【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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ちょっと長くなりました。科警研パートは3/4に入れてもよかったかもとちょっと反省

ギノガ変態……もとい変異体、あのやりたい放題の暴れっぷりが好きです。パワーだけならゴにも食い込むイメージ
飯田くんは次エピソードまでちょっとがまんしてね!


EPISODE 17. なんでもない日 4/4

 ポレポレでの昼食を終えておよそ一時間後、出久と勝己は千葉県柏市にある科学警察研究所を訪れていた。

 

 

「………」

 

 出久は複雑な面持ちで金属シートの上で眠るゴウラムを見つめていた。一応形としては甲虫のそれに修復されているものの、色合いは総じてくすんでおり、到底もとの状態に回復しているとは言い難い。

 

「まあこのとおり、我々の言うことは聞いてくれないわがままなベイビーちゃんなわけですけれども!」

 

 発目の声だけが実験室内に反響する。他の研究員たちは揃って苦笑を浮かべているが、そんなものを意に介する女史ではないのだった。

 

「しかし今のお話を聞く限り、緑谷さんのお腹の石からこの緑色の宝石のようなパーツにエネルギーが送り込まれるとか、恐らくそんなところではないかと!」

「なるほど……じゃあとりあえず触ってみ……ても、いいですか?」

 

 この場はただのオブザーバーでしかない発目とだけ話を進めてしまうのも良くないと思い、出久はちらりと研究員一同を見やった。彼らは瞳を輝かせ、ぶんぶんと激しくうなずいている。発目に比べれば落ち着いているが、彼らもまた本質的には同類らしい――

 

 ともかく許可を得られたということで、出久はゴウラムの尾部のほうに跨がり、気持ち腰を下ろした。右手を翠の輝石に重ね合わせ、エネルギーを分け与えるイメージを描く。

 

「………」

 

 それを続けること三十秒ほど。――何も起こらない。出久はおずおずと手を離し、首を傾げた。研究員らの間にも若干白けた空気が広がってしまっている。

 どうしたんだろう。自分のイメージが弱かったのか、それとも根本から何か間違っているのか。出久がその場で考え込んでいると、

 

 不意に輝石が光を放ち、併せて破片群がカタカタと震え出した。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にシートから下がる出久。それを待っていたかのように、シートがぐにゃりと歪み、収縮を開始する。破片へと吸収されていくさまは、まさしく食べられているようにも見えた。

 

「おぉっ、これ成功じゃないですか!?」

 

 発目がはしゃいでいる。出久もまた喜びのあまり彼女とハイタッチをしそうになったが、勝己の冷たい視線を受けて我に返った。

 と、そのとき、廊下から所員のひとりが駆けこんできた。それもかなり慌てた様子で。

 

「たっ、大変だぁ!!19号の菌糸が……!」

「!」

 

 19号の菌糸――出久にはそれが何を意味するのかわからなかったが、数人の研究員たち、そして発目や勝己も顔色を変えて駆け出したため、それに従わざるをえなくなった。ゴウラムの変化に、名残惜しさはあったものの。

 

 

――そして、19号の菌糸を保管しているという実験室に一同が入った途端、

 

 どろりと音すらたてて、粘性の液体が床にこぼれ落ちた。

 

「……!」

 

 これまでに覚えたことのない生理的嫌悪感に、思わず息を呑む。そこには人間の頭部ほどもある腐った臓器のような物体が、まるで胎動するかのように蠢いていて。

 

「何……これ………?」

「えっと……回収された19号の遺体の一部……でしたよね?」発目が隣の所員に訊く。

「ああ……未確認対策用に培養実験してたんだが………」

 

 なぜこんな巨大化しているのか、担当所員ですら困惑を隠せない様子である。そしてこうして遠巻きに見ている間にも、それはさらに肥大しつつあって。

 

 そこに危機を察知した勝己が、単刀直入に訊いた。

 

「ここ、火気は?」

「え……あ、あぁ、使用しても……いや、爆破する気ですか!?」

「このまま育てたら取り返しつかねぇことになりますよ」

「……ッ」

 

 目の前の物体のことは彼らのほうがよくわかっていて、ゆえに危機感も共有していた。

 渋々うなずくのを見て、勝己はずんずんと歩み寄っていた。その手に力がこもり、

 

「――死ねぇッ!!」

 

――BOOOOM!!

 

 掌の汗腺から染み出したニトロの汗が爆発を起こし、臓物のようなそれを粉々に吹き飛ばす。その際に獣めいた断末魔が響き、勝己の勘が正しかったことが証明された。

 散らばる残骸が火の手をあげている。「死ねぇ、って……」と内心引きながらも、出久が動いて消火器を持ってきた。

 

「――ッ」

 

 消火剤を撒き散らす。対処が早かったために、火はさほど大きくならずに消し止められた。実験室内は後始末に苦労しそうな惨状を呈してはいるが……。

 

 パンパンと背広で掌を払いつつ、勝己は嫌悪を露わにする。

 

「菌糸っつったら、クソ小せえモンでしょう。それがなんでこんなデカくなるんすか?」

「恐らく、それだけ生命力が凄まじいんです。そしてある特定の条件下で、爆発的に増殖する……」

「!、それじゃあ……」

 

 ギノガの身体はばらばらに吹き飛んでいる。回収されていない部位があるとすれば、同じように菌糸が成長していることも考えられるのではないか。それも止める者もないから、際限なく。

 

 芽生えた不安を煽るかのように、勝己の携帯に着信があった――飯田から。

 

「……あぁ」

『第19号が再び出現したッ!』

「19号が!?」

 

 あえて勝己が復唱したことで、出久の表情も一気に引き締まる。

 出現地点の伝達だけ受けて、通話を切る。――危機感が滲む。

 

「こいつがさらに育って生まれたクローンか……」

「じゃあ、迂闊に爆発させたら……」

 

 また菌糸が飛び散って、さらに多数のクローン体が生まれかねないのではないか。だとしたら……。

 

「……なんにしろ、何もしないわけにはいかねえ」

「ッ、戦いながら考えるしかない、か……。発目さん、トライチェイサーは?」

「ご案内します!」

 

 発目に連れられて飛び出していく出久。その案内に従って地下駐車場の一角にある車庫に入ると、昨日より光沢の増した漆黒のトライチェイサーがそこにはあった。

 

「整備もきっちりしておきましたから、万全に動くはずです。お気をつけて!」

「うん、ありがとう発目さん。――変身ッ!!」

 

 車体に跨がると同時に、出久の身体がクウガのそれに変わる。マイティフォーム――椿の診察どおり、その身体は既に炎のごときエネルギーに満ち満ちていた。

 

 暗証番号を叩き込んで漆黒のマシンを黄金へと輝かせたあと、赤の戦士は発目に向かって親指を立ててみせ、戦場へ向けスロットルを唸らせたのだった。

 

 

 

 

 

 ギノガのクローン――"変異体"は、ただ獣じみた闘争本能にのみ従って暴れ回っていた。

 目についた工事現場の作業員たちを襲撃、逃げまどう彼らを殴り飛ばし、倒れた者を容赦なく踏みつける。

 

「ウォ……オオオオオオオッ!!」

 

 咆哮。姿は元のギノガと大きく変わっていないにもかかわらず、やはり理性は完全に失われているようだった。

 

――そんな血塗れの獣の暴虐を阻止すべく、"彼ら"が現れる。

 

「あれか……!」

「森塚より、19号Bを確認!これより排除に移りまっす!」

 

 刑事とヒーローで構成された合同捜査本部の面々。全員が現着したわけではなかったが、作業員たちが逃げる時間を稼ぐため少人数でも敵を引きつけるほかなかった。

 

「よ~し、来いッ!」

 

 森塚がギノガ変異体の頭部目がけて発砲する。弾丸が頭にめり込む……が、すぐにこぼれ落ちてしまった。もっとも予想はできたことだったが。

 

「!、ガァアアアアッ!!」

 

 効果はなくとも、攻撃を受けたことはわかったらしい。ギノガは怒りの雄叫びをあげてこちらに向かってくる。そこで飯田を警官隊の護衛に残し、ともに現着したヒーローたちが応戦する。それぞれが己の個性や身体能力を用い、ギノガの動きを抑え、倒そうと尽力する。それだけの数のヒーローに囲まれれば、普通のヴィランが相手なら白旗を揚げるしかない。まして彼らは選ばれた精鋭たちである。

 

――が、ギノガのパワーはそれをも上回っていた。

 

「グオアァァァァァッ!!」

 

 ヒーローたちの攻撃で受けたダメージを一瞬にして治癒させると、ギノガは面食らうヒーローのひとりを思いきり殴り飛ばした。精強なかのヒーローもその一撃で意識を刈り取られ、身動きがとれなくなる。

 陣形が崩れ、残るヒーローたちの動きがわずかに鈍る。理性がないにもかかわらず、そうした判断だけはできるようだった。隙を逃さず、ギノガは拳を叩きつけ、投げ飛ばす。彼らが二度と立ち向かってこられないように蹂躙するつもりのようだった。

 

「ッ、マジかよ……!」

「なんてパワーだ……」

 

 森塚も飯田も、ただただ唖然とするほかなかった。胞子は吐き出せないようだが、そのぶんパワーでは今朝方のギノガすら遥かに凌いでいる。ただただ、純粋な暴力――度を超している以上、それはある意味一番厄介だった。

 

(それでもッ、僕が食い止めなければ……!)

 

 この暴力の塊を野放しにすれば、周辺住民にまで被害が及びかねない。勝てないにしても、それだけは絶対にあってはならない。ゆえに飯田は脚のエンジンを唸らせた。

 

(トルクオーバー……!)

 

 

「――レシプロ、バーストッ!!」

 

 朝同様にエンジンのリミッターを外し、標的との距離を一気に詰めていく。この猛スピードは想定外だったのか、ギノガは一瞬の硬直を見せた。その隙を逃さず、飯田はその鍛え上げられた右脚を振り上げ、

 

 頸部に、蹴りを叩き込んだ。

 

 ゴキリと嫌な音をたてて、怪人の首が異様な曲がり方をする。――折れた。死に至るかどうかはともかく、それは大きなダメージであると飯田は確信していた。

 グロテスクな右手が、がしりと彼の足首を掴むまでは。

 

「な――ッ!?」

 

 飯田がぎょっとしたのもつかの間、ギノガは雄叫びとともにその身体を放り投げる。ヒーロースーツと併せて百キログラムを超える巨体が宙を舞い、そのまま後方へと――

 

「ちょ、ぉ……!?」

 

 そこには森塚がいた。小柄な彼に飯田の身体を受け止めきれるはずもなく、粉塵をあげて倒れ落ちる。

 

「ぐ、う……ッ」痛みに呻きつつ、「すみ、ません……ッ、森塚刑事、大丈夫ですか……!?」

 

 応答はなかった。うつぶせに倒れた彼は完全にのびてしまっている。

 意識は保っているにせよ、飯田の受けたダメージも小さいといえるものではない。ヒーロー勢が全滅した以上、敗北は必至。ならば、

 

「ッ、逃げて……ください!!」

 

 声を振り絞って、飯田は叫んだ。残る警官隊では絶対に敵わない。彼らの中からは死者が出てしまうかもしれない。ならば彼らを撤退させて、自分が殿として食い止める――それしかないと思った。

 

 しかし警官隊は、手負いのヒーローのことばを聞き入れない。彼らにも市民の安全を守る国事警察としての意地があったのだ。

 後退しながらも、首をさまよわせたまま向かってくるギノガに銃撃を続ける。が、ほどなくして彼らの拳銃は弾切れを起こしてしまう。そうなれば彼らに残されたものは、己の肉体のみ。それらはすべて、ずたずたに引き裂かれる運命にある――

 

「く、そ……ッ、やめ……やめろ――ッ!!」

 

 無意味とわかっていながら、それでも飯田は叫ばずにはいられなかった。そして無意識に、赤い複眼の戦士の姿が脳裏に浮かぶ――

 

 

――マシンの嘶く声が、響き渡った。

 

「……!」

 

 飛翔する、黄金と真紅の陽炎。それはギノガに向かってホイールを振り下ろし、弾き飛ばした。

 キキィ、と音をたててその場に停車したのは――トライチェイサー。跨がる異形の騎手をはっきりと認識して、飯田の胸に歓喜が湧き起こる。

 

「4号くん……!」

 

 朝の白い姿ではなく、灼熱のごとき赤――闘志に満ち満ちたその姿は、一瞬自分がヒーローであることを忘れそうになるくらい頼もしかった。

 マシンを下りた彼は、その巨大な複眼を飯田のほうへと向けた。

 

「インゲニウム……まだ、動けますか?」

「!、あ、ああ、当然、だ……ッ!」

 

 声をかけられたことに面食らいつつも、飯田は痛みをこらえて立ち上がってみせた。

 

「じゃあ、皆さんの救助をお願いします。19号は、僕が倒しますから!」

「……わかった!存分に戦いたまえ!!」

「はい!」

 

 力強くうなずくと、クウガはギノガを追って駆け出していった。その正体に対する好奇心は依然あったが……正体がわからないからと、彼への信頼が揺らぐことはもうなかった。

 

 

 

 

 そして、クウガとギノガ変異体の対決が始まる。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 劫火のごとき拳を突き出すクウガ。その直撃を受けて怯みながらも、ギノガもまた闘争本能だけで目の前の宿敵に挑みかかる。

 

「グォアッ、グォオオオオオッ!!」

「……ッ!」

 

 パワーはほぼ互角。しかしその勢いだけは、この獣のほうが勝っていた。クウガが次々拳や蹴りを叩き込んでくるのも構わず突進し、そのボディにラリアットをかます。

 

「ぐぁっ!?」

 

 踏ん張りきれず、弾き飛ばされるクウガ。地面に叩きつけられながらも彼は即座に態勢を立て直そうとするが、理性がないゆえに弛むことを知らないギノガは一気に襲いかかってくる。起き上がろうとする胴体を蹴りつけ、再び倒れたところで首に手を伸ばす。そのまま万力のようなパワーで締めあげながら、身体ごと持ち上げていく。

 

「が、くぁ……ッ」

「ウォオオオオオオオッ!!」

 

 何度目になるかもわからない咆哮をあげるギノガ。生身の出久であれば、とっくに頸骨を砕かれて今度こその死を賜っていることだろう。強化されたクウガの身体が耐えているうちにと、彼は力を振り絞って膝をギノガの腹部に叩きつけた。

 

「グォアッ!?」

 

 呻き声をあげ、ギノガの身体がよろける。同時に解放され、クウガは地面に尻餅をついた。

 

「……ッ、はぁ、はぁ……」

 

 呼吸を整えつつ、変身者たる出久は思考する。――このまま赤でいくべきか、それとも他の色に変わるか。

 

(青で猛攻をかわして隙をつくる?いや、それだと7号のときの二の舞になるかもしれない。この距離で緑は論外……だとすると紫か?いや、でも……)

 

 そもそもの問題があった。――周囲に、武器に変えられそうなものが見当たらないのだ。トライチェイサーとは距離が開いてしまっている。

 

「ッ、やっぱり赤しか――ッ!」

「グォオオオオオッ!!」

 

 再びギノガが跳びかかってくる。ここをどう切り抜けるかで趨勢が決する。彼が覚悟を決めたそのとき、

 

 

「死ね菌類がァッ!!」

 

――BOOOOM!!

 

 なかなかの罵声とともに、爆破。もろに受けたギノガの身体が紙のように吹き飛んでいく。

 それをもたらした主は、小規模な爆破で勢いを調整しつつ鮮やかに着地してみせた。

 

「!、かっちゃん……」

「チッ、何手こずってやがんだクソナード!」

 

 若手トップヒーロー・爆心地に鋭くひと睨みされ、クウガは少しばかり背筋を震わせた。もはや身体がそう覚え込まされてしまっているのか、彼の紅い瞳に睨めつけられると竦みあがってしまうのだ。

 でもいまは、それだけではない。彼はもう脅威でなく、自分の戦いを支えてくれる存在だから。――勝てる。そんな確信が、いっそう深まるのだ。

 

「デク」一転して落ち着いた声で、「アレは突然変異で生まれた不完全体だ、散らしてももう再生する力はないらしい」

「!、じゃあ、ふつうに倒してもいいんだね?」

「おぉ」

 

 ならば、ここで一気に決着を――そう考えて、ふと思いついたことがあった。

 

「かっちゃん。僕が跳んだら、後ろから爆破してほしいんだ」

「あァ?何言っとんだ、テメェ」

 

 とち狂ったと思われたのか、勝己が怪訝な表情を浮かべている。

 

「爆風に煽られれば、そのぶん威力も上がると思うんだ。あいつ、パワーが凄まじい……一撃で仕留めたいんだ、頼む!」

「……チッ、火だるまンなっても文句は聞かねえぞ」

 

 舌打ちしつつも、既にウォーミングアップとばかりに小さな爆破を起こしている勝己。少年の頃は恐ろしいばかりだったそれも、やはり。

 

「グゥ……グガァアアアアッ!!」

 

 ギノガは立ち上がり、全身に力を漲らせるようにして叫んでいる。それが自分や勝己に仕向けられる前にと……クウガは、跳んだ。

 

「はッ――」

「――オラァッ!!」

 

 跳躍し、キックの態勢を整えるのとほぼ同時に、勝己がひときわ大きな爆破を放った。背中に受ける灼熱。その爆風を受けて、降下のスピードが一挙に上昇する。そして、

 

 

「うぉりゃぁあああッ!!」

 

 雄叫びとともに、炎を纏う右足がギノガの胸ド真ん中に直撃する。

 

「ガァ――――!」

 

 短い悲鳴とともに、ギノガの身体が凄まじい速度で後方に吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられても止まることなく、膨大な砂塵を巻き上げながら転がっていく。摩擦に摩擦を重ねて、ようやくその菌糸の塊は倒れ込むことを許された。

 

「……ッ、………」

 

 一瞬、身体を起こそうとするが……結局、力尽きる。胸に色濃く浮かんだ古代文字から、全身にひび割れが広がっていく。

 

「やったか……」

 

 確認すべく、勝己が駆け寄っていく。クウガも当然あとを追おうとするが、その瞬間、

 

「ッ!?」

 

 右脚に電流が奔ったような痺れ。反射的に足を止めて見下ろしたときにはもう、そうした感覚は消えうせていたが。

 

(なんだ、いまの……?)

 

 気のせいか?それにしては鮮明な感覚だったが……まだ戦いは終結したわけではない。いったん頭の片隅に追いやって、彼は倒れたギノガのもとへ走った。

 

――そこで、もうひとつの異変に気づいた。

 

「……爆発、しない?」

 

 ギノガの全身にヒビが広がっていくが、これまで倒してきたグロンギのように爆散する様子は微塵もない。訝しんでいると、いきなりその身体がびくんと痙攣する。

 そして、

 

 どろりと音をたてて、その身体が溶け崩れた。

 

「と、溶けた……なんで?」

「……ベルト、じゃねえか?」

「あっ……」

 

 そういえば、これまでのグロンギは皆、ベルトのバックルにヒビが到達した瞬間に爆発を起こしていた。火薬か何か仕込まれているのか、とにかくそれが爆発を引き起こすトリガーとなっていたのだろう。

 

(じゃあ、さっきのは関係ない……か)

 

 やはり気のせいなのか。考え込んでいると、

 

「どうした?」

「!」

 

 勝己が問いかけてくる。ぶっきらぼうな声音だが、そこには気遣いめいたものも感じられて。

 

「いや、いま、少し右足にビリッときて……電気みたいなのが」

「……電気?」

「あっ、いや、気のせいだとは思うんだけどね!?本当にさっきの一瞬だけだったし!」

 

 慌てて取り繕いつつ、変身を解く。わずかに目線が下がり、自然と勝己の顔を見上げる形となる。

 彼もまた暫し考え込む様子を見せていたが……やがて突き放すように「そうかよ」と言った。

 

「……じき他の連中が来る。テメェとはここまでだ、とっとと帰れ」

「あ、うん……そうだね」

 

 勝己は捜査本部の人間、ここからの仕事というのもあるだろう。――でなくとも、本来の用事はすべて済んでいる。彼とともに行動する理由を、出久はもう持ち合わせてはいなかった。

 幼なじみとして、それが寂しくないかといえば嘘になる。でも、

 

「ねえ、かっちゃん」

「あ?」

「こんなこと言ったら怒るかもしれないけど……今日は、なんか楽しかった。小さい頃みたいで……」

 

 こうして戦いもあったものの、今日の一連の行動のほとんどはそれと直接関係のないものだった。一緒に昼食をとって、車中で話をして――そんな友人めいたことを彼とできる日がくるなんて、思ってもみなかったから。

 そんな想いの滲んだ出久のことばに、勝己は一瞬目を丸くしたが……やがて大きな溜息をついて、背を向けた。

 

「……ケッ、クソくだらねぇ。テメェと友達ごっこするつもりなんざハナからねえわ」

「………」

「それに、」

 

「テメェももう、俺じゃなくてもいいだろうが」

「え……」

 

 勝己はもう、それきり口を噤んでしまった。もはや一切の接触を拒んでいる、「かっちゃん」と呼ぶことすら許さないであろうほどに。仕方なく出久は、「じゃあ、また」とだけ告げて踵を返したけれども。

 

(僕だって、"ごっこ"をするつもりはないよ……かっちゃん)

 

 いつの日かグロンギとの戦いが終わって、自分がクウガでなくなったとしても。昔のようにとはいかずとも、こうしてことばをかわすことが許される関係でありたい――強欲にすぎると自嘲しつつも、出久はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 バラのタトゥの女は、とある朽ちた洋館を訪れていた。

 どこからかピアノの音色が響いている。プロのピアニストと聴き紛うほどの見事な演奏、そんなものに欠片も興味を示すことなく、彼女は歩を進めていく。

 そして、

 

「ジガギヅシザバ……"ドルド"」

「ジガギヅシザバ……"バルバ"」

 

 彼女を"バルバ"と呼ぶ、長身の仮面の男。他のグロンギとはまったく異なる幽玄な雰囲気を纏う彼は、なぜ彼女をここに呼び寄せたのか。

 

 

「デビギセス……ガサダバスドヂサン……ゴン、バギゾ……」

 

 

――何かが終わり……そして、始まろうとしていた。

 

 

つづく

 

 

 






EPISODE 18. 化け物


???「来るな……来るな……俺を呼ぶなァ――ッ!!」

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