【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
バ ッ ク し ま す
バ ッ ク し ま す
ランチタイムを迎えたポレポレはそれなりの混み具合だった。ウェイトレス役の麗日お茶子が注文を承り、運び、おやっさんことマスターがてきぱきと調理を進めていく。"ゆっくり行こう"と銘打ってはいるが、働くときはきびきび働くのが彼のモットーなのだった。
と、そこに新たな客が入ってくる。「いらっ社員食堂~!」とコテコテのオヤジギャグで迎えたおやっさんだったが、すぐに「あれ」と声をあげた。
「出久ぅ!」
「!」お盆を運んでいたお茶子が物凄い勢いで振り向く。その瞳は猛禽類のようだった。
「こんにちは」
「おう、今日おまえシフト入れてたっけ?まあこのとおり大繁盛大吟醸ってな状況だから、手伝ってくれるって言うなら大歓迎よ」
「あーいや……すいません。今日はお昼食べに来たんです、お客さん連れて」
そこで出久の背中からひょこっと光己が顔を出す。それを見たお茶子が「あぁっ!」と駆け寄ってきた。
「爆豪くんのお母さん!?」
「あらっ、お茶子ちゃん。久しぶりね~、元気だった?」
「はい!お母さんこそ全然お変わりなく……ホンマお若いわぁ」
「ウフフフフン、褒めても何も出ないわよ~」
置いてけぼりになっているおやっさんをひとまず放置して、カウンター席に通される。
ようやく人間関係を整理できた彼が、そこでようやく口を開いた。
「爆豪くん……ってことはアレか、爆心地のお母さん?確かにそっくりだけど……お若いねえ!お姉さんの間違いじゃないんですか?」
「アラヤダ、マスターまでお上手!出久くん、本当にすてきなお店で働いてるのね」
「アハハ……まあ、そうですね」
否定する気はまったくない。が、光己をヒーロー・爆心地の母親と知って"若い"と心から思わない者はいないだろう。"グリセリン"の個性のおかげで40歳を過ぎても皮膚が瑞々しいのだ、彼女は。その白皙は息子にも受け継がれているのだが。
揃ってポレポレカレーとエスプレッソを注文するや、早速とばかりに光己が話しかけてきた。
「どう、大学生活は?楽しくやってる……な~んて、訊くまでもなさそうだけど」
「あ、はい、すごく楽しいですよ。勉強も好きなことができるし……僕、ヒーロー法のゼミ入ってるんですけど、ヒーローの意義と権限がどう変化してきたかとか、改正の歴史と時代背景を追ってるだけでもおもしろくて。ゼミの友達からは"史学科の人みたい"なんて言われちゃったりとか……」
「うんうん」
「あ、その史学科にも友達がいるんですよ。年上で、もう大学院生なんですけど、沢渡桜子さんっていう……」
「え、女の子!?」
「は、はい。ぼっ僕なんかが女の人と、って感じですけど……ほんとによくしてもらってて。あと、研究とか徹夜でがんばっちゃったり……すごい人なんです」
「へ~、そりゃ気が合うわけね。その娘が彼女さん?」
「へぁ!?ちっちちっ違いますよ!?ぼっぼぼっ僕なんかがそんな………と、友達です、大切な」
どもりながらもそう言いきると、耳をそばだてていたお茶子がふうう、と溜息をついた。安堵とも落胆ともとれる、微妙ないろである。
それを聞き逃した出久は、半ば強引に話を引き戻した。
「でっ、え、えっと……僕がバイク乗るきっかけになった友達が、心操人使くんっていう雄英出身の子で……」
「あっ、その子知ってるかも!確か洗脳の個性持ってる子よね」
「1年生のときの体育祭でトーナメントまで残ってたから記憶に残ってるわ」と光己。心操がヒーローを目指していた、その頃の奮闘を覚えている人は間違いなくいるのだ。
「その心操くんもすごく優しい人なんです、ちょっと無愛想ではあるけど。バイクのこともそうだし、他にもマーシャルアーツとか身体の鍛え方とか、色々教えてくれて。心操くん、いまは警察官目指してるんですけど……ほんとにがんばってて。友達ってだけじゃなくて、ほんとに尊敬できる……なんていうか、師匠、みたいなところもあるのかな」
「へえ……」ひとしきりうなずいたあと、「ほんとにいい大学生活送ってるのね、出久くん」
「はい、それはもう!」
出久がぱあっと目を輝かせて笑う。会うこと自体久しぶりだが、こんな表情を見るのはもっと久しぶりだ、と光己は思った。中学に上がったころから、出久は常に何かを誤魔化したような愛想笑いしか向けてくれなくなった。幼少のころはいつも、こんな笑顔を見せてくれたのに。
その原因ははっきりしている。浮かび上がってきた苦い思いを出されたエスプレッソで上塗りして、光己は努めて笑顔を保った。
「ふふ……出久くんがそんなに楽しそうなんだもん、引子さんも呼び戻せないわけよね。電話でそういう話してるんでしょ?」
「ええ、まあ」
「でも、たまには帰って元気な顔見せてあげなさいよ。出久くんのことが心配でしょうがないのは相変わらずなんだから」
「……そう、ですね」曖昧にうなずきつつ、「光己さんは、いいんですか?かっちゃんに会わなくて……」
出久もいまは東京を離れられない立場だが、勝己はヒーローになってからずっとそうだろう。この親子のことだ、自分のように頻繁に電話などしないだろうし。
「ま、しょうがないわよ」あっけらかんと言いきる。「あいつはそういうヤツだし。それに、殺しても死なないでしょうしね」
「ハハ………」
そんなわけはないのだが、本当にそう思えてくるから恐ろしい。
と、ここでおやっさんが「お待ちどおさま」とポレポレカレーを出してきた。調理に集中しつつもしっかり聞いていたのだろう、会話に割り込んでくる。
「そうは言ってもねお母さん、ここで待ってりゃ会えるかもしれませんよ息子さんに!」
「?、どうしてですか?」
「だってホラ、あのとおり!」
おやっさんが指差した壁には、来店した有名人のサインが飾られている。その中にある"爆心地"という滑らかな文字を見つけて、光己は彼と同じ紅い瞳を見開いた。
「あら……あいつもこのお店、来たことがあるの?」
「ええ。なんか出久に用事があったみたいでねぇ」
「!」
光己がびっくりしたように出久を見る。
繋ぐようにお茶子が、
「デクくん、爆豪くんと幼なじみなんだもんねぇ。前にもふたりで一緒に行動しとったし」
「……そう、なの?」
「え、えっと……まあ、ハイ。偶然再会して色々あって、なんだかんだ交流が続いてるんですけど……」
ことさら否定するのもおかしいと思い、ルーにスプーンを沈めつつ、うなずく。同時に、驚かれるのも当然だと思った。中学生のころ、自分と勝己の関係は最悪と言ってよかった。そのまま出久は公立の進学校、勝己は雄英高校に進んで別れて、それきりになるはずだった。でもグロンギの復活、そして出久がクウガの力の継承者となったことで――
「あっそういえば、前に引子さんが言ってたわ……ウチのから出久くんの住所訊かれたって……」
クウガになった翌日のことだろう。その日のことは出久もよく覚えている。
「いいよね、幼なじみって。お互いのことなんでもわかってるって感じでさ!」
何も知らないお茶子が羨ましそうに言う。――幼なじみという単語から思い浮かべる関係性は、一般にはそうだろう。出久だって、そうありたかったけれど。
「……かっちゃんは、すごい人だからなぁ」
「……?」
吐き出されたことばは、お茶子には理解しがたいものだっただろう。当然だ、会話としてはまったく繋がっていない。
それでも、光己には伝わったらしい。気遣わしげな表情を浮かべ、
「出久くん……あなた、勝己のこと――」
そのなんらかの問いが終わらないうちに、出久の携帯が振動した。電話には敏感になっている出久が、手早くそれを取り出す。
(――かっちゃん!)
噂をすれば、というべきか。だが、爆豪勝己が私的な用事で電話してくることはまずない。自分相手に限らず、勝己はそもそもそういうことをほとんどしない人間だ。
電話をとると、案の定、
『18号が出た。いま幕張方面にトラックで逃走中だ』
「トラック……?」
『殺人の道具にしてやがる。とにかく、来い』
「……わかった!」
通話が途切れるや、出久はすごい勢いで残ったカレーを掻き込みはじめた。三人が何事かと見つめている。一分もしないうちに食べ終えると、
「ごちそうさまでしたっ、僕、行かないと……!」
「え……」
「おう、気をつケロヨン!」既に慣れたおやっさんがわかりにくいオヤジギャグとともに送り出してくれる。
「はい!あ、麗日さん、」
「!」
「映画、明日なら大丈夫だと思うから。それじゃ!」
そう言ってサムズアップをしてみせると、出久は店を飛び出していった。寸分遅れてお茶子がポッと頬を染めて「う……うん……」とうなずいたのだが、それを受け取る相手はいないのだった。
*
"それ"は、森の中に身をひそめていた。他の、自らよりずいぶん体格の小さな昆虫たちと同じように。
ただ、彼らとの違いがひとつだけあった。彼らはそこを生活の場とし、そこで一生を過ごそうとしている。だが"それ"は違った。明確な目的をもち、来るべき時に備えている。すべては、わが主のために。
『――!』
主が、動き出した。それを敏感に感じとった"それ"は、翅を広げて森の中から飛び立つのだった。
*
『バックします。バックします。バックします。バックします……』
周囲に自らの行動を伝える、無機質な女性の声。本来安全を図るためのものであるそれとともに……トラックは、通行人を躊躇なく轢き潰していた。
「ヒヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒ……!」
運転席に座る厚着に包まった小男は、下卑た笑い声とともに犯行を重ねていく。故意であることは言うまでもなく、ホイールの下で肉体が潰れる感触を愉しんでいる様子なのは明白だった。
そして彼は、目ざとくさらなる標的を見つけた。逃げまどう通行人の女性たち。その恐怖に染まった表情が、彼の身体に電撃が奔るような快楽を与える。
「そう、ダ、その顔……!」
日本語で独りつぶやきながら、トラックを後進させる男。本能のまま標的を追いかけているように見せて、その実、的確に袋小路に追い込もうとしていた。
「ゴセンゲバババサ、パビゲサセバギ……!」
血にまみれた車輪の上で、メ・ギャリド・ギは笑った。
*
出久の操るトライチェイサーは東京を出、千葉市内を疾走していた。そこに全車への警察無線が入る。
『犯行に使われた大型トラックのナンバーが判明した。"品川110 ね 36―85"、繰り返す……』
「!」
相手はトラック、特定するのは難しい――頭を悩ませていた出久にとり、この情報は貴重だった。トライチェイサーを貸してくれている勝己には、やはり感謝するほかない――
「よし……っ」
意を決した出久は、コントロールパネルに暗証番号を打ち込んだ。それと同時に、ぐっと臍のあたりに力をこめ、
「――変身ッ!!」
そこからアークルが出現し、赤い光を放つとともに出久をクウガ・マイティフォームへと変身させた。
同時にマトリクス機能により、漆黒のトライチェイサーが大きく変色する。黄金のカウルに、赤と銀のボディという派手な色合いへ。車体には、戦士クウガを表す古代文字が描かれている。
戦闘態勢を整えた古代ヒーローは、ほどなくして幹線道路の渋滞に突入した。それでもバイクであることを活かし、車と車の間をすり抜けて進んでいく。ガラス越しに、人々が釘付けになっているのがわかる。
が、クウガが通過して数十秒、彼らは別のものに目を奪われることとなった。――巨大な、飛翔する甲虫のようなシルエット。それがクウガを追いかけるように飛んでいく。
当然クウガはまだそれに気づかない。渋滞を抜け、走行を続けていると、
「――!」
対向車線を、大型トラックが走っていく。運転手は明らかに不似合いな厚着の男。ナンバーは……完全には確認できなかったが、無線で聞いたそれと似た数列だったように思われた。
「あれか……!?」
咄嗟にマシンを反転させ、トラックを追う。向こうも速度制限なんて守ってはいないが、こちらはそれ以上のスピードが出せる。追いつくのは時間の問題であるように思われた。
が、そこで彼にとっては予想外の遭遇が起きた。真正面から突然、巨大な甲虫が迫ってきたのだ。
「うわっ!?」
咄嗟に頭を伏せ、辛うじて衝突を防ぐ。「いまのは、まさか」――そう思ってわずかに後方に視線を滑らせると、甲虫もまたぐるりと旋回してあとを追ってくるところだった。
『カディル・サキナム・ター』
「……?な、なんだ……?」
頭上にぴったりとくっついて、何か言語めいた音声を発する甲虫。クウガがただただ困惑していると、さらに驚くべきことが起きた。
甲虫の身体が真っ二つに割れ、さらに内部を露出しながら迫ってきたのだ。
「う、うわあぁっ!?」
グロテスク!一瞬そんな感想を抱いた出久だったが、それどころではなくなった。その"割れ"た甲虫はなんとトライチェイサーに覆いかぶさってきたのだ。ボディの一部が強制的に変形させられ、甲虫――"ゴウラム"と融合する。
「!、これは……」
ゴウラムが、トライチェイサーの強化パーツの役割を果たしている。――"トライゴウラム"、さながらそう呼ぶべき姿。
(馬の鎧って、これか!)
やはり自分の解釈が正しかった。この甲虫は、"馬の鎧となる僕"だったのだ。
『シェンク・ゾ・ター』
ゴウラムが再び話しかけてくる。正確に翻訳することは当然できないが、なんとなく言いたいことはわかった。
「……うん、行こう!」
疾走するトライゴウラム。巨大化した車両は安定し、スピードはさらに上昇していく。それを阻むものは何もない。
やがて、前方に大型トラックが見えてきた。複眼を凝らしてナンバーを確認する。――間違いない!
一方、トラックを運転するメ・ギャリド・ギもまた、サイドミラーに映る姿からクウガの追跡に気づいていた。
「……!」
力いっぱいブレーキを踏み、その場に急停車する。車両がガタガタと揺れるが、その程度はものともしない。
「ヅヅギデジャス、クウガァ!!」
ヒステリックに叫びながら、ギアをバックに入れる。『バックします、バックします、バックします』――
背中から突撃してくるトラック。みるみるうちに縮んでいく距離。
「……ッ」
激突か、回避か。クウガの選択は――
つづく
常闇「黒影、今回は俺たちが担当することになったらしい」
黒影『アイヨ!』
常闇「緑谷のもとに飛来した甲虫はゴウラムというのか。主の心のうちに従っていつでも馳せ参じ、矛にも盾にも馬の鎧にもなる忠実な相棒……緑谷にもそんな存在ができるとはな」
黒影『オレと踏陰を見習うといいゼ!』
常闇「そうだな、無論俺たちも負けてはいられない。……ところで爆豪、もう大人なのだから、母君はいたわるべきだ」
黒影「爆豪のカーチャン、キレイだけどそっくりすぎ!怖ぇヨ!?」
EPISODE 14. TRY&GO-ROUND!
常闇「緑谷、爆豪……止まるんじゃないぞ……」
黒影『急にどうしタ!?』
常闇「……言わなければならない気がした」