【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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かっちゃん&切島くん登場
ルーキーにもかかわらずふたりだけで行動してるのは御都合です


EPISODE 1. 緑谷出久:リユニオン 2/3

 

 枕元で、鳴り響く着信音。

 とぎれることのないそれに、眠っていた出久の意識は、強制的に覚醒を促された。

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛……ッ、誰……?」

 

 ほとんど寝た気がしない。時計を確認すると、案の定というべきか、就寝から三時間ほどしか経っていなかった。ゆうべはあのあと、アパートに愛車を置いてから、桜子とともに近くの居酒屋で夜中まで一緒に呑んでいたのだ。

 今日の講義は午後だけなので、まだ寝ていられる。にもかかわらず睡眠を邪魔されたことに出久は苛立ちを覚えていたが、端末に表示された名前を認めた途端、その感情は一気に吹き飛んだ。

 

「ん、沢渡、さん……?」

 

 代わりに、怪訝な気持ちにとらわれる。桜子は研究に没頭するあまり何徹もして平然としている女傑だから、既に起床していることはおかしな話ではない。だが、出久がまだ寝ている可能性を考慮せず電話をかけてくるような無遠慮な女性ではないはずだ。

 であれば、電話してこざるをえないような事態に陥っているのだろうか。眠い目をこすって、出久は起き上がって受信へと指を滑らせた。

 

「――もしもし?」

『あっ、もしもし出久くん?ごめんね、まだ寝てたよね?』

「うん、まあ……それより、何かあったの?」

 

 予想どおり、桜子の声は切迫していた。同時に、どこか憔悴しているようにも聞こえる。ちょっとしたトラブルに巻き込まれた程度の話では済まないのではないか。

 その予感は、的中してしまった。

 

『いまね、大学に来てるんだけど、大変なことになってて……。研究室の、その、九郎ヶ岳の調査団のメンバーが、みんな――亡くなった、って……』

「え……?」

『それで、警察の人もたくさん来てて……!ねえ、どうしよう出久くん……!』

 

 電話の向こうの女性は、冷静でいられなくなっている。当然だろう。身近な人間を一気に数人なくしたというのだから。自分まで取り乱している場合ではないと、出久は息を整えて、言った。

 

「落ち着いて。とりあえず僕もすぐそっちに行くから、ね?」

『……うん。じゃあ、待ってる』

 

 桜子との通話が切れるや、出久は有言実行とばかりに即座に動き出した。寝癖も整えず、適当に着替えて部屋を出、バイクに跨がった。昨晩のアルコールが抜けているか、気にしている余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 城南大学は、首都・東京は文京区に立地する百年以上の歴史を誇る名門私立大学である。立地やその広大な敷地、学部の枠にとらわれず自由な学びを推奨する校風から大変人気は高く、また卒業後の進路も官僚から芸能界まで幅広い。

 文学部史学科、考古学研究室の入った棟は、その敷地の片隅、木々に囲まれた自然の中に位置している。華やかさはないが、歴史と伝統を感じさせるその佇まいが、史学を志す学生には好評だった。

 いま、棟の内外では、学生や職員らが不穏な様子でことばをかわしあっている。その理由を知っている出久は、彼らに目もくれず研究室への道程をひた走った。

 

「沢渡さんっ!」

 

 研究室の扉を開け放つと同時に、そう叫ぶ。部屋の中にいたふたり組のスーツ姿の男たちが怪訝そうに眉をひそめ、名を呼ばれた当の本人は安堵の表情を浮かべている。

 

「出久くん……っ、ありがとう、来てくれて……」

「ううん……大、丈夫?」

 

 そう訊くと、桜子は小さく頷いた。相変わらず顔は青いが。

 と、男の片割れが歩み寄ってきた。睨まれている、と一瞬思ったが、どうも単に目つきがよくないだけらしい。

 

「失礼ですが、あなたは?研究室の関係者の方ですか?」

「あ、……っと、沢渡さんの個人的な友人で……緑谷といいます」

 

 そう名乗った直後、桜子が「警察の人」と耳打ちしてきた。薄々勘づいてはいたが、やはり調査団の面々は、何らかの事件か事故に巻き込まれたらしい。

 

「あの、調査団の皆さんは……どうして亡くなられたんですか?」

 

 出久が訊くと、刑事は相棒にちらりと目配せした。彼がうなずくのを確認して、口を開く。

 

「はっきりした死因はまだわかっていませんが……全員、ほぼ即死の状態でした。死亡推定時刻、遺跡周辺で落雷や小規模な山崩れが確認されていまして、現在関連を捜査中です」

「……事故、ってことですか?」

 

 出久にはそうとしか聞こえなかったのだが――刑事はなぜか、首肯しようとはしない。

 怪訝に思っていると、不意に、彼の携帯が鳴った。

 

「はい林。――はい、はい……は?いや、しかし……わかりました。ではすぐにお連れします。はい、失礼いたします。――沢渡さん、」通話を終えて早々、桜子に声をかける。「これから、署にご同行願えませんか」

「え、どうして……ですか?」

 

 ご同行、と言われると、刑事ドラマの知識から半ば容疑者扱いされているように感じてしまってか、桜子の表情が曇る。

 彼女を安心させるように、刑事は気持ち優しい声で説明した。

 

「お預けしたいものがあるそうです。遺跡から回収された出土品のようですが……すみません、とにかくあなたをお連れするようにと」

「……そういうことでしたら」

「――あっ、あの!僕も、同行させてもらっていいですか?」

 

 出久が咄嗟にそう声をあげた。精神的支柱、などと言うとおこがましいが、親しい人間が一緒にいるだけでも少しは気持ちを和らげることができるのではないか――そう考えたのだ。

 刑事たちは渋るそぶりを見せたが、桜子からも「お願いします」と頼み込まれ、渋々了承したのだった。

 

 

 ここで桜子と行動をともにしたことが、一度は定まったはずの出久の運命を、大きく狂わせることになる――無論この時点で彼は、まだそんな予感すら抱いていないのだが。

 

 

 

 

 

 ヒーロー・爆心地こと、爆豪勝己は苛立っていた。もっとも、彼は全人類の中でも気短においてトップクラスに入る青年なので、それ自体はまったく珍しいことではない。巷では"爆ギレヒーロー"などという、彼のヒーローネームと個性にちなんだ二つ名をつけられているくらいである。

 

 苛立ちをもたらす原因は、すべて目の前の光景にあった。ビルの屋上に、男が立っている。春先にもかかわらず分厚いコートを纏い、フードを目深に被っている――そんな恰好だけでも不審者だが、ヒーローや警官たちが彼と対峙している最大の理由は、その周囲に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣にあった。その巣に、数人の一般市民が捕らえられているのである。

 ビルを取り囲んだ警官隊が先ほどから何度も説得を試みているが、男はまったく応じる様子を見せない。しかしそれ以外に何をするでもないため、手を出すこともできず、膠着状態に陥ってしまっている――

「チッ……」

 

 何度目になるかわからない舌打ちをこぼしたとき、

 

「バクゴー!」

 

 背後からファミリーネームを呼ぶ声とともに、殆ど上半身を晒したコスチュームと逆立った真っ赤な髪が特徴的な青年が走ってくる。――烈怒頼雄斗(レッドライオット)こと、切島鋭児郎。勝己と同じ事務所に所属するヒーローであり、また高校時代からの友人でもある。

 その友人を、勝己はいきなりぎろりと睨みつけた。

 

「このクソ髪ッ、いい加減ヒーローネームで呼べっつってんだろうが!」

「あ、わ、わりぃ……ついクセで。つーか、そういうおめぇだってクソ髪って呼ぶじゃねーか!」

「俺のは単なる罵倒だボケ。――それより、照会結果は?」

 

 納得いかない様子ながら、切島は淀みなく答える。

 

「似たような個性の持ち主は何人かヒットしたけど、全員所在の確認がとれてる」

「……あの(ヴィラン)正体不明(アンノウン)っつーわけか」

「おう。しっかし、どういうつもりなんだろうな……なんの要求もしてこないなんて」

 

 警察が説得をあきらめ強硬手段に打って出るか、敵が攻撃ないし捕らえた人々に危害を加えるか、それまでヒーローである自分たちは身動きがとれない。勝己の苛立ちはますます深まっていく。それを宥めるのも自分の仕事だと、切島は半ば達観していたのだが。

 

 しかし、意外に早く状況は動いた。誰しもが、予想だにしないかたちで。

 

「ゴソゴソ、ザジレス、ゾ……」

 

 男が何かを呟いた、次の瞬間――その身体に、変化が起きた。

 四肢がずるずると伸び、腕などは地面につかんばかりになる。それだけではない、その肌の色が、薄緑色へと変色していく。

 

「……!?」

「なんだ、あいつ……!?」

 

 ヒーローたちが呆然とするなか、男はどんどん人間離れした姿に"変身"する。そして、極めつけに、

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

 咆哮とともにコートが破り捨てられ、その正体が、露わになった。

 

――まるで、蜘蛛のようだ。勝己は頭の片隅の冷静な部分で、そう評価した。同時に。あまりに人間離れしていながら、人間の型を残した姿、

 

「ボン、ズ・グムン・バ、ンパザゾ、リソ」

 

 そのつぶやきは、拾われることなく。それでも残酷に、異形は手の甲に生えた鋭い爪を振り上げた。

 

「――!」

 

 息を呑む間も、なかった。

 

 異形が爪で空気を薙いだ次の瞬間、巣に捕らわれた人々の胴体から鮮血が噴き出した。彼らは何が起きたのかわからないと言いたげな表情を浮かべ、痛みを感じる間もなく絶命した。

 

「あ、あいつ……っ!」

 

 隣で切島が拳を握る。勝己も警官隊も、なんの躊躇いもなく殺人に及んだ異形には戦慄を隠せないでいる。

 その隙を突き、異形はビルから跳躍した。慌てた警官隊が発砲し、胴体に銃弾がめり込む。にもかかわらず、異形は怯む様子すら見せない。銃弾がぽろぽろと地面にこぼれ落ちる。――ただの敵ではない。そう判断するのに、時間はかからなかった。

 無論、彼が現代の人類とは異なる超常の存在――グロンギのズ・グムン・バであることまでは、推測が及ぶはずもなかったが。

 

「ッ、クソ髪ィ!!」

「おうよッ!!」

 

 いずれにせよ、警官隊では対抗できない。ならばと、ヒーローふたりが動いた。切島が自身の個性を発動、全身の皮膚を硬化させて警官を庇いに入る。ほぼ同時に、グムンの爪が、彼の腕に突きたてられた。

 

「ぐっ!?」

「……!」

 

 切島の表情が苦痛に歪む。ふつうの刃物では傷をつけるどころか一発で折れてしまうところ、グムンの爪は見事に切り裂いていたのである。もっともグムンも、その程度のダメージしか与えられなかったことに驚愕した様子ではあったが。

 

「チッ、下がってろ!」

 

 切島を後方に下げ、勝己が前面に出る。グムンの追撃を許さないとばかりに――自身の個性、"爆破"を、その顔面にぶちかました。いっさい手加減はしていない、常人相手ならそれこそ頭が吹き飛びかねない威力をぶつけたつもりだった。いや、実際そうだったのだ。

 しかし、駄目だった。グムンの顔面が焼け焦げたのもつかの間、表皮がぼろりと崩れ落ち、元通りの傷ひとつない皮膚が姿を現す。

 

「う、うそだろ、バクゴーのマジ爆破が効かねえなんて……」

「っ、クソが……!」

 

 ヒーローたちが焦燥に駆られる一方で、グムンもまた、彼らの能力に驚いている様子だった。

 

「ボンバヂバサゾ、ヅバゲスジョグビバダダドパ……バパダダ、バロ、"リント"――!」その瞬間、彼は唐突に振り向き、「ボンベザギパ、"クウガ"……!」

 

 不可思議な言語で何事かを呟くと、長い脚をバネにして跳躍、再びビルの屋上に舞い戻った。そして、

 

「ゴラゲダヂパ、ギズ、セバス!」

 

 ビルからビルへ飛び移り、逃走を開始する。

 

「ッ、待ちやがれ!!」

「あっ、おい、バクゴー!?」

 

 切島が引き留めようとするのも間に合わず、勝己は大地を蹴って跳躍する。いくら鍛えているとはいえ、彼のジャンプ力は常人の域を出ない。――"個性"を使わなければ。

 跳躍と同時に、地面に向かって両手から爆破を起こす。その衝撃で身体が高く打ち上げられる。重力に引かれて墜落を始める前に、また爆破。それによって、勝己は実質的に空を飛ぶことだってできる――

 グムンを追って飛翔を続けながら、勝己はその様子に不可解なものを覚えていた。

 

(こいつ、どこを目指してやがる……?)

 

 自分たちに恐れをなして逃げ出したなどと、慢心した考えはもっていなかった。いま向かっている方向――その先に、目の前の怪人は、何かを察知している。一体、何が待ち受けているというのか――勝己には、量りかねていた。

 

 




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