はい。柴ちゃ……柴崎巡査の死因も8号被害者とは異なりますし」

「8号以外の未確認生命体が殺人を行ったと……」

 

 そうなると、これまでの仮説が根底から覆ることにもなりかねないが。

 

「しかし、彼のほうは軽傷で済んでいるよな?」

「ええ。映像見た限り、未確認は彼には明らか手加減してました。やっぱり標的は柴崎巡査で、それ以外の殺人は避けたかったんじゃないかと思います」

「そうか……そこは今後の検討課題だな。あと、何か気になった点は?」

 

 訊くと、森塚が人差し指と中指を立てる。無論それはピースサインではなく、

 

「とりあえずふたつですかね。ひとつは未確認がどこから現れたかわからない点。柴崎巡査が車内で匂いに反応、ふたりが車外に出て周囲を確認していたとき、四方どこにも奴の姿はなかった。それが突然、柴崎巡査の目の前に現れた」

「なるほど……もうひとつは?」

「日本語をしゃべっていた点です、それもめちゃくちゃ流暢な」

「!」

 

 B1号――バラのタトゥの女が片言の日本語を口にしたという報告は上がっているし、未確認生命体たちも謎の言語で会話、ないし人間に対して話しかけるそぶりも見せている。だが、性質としては動物に近いと考えられていた彼らの中に、そこまで進歩的な者が存在しているとは。

 しかし価値観の違いが決定的である以上、塚内の胸に去来したのは強い危機感だった。

 

(もしも、奴らが人間社会に完全に溶け込んだら……)

 

 超古代からの長い眠りが醒めて、まだひと月も経過していない。それだけの短期間で完璧に言語を習得できたというなら、数ヶ月、数年と潜伏した個体はどうなるのだろうか。人々の営みに触れて、改心してくれる――そんな楽観的な展望は微塵も抱けなかったし、目の前にいる子供のような外見の部下もまったく同感の表情を浮かべていた。

 

 

 そのころ、面構も霊安室をあとにしようとしていた。柴崎の殉職は、己の感情だけで処理できるものではない。立場ある者として、組織人として、やらねばならない業務がたくさんある。――何より長がいつまでも情に駆られていては、下の者たちに示しがつかない。

 廊下に出ると同時に本部長の顔に戻ろうとしていた面構は、待ち構えていた大柄な青年にいきなり出くわして虚を突かれた。

 

「インゲニウム……なぜここに?」

「森塚刑事に無理を言って、同行させていただきました」

「……そうか」

 

 上司として本当は叱責するべきなのだろうが、まだ本部長に戻りきれていない面構にはそう応じるのが精一杯だった。何より青年の拳は、絶えず震えていて。

 

 刹那、彼が勢いよく頭を下げた。背中が折れてしまいそうなほどに、深々と。

 

「すみませんでした……柴崎さんがこんなことになってしまったのは……自分の、責任です……!」

「……どういうことだ?」

 

 飯田は震える声で打ち明けた。柴崎を先に戻らせるよう進言したのは、他ならぬ自分なのだと。

 

「僕があのとき、あのようなことを言わなければ……。本当に、申し訳ありませんでした……!」

「……インゲニウム、」その肩に手を置きつつ、「それはきみが気に病むことじゃない。無論、鷹野警部補もな。ふつうに考えて、非戦闘員である柴崎を先に戻らせるのは当然の判断だワン。……もっと言うなら、私と塚内管理官のミスだな。アジトを発見した時点で柴崎を戻すよう事前に決定しておくべきだった。それなら未確認生命体に追いつかれることもなかっただろう」

「ですが……!」

「――天哉くん」

 

 なおも言い募ろうとした飯田だったが、唐突に本名を口にされたことで口を噤まざるをえなくなった。そう呼ばれるのは、久しく五年ぶりのことだった。

 

「……柴崎は、同郷の出身でな。先輩である私に憧れたとかで、自ら猟犬部隊を志願して部下になってくれたやつだった。人柄は良いし、能力もある……本当は適切じゃないんだが、正直特別に目をかけていた部分もあったんだワン」

「………」

 

 その気持ちはよくわかった。たった数時間の関係、ほとんど事務的な会話しかしていないが……それでも柴崎の人柄を微笑ましく、快く思ったのだ――飯田も。

 

「そういう未来ある若者に先に逝かれるほど、やりきれないことはないワン。……私に線香くらいあげてくれよ、きみは」

 

 何かをこらえたような微笑みを浮かべてそう言うと、面構は歩き出した。遠ざかる背中に……飯田はもう一度、深々と礼をした。

 

 

 

 

 

 その頃、爆心地とフロッピー、そしてクウガによる共同作戦が開始されていた。

 夕焼けに照らされた荒川の流れを、爆心地こと爆豪勝己の乗るモーターボートが航行している。尾部には人工血液のタンクが設置され、水中に向かってそれらを流し込んでいた。仮説が正しければ、かの未確認生命体は数滴の血を嗅ぎつける。必ずこの船を見つけ出し、襲いかかってくるだろう。

 

(とっとと喰いついてこいや、ピラニア野郎)

 

 一方、青のクウガは川に沿った道路をトライチェイサーで並走している。後部に、フロッピーこと蛙吹梅雨を同乗させて。

 いまは作戦中だ、余計な会話は緊張感を削ぐことになるからすべきでない――そう考えていた出久だったが、未だターゲットの現れる気配がないことから、どうしても言っておきたかったことを口にした。

 

「フロッピー……その、素人の僕がこんなこと言うのもどうかと思うんだけど……」

「ケロ、何かしら?」

「無理は、しないでほしいんだ。率直に言って、僕を盾に使うくらいの気持ちでいてもらって構わない」

 

 クウガの肉体なら、ビランの攻撃を受けても致命傷にはならない。最も装甲の薄いドラゴンフォームであっても。

 蛙吹はそうではない。いくらヒーローで水中適性のある異形型といっても、身体の耐久力は常人のそれでしかないのだ。ビランの牙に噛みつかれたら、ひとたまりもない――

 

 だから彼の念押しは合理的であるように思えた。しかしながら、

 

(……こういうところ、なのかしらね)

 

 並走するモーターボートをちら、と横目で見ながら、蛙吹は異形の戦士に応答する。

 

「ありがとう。でも、水中戦の経験は私のほうが上よ。足は引っ張らないから安心してちょうだい」

「!、あ、足引っ張るだなんてそんな……そんなつもりは……」

「ケロ、わかってるわ。――きっちりサポートしてみせるから安心してちょうだい。この言い方ならいいかしら?」

「う、うん……こちらこそ、足引っ張らないようガンバリマス……」

 

 しゅん、としなだれる背中は、緑谷出久としてはともかくクウガのそれだと違和感が大きい。変身後の姿に関係なく、彼の性根はなんら変わらない証左なのだろうが。

 が、それもわずかの間のことだった。急にはっと声をあげたかと思うと、彼はトライチェイサーを急停車させたのだ。

 

「ケロッ!?……どうしたの?」

「あいつだ……近くにいる!」

「わかるの?」

「ベルトが教えてくれるんだ、間違いない!」

 

 その確信のこもった言動を、信用するほかないと思った。

 

「なら、行きましょう」

「うん!」

 

 

 彼の直感は間違いなく正しかった。彼らが潜水用意を開始してからほどなくして、勝己の操縦するモーターボートが不自然な揺れに襲われたのだ。

 

「ッ!」

 

 転覆せぬよう懸命に姿勢制御をしつつ、勝己は確信していた。何かに取りつかれた。その"何か"がターゲットであることは、間違いない――

 直後、ざばあと音をたて、ターゲット――メ・ビラン・ギが姿を現した。

 

「エモノ、ダァ……!」

「!」日本語に面食らいつつも、「獲物はテメェだピラニア野郎!!」

 

 飛びかかってくるビランの攻撃を躱し、

 

閃光弾(スタン・グレネード)ッ!!」

 

 掌からの爆裂は強烈な閃光を放つ。目の前のヒーローについてなんら情報をもたないビランにとって、それは完全な不意打ちだった。

 

「グゥアッ!?」

 

 目を一時的につぶされたビランはうめき声をあげ、よろけながらも闇雲にカッターを振るう。勝己は咄嗟に腕を引いたものの、カッターの先端が二の腕に掠り、白皙から赤い液体が噴き出した。

 

「……ッ」

 

 鋭い痛みが駆け上る。しかしその程度のことは、むしろ彼の戦意を昂ぶらせる材料にしかならない。

 

「ウッゼェな……消えろやピラニア野郎ッ!!」

 

 勝己は本気で、それこそこの場で殺すつもりで次の爆破を放った。視力の回復しきっていないビランはまともにその一撃を浴び、吹っ飛ばされて船から落下した。

 

「チッ……仕留め損ねた」

 

 無論、ビランを仕留めるところまでは彼の任務ではない。舌打ちしつつも操縦桿を握り、勝己は最大速度でその場から離脱した。

 

 

 水中に落下したビランは、この場を離れていくモーターボートをなおも追おうとしていた。ただの獲物を超えて、爆豪勝己個人への執着はいまの一部始終で激しくなった。リントごときが、よくも――

 

 そうして頭に血が上っていたこと、モーターボートのエンジン音に聴覚が占められていたことから、ビランは本当の脅威の接近に気づくことができなかった。

 

「!?、グギャアァッ!!?」

 

 即座に、気づかされる羽目になった。背中に着弾した魚雷によって。

 

「ラダ、ボセバ……!」

 

 振り返ったビランの前に現れたのは、潜水用バックパック――"潜れるくん・試作品バージョン"を装備した青の戦士。

 

「クウガァ……!」

「………」

 

 こちらを睨みつける青い複眼。見慣れないものを背負ってはいても、それを見分けられぬはずがなかった。

 怒れるビランは、彼に標的を変えた。全速力で襲いかかろうと向かっていく。クウガは逃げもしなければ、積極的に応戦もしない。もうひとりの伏兵の姿を、ターゲット越しに捉えていたから。

 "彼女"がやはり潜れるくんから魚雷を発射する。流石にその音にはビランも気づいた。しかし振り返ったときにはもう遅い。身体ごとそうしたことで、今度は胸のど真ん中で魚雷が爆発した。

 

「ガアァッ!?」

 

 そこにはヒーロー・フロッピーこと蛙吹梅雨の姿があった。クウガとフロッピー――ふたりの連携によって、ビランは挟み撃ちにされたのだ。

 

「グ、グウゥ……ッ」

 

 彼はさすがに冷静さを取り戻した。これ以上の魚雷を喰らいたくはない。しかし記憶によれば、あれは避けても追ってくる。ならば、その発射口をつぶすしかない――

 

「グガアァァァァッ!!」

「!」

 

 ビランはそのまま蛙吹に向かって突撃した。装備品は立派でも、彼女はしょせん生身の人間。己が牙やカッターが直撃すれば、ひとたまりもない。

 

(行かせるか!)

 

 そんなことを、彼が許すわけがない。リミッターの外れたエンジンを駆動させ、一気にビランとの距離を詰める。彼が再びこちらに向くより早く接触を遂げると、思いきり羽交い締めにした。

 

「ガァッ、ザバゲェ!!」

「……ッ!」

 

 ドラゴンフォームのパワーでは、そう長くはもたず振り払われる。そうなる前に、さらに。

 

(フロッピー!)

 

 蛙吹と視線が交錯する。感情の表れない瞳で、それでも訴えかける。

 青年の想いを、彼女は感じとった。ビランのボディをロックオン、そして――

 

――ありったけの魚雷を、発射した。

 

 それとほぼ同時にビランはクウガを振り払うことに成功したが、発射を許した時点でもはや手遅れ。

 

「ガッ、グァ、グワアァァァァ!?」

 

 逃げ出そうとしたところに全身に鋼鉄のシャワーを浴び、ビランは悶えに悶える。爆発によって焼け焦げる皮膚の回復が追いつかない。

 だが、蛙吹の攻撃もここまで。いまので魚雷は撃ち尽くした。あとは――

 

(これで……終わりだっ!!)

 

 至近距離を保つクウガが、彼女のそれよりさらに高威力の魚雷を発射した。次の瞬間、水面に激しい飛沫が上がる。

 

 

「ガァ……グ、ウゥ……ッ」

 

 それでもまだ、かろうじてビランには息があった。河川敷に上がり、コンクリートの地面を這いずる。だが、

 

「グッ、グゼグ……ゴセン、グゼグ……!」

 

 魚雷の集中攻撃は、常人より遥かに堅牢なグロンギの肉体すら破壊するものだった。ビランの右肘から先、あの鋭いカッターの生えた右腕が……なくなっていた。

 想像を絶する痛みと精神的ショックに、ビランは這う這うの体で逃走を図ろうとする。しかし次の瞬間、青い残像がその頭上を飛び越した。

 

「逃がさない……おまえは、ここで倒す!」

 

 バックパックをパージしたクウガが、勇ましく叫ぶ。――右腕がちぎれ、苦痛にうめくビランの姿を哀れに思わないといえば嘘になる。しかしここでそんな気持ちに流されれば、対価はもっと多くの人々の命かもしれない。傷つき苦しんでいようが……倒すべき、敵は敵。

 

「グウゥ……ボソ、グ……ボソグゥゥゥ!!」

「!」

 

 何よりビランは、満身創痍でなおクウガを殺そうと向かってくる。残った隻腕のカッターを振りかぶる。が、ドラゴンフォームのスピードをもってすれば、それを躱すのは容易い。クウガは瞬時に跳躍、一旦ビランと距離をとると、偶然そこに落ちていた木の枝を見逃さず拾い上げた。

 クウガのモーフィングパワーが作用し、枝はたちまち変化――ドラゴンロッドとなった。

 

「とどめだッ、――うおおおおおッ!!」

「!」

 

 ロッドを勢いよく回転させたあと、再び高く跳躍――

 

――上空三〇メートルからの急降下とともに、ロッドの先端を勢いよく突き出した。

 

「ガ……ッ!?」

 

 胸にその直撃を受け、ビランの身体が一瞬硬直する。そのまま強く押し出すと、怪物はその場にがくんと膝をついた。胸には、"封印"を意味する古代文字――

 

「ギ、ジャザ……ゴセ、ゲゲルゾ……」

「………」

「ボソグ、ロドド……ボソ……――グワアァァァァァッ!?」

 

 古代文字から走るヒビが、遂にバックルに到達。これまでのグロンギと同じように、ビランの身体は大爆発を起こした。全身の破片があちこちに飛び散っていく。

 

「……、ふう――ッ」

 

 勝利を悟った戦士は、大きく息をついた。犠牲になった71人を忘れてはならないけれども、それ以上は防げた。――"何もできない無個性のデク"のままだったら失われたかもしれない誰かの笑顔を、守ることができたのだ。

 

(クウガになって……よかった)

 

 このときは、心からそう思った。

 

 

 

 

 

 三人が再び合流したときには、既に夕陽も西の地平線へと沈んだあとだった。

 

「お見事だったわ、緑谷ちゃん。犠牲をあれ以上出さずに済んだのは、間違いなくあなたのおかげよ」

 

 幼なじみの同級生だった女性ヒーローの賞賛を受けて、出久は顔を赤らめる。

 

「い、いやそんなこと……。あすっ…つ、梅雨ちゃんとかっちゃんががんばってくれたおかげだよ。僕ひとりじゃ、きっとあいつには勝てなかった」

 

 「ありがとう、本当に」――その微笑には、かつてヒーローに憧れていた少年の面影が色濃く残っていて。何かひとつが違っていれば、この笑顔をもっと早く見られたのかもしれない。ふと、そう思った。

 

 と、少し離れた場所で電話を受けていた勝己が戻ってきた。その表情は、街灯を背にしているために暗く、よく窺えない。

 

「あ、電話、なんだったの?」

「………」一瞬、躊躇いのような沈黙のあと、「こっちの状況を報告した。飯田たちが来るから、テメェはもう帰れ」

「そっか……うん、わかったよ」

 

 飯田はじめ捜査本部の面々はクウガに対して好意的になりつつはあるが、それでも公的な認識としては未確認生命体第4号――緑谷出久という正体を明かすには、まだ時期尚早だと思った。

 

「じゃあ僕、行くね」

「ええ」

「本当にありがとう、あすっ……梅雨ちゃん。僕も精一杯がんばるから、梅雨ちゃんも……いやそんな言い方おこがましいか、なんて言えばいいんだろうか、う~ん……」

「ケロ、その言い方で大丈夫よ」

「そ、そっか。じゃあ今度こそ……またいつか!」

「ええ、またね」

 

 暇を告げた出久は、その童顔をヘルメットで覆い隠すと、漆黒のトライチェイサーを駆って去っていった。

 

「………」

 

 残されるふたり。途端に下りた沈黙の帳を破ったのは、蛙吹だった。

 

「さっきの電話、本当にこっちの状況を報告しただけ?」

「……何が言いてえ」

 

 その言い方の時点で、誤魔化せるとは思っていないのだろう。

 

「ケロ、無理に聞き出すつもりはないわ。機密ということもあるでしょうし」

 

 いくら三年間苦楽をともにした絆があっても、話せないことはある。これからどんどん増えていく。それが大人になるということなのだから。

 しかし勝己は、いたずらにその範囲を広げるつもりはなかった。

 

「……詳しい経緯は省くが、こっちの捜査員がひとりやられた。8号とは別の未確認に」

「!、……そう、だったの」

 

 蛙吹はそれ以上何も言えなかった。人が死んだという事実に、どんなことばも虚飾にしかならない。

 

 同時に、ひとつ疑問が湧く。

 

「緑谷ちゃんには、どうして伝えなかったの?」

「………」小さく溜息をついてから、「……あいつにはかかわりのねえ案件だ、あっちのことは。伝えてどうこうなるもんでもねえだろうが」

 

 確かに、そのとおりだ。でも蛙吹は、それだけだとは思わなかった。

 

「爆豪ちゃん……あなた、」

「……ンだよ」

「切島ちゃんの性格、少しうつったんじゃないかしら?長く一緒にいすぎて」

「は?」

 

 しばらく呆気にとられたような表情を浮かべていた勝己だったが、今度は盛大に溜息をついた。

 

「バカ言ってんじゃねえぞ」

「ふふ。――ケロ、そろそろ私も戻るわ。同僚がうずうずしてるようだし。またね、爆豪ちゃん。飯田ちゃんによろしく」

「……あぁ」

 

 なんの未練もないかのように、くるりと踵を返して去っていく。

 

「またな、梅雨……ちゃん」

「!」

 

 蛙吹が振り返ったときにはもう、彼もこちらに背を向けていた。お互いにそれ以上、ことばはいらなかった。

 

 

つづく

 




塚内「未確認生命体関連事件合同捜査本部、管理官の塚内直正です。あいつらに殺された被害者は今回までで211人。こんな事件、一刻も早く解決しなきゃならない――俺たち警察官はそうやって前を向き続けるしかないんだよな。でも、遺族は?大切な人を理不尽に奪われた怒りや哀しみ、憎しみ……それをどこに、誰に、何に向ければいいんだろう?」

EPISODE 11. 少女M

塚内「プルス・ウルトラ!……なんて、歳とると簡単に言えなくなるもんさ。それを笑顔で言えちまうのが、ヒーローってやつなんだろうな……」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。