【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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本エピソードは雰囲気を重視してあとがきのキャラクター紹介をお休みしていますが、今回は流れを阻害すると思って本文から弾いたボツ会話のみご紹介
じゃないとおやっさん→心操くんの呼び方がイミフです


EPISODE 16. 英雄の眠り 2/4

 緑谷出久のアルバイト先であった文京区の喫茶店ポレポレは、ピークは過ぎたとはいえ夕食どきの後半戦ということでそれなりの賑わいを見せていた。

 

「はい、エビフライカレーとポレポレカレーですね!かしこまりました!」

 

 本来昼までの勤務予定であった麗日お茶子は、注文を承るなど未だ忙しく働き詰めていた。お客様に対しては曇りのない笑顔を浮かべて応対するが、注文内容を伝えにマスターの前に来るや隠しきれない哀愁を漂わせている。

 

「お茶子ちゃん、顔、顔!」

「ハッ!?す、すいませんマスター……」

「いや……まあ気持ちはわかるけどねぇ。何してんだかねぇ出久の奴は」

 

 本当は今日、お茶子は出久とふたりで映画を観に行く予定だった。だが出久が急用ということで、引き続き働きながらその連絡を待ち続けている状態なのだ。

 

(デクくん、一、二時間で終わるかもって言っとったのに……)

 

 実際にはもう八時間以上が経過している。無論、一、二時間というのは可能性の話でしかないことは理解している。結局今日は無理となってしまう公算が大きいこともわかっていた。――だが、無理なら無理という連絡くらいは夜までに来ると思っていたのだ。現実には店の電話にも、お茶子の携帯にもなんの連絡もない。

 

 気持ちを慮ってか、おやっさんは努めて明るい声で彼女を宥める。

 

「ま、よっぽど忙しいんだと思うよ?出久がなんのフォローもしないなんて考えられないし。あいつはそりゃもう気ィ遣うぞー、今度会うときに慰謝料包んできてもおかしくないくらい」

「慰謝料て……」

 

 流石にそれは冗談だろうが、本当にお詫びの品くらいは持参してきそうだ――なんてお茶子が考えていると、新たな客が来店した。

 

「……ども」

「いらっしゃーい……って、おー、ハリーくんじゃないの」

「あっ、いらっしゃ――」

 

 ハリーくんというから外国人の常連客でも来店したのかと思ったお茶子は、その姿を見て別の意味で驚愕する羽目になった。

 

「って、し、心操くんやん!?」

「麗日……」

 

 彼――心操人使もお茶子の姿を認めてやや意外そうな表情を浮かべていたが、そのままおやっさんに促されてカウンター席に座った。

 

「へへへ、久しぶりだねぇ来てくれるの。この時間だと……今日はがっつり夕食?それとも食後のデザートタイムかな?」

「夕食で。エッグカレー大盛りとシェフのおまかせサラダください」

「はいは~い!今日もがっつり行くねぇ、やっぱり毎日鍛えてんの?」

「まあ日によりますけど……一応それなりには」

「そっかそっか、偉いねぇ……あ、食後のケーキサービスしちゃうから、出久の大親友の誼ってことで!」

「……大親友かはわかりませんけど。じゃあおことばに甘えて、いただきます」

 

 そんなやりとりもありつつ。ひと段落したところで、心操はふぅ、と息をついている。旧友……ともいえない、かといってただの同窓生とも片付けにくい彼にどう声をかけたものかお茶子は思案したのだが、結局当たり障りのない調子で臨むことにした。

 

「久しぶり……やね。元気だった?」

「まぁそこそこ。あんたのほうは色々大変だったみたいだな」

「あ、うん、ちょっと無茶して謹慎くらっちゃって……もうすぐ明けるけどね。デクくんに聞いたん?」

「そんなとこ。あんたもどうせ緑谷から色々聞いてるだろ、俺のこと」

「まぁねぇ。昨日なんかもベタ褒めしとったよ、心操くんのこと。"すごく優しくて、がんばってて、僕の師匠みたいな人なんだ"~って」

「……あぁそう」

 

 ふい、とそっぽを向く心操だったが、その頬がほんのり赤くなっている。羞恥もあるだろうが、やはり満更でもないのだろう。

 

「はいお茶子ちゃん、エビフライカレーとポレポレカレーね。ハリーくんはごめんね、もうちょっと待ってテネシー川流域開発公社!」

「は~い!」

「はい……なんか懐かしいですねそれ、受験思い出します」

「でしょでしょ!」

 

 お茶子がカレーの盆をテーブル席に運んでいると、背後からふたりの楽しそうなやりとりが聞こえてくる。といってもしゃべっているのはほとんどおやっさんなのだが、心操も退屈はしていない様子だった。

 なんとなくその会話に混ざりたくて、運び終えたお茶子はやや急ぎ足でカウンターに戻ったのだが、

 

「……そういえばあんた、今日緑谷とデートじゃなかったのか?」

 

 いきなりの不意討ちに、お茶子は心底動揺した。

 

「!?、で、でででデート……いやそんなんちゃうくて、遊びにいこうって誘わしてもらっただけであって!」

 

 あわあわと両手を振って否定する。形相といい、今朝の出久そっくりである。

 

「なんか出久に急用ができちゃったんだよ」おやっさんが口を挟む。「それで未だになんも音沙汰ないから、おかしいな~って話してたとこなの」

「……そうなんですか。11時過ぎまで一緒にいましたけど、そんな様子なかったけどな……俺と別れたすぐあとか」

「うん。11時半くらいやったかなぁ、連絡来たの」

「ふぅん……」

 

 相槌を打ちつつ、心操はスマートフォンを操作した。お茶子がさりげなく画面を覗き込もうとするが、

 

「……なに当たり前の顔して覗いてんの。あんた遠慮なさすぎ」

「あっ、ご、ごめん!なんか心当たりあるのかな~って……」

「いや……俺のほうになんか連絡来てないかと思って。何もなかったけど」

「そっか……」

 

 落胆するお茶子。――結局彼女からは見えなかったのだが、心操は通話アプリもメールボックスも開いてはいなかった。彼が見ていたのは、新生新聞ネット版に正午頃に掲載された速報記事。未確認生命体第19号の出現を伝えるものであった。

 

 

 

 

 

 結局、ギノガ発見はかなわなかった。

 

 その後の殺人行為も確認されないことから、負傷したうえに胞子を吐き尽くしたこともあって暫くは出てこられないのだろう――そういう結論が出され、捜査本部の面々は警戒を所轄に任せて一度作戦を練り直すことになった。

 爆豪勝己もまた、警視庁へ戻るべく自身に割り当てられた覆面パトに乗り込んだのだが、エンジンをかけようかというタイミングで携帯が鳴った。

 

――椿 秀一

 

 そう表示されている。心臓のあたりをどろりとした液体が侵していくような錯覚にとらわれながら、勝己はそれをとった。

 そして、

 

 

『……午後7時44分、死亡を確認した』

 

――…………。

 

『それで……緑谷のご家族のことなんだが、』

 

 そちらには自分から伝えておく、と勝己は告げた。椿はそれに対して「頼む」と。伝達。事務的な、淡々とした会話――表向きは。

 

「………」

 

 通話を終えた勝己は、そのまま電話帳を開いた。先月電話したきりの緑谷家の番号を捜し出す。団地の、一室。そこで母親は、ひとり息子に思いを馳せながら夜を過ごしているのだろう。たったひとりで。

 勝己が連絡すれば、彼女はきっと喜ぶ。息子を虐めていた相手だというのに、まるでずっと仲の良い幼なじみであったかのようにことばをかけてくれるのだ。

 そんな彼女に、勝己は息子の死という残酷な真実を突きつけなければならない。彼女が知っているかはわからないが、よりにもよってかつて出久に自殺教唆までした自分が。

 

「……ッ」

 

 それでも、自分がやらねばならぬこと。爆豪勝己は誰を傷つけてでもそれができる男のはずだった。だが、今回ばかりは例外だった。指が震える。息子のことで苦悩し続けていたあの弱くも善良な女性を、絶望のどん底に突き落とさねばならないことを思うと。

 

 躊躇いながら、しかし己が指を発信に伸ばそうとしたそのとき――不意に車両の扉が外側からノックされて、勝己は我に返った。

 振り返ると、窓越しに飯田が覗き込んでいる。ふうぅ、と深い溜息をついてから、扉を開けて路面に降り立つ。

 

「……ンだよ」

「いや、なんだか思いつめている様子だったから……」

「………」

「やっぱり、4号くんに何かあったんじゃないのか?」

 

 「TRCSの件といい」と、飯田は言い募る。彼はこれまでの経緯ゆえ、既に確信しているのだ。――誤魔化せないと、思った。

 

「……もういねえ」

「……何?」

「あいつは……4号は、もういねえ」

 

 はっきり口にしてしまえば、その現実が改めて背にのしかかってくる。勝己は固く拳を握りしめて……震わせた。

 明確な単語ではなくとも、"もういない"ということば、何よりその打ちひしがれた様子を目の当たりにして、飯田が事実を正確に悟れないはずがなかった。

 

「そん、な……」

「……まだ、他の連中には言うな」

「なッ、だが……!」

「頼む……飯田、」

「……ッ」

 

 勝己が「頼む」なんてことばを吐くことは滅多にない。それだけ彼は追い込まれている――いまはせめて、同級生である自分が無条件の味方でいてやらねばならないと、飯田は思った。

 

「ならば……僕たちは………」

「………」

「俺たちが、彼のぶんまで頑張らなければな……」

 

 それだけが唯一絞り出せたことばだった。小さくうなずく勝己に「ではまた本庁で会おう」と念押しするように言い含めると、飯田は踵を返した。自分を救ってくれた第4号――結局彼に何ひとつ恩を返せなかったという、どうしようもない無力感に苛まれながら。

 

 

 

 

 

 一方、出久を看取った椿も、勝己への連絡を終えて憔悴に耐えきれずにいた。――見聞きしたこと……それを他人に伝えること。そうして人の精神というものは現実を明確に現実と認識するらしい。

 せめて、もう少し出久の身体が耐えてくれれば。あるいは解毒の個性の持ち主がもっと早く見つかっていれば。そんなIFを考えて……余計にやりきれない気持ちになった。無駄なのだ、そんなもの。

 

 暫し項垂れたあと、椿は緩慢な動作で電話機に手を伸ばした。出久の死を報告しなければならない相手は彼の母親だけではない。もうひとり、"彼女"にも――

 

 ちょうどそのタイミングで、電話がけたたましく鳴り響いた。予感めいたものもあり、打って変わって俊敏に受話器を手にとる。

 

「はい、椿。……あぁ、いまこちらからお電話差し上げようと思っていたところです。ええ、実は――」

 

 事実を伝えると、相手はことばを失ったようだった。受け止めきれない、当然だろう――と、思いきや。

 

『でも私、まだ信じます』

「えっ……」

 

 動揺とはほど遠い毅然とした口調で、彼女――沢渡桜子はそう言いきった。

 

『初めて未確認生命体に遭遇したとき、出久くんは私を庇って致命傷を負いました。本当だったらあの子は、そのまま死んでしまっていたかもしれない……でもそうはならなかった。あのベルトがあったから……』

「………」

『ベルトが出久くんのお腹に入っていって、無個性の出久くんが異形の戦士になって。信じられないことだったけど……でも現実です。それからだって信じられないくらい傷ついてても、信じられないくらい笑って乗り越えてきた出久くんだから。だから、きっとまだ……』

「沢渡さん……」

 

 椿が何も言えずにいると――桜子はさらに、意外なことを口にした。

 

『だから、お訊きしてもいいですか?』

「!、なんですか?」

『解読結果でわからない部分があるんです。何かの暗号みたいで……それがなんとなく医学的な感じがして、もしかしたら出久くんを救けるヒントになるんじゃないかと思うんです』

「どんな暗号ですかッ?」

 

 一縷の希望。藁にも縋る思いで、椿は尋ねる。

 

『――"戦士の瞼の下、大いなる瞳現れても、汝涙することなかれ"……』

「瞼の下、大きな瞳……」医師として、思い当たるふしはあった。「瞳孔の散大か?」

『心当たり、ありますか?』

「はい。我々は通常、瞳孔の散大で死亡を確認します」

『じゃあ、そうなっても涙するなってことは……』

「!、まさか……」

 

 

「まさか、生き返るってのか……?」

 

 

 




<おまけ>おやっさん→心操くんの呼び名についてのボツ会話(ポレポレのシーンのあとに挿入ください)

麗日「ところで……"ハリー"って何?」
心操「あぁ……俺、下の名前"人使"って言うんだけど」
麗日「うん、人使くん」
心操「なんでいま呼んだのか知らないけど……昔"植木等(ひとし)"ってコメディアンがいて、その人の別名義が"ハリー植木"だったんだって。つまり、"ヒトシ"繋がり」
麗日「えぇ……いや植木等は聞いたことあるけどさ、スーダラ節とか……そんな繋がり、わかる人おるん……?」
心操「俺に言われてもな」


"ひとし"と言えば真っ先に思いついたのはまっちゃんだったんですが、おやっさんはもっと古い世代推しだと思ってこの方をチョイスしました。スーダラ節しか知らないので色々調べましたです。
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