【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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死命
1 死ぬべき命
2 死ぬか生きるか。死ぬか生きるかの急所。「―を決する・制する」

お恥ずかしながら初めてこの言葉を知ったのは相棒でした
よく使われてるのは2の方っぽいですが、今話はどちらの意味も込めてるつもりであります


EPISODE 15. 死命 3/3

 人間体に戻ったメ・ギノガ・デは地下道に身を潜めていた。その顔には痛々しい内出血の痕が残されている。クウガに殴られたダメージは、打たれ弱い彼にとり短時間で癒えるものではなかった。

 だが、ギノガの同族は彼に対して思いやりをもってはくれなかった。――もっとも、彼らがそうした感情をもつのは自分自身に対してだけなのだが。

 

「休んでいると、時間がなくなるぞ」

「!」

 

 いつもの面子を引き連れて現れたバラのタトゥの女が冷たく言い放つ。さらに、

 

「相変わらずキョジャブダギギヅザベ?」ガルメが言う。

「情けない奴」これはショートカットの女――メ・ガリマ・バ。

 

 そしてなお激昂も奮起も見せないギノガを目の当たりにして、遂に"彼"も動いた。

 

「バゲ!」ゴオマがギノガの腕輪を掴む。「ゴセグジャス!!」

 

 彼らにとって命と同等の価値をもつ腕輪。それを奪いとられそうになった瞬間、ギノガの姿が一瞬にしてあの不気味な怪人のそれに変わる。

 ぎょっとしているゴオマを強引に抱き寄せ、その唇を奪い――"何か"を注入した。

 

「ウ゛エ゛エェェェッ……!!?」

 

 悶絶し、その場に倒れ込むゴオマ。腐臭のする吐瀉物を地面にまき散らしのたうち回る。クウガや被害者たちに比べればかなり手加減はされているのだが、ギノガより格下の彼にとっては甚大なダメージだった。

 皆が呆気にとられるなかで――ガルメなどは「うわぁ……」と嫌悪を露骨に声に表している――、ギノガはひとり勝ち誇る。

 

「僕のこの力で、あのクウガがもうすぐ死ぬんだよ?だからこれからはもっと楽に、もっとたくさんのリントを殺せるようになる。きっと、すごく楽しいよ?」

「……リントにはヒーローとかいう連中もいますけど?実際ビランたちもかなり邪魔されてたし。あんまり舐めないほうがいいんじゃないかな~なんて……」

 

 ガリマの背後に隠れたガルメが遠慮がちに忠告するが、ギノガはふんと鼻を鳴らした。どんな強大な力をもっていようが、この"死の口吻"ひとつで綺麗に終わらせることができる。それに――

 

 虚弱体質に隠された自らの真価に思いを馳せるギノガ。彼の脳内において、その前途は未だ洋々たるものでしかなかった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己への連絡を終えた椿秀一は、その足で出久のいる集中治療室へ向かった。そこにはひとり、出久を心配そうに見守る沢渡桜子の姿があって。

 

「沢渡さん……」

 

 そんな彼女を気遣うように、椿は声をかけたのだが、

 

「椿先生。出久くん、いまもこうして戦ってるんですよね。みんなの笑顔を守るために、って」

「!、ええ……」

 

 椿をまっすぐ見上げる桜子の瞳は、先ほどとは打って変わって凛としていた。

 

「決めました。私、研究室に戻ります」

「え、でも……」

「出久くんのお腹の中の石について、碑文のどこかにヒントが隠されてると思うんです。私は私の場所で、出久くんの助けになろうと思います」

「沢渡さん……」

 

 桜子は一礼すると、しっかりとした足取りで出久の前から去っていった。出久が危機的状況にあるからこそ、自分はいつもどおりでいなければならない。そうと決断することは、非常につらいことではないのか。

 それでも彼女は、たったひとりで選びとった。

 

「……いい仲間に囲まれてんじゃねえか、おまえ」

 

 ベッドの上で孤独な戦いを続ける出久にそう声をかけると、椿も自分にできる最大限のことをするために踵を返したのだった。

 

 

 

 

 

 勝己は鷹野、森塚とともに第19号――ギノガの捜索を続けていた。表面上、冷静さを保ちながら。

 

「またしても行方くらまされちゃいましたね」いつもの調子で森塚。「なんかこう、奴はココに現れる!ってな具合の手がかりはないもんかねぇ……まあンな簡単に出てきたら僕らはもっとホワイトな暮らしができるわけですけど」

「森塚、うるさい」

「……静かだとかえって集中できないんスよ僕。わりとマジで」

 

 勉強をするにも、テレビがついていたり家族が横でしゃべっていたり、そういう環境のほうが取り組みやすい子供だったのだ、森塚駿という男は。よってそんな本音を述べつつ、ちらりとバックミラー越しに黒いコスチュームの白皙の男を見やる。

 勝己がこのような無駄話に乗ってこないのはいつものことではある。が、今日はその"いつも"ともどことなく様子が異なるように思われた。覆面とともに纏った刺々しさの中に、焦燥が見え隠れしているような――

 

(まあ、どうせ4号絡みだろーけど)

 

 昨日の今日でもあるしと、森塚はあえて何も訊かないことにしたのだが。ちょうどそこで勝己に電話がかかってきたため、いずれにせよ会話にすらならなかっただろう。

 

「……おぉ」

『もしもし、飯田です』相手は科警研にいる飯田天哉だった。『例の眼鏡に付着していたものの分析結果なんだが……極めて毒性の強い胞子であることがわかった』

「胞子?」

『そうだ、恐らくキノコの能力をもつ未確認生命体だろう。それで、ここからが重要なんだが……』

 

 飯田からその胞子についての情報を得て、勝己は通話を打ち切った。すかさず助手席の鷹野が声をかけてくる。

 

「インゲニウムから?分析結果が出たのね」

「ええ、奴はキノコの胞子を吐き出してるらしい。で、そいつは35℃から40℃の間の温度と60%程度の湿度で活性化する……だそうです」

「要するに暑くてじめじめした場所が好きってわけか」

「ならこれまでの犯行現場も……でもじめじめはともかく、暑さのほうは一概には言えないわね。日の当たらない路地裏なんかもあるし」

 

 そういう場所は当然気温は低い――自然条件のみ考慮するなら確かにそうなのだが、

 

「……いや、恐らく条件は満たしてたはずです」

「?」

 

 勝己が「ん」と側方を指し示す。そこには大量のエアコンの室外機が並んでいて。

 

「あっ、そうか!」森塚が手を叩く。

「いままでの現場も傍らに室外機があったわね、そういえば」

 

 これまでの犯行はすべて新宿区内で行われている。新宿でそう行った場所をしらみつぶしに潰していけば、あるいは――

 

 

――そうしておよそ一時間弱。鷹野の手配により、区内某所に集合した捜査本部の面々に応援とともにガスマスクが届けられた。さらに警察側の捜査員には、フルオートの改造ライフルとプラスチック特殊ガス弾も。後者はアジト突入作戦において使用されたガス弾の成分を二百倍に濃縮・小型化した科警研の力作である。

 

「総員、ガスマスクの装着とガス弾の装填を確認!」鷹野が声を張る。「散開して19号を追跡します!」

 

 捜査員とヒーローとがツーマンセルを組み、応援で派遣されてきた機動隊が数名付き従う。そのようにして作られた班が次々に出現予想箇所へ潜っていく。

 最後までそれを見届けた鷹野は、隣に残したヒーロー爆心地に声をかけた。

 

「護衛、しっかり頼むわよ」

「フン、アンタや他の連中が殺られる前に、奴を殺っちまえばいい話だろうが」

「……まあ、それで構わないわ」

 

 とにかく、ここで必ず19号――ギノガを討つ。可能な限り犠牲を出すことなく。

 

(デク……)

 

 関東医大にいる幼なじみのことで嫌な胸騒ぎを覚えながらも、勝己もまた動き出した。

 

 

 

 

 

 その関東医大では、椿が出久を救うために精力的に動いていた。片手でキーボードを叩いて処置方法を探りながら、もう片方の手で受話器をとり、都内の病院に勤務する解毒の個性をもつ医療関係者にここへ来てもらえないかを要請していく。いかなる猛毒でも対応できるレベルの個性の持ち主は貴重であり、いくら医療機関といえどどこにでもいるものではないし……いたとしても他の病院に出張できる余裕はない場合が多い。

 

 だがそれでも、彼はあきらめるわけにはいかなかった。そうした願いが通じたのか、十数件目の病院でようやく色よい返事をもらうことができた。

 

「そうですか、ありがとうございます!はい、ではお待ちしております」

 

 受話器を置き、深く溜息をつく。これで出久を救う算段がついたと、椿は心底安堵していた。

 と、そのとき、静まったばかりの備え付けの電話が鳴った。即座にとった椿の耳に飛び込んできたのは、

 

『椿先生!――――緑谷出久(患者)さんが急変です!!』

「な……!?」

 

 一瞬目の前が真っ暗になるほどの動揺に襲われた椿は、それでも出久のいる集中治療室へ急行するほかなかった。

 

 

 

 

 

 ギノガ捜索が続く。

 

 先頭を行くインゲニウムこと飯田天哉――科警研から大急ぎで戻ってきた――と森塚が、曲がり角の先を睨むように見やる。そこにターゲットの影がないことを確認、後ろに続く機動隊にハンドサインで合図して進む。狭い通路のため一列になり、ひとり、またひとりと入っていくのだが、

 

「――ッ!?」

 

 最後尾の隊員がいきなり首根っこを何者かに掴まれ、引きずり戻される。彼を壁に叩きつけたのは、長い銀髪に女性的ないでたちの美青年で――

 

「……フフフッ」

 

 青年は隊員のガスマスクを引き剥がして微笑み……キノコに似た異形の怪人、メ・ギノガ・デへと変身した。

 隊員を押さえつけたまま、ギノガは唇を近づけていく。猛毒の胞子が注入され、彼が20人目の犠牲者になってしまう――と思われたそのとき、

 

「ガッ!?」

 

 横っ腹に凄まじい衝撃と熱を受け、ギノガは大きく吹っ飛ばされた。

 

「グッ、ウウ……!?」

 

 倒れ込んだギノガの脇腹に風穴が開き、そこから煙のようなガスが漏れ出している。

 それを放った主が、ライフルを構えたまま声をあげた。

 

「――自分からノコノコ出てくるとはね。手間が省けたよ」

 

 森塚駿――少年のような容姿とそれに違わぬ口調と裏腹に、その双眸は鋭く細められている。

 そんな彼の隣にフルアーマーのヒーローが並んだ。

 

「森塚刑事、ここは一気に!」

「もちろん。――総員、撃てっ!!」

 

 危うく殺されそうになった隊員のみ後方へ下がり、付き従う機動隊が一斉にライフルから特殊ガス弾を発射する。それらの半分以上がギノガの身体を食い破り、彼に苦痛を与える。

 

「アァッ、ウゥ……!」

 

 銃弾そのものというより、やはりガスの成分によるダメージが甚大だった。彼らグロンギが嫌悪する排気ガスなどをさらに濃縮した、現代人でも耐えがたいそれらが直接体内に広がるのだから。

 しかし、それでも決定打にはならない。ガス弾だけでは、やはり致命傷は与えられないらしい――

 

「ならばッ、とどめは自分が!!」

 

 ふくらはぎのエンジンを唸らせ、果敢にも飯田が突撃しようとする。狭い路地だから縦横無尽にとはいかないが、正面からスピードの乗った蹴撃を浴びせるつもりだった。

 しかし……彼が動くより寸分早く、ギノガが予想外の行動に打って出た。

 

 口づけを介さず、空気中に直接己の胞子を放出したのである。それも大量に。

 

「ッ!?」

「やばっ……退避だ!インゲニウム、きみも!!」

 

 森塚が焦りを露わにして叫ぶ。ガスマスクをつけているのだから大丈夫……とはならない。万が一経皮吸収されてしまったら、直接吸引せずとも死に至るのだから――

 

 とそのとき、黒白の影が彼らの前に降り立ち、

 

「ンな暑ぃのが好きならよォ――」

 

 

「――()ぃの、くれてやらァっ!!」

 

 その"影"が、巨大な手榴弾から飛び出した両手で爆破を起こす。一度ではなく、何度も何度も。

 その爆風を浴びた胞子は、彼らにとっての適温を遥かに超えた灼熱に耐えきれずにことごとく死滅していく。当然、その向こうまで届くことなく。

 

「……ッ、」

 

 こんなものかとかのヒーローが爆破をやめたときには、胞子も……ギノガの姿もなかった。

 

「ッ、クソが……」

「逃げられてしまったか……。――だが良いところに来てくれた、助かったよ爆豪くん」

 

 飯田が礼を述べるが、ガスマスク越しの勝己の表情は晴れない。

 と、彼を同行させていた鷹野も駆けつけてくる。

 

「森塚、19号は!?」

「ッ、胞子まき散らして逃げました。でもまだ近くにいるはずです」

「なら追うわよ、なんとしてもここで……倒す!!」

 

 鷹野のことばに反対の意を述べる者はいない、いるはずがない。彼女と勝己が合流し、即座にギノガ追跡が再開された――

 

 

 

 

 

 椿が集中治療室に駆けつけると、ベッドに寝かされた出久は意識のないまま胴体を痙攣させ、苦しそうに呻いている。その額に、脂汗が滲む。

 

「緑谷……!」

 

 ぎょっとしながら、椿はとにかく応急処置に及ぼうとした。あと少し、あと少しだけもたせることができれば、出久の体内にある毒を除去して――

 

 そのとき、

 

 

 急変を知らせる計器の警告音が、突然「ピー……」という平坦なものへと変わった。

 

「……?」

 

 その意味が一瞬理解できず、椿は呆けたまま計器のほうを仰ぎ見た。心拍数を表す線がなだらかに続いていく。それはつまり、ゼロを示していて。

 

「みどり……や………」

 

 呼びかけに応えない出久は、もはや苦しみすら知覚することなく。ただ安らかに、そこに"ある"だけだった。

 

 

 

つづく

 




EPISODE 16. 英雄の眠り


『戦士の瞼の下、大いなる瞳現れても、汝涙することなかれ』

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