【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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2000年当時、五代の心停止を目の当たりにしてギャン泣きした作者に母が放った一言→「大丈夫来週には生き返るよ、主人公死んだら番組終わっちゃうし(笑)」


もっと何かなかったのか母よ……



EPISODE 16. 英雄の眠り 1/4

――城南大学 考古学研究室

 

 室内に夕陽が差し込むなか、沢渡桜子は独り碑文の解読を続けていた。医学的なことばや命にまつわる意味をもつ古代文字、それらを含む碑文を捜していく。すべては、出久を救けるため――

 

 と、そのとき、不意にガシャンという落下音が響き渡った。はっとその方向を見た桜子の目に映ったのは、床に落ちたマグカップ。かつての"平和の象徴"オールマイトが描かれたそれは、この研究室に頻繁に訪れるようになった出久が普段使いにしているものだ。駆け寄って拾い上げてみるとそれは、オールマイトの顔のあたりにヒビが入ってしまっていた。

 

「出久くん……?」

 

 襲いくる胸騒ぎ。それを煽るかのように外では突風が吹きすさび、絶えず木の葉を揺らし、窓を叩いていた。

 

 

 

 

 

 一方、関東医大病院。静かに横たわる緑谷出久の周囲で、椿秀一をはじめとする医師・看護師らが決死の表情で動き回っていた。

 

「特定不能の毒物によると思われる心停止だ!フェニレフリン0.5静脈注射(じょうちゅう)!!」指示を飛ばしつつ、「馬鹿野郎おまえ、死なせねぇぞ……!」

 

 そう言って、椿は心臓マッサージを行う。だが出久の応答はなく、返ってくるのはスタッフの「変化ありません!」という切羽詰まった声のみ。

 焦燥を押し殺してさらなる指示を出しながら――椿は、叫んだ。

 

「緑谷――ッ!!」

 

 

 

 

 

――新宿区内

 

 未確認生命体第19号――メ・ギノガ・デの追跡を続けていた合同捜査本部の面々であったが、その姿を捉えることはついにかなわず、一度拠点としている場所で合流することとなった。

 

 総員を集めたうえでパトカーのボンネットに新宿周辺の地図を広げ、鷹野警部補が状況を説明する。

 

「管内の各署員、自ら隊員を総動員して捜索にあたってもらっていますが、現在のところ19号の行方は掴めていません」

「………」

 

 全員、難しい表情で黙り込むほかない。無論、それはあきらめたことと同義ではないが。

 

「範囲を広げて、地下水路なども視野に入れて捜索を続けたいと思います。――では、よろしくお願いします」

 

 捜索を再開すべく一同散っていく。引き続き鷹野と行動をともにするため留まって籠手のコンディションを確認していた勝己の耳に、こんな会話が飛び込んできた。

 

「4号、そういえば出てこなかったな」

「あぁそうか……珍しいこともあるもんですね」

 

「……ッ」

 

 4号、クウガ――緑谷出久。正確には一度ギノガと戦っているはずだが、いまこのとき出てこられるわけがないのだ。だって、あいつは……。

 

「爆心地」

「!」

 

 はっと我に返ると、鷹野が厳しい表情でこちらを見ている。

 

「大丈夫?急ぐわよ」

「……っス」

 

 ことば少なにうなずいて、覆面パトの助手席に乗り込む。運転席の鷹野がギアをドライブに入れようとするや、無線が鳴った。

 

『警ら中の新宿署員が、制止を無視して逃走する不審者を発見、第19号の可能性あり。至急応援を願う。場所は大久保3丁目』

「!」

 

 要請を受け、周囲の車両が次々に大久保3丁目へ向けて発進していく。鷹野と勝己の乗るそれもまた、例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 関東医大病院・集中治療室では懸命な蘇生作業が続けられていた。

 

「先生、準備できました!」

 

 看護師から電気的除細動――いわゆる"電気ショック"の用意ができたと告げられ、椿は即座に受け取った機器を出久の胸に当てる。3,2,1、そして、

 

 出久の身体が電気によって大きく痙攣し、ベッドの上で跳ねる。だが、

 

「戻りません!!」

 

 看護師の悲鳴のような声が響く。ショックによる一瞬の揺らぎがあっただけで、心拍数のグラフは平行線を辿ったままだ。

 

「ッ、もう一度!」

 

 手による心臓マッサージを行いつつ、椿は叫ぶ。あきらめるわけにはいかないのだ。だって、こいつは――

 

 ほどなくして再び電気ショックが行われ、やはり出久の身体が跳ねる。しかしそれきりだ。力なく投げ出された四肢も、固く閉じられた瞼も、ぴくりとも動くことはない。

 

「まだ駄目なのか……ッ、もう一度だ!!」

 

 スタッフのひとりが「先生、もう……」と制止の声を発するが、椿は聞こえないふりをした。聞こえないふりをして、眼下の青年に対して必死に呼びかける。

 

「おまえが死んだらどうなる?あんときみたいに無理してでも笑ってみせろよっ!!おい――おいッ!!」

 

 出久が重傷を負い、初めて運び込まれてきた第6号事件のとき。想像を絶する苦痛に苛まれていたはずなのに、それでも「もう大丈夫です」と笑ってみせていた。みんなの笑顔を守れるヒーローであるために、笑うことができる男のはずだ――この青年は。だったら、いまだって。

 

 だが、椿の願いをよそに。緑谷出久の魂はもう、この容れ物には留まっていないようにすら思われた。

 

 

 

 

 

 落日を迎え、夜の闇に覆われた新宿の街。周辺地域には避難及び外出禁止勧告が出され、日常なら帰宅の途についているサラリーマンなどの姿もまったくない。さながらゴーストタウンと化していた。

 

 そんな街の片隅に、物々しい装いの一団の姿があった。十五名ほどの人員は皆ガスマスクを装着している。そのうち約半分はスーツや警察官の制服を纏ったうえでライフルを携行しており、もう半分はそれぞれ千差万別のコスチュームに身を包んでいる。警察官と、ヒーロー――ギノガ捜索を続ける、未確認生命体関連事件合同捜査本部の面々である。

 遊歩道を進む一行は、やがて先頭を行く鷹野警部補の合図によって一斉に立ち止まった。彼女が顎をしゃくる先に段ボールで作った雨よけがあり、その下で毛布が蠢いている。唸り声のようなものをあげながら。

 

 再び鷹野の合図があり、一行は前進を再開した。今度は足音を立てぬようゆっくりと、慎重に。そうして全員で段ボールの周囲を取り囲む。彼らに気づいた様子はなく、毛布のかたまりは蠢き続けている。

 

「………」

 

 捜査員らがライフルを向け、ヒーローたちが身構える。臨戦態勢が整ったところで……覚悟を決めた鷹野が銃身を毛布に引っかけ――剥いだ。

 

「!?、あァ……?」

「……!」

 

 そこにいたのは、ごろりと横になった中年男性。みすぼらしい服装で、頭髪や髭が伸び放題となっている。恐らく、決まった家をもたない種類の人間……少なくとも、ギノガではない。

 

「誤認か……」

 

 ガスマスクの一団に囲まれ唖然とするホームレスを前に、脱力する鷹野。彼女に代わって、ターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉がガスマスクを外したうえで背筋をきれいに折る。

 

「失礼いたしました、我々は警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部の者です!この周辺には未確認生命体が潜伏しており大変危険です、すぐに安全な場所への避難をお願いします!!」

 

 馬鹿丁寧ながら有無を言わせぬ飯田のことばに、ホームレスは半ば呆気にとられたままぶんぶんと首を縦に振った。――彼にかかずらっているわけにもいかず、一行は自分たちを奮起させながら前進を続けるほかなかった。

 

 

 

 

 

 心停止から二時間以上が経過してもなお、蘇生作業は続けられていた。

 

「……ッ」

 

 いや正確には、それを行っているのは椿秀一ひとりであった。懸命に心臓マッサージを続ける彼を取り囲むようにして、看護師たちが俯いている。

 

「先生……」

「ッ、……」

「――先生っ!」

 

 ほとんど激するような制止の声に、出久の胸に当てられた椿の手はついに、ずるずると力なく離れていった。

 

「………」

 

 ひとりが呼吸器を外すのを見届けて、椿は出久の瞼を押し開いてライトを当てた。両目とも瞳孔が開ききり、光に対する反応はない。エメラルドグリーンにはもう、あの子供のような純粋な輝きはなかった。

 深い溜息を吐き出したあと、

 

「……あとの処置は俺がやる。皆、ありがとう」

 

 臨終を告げる医師のことばを受け、皆、順次退室していく。ひとり残された椿は、暫し緑谷出久"だったもの"の前に立ち尽くしていた。

 

「緑谷……」

 

 緑谷出久は、死んだ。戦士からはかけ離れたあの優しい笑顔をもう、彼自身も含め誰ひとりとして見ることはできない。――自分はその現実を受け容れられず、ただいたずらに骸を辱めていたにすぎないのか。慟哭すらできず、椿は項垂れるほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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