【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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Pixiv連載版からプロローグをカットしました。
作品あらすじで大体説明できちゃったので。

そんな見切り発車っぷりですがどうぞお付き合いくださいませ。


本編
EPISODE 1. 緑谷出久:リユニオン 1/3


 有史以前、その遥か古代。ひとりの青年が、異形の怪人たちと対峙していた。

 

――……!

 青年が何かを叫び、構えをとる。するとたちまち、その姿が怪人たちと同様の異形に変わる。

 異形と、異形。人間を遥かに超越する力と力が――ぶつかりあう。

 クワガタのような二本角をもつ赤い異形が、先陣を切って突っ込んできた蜘蛛に似た怪人に蹴りを見舞う。途端に怪人は、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

 その一部始終を目の当たりにして、後から続く怪人たちが一瞬怯む。その隙を突く形で――異形の戦士は、その姿を変えた。鎧と瞳が、赤から青へ。さらには長さ一メートルを超える長大な棍棒を手にする。次に突進してきた飛蝗の怪人をその棒で叩き伏せ――やはり、打ち倒した。

 戦士の無双はまだ終わらない。身軽な青から堅牢な鎧をもつ紫へと変身し、なおも向かってくる敵を剣でばったばったと斬り伏せていく。恐れをなして逃げ出した敵に対しては緑色の身体に変身、正確無比なボウガンによる射撃で撃ち抜いていく。

 

 一方的な蹂躙と掃討。それが済むと、戦士は再び赤い身体に戻った。残るは、あと一体。闇の中で浮かび上がるそのシルエットは、戦士と寸分違わぬものだった。ただ、角が四本であることを除いて。

 "それ"が放つ気迫は、それまでの怪人たちとは比較にならない。しかし、戦士は躊躇うことなく走り出す。その足下で、炎が爆ぜる。戦士が歩を進めていくごとに、炎はさらに勢いを増して燃え上がった。そして、

 

――ウオオオオッ!

 雄叫びとともに、戦士は遂に炎を纏った蹴りを放つ。対峙する異形は、拳を振り上げてそれを迎え撃ち、

 

 次の瞬間、辺り一面が閃光に覆い尽くされた。戦士も、黒い異形も、斃れた怪人たちも、何もかもを光が呑み込んでいく。耳を劈くような激しい爆発音と地響きだけが、その中心で起こる激突の一端を知らせている。

 

 やがて、音が止み、同時に光が収まっていく。露わになったその地は、見る影もないほどの荒野と化していた。

 それだけではない。ついいままでそこで戦っていたはずの異形たちの姿が、跡形もなく消えうせていた。痕跡すらなく、まるで彼らの存在が夢幻であったかのように。

 

 ただ、そうでないことを、その場に残された巨大な棺が示していた。どこからともなく現れた少女の手が、棺を静かに撫でた。そこに眠る者を労い、慈しむかのように。

 

 

 

 それから、悠久の時が経ち。棺は積もり積もった地層に埋もれ、怪人たちもろとも人々の記憶から消え去っていった。やがて"個性"が発現し、人々があの異形たちのような能力や姿を得る時代が訪れてもなお、彼らの存在は、決して思い起こされることはない――

 

 

 

――――そのはず、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷出久は城南大学法学部に在籍する学生である。もさもさした緑がかった黒髪、卵のような楕円形の大きな瞳とそばかす以外には特徴の薄い地味な顔立ち、同年代のちょうど平均あたりであろう背丈――強いて言うなら授業態度が良好であるくらいの、ごくごくふつうの青年であった。

 

 唯一、ふつうでないとすれば――"無個性"であることくらいか。

 架空が現実に。人々が"個性"と呼ばれる超能力をもつことが当然となった現代社会において、それは悪い意味で"特殊"であった。そのせいで彼は周囲から卑下される少年時代を過ごさねばならなかったし……夢すらも、捨てなければならなかった。

 

 その、一方で。

 

――ヒーロー爆心地、お手柄!連続爆弾魔を見事確保!

――元同級生に聞いてみた。ナンバーワン若手ヒーロー・爆心地の素顔に迫る!

――エンデヴァー、電撃復帰のウラに愛息・ショートの失踪……

 

 そこまで読んだところで、小さく溜息をついて、出久はスマートフォンをジーンズのポケットにしまい込んだ。なんとなく気になって、暇つぶしと言い訳して目を通したヒーローニュース。日本で活動しているヒーローは数多いるというのに、記事のバックナンバーには"爆心地"なる物騒な名前の若手ヒーローが頻繁に登場している。その名を見る度に、出久は複雑な思いにとらわれる。自分があきらめた夢を、彼は――

 

「――いーずくくん!」

「!」

 

 物思いから我に返って、出久は顔を上げた。ブルーのジャケットに白いボトムスといういでたちに、ボブにした茶髪が健康的な美貌の女性が、にっこりと笑いながらこちらに歩いてくる。異性慣れしていない出久は、それだけで緊張を強いられてしまうのだった。

 

「お待たせ!明日用の資料まとめるのに時間かかっちゃって……」

「い、いや、全然待ってないよ!僕もさっきまで講義で、いま来たとこなんで、うん……」

 

 出久が挙動不審になってしまっても、彼女は「そっか。お疲れ様!」と笑ってねぎらってくれる。それだけで、憂鬱な気分など吹き飛んでしまうのだった。

 

 

 

 

 沢渡桜子。城南大学考古学研究室に所属する、いわゆる大学院生である。出久より年上で、法学部生である彼とは本来接点をもたないはずだった。そんなふたりが出会ったのは、互いに数合わせとして参加した合同コンパの場において。場慣れしていないこともあってうまく溶け込めない出久と、そうではないもののあまり積極的に楽しもうという気の起きなかった桜子。輪に入れない、あえて入らなかったふたりがその外でことばを交わしあうのは不自然なことではなかった。

 そうして会話してみると、不思議なくらいに互いの印象は良好なものとなっていった。出久からすれば彼女の分け隔てのない明るい口調と態度はとても魅力的なものと映ったし、桜子も出久のころころと変わる表情、幼子のような大きな双眸の中心に輝く、純な翠の瞳が気に入っていた。――何より、ふたりとも数年前に引退した伝説のヒーロー・オールマイトのファンであることが大きかった。その場でふたりは連絡先を交換し、その後も親しい関係を継続させていくことに躊躇いはないのだった。

 

 

 いま桜子は、出久の真後ろに座っていた。お腹に回した腕に少し力をこめると、その肩がぴくりと震えるのがわかる。フルフェイスのヘルメットを被っていなければ、きっとその赤らんだ頬も見えるのに――彼がオートバイの運転中であることを、少しばかり残念に思った。

 年上の異性が背中に密着する感触を忘れるためか、出久はよりいっそう運転に集中することにしたようだった。おとなしそうな出久がバイクなんて似合わない、と当初は断じた桜子だったが、彼の性格が滲み出た穏やかなハンドリングは、下手な乗り物よりずっと心地がよかった。

 

 そのうちふたりを乗せたオートバイは、車通りの多い国道を抜け、小高い丘を上っていく。やがてその頂にたどりついたところで、出久はゆっくりとブレーキを握った。

 そこには都市の喧騒とは離れた閑静な住宅街があって、はずれに公園がある。昼間は子供たちの遊び場ともなっているが、陽が落ちればそこも静寂に覆われる。大学生特有の華美な賑やかさを好まぬふたりにとって、ずいぶんと落ち着けるスポットなのだった。

 

「ふー……」

 

 出久がベンチに腰掛けてひと息ついていると、傍らから缶コーヒーを差し出される。

 

「出久くんも飲むでしょ?」

「うん、あ、でも……」

 

 財布を取り出そうとして、その掌に缶コーヒーを滑り込まされる。

 

「いいのいいの、ここまで連れてきてもらったんだし。そもそも私のほうがおねーさんだしね」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「よろしい!」

 

 実のところ身体が冷えていたので、この心遣いはありがたかった。もう春先とはいえ、夜にオートバイで受ける風はずいぶんと冷たいのだ。

 ふたりで並んでコーヒーで喉を潤したあと、どちらからともなく口を開く。今日何があったかとか、何を食べたかとか、オールマイトのことだとか。他愛のない話題が続く。

 話題のとぎれ目。不意に、出久が訊いた。

 

「沢渡さん、今日、元気ないね」

「え、そ、そう?」

 

 桜子は表向きいつもどおりの朗らかな振る舞いに徹しているが、出久は知っている。慰めてほしいと露骨に態度で示さずとも、この公園を選ぶときの多くは、何かを抱えているときなのだ。

 それに出久はもう、心当たりをもっていた。

 

「やっぱり、発掘調査、行きたかった?」

「……まあ、ね」

 

 曖昧に首肯する。

 桜子の所属する城南大学考古学研究室はいま、首都圏某所にある九郎ヶ岳にて、地殻変動によって出現した古代遺跡の発掘調査を行っている。考古学者の卵である桜子も当然、実地調査への参加を望んでいた。しかし修士一年目の彼女の希望は通らず、専ら研究室で現地から送られてくる古代文字の解読を任されていた。

 

「解読も大切な仕事だし、仕方ないのはわかってるんだけど……なんかモチベーションが上がらなくてね。こんなことで腐ってる場合じゃないとは思うんだけど……」

「………」

 

 出久は暫し、相槌を打つだけにとどめていた。彼女の話にひと区切りついてから、慎重にことばを選び出す。

 

「そういう気持ちになることは、誰だってあるんじゃないかな。僕もヒーローニュースとか見てると、子供のころみたいに純粋な憧れだけじゃなくて……嫉妬、しちゃうことだってあるし」特に、爆心地に対しては――とは、流石に言わなかった。「だから、思いっきり悔しがったっていいと思う。大切なのは、その気持ちを一番ためになるように活かすことじゃないかな……。うまく、言えないけど」

「……うん」

 

 明確な解決策というわけではない。出久だって、そんな自信をもって言っているつもりはないのだろう。

 しかし、彼に何か言ってもらえるだけで、心のもやもやがすっと晴れるのだ。いつだってそうだった。出久のことばには、そういう不思議な力がある。

 

「ありがと。ちょっとだけすっきりした」

「ほ、ほんと?ごっ、ごめんね、僕、修士のこととか、考古学のことは全然わかんないから、こんな一般論しか言えなくて……」

「もー、大丈夫だって。出久くんはもう少し自分に自信もちなさい!」

「いや、でも僕、無個性だし……」

「個性なんて関係ないの!いい?遺跡に埋もれているような古代の人たちはみんな個性なんてもってなかった、それでも叡智を駆使して立派な文明を築いてきたの!あなたはその叡智を受け継ぐ男なのよ!」

「あ、あははは……」

 

 悪い癖が出た、と出久は思った。桜子は本当に気立てのいい女性だが、学問の道を選んだだけあって些か暴走ぎみなところがある。もっとも出久も人のことは言えなくて、だからこそ意気投合した部分もあるのだが。

 

 

 そんな小さな波乱はあれ、ふたりは間違いなく平穏の中にいた。同時刻、九郎ヶ岳で惨劇が起き――それがさらなる悪夢の呼び水となろうとしていることなど、知るよしもなかった。

 

 

 

 

 




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