【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
城南大学考古学研究室は、数時間にわたり重苦しい雰囲気に包まれていた。娘の安否を気遣いながら、入れ違いになることを恐れて身動きのとれない夏目倫子。そんな彼女に、娘の出奔の原因をつくってしまった外国人講師がおずおずとコーヒーを差し出す。
「ゴメンナサイ……ボクがはしゃいだばっかりに……」
「いえ……」
倫子は怒っていなかった。ジャンの態度は確かに場にそぐわぬものだが、彼に悪意はないことは疑いなかった。豊かな知的好奇心を刺激するものに出会うと、空気を読むどころではなくなる――同じ学者であった夫にも、そういうところがあった。それを知っていたし、愛してもいた。だから許容することができた。幼い実加は、そうではなかったけれど。
「大丈夫ですよ」
学者の卵である桜子が、きっぱりと断言する。
「出久くんから――ほら、」
桜子が見せたスマートフォンの画面には、出久からついいましがた送られてきたメッセージが映し出されていた。実加は必ず連れ帰る、だから安心してほしいという旨が、愛用のオールマイトのスタンプとともに。
「出久くん、絶対に裏切らない子だから。だから、大丈夫」
三つ年下の青年への絶対的な信頼を口にしながら、桜子はパソコンへ向かった。戦えない自分にもできることがある。出久のために、出久が願うみんなの笑顔のために、いまはそれをしよう――
*
実加を捜す出久が湾岸道路を疾走する一方、勝己もまた第14号――メ・バヂス・バを追って覆面パトカーを走らせていた。車内には科警研で受け取った超音波探知機が取りつけられ、ナビに発生源の位置情報が表示されるしくみとなっている。
「………」
先ほどから時折反応が現れては消えている。まだ距離があるせいか、捕捉しきれていないようだ。だが勝己には次の犯行現場に心当たりがあった。
同時刻。勝己のいる地点から一キロほど先にあるショッピングモールに、家族連れの姿があった。無論ゴールデンウィークである、家族連れなんて星の数ほどいる。若い夫婦に幼いひとり息子、買い物袋や玩具の箱を抱えながら楽しそうに話す姿は、微笑ましくはあるがありふれたもの。
――にもかかわらず彼らを取り上げたのは、彼らの頭上およそ二千メートル離れた空の上に、その命を奪い去ろうと企む死神が息をひそめていたからだ。
死神は蜂のタトゥが入った右手を眼下へ向けている。手首から生え出づる長大な毒針が、いまにも発射されようとしている――
そんなことにも気づかず駐車場を歩いていた家族の眼前に、サイレンを鳴らしながら一台の覆面パトカーが走り込んできた。
何事かと身構える三人。しかし運転席から飛び降りてきた青年の姿を認めた途端、男の子が嬉しそうな声をあげた。
「あっ、爆心地だ!」
爆心地――爆豪勝己。彼は焦燥に駆られていた。外に出ているのは現状この家族だけ。バヂスはこの上空にいる。彼らの命が、危ない――!
「ッ、伏せろっ!!」
叫ぶとともに、勝己は彼らの頭上目がけて籠手を構えていた。ぎょっとした両親が子を守るように地面に伏せる。それと同時に、勢いよくニトロの汗を起爆させ、
落下する毒針もろとも、爆炎が空気を灼いた。
「……ッ」
三人はぶるぶると震えている。突如理不尽に襲ってきた恐怖。しかしそれを示すことができているのは、生きている証拠だ。内心ほっと胸を撫でおろしつつ、表向き強い口調で問いかける。
「怪我は!?」
「あ、ありませんけど……」父親がキッと顔を上げ、「な、なんなんですかこれは一体!?」
睨みつけられ、詰問される。目の前に脅威が迫っていたことに気づきすらしていないのだから仕方がない。
だが、この騒ぎを聞きつけて人が集まりはじめている。どう誤解されようが構わない勝己だったが、まだバヂスが上空にいるかもしれない状況下で、人々を危険に晒すわけにはいかなかった。
「この上空に未確認生命体第14号がいるっ!!屋内に避難しろ!!」
「!」
爆心地が未確認生命体事件捜査本部の一員であると認知されていることも手伝い、それを聞いた人々は一目散にモール内に走り込んでいく。残された親子を助け起こし、
「あんたらも早く行け」
「あっ、は、はいぃっ!」
袋や玩具の箱を放り出し、彼らも逃げ去っていく。唯一その場に残った勝己は、上空を鋭く睨みつけた。しかしそこにあるのは美しい青と白のコントラストばかりで、蜂に似た異物の存在は豆粒ほども知覚できない。
「っ、クソが……」
毒づきつつ、勝己は考える。奴の殺人行為はきっかり十五分おき。クウガとの戦闘でいっさい毒針を使おうとしなかったことから考えても、連射がきかず、装填にそれくらいかかるのだろう。――となれば既に頭上にはおらず、移動を開始している可能性が高い。
こちらから攻撃はできないにしても、逃がしてたまるか。生来の負けん気の強さで、勝己は再び車に乗り込み、バヂスの追跡を開始した。
一方、勝己の想像どおりその場から即座に移動を開始したバヂスは、早くも次なる標的を発見していた。
「クウガァ……!」
眼下の湾岸道路をバイクでひた走る、クウガ――緑谷出久の姿。ただ古代からの因縁があるにとどまらない、いまとなっては特別な獲物だった。
「ギビビビバギンググシギザ……」
舌舐めずりしつつ、右手を確認する。先ほど発射したばかりの針は当然まだ生成されていない。こんなことなら、あそこで撃たなければよかったと思いつつ、
「ザグガド……グボギンギボヂザバ……」
邪悪なつぶやきとともに、彼は出久を追って動き出した。
*
彷徨を続けてきた夏目実加は、富津の海岸にたどり着いていた。寄せては引くコバルトの波の音だけが響き続けるなか、彼女は、ひとりたたずむ。
――実加!
不意に、懐かしい呼び声が耳に飛び込んでくる。反射的に振り向いた実加が目にしたのは、白昼夢のような温かい、日だまりの記憶。
亡き父が、手招きをしている。幼い自分が、嬉しそうに駆け寄っていく。
――ほら、見てごらん。こんなにかわいくてきれいな貝殻もあるよ。
――昔の人はね、こういうきれいな貝を首飾りにしたんだよ。
優しく慈しむような声で、父が教えてくれる。それを聞いて嬉しそうに貝殻を眺める幼き日の自分にオーバーラップするように、実加は自身の身につけたミサンガを見下ろした。
「人がひとり死ぬなんて……どうでもいいことかな……?」
未確認生命体に殺された人々の、たった数百分の一。特別なのは、ただ最初の犠牲者であったということだけ。頭では、それがわかっている。爆心地を始めとする捜査本部の人々がこれ以上の犠牲を出さないために心を砕いていて、後ろを振り返ってなどいられないことも。
でも、やっぱり――
ふと、父のまぼろしと視線が交錯する。あっと思った実加だったが、彼の表情は翳ってよく見えない。
辛抱ならなくなった実加が一歩を踏み出そうとしたとき――そのまぼろしは、波にさらわれるかのように消え去っていった。
「おとう……さん……」
ひとりぼっち。父はもう、記憶の中にしかいない。記憶の中からしか、笑いかけてはくれない。――ただそれだけ、たったそれだけのことなのだ。それでも世界は、何ごともなく回り続けている。
「どうでもいい……よね……」
「――そんなこと、ないよ」
「!」
独り言のつもりのつぶやきに応答があって、実加はぎょっとした。今度は記憶の呼び声ではなかった。振り返った先にははっきりとした輪郭をもつ、童顔の青年の姿があったのだから。
「……やあ」
驚きのあまり声も出せない少女に対し、はにかむように青年――緑谷出久は微笑んだ。
キャラクター紹介・グロンギ編 ギブグ
ピラニア種怪人 メ・ビラン・ギ/未確認生命体第8号※
「ボセゼバギング、ゲヅン、ゲギド(これで71)」
登場話:
EPISODE 8. デッドオアマッスル
EPISODE 9. 血漑戦線~EPISODE 10. ディープ・アライアンス!
身長:196cm
体重:188kg
能力:一秒間に二百回開閉する顎と鋭い牙
鉄板を易々と切り裂く腕のカッター
活動記録:
未確認生命体第7号(サイ種怪人 ズ・ザイン・ダ)の行動開始と時を同じくして出現した、より上位と思われる集団のひとり。仲間を激励したり供養をするなど情に篤いようにも見えるが、本性は冷酷残忍。
自らの行動開始後はピラニアの特性を活かして荒川流域に潜み、遊覧船や架橋工事現場などを襲撃して駆けつけたヒーロー・警官も含め71人を殺害。第4号との戦闘においては赤をスピードで圧倒し、圧倒的なパワーで押してくる紫を水中に引きずり込んで殺害しようとしたが、フロッピーの魚雷攻撃を不意打ちで受けて逃げ去る。
その後仲間の煽りもあって行動を再開するものの、血の匂いに惹かれる習性を利用されて爆心地の立てた作戦に引っ掛かり、4号とフロッピーから魚雷の雨あられを喰らい、最後は右腕を失った状態で青の4号のロッドの一撃を受けて爆死した。
作者所感:
殺し方がエグい……。ドラゴンフォームのパンチで怯んでるのを見るに耐久力は紙っぽいですね。46.5話に再登場した際の振る舞いは愛嬌がありました。
※原作では第23号。