【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我   作:たあたん

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バカは要約ができない(訳:長くなりすぎちゃったテヘペロ)
これでも戦闘シーンとか色々はしょりました。大人しく四部構成にすりゃよかったとか言わない。



ドルドの羽根はファンネル。作者世代的にはドラグーンorファング。


EPISODE 21. クウガ&アギト 3/3

 たゆたうようなまどろみの中から、次第に浮遊していく感覚。

 それが少しずつ鮮明になっていく段階を踏んで、緑谷出久は覚醒に至った。目に映る白い天井、薬品の匂い。

 

(びょう……いん……?)

 

 推察は容易かった。なぜならつい数週間前にも同じような目覚めを経験しているから。

 加速度的に脳が活性化し、ばらばらに解けていた記憶が束ねられていく。自分がなぜ、包帯まみれになって病院のベッドの上にいるのか。

 

「……ッ、」

 

 恐る恐る、身体を起こそうと試みる。節々にずきりと痛みが走るが、もとが意識を保てないほどの重傷であったことを思えば快癒に向かっている、と言えるのではないだろうか。さすがは霊石アマダムである。

 

 ただ、自分の身体のこととは別の気がかりがあった。――未確認生命体は……そして轟焦凍は、どうなったのか。

 薄れゆく意識の中、どこかへ去りゆくその背姿を見たことは覚えている。そのあと彼はどこへ行ったのだろう。決意とともに戦いに赴いたか、それとも再び化け物となることを恐れて遁走したか。……自分のことばは、届いたのか。

 

「………」

 

 懊悩する出久がふと傍らに目をやると、隣のベッドには面積のほとんどを占領する炎の男の姿があって。

 

「!、えっえっえっ」思わずどもる。「エンデヴァー!?」

 

 しかもその途端、固く閉じられていると思われた碧眼がぎょろりと覗いて。

 

「へぁッ!?」

 

 驚愕のあまり、出久はベッドから転げ落ちそうになった。(起きてたのかよ!?)と心の中で叫ぶ。口が裂けても発言はできないが。

 

「……いちいちオーバーリアクションだな、きみは。そんな叫ばれれば嫌でも反応する」

「あっ、す、すみませ――」

「まったく……――きみのような人間が4号とは驚きだ」

「ッ!?」

 

 大きな目をいっぱいに見開きながら、ひゅ、と喉を鳴らす出久。実にわかりやすい反応だった、まして駆け引きにも長けたベテランヒーローにとっては。

 

「フン、やはりな」

「……カマ、かけたんですか?」

「ああ、だが最初からほとんど確信していた。俺と同じような怪我……焦凍にやられたんだろう?」

「………」

 

 はっきり是とするのはなんとなく躊躇われたけども、結局出久は小さくうなずくほかなかった。

 

「……申し訳ない」

「えっ……」

「息子が迷惑をかけた。あとできちんと償いはさせてもらう」

「い、いやっ、いいですよそんなの!こうなることだって、覚悟のうえでしたし……」

 

 それよりも、

 

「……あの、4号が目の前にいるのに、何もしないんですか?」

「この状態でできると思うか?」

「それはまあ、そうなんですけど……」

「……それに、敵として処理するにはきみは功をあげすぎている。ここだけの話、警察内ではきみを協力者と認定する旨、検討が始まっているくらいだ」

「!」

 

 さすがにそれは寝耳に水だった。警察との唯一の窓口というべき幼なじみはそんなこと一切教えてはくれなかった。理由は良くも悪くも色々と考えられるが……。

 

「きみに頼りすぎるのもいかがなものかと思うがな、俺は。きみに何度か命を救われた身で偉そうなことは言えんが」

「あ、そのこと、なんですけど……ひとつ質問してもいいですか?」

「俺に答えられることならな」

「あっ、ありがとうございます。……どうして、ひとりで轟くんのところへ行ったんですか?」

 

 甲高い声でどもりながら礼を述べたかと思えば、すっぱりと切り込んでくる。そのギャップはエンデヴァーにとって不思議ではあれ、不愉快なものではなかった。

 

「轟くんがなぜああなったのか、過去に何があったのか……全部、聞きました」

「………」

「あなたに対して、暴走した轟くんが危害を加えようとすることは想像に難くない。こういう結果になることはあなたになら予想できたんじゃないかと……あ、その、なんか物凄く失礼なこと言っちゃってますね、すいません……」

「自覚があるなら結構」

「あ、ははは……」

 

 引きつった笑みを浮かべる青年から目線を外し、エンデヴァーは天井を睨んだ。独りごちるように、答える。

 

「……予想はできていたさ、きみの言うとおり。いや……だからこそ赴いたと言うべきかもしれんな」

「どういう、ことですか?」

「焦凍をあんな醜い化け物に貶めているのが俺への憎悪だというなら、それを晴らしてやることが一番の解決策だろう」

「!、まさか、自分を犠牲にして轟くんを……!?」

「あいつが呪縛から解放されるなら、俺ひとりの命など安いものだ」

 

 出久は思わず、失礼も忘れてエンデヴァーの顔をじっと見下ろしてしまった。こともなげに言うその碧眼は、しかしなんら嘘偽りのない輝きを放っている。

 出久の表情に気がついて、彼はふんと鼻を鳴らした。

 

「きみにそんな表情(かお)をされる謂われはないな。曲がりなりにも父親でありヒーローでもある俺と違い、きみにはなんの義務も責任もない。なのに、命を賭してまで焦凍の前に立ちはだかろうとした」

 

 焦凍のことだけでなく、未確認生命体とのことにしてもそうだ。ヒーローでない以上、どんなに危険を顧みず戦おうが、得られるものはない。富も、名声も。少なくとも、緑谷出久としては何ひとつ。

 

「……そういえば、そうか」

「何?」

「!、あ、いや……。そういうの、あまり意識したことなくて。もちろん認めて、褒めてもらえるのは嬉しいです。だけど……僕はただ、救けを求めてもがいてる手を、掴みたいと思って――」

 

 手を差し伸べる。たとえ振り払われて、自分が傷ついたとしても。

 ただ、それが常に正しいとは限らないと、いまの出久は気づきつつあって。

 

「でも……僕は轟くんじゃないし、轟くんも僕じゃない。僕がよかれと思ってしたことが、本当に彼のためになったかはわかりません。――エンデヴァー、あなたも」

「!、………」

 

 一瞬目を見開きかけたエンデヴァーは、しかしそのまま静かに瞑目した。閉じられた青い瞳が何を思うのか、出久にはわからない。ただよほど生意気なことを言ってしまったという自覚はあったが。

 

(僕のことばは、想いは、轟くんに届いたんだろうか)

 

 

「――届いたよ」

「!」

 

 声が発せられるのと、がらりと扉が開いてその主が姿を現すのがほぼ同時だった。

 

「轟、くん……」

「………」

 

 おずおずと部屋に足を踏み入れる、紅白頭の青年。実のところ、彼はずっと部屋の前にいた。ふたりがまだ眠っていると思って様子を窺いに来たのだが、話し声が聞こえてきたために入るに入れなくなっていたのだ。

 

「緑谷、あのあと俺は未確認生命体と戦った。化け物とは違う、新たな姿に変身できたんだ。暴走もしねえ、"強い"姿に」

「!、じゃあ……」

「ああ、あそこにいた未確認生命体は全滅させた。――もう、大丈夫だ」

「そっ、か……」

 

 深く吐き出される溜息には、二重の安堵が含まれていて。

 

「あと……本当にすまなかった、そんな怪我させちまって。口で謝って済むことじゃねえけど……」

「い、いいよそんなの!僕は全然、へっちゃらだから……あ、痛てててっ」腕を動かしてみせようとして、呻く。「え、へへへ……すぐ治るからさ、こんなの」

「緑谷……」

 

 「きみが大丈夫になって、よかった」――そう言って笑う出久の幼い顔立ちが、一瞬オールマイトと重なった。自分の受け継いだ力、彼になら……なんて、場違いな考えが浮かんでしまう。もう一度後継者として歩いていくのだという決意に揺らぎはなく、すぐに頭の片隅にしまい込んだ。

 

「――焦凍」

 

 出久の隣のベッドからの呼びかけ。やはり表情が険しくなるのを止めることはできないながら、それでも焦凍は一歩を踏み出し、そちらに歩み寄った。

 

「親父、俺は………」

「………」

 

 虐げられる自分、母。自分が辛いのはいい、でもそれを目の当たりにしながら何もできず苦しんでいた母は。それを思うと、やはりどす黒い感情が湧き上がってくる。

 でももう、いいのだ。それを抑えつけて、目を背ける必要はない。

 

「俺はまだ、あんたを許せねえ。……いや、一生許すことなんてできねえだろうな」

「………」

「でもだからって、あんたの人生を終わらせていい理由にはならねえ。そのことは……謝る。――悪かった」

 

 父に対して頭を下げたのは、生きてきて初めてのことかもしれない。ただ、自分と母の人生がこの男に歪められたように、自分もまたこの男の未来を閉ざしたのだ。自業自得――そう言っていいのは第三者であって、当事者である自分が懺悔を逃れていい理由にはならない。罪は罪として、受け容れなければならない。

 それに対する、父の答は。

 

「……フン」また鼻を鳴らしつつ、「おまえが失踪したことで迷惑や心配をかけた人間が大勢いる。謝罪は腐るほどしなければならんぞ、これから」

「……そう、だな」

「まずは……そうだな、"アレ"にか」

「……?」

 

 アレ、とは?呑み込めず訊き返そうとした焦凍だったが、刹那、脳を電撃が奔るようなあの感覚が襲いかかってきた。

 

「――ッ!?」

 

 怪我人ふたりが怪訝な表情を浮かべるのも構わず、焦凍は右腕を振りかぶる。"右"が発動するのと、窓ガラスが粉々に割れて何か黒い塊が飛び込んでくるのが同時。

 

 エンデヴァーと出久目がけて飛翔するそれらは、焦凍の放った冷気によって凍りつき、地面に落下した。

 

「な、何が……」

「これは……」

 

――羽根?もはやただの氷塊と化してしまってはいるが、わずかにとどめた原型からそう推察できた。

 

「ッ、轟くん、それ……!」

「ああ……"奴ら"だ」

 

 暴走から解放されたとて、焦凍にはわかる。強烈な敵意、悪意……そんなものが、誰かを傷つけようとしている。

 

「ッ!」

 

 窓に氷の壁を張って塞ぐと、そのまま病室を飛び出していく。脚は無事な出久もまた、ベッドから降りてそのあとを追った。

 しかし勢いこんだ出久は、廊下に一歩を踏み出した途端に焦凍の背中にぶつかってしまった。額に肩甲骨が命中し、ずきりと痛みが走る。

 

「痛だッ!?轟くん、どうし――」

 

 廊下全体を視界に入れれば、訊くまでもないことだった。

 廊下中、そして他の病室からはみ出すようにして、患者や看護師らがことごとく倒れ伏している。ふたりは咄嗟に彼らのもとに駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

「しっかりしろッ、何があった!?」

 

 彼らにはまだ息があったが、青ざめた顔でまったく応答がない。……よく見れば、首筋にあの黒い羽根が突き刺さっていた。

 

「轟くん、これってさっきの……?」

「……あぁ」

 

 未確認生命体の襲撃。それも自分たちが気づくまでの間に、恐らくは病院全体に魔の手を伸ばしている。さながらアサシンのように。

 そしてその毒牙にかかったのは、彼も例外ではなかった。

 

「ぐッ、う……」

「!」

 

 壁に片手を突き、よろよろとこちらに向かってくる青年の姿。その白い首筋に、やはり漆黒の羽根が突き刺さっている。

 

「かっちゃん!?」

「爆豪っ!」

 

 やはり駆け寄ろうとしたふたりだったが、焦凍だけはほどなく足を止めていた。敵の気配……はっきりと、それを掴みとったのだ。

 

「屋上……!」

「轟くん、どうしたの?」

「爆豪を頼む」

 

 それだけ言い残して、焦凍は踵を返した。階段を駆け上る。治りかけとはいえ重傷者である出久を戦わせるわけにはいかない。

 そして出久もまた、勝己の介抱という使命を与えられた以上、むやみにあとを追うことはできないのだった。

 

 

 屋上。

 

 コンドルを模した怪人体の姿に変身したドルドは、静かに腕組みをして立ち尽くしていた。そうしてただ"彼"の到来を待っている。

 そして――

 

「……ビダバ」

「!、テメェか……!」

 

 屋上に姿を見せた轟焦凍。くっきり分かたれた紅白の長髪は奇異だが、同じくな焦茶と碧のオッドアイはいくら野蛮なグロンギの価値観にあっても美しいものだろうとドルドは思う。だから壊そうとか、抉り出してコレクションしようだとか、そういう発想になるのが彼らの特徴でもあるのだが。

 そして彼には、それを悠長に眺めている趣味はなかった。

 

「その姿のキミに興味はない」

「何……!?」

「変身したまえ」

 

 不遜な物言い、態度。焦凍は苛立ちをますます深めたが、抗して変身せず立ち向かっても得はない。――こいつは、強い。

 意を決した焦凍の腹部に輝石が、次いでそれを覆うようにベルト――"オルタリング"が出現する。

 

 構えた右手をやおら突き出し、

 

「変――」

 

 その上から左手を重ね、

 

「――身ッ!!」

 

 オルタリングの側面を、叩き起こすように……押し込む!

 

 

 そして眩い光に包まれたその身体は、次の瞬間ヒトを超えた戦士へと変わっていた。黄金、青、赤の三色の戦士。

 

「アギト……」

 

 ドルドの嘴からつぶやかれた名に、異形はぴくりと反応する。

 

「……俺はショートだ、アギトじゃねえ。間違えてんぞ」

「間違えてなどいない。その姿はアギト……我らの理想、だ――!」

「!」

 

 ドルドがついに動いた。と言っても本体は指一本動いていない。その漆黒の翼から無数の羽根が抜け落ち、かと思えばそれら一本一本がまるで生きているかのように向かってきたのだ。

 

「ッ!」

 

 これがこの未確認生命体の能力か。そう察しつつ咄嗟に回避行動をとるアギト。しかし羽根もまたその動きに追随してくる。

 

「チッ……鬱陶しい!」

 

 羽根を全滅させ、あわよくば本体を……そう企図し、アギトは左右、燃焼と冷気両方を発動させる。片方だけだと体温の上下が激しいのだが、ふたつ同時に行えば相殺されて平常に保つことができる。

 

「――はッ!」

 

 空気を薙ぐような火炎と氷柱とが、迫る羽根の群れを呑み込んでいく。あるものは焼き尽くされ、あるものは凍りつく。まったく隙がない。

 だがそれはドルドも同じことだった。翼は一瞬にして再生し、さらに放出される。グロンギ特有の頭抜けた再生能力ゆえに、彼はこの戦法を無際限に続けることができるのだ。

 

(ッ、きりがねえ……!)

 

 なんとか羽根の濁流をかいくぐって本体に仕掛けようとしても、今度は羽根が寄り集まって盾をつくり出す。

 

「………」

 

 ドルドはひと言も発しない、身じろぎもしない。悠然と構えるその漆黒の姿を前に、ガドラと同じ、いやそれを凌ぐ強敵だと焦凍は心しなければならなかった。

 

 

 そして勝己を介抱すべく、出久は彼を病室まで運び込もうと試みていた。自分の状態からしておぶるのは不可能なので、肩を貸して引きずるようにして。

 

「……ッ、」

 

 だが、それでも傷の残る身体には相当な負担だった。脂汗がにじむ。

 

「……は、なせや、クソデク……ッ」

 

 朦朧としながらも意識を保つタフネスが、横でそんな声をあげた。

 

「今さら、放り出せるわけないだろ……ッ、せめて、きみだけでも……!」

 

 勝己の友人……ではないにせよ戦友である焦凍に、託されたのだ。勝己を休息できる場所――自身のベッドなど――にまで運ばなければ。出久は意固地になっていた。

 

「バカが……!ンなモン、意味ねえんだよ……!」

「っあ!?」

 

 突き飛ばされる。出久は尻餅をつくだけで済んだが、勝己はしたたかに身体を打った。

 

「か、かっちゃ――」

「行けや……デク」

「!」

 

「いま戦えんのは、あいつと、テメェだけだろうが……ッ!」

「――!」

 

 絞り出すようなそのことばに……出久は、霊石に侵された体内がずくりと疼くのを感じた。

 

「ッ、わかったよ……!」

 

 勝己に向けた背中。そこに何かが投げつけられる。床に落ちたそれは――籠手、だった。

 

「………」

「……ありがとう、かっちゃん」

 

 その想いを汲んで、出久は走り出した。傷の痛みなど、とうに忘れていた。

 

「……は、っ」

 

 そして強引に送り出した勝己は、床を舐めるようにしたまま嘲うほかなかった。出久と焦凍が、肩を並べて強敵に立ち向かう――そこにいない自分。

 

 

 つまりは、そういうことなのだ。

 

 

 

 

 

 縦横無尽に舞う無数の小さな漆黒が、三原色の英雄を苦しめている。

 狭い屋上内を素早く動きながら躱しつつ、時に炎と氷で迎撃するが、反撃の糸口すら見つからぬまま体力を消耗していく。既に何本かは身体に突き刺さっていて、たまらずアギトは呻いた。

 

(身体から、力が抜ける……ッ)

 

 恐らく羽根に神経に作用する毒が含まれていて、それで被害者たちも皆身動きができなくなっていたのだろう。

 幸い変身した自分にはまだ動きに影響が出るほどの効果は表れていないが、これ以上喰らったらまずいのは間違いない。そして動けなくなったところで、目の前の怪人がどんな行動に出るのかも。

 

(チッ、フルカウル使えりゃ……!)

 

 "フルカウル"――全身にワン・フォー・オールを纏わせて身体能力を向上させるそれを、失踪前には息をするかのごとく使えていたのに。度重なる暴走と身体の衰えで、ワン・フォー・オール自体、必殺の一撃のために使うのがせいぜいだ。逃げて、鬱ぎこんでいた自分が改めて情けなく思えてくる。

 

「……そろそろ、幕だ」

「ッ!」

 

 ばらばらの動きをしていた羽根たちが寄り集まっていく。アギトをぐるりと囲むように、群体をつくる。

 

「………」

 

 硬直したまま、指一本たりとも動かせない。中途半端な対応をすれば、この群体の大部分が牙を剥くことになるかもしれないのだ。とはいえ、最善を尽くしたとてノーダメージともいかないだろう。身体が、どこまでもつか――

 

(……無理だろうな)

 

 そう確信したドルドが、いよいよ最後の一撃を放とうとしたとき、

 

 突如としてアギトの背後で何かがぎらりと輝き、次の瞬間ドルドは弾き飛ばされていた。

 

「グッ!?」

「!」

 

 本体がそれどころでなくなったためか、アギトを取り囲んでいた羽根は力をなくして地面に落ちていく。それをもたらしたのは、

 

「……、はー……ッ」

「!、おまえ……」

 

 緑のクウガ――緑谷、出久だ。肩で息をしながら、ボウガンを構えてそこに立っている。

 

「怪我人が何しに来た!?爆豪は!?」

「あ、あんまり大きな声出さないで、この形態すごくセンシティブだから……」懇願しつつ、「そのかっちゃんに送り出されちゃった。"戦えんのはお前らしかいない"って」

「………」

 

 焦凍は意外に思った。あの爆豪が他人にそんなことを言うなんて。まして怪我人の、互いに複雑な想いを抱いているのが垣間見える幼なじみに対して。

 でも、それはきっと正しいのだ。あの男が自分を曲げてまで、そのことばを絞り出したのだとしたら。

 

「……ム、ゥ」

「!」

 

 はっと意識を引き戻せば、フェンスに叩きつけられたドルドがゆっくりと立ち上がるところだった。胸元に刻まれた封印の古代文字。

 

――それが、消えうせていく。

 

「ッ、効いてないのかよ……!」

 

 クウガがたまらず吐き捨てる。19号――ギノガのときも同じことがあったが、あれは不完全な白の状態だったというこちら側の事情だった。あのときとは違う、完全態のひとつである緑の攻撃が通用していない――

 

「……ッ」

 

 しかも、右腕にビリビリと痺れが奔る。怪我のせいではない。そのギノガ戦直後から時折感じる、電気が通されたような感覚。……これをうまく扱えれば、もっと強力な攻撃が放てるような気がするのだが。

 

 いまはあれこれ考えていてもしょうがない。クウガは基本形態の赤に戻ると、籠手を気持ち丁寧にその場に置いてアギトの隣に並んだ。

 

「轟くん……僕ひとりじゃ駄目みたいだ。一緒に、やれないかな?」

「……なんで疑問形なんだ。そこは"やろう"とかでいいだろ」

「あ、そ、そうだよね。――やろう!」

「おぉ」

 

 何事もなかったように、ドルドは再び羽根を展開しようとしている。ここは短期決戦でいくしかない。クウガが構えをとる。右足に灼熱を纏って。

 少し考えて、アギトもそれに倣った。下半身――両脚にワン・フォー・オールを集中させる。赤いクウガのキックがグロンギに対する切り札であることは知っている、それに合わせるなら、こちらもキックだ。

 

「――はッ!」

 

 そして、同時に跳ぶ。そこでアギトは、さらに半冷半燃を発動させる。三つの力が、一挙に両足に流れこむ。と同時に、彼の矛先に浮かび上がる巨大な紋章。

 

「おりゃぁああああッ!!」

「うぉおおおおおおッ!!」

 

 紋章を突き破り放たれる、ふたりの戦士の、力を合わせた最高の一撃。それを受ける側のドルドは、展開した羽根を塊にして、さながら盾のように自分の前に配置した。それはぎりぎりの判断だった。

 

 刹那Wキックが到達し、フェンスを突き破るほどの大爆発が起きたのだ。

 爆炎が収まれば、そこにはふたりの戦士が立っていた。そして舞い散る、焼け焦げた無数の羽根。

 

「倒し、た……?」つぶやくクウガ。

「……いや、」

 

 オルタリングから光が放たれ、アギトの姿が焦凍のそれに戻る。

 

「その割に手応えがなかった。……逃げたんだろうな、羽根に紛れて」

「そう、だよね……」

 

 ふうう、と深く息をついたクウガの身体から力が抜け……その場に座り込む。アークルが輝きを失い、やはり出久の姿に戻った。

 

「緑谷っ、大丈夫か?」

「う、うん……なんか気ィ抜けちゃって。あははは……」

 

 力なく笑う出久は、ふとあることに気づいた。――焦凍の脚がぶるぶると震えている、まるで生まれたての子鹿のように。声や表情は平静そのものなのに……。

 

「轟くん、それ……」

「……ああ、これか」小さく溜息をつき、「反動だ……ワン・フォー・オールの」

「は、反動?」

「身体が鈍ってっからな。強化されてるから怪我まではしねえが、その、なんつーか……力が入んなくなる」

 

 ほとんど言葉尻と同時に、焦凍もまたその場に座り込んだ。そのばつの悪そうな表情を目の当たりにして……出久は思わず、ぷっと噴き出してしまった。

 

「ふっ、ふふっ、あはは……っ。なんか締まらないね、僕たち……」

「……だな」

 

 死闘のあとの青年たち。その心は、頭上の青空のように穏やかに凪いでいた。

 

 

 

 

 

 件の洋館に戻っていたバルバ。高級そうな安楽椅子に腰掛け、指輪に付属した爪状の装飾品を撫でる彼女のもとに、かのコンドル種怪人が降り立った。その姿が仮面の男のそれに戻る。

 

「アギトは、どうだ?」

「……まだまだ未熟、だがクウガともども侮れん。あのまま固執すれば、私も危うかった」

「……ふふっ」

 

 確保には失敗したが、構わなかった。完全なアギトを目覚めさせることができただけで目的の半分以上は達している。

 

――それに、アギトは唯一無二ではない。

 

「いずれにせよ、面白くなりそうだな。――"ゲリザギバス・ゲゲル"」

 

 そのことばを放ったのは、バルバでもドルドでもない……もうひとり、第三の男だった。

 

 

 

 

 

「――ったく、酷い目に遭ったわい」

 

 病院を出たところでそうぶつくれるグラントリノに、焦凍は思わず苦笑を浮かべた。

 ドルドの羽根に含まれていた神経毒は一過性のもののようで、奴の撤退後ほどなくして被害者たちは皆無事に回復した。未確認生命体が手心を加えたとは思えない焦凍には疑念が残ったが、深く推考するのは次に出久たちと顔を合わせる機会にするとして、グラントリノと一度あの小屋に戻ることにした。色々とせねばならないこともある――引っ越しの準備とか。

 

(これからは、あいつらと一緒に)

 

 戦う――未確認生命体と。だから職業ヒーローへの復帰を考えるのはそのあとだ。

 焦凍がこれからの未来を思い描いていると、

 

「焦凍……?」

「――!」

 

 名を呼んだのは、眼鏡をかけた銀髪の女性。焦凍は彼女の名を知っていた。冬美。――轟冬美。

 

「姉さん、と……」

「………」

 

 そしてもうひとり、彼女によく似た、しかし幾分か歳を重ねた婦人。

 

 

「お……かあ、さん………」

 

 自分に煮え湯を浴びせて以来ずっと、病室という名の牢獄に閉じ込められていた母。幾度も会いに行こうと試みて、でも怖くて、結局目を背けてきた。

 それが、どうして――

 

「焦凍……ッ」

 

 目に涙を浮かべて、彼女は抱きついてくる。それはただ純粋に、息子の無事を喜ぶ母の振る舞いだった。

 

 困惑する焦凍に、冬美は語った。焦凍がプロヒーローとして独立して家を出た頃から、父はそれまで一度も足を向けなかった病院に通うようになったと。二十数年かけた築き上げられてしまった、分厚い氷壁。獄炎で無理矢理に壊すのではなく、篝火のような仄かな熱で、ゆっくり、融かすように。

 そしていつしか、母の心身は立ち直った。家族と向き合うことを選んだ父を受け入れ……帰ってきたのだと。

 

「あの人が……炎司さんが大怪我して入院したって連絡もらって……でもまさか、おまえに、焦凍に会えるなんて……っ」

 

「よかった……おまえが無事で、よかった……っ!」

 

 母は泣いている。でもあの頃とは違う、それは喜びの涙だった。融けた氷壁の残滓が、絶えず流れ出すような。

 

(……そう、か)

 

 誰だって変われる。過去は消せないけれど、それでも変わってゆける。憎しみを振りまくだけだった父も、それに囚われた母も自分も、誰ひとりの例外もなく。

 

「ごめん……お母さん……。ごめんなさい、心配、かけて……っ」

 

 

「――あり、が、とう………っ!」

 

 じわりと瞳から滲むものを拭うこともせず、焦凍は母を抱きしめ返した。幼い頃には気がつかなかった、この女性(ひと)はこんなに小さく脆いもので、それでも懸命に母として在ろうとしてくれたのだと。

 

 

 ありがとう皆。ありがとうお母さん、姉さん。ありがとう緑谷、爆豪、グラントリノ、オールマイト、

 

 

――親父、

 

 

 二〇年の苦悩と彷徨の果てに、焦凍はいま、初めて言える。

 

 自分を生み育んでくれたすべてに、ありがとう……と。

 

 

つづく

 




デク「……はっ!?ま、また僕の担当か……何度やっても緊張するなぁ……」

デク「ともあれ轟くん、お母さんと再会できてよかった……。これから一緒に戦えるのがすごく楽しみだ!」
???「ハアァ、こっちは全然楽しみじゃないっつーの!」
デク「!?、おまえ、未確認生命体……か?」
ガルメ「ハイハ~イ、メ・ガルメ・レで~す!ったくまいっちゃうよねぇ、人がおとなしくしてりゃゲゲルの障害がどんどん増えちゃってよぉ」
デク「ゲゲル……って、どういう意味なんだ?」
ガルメ「そのうちわかるよ。どうしても知りたきゃグロンギ語翻訳にチャレンジしてみれば?」
デク「……ひ、ヒントをください」
ガルメ「え~しょうがないなぁ。まず一文字目はそのまんまで、二文字目のゲは長音に変えてぇ……」
デク「ふむふむ……」メモメモ

EPISODE 22. チャイルドゲーム

ガルメ「今日はここまで!つーわけで、次回はこのオレがプルス・ウルトラ~、ってね!」
デク「さ、させてたまるか!」

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