【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
水曜は通常通りアップします
文京区は住宅街の一角にある喫茶店・ポレポレ。スワヒリ語で"ゆっくり行こう"を意味する名に違わず、ランチタイムを過ぎた店内にはのんびりとした時間が過ぎていた。
「ハァ……」
カウンター席に座ってマスターの淹れたハーブティーを飲みながら、店員の麗日お茶子――本業はヒーローである――は深い溜息をついた。忙しさが去ったゆえの安堵……だけでないことは、濃い物憂げないろから明らかで。
それを聞き咎めたマスター――緑谷出久からはおやっさんと呼ばれている――は、「なんだよぉ」と唇を尖らせた。
「お茶子ちゃんねえ……溜息なんかついてると、男が逃げちゃうよ?」
「それ初耳です、"幸せが~"ならよく聞きますけど……。ってか、因果関係が逆なんですよもー……」
「わかってるよ、出久だろ?あいつも最近忙しいみたいだからねぇ」
お茶子は最近、この店での同僚となった出久とあまり顔を合わせていなかった。お茶子自身はまだ謹慎が解けていないこともあってほぼ毎日フルタイムで働いているのだが、出久はずいぶん忙しいらしく週一,二回、それも忙しい時間に顔を出すくらいである。ゆっくり話をするゆとりもない。
「ハァ……」
「セカンド溜息……。お茶子ちゃんさぁ、出久のこと、そんなに好きなの?」
「ブッ!!」
おやっさんとしては何気なく訊いたつもりだったのに、お茶子は口に含んだハーブティーを勢いよく噴出した。
「いや……昭和か!」
「あっ、す、すみま、ってか、だってそんな……好き、なんて……」
「好きじゃないの?」
「いや、その……わかんないけどっ、とにかく仲良くなりたいんですっ!デクくんのこと、もっと知りたいっていうか……」
「……ほほう」
この娘はなんと純情なんだろう、と、父親ほどの年齢のマスターは内心微笑ましく思った。出久もそうだが、恋愛に限らず他人との関係において擦れたところがない。ふたりともそれぞれつらい思いや苦労を重ねてきているにもかかわらず。
汚れてしまったカウンターテーブルを布巾で拭きながら、おやっさんは人生の先輩としてアドバイスをすることにした。
「ま、恋愛ってのはね、受け身でいすぎてもダメなわけですよ。オとしたい相手がいるならこまめに連絡したりいっしょに遊んだり、そうやってお互い遠慮のない関係築いていかナイトキャップ!」
「だ、だから恋愛ってわけでは……それに、デクくん忙しいのに、誘ったら迷惑になるかもしれへんし……」
「大丈夫だって!あいつが何してるのかは知らないよ?知らないけどさあ、女の子の誘い迷惑がるような野暮なヤツじゃないって!」
「そやけど……桜子さんって人ともしおつきあいしてるんなら……」
「いや、その心配はない!あのふたりはいいお友達、おやっさんが保証する!」
「うぅ~……」
もっとも、出久に積極性があれば、お茶子の言ったとおりの関係になっていたかもしれないが――ふたりを知る彼は密かにそう思ったが、内心にとどめた。
そして最後のひと押しをすべく、懐から二枚のチケットを取り出す。
「あっ忘れてた。出久が観たがってたヒーロー映画がいま公開中なんだけど……ちょうど割引券が二枚あってなあこのとーり」
「!」
「おやっさんもこう見えて忙しいし、これ有効活用してくれる若者がいると嬉しいなあ……なーんつって」
「百二〇パーあいつも喜ぶぞ」とか言いながら、割引券をテーブルに置く。お茶子はやや躊躇いながらも……押しいただくようにして、それを受け取った。
「あ、ありがとうマスター……!マスターはやっぱり最高のおやっさんやわぁ!!」
「ハッハッハッハ、尊敬しなさい崇め奉りなさい」
「いやそこまではせえへんけど……そうと決まったら早速、デクくんに声かけてみる!」
いそいそとスマートフォンを取り出すお茶子に目を細めながら……おやっさんは、ぽつりとひと言。
「おやっさんの春はいつ来るのかねえ……?」
*
お茶子が想いを寄せる緑谷出久はというと、別の少女のことで頭をいっぱいにしながらトライチェイサーを走らせていた。そこに浮ついた気持ちは微塵もない。バイザーから覗く童顔は、険しく顰められている。
(実加さん……一体どこに……)
正直なところ、手がかりはまったくないに等しかった。ほとんど啖呵を切るように飛び出してきてしまった以上、見つけられませんでしたでは勝己に嘲われても仕方がない。それでも実加が保護されれば自分ひとりが情けないで済むが、万が一のことがあったら――
「……ッ」
やっぱり、独力で捜索なんて無理がある。少女の行き先の手がかりをもっているとしたら……まだ研究室にいるであろう、彼女の母親か。
少し考えた出久は、マシンを路肩に停車させた。母親――夏目倫子とともにいるであろう桜子に連絡をとるつもりだった。
懐からスマートフォンを取り出した出久は、まず麗日お茶子からのメッセージを目にすることになった。
「麗日さん……え、映画?ふたりで!?うわぁ、マジかこれ……マジなのか!?いやいやいやぁ……」
思わぬ誘いにテンパる緑谷青年だったが、すぐにぶんぶんと首を振った。いまはそれどころではない。
「ごめん麗日さん、いったん保留ということで……えっと……」
申し訳ない気持ちを抑えて未読のままにしておくと、出久は改めて電話をタップしようとしたのだが、
「!、かっちゃん……?」
爆豪勝己の名前から送られたショートメール。先ほどあんな別れ方をしたばかりで、どうしたというのだろう。まさか謝罪の気持ちをしたためたわけではなかろうが。
怪訝な思いでそれを開いた出久は、予想外の内容に目を見開く羽目になった。
*
爆豪勝己は関東医大を出たあと、科警研に直行した。あらかじめ連絡しておいたおかげで、到着するなり旧知の発目明が出迎えてくれた。
「14号を追跡する手段、でしたっけ?」
発目の復唱にうなずきつつ、
「一度は奴の螺旋移動を見抜いて捕捉できたが、そうなると動きを変えてくるかもしれねえからな。奴らも馬鹿じゃない」
「ええ、ええ、わかりますとも。事前にご連絡いただきましたから、大急ぎで用意しておきましたよ~せっかちな爆豪さんのために!」
「せっかちは余計だクソが」
毒づきつつ、発目の研究室に入る。相変わらずの悪の科学者テイストの空間を抜けると、散らかった彼女の机に大きな受信機のようなものが置かれているのが目に入った。
「こいつか?」
「はい!逃げた第3号が飛行に際して出す超音波が偶然気象台にキャッチされていたことをヒントに、こちらで作ったものだそうです!私のベイビーちゃんではないので性能は保証できかねますが」
「テメェほんと正直だな……。まあ奴の移動速度を考えりゃ、大体の行き先が掴めるくらいでもいい。とにかく、これは借りとく」
メ・バヂス・バも飛行の際に翅の振動から超音波を発生させていた、緑になったときにそれを聞き取ったと出久が言っていた。現状行方知れずになっているが、いつまた行動を開始するかわからない。急がねば――
と、不意に電話が鳴った。当然相手を確認した勝己だったが……刹那、容赦なく拒否を選んだ。
「おや、出なくてよろしいんですか?」
「いい、迷惑電話だ」
フン、と鼻を鳴らしつつ。発目の声援を背に、勝己は科警研を辞したのだった。
*
夏目実加は既に、出久の独力では発見できない場所にいた。――千葉県富津市にある、佐貫町駅。その駅舎を出てすぐのバス停に、少女は佇んでいた。
その表情に浮かび出た心の傷痕は、わずかも癒えていない。時間が癒してくれるというが、ある日突然父を奪われた哀しみが、一ヶ月弱程度で癒されるはずがない。それに何より、彼女の負った傷は哀しみによるものだけではなく。
桜貝のミサンガをぎゅっと握りしめながら、彼女はやってきたバスに乗り込んだ。
五代と違って出久がポレポレを生活拠点にしてないので、うかうかしてるとポレポレのシーンがなくなる=麗日さんの出番がなくなるという罠
原作に比べて唐突な感もありますが、おやっさんに出茶を促成栽培してもらうことにしました。カップル成立なるかは神の味噌汁