【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 作:たあたん
一時間ほどクウガやアギト、グロンギなどについて三人で意見をかわしあった――ちょっとしたゼミのようだと経験者ふたりは思った――のち、出久と焦凍は連れ立って研究室を出た。ちょうど昼食どき、一緒に……というわけだが、どこで食べるかは事前に出久が決めていた。
「おまえのバイト先か……そこで麗日もバイトしてるなんてすげえな、運命の悪戯ってやつか」
「また独特な言い回しを……実際すごい偶然だとは思うけどね。切島くんとか蛙吹さんとかも知り合いにはなったけど、それは戦う中でだったし」
ただそのせいで、切島鋭児郎や蛙吹梅雨は知っているクウガのことをお茶子には秘密にしているままなのだが。話してもいいのかもしれないが、なかなか踏ん切りがつかない。心操相手と同じだ。彼女とて、きちんと話せば受け止めてくれるとは思うのだが――
「……っとと、忘れるとこだった」不意に立ち止まり、「かっちゃんに報告しとかないと」
スマホを取り出しメールを打ち出す出久。焦凍が質問するまでもなく、自分から「どんな話したか報告しろって言われてるんだ」と説明した。
それ自体は至って納得できるものではある。ただ、焦凍はあるできごとを思い出していた。――暴走を止められぬ自分をめぐる、ふたりの相剋。
「……なぁ緑谷。おまえ最近、爆豪と話したか?」
「!、………」メールを打つ手が止まる。「話してるよ。未確認が出れば連絡くれるし、現場でも――」
「じゃなくて、プライベートな話とか」
「あはは、元々あまりしないもんそういうの。僕相手に限らず、かっちゃんってそういう人でしょ?」
「まあ、確かにそうだけどよ……」
どうにもしつこく食い下がる余地がなく、曖昧に黙り込んだ焦凍。対して出久はメール作成を再開したのだが、
「………」
焦凍は気づけなかった。その瞳がほんの一瞬、昏く沈んだことに。
*
その爆豪勝己は同じ頃、警視庁ほど近くの定食屋で塚内警視と昼食をともにしていた。
「例の件、もう
「そっすか」焼きカレー定食に唐辛子を振りかける勝己。
例の件、とは、以前エンデヴァーが出久に話した『未確認生命体第4号を協力者として認定する旨の検討』である。
「よくまとまりましたね、こんな早く」
「俺も面構さんから聞いただけだが、総監一派が積極的に動いたらしい。いまの警察庁長官も総監とは親しいから、あちらの幹部も折れざるをえなかったんだと」
「……ふぅん」
鼻を鳴らしつつ、表面のうっすら赤くなったカレーを口に運び、咀嚼する。
「まあ、きみの働きも大きいだろうね」
「別になんもしてねえ」
「彼の功績はきみの功績になるんだよ。ただの正体不明のヴィジランテじゃ都合が悪いから、きみが主導権を握ってることにすればまだ面目が立つ。あ、これは総監一派のこととはまた別」
「そーすか」
心底どうでもいいという表情で、またひと口。苦笑しつつ、塚内も肉と米のかたまりを口にした。
そのうえで、
「それはそれとして……轟焦凍の件は腰を抜かしそうになったよ。まさかあんなことになるなんてな」
「………」
あかつき村事件に焦凍が絡んでいることを報告していたこともあり、塚内と本部長である面構はその顛末も既に知っていた。第4号の身を挺しての説得に心動かされた焦凍は暴走を克服し、新たなる姿に"進化"した――
「その後どうなんだ、彼は?33号と34号の
「特別やりとりはしてません、オトモダチでもねえし。ただ今日は城南大学で4号と未確認について教わってくるって……」ここで携帯を確認して、「ちょうど報告のメールが届いてました、4号の奴から」
「そ、そうか。――………」
あっさりそれを言ってしまうのか、リアルタイムで。身を乗り出して画面を覗けば、差出人――つまりは4号の本名が見えてしまうかもしれないというのに。
(それだけ気を許しちゃくれてるんだろうけど……)
一緒に仕事をしていると忘れがちだが、自分が警察官になった頃にやっと生まれたかという青年だ。実際ついこの前までは高校生、既に警部だった自分からすれば子供だと思っていた。
ハリネズミのようだったあの子がいまこれだけ近い距離にいるというのは、なんというか、少しこそばゆい気分になる塚内直正41歳なのだった。
*
――世田谷区内 高見沢小学校
昼休みの校庭は児童たちの明るい声であふれていた。午前中ずっと椅子に縛りつけられていた遊び盛りの幼い身体が伸び伸びと躍動している。
その中には、前に公園でヒーローごっこをしていた少年たちの姿もあった。今日はサッカーに興じている、いずれにせよ活動的な子供たちである。
「ヘイパス、パースっ!」
「よしっ、――あっ!」
仲間にパスを出そうとした少年だったが、残念ながら彼はノーコンだった。思いきり蹴り出したボールは宙を舞い、体育館の裏手のほうまで飛んでいってしまった。
「なーにやってんだよ、へたくそっ」
「るせーなっ、すぐ取ってくるよ!」
「早くしろよなー」
へたくそ呼ばわりされたことに憤慨しつつ、少年はボールを回収しに走る。言うまでもなく大した距離ではないから、一分もしないうちに戻ってくるものと友人たちは思っていた。
――なのに、待てど暮らせど姿を見せない。
「おっせぇ……何してんだよあいつ」
「……ちょっと俺、見てこよっか?」
「頼む」
仕方なく様子を見に走る少年のひとり。もしかするとボールが見つからないということもある、それなら一緒に探してやらないと。
そう考えて体育館裏に入った少年が見たのは、こちらに背中を向けて立ち尽くすかの少年と、傍らに転がるボールだった。
「……おい、何してんだよ?」
「………」
返事はない。訝しげに駆け寄っていく少年。
――次の瞬間、かの少年がまるで糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
「え……?ど、どうしたんだよ……!?」
やはり返答はなく、薄く開かれたままの瞳も光を失っていた。生白い顔が発熱したかのように赤く染まっている。
(なに、これ……?)
事態を呑み込めず呆然とする少年。刹那、
「やあ」
「ッ!?」
背後からかかる声。弾かれるように振り向いた少年が見たのは、派手なストライプシャツに額にゴーグルを身につけた同年代の少年で。
彼には見覚えがあった。
「おまえ……ガル、メ……?」
「覚えてたんだ、うれしいなあ」
朗らかな口調と表情。しかし目は笑っていない。そこに潜むものが悪意なのだと、まだ幼い少年が気づけるはずもなかった。
「なんでおまえ、ここに……?」
「………」
「あっ、て、ていうかっ、こいつどうしたか知らないか!?な、なんか意識がなくて――」
「――そいつならオレが殺したよ」
「……へ?」
淡々と告げられたおぞましいことばに、一瞬理解が及ばなかった。
「オレのゲゲルの最初の獲物だ」
「な、何言って――」
「そんで、ふたり目は……アンタだ」
「――!」
ガルメの姿がぐにゃりと歪む。少年と同じ、150センチメートルほどだった背丈が一気に伸び、2メートルにも及ぶ大柄な肉体となる。暗い緑色のざらついた皮膚、頭部から突き出た目のような一対の意匠――さながらカメレオンのような姿。
「オレはメ・ガルメ・レ――アンタらで言うとこの、未確認生命体さぁ!」
「ヒッ、う、うぅ、あ、あぁあ――」
嗚咽のような悲鳴は途中で途切れた。ゴキリと何かが折れる音とともに、少年の身体から力が抜ける。ほどなくして、ばたりとその場に倒れ伏した。
「ボセゼ、ドググビン」腕輪の珠玉を移動させつつ、「あと160……なるべく邪魔が入る前に
命の重みなど微塵も感じていないことが明らかな物言いとともに、ちらりと子供たちの歓声響く方角を見やる。そちらめがけてカメレオン種怪人が一歩を踏み出すのに、時間はかからなかった。
*
出久は焦凍を連れ、アルバイト先であるポレポレを訪れていた。
「ここか?」
「うん」
「なんつーか……こう、エキゾチックな佇まいだな」
「アハハ……まあ、そういうコンセプトだしね」
店名からしてスワヒリ語であるし。
苦笑しながら店の扉を開けば、カウンターの中から店主とアルバイトの女性が迎えてくれた。
「おっ、待ってたぞ~出久!」
「あはは、どうも」
「デクくん……と、ほ、ホンマに轟くんやぁ!?」
「……おう」
事前に連絡してあったとはいえ、ずっと行方を案じていたかつての同級生と再会を果たした彼女――麗日お茶子の驚きは相当なものだった。元々大きな瞳をさらにいっぱいに見開いている。
「久しぶりだな、麗日」
「う、うん、久しぶり……。もー、ラインで連絡もらったときは悪質ないたずらかと思ったよ!」
あかつき村の一件があってすぐ、焦凍は雄英旧A組のライングループに連絡を入れていた。自分の身に起きたことはまだ話せないので、極秘任務についていたため表向き行方不明になっていたという安い嘘をつく羽目にはなったが。
ちなみに昨日は「俺髪切った」という割とどうでもいい報告を自撮り付きで行っていたりもする。閑話休題。
「悪かったな……心配かけちまって。色々と迷惑もかかっちまっただろ、マスコミ対応とか」
「まあ、確かに大変だったけど……ええよそんなん。――私なんかより、ヤオモモと飯田くんにちゃんと謝ったほうがええよ。特にあのふたりはめっちゃ気にかけとったんやから」
「……だよな。あいつらには本当、昔から世話かけてばっかだ」
申し訳なさを滲ませつつ、同時にほのかな笑みを浮かべる焦凍。その表情もまた、お茶子を驚かせるに十分な材料だった。
「……なんか変わったね、轟くん」
「そうか?」
「うん。なんていうかな、わだかまりみたいなんがなくなった気がする」
「!、……かも、しれねぇな」
その瞬間オッドアイが再会を見守る出久を捉えたので、お茶子はそれが誰の功績なのかわかってしまった。
「はは~んなるほどぉ、轟くん
「?、何がだ?」
「とぼけんでもええよぉ!アレやろ、デクくんになんかグッとくるようなこと言われたんやろ?」
「えぇっ?」
出久がぎょっとするが、お茶子は構わず続ける。
「私、ちょっと前まで自分がほんとにヒーロー向いてるのかって悩んでたんだけどさ、デクくんがめっちゃ真摯に話聞いて、励ましてくれて……もう一度がんばってみようって気になれたんだ」
「……そういうことか。ああ、そうだな――」
「――緑谷は、俺の恩人だ」
「~~!」
恩人、恩人、恩人――
世話になったくらいならまだ覚悟の範疇だったが、これはあまりに予想外すぎる形容であった。耳まで真っ赤になるのが自分でもわかる。
「恩人……思った以上にやっとるなぁ、デクくん」
「い、いやいやいやっ、大袈裟なんだよ轟くんが!恩人なんて別に、僕はそんな……」
「おまえこそ謙遜してんだろ。俺は間違ったことは言ってねえ」
「~~ッ、んもおぉっ!」
雄英出身のヒーローふたりにキラキラしたまなざしを向けられ、身悶えする(表向き)平凡な大学生。
さらに追い打ちをかけたのは、にやにやしながら事態の推移を見守っていたこの店のマスターで。
「いやぁ~なんか知らないけどさすが出久!おまえを見込んで育てた甲斐があったってもんよ」
「お、おやっさんまで……。ってか、お世話にはなってますけど育ててもらった覚えはないです」
そんなこんな、なんだかんだと痴話を続けていた四人だったが、いつまでも玄関口でしゃべっていてもしょうがないと各々席についた。いまは焦凍を迎え入れるため店内を貸切にしているが、その猶予は一時間しかないのだ。
「さてさて、ショートさんにもウチの特製カレー召し上がってもらおうかね。あの爆心地も舌鼓を打ったポレポレカレー!」
「!、爆豪もここ来んのか?」出久に訊く。
「う、うん……まあ、ね」
「……そうか。そりゃよっぽど美味いんだな」
歯切れの悪くなった出久を見て何かを察した焦凍だったが、あえてそのことには触れなかった。そうこうしているうちにも、準備万端だったカレーが皿に盛り付けられていく。
「へいお待ち!」
「よっしゃキタ!デクくん轟くん、食べよ食べよ!」
「あ、麗日さんも食べるの?」
「そりゃ食べるよ!私夕方から本業のほうで夜勤だもん、力つけとかないとさ!」
「そ、そうなんだ……大変だね。でも頑張ってね、応援してるから!」
「うん、頑張るよ!まぁなんもなければパトロールくらいなんだけど……それも大事なお仕事だしねっ!」
朗らかに応じつつ、お茶子は思う。自分、そして焦凍に対してぶつけたであろう劇的なことばもそうだが、日常の何気ないひと言ひと言に不思議な魔力があって、励まされるのだ。無個性なのだそうだが、実は接した相手の心を元気づける個性があるのではないかと疑いたくなるくらいに。
「じゃあ、食べよっか」
「うん!」
「おう」
「「「いただきま――」」」
次の瞬間、
焦凍が、スプーンをその場に取り落とした。
「――!」
「轟くん……?」
弾かれるように立ち上がり、あらぬ方向を睨む焦凍。皆が何事かと彼を見上げるなかで、今度は出久の携帯が鳴った。
「!」
発信者の名は――爆豪勝己。
「――もしもし」
『35号が出た』淡々、かつぶっきらぼうな声。
「どこ?」
『世田谷区祖師谷の……高見沢小学校だ』
「!?、しょうがっ……――わかった、すぐ行く」
通話を終え、出久もまた素早く立ち上がる。
「轟くん行こう!」
「ああ」
「おやっさん麗日さんごめん、カレーはまた今度っ!」
「えっ、ちょ――」
轟ともども飛び出していく出久。状況の急転に対処できずしばしフリーズしていたお茶子とおやっさんだったが、はっと我に返って自分たちも外に踏み出た。そのときにはもう、ふたりともバイクを発進させていたが。
「ショートまで連れてくんかい!なんなんだろうねえ?」
当然の疑問を呈するおやっさんに対し、
「轟くんのあのバイク……自費で買ったんやろか……?」
「あ、そっち?」
相変わらずかつかつな生活を送っているお茶子の顔には、金に困った経験などないであろう焦凍への羨望がありありと浮かんでいたのだった。
例によって合間にヤラれた奴ら↓
メ・ゲグラ・ギ/未確認生命体第33号
→アギトに倒される
メ・ガベリ・グ/未確認生命体第34号
→マイティフォームに倒される
メもこれで残すところガルメとギイガのみに。
よくよく考えるとガルメは10話で警察に確認されてるので9号になってないとおかしいんですが、入れ忘れてましたすみません。今から訂正しようとするととんでもないことになるので、皆様各々理由をつけて読んでいただければ……と思います。
ちなみにドルドも入ってませんが……これは姿が出久と轟くんにしか確認できてないから、ということでひとつ。